夜。
冬木市内が静寂に包まれている時。冬木の倉庫街では、快音が響いていた。
それは、鋼と鋼がぶつかり合う音。
剣戟が互いに交錯し合い、そこが戦場であることを如実に教えている。
但し。外には一切音は聞こえてはおらず、それどころか夜であることを差し引いても。人が近づく気配すらない。
それもそのはず。魔術師の手によって人払いの結界が張られているからだ。
これにより、魔術師を除いた人間はこの倉庫街に近づくことはない。
それが時計塔の一流の講師であり、『神童』と謳われているケイネス・エルメロイ・アーチボルトの手によるものならなおさらだ。
現在埠頭で戦闘を行っているのは彼のサーヴァントであるランサー、ディルムッド・オディナ。
対するは、アインツベルンが召喚したサーヴァント。セイバー、アルトリア・ペンドラゴン。
死合の内容はまさに一進一退。
セイバーの剣をランサーが切り払い。
ランサーの突きをセイバーがいなしてさらにカウンターを決める。
だがランサーもそれは読んでいたとばかりに、もう一つの槍で防ぎ距離を取る。
互いにまだ様子見の力加減。
だが、先に動いたのはランサーの方だった。
痺れを切らしたケイネスが宝具の使用をランサーに出した。
それ以降の戦局はランサーが有利に運んで行った。
セイバーは鎧を魔力で編んでいる。
故に魔力断ちの効果のある『
ならばと鎧の魔力を推進力に変えて一撃で仕留めようとしたセイバーだが、完全に意識の外に追いやっていたもう一つの槍『
本来ならその程度の傷、マスターの治癒魔術でどうとでもなるのだが。『必滅の黄薔薇』でつけられた傷は治癒不可能となる。
防御は破られ、左手は負傷。
しかもセイバーの必殺の宝具である『
それに、こんなところで宝具を解放するつもりにもなれなかった。
だがセイバーもランサーに競り合いで負けてはおらず、ランサーもまたセイバーに対して攻めあぐねていた。
それでも、セイバー側の劣勢に変わりはなかった。
さてどうしたものかとセイバーとその後ろに控えているマスター――の代理の――アイリスフィールは考えていたが、それらを纏めて吹き飛ばすほどの状況変化が現れた。
急に空から雷鳴と車輪の音が降ってきた。
――――
この聖杯戦争において、戦車を持ってくる英霊となればクラスは一つしかない。
地面に舞い降りた戦車。
その御者台に乗っている人物は、その鍛え上げられた筋肉を持つ両腕を豪快に広げ、これまた豪快な声で宣う。
「余は征服王イスカンダル! 此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスで現界した!! 聖杯に招かれし英傑たちよ! 己が願いを叶える前に一つ! 余の言葉を聴いてはいかんか!!」
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その様子を家で使い魔越しに隆文も見ていたが感想としては、
……うーん。豪快すぎる。
だけだ。
……まあ正直真名隠しは生前の死因や弱体化などの弱点を持つ英霊がやって効果的だし、イスカンダルなら別に名乗ったところで感はあるか。
隆文は勘違いしているが、真名を隠すのは相手に対策を立てられないためなので。弱点云々はあまり関係なかったりする。
無論真名がバレれば弱点もわかってしまうので、秘匿が前提ではあるのでマスターである隆文にすら真名を教えないキャスターはある意味きちんと聖杯戦争をしているといえる。
いや違う。ただ目の前の征服王が色々とおかしいだけだ。
使い魔を通して見ていると、街灯を足場に黄金の粒子が人の形をしていく。
『我を差し置いて王を自称するものが、一夜に二人も湧くとはな』
圧倒。その二文字が相応しい。
場を支配していたのはライダーだった。彼の登場により戦の気配が消え、完全に場の流れの主導権はイスカンダルに移っていた。
が、それすらも上回るほどの威圧感。
それが英雄王ギルガメッシュ。世界最古の英雄にして至高の王。
「……っと、今は」
一度サーヴァントが集まっている場所から目を離し、周囲を見渡す。
……あー。いるいる。
戦場となっている空き地より少し離れたところに数名。
銃器を構えているのが二名。ということは、この二人が衛宮切嗣。そして久宇舞弥なのだろう。
あとは、
キャスターからの指導により、独学で学んでいたころよりも遥かに魔術の腕が上達した隆文。
見破ることはできないが、周囲の空間との
無論。時計塔の中でも天才と名高いケイネスの魔術による隠蔽を隆文は見破ってはいない。
だが、いくら高度な隠蔽をしようと結局はそこに
流れる風に当たれば気流はそこだけ乱れるし、重さだって、軽くすることはできてもなくなるわけではない。
そしてそれは生体反応も当然のようにそこにある。
隆文は使い魔の目を通して、ケイネス本人ではなく『気流が乱れている場所』を探し出した。
本来ならそれですらも見つけるのは難しいが、隆文の魔術特性『調和』が効果を発揮した。
簡単に言えば『調和』とは、全てのバランスが取れていること。
均衡は守られ、過不足なく、あらゆる事象が成立しうる。
キャスターに指摘された隆文はその特性を使い『魔術が使用されている場所を曝け出す』ことに成功した。
ケイネスの魔術が破られたわけではない。現に今もケイネスの場所を切嗣と舞弥以外は発見できていない。
隆文だけに、ケイネスの居場所が割れたのだ。
そしてやはりというべきか。クレーンの上にはアサシンが陣取っていた。
これで隆文は、この戦場にいる全ての者の位置を特定することが出来た。
それと同時に、突如戦場に黒い靄が噴出した。
……来たか。
靄の噴出が収まると、そこには黒い人型が咆哮を上げながら現れていた。
バーサーカーだ。
アーチャーを見上げ、ただ静かに佇んでいる。
それに機嫌を損ねたアーチャーが『
だがそれを事もなさげに凌ぐと、アーチャーの逆鱗に触れたのか。さらに多くの宝具を次々と射出していった。
……あー、これは。
駄目か、と隆文は呟く。
バーサーカーの宝具――『
だが有効であることと、それで勝てることはまるで別なのだ。
上手く捌いてはいるが、このままアーチャーが砲門数を増やせば劣勢になる。
そうなると、隆文の考えである「バーサーカーにアーチャーを倒してもらう」というのはほぼ期待できなくなった。
おそらくバーサーカーと他の英霊が組んで初めてアーチャーを打倒しうるだろう。
ただ問題は、そのような判断を
彼の原動力は「間桐家に養子に出された桜を救う」ことなのだが、いつの間にかそれが「遠坂時臣を殺す」ことで成り立つと思ってしまっている節がある。
そしてあまりに一直線に進んでいるがゆえに、他者との関わりがほぼ無かった。
辛うじて。その時点で監督役になった綺礼と一時共闘紛いのことをしただけ。
……うーん。
無理そう。そう結論付けた。
いやまあ早い結論だけど正直間桐ってだけで関わり合いになりたくないっていうかうんよーしプランBだ。
そんなものはない。
戦場に目を戻すと、どうやら英雄王が撤退を選択したようだ。
それと同時に、バーサーカーがセイバーを視界に入れた。
……あ、マズイ。
「キャスター。ここからあの場所……バーサーカーを囲うように魔術で妨害ってできるか?」
隣にいるキャスターに聞く。
キャスターはやや渋い顔をする。
「少し、難しいですね。距離が近いならその場にいなくても多少は発動できますが、ここからあの場所まではキロ単位で離れていますから」
「マジか。いや、まあ出来たらいいなくらいだから別にいいんだけど」
正直、ここでのこれ以上の消耗は無意味だ。
故にキャスターの魔術で遠距離から援護したかったのだが、よくよく考えると遠く離れた場所に任意で術式を展開するなど普通はできない。
それこそ前準備があって初めて成立する。
本音を言えばバーサーカー陣営には余計な消耗は避けてほしかったが仕方ない。
隆文は行く末だけは見届けようと再び使い魔に意識を向ける。
案の定。バーサーカーはセイバーに向かっていった。
次の瞬間。
「……は?」
思わず隆文は声を出す。
未だに咆哮を上げているが、その場から一歩も動けなくなっていた。
しばらくすると、そのままバーサーカーは撤退していった。
……どういうことだ?
隆文は焦りそうになる自分を抑える。
隆文の知識の中に、こんな場面は存在しなかった。
何が原因か考えていると、隣にいるキャスターが呟く。
「令呪ですね」
「……ッ、令呪による強制か」
確かにそれならバーサーカーも抑えられる。
だがこの序盤で令呪一つと引き換えにするとは流石に予想外すぎた。
遠坂ならまだわかる。あの性格の英雄王を引かせるために使用するのは実際に分かっていた。
だがバーサーカーの陣営がそれを行うとは思わなかった。
ズレてきている。隆文は冷や汗を掻いていた。
やはり己の知識は参考程度にしかならない。
だが間違いなくマスターやサーヴァントは自分を除いて前世の知識通り。
これでアーチャーとバーサーカー陣営は令呪を一角消費していることになった。
本来ならここでランサー陣営も消費するはずだったのだが、バーサーカーが早々に退場したことにより。また戦場にはセイバー・ライダーがいては単騎勝負を得意とするランサーでは分が悪いと判断したのだろう。
ケイネスは場所を悟られぬように声を反響させながら撤退を命じた。
ライダーも用は終わったという風に、来たときと同じく猛々しい音を響かせながら雷鳴と共に戦車で去っていった。
これで聖杯戦争の初戦(正確には第二戦)が終了した。
……やっぱりどこかでズレは生じる。
そうなると、もう引き籠って情報収集の段階は止めた方がいいかもしれない。
自分が動くことで本来の道筋をずらすことに抵抗があったが、そもそも自分がキャスターを召喚した時点でその段階はとうに過ぎていた。
「キャスター」
「はい」
「鍛錬は続ける。「場」も整える――――ただ、ここから先は俺も動いていく」
そう告げると、キャスターは少し驚いた風だったがすぐにはいと言ってほほ笑む。
「でも、どうか無理だけはなさらないように。特にランサーのマスター。あの男はこの聖杯戦争屈指の魔術師でしょう」
「わかってる。俺だって自分に無理なことはしないつもりさ」
そういうと、隆文は使い魔とのリンクを切る。
「一先ず「場」の調整と鍛錬が最優先かな。キャスター。十日ほどって言ってたけど、遅れはない?」
「はい。邪魔もされていませんし、霊脈についても中々のものなので予想より早く済みそうです」
「わかった。準備はそのままに、鍛錬も少しペースを早めてほしい」
「ええ。マスターの成長速度ならあと三日もあれば十分に戦えるスペックにはなります」
「え、俺そんな成長できんの?」
はい、と頷くキャスター。
……でもここまでの伸びとは予想外でしたけど。
キャスターは内心で呟く。
確かに彼の伸びは凄まじい。だがそれと同時に、一年ほど前まで素人同然だった人物が急激に変わることがあるのだろうか。
それにもう一つ。キャスターには気になる部分がある。
それは、今工房の代わりに調整している「場」についてだ。
それはこの自宅から離れた場所にある建物にある特性を付与している。
隆文から「なるべく強力なやつを頼む」と言われているため、己の持ちうる術式の全てを使って整えているが……
……一体あの場所に何の意味が……?
戦略的にもあの場所が重要になるとは思えない。精々霊脈が優れているくらいだ。
だがそんなのこの街を探せばいくらでも出てくる。
おそらく。自分のマスターは何かを隠している。
怪しい企みや邪念が無いのだけは何となくわかる。
何より。
……聖杯戦争の犠牲者を減らそうとしている。
いつの時代も、戦争の割りを食うのは無辜の民だ。
キャスターはそれを知っている。
だから分かる。自分のマスターはおそらく優しい人だ。
規律を守り、命を慈しむことのできる人だと。
だからこそ。キャスターは心の内にある疑問を表に出さず従う。
そして今日。自分のマスターが前線に出る決意を表した。
まだ弱い。陽炎の揺らめきのような決意。
それでも。彼は前へ前へと進もうとしている。
であるならば。その手伝いをするのが自分だろう。
何より。自分は
「マスター」
「ん?」
「……勝ちましょうね」
「……ああ」
抜歯したよ!
ドライソケットになりやがったチクショウ!!!!!!!!!!
毎日痛い!!
あと最近は小説のネタが出てくるね。
転生者たちの命を懸けた「逃走中」とか。
七騎全てオリジナルのサーヴァントの聖杯戦争とか。