「ライダー……?」
遠見で状況を見ていたカーラは驚く。
もう一刻の猶予もないと思っていたその矢先に現れたライダー。
その表情からは、何も裏がないものとわかる。
……まあ、あまり策を弄するタイプではなさそうですし。
ともあれ。これでアサシンたちも容易に手が出せなくなった。
『退けよ暗殺者。それとも。この征服王と剣を交えるか?』
腰に佩いていた剣を引き抜く。
それを見ると、アサシンたちはそのまま霊体化してその場を去ったようだ。
ほっと一息つくも油断はできない。
アサシンが去ってもライダーがいる。
マスターがいつ令呪を使用し隆文に襲い掛かるように言うか分からない。
「……マスター」
先ほどのアサシンと違って、ライダーはさらに強い。
だがこちらはまだ儀式が途中だ。あと数時間はかかる。
それを待ってくれるほど状況はよろしくない。
ただ、方法がないわけではない。
この方法を使えば自分がこの場にいながら隆文の下へ向かうことができる。
問題はこの方法を使うと今後の保険を一つ消費することになる。
……それでも。
自分のマスターの安全には変えられない。
仮にライダー陣営自体が友好的でも周囲はそうはいかない。
もう魔力も残っていないのか、それとも念話を維持できるだけの集中力がないのか。隆文からの返答が一切なかった。
ならば。とカーラはそれに手を伸ばす。
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……まさかライダーに助けられるとはな。
隆文は立ち上がりながら目の前の偉丈夫を見る。
「……とりあえず。助けてくれてありがとう」
「なぁに。帰るついでに見たら貴様が襲われとってな。それでいてあの叫びを聞かされては、余としては割り込まずにはおられん」
あの叫び。というのは隆文がアサシンに切った啖呵のことだろう。
聞かれていたのか。と後になって恥ずかしさが込み上げてくる。
すると、御者台のライダーの隣から小さな人影が出てきた。
ライダー。イスカンダルのマスター。ウェイバー・ベルベッドだ。
「……なあ。ライダー。そんな呑気でいいのかよ。相手はキャスターのマスターだろ」
「んなもん言われんでも分かっておるわい」
やっぱりバレてるか。まあアサシンに襲われる一般人とかいねえよなあ。
普通に考えて自分が聖杯戦争関係者であることは明白だろう。
ライダーは御者台から降りて、隆文を見下ろす。
「さて。貴様がキャスターのマスター、でいいんだな?」
「……ああ。そうだ。俺がキャスターのマスターだ」
「うむっ! では改めて問おう! ――――我が軍門に下り、余と共に世界を取らんか!!」
迫力のある声で誘いをかけてきた。
……あー。これ目的で助けたっぽいな。
まあ裏がない分いいかと、苦笑する。
「……聖杯に興味はないんだが、誰にも取られるわけにはいかないんでね」
「むっ? どういうことだそれは?」
「あー……話すと長い。日と場を改めたいんだが……」
ふむ。とライダーは考え込む。
「……待遇に不安があるということか? ならば相応の立場は用意するつもりだが?」
「そぉいうことじゃないだろぉ!?」
御者台からウェイバーがツッコミを入れる。
「おいお前! 聖杯に興味ないのに誰にも取られたくないってどういうことだよ!」
「取られたくないっていうか、取らせるわけにはいかないんだよ……少なくとも。こっちの準備が終わるまではな」
「それで通るわけないだろ!? キャスターに時間与えたらどうなるかなんて知ってるだろ!!」
そりゃそうだ。隆文も内心頷く。
それからウェイバーは何か言おうとしていたがライダーがデコピンで黙らせた。御者台が僅かに軋む。
「ええい坊主。いい加減肝を座らせんか…………日と場所を改めたいということだな? うむ。よかろう」
「おおっ……やっ。まあありがたいけどさ。いいのか?」
「構わんぞ。貴様の言うことにも興味があるのでな――――――それに。ほれ、来よったわ」
何が、と発する前にライダーが三歩ほど後退する。
そして自分とライダーの間に割って入る形で何かが飛来してきた。
一瞬。カーラが作業を切り上げて来たのかと思った。
が、それは違うと分かった。
白い衣に杖のような槍は同じだった。
違ったのは、髪の色。
カーラは白銀の綺麗な髪をしていたが、今目の前にいる推定ワルキューレは鮮やかな水色をしていた。
「ストップ。これ以上はダメだよ。戦うなら
そういう彼女は隆文を守るように杖槍を構える。
それを見たライダーはおおっ、と驚いた様子だがすぐに両手で落ち着けとしてくる。
「まあ待て待てキャスターよ。大体、お前さんのマスターの窮地を助けたのは余だぞ?」
「……それについては礼を言うよ。ありがとう」
そういいつつ、構えを解かない辺り警戒を怠らない。
呆気に取られていた隆文だったが、今までの熱も冷めてきた頃合いだ。
キャスターに構えを解くように言う。
「キャスター。彼の言ってることは本当だ。それに敵意もない。下ろしてくれ」
「……まあ、マスターがそういうなら」
やや不満そうではあるが、槍を下した。
「すまないなライダー。いい子なんだけど、ちょっと真面目というか」
「いやいや何…………しかし貴様。中々面白い者との契約をしておるな」
そういってライダーはキャスターを見つめる。
その眼は、数多の戦場を駆け抜けてきた戦士として。そして人を見定める王としての力を宿していた。
……真名までは分かってないだろうけど、それなりに見抜いているんだろうな。
「……明日の12時頃に、冬木の新都の方にあるお好み焼き屋の『鍾馗』って店がある。そこで飯でも食いながら話そう」
「おおっ、あの店か! 一度訪れたがあそこのもんじゃ焼きなるものは絶品だったぞ!」
「知ってるなら話が早い。そこで聖杯についてと…………」
一瞬、キャスターに目配せをする。
キャスターのワルキューレは渋々ではあるが一度頷く。
「……そうだな。今日助けれくれた礼に、キャスターの真名を教えるよ」
「むっ。良いのか?」
「流石に命救われてはいどうも、じゃあちょっとな」
隆文がそういうと、ライダーは大きく笑う。
「ハッハッハッ! うむ! そういうことなら是非もない。明日の昼にまた会おう!!」
「お、おいライダー!!」
「何だ坊主。良いではないか。いつも引き籠ってるのだ。たまには陽の光を浴びんとただでさえほっそい体がまるでナナフシのようになってしまうぞ」
「ぼ、僕のことは関係ないだろ! ああもう!!」
ウェイバーは御者台から隆文とキャスターを見つめる。
「……約束は守れよ」
「おう。自分からしたんだ。当然だ」
「……分かった」
それだけ言うと御者台に引っ込む。
ライダーもそれで終わりだと判断し、戦車を走らせ空の向こうへと消えていった。
ライダーを見送った後、隆文はキャスターに向き直る。
「……カーラ、じゃないよな?」
「うん、そうだよ。私は別のワルキューレ」
隆文に笑顔を向けるワルキューレは話す。
「私たちワルキューレが複数いるのは知ってるよね?」
「ああ。そこは伝承通りだろ」
「うん。だから召喚されたとして、誰が来るかはその人次第なんだ。今回の場合、カーラと転生の縁で結ばれた」
「……カーラはどうした?」
まだいるよ。とワルキューレは視線を向ける。
その先には、カーラが今もなお「場」として整えているであろう場所がある。
「マスターに怒られるかもって思ったけど。マスターの命には代えられなかったし。だから作った魔力炉を仮の要石としてカーラがいる」
「あー……ちょっと待ってくれ? サーヴァントは一つのクラスに一人だろ? 二人いるのはなんでだ?」
「本当は二人目は来ないはずなんだよ。本来だったら私はカーラと入れ替わりで貴方と契約を続行するはずだった」
けど今回はイレギュラーな事態だったから。
「カーラの契約を私が引き継いで、カーラ自身は聖域の作成に魔力炉を媒介として留まってる」
「引き継ぎ?」
「代替召喚、っていうのかな。私たちワルキューレは、契約しているマスターの魔力出力次第でより適したワルキューレが現れるようになってるんだ」
「つまり交代制ってことか?」
そゆこと。ワルキューレは話す。
……カーラが言っていた消えるっていうのはこのことか。
ワルキューレは隆文を見つめる。
「今カーラは魔力炉の魔力が尽きる前に聖域を完成させようとしているから。私も手伝いに行ってあげたい」
「分かった。俺も行こう。それにその説明だと、魔力炉の魔力が切れたらカーラは……」
「うん。座に還っちゃう」
なら今すぐに行こう。
隆文は体の傷も気にせずにその場所まで向かうことにした。
その背中をワルキューレである彼女は優しい笑みで追いかけた。
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隆文は扉を開ける。
そこには、巨大な魔法陣があった。
その中央に見知った顔。カーラがいた。
「カーラ」
隆文は近づきながら彼女の名前を呼ぶ。
カーラは振り向くと驚いたような表情を浮かべた。
「……マスター。ご無事でしたか」
「ああ……話はあの子から聞いたよ」
「……そう、でしたか」
そういうと、少し寂しそうに笑顔を浮かべる。
「……まあ。そういう仕様なので。仕方ないですね」
「……その。カーラとはもう……」
「ええ。おそらくもう会えません」
「……そっか」
隆文は長く息を吐く。
「これから、って時だったのにな」
「ええ。出来ることなら私も、最後まで一緒にいたかった…………ですがマスター。きっと大丈夫です」
カーラは両手で隆文の顔を優しく包む。
「この短期間で。貴方はとても速く成長しています。それは人間としても。戦士としても」
「ワルキューレにそう評してもらえるなら光栄だよ」
「ふふっ……だからマスター。今度はあの子と一緒に、貴方の願いを叶えてください」
「……んっ。ありがとう」
隆文も、カーラの髪を優しく梳くように撫でる。
「聖域はあと少しで完成します。これさえ完成すれば、この世全ての悪も浄化は可能でしょう……ですが問題もまだありますよ」
「ああ。分かってる」
例えこの世全ての悪を浄化できたとしても、この聖杯戦争にはまだ懸念事項がある。
即ち。他サーヴァントとの戦闘。
サーヴァントが脱落し、聖杯に還元されないと聖杯は完成しない上に儀式も終わらない。
おまけに。この聖杯戦争には最強と言っていい存在がいる。
アーチャー。真名をギルガメッシュ。
掛け値なしに最強と言えるサーヴァントだろう。
仮にすべてのサーヴァントが脱落しても、おそらく彼の王は最後まで残るだろう。
その時。自分とキャスターだけで打倒できるかどうか。
カーラは顔を伏せる。
「……本音を言えば。このまま私と彼女が現界し続けて二騎で攻め込めれば勝てるかもしれません。ですがそれは……」
「俺の負担が倍増する。下手したら今よりも弱くなる可能性がある、ってことだろ?」
はい、とカーラは頷く。
サーヴァント一騎だけでも維持が大変な存在。それを同時に二騎。
いくら隆文の魔力量が多くとも、無理がある。
隆文もそれが分かっている。
「……あー、クソッ。こんなしんみりした別れしたいんじゃないんだけどなぁ」
「ふふっ。ええ。分かっています。貴方はそういう人ですよね」
「もうあの倉庫の本物全部魔力炉にぶっこんでやろうかな。そうすれば何騎でも……」
「それは無理です。第一数が足りませんよ」
それもそうか。
すると。水色の髪のワルキューレが近づいてくる。
「カーラ。私も手伝うから聖域完成させよう?」
「ええ。マスターもお手伝い願えますか?」
「勿論」
それから三人は聖域を完成させるべく動き回った。
■■■■■□□□□□
「で、出来た……で、いいんだよな?」
「はい。完成です」
聖域が完成した。
今はまだ術式自体は気づかれないように眠っているが、ワルキューレの合図で一斉起動し浄化が始まる。
時刻は深夜零時十五分。
いつの間にか日付を跨いでしまっていた。
それと同時に。カーラの体が白銀の粒子に包まれている。
サーヴァントの退去の印だ。
「……マスター。私、これでも結構残念に思ってますよ?」
隆文を見上げながらカーラは少し微笑む。
「マスターと過ごした日々。短かったですがとても有意義でした…………まるで、
「ふーん。カーラってやっぱりブリュンヒルデお姉さまと同じになってるんだねえ……ちょっと寂しい」
「貴女もいずれ分かりますよ。大神から頂いた神性を捨ててでも、隣にいたいと思う。そんな人が出来れば」
「あれ。今これ惚気聞かされた上に煽られてる? ラグナロクるよ?」
まあまあとカーラは宥める。
「……そういえば。そっちの子。説明とかはいるか? 簡単に話そうとは思ってるが」
「あ、大丈夫。カーラに喚ばれたときに全部分かってるよ」
「私たちは基本全て同一個体という括りなので。同期をすれば言葉を介せずに記憶などの共有が出来ます」
白銀の粒子がどんどん消えていく。
カーラの肉体も半分以上がなくなっていった。
「マスター」
カーラは隆文を見つめる。
「この先。困難なことが立て続けに起きるかもしれません。貴方の味方が誰もいない状況になることもあるかもしれません」
それでも、
「どうか――――どうか。貴方のその人間としての
「……ああ。分かった。ありがとう。カーラ」
「ええ。マスター。貴方の道行きに、最上の幸運を」
笑顔でそう告げたカーラ。
そして、白銀の粒子と共に。彼女は消えていった。
残されたのは二人の主従。
……短かったけど。
結構楽しいもんだったな。
過ごした時間は数日程度。
それでも。教わることはたくさんあった。
「……さってと。残りはきっちりやらねえと、だな」
そういうと隆文は残されたワルキューレに向き直る。
「改めて。君のマスター。間宮隆文だ。よろしく」
「うん。よろしくね」
二人は握手を交わす。
……そういえば。
「なあ。君のことは何て呼べばいい? ワルキューレには一人一人名前があるだろ?」
「名前っていうか個体名称だけど……まあ一緒か」
じゃあこちらも改めて、とワルキューレの少女は隆文を見据える。
カーラと違って、その双眸はまるで
「私はワルキューレ。個体名称をラーズグリーズっていうよ。よろしくね。マスター」
それは「計画を壊す者」の意味を持つ戦乙女。
そして転じて「戦いを終わらせる者」としての意味も併せ持つ。
ワルキューレ……ラーズグリーズは微笑む。
「さっ。聖域は完成した。あとはマスターの魔術と戦闘技術の向上だね」
「ああ。頼むぜラーズグリーズ」
歴史が大きく変わるとき
「ラーズグリーズ」はその姿を現す