幼虫が蛹を経て蝶になるという工程に神秘を見出し、それを人間に転用したものだ。
芋虫から蛹。そして蝶と「全く別の生物へと変化する」という原理を応用し、別の生物――この場合はホムンクルスが普通――に記憶や人格、魔術刻印を移植することで今ある肉体を捨てて別の肉体になることができる。
カーラの転生はこの蝶魔術を応用したものが近い。
自分と全く同じ性能をしたワルキューレに記憶や人格を移し替えていく。
ワルキューレは大神オーディンの創り出した、いわばロボットに近い存在。
なので。起動前のワルキューレの一体に術式を施している。
ただ方法が方法なので、大神本人からは、
「えぇ……怖っ」
とドン引きされていたが。
この方法により、カーラは二度の転生を経てオーディンを根負けさせて意中の男、ヘルギと結ばれた。
最初の名前はスヴァーヴァ。次にシグルーン。そしてカーラと転生していった。
ところで。
ワルキューレはオーディンの創り出した神造存在。
個体性能の多寡はほぼなく、また個性というものも存在しない――――というのが他のワルキューレの談である。
カーラからしてみれば、いやあれは個性の塊でしょうといった具合に見えるものがかなりあったという。
……ええ本当に。特にオルトリンデとか近くの森にいる栗鼠に餌あげてたり。スルーズがキビキビと働いているのにリンドはボケっとしていたり……
シグルーン時代に、大神に聞いたこともあったが上手くはぐらかされてしまった。
もしやそういう趣味かと疑う。だとしたら自分の創造主は大分変態だ。
マトモなのは自分だけかと言ったら全員から半目で見られた。嫉妬ですね。
とはいえ。自分も最初はそうだった。
自分たちの姉。ブリュンヒルデがシグルドに恋するまでは。
何も思わない。姉様はおかしい。皆がそういっていたが、明らかにシグルドに対して不機嫌な感情をぶつけていた。
自分もそのうちの一人だが、やがてヘルギと出会い。その意味を理解した。
そうして転生を繰り返し、大神を根負けさせて結ばれた。
そして来たる日――――
あの戦いでワルキューレは数を減らし、一人。また一人とその機能を停止させていった。
今でも何処かで彷徨っている個体はいるのだろうか。
愛しい人と結ばれ、自身の役目も果たした。
故にカーラの中に聖杯へかける願いというのはあまりない。
強いて言うなら「同胞たちの安寧」である。
それが今回。強力な縁で結ばれ、間宮隆文によって召喚された。
……不思議な人間ですね。
自分と同じく転生している人間。
自分と違い、普通に平穏な暮らしをしていて争いに巻き込まれた哀れな人間。
恐怖に呑まれ。誰を信じていいか分からず自力で突破口を見つけ、戦乙女である自分を召喚した。
そこで令呪を使用し、自分を自害させる方法もあっただろう。
少なくとも。三画同時に使用されれば、いくら神代の術を修めているといってもサーヴァントとなったこの身では抗うことはできないだろう。
それでも――――彼は戦うことを選んだ。
それが自分には誇らしく、
そう考えている自分に気付くと、ため息を出してしまう。
……いけませんね。もう私の役目は終わったというのに。
自分の中にあるワルキューレとしての機能がまだ死んでいないことの証左だろうが、流石に誰彼構わず連れて行こうとする思考になるのだけは勘弁してほしかった。
優秀な人材は即確保というのは分かるが、とそこまで考えると不意に隆文からの魔力の
「……マスター?」
思わず口に出る。
魔力の経路が乱れる、なんていうのはまだ魔術に慣れていない隆文ならあり得る話ではある。
だがここ最近は安定していたし。何なら龍之介と戦った時でさえ、経路の安定は揺るがなかった。
それが今。乱れ始めている。
胸騒ぎ。そんな言葉が頭をよぎる。
『マスター。魔力が乱れているようですが、何かありましたか?』
繋がっている経路から念話を送る…………が、返事が一向に返ってこない。
「場」の調整とは別に、カーラは目を閉じ遠見の魔術を行使する。
隆文の魔力反応を追って目にしたのは、隆文がアサシンたちに襲撃されているところだった。
「ッ、そんな!?」
ここにきて想定外のことが起こってしまった。
否。最悪の事態の一つとして、サーヴァントと相対するという想定はしていた。
だがあまりにも
セイバー・ランサー・ライダーであれば真っ向から堂々と攻めたことだろう。マスターはともかくとして、サーヴァントである彼らはほぼ一般人である隆文を攻撃することはないだろう。
アーチャーとバーサーカーは読めない。が。隆文からの情報では、バーサーカーのマスターは日中はほぼ間桐邸で大人しくしている。
魔力消費の大きいバーサーカーを無闇矢鱈と出現させて戦闘させることはないだろう。
アーチャーに関しても街中を散策はしているだろうが、エンカウントする確率は低い。よしんば見つかっても無視される可能性が大きい。
だがアサシンは?
彼らは初期に早々に敗退したと見せかけて全陣営の情報を集めて回っている。
そのため、隆文も夜の街には出ないようにしていた。
しかし今回。円蔵山という聖杯戦争の心臓部に向かい、予期せぬ妨害に遭い帰るのが遅くなってしまった。
結果。アサシンに見つかり戦闘状態になってしまった。
急いで合流を、と思い立つがそれを無理やり鎮める。
……まだ、聖域として完成していない……!
故にこうして、隆文と別行動をとって聖域強化に専念していた。
だがまだ足りない。
これでは完全に浄化できるとは言い切れない。
この場を離れるわけにはいかなかった。
それでも隆文の危機は待ってはくれない。
「……ッ」
この場を離れれば隆文は助かるだろう。
だがそれは儀式の中断を意味し、今までかけた時間が無意味になる。
そうなれば。もう一度聖域として場を整えるのにどれだけ時間が掛かることか。
逆に聖域に集中すれば隆文の命が危ない。
……いえ。迷うまでもありませんね。
隆文が死ねば自分も消える。
そうなれば隆文が見たという未来の冬木の地獄が再現されることだろう。
儀式の中断は痛いが今は、と立ち上がろうとすると隆文から念話が飛んできた。
否。これはどちらかというと、一時的なハイの状態で魔力が全開になり彼と深く経路で繋がっている自分にだけ聞こえる叫びのようなものだった。
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アサシンがナイフを放つ。
三つの角度からのナイフは頭、胸、脚を正確に狙ってくる。
「クッ、ソがぁ!!」
吼えながら。隆文は避け、時にはガンドで弾きながらアサシンたちとは距離をとっていた。
肉体強化は既に限界までかけている。
そのうえ
アサシンを相手するにおいて恐ろしいのはその気配遮断スキルのランクの高さ。
常にAランクを発動し、サーヴァントでさえもその位置は読めないときている。
攻撃時には大分ランクが下がってしまうが、それでもサーヴァントという枠組みにいる存在。
普通の人間では太刀打ちできないだろう。
故に隆文は真正面からの戦いはなるべく避けて、向こうが気配遮断を発動したら二つのルーンを発動し攻撃の直前に察知して致命傷だけは避けるというのを繰り返していた。
おかげでまだ動けるが、体のあちこちには浅くない傷がいくつもできていた。
アサシンは再び三人で隆文の目の前に現れる。
「存外。しぶといな」
「どうやら我らの対策はしていたようだな」
「だが、無意味に終わる」
アサシンは直接戦闘能力でいえば下から数えた方が早いだろう。
まして。このアサシンたちは『百貌のハサン』と呼ばれていたものたち。
一つの体にいくつもの人格を宿した現代でいう解離性同一性障害の者。
それが英霊となりサーヴァントとなったことで、人格の数だけ分裂することが可能となった。
それが宝具『
もっとも。この宝具で分裂すると一体一体のステータスが下がり、最低ランクまで落ち込んでしまう。
それでも彼らはサーヴァント。
只人が勝てる道理はない。
……おまけに気配遮断は一ミリも衰えがねえと来た。
それが複数。
体力も底を尽きかけてきている隆文に対し、相手はまだ無傷の上。常人以上の体力を持っている。
「もう諦めて逝くがよい。死ぬその瞬間まで苦しいのは辛かろう」
「だったら見逃してくれねえかなあ。こちとら巻き込まれただけなんだよ」
「何……? そうか。貴様数合わせで聖杯に選ばれたな?」
哀れな。そういって、アサシンはナイフを構える。
「残念だがこちらはそうもいかん。キャスターのマスターなど、放置していれば後々我らの障害になるのは明白」
そういって近づいてくる。
……どうする……聖杯のこと言ってみるか?
そう考えるがすぐに止める。
もし万が一。聖杯が汚染されて使いものにならないことを信じてもらえたとして、今度は御三家を敵に回すことになる。
特にこの冬木の地を管理している遠坂とは最悪事を構えることになるだろう。
自分の管理している霊地で好き勝手やられたら怒るのも無理はない。
いくら聖杯を調べるためだからと言って。いや。むしろだからこそ許せないだろう。
向こうからしてみれば先祖たちが秘術を出し合って完成させた大儀式を盗もうとしている輩にしか映らない。
そもそもこんな話。一体どこの誰が信じてくれるというのか。
「ここまでよく隠し通せたな」
「だがそれもここまで」
「お前はここで、何も成せずに死んでいけ」
アサシンが気配遮断を使う。
先ほどまで目の前にいた三人の姿を捉えることが出来なくなった。
その場に静寂が訪れる。
だが、隆文は意外と冷静だった。
……何も成せず、か。
目を閉じ、フッと笑う。
「……生憎。まだ何かを成した覚えがないんだよ」
自分の原初。死にたくないという生存本能。
そして、この街を守りたいという小さな正義感。
自分の知っている結末を変えたい。
悲劇を抑えたい。
……そうだ。
まだ途中なんだ。
「去らば」
隆文の首元にナイフが迫る。
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今までと違い、これで仕留めるという確たる意志。
だが隆文はそれより速く動き身を沈め、自分の背後にいるアサシンの首元目掛けて蹴りを放つ。
それは正確にアサシンの実態を捉え、そのまま地面に叩きつける。
その際に、首の骨が折れるような感触が伝わる。
それと同時に、複数の殺意を感じる。
隆文は飛んできたナイフを魔力弾で弾き、残りのアサシンの拳をいなしてその反動で体勢を立て直した。
「貴様ッ……!」
「まだ動けるか……」
「ハッ! 何言ってやがる」
もうガッタガタだよ。そういって虚勢を張りつつ、顔には笑みが。
……ああそうだ。俺はまだ何もしちゃいない。
ふつふつと、体の奥から熱いものが込み上げてくる。
「……俺はなあ。まだ何も出来ちゃいないんだよ」
一人では何もできなかった。
キャスター……カーラがいて出来るようになったことが増えた。
そして……こんな自分の話を真面目に聞いて、信じてくれた。
「……あの子にはマジで感謝してもしきれねえよ」
だからこそ。こんなところでは止まれない。
止まるわけにはいかない。
何よりまだ――――――自分はまだ何も成し遂げてはいないのだから。
「始まってすらいねえのに、勝手に終わらせに来るんじゃねえよ……!」
震える脚に力を籠め、全身の魔術回路を励起させる。
全員を救える、などということはもう思わない。
それでも確かに。救える命があるのなら――――――
『「俺は、全力で
鼓舞するように拳を合わせる。
『「俺の未来を……邪魔してんじゃねえぞ、アサシン!!」』
空に、星に、吼えるように隆文は高らかに宣言した。
アサシンも。それが虚勢であることは理解していた。
だからこそ。目の前の相手が脅威だった。
……手負いの獣ほど手強い、か。
だがそれでも虚勢であることには変わらない。
もう一度。気配遮断を使い、二人で奇襲をかける。
そうして、再び気配遮断を発動しようとしたその瞬間――――――
『AAAaaaaalalalalalalaaaaaaaaaie!!』
雷鳴が轟く。
瞬間。アサシンたちは気配遮断を中断。即座に後ろに飛びのいた。
直後。空から巨大な物体が地面に降り立った。
戦車だ。
「――――この世に生を受け。何かを成し遂げんとする」
辺りを支配する。
それはまさに覇者の一喝だった。
「退くがよい。アサシンたちよ。これ以上戦うというのであれば余も加わる」
戦車の御者台に仁王立ちしているその人物は、巨腕を大きく広げる。
「その方の魂の咆哮――――この征服王イスカンダルにまっこと響いたわい」
ライダー――――征服王イスカンダルが隆文を見ながら豪快な笑みを見せた。
カーラ「私の出番が……ッ!!」