ダンガンロンパトライフェス 〜我々は“才能”のみにて生くる者にあらず!〜   作:じゃん@論破

1 / 5
前夜祭

 1-1

 

 孤独の中にいた。薄くにじんだ汗が必要以上に体の火照りを奪っていく。下り始めた夜の帳は刻一刻と物の輪郭を隠していき、視界の外から漏れ出た光が闇との境界を一層濃く浮かび上がらせる。

 光は熱く拍動していた。骨の髄まで響くような重低音と狂おしいほどの熱、そして微かに聞こえる賑やかな声、それらがまるで生き物のように蠢いている。

 希望ヶ峰学園は明日、1年でたった1日だけの学園祭――通称『神座祭(かむくらさい)』の本祭を迎える。“超高校級”の高校生が集う希望ヶ峰の学園祭は、学生だけでなく世界中が注目する巨大な祭典だ。明日はメディアの取材も入るらしい。

 今は学園関係者だけが参加する前夜祭の最中だ。本祭に向けた気運作り、浮かれた学生の事前のガス抜き、来客の動線確認、中庭に出展するグループのリハーサル――実施する理由はひとつじゃないが、だからこそ誰もが参加する。それを抜け出す生徒がいたとして、誰も気付きはしないはずだ。

 

 ああ。かわいそうに。かわいそうに。何も知らない哀れな彼女は傷ついた。明日は本祭。世界が見守る。彼女は告白するだろうか。いいや、彼女はきっと訴える。これは一体何の罰か。それは一体誰の罪か。

 お前だけは知っている。お前自身に罪あることを。

 

 賑わいの隙間を縫って、それは聞こえた。歌い嘲笑うような調子で。子どもが踊り跳ねるような声で。囁き責め立てるような言葉で。

 

 迷ってはいけない。迷いの末の選択に正も誤もない。悔いを生むだけだ。迷いは重荷だ。抱えていても辛いだけだ。ならばすぐに捨て去り行動すべきだ。許されたいのなら、そうすべきだ。

 

 気付けば走り出していた。重荷――そうだ。自分にとってそれは重荷でしかなかった。捨て去ることはできないが、せめて他人に押し付けず抱えていなければ。その信念に闇雲に突き動かされていた。

 重荷を背負う。これは罪の重さだ。この罪は自分の――自分だけのものだ。誰の手にも渡らないように、誰も手を汚さないように、自分だけが取り出せる場所に隠した。

 もはや祭の声も光も届かない。果てしなく暗くてどこまでも静かな世界に抱擁される。体の中の熱い拍動が急速に冷やされていく。

 孤独の中にいる。

 


 

 2-1

 

 退屈の中にいた。だけどその感情は表に出さないよう取り繕っていた。膨らんでいく熱気と騒ぎ声は心地良い。今日ばかりは羽目を外したくなる気持ちも分かる。

 だけど彼らは満たされている。自分の力、自分の望み、自分の願いを形にして明日を迎える。それがどれだけ得難いことかは理解しているつもりだ。お互い様だ。誰かはこの役回りを演じなければならない。全員が全員の望みを叶えることはできない。ここだけじゃない。世の中はそうなっている。その椅子取りゲームで敗れた者が何を言おうと、椅子は増えたりしないのだ。

 明日は、1年でたった1日だけの、希望ヶ峰学園の学園祭——『神座祭(かむくらさい)』の本番だ。“超高校級”の高校生ばかりが集まる希望ヶ峰の学園祭は、世界中が注目する一大イベントだ。だからいろんなメディアが取材に来るし、当然お客さんも多い。

 そうして世界が盛り上がれば盛り上がるほど、どこか冷めた気持ちとの間に生ぬるい風が吹く。楽しみたい気分とは裏腹に、深い深いため息が勝手に出てくる。

 

 つまらない。つまらない。退屈で仕方がない。どうして奴らは我を忘れて楽しんでいるのだろうか。どうして自分は心の底から楽しめていないのだろうか。どうして全員が楽しめるようにできていないのだろうか。抗いがたい仕組みによって生み出される自分のような者たちは、いったいどこへ行けばいいというのか。

 

 考えても仕方のないことを考えてた。抗議なんて堅い決意があるわけでもなく、不平なんて誰かを責めるようなつもりもなく、愚痴なんてほど人に聞かせるようなものでもない。ただ、ぼんやりと感じていただけだ。

 

 ああ、利口で慎ましい精神のなんと立派なことか。敵を作らなければ争いは生まれず、不和を招かなければ全て丸く収まる。その下に人知れず踏み躙られる者がいることを、誰も顧みないのだから。

 誰かはその役割を務めなければならない。だが、それが自分である必要がどこにある? そもそも自分を守ってくれない仕組みに従うことに何の意味がある?

 

 風の音だったかもしれない。ステージから聞こえる知らない音楽の歌詞がそう聞こえたのかもしれない。ただ、それが何であってもよかった。たった今気付いたこの事実こそが大事だった。

 こんな仕組みに従う必要なんてない。やりたいことをやりたいように、やりたいときにやりたい分だけやればいい。そう考えていたら、胸の中の退屈はいつしか溶けて消えていた。

 

 

 

 3-1

 

 焦燥の中にいた。なぜこんな気持ちになってしまったのだろう。頬を撫でる熱い空気にあてられて、胸の中の燻りが勢いを得てしまったのかもしれない。ずっと抱えていた爆弾が、今にも炸裂しそうに膨らんでいる。期待の高まりに合わせて、何かをしなければいけないという漠然としたもどかしさだけが募っていく。

 ふと、自分がここに来た意味を考える。あのときの選択は何のためだったか。ここを通り過ぎて向かう、目指すべき場所はどこにあるか。そのために今、自分がすべきことは何か。

 どれだけ考えても、どれだけ心を整理しても、不安が晴れない。常に自分が自分に問い続ける。「それでいいのか? それは本当に正解なのか?」と、答えようのない問いかけを繰り返す。耳を塞いでもその音は頭の中に響き続ける。重低音が響くステージの裏で、頭の中の声はひどく大きく聞こえた。

 

 時間がないぞ。時間がないぞ。考えるより先に行動せよ。感じるより先に決断せよ。悠長にしている暇など一秒たりともないのだ。何がしたい? 何になりたい? 答えは後でいい。とにかく今は、多くを知るべきだ。多くを経るべきだ。多くに触れるにはどうしたらいい?

 

 進むべき道は続いている。自分がその存在に気付くより前から、ずっと未来まで延びている。その通りに進むべきなのか、それさえ考えている時間はない。今はただ、この祭でしか得られないものを得るべきなのだろうか。めいっぱい楽しむ……いや、楽しんでいる暇があるなら、より多くを知るべきだ。多くを経験すべきだ。そうなのだ。

 

 足りない時間を引き延ばすことはできない。失った時間が戻らないのと同じくらい、残された時間が減る一方なことと同じくらい、『今』という時間を生きる以外に術はない。ならばどうするか。走るしかないだろう。それがいますぐできる唯一の方法だ。

 走れ。ほんの一刻も無駄に過ごさないために。

 走れ。より多くを知り、より多くを見るために。

 走れ。走れ。走れ。

 感情を置き去りにして、思考に追いつかれるより早く、焦燥と危機感の赴くままに、只管に走るがいい。

 

 熱狂と歓喜と興奮の間を一陣の風が吹く。それは追い風となって目の前へ抜けていった。予想外に強い風で自然と一歩が前に出る。自分の意思のような、そうでないような一歩が次の一歩を呼ぶ。自分の影が向く先へ、そのまま歩み出す。歩みは次第に早くなり、地面を蹴る力は段々強くなる。気付けば、訳も分からず走り出していた。

 今はただ、一秒たりとも無駄にしてはいけない。




楽しみに明日をお待ちください
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。