「でも数日程度で筋肉って付かなくね?」
「ご安心を。北欧式強制肉体改造法を使います」
「それ安全だよな? いきなり人間辞めたりしないよな?」
「ご安心を――――失敗しても体格が十倍になる程度です」
「俺に巨人になれと?」
「些か……遅い動きじゃの」
間桐の邸宅。その自室の中で間桐臟硯は誰に言うでもなくそう呟いた。
遅い動き、というのは今回の聖杯戦争全体の動きとしてのことだ。
雁夜が街に放っている監視用の蟲の情報は、親元でもある臟硯にも共有されている。
その『眼』からの情報では、ほぼ全ての陣営の動きを掴んでいるといっていいだろう。
無論。アサシンとアーチャーの企ても、老獪な臟硯にはお見通しだった。
依然として動きが掴めないのは、ライダーとキャスターの二陣営。
ライダーは飛行宝具による高速移動で蟲が追跡に追いつけず、キャスターに至っては姿すら現さないから見つけようがない。
とはいえ、着実に監視の範囲は狭まってきている。
あと数日のうちに見つかるだろうと、臟硯は踏んでいた。
それよりも気になったのは今回の全体の動きだ。
過去全ての聖杯戦争を参加・監視してきた臟硯からしてみれば、今回の動きは割とゆっくりだった。
……動きの鈍い戦い。これは後半荒れる、か。
過去の経験から、臟硯は予想を立てる。
今のところ。敵として強大なのは遠坂陣営のアーチャーだろう。
数多の宝具。それだけで普通の英霊には対処が不可能となってしまう。
幸い。間桐のバーサーカーとの能力の相性はそこまで悪くない。
令呪のゴリ押しか、他陣営との一時的な共闘が望ましいだろう。
……じゃが予備令呪の作成は、これ以上は無理じゃな。
間桐雁夜が提案し、臟硯が作成した予備令呪。
その作成の過程には、この冬木の街の地脈の魔力を少しずつ吸い出していくという破格の方法が存在していた。
無論。そんなことを一介の魔術師がやろうとすればこの地の管理者である遠坂に圧倒間にバレる。
数百年もの間を生きて、聖杯戦争の始まりにも寄与している臟硯だからこそ出来る抜け道だった。
だがこれにもデメリットはある。
ただでさえ聖杯戦争のために地脈から大聖杯へ魔力が吸い上げられているのに、これ以上を吸い取ったら地脈に影響が出る。
最悪。枯れてしまってこの土地が不毛の地になる可能性もあるのだ。
結果として、令呪三画が臟硯に作れる限度だった。
おそらくもっと長い準備期間があれば倍くらいには増やせるだろうが、急造ではこの辺りが限界だった。
だが結果は結果。もし今回の聖杯戦争が駄目でも、次回辺りには十分な勝算を持って参加することができる。
……あの雁夜がよくもまあ考え付いたものよ。
確かに盲点を突かれた。
この数百年。試そうとも思わなかったことだから。
結果として。バーサーカーは遠坂のアーチャーに有効であるという点が分かった。
さらに伝承から言えば、セイバーにも有利だろう。
あの執念ならば、バーサーカーに選ばれたのも納得できる。
問題はランサーとライダー。
ランサーの宝具はバーサーカーとは相性が悪い。ただこちらの突破はそう難しくはないだろう。
ライダーは戦車の宝具が厄介だ。
いくら他人の宝具を乗っ取れる宝具『
出来うることなら、アーチャー辺りと戦って負けてくれれば、漁夫の利を得る形でこちらが有利になるのだが。
そしてもう一つ。未だに姿が見えないキャスター陣営だ。
召喚されてこれほど時間が経っているということは、既に強力な陣地を築いているだろう。
対魔力も最底辺に落ちているバーサーカー単体ではどうにもできないだろう。
雁夜にこの辺のことを聞いてみると。
「その場合は俺とバーサーカーで時間を稼ぐから、爺がマスターを仕留めろ。陣地の奥に引き籠っていても、直接戦闘が苦手なキャスタークラスなら俺のバーサーカーで注意を引き付けられる」
その隙にマスターを仕留めればいい。
思いの外考えられていることに若干驚くも、詰めが甘いと感じる。
……その程度でどうにかなる相手なら良いがの。
臟硯の勘ではあるが、今回召喚されたサーヴァントはおそらく西暦近く。最悪神代のサーヴァントの可能性が高い。
隠密の精度が高いのも理由ではあるが、魔術の気配がここまで無いというのは初めてだった。
臟硯自身。そういった実力者が稀に生まれるというのは若い頃に経験している。
■・■■■■ならばきっとこの程度はやってのけるだろう。
と、ここまで考えて臟硯はハッと己を嗤う。
……柄にもなく感傷とは。
まだ若いの、儂も。
そう呟くと、臟硯は地下の蟲蔵にいるであろう雁夜の下へ向かった。
■■■■■□□□□□
衛宮切嗣は、アイリスフィールたちと別れ街のビジネスホテルにいた。
自分がセイバーのマスターであることは、ランサー陣営――そしておそらく、言峰綺礼――くらいしか知らない。だから彼はある程度自由に行動が出来る。
……ランサーのマスターはもう行動不能だろう。あれでは単純な魔術行使すら不可能。
だが、と切嗣は考える。
ランサー陣営のマスターであるケイネス・エルメロイ・アーチボルトは先日。自分のサーヴァントであるランサーを連れてアインツベルン城に攻め入ってきた。
流石は神童と謳われるだけあって、
だが。これは聖杯戦争。何でもありのバトルロイヤルなのだ。
銃器爆薬搦め手。全てを使って勝利をもぎ取ろうとする切嗣。
結果。ケイネスは切嗣の『起源弾』に倒れた。
その後。止めを刺そうとした切嗣だったが、セイバーとの戦闘を中断してきたランサーに妨害され、ケイネスはランサーに担がれそのまま去っていった。
……魔力を断つ槍と、治癒不可能の傷を与える槍。
厄介だな。
片方だけなら対処のしようもあるが、両方同時に使われるのはさしものセイバーと言えど劣勢になる。
事実。倉庫街での戦闘は不意を突かれた形になるとはいえ、『
それ故に、セイバーは左手を今でも封じられて宝具が使えない状態になっている。
とはいえ。
アレほどダメージを負ったケイネスは戦闘続行は不能だろう。万が一魔術回路が生き残っていたとしても、とても戦える体にはないはずだ。
切嗣は長く息を吐く。
……ランサーのことはまた後で考えよう。
今は残る陣営について考えねばならない。
切嗣は、壁に張った冬木氏の地図に各陣営が潜んでいるであろう場所にそれぞれの写真をピン止めしていった。
……バーサーカーは間桐邸。アーチャーも同じだろう。現状、攻め込む手段は爆薬満載のタンクローリーを突っ込ませるしかないな。
魔術師の工房に攻め込む手段としてはとんでもなく常識外。
だが、その常識外の手段こそ魔術師たちの弱点であり、衛宮切嗣の最も得意とするところだ。
……ランサーはしばらく動けまい。婚約者のソラウ・ヌァザレ・ソフィアリがマスターになったとしても、今はいい。アサシンはおそらく分裂か分身型の宝具を使用している。一気に仕留めるかマスターを殺るかしないとだな。
冬木の教会にある綺礼の写真を見つめる切嗣。
アイリスフィールからの報告で、アインツベルンの森に綺礼が攻め込んできたのは知っている。
何が目的かと一瞬考えたが、おそらく自分が狙いなのだろう。
遠坂陣営と組んでいるのならば、遠坂時臣を勝たせるためにマスターである自分を狙うのは必定。
問題なのは、桁外れの近接戦闘能力。
「全く。生木を圧し折るとか、人間技じゃないな」
懐から煙草を取り出し、口に咥えて火をつける。
苦みのある煙が体中に染み渡る。
紫煙を燻らせながら、切嗣は思考を止めない。
……ライダーはマスター共々飛行宝具で移動しているため、居場所の特定が困難。キャスターに至っては姿すら見つかっていない。
若干、眉間に皺が寄る。
対軍宝具を持ち高速移動するライダーに、無理に表に出ずに力を蓄え続けるキャスター。
セイバーの宝具が使えれば、おそらくどちらも跡形もなく吹き飛ぶだろう。
『
世界で、最も有名な聖剣だろう。
その威力は、一撃で軍隊はおろか地形すら変化させてしまうほどの威力――対城宝具の域にある。
……ライダーのあの性格ならば、搦め手で来るのは考えづらい。おそらくこちらが戦う場を用意してやれば喜んで飛びつくだろうな。マスターもあのサーヴァントを御しきれているとは言い難い。
ならば、敢えて挑発してこちらから誘い。罠を仕掛けてマスターを殺す。
ライダー自身を殺さずとも、マスターを仕留めてしまえば現界することが出来なくなって消滅するだろう。
どれだけ超常の存在を従えようと、そのマスターはただの人間。
ならば。切嗣の格好の獲物だ。
だがここで、未だに全容の見えないキャスター陣営が厄介になってくる。
聖杯戦争はまだ序盤だ。出てこないのも頷ける。
切嗣が思うのは、既に何処かの陣営と結託しているのではないかということ。
もしライダー陣営と組んでいたら? そう考えると厄介極まりないだろう。
強力な宝具に、魔術での支援。さらには堅牢な工房となると、攻め入るのも一苦労だ。
先に言ったタンクローリー突貫作戦も、効くかどうかわからない。
ライダーも、開口一番勧誘からスタートしたような男だ。同盟を組むとなったら一も二もなく了承するだろう。
逆にアーチャーやアサシンなどとは組み辛いはずだ。
おそらく聖杯戦争が始まる前から同盟の話が出ていたであろうこの二陣営。
既に組んである者同士の中に入り込むのは並大抵のことではない。
加えて、あのアーチャーの性格を考えると可能性はほぼゼロだろう。
ランサーはあり得ない。組んでいたら、アインツベルンの森に来ていた時点で何らかのアクションがあるはずだ。
バーサーカー陣営は……正直、切嗣的にはこれが読めない。
遠坂のように最初から組んでいたのか。それとも単独なのか。
気が付くと、いつの間にか煙草が半分ほど灰になって落ちかけていた。
切嗣は慌てて灰皿に煙草を置く。
……駄目だな。一先ずキャスターの件は後回しだ。遠坂と間桐、教会に注意を払いつつ。当面はランサー陣営の始末にかかった方がいいな。
見えない敵と戦うほど消耗するものはない。
切嗣は煙草の火を完全に消すと、備え付けのベッドに横になる。
……ようやく、なんだ。あと少しで、願いが叶う。
そのための一時的な休息だ。
そう思い、切嗣は瞳を閉じ。気絶に近い方法で意識を底に沈めた。
■■■■■□□□□□
遠坂時臣は書斎で現状を分析していた。
……戦況は良くはないが悪くもない。序盤ならこんなものか。
ならば次の手を考えるか。
時臣は努めて冷静に策略を巡らせる。
その手にある令呪は、一画欠けた状態で存在している。
先日の倉庫街での戦闘。
そこに突如現れたライダーの挑発にまんまと乗ったアーチャー。
そこまでは良かったのだが、問題はそこからだ。
間桐陣営のバーサーカーが出現し、アーチャーと戦闘。
だがここで予想外の出来事が発生した。
アーチャーの『
おそらくそういう宝具なのだろうが、これによりアーチャーの機嫌は最悪になる。
真名の露呈を防ぐため、已む無く令呪を一画消費したが。正直断腸の思いだった。
……幸い小言を言われただけで済んだが、次は……無いだろうな。
そう思う時臣。
傲岸不遜。唯我独尊。己以外に決して従わず、全てを見下す。
まさに暴君。覇者の擬人化のような人物。それがアーチャー。ギルガメッシュという人物であった。
目を閉じ、戦況を冷静に俯瞰する。
……まず、あの場でバーサーカーを除いた全員の真名が割れたのは不幸中の幸いだったな。未だにキャスターの姿が見えないのは仕方ないが。
ふむ、と時臣は顎に手をやる。
仮にギルガメッシュらと同じ神代の魔術師がサーヴァントとして来ていて、それがマスターに同調し友好関係を築いていると仮定しよう。
キャスターならば、まず工房の敷設だろう。
おそらく霊格の高い土地を押さえて、その上に工房を作るだろう。腕の確かな魔術師なら他所の霊脈だろうと問題なく作れはするはず。
だが冬木の霊脈に何かあれば管理者である遠坂の当主である自分が真っ先に気づく。
……一度使い魔を飛ばして様子を見てみるか。
若しくは綺礼に頼んでアサシンに、と思ったが。万が一のリスクがある。
ここでアサシンの露呈はよろしくない。今はまだ偵察に徹するべきだ。
時臣は早速、自前の宝石を使って使い魔を作り出し、それらを外へ放つ。
多少目立つが今は聖杯戦争。魔術の秘匿も守っているなら誰も怪しまないだろう。
……もしキャスターが神代の魔術師だった場合。工房を越えた神殿クラスのものを作成している可能性が高いな。
流石にそこまではないだろうと思いたいが。
自陣の中にいる魔術師は普段の力の100%以上を発揮できる空間にいると言っていいだろう。
それが上位のものとなれば猶更だ。
だが、と時臣は冷静なまま己がサーヴァントの切り札を思う。
……どんなサーヴァントであろうと、あの乖離剣を喰らって無事でいるものなどおるまい。
そもそもギルガメッシュはあらゆる英霊に対し、有効打となる宝具を無数に所持している。
多少の慢心すらも、相手にとっては付け入る隙になりえないだろう。
「全て、事も無し」
椅子に体を預け、優雅に笑みを浮かべる時臣。
奇しくも同じ時。ギルガメッシュは綺礼のところに向かい、愉し気に哂っていた。
己のつまらない、退屈な男よりも。苦悩に歪み、答えから目を背け続けている求道者の在り方に。
エレちゃん来てくれてありがとう。
キャスターのステータス
宝具
■■■■
ランク・A
種別・結界宝具
聖なる「場」を展開。不浄の者、悪しき者を浄化し祓う結界を作る。
■■■■・■■■■
ランク・B
種別・対軍宝具
本来はこちらが主宝具。使用のためには令呪一画が必要。