さて。
前世を自覚し、聖杯戦争への参加を――嫌々ながらも――決めた男、間宮隆文。
方針を決め、一度睡眠をとって自分を落ち着かせた。
現在時刻は午後一時を少し回ったところ。
昼食を済ませながら今後のことを考えていると、ふとした疑問が浮かぶ。
「……そういや俺って魔術回路あるんかな」
聖杯戦争の参加者は魔術師から選ばれる。
それは数合わせのマスターにも適応される。
原作では龍之介の先祖が聖杯戦争のことを記した書物を残していたことから、彼の中に魔術回路が眠っていたのではといわれている。
そこで思い至る。
……あ、サーヴァントの現界や戦闘ってマスターの魔力が必要じゃん。
本来のキャスター、ジル・ド・レェはマスターからの魔力供給がなくとも自身の宝具『
流石に同じサーヴァントを召喚するつもりはない隆文はもう何度目かわからない自分の頭を抱える。
一応。召喚自体は大本の大聖杯があるので問題ないが、その後の維持や戦闘はマスターの魔力が必須となってくる。
令呪が発現したということは、隆文も魔力を生み出す疑似神経回路、魔術回路が存在するだろう。
ただし、このままでは魔術回路の魔力は生み出されず。ほかの方法で魔力を確保する必要が出てくる。
それはつまり魂食い――――一般人を襲い、その生命力を吸うことである。
「……おい。これって触媒探しと同時に魔術回路を開くことも始めないといけないよなぁ!?」
問題の発見はいいことだが、同時にやるべきタスクも増える。
このままでは犠牲者を最小限にするという目標が、下手したら自分が犠牲者を増やすとかいう状態になる。
「本末転倒ウルトラC……ッ!」
馬鹿なことを言っているが相当追い詰められている。
だがこれなら次の方針もわかりやすい。
隆文の両親は間違いなく一般人だ。魔術の魔の字も出たことはないし。もし魔術師の家系だったとしたら隠す理由はないだろう。
だから調べるべきは両親の親。隆文から見て祖父母に当たる人たちだ。
第四次聖杯戦争開始が1995年の11月頃とされている。
聖杯戦争はおおよそ60年周期でやってくるため、もし怪しいとしたら祖父母、もしくは曽祖父母の代だろう。
ただこれにも少し問題がある。
「母さんの方はともかくとして、父さんの実家はなぁ……」
母方の祖父母はここから駅で3駅ほど行ったところにあるので、アクセスは比較的容易だ。
ただ困ったことに、父方の祖父母はかなり遠い。
冬木市は九州地方に存在しており、父方の祖父母は関東地方にいる。
ぶっちゃけ。飛行機使った方が早いとかいわれる距離だ。
それでも隆文は毎年2、3回は会いに行っている。
ふと、窓の外を見る。
何のことはない住宅街が映し出されているが、聖杯戦争のことを考えると見方が変わってくる。
……多分。アサシンはもう召喚されているよな。
アサシンのマスターである言峰綺礼。その令呪の発現は聖杯戦争開始三年前。
現在1994年の6月ということ考えると。聖杯戦争開始まであと一年半。
最初期からアサシンを使い諜報を行っていると考えると、迂闊な行動が取れない。
加えて。隆文はまだ大学四年生だ。
今日はまだ休みだが、明日からは普通の授業もある。
勿論何日かサボるという方法も取れなくもないが、一般人として暮らしてきた性故か。抵抗がある。
結論として。大学が夏休みに入るまでは父方の方にはいけないだろう。
なのでまずは母方の祖父母の方に向かうことにした。
「理由は……まあ学校の課題とかでいいか」
流石に今から向かうのでは帰ってくるのは夜になるだろう。
この状況で夜に出るのは避けたいので、金曜日の授業が終わったタイミングになるだろう。
「……シューティングゲームのルナティックでももう少し優しいんだが」
しかし何もしないというわけにもいかず、色々と頭を捻ってどうにかこうにか魔術回路を起動させようとしていた。
……結局その日は家の中でひたすら唸って体を捻じっているだけという、本人はいたって真面目に魔術回路を開こうとしているが傍から見たらただの薬物中毒者にしか見えない奇行を延々と繰り返すだけだった。
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時が経つのは早く、目的の金曜日になり時刻は午後三時。
講義が終わるとすぐさま荷物をまとめ大学を出て、出かける準備をする。
事前に連絡は入れてあるので怪しまれはしないだろう。
……令呪はまあ。これで誤魔化すしかないか。
そういって隆文は、大きめの肌色のシールを手の甲に貼り付ける。
普通なら魔術か何かで見えなくするのだろうが。そういった方法がわからないため物理的な解決方法で何とかするしかない。
100均で買ったものだが意外と精巧にできており、遠目には分からないほど上手くカバーできていた。
「これじゃあ魔術より科学ってなるわな」
世のファンタジー作品なら魔術というだけで特別感があるが、この世界の魔術は即ち「結果だけを見れば現代科学で十分代用可能」な代物であり、むしろ科学技術を使うよりコストがかかる。
だからこそ。衛宮切嗣という男が脅威なのだ。
彼は魔術師というより。魔術使い。魔術をせいぜいが便利な補助技術という認識でいるため、普段は銃器や爆発物を使用し戦闘する。
隆文から見れば、魔術師よりもよっぽど脅威だ。
見えないところから狙撃されるのではとアサシンと同じくらいに警戒している。
「さて。行くか」
荷物を肩から下げて、駅へと向かう。
道すがら。現状を軽く頭の中で整理する。
まず最悪のパターンとして。どっちの家にも魔術師の痕跡はなく、魔術回路も開けず、サーヴァントも呼べなかった時だ。
こうなってくるともう形振り構っていられないだろう。
どうにかして言峰教会に赴き、祈りを捧げるか懺悔の振りでもして龍之介の居場所をそれとなく伝えるほかない。
早い段階でそれができれば、おそらく犠牲者の数はグッと減るだろう。
……完全に0にすることができないのは残念だが、そこはもう血反吐を飲み込みながら納得するしかない。
そこでまた、思い出す。
……そうだ。聖杯の泥……!
第四次聖杯戦争の最後は、アーチャー・ギルガメッシュとセイバー・アルトリアが残った。
最優のクラスであるセイバーとはいえ。メンタルブレブレの第四次では圧倒的にギルガメッシュに軍配は上がる。
油断慢心がデフォとはいえ、それで負けることはなかった。
だがここで、セイバーのマスターである衛宮切嗣が出てくる。
彼はあろうことか、残りの令呪全てを以てセイバーに聖杯の破壊を命じた。
冬木の聖杯は第三次聖杯戦争の際。アインツベルンが
即ち。願望の歪曲した形での達成。
それを知った衛宮切嗣は聖杯を破壊した。
……が。そのせいで聖杯の中身の汚泥が溢れ出してしまい、後に「冬木の大災害」と呼ばれるほどの大きな爪痕と大量の犠牲者を出してしまった。
隆文は頭に手をやる。
……やっべぇ。自分のことで手一杯で頭が回らなかったとはいえ。一番デカイ地雷があったんだ。
この聖杯の泥に関しては、作中では――おそらくアインツベルンと間桐、そしてギルガメッシュ辺りは気づいていただろうが――誰も知らなかった。
知らないことを教える。それも、この戦争の根幹を揺るがすようなことをこの聖杯戦争の関係者に伝えることは、キャスターたちの位置を知らせる以上に難しいことだった。
これはどうあってもキャスターを召喚するしかなくなった。しかも、聖杯の泥を浄化できるほどの高位の魔術師を。
……神様。俺は前世で一体何をやらかしたんですか……?
特に徳を積んだ覚えもないが、悪行を為したこともない。至って普通の一般人だったはず。
会ったこともない神に呪いを送りながら、下ばかりを向いていても仕方ないと前を向き直り。駅へと向かう。
そして、見つけた。
見つけてしまった。
前方およそ30メートルほどのところから、久宇舞弥が歩いてきた。
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「――――――」
呼吸が、思考が、そして何より歩みが、一瞬止まった。
……は?
停止した思考が一気に最悪の方向へと傾く。
だが肉体は動く。止まっていた歩みが再び動き出す。
先ほどよりは不規則で不安定な歩き方になってしまっている。
……待て待て待て待て待て待て!!? 何でここにいやがるんだ!?
歩きながら思考をフル回転させる。
久宇舞弥。
セイバー陣営の一人で、衛宮切嗣に戦場で拾われた女性。
以降は切嗣と共に行動するようになり、彼のサポートに回っている。
そこでようやく気付いた。
……街の下見と武器の点検や収集か!
彼女は切嗣のサポートとして存在している。ならば一足先に冬木の街に着き、いずれ来る聖杯戦争に備えさせるのは至極当たり前のことだった。
今はまだ始まっていないから下見程度で済んでいるだろうが、本格的に始まれば。彼女がどこにいるのか。どこから来るのかが分からないだろう。
原作では、狙撃をして敵マスターの一人を仕留めていたことからも遠距離から見張られては、魔術はおろかそれ以外の現代機器も持っていない隆文ではどうしようもない。
……落ち着け。焦るな。向こうはまだ気づいていない。
向こうは戦いのプロ。こちらはそこらの一般人が素人レベルの警戒をしているだけ。
だが幸か不幸か。あちらは隆文のことを見ていない。
目には映っているのだろうが、せいぜい「街に住む一般人」程度の扱いで記憶からすぐにいなくなっているだろう。
ならばここを乗り切るしかない。
たどたどしい歩みも、荒い呼吸も元に戻りつつある。
残り15メートル。
舞弥の無機質な瞳が一瞬こちらを見据えたような気がした。
残り10メートル。
自分は果たして平静を装えているだろうか。
心臓が早鐘を打つ。耳に反響して煩い。
残り5メートル。
もし……もし。マスターであることがバレたらどうする。
街中でいきなり戦闘はないだろうが。おそらく居場所を突き止められるだろう。
そして…………
残り4メートル
気づくな。
3メートル
気づくな気づくな。
2メートル。
そのまま通り過ぎろ。
1メートル。
ひたすらに前だけを向いていた隆文と、周囲を観察しながら歩いている舞弥。
その邂逅は、ただ片方だけが異常に相手を意識しすぎ――――そして何も起こらなかった。
舞弥はそのまま隆文が来た道を進んでいった。
「――――ッ、はっ、ァ……!」
歩きながら、しかし呼吸は全力疾走をしたマラソン後のように荒かった。
……し、死ぬかと思った……!
目の前に自分が死ぬかもしれない原因が歩いてきたのだ。むしろよく冷静に対処ができたと自分を褒めたい。
ややよたつきながらも、隆文は目的の電車に乗った。
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「……?」
久宇舞弥はふと立ち止まり、後ろを振り向く。
平日とはいえ。金曜日の午後。
帰りの学生たちや主婦。フリーターなどが道を歩いている風景。
……今一瞬。魔力の気配が……?
久宇舞弥は魔術の才能がある。
使えるものは何でも使う切嗣の方針で、魔術の手ほどきも受けている。
そのため。多少は魔力の流れというものを感知することができる。
だが舞弥は戦闘のプロではあっても魔術のプロではない。
一瞬感じた魔力の流れはあっという間に霧散してしまい、この雑踏の中では再び見つけるのは不可能だろう。
もしや令呪がある人間かと思い、振り返って視界に収めた人間の手の甲を見るもそのような印が現れている人間はいなかった。
いやそもそも。仮にマスターだとしても魔術師がこんな一般人でごった返す場所に来るとも思えない。
おそらく聖杯戦争が近づいているため。大気中の魔力の濃度が安定していないのだろう。
そう結論付けた舞弥は時計を見て時間を確かめる。
……そろそろ指定した場所に武器が届く時間ですね。
踵を返し歩き始める舞弥。
季節はそろそろ夏本番になろうとしていた。
舞弥「まあいいや」
もう全てリヨぐだに任せればいいんじゃないかな。