駆ける。駆ける。駆ける。
時刻は午後一時三十分。人通りも疎らな冬木の町並みを全力で駆けていく。
……平日でよかった。
人にぶつかる心配がない。
魔術の使用はしていないが、結構な速度で歩道を駆け抜けていった。
幸い。昼食も終え、人がほとんどいない時間帯なため。誰かにぶつかることもなく一直線に円蔵山に向かっていった。
現在キャスターとは別行動をとっており、そのキャスターは「場」の強化のために向かっている。
……流石にワルキューレでもアンリマユは分が悪いか。
その名を冠しただけの人柱。ただしそれでも汚染の能力は健在。
厄介にもほどがある。
逆に今から準備をしていれば対処が可能というところは流石に神代を生きた存在というべきなのだろう。
そうこうしているうちに円蔵山の麓まで辿り着いた。
ここで隆文はキャスター……カーラから貰った隠蔽の術式が込められた護符を発動させる。
周囲に自分の姿が見えなくなり、魔術的にも物理的にも探知には引っかからなくなる。
「――――
速度強化のルーン魔術を発動する。
その瞬間。常人よりも遥かに速く、山道を駆け上っていく。
……もし汚染されていなかったらどうするかな。
まず。あの場所に仕掛けた術式が無駄になる。
否。無駄になるとまでは言わないが、どの程度サーヴァントに対して効果があるのか不明すぎる。
そうなると真っ向からの勝負になるが、いくらワルキューレでもキャスターでステータスが幾分下がっている状態でどの程度やりあえるのかどうか。
走りながらそう考えるが、頭を振る。
……信じろ馬鹿。
鈍くなりそうになる脚に喝を入れる。
曲がりなりにも神代の人物。ともすれば歴戦のサーヴァントたちとも真正面から戦える実力者だ。
何より――――自分のような未熟者に応えてくれている。
ならばこちらも信頼に応えねばならない。
しばらく走っていると、洞窟が見えた。
そして、感覚的にわかる。
ここが大聖杯の安置している場所だ、と。
どれだけ隠蔽されていても分かってしまうほどに濃密な気配。
おそらく魔術に縁のない一般人ならここに来る途中に仕掛けてあった人払いの術式で辿り着くことすらないだろう。
隆文は呼吸を整え、洞窟内へと入っていった。
■■■■■□□□□□
中は天然と人工の加工で出来た迷路となっていた。
いくら魔術師でも、なんの備えも無しにここに入るのは……否。例え万全の備えをして入ったとしても、相当に迷うことだろう。
隆文も勿論。その例に漏れないのだが、
……これも俺の魔術特性のせいなのかね。
ここしばらく。自分の魔術特性について調べた。
『調和』の特性。それは、過不足なく。平衡を保つこと。
魔術を発生させれば、当然その場所一帯に歪みが生じる。
だが、『調和』の特性を持つ隆文はその歪みの影響を受けなくなる。
無論、相手の魔術全てを受けなくなるわけではない。隆文はまだその域には達していない。
今でもカーラの作った魔術薬湯を飲んでブーストしている。
しかしこうした場所に施された結界型の魔術は意識すれば、自ずと向かうべき場所に向かえるようだった。
但し。それはあくまで魔術的な細工が施されている場合。
この円蔵山は天然の洞窟を始まりの御三家が改造していったもの。
魔術に関することはどうにかできても、入り組んで出来ている天然の迷路は自力で進まなければならなかった。
探索の意味を持つルーンもあるにはあるが――外ならともかく――ここまで魔術の気配が濃いと迂闊に自分の魔術を発動させていいか迷う。
万が一何かの罠に引っかかったりしたら自分一人で対処できるかどうか怪しい。
隆文は度々迷いながら、迷路の中を進んでいく。
「……ったく。この歳で迷子とか洒落にならねえ」
洞窟内に入り、一時間は経とうかというとき。隆文はついに大きく開けた場所に出た。
そこには、洞窟内とは比較にならないほどの魔力と気配の濃さがあった。
……ここだ。
間違いなく、大聖杯だ。
目の前にある巨大な岩壁。その向こうに、大聖杯がある。
……って。今はそうじゃない。
圧倒的威容に呑まれかけたが、目的は大聖杯の汚染の確認。
本来の目的を見失いかけたが、隆文はしまっていた探知用魔術具を取り出す。
……が。結果はもう分かり切っていた。
何しろ
「……うわあ」
これには隆文もかなり引いている。
何しろもうこの術具が何かの呪物なのではないかと思うほどに禍々しい色になってしまっている。
……いやまあ。これで
グロすぎるだろ……
正直。魔術に関してほぼ素人と言っていい隆文でも、この大聖杯の術式がとんでもなく埒外の奇跡の上に成り立っているということは嫌でもわかる。
それをこうまで汚染する存在。この世全ての悪。
はっきり言って隆文のような俄仕込みの魔術師にどうにかできるレベルではなかった。
隆文はすぐに魔術具をしまい、その場を後にする。
が。ここで問題が発生してしまった。
ここまで来る途中に、帰りに迷わないように目印をつけていたはずなのに、それが何故か消えてしまっていた。
……えぇ……マジで勘弁してくれよ。
隆文は腕時計を見る。
時刻は既に四時になろうかというところになっていた。
家を出たのが一時を少し過ぎたあたりだから、殆ど三時間。この洞窟の迷路を相手にしていたことになる。
隆文は近くの岩に来た時と同じように目印を付けた。
数秒もしない内に消えてしまっていた。
おそらく洞窟内に仕掛けられた術式の影響だろう。
残念なことに隆文の特性である『調和』は現在、隆文の体から離れると途端に意味を失くしてしまう。
カーラ曰く、修練次第で出来るようになるとのこと。
薬湯の効果も切れてしまった。
つまり、独力でここから帰るしかなくなった。
……まだまだ力不足かあ。
自分の未熟さを痛感するが、今はそれどころではない。
目印がないのではまた手探りで探して帰るしかない。
だが時間は待ってはくれず、刻一刻と陽が暮れていく。
辺りが暗くなってしまえば、そこはもう聖杯戦争再開の合図になる。
焦りが段々と膨らんでくる。
「クソッ……」
思わず悪態が口から出る。
一瞬令呪でカーラを呼ぼうかとも思ったが、こんなことで呼びたくはない。
向こうは向こうで大事な役目がある。この世全ての悪がいることが確定した今、向こうの手を止めるようなことはするべきではない。
そもそも。この程度のこと乗り越えられなくては、この先どう足掻いても勝つことなんてできないのだから。
……落ち着け。
一度立ち止まり、隆文は目を閉じ呼吸を整える。
そしてゆっくりと目を開け、魔術回路を開く。
軽い倦怠感が体を覆う。
外に魔術は使わず、あくまで自分の体内だけで魔力を廻す。
思い出すのは倉庫街での一戦を観戦していたときのこと。
使い魔越しにケイネスを発見した時と同じ要領で、違和感のある部分を見つければいい。
目に魔力を集中するように意識して周囲を探る。
だがそれでもあの時のようには見えない。
もっと深く視ようとして魔力を集中させるが、途中で激痛が走る。
「ッ……」
思わず魔力を途切らせて目を覆う。
……ヤッベ。魔力を集中させすぎた。
掌に何かが垂れる感触があった。
おそらく毛細血管が傷ついて血が流れたのだろう。
魔術的に言えば、眼球は非常に重要な要素でもある。
だが同時に。肉体の中でも脆い部分なのだ。
空気を入れすぎた風船は破裂する。それと同じだ。
……魔眼じゃないんだ。もっとゆっくり丁寧にやらねえと。
先ほどの反省を生かし、今度は微量の魔力だけを流す。
そこからさらに特性の『調和』のみを視界に入れる。
すると、洞窟内に薄らとだが魔術の痕跡らしきものが見えてきた。
隆文はその痕跡を探りながら出口を目指す。
だがその歩みは大分遅かった。
……これ。ミスったら眼球破裂しそうだな。
平たい皿の上に水を零れるかどうかという位まで注いでこぼさない様に歩いているような感覚だ。
歩みの速度は牛歩並だが少しでも速度を出すと魔力の調整が崩れて、おそらくだが自分の眼球とはさよならすることになるだろう。
流石にそれは嫌なので、ゆっくりゆっくり。年老いた翁のような速度で進んでいく。
入口の光が見えてきた時に、徐々に歩くスピードが上がった。
……慣れてきたな。
魔力を眼球に留めて『調和』を発動しながら進むことに慣れて、洞窟から出るころには普通の歩行スピードになっていた。
そして洞窟から出る。
時刻は午後五時になろうとしていた。
もう辺りは夕暮れと夜の境の景色になっており、もうすぐ月明かりが照らすことになるだろう。
……ヤバい……ッ!
隆文は駿馬のルーンを使い、一気に山道を駆け降りる。
辺りが暗くなり、人がいなくなれば。それは即ち魔術師の時間。
今がどのあたりなのか分からないが、少なくともまだ誰も脱落していないか。若しくはアサシンくらいはもう落ちているのかもしれない。
だとしたら、隆文は少し焦りが生まれる。
アサシンが脱落しているとなると、アインツベルンの城でセイバー、アーチャー、ライダーの三人が一堂に会し、お互いに問答をする「聖杯問答」が行われた後になる。
その後。本来のキャスターが大海魔を召喚する。
問題は聖杯問答が何時行われているのかわからなくなっていることだ。
原作ではキャスターの根城をライダー組が襲撃するというポイントがある。
だが、ここではそれがない。
円蔵山を駆け降り麓に到着した頃には既に辺りは真っ暗になっていた。
引き続き駿馬のルーンを使って一気に街中を駆け抜けたいところだが、魔術をして街中を爆速で駆けていく魔術師など怪しい以外の感想しか出てこない。
……
おそらく監視はされていただろうが、それでも今までこちらに干渉してこなかったのは幸運以外に言い表すことができないだろう。
山道を降りる直前に隆文は魔術の使用を止め、肉体の力のみで夜の冬木の街を駆けていった。
流石に人通りも殆どいない時間帯故に、普通に走っていては奇異の目で見られるだろうと考えた隆文は、夜の時間にジョギングをしている風を装っている。
あくまで急いでいるようには見えないように。しかし確実に家へと向かうために。
……大丈夫。まだ人はいる。
幸い陽が落ちてそこまで時間が経っていないせいか、人通りも僅かにだがある。
その中に紛れて隆文は帰路につく。
ただ。彼はサーヴァントではなく、普通の人間。
ここまで走ってきて、魔術などのサポート有りにしても限界が来ていた。
徐々に走るスピードが落ちていき、息を切らせながら足が止まった。
「ハッ……ハァッ……」
家まで大分近づいたというところで隆文のスタミナが切れた。
顔を汗が伝い、地面に落ちる。
とはいえ。これ以上無理に走るとかえって怪しまれるかもしれない。
どのみち息が切れてて呼吸を整えなければ走れはしないだろう。
ふと。隆文は顔を上げて辺りを見る。
……ここは。
隆文の立っているその場所は、原作に於いてキャスター。ジル・ド・レェが巨大海魔を召喚した未遠川だった。
今世では何も起きておらず、ただ穏やかな川の流れの音が辺りに響いている。
このような状況じゃなければ体を冷ましながら見入っていたのかもしれない。
無理に走ってきたためまだ心臓が早鐘を打っているが、それも少しずつ落ち着いてきた。
「……って。早く帰らねえと」
家に向かい歩き始める。
その時。反対から来た人とすれ違う。
その瞬間。右手の手袋がその人の服に引っ掛かり、脱げてしまった。
「おっと。失礼」
「あっ、どうも」
すぐさまその人は引き返し、隆文に引っ掛かった手袋を返す。
隆文も礼を言い、手袋を受け取る――――――その瞬間。腕を強く掴まれた。
「ッ、何を……!?」
「ほう。二分の一だったが中々どうして。私の勘も捨てたものではないな」
掴まれた腕を手の甲を上になるように回される。
そう――――
隆文は背筋に怖気が走り、掴んできた相手の顔を見る。
一般人だと思っていた服装はいつの間にか、黒一色の布に。
フードを目深に被っていたが、風が吹き、その素顔が見えた。
髑髏だ。
髑髏の仮面を被った中背の男が、掴んだ腕を離すまいと一層強く力を込めてきた。
「ッ、
咄嗟に筋力強化のルーンを発動し、何とか腕を振りほどく。
だが……
「背中が留守だぞ?」
「何、ガッ……!?」
直後。何者かに背中を蹴り飛ばされる。
その力は完全に一般人の枠を超えていた。
橋の上にいた隆文は一気に下の川の土手近くまで吹き飛ばされた。
ほぼ反射で受け身を取れたのは幸運中の幸運だったろう。
全身に走る激痛を無視し、隆文は顔を上げる。
そこには、同じような服装をした、同じ髑髏の面をした大男が先ほどの男と共に立っていた。
ふと。背後から気配を感じる。
川に追い込まれることを承知で距離をとる。
そこにも、髑髏面を被った痩身の男。
「その魔力。そして形……紛れもなく令呪」
三人は徐々に距離を詰めていく。
「恨みはない」
「だが我がの悲願のため」
「ここで――――消えてもらう」
Zero終わったら何書こうかな。