お好み焼き屋『鍾馗』
冬木市新都にある所謂老舗であり、お好み焼き屋なのに妙なメニューが多い。
ただ味に関しては確かなので若い層から、市外から来たコアなファンも出来ている。
平日とはいえお昼時なので、店の中は昼食を食べに来たサラリーマンがちらほら座ってもんじゃ焼きを焼いている。
その奥の席。
周囲の席からは様子が伺いづらい場所に、四人が座っていた。
「うむ! この豚玉とやらもまた美味いなっ! 酒によく合う!」
「お前よくこの状況で食えるよなそんなに……」
「なぁにをビクついておるのだ坊主。毒があるわけでもあるまいし」
「もし仕込まれたらどうする気だよ」
「うむ! それはな――――毒を食らわば皿まで、というやつよ!」
豪快に笑ってジョッキのビールを飲み干す。
そのまま店員を呼び、ビールの追加とモダン焼きを三枚頼んだ。
「……今更だけど。コイツかなり食うし呑むぞ」
「ああ分かってる。金に余裕はあるから心配すんな」
「……あっそう」
「何をそんないじけておるのだ坊主。金なんぞ作ればよかろうに」
「錬金術ってそういうものじゃ……もういい」
諦めたのか、目の前にあるイカ玉を食べ始める。
……あ、結構美味いな。
ちらっと、反対側のもう一人をウェイバーは見る。
そこには現代の服に身を包んだ水色の髪の少女が口を栗鼠のように膨らませながらチーズ焼きを頬張っていた。
ふと。ウェイバーの視線に気づいたのか少女――ラーズグリーズはヘラで自分の分を近くに寄せる。
「
「いやいらないし」
「というかまず食いながら喋るのは止めろって行儀悪い」
口を膨らませるモノを嚥下した。
その後、再びチーズ焼きを食べ始める。
喋る気無しか? そう思っていると目の前の赤毛の大男――イスカンダルが笑う。
「ハッハッハッ! 美食はいつの時代、誰であろうとも魅了するものだな!」
「口に合ったようで何よりだ」
イスカンダルの言葉に何処か安堵した様子。
ラーズグリーズへの買い物の後、店に移動した隆文たち。
そこには既にイスカンダルとウェイバーが待っていた。
遅れてきた非礼を詫び、中に入ってさあ会談だ。と思っていたがイスカンダルが、
「まずは腹を満たす! 話し合いはそのあとでも遅くはあるまい」
ということで先に食事にしていた。
まさに鶴の一声。
これが世界征服を掲げた王の言葉か。隆文は納得し、己のもんじゃ焼きを食べる。
「おう。そういえばお前さん。酒は飲まんのか?」
「あー。別に飲めなくはないんだがな」
ならば付き合え、と近くにいた店員に大ジョッキをさらに追加で頼む。
一つをイスカンダル。もう一つは隆文の前に置かれる。
その様子を見てラーズグリーズが念話を送る。
『マスター。酔わせて判断能力失わせる作戦かもしれないよ』
『いやぁ……』
目の前の大男の性質から考えてそれはないだろう。
イスカンダルはジョッキを豪快に呷り、一気に半分を飲み干した。
ジョッキを置くと隆文を不敵な笑みで見る。
成程。一瞬で理解すると、隆文もジョッキを掴み一気に呷る。
本来なら一気飲みは体に悪いから絶対にやめた方がいいのだが、イスカンダルのあの視線は――――
「これくらい出来るだろう?」
といった挑発である。
ここで流してもよかった。
実際。最初の頃の隆文だったら余裕もないからさっさと話題を変えていただろう。
だが今は余裕が生まれ、どこか対抗意識が生まれた。
ならばと、ジョッキの中身を空にして隆文はイスカンダルを見つめ返す。
ウェイバーはうわぁ、といった表情を浮かべ。ラーズグリーズは流石だ、と感心していた。
イスカンダルは一瞬驚いたがすぐににやりと笑う。
「ほほう。ただの堅物、というわけではなかったか」
「ったりまえだろ。普通の魔術師程度で聖杯戦争に勝てるわけ無いだろ」
一気に飲んだからか若干アルコールが回り始めたが、すぐに元に戻る。
深く息を吐き、もんじゃ焼きの続きを食べる。
「ってかそっちのマスターももっと食えば? 金はこっちが持つから気にすんなよ」
「う、五月蠅いな!」
「ガハハハハッ! 坊主。お前さんはもうちっとどっしり構えんか。細かいことを気にするから背が伸びんのだ」
「僕の背丈とこの状況とは関係ないだろぉ!?」
可哀想に。
ラーズグリーズは警戒はしていたが食事の続きをしていた。
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一通り食事が終わり、イスカンダルは爪楊枝で歯の間に挟まった食べかすを掃除している。
「いやあ満足満足! この国は美食が多いな」
「まあ食えないものを食えるように長い時間かけるような人種だしな。毒性のある河豚も食べられるようにしているし」
「余のいた時代でもここまで食道楽に走る国は稀であったな。うむ。気に入った。まずはこの国を起点に征服を始めるとしよう」
「……気をつけろよ。コイツ、マジで言ってるからな」
分かってる、と隆文は苦笑する。
……そろそろ話すか。
隆文は机の上にルーン文字を描く。
すると周囲の喧騒がやや抑え気味になった。
一瞬ウェイバーだけが緊張し強張りかけたが、人払いと認識を逸らす結界だとわかる。
「ほう。中々腕が立つではないか」
「いや。これでも俄仕込みなんだ。なにしろ魔術師になってまだ数年程度なんでね」
「数年でこれって……」
「そこはほら。俺のサーヴァントはキャスタークラスだからな」
教わった。そういうとラーズグリーズは若干得意気な顔をする。
……いや。大半はカーラなんだけどな? 教えてくれたの。
「ふむ。他者に教えられる、ということは。中々に高位の魔術師なのだろう?」
「魔術師、って言われると微妙なところだな」
隆文はラーズグリーズと顔を合わせ、了承を得る。
「さて。じゃあそろそろ約束を果たそうか」
「そ、そうだ! キャスターの真名を教えろ!」
「分かってるって。まあまずは俺の方から。俺は間宮隆文。この聖杯戦争には正直、巻き込まれた形での参加となる」
「巻き込まれた? おい坊主。そんなことあるのか?」
「えっ? あー、えと…………多分。七人七騎揃わないと始まらない儀式だし。魔術の才がある奴からランダムに選ばれたんだろ」
凄いな。隆文は感心する。
今の一言だけでここまで推察が出来る。予備知識があるとはいえ、頭の周りは相当に早い。
「で、こっちは俺と契約してくれたキャスター」
「あの時はマスターを助けれてくれてありがとね。約束だから教えるよ。私は北欧の大神により造られた
「ほう! ヴァルハラの戦女神が顕現しておったとは!」
「お前よく触媒あったな。ワルキューレっていえばメジャーもメジャー、神霊に片足突っ込んだ存在じゃないか」
「運が良かっただけだよ」
本当にそう思う。
父親が偶然あの聖遺物を買ってこなかったらと思うとゾッとする。
「ではこちらも。余はイスカンダル! 征服王の名でも呼ばれておる」
「ああ。知ってるよ。マケドニアの覇王に会えるとは幸運だよ。そっちもよく触媒があったな」
「えっ!? あ、いやぁ……まあ。こっちも運が良かったというか……」
ゴニョゴニョと口ごもるウェイバー。
実際のところ。どうやって彼が聖遺物を入手したか知っているから、今のは隆文からしたら揶揄う以外の何物でもない質問だった。
苦笑しつつ、隆文は本題に切り込む。
「で、だ。こっからの話は俺とラーズグリーズが調べて分かったことだ。それを踏まえて話を聞いて判断してくれ」
そう隆文は告げる。
神代の魔術師によるお墨付きはあるから疑うなということを言外に知らせている。
ウェイバーもイスカンダルもその言葉の意味を理解したのか神妙な面持ちになる。
「まあ話せば少し長いんだが――――」
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「聖杯が汚染されてるって……」
ウェイバーは絶句。イスカンダルは、何やら考え込んでいるのか顎に手をやる。
「何時からは分からない。だが、大聖杯の中に何かいてそれが聖杯の性質を歪めているのは確かだ」
「実物を見てないから推測でしかないけど。サーヴァントが触れたら格の低い英霊なら一瞬で汚染されて正気を失うよ。格が高くても、多分数分意識が保つかどうかだと思うよ」
隆文の言葉をラーズグリーズが補足する。
……ギルガメッシュが異常なだけで普通はダメなんだよな。
例え神性を持っていようと汚染される。
それが
自分で言ってて背筋が寒くなるな、隆文は息を吐き弱気になりそうになる自分に喝を入れる。
そんな中。ウェイバーが隆文に訊ねる。
「……このこと。他の連中に言ったのか?」
「いや。そもそも御三家に何も言わずに勝手に調査したしな。こんなこと言っても信じてもらえずに、逆に御三家を敵に回すだろうな」
「それは、まあそうか……」
「ランサーのマスターは、まあそっちは知り合いみたいだから言うまでもないだろうけど。こんな突拍子もないこと信じないだろ」
「それはまあ……あの人は新米の魔術師の意見はあまり聞かないだろうな」
ウェイバーは苦い顔をしながら言う。
……新米の魔術師の意見、ね。
確かにケイネスのことを考えれば、いきなり見ず知らずの魔術師が解析した聖杯の事情を話されても信じないだろう。
ましてや今はその聖杯を狙い、争う敵同士。罠と考えるのが妥当だ。
だが冷静な彼はロードと呼ばれるだけの能力は持ち合わせている。自分で調査に赴くくらいはするだろう。
と、今まで黙っていたイスカンダルが今度は訊く。
「キャスターのマスターよ。貴様。どの時点で聖杯が汚染されていると踏んでおった?」
的確に核心を突く質問。
その眼光は鋭く、まさしく王者のそれ。
だが隆文もその質問は想定済み。
「俺も別に汚染されている、なんて思ってなかったさ……ただよくよく考えるとおかしいなって思っただけさ」
「おかしいとは?」
「こんな大規模な術式を開発した自分たち以外に公開して、あまつさえ参加を促すような報酬を出しているからな」
魔術師は秘匿が原則。
それを多方面に公開している時点で異常である。
「だから少し調べてみようってなって。そしたらこの結果になったってわけだよ」
「ふむ、成程…………で。結局その聖杯を手に入れたら、我らの願いは叶うのか?」
「叶いはするだろうが、大分歪められた形で叶うだろうな」
「具体的には多分、殺戮の方向性に向けられるね」
隆文とラーズグリーズの答えを聞くと、イスカンダルはうぅむと唸る。
彼の願いは『受肉』
それが歪められた形となると……
……生きた殺戮兵器になる、ってところか。
ゾッとしない話だ。
ただでさえ強力な神秘を宿している状態なのに、受肉して理性無く暴れまわるとか天災以上の何かでしかない。
イスカンダルもその想像をしたのか、唸りながらビールを呷る。
「……んーむ。まあ碌でも無いものではないかとは思っとったが……こりゃ不良品だのぉ」
「って、お前! 聖杯の正体に気付いていたのか?」
「んなわけあるかい……ただなあ」
そういって、ジョッキに視線を落とす。
そして無言で飲み干し、店員に追加を頼む。
「まあ、お前さんらの事情は分かった。余としてもそのようなものを野放しにはしたくはない。だがなあ……」
他の連中はどうかは知らんぞ?
そういって隆文を見る。
……まあ、そうだろうな。
特に遠坂や間桐、アインツベルンは汚染されていたとしてもだからどうしたと言わんばかりに進めるだろう。
隆文は一度深呼吸をし、鼓動を落ち着ける。
「……確かに。他の連中に納得してもらうのはほぼ不可能だろう。だから聖杯の方をどうにかする」
「ほう? して方策は?」
「ラーズグリーズが作り上げた結界内で聖杯を起動させて、浄化の陣で一気に聖杯を浄化し元の通常の願望器としての機能を取り戻させる」
全員がラーズグリーズを見る。
ラーズグリーズは頬一杯にお好み焼きを詰め込んで堪能していた。
栗鼠……? 誰もがそう思った。
「……ラーズグリーズ。誰も取らんからもっと落ち着いて食えよ」
「ふぁい」
ごくん、と口の中のものを全て飲み込む。
「ふー。あ、結界については自信あるよ。といっても今回の聖杯はどうにかできるけど、大本の大聖杯の方をどうにかしないと次の聖杯戦争にはまた同じことの繰り返しになるね」
川が汚れているならその部分を綺麗にすればいいが、水源自体が汚れていると何の意味もない。
今回もそれと同じだ。一時的な対症療法でしかない。
だがそれでもイスカンダルは前に乗り出す。
「ふむ。つまりだ。お前さんらが敷いた結界が機能すれば、今回の聖杯に限り安全に使用が出来る。そういうことだな?」
「まあ、概ねその解釈で合ってるよ」
ならばよし! と、ジョッキを飲み干す。
「征服。余の王道はつまるところこれに尽きる。だがその国に住まう民草までを殺し切っては意味がない。それでは征服ではなくただの殺戮よ。ただの蹂躙よりも性質が悪い」
そも片端から殺してその後どうするというのだ。
そういうと、一口でモダン焼きを食べる。
……まあ。今の時代に征服というか、他国に攻め入ろうなんて考え持ってる奴はなかなかいないからなあ。
ここら辺は考えの違い……というより生まれた時代と国の違いだろう。
「……まあそういうわけだ。俺たちは聖杯の浄化が本来の目的。だから聖杯の行方に関しては正直誰でもいいんだよ」
「成程なあ。ならば貴様らが聖杯を浄化した後に、余が聖杯を取ってもよいということか」
「まあな。まあ、征服手段はなるべく和平を中心にしてほしいところだが」
「ムハハハハッ! 剣を執るならばいざ知らず、最初から対話の卓に着くものを無碍にするほどこのイスカンダルは狭量ではないわい」
一先ずの話がついたところで、隆文も食事を再開する。
ふと、ウェイバーが話す。
「……お前は、無いのかよ。聖杯に託す願い」
「ん? そうだな。正直パッと思いつくものはないな。ラーズグリーズは?」
「私は正直喚ばれたから来ただけだからね。願いって呼べるものは……」
そこまで言うと、ラーズグリーズは少し顔を俯かせる。
「……まあ、ないかな」
「……そうか」
「まあよい。心配するでない。余が聖杯を勝ち取った暁には貴様らの願いも叶えられるだけのリソースを残しておいてやろう!」
「っておい! そんな勝手に――――」
デコピンで沈められた。
涙目のウェイバーはそれでもと起き上がり隆文を見る。
「……お前。なんでそんなこと出来るんだよ」
「そんなこと、って?」
「だって。この聖杯戦争はお前にとって何の利益も無いだろ。得られるメリットが無いのに、こんな命懸けの儀式に参加する理由は何だよ」
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理由、か。
思わず笑みが零れる。
「……俺も。最初はそう思っていたさ。何ならつい最近まで自問自答の毎日だったよ」
「だったら、なんで――――」
「けどさ」
それは、やらなくていい理由にはならないだろ。
隆文がそういうと、ウェイバーは黙る。
「確かに逃げればよかった。それが一番安全策だったんだろうさ。けどな。それをやったら俺の住んでるこの街が台無しになるんだよ」
「故郷を守るため、か。だがな。それでお前さんが死んでしまったら元も子もなかろう?」
「ああ――――だから俺は聖杯戦争に参加した」
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
イスカンダルの尤もな質問を隆文はしっかりと返す。
勿論。恐怖がないわけではない。
それどころかこの聖杯戦争の参加者の中で一番恐怖を抱いていると言っても過言ではない。
だが。恐怖を知り、相手の実力と自分の力を弁えているが故に今の隆文に迷いはない。
それを感じ取ったのかイスカンダルはふっと笑う。
「敵も己も知り得た上での結論か。ならばもうこれ以上言うことはないな」
「こっちからも一つ聞かせてほしい。ライダー。なんで俺をアサシンから助けてくれたんだ?」
「むっ? そりゃあお前さん。アレよ」
イスカンダルはジョッキの中身を見つめながら話す。
「したいこと。やりたいことがあるのに、それを進められぬ。成し遂げようと思っても出鼻を挫かれる。そういうのを見るとな。こう、無性に背を叩いてやりたくなるのだ」
「……そうか」
無論。余と目的が被れば容赦はしないがな。
そう〆ると、イスカンダルは残ったモダン焼きとビールを片付ける。
「まあ。どんな理由があっても。結果的に助かったんだ。本当にありがとう。征服王」
「うむ。で、まだちゃんと返事を聞いておらんかったな。どうだ? その方ら。余の軍門に下る気はないか? 無論待遇は保証するぞ?」
「お前まだ諦めてなかったのかよ……」
応! と、胸を叩き自信満々に宣う。
あまりのブレなさに隆文も苦笑する。
「……そうだな。最後に残ったのがラーズグリーズとアンタなら、俺は負けを認めてアンタに聖杯を譲るよ。その時は改めてアンタの軍列に加えてくれ」
「おおっ! ほれ見ろ坊主! 物は試しで言ってみるモノであろう?」
「お前マジか……」
イスカンダルは嬉しそうにウェイバーの背中をバシバシと叩き、ウェイバーは信じられないものを見る目で隆文を見ていた。
「とりあえず。一先ず俺らは休戦、ってことでいいか?」
「……仕方ないだろ。正直、キャスター相手に時間を与えることの方が怖いけど……」
「そこはそれ。まあ頑張ってくれ」
こっちに丸投げかよ。丸投げだよ。
ようやく余裕が出て来たのか。それとも諦めたのか。ウェイバーはため息をつきながら天井を見上げる。
……何で僕の周りには変人が多いんだ。
もう自分も吹っ切れるか? いやいや自分は魔術師だ最後まで誇りと信念は持ち続けて――――
「うむっ! では話も纏まったところで、だ…………このニホンシュというのはどこで手に入る? 先ほど麦酒の合間に頼んで飲んだがいやあ真に美味いな! この国独自の酒か?」
「ああ。原料は米だよ。酒造米っていうものだ。そうだな……ここら辺ならいい酒屋があるからそこに行こうか」
「コメ!? あれから酒が造られるのか!! やはり異国の食文化は面白いのお坊主!!」
「お前殆ど食っちゃ寝してるだけだろうがあ!!」
駄目だ。やはり最低限人間としての常識は持っていた方が色々と得かもしれない。
目の前のトンチキ展開を止めるためには多少の犠牲も必要なのだろう。それが魔術師である自分にとって必要な魔術師的要素だったとしても。
結局この後。『鍾馗』を後にすると、隆文の薦めで地元の酒屋に案内されていった。
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「結局相当買わされたよね?」
「飯代と含めて十万以上は払ったな」
質のいい酒ばっかり狙ってたな。
流石は王の座についた者というところだろう。
ライダー陣営と別れた隆文とラーズグリーズは帰路についていた。
冬ということもあって、まだ四時前だというのに既に沈み始めていた。
明るいオレンジの光がラーズグリーズを照らす。
水色の髪にオレンジの光が反射して、ステンドグラスのような儚さと美しさを醸し出していた。
見た目十代後半の美少女が自分と共に歩いている。
前世今世共に彼女いない歴=年齢なため、この状況は隆文からしてみれば心臓バクバクの甘酸っぱいイベントというわけだ。
もっとも。聖杯戦争という殺し合い前提の状況でなれければ成立しないため嬉しさが三、げんなりが七といった配分なわけだが。
「マスターの時代はいいね。美味しいものは沢山あるし。平和だし」
「平和、かどうかは分からないけどな」
日本という国が平和なだけで、一歩外に出れば内紛やデモなどをしている国は多数存在する。
それでも平和だよ、とラーズグリーズは言う。
「私から言わせれば人々が自分のために戦いを起こしているって時点で十分平和なんだよ。私たちの時代は基本神様とか王族なんかのいざこざに、いろんな人が否応なく巻き込まれていたからね」
彼女は懐かしむように話す。
……神話の時代、か。
隆文には想像もできない、スケールの大きな話だ。
それを目の前の少女は生きて抜いてきた。
だからなのか。気になってしまう。
「……ラーズグリーズは。聖杯に願いはないのか?」
あの時。
征服王との食事中に彼女は一瞬言い淀んだ。
あの場でそれを指摘するほどイスカンダルも無粋ではなかったし、あの時の話の主軸はそこではなかった。
だが。時間を置いた今は気になってしまう。
一瞬、きょとんとした顔を隆文に向けるとすぐに寂しそうに微笑む。
「うん。無いよ。私たちは基本。何かを願うっていう機能は無いからね。まあ戦乙女の機能としての願いみたいなものはあるけどさ。けどその程度。人間の言う個人個人の願いみたいなのは無いんだ」
それだけ言うと、前を見てすぐに表情が分からなくなる。
彼女の言うことは真実なのだろう。
カーラはまだ表情豊かだったが、おそらく後付けでああいう風になっているだけで。本質はラーズグリーズと変わらない。
隆文の知識的に言えばアンドロイドのようなものなのだろう。
一人一人に多少の違いはあれども、本質的には総て同じ。
「まあ。私は量産品だよ。性能は他の姉妹とも遜色ないしさ」
「それは違うだろ」
思わず。隆文は突っ込んだ。
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ラーズグリーズは歩みを止め隆文を振り返る。
「……どうして?」
聞かれた隆文は一瞬たじろぐが、見つめ返しながら答える。
「……さっき。ライダーの問いに一瞬答えに迷ったろ」
「それは……突然のことだったからだよ」
隆文の言葉に目を逸らしながら答える。
だがその言葉には先ほどまでの力はなかった。
「願い、って言えるレベルじゃないにしても。叶えたい。叶えられたら、って想いはあるんじゃないか?」
「……」
俯くラーズグリーズ。
隆文は無理に言葉を重ねず、ラーズグリーズが話し出すのを待った。
「……叶わないって知ってる。多分。冬木の聖杯はそこまで万能じゃない」
それでも、と顔を上げたラーズグリーズ。
その表情は、少し泣きそうな少女のそれだった。
「もし叶うなら……お姉様に、また会いたいなって。そう思っちゃったんだ」
「お姉様……?」
うん。そう頷き、少しだけ笑顔を見せる。
彼女の言う姉――――それは、全てのワルキューレにとっての姉であり、最初のワルキューレであるブリュンヒルデのことだろう。
「お姉様は、
「……そっか。いい姉なんだな」
「そうなんだよ!」
一気に詰め寄るラーズグリーズ。
目の前に美少女の顔がアップになることで、顔が赤くなる隆文だがラーズグリーズは自身の姉に対する想いを語るのに気づいていない。
「本っ当に完璧な人だったんだ! 戦乙女として
「お、おう。そうか。と、とりあえず落ち着け」
肩を掴んで一度ラーズグリーズを引き離す隆文。
一気に興奮が抜けて来たのか、ごめんねと謝りつつ笑顔になる。
「まあ、そっか。そんな大好きな姉がいるならもう一度会いたいって思うわな」
「うん! ……本当に、もう一度」
先ほどまでの元気は何処に行ったのか。急に沈んだ雰囲気を出す。
隆文も、全く何も知らないわけじゃない。
むしろブリュンヒルデ周りの物語は大分有名な方だろう。
……確か。シグルドと出会ってからオーディンから追放喰らって、そこからは転落になっちまうんだったか。
「じゃあそれを聖杯に願ったらいい」
「それは……」
「なんでそう最初からダメなんて決めつけるんだよ。いいだろ別に」
「だって、
今度は隆文がきょとんとする顔になった。
「大神から生まれたワルキューレなら、願いを持つなんておかしいよ。私たちはそうなるように設計されてないのに……」
「いや。別にいいんじゃないのか? お前たちの姉だって、願いを抱いていたんじゃないのか……?」
「それは…………お姉様がおかしいだけだよ」
無茶苦茶言いすぎてる……
ある種ダブルスタンダード。
……姉の特別視とワルキューレとしての使命を優先しすぎて色々とごっちゃになってるな……
「……キャスター。願いを持つのは悪いことじゃねえだろ。まして姉に……家族にもう一度会いたいって願うのは別に変じゃないし。普通だろ」
「でも。他の姉妹たちはそういうことを言わないよ」
「なら。お前はそういう……なんだ。成長? みたいなのをしたんだろ」
「私たちは成長しない。この姿で生まれた時から完成している。それは大神が証明しているよ」
譲らねえな……
別に隆文も押し問答がしたいわけではない。
ただ彼女に望みがあるならそれを叶えてやりたいし、否定するつもりはない。
それがラーズグリーズにとっては自身の存在を否定されているように感じているのだろう。
「あー。待て待て。お互いヒートアップしているから一度冷静になろう」
「なってないよ。私は冷静」
「そう言ってる奴に冷静な奴はいないんだよ……!」
どう見ても意地になっている顔をして隆文を睨むラーズグリーズ。
どうしたものかと隆文が悩んでいると、先にラーズグリーズが動き出す。
「帰ろう、マスター。この時間。外にいるのは危険だし」
「あ、ああ。ってか。なんか怒ってないか? お前」
「怒ってない。そんな感情ありません」
そういって隆文を置いて居かねない――だけど微妙に追いつける――速さで歩き始めた。
三本目の親知らずを抜歯。
歯医者「いやー。また変な形に生えてますね」
私「今のところ最初の一本以外変な形になんですが」
歯医者「意地でも引っこ抜かれたくないって感じですね。ほら途中で折れ曲がってる」
私「宿主に執着するな大人しく抜かれてくれよ」
歯医者「あ、最後の一本は歯肉に半分埋まってるので抜くなら多分切開からですね」
私「馬鹿じゃねえの私の歯」