甘く溶ける冬
「みんなでチョコを作りませんか?」
ある日の雑貨屋《東堂》のリビング。遊びに来ていたレイ・キリエが、突然そう言い出した。
一緒にいた東堂早苗と南文香は、いきなりの提案に首をかしげた。
「チョコ作り? なんでまた急にそんなこと言うのよ」
「え? なんでってもうすぐバレンタインですよ? 日本ではチョコレートを作って渡す日なんでしょう?」
「あっ、そういえば」
早苗が疑問を表すと、レイが呆れたように答え、文香も今思い出したように呟く。
「そうですよ、あと一週間くらいでバレンタイン当日です。せっかくだし三人でチョコを作って、みんなで食べましょうよ」
「なるほどね、うん、良いんじゃない? たまにはそういうのもね」
「そうだね、私もやりたくなってきたかも。チョコなんて学生時代以来作ってないけど」
「まあ、それは私も同じですから。アメリカにいた頃は、作るよりも買う方が多かったので」
レイの提案に、早苗と文香も乗り気になる。三人の話し合いは徐々に盛り上がっていく。
「じゃあ、場所はウチで良いわね。道具は一通りあるし、チョコくらい作れるでしょ」
「なら材料は私が買ってきますね、言い出しっぺですし」
「私はラッピングとか買っておこうかな。あったら更に盛り上がりそうでしょう?」
あれよあれよという間に話が進んでいき、三人はチョコレート作りを行うことになった。
★
次の日、雑貨屋《東堂》のキッチンに早苗達は集まっていた。
三人はエプロンを纏い、材料と道具をカウンターの上に置く。
「さて、とりあえず準備はできたわけだけど。何を作る?」
髪を後ろにまとめてポニーテールにした早苗が、二人に問いかける。
すると、レイがその問いに答える。
「そうですね、私はまずガトーショコラを作ろうかと。食い出のあるものが好きな人がいますからね」
「ああ、なるほど。文香はどうする?」
「う~ん、とりあえず小さいチョコでも作ろうかなぁ。割と簡単に出来そうだし。早苗ちゃんは?」
「アタシはクッキーにしようかな、チョコチップ入りの」
そう言うと、三人は作業に取り掛かる。
買ってきたチョコを刻み、お湯で溶かしてからかき混ぜる。更にそれを型やシートに流し込んで、冷蔵庫で冷やして固める。
ごく簡単なチョコレート作りの手順を踏んで作っていく、のだが。
「……上手くいかないわね」
眉間にシワを寄せて、早苗はそう呟く。
出来上がったチョコクッキーは、どうにも歪な形をしていた。味の方も納得のいく味わいにはなっておらず、首をかしげる。
「いざやってみると、中々上手くいきませんね。レシピ通りに作っているはずなんですが」
「お菓子作りって、奥が深いんだねぇ。私も上手く出来なかったよ」
レイと文香も、出来上がった物に納得いかないようだった。一応形は出来ているが完璧とは言い難いものだった。
「どうする? 一応これでも完成とは言えそうだけど――」
文香がそう言うと、早苗とレイは顔を見合わせる。
「いや、上手く出来るまで作り直すわ。このままじゃ終われない」
「そうですね、ここで妥協するわけにはいきません」
真剣な表情で語り合う二人。その様に文香は驚く。
「なんでそこまで真剣に――ああ、そういうことか。二人は彼氏達に食べて欲しいんだもんね」
文香がそう言うと、早苗は顔を赤くし、レイは穏やかな微笑みを浮かべる。
「なっ、いや、その通りではあるけど、そうじゃないっていうか、ストレートに言われるのは恥ずかしいというか……!」
「はい、そうです。ダイヤさんには一番美味しいものを食べて欲しいですから。早苗さんもカズキさんに対して、そう思ってますもんね?」
「だから、ハッキリ言わないでよ……!」
耳まで赤くしながら反論する早苗、そんな彼女を見て、レイと文香は微笑ましい気持ちになる。
「そっかぁ、ならちゃんとやらないとね。妥協なんてしてられないね」
「そうですね、頑張りましょう。早苗さんもね」
「……アンタら結構イジワルよね」
そんなやり取りをして、三人は再び気合いを入れ直してチョコ作りに臨むのだった。
★
そして迎えたバレンタイン当日。
雑貨屋《東堂》のリビングは、派手に飾りつけられ、バレンタイン感を全力で演出していた。
『ハッピーバレンタイン!』
早苗、レイ、文香がそう言うと、部屋に入ってきたカズキ、健児、ダイヤは驚く。
「そうか、今日はバレンタインだったか。すっかり忘れてたよ」
「そんなことだろうと思ったわ。ほら、早く座って。みんなの分用意してるから」
カズキが呟くと、早苗が早く座るように促す。
全員がソファに座ると、レイと文香がテーブルの上にかけられたクロスを取る。
そこには大量のチョコ菓子が並んでいた。
「うわぁ、凄いな。これ全部三人が作ったのか?」
「ええ、私達三人でね。結構自信作よ」
小さいチョコ、チョコクッキー、ガトーショコラ。三人が手塩にかけて作ったチョコ菓子が美しく並ぶ。その様にカズキは感動していた。
「じゃあ早速、いただきま――」
「うめぇ! カズキ、これうめぇぞ!」
カズキが手を付けるより早く、ダイヤがガトーショコラをがっつき始めていた。本当に美味しいのか、目を輝かせて口の中に放り込んでいく。
「お前、もうちょっとムードというか、なんというか……」
「まあまあ、美味しく食べてもらえるなら大丈夫ですよ」
思わず呆れるカズキ、だがダイヤの隣に座るレイは嬉しそうに笑う。
気を取り直して、カズキと健児もチョコに向き直る。
「それじゃ俺達もいただきますか、おやっさん」
「そうだな、いただこう」
そう言って、二人もチョコやクッキーに手を付ける。一口含んだ途端、濃厚な甘さとほろ苦さが口の中で広がる。それは絶妙な塩梅で舌を喜ばせる。
「うん、本当に美味いな! 凄いよ、早苗、文香さん!」
「ああ、実に素晴らしい出来だ。このまま店に並べられそうだな」
「もう、褒めすぎよ。これくらいで」
「またまた〜。早苗ちゃんも嬉しいくせに〜」
二人に褒められることで、早苗は照れくさそうに誤魔化し、文香はそんな彼女をからかう。
突発的な形で始まった催しだったが、全員が満足いく結果に終わった。
★
用意されたチョコ菓子をたいらげたところで、パーティも解散となった。
カズキと早苗は、玄関前までダイヤ達を見送る。健児はリビングに残り、後片付けを引き受けてくれた。
「それじゃ、今日は楽しかったわ」
「それはこちらこそですよ。場所を貸してくれて、ありがとうございます」
「またやろうね、みんなで盛り上がるの楽しいし」
早苗が礼を言うと、レイと文香もそう返す。
隣ではカズキとダイヤが挨拶を交わす。
「じゃあな、それにしても美味かったな。また食いたいもんだぜ」
「なら一年、我慢しておかないとな」
そんな冗談を言って、ダイヤ達は去っていく。
その背中が見えなくなった辺りで、早苗はカズキに声をかける。
「――ねえ、カズキ。アンタ、まだお腹空いてる?」
「え? まあ、そこまでいっぱいにはなってないけど」
「そう、なら良かったわ」
早苗はそう言うと、ポケットから何かを取り出した。
それは綺麗な包装をかけられた、長方形の箱のような物だった。それを見て、カズキは驚いた表情を見せる。
「――もしかして、それって」
「ええ、まあ、その。ちゃんとしたバレンタインのチョコってやつ。あのパーティだけで終わるのは、ちょっと味気ないと思ったから」
素っ気なく言う早苗。しかし、その目線は正面を向かず、頬も薄く赤くなる。外は肌寒いが、それが原因でないのは誰の目にも明らかだろう。
当然カズキも、早苗の思いには気付く。笑顔でチョコを受け取り、そっと早苗を抱きしめる。
「ちょ――カズキ!?」
「ありがとう、早苗。凄く嬉しいよ」
「……そう。なら良いわ。ちゃんと味わって食べなさい」
「もちろん、そうするよ」
抱きしめあったまま、二人は語り合う。
互いを愛おしいと思う気持ちが、とめどなく溢れてくるようだった。
★
片付けを終えた健児は自室に戻り、チョコレートと酒の入ったグラスを手に、デスクに座っていた。
そのデスクの上には、妻の写真が飾られている。
「早苗達が作ってくれたものだ。アイツが友達とこんなことをするなんて、何年振りだろうな」
健児はそう言うと、チョコレートを写真の前に置く。
そして、グラスの中の酒を一口飲む。
「お前が死んでから、早苗も俺も色々なことがあった。だがカズキや他のみんなと出会えたことで、少しずつ良い方向に向かっている。そんな気がするよ」
健児は穏やかな笑みを浮かべ、写真の中の妻へと語る。かつてと変わらぬ笑みを返す妻に、健児は軽くグラスを傾ける。
「俺達はこれからも大丈夫だ。仇を取りたいという気持ちは消えないが、それだけに囚われることもない。だから、安心して見守っていてくれ」
亡き妻に捧げる晩酌は、日が変わるまで続いた。
★
雑貨屋《東堂》から出たダイヤ、レイ、文香。三人は途中まで一緒に歩き、やがて文香が別れる。
「じゃあ、私こっちだから。またね、二人とも」
「またな、文香ちゃん。一応気を付けて帰りなよ」
「さようなら、文香さん。また明日にでも」
一人で帰っていく文香を見送り、ダイヤとレイも歩き出す。
その途中でレイがふと足を止める。
「どうした、レイ?」
「いえ、少し渡したい物がありまして」
ダイヤの問いにそう答えると、レイはカバンの中から何かを取り出した。
それはハート型にかたどられた包装、バレンタインのチョコレートであった。それを見て、ダイヤは驚く。
「マジか、アレで終わりじゃなかったのか。まさか本命を隠してたとはな」
「やっぱりダイヤさんには、一番美味しい物を食べて欲しいですから。それとも、もうチョコには飽きましたか?」
「馬鹿言え、お前の作ったもんなら腹が潰れても食い切るさ」
フッと笑うダイヤ、チョコを受け取るとすぐに中身を取り出す。
美しいハート型にかたどられたチョコを、すぐに頭からかぶりつく。勢い良く食べたことで、半分ほどに分かれるがそれも気にしない。
「どうですか、お味は?」
「ああ、美味いよ。やっぱりお前の作るもんは最高だな。常にオレ好みだ」
「それは良かったです」
ダイヤの素直な感想に、喜びを見せるレイ。
そんな彼女を見ていると、ダイヤの中にちょっとしたイタズラ心が芽生える。
残ったチョコを口に咥えると、レイを抱き寄せて目の前にチョコを突きつける。
突然のことに、レイの頬が赤く染まる。
「ちょ、ダイヤさん!?」
「なんだよ、今更減るもんじゃない。それにこんなに美味いもんを一人で食うのは勿体無いからな、お前にも食って欲しい」
「あうっ……あえぇ……」
ダイヤの大胆な行動に振り回されるのは日常茶飯事ではあるが、ここまで積極的に来られると恥ずかしさが先に来る。レイの頭は茹だってしまい、まともに考えられなくなる。
そんな彼女を見かねて、ダイヤはやれやれと首を振り、そのままレイの口にチョコを押し当てた。
「んっ――」
「んんっ!? ……ううっ、う~ん……」
半ば強引に唇にチョコを押し当てて、こじ開ける。そのままお互いの距離がゼロになると、レイの抵抗の声が聞こえなくなる。
しばらくして、ダイヤがゆっくり離れると、レイは耳の先まで真っ赤に染めていた。
「どうだった、味の方は?」
「……こんなのじゃ全く分かりませんよ、もう」
「悪かったって、そんなに怒るなよ」
頬を膨らませて怒るレイ、そんな彼女を見て、ダイヤはますます愛おしい気持ちが湧いてくるのを感じたのだった。
★
ダイヤ達を別れて一人で街を歩く文香。
街の中ではカップルや家族連れが多く歩いたり、談笑したり、食事をしたりしていた。
そんな光景を横目で見ながら、文香はふと思う。
「恋人かぁ、私もいつかそんな人に出会えるのかな?」
そんなことを考えながら歩いていく文香。我ながら近くにいる人達に影響され過ぎたかな、と少し苦笑する。
そうして歩いていると、多くの人とすれ違っていく。そんなものは普段意識に留めないが、その中で一人だけ意識に留まる人物がいた。
それは、濃い青い髪を持った人物だった。男とも女とも取れる中性的な容姿で、どちらとも判別が付かない。
ただそれだけなら気にも留めないだろうが、すれ違いざまに感じた匂いに覚えがあった。それは血の匂いであった。戦いの場で何度となく味わった、不快な感覚。それが文香の意識を強烈に刺激した。
「っ!?」
思わず立ち止まり、その場で振り返る。
だが、その人影はすぐに人混みの中に消えていき、どこに行ったのか分からなくなった。
「今のは……」
今感じたものがただの勘違いか、本当に起こったことなのか。
判別がつかないものの、ひとまず帰路に着く。
この遭遇が何を意味するのか、それはまだ分からない。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
突発的に思い付いたバレンタインネタ、およそ3日で書き上げました。
そのせいか少しクオリティは低いかもしれませんが、まあそれも一興ということで。
今後も本編と関係ないネタを思い付いたら、こちらで書いていこうと思います。
さて、最後には何か意味深な描写がありましたが、それは本編の方でのお楽しみということで。
次回もお楽しみに。