ダンガンロンパトライフェス 〜我々は“才能”のみにて生くる者にあらず!〜   作:じゃん@論破

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じゃん論シリーズ10周年記念企画の本編その2です。
3作品全部のキャラをいい具合の配役で出そうとすると、役割が被ったり、癖が強いゆえにハメるところがないキャラがいたりと、意外なキャラが活躍したり余ったりします。話のジャンルが変わるとキャラの扱い方が大きく変わるんだなあと知りました。10年やっても新しく知れることはたくさんあって嬉しいですね。事件の続きは、また明日。


本祭:Side-2

 2-2

 

 テーマパークに来たみたいだぜ。テンション上がるなあ。

 今日は学園生みんなが――いや、世界中が待ちに待った『神座祭』本祭の日! 校内はどこを歩いても人の山だし、中庭には色とりどりの露店が所狭しと並んでいて、屋上にも人だかりができている。日本人は駅でも肩がぶつからないなんて逸話があるけれど、今日ばっかりはぶつからずに歩く方が無理ってもんだ。ボクみたいに細身だと肩を突き飛ばされ足を踏まれ揉みくちゃにされてしまうけれど、それでも祭りの中に繰り出さずにはいられない! なぜならそれがジャーナリストの務めだから!

「ムムっ」

 『神座祭』は、世界中から集まる“超高校級”の生徒たちが己の“才能”を存分に発揮して盛り上げる、いわば未来の希望博覧会だ。当然、テレビにネットに雑誌、新聞、ラジオ、ブロガー、動画配信者などなど、許可のある無しに関わらずありとあらゆるメディアが取材にやってきている。同じジャーナリストの嗅覚で潜り込んだ外部の人間は丸わかりだし、タチの悪い奴もそれなりに察知できる。

 つまりどういうことが起きるかと言うと――。

「あれー? すげえすげえ! 本物だ! ちょっと声かけてみよう! ちょっといいっすか?」

「うっ……?」

「“超高校級のパイロット”雷堂(らいどう) (わたる)っすよね? 『コナミ川の奇跡』の!」

「あ、ああ……まあ」

「うお〜〜〜っ! マジですっげーぞ『神座祭』! いきなり超レア引いちゃった!」

 こういうのをいち早く見つける。いやー、ボク学外では無名でホント良かった。その辺ちょっと歩くだけであんなのに絡まれてたらたまらないや。

 雷堂クンはただでさえインパクトと知名度のある実績を持って入学してるし、顔面も良い方だから確かに絵面が映える。ま、個人として面白いかって言うと微妙だけど、ああやって有名人を映して再生数稼ぎたいだけの配信者にはコスパのいい獲物ってワケだ。

「どうすか希望ヶ峰学園! 『神座祭』! 楽しいっすか!」

「いや……いきなり聞かれても」

「そりゃいきなりでしょこういうのは! ていうかひとりで何してん? 友達とか彼女とかいないの?」

「……」

 困ってるなあ。あの配信者はよく知らないけどここで割って入って下手に目立つのは嫌だけど、彼を助けた場合のメリットは結構おいしいし、ちょっと先行投資といこうかなっと。

「あれー? お兄さんごめんなさい、希望ヶ峰学園広報委員会ですー。撮影許可証見せてもらえる?」

「は? 誰あんた」

「許可証ない? それじゃ撮影しちゃダメだよ。あ、雷堂クンのお友達?」

「そうだよ。たったいま友達になったとこ」

 雷堂クンは無言で首を横に振った。そりゃそうだ。

「彼、お手本みたいに困惑してるけど。許可証なしに無関係の人を撮影したらダメですよー。はい、やめてね」

「んだよ関係ねえだろ! どっか行けよ!」

「キミ、生配信で顔出ししててよくやるね。フツーにお巡りさん出てきちゃうけど大丈夫? 速攻で特定されるくらいのリテラシーでこういうことしちゃうの、世間知らずって怖いね」

 ボクがスマートフォンの画面を見せる。まさにいま、笑うボクが映っている動画配信サイトの画面だ。そいつは途端に大人しくなり、舌打ちして汚いハンドサインを捨て台詞代わりにスタコラ逃げていく。なんだよ、大勢に見てほしいんじゃなかったの。はっきりしない人だなあ。

「なんかごめんな。ありがとう」

「うん! せっかくのお祭り気分を損なっちゃったかも!」

「……は?」

 なんとなく後ろめたい気持ちになった雷堂クンが謝ってきた。別に雷堂クンに責任はないのにわざわざ謝るところとか、さっきみたいにぐいぐい来られたら断れないところとか、ほんとチョロいよね〜。謝られたらこっちのものってもんよ。

「初めから見てたけどさあ、雷堂クンが毅然と対処してたらボクが助けに入る必要もなかったんだよね。せっかく楽しい気分だったのに、あんなひどいのと関わったらなんだかテンション下がっちゃったなあ。もうあの人は生徒会に通報しとくとして、雷堂クンにも責任の一端があるとボクは思うんだなあ」

「……お前も何を言ってんだ?」

「ま、なにはともあれ、助けてあげたことに変わりはないでしょ。それに雷堂クン人気者だから、今日この後もめちゃくちゃ似たようなのに絡まれると思うんだ。ボクがついててあげるよ! さっきみたいに追っ払ってあげる! ハイパーメディアボディーガードってやつさ(そんな仕事ないけど)。その代わり、時間あるならボクのやりたいことに付き合ってくれない?」

「ええ……?」

「うん? あ、名前か! ごめんごめん。ボクは曽根崎(そねざき) 弥一郎(やいちろう)。“超高校級の広報委員”さ。よろしくね!」

 怪訝な顔をする雷堂クンの手を掴んで固い握手を交わした。どう見てもいまいち事態を飲み込めてない顔をしてるけど、やっぱり雷堂クンは押したら押した分だけ押し込める。チョロいな〜。押したら3倍になって返ってくる某清水(しみず)クンとは大違いだや。

 


 

 2-3

 

 一旦雷堂クンにボクの目的を説明するため、そしてきちんと話すことにより()()()()()()()()()()ボクに協力してくれるように説得するため、ボクたちは腰を下ろして話ができる場所に移動した。別館は『神座祭』の間も人の出入りが少なくて、こういうときにぴったりだ。

「ヤミ出展のウワサ知ってる?」

「藪から棒だな。まあ聞いたことくらいあるけど」

 ヤミ出展――『神座祭』の時期になるとみんなが話すウワサ話だ。本来『神座祭』では、生徒会から企画内容の審査を経て承認を受けたものだけが出展できる。だけどそこはなんでもアリの希望ヶ峰学園、無承認で勝手に出展する人が後を絶たない。だからこれはウワサというか本当にあることだ。

「だけど、ただ無承認の出展があるだけなら大した問題じゃない。今年はこのウワサにコバンザメがついてくる」

「尾鰭とか背鰭が付けよ」

「どうやら今年のヤミ出展の中には、学園全体を巻き込んだ、そして『神座祭』の根本を破壊するようなものが出てるって話なんだ」

「学園全体……? 『神座祭』の根本を破壊?」

 雷堂クンは、にわかには信じがたいって顔してる。そりゃそうだ。ヤミ出展はもはや公然の秘密だし、ただそれだけでそんな大それたことができるはずない。でも、ボクは確信している。このウワサを突き詰めた先の真相は、たとえ見窄らしくても、言葉にウソはないんだろうって。そしてそれを突き止めることこそ、今回の『神座祭』におけるボクの使命だ。

「なんでそこまで全力なんだよ。ただのウワサ話に」

「ジャーナリストがウワサに全力出さないでどうするってのさ。お手軽なバズなんてないんだよ。自分で生み出せないなら足で稼がないと」

「でも俺にどうしろってンだ? できることなんかないぞ」

「雷堂クンは前に立ってくれるだけでいいんだよ。ペンと手帳持ったジャーナリストがお話聞かせてくださいって言っても、みんな身構えちゃうでしょ? キミの顔面とキャラで、ちょっと話聞きたいんだけど、って言うくらいなら、特に女の子なんかあることないこと話しちゃうんだから!」

「あることだけでいいだろ。てか俺はそんなに顔が広いわけじゃないぞ」

「広くなくても売れてればいいの。前に出過ぎるジャーナリストはあらゆる意味でサンドバッグにしかならないんだからさあ、頼むよ。もうボク、雷堂クンしか頼れない」

「調子いいやつだな……。まあ、分かったよ。助けられたのは事実だし、お前と一緒なら少なくとも変なやつに絡まれることはなさそうだしな」

「やった♫ じゃあ、改めてよろしくね。雷堂クン」

「……ああ」

 不承不承といった感じを隠そうともせず、雷堂クンはボクの握手に応じた。取りあえずこれで、少しは話を聞きやすくなっただろう。あとボクも目立たずに済む。

 さて、それじゃあ早速動き出さなくちゃ。なんせ時間は1日しかないんだから。

「ヤミ出展って言っても、別に悪いことしてるわけじゃないんだろ? どうやって見分けるんだよ」

「情報は足で稼がないと。まずは校内をまわって、怪しい素振りをしてる人がいないか探してみる。見つけたら話を聞くんだ」

「それだけか? そんなんじゃいつまで経っても――」

「見つからないよね。だからいくつか宛もあるよ。生徒会に照会して、過去の『神座祭』でヤミ出展していた場所や形態の傾向を洗い出したり、事前の聞き込みでヤミ出展しそうな人のリストを作っておいた。そこを辿りながら、ついでに見つけるんだよ」

「お、おう。そうか……。じゃあ、過去にヤミ出展が多かった場所を探すんだな?」

「え? なんで?」

「はあ? なんでって、お前が傾向を洗い出して宛があるって言ったんだろ」

「甘いなあ雷堂クン。ラグドゥネームより甘いよ。ちっちっちっ」

「ちっ」

 舌打ちされた。ちょっとからかいすぎたかな。雷堂クンはからかい過ぎても手を出してこないタイプだと思うけど、やり過ぎは協力してくれなくなっちゃうからこの辺にしておこう。からかい上手の曽根崎さんだからね。

「脊髄でしゃべるなよ」

「ごめんごめん。でも考えてみてよ。ボクは生徒会の記録を基に傾向を分析したんだよ。生徒会が把握してるヤミ出展ってことは、摘発されたものってことでしょ。じゃあ今年ヤミ出展しようと思う人は、同じ場所に出すと思う?」

「そりゃ……避けるか。普通に」

「でっしょー? だからボク達が優先して見るべきは、これまでヤミ出展の摘発がされてない場所ってこと」

 ボクは学園内の地図を広げて、これまで摘発があった場所に赤丸をつけていく。人が集まるステージ周辺や中庭は、たくさんの出展に紛れられるけど見つかりやすくもある。逆に人が少ない場所は見つかりにくいけどヤミ出展する旨味がない。そもそもヤミ出展する人がしっかり店を構えてるかというと、そうでもない。バレないようにするにはこっそりやるのが一番だ。

「まずは飲食が集中してる辺りかな。この時間なら比較的人が少ないし、何か手掛かりがあるかもしれない。そこからグラウンドの方を回って、ステージ裏を覗いてから本館を探そう。いい?」

「別に、なんでもいいよ」

「オッケー! じゃあ出発だー!」

 


 

 2-4

 

 自分で言うのもなんだけど、ボクって超絶頭いいから、大概のことは予備知識と事前の下調べ、それから多少の洞察で分かっちゃう。だからこそ広報委員会なんてやってるわけだけど、雷堂クンの知名度と人気は想像以上だった。さっきみたいな厄介動画配信者はもちろん、道行く一般客や保護者にも顔を指さされたり、興奮した様子で声をかけられたりしてた。その度に雷堂クンはぎこちなく笑ったり素っ気ない返事をこぼすばかりで、著名人としての慣れとか擦れた感じは全然なかった。どちらかと言うと荒んでる感じ? 一周回って嫌気が差してるのかも。ボクからしたら贅沢な悩みなんだけどね。

「やっぱり雷堂クンって人気者なんだね。うらやましいや」

「思ってないだろ。ただ有名なだけじゃ何も良いことなんてないぞ」

「それは有名人しか言えない言葉だよ。さすが、“英雄”は一味違うなあ」

「……英雄、か」

 今日は何度も聞いた言葉だ。声をかけてきた人はみんなこの言葉を雷堂クンにかける。それはもちろん、彼が希望ヶ峰学園に入学する最大の理由となった『コナミ川の奇跡』に関する報道で、彼の活躍を指してメディアが付けた渾名だ。知らない人はググってみよう!(※ なんも出ません)

 とにかく、彼は英雄と呼ばれるに相応しい活躍をした。それは誰がどう見ても間違いない。なのに雷堂クンは、英雄と呼ばれることにいまいち納得していないような顔をする。きっと彼にしか分からない苦悩があるのだろう。そこにあるんなら暴けないはずはないけど、今はいいや。むしろ、もっとくだらない話の方がお祭り気分に乗せて売れるかも。

「それにしても女の子のファンが多いよね。やっぱモテるんだ」

「やっぱってなんだよ。モテてるかどうかなんて、自分じゃ分からないだろ」

「クールだね〜。ボクから見たら大モテ委員長だよ。今日はみんな浮かれてるし、このテンションに乗じて告白されちゃったりして……?」

「んなことあるわけ――」

「あ! いたいたー! おーいワタルー♡」

 雷堂クンにちょっかいをかけてたら、ばっちりのタイミングで遠くから可愛い声が聞こえてきた。雷堂クンを見つけて心底嬉しそうな、飛び跳ねるような声色だ。というか本当にそこらの床や天井を跳ね回りながらすごい勢いでこっちに来た。スーパーボールみたいな子だ。

「やっと見つけたよ♢ 教室で待っててねって言ったのに戻ったらいないんだもん♣︎ ひどいよ♠︎」

「あー、悪い。忘れてた」

「んもう、メッ♡ だよ⭐︎」

「ワオ。なんだよ雷堂クン、リアルが充実してる方の人じゃないか」

「こうなるから逃げてたんだよ……」

 スーパーボールみたいだったのは飛び跳ねてるからだけじゃなくて、やたらと派手な格好をしてたことも理由のひとつだった。

 人混みの中でも目を引く鮮やかなパープルの生地が、肩から腰からひらひらとたなびいている。顔の下半分を含め、いちおう全身が布に覆われてはいるけれど、どれも地肌が透けるほど薄い。ところどころにあしらわれた金色の装飾も、ゴージャスというよりセンシティブな印象を与える意匠だ。こんなの校内を歩き回らせていいのだろうか。ボクのよく知る生徒会のむっつり代表なら大騒ぎだ。白目でも剥くんじゃなかろうか。

 学内の有名人(ヤバいやつら)の情報ならボクは全て分かる。この人は“超高校級のクラウン”虚戈(こぼこ) 舞夢(まいむ)サンだ。天真爛漫な人柄とサイコな思考回路で周囲を振り回す、だけどステージに立てば誰もが虜にされるパフォーマンスを魅せる、クラウンに相応しいトリッキーな人だ。そんな彼女は、どうやら雷堂クンがお気に入りらしい。

「見て見てこの格好⭐︎ どう? 可愛いでしょ♢」

「まあ。虚戈は大抵似合うからな」

「えー♡ んもーワタルってば褒め上手なんだから♢ そんなにマイムのこと好きなら素直に言ってよね♡」

「は?」

「雷堂クン、今のは勘違いされても仕方ないよ」

 そういうとこだよ。本人的には適当に喋ってるつもりなんだろうけどね。虚戈サンも虚戈サンで、どこまで本気で照れてるのか分からない。全部演技でもおかしくないし、全部本気でもおかしくないのが虚戈サンのすごくて怖いところだ。この二人のやりとりを見てるとハラハラしてくるなあ。

「で、俺に何か用か?」

「はっ! そうだった♣︎ あのね、これあーげる♡」

「ん?」「え?」

 突然何かを被せられた。いきなり視界が真っ暗になる。なんだか柔らかくてスベスベした感情が顔に張り付いて、少し強く下に引っ張られると、ボクの目はまた光を浴びた。

 ふと雷堂クンを見る。大きな変化はない。ただ、頭の上にちょこんと乗った特徴的な形状の被り物――これ黒烏帽子だ――それから手に持ったチューインガムみたいな色の笏、おまけにおでこの雑な位置に殿上眉――いわゆる麻呂眉だ――のシールが貼られてる。なにこれ。

「できあーがりー♡ 二人ともwwwかっこいーwww」

「なんだこれ? いま何が起きた?」

「雷堂クン、マロになってるよ!」

「マロ? いやお前こそ何だそれ。肉まんか?」

「へ?」

「はいカマンベール⭐︎」

 パチリ。写真撮られた。袖から手が出てないのになんでこんなに複雑な動きを素早く連続してできるんだ。撮ったのはポラロイド写真で、すぐに印刷された写真を虚戈サンがこれでもかと振り回す。浮かび上がってきたボクらの写真は、なんとも間抜けなものだった。

 マロになった雷堂クンはポカンとした顔で、かたやボクは肉まんの被り物をしてずれたメガネも直さずそこに収まっていた。平安時代のゆるキャラ?

「マイムもコスプレしてるから、二人にお裾分け♫ それ着てがんばってね♡」

「がんばれって何を?」

「あとこれもあげる♡ スーパーかわいいマイムのスタンプ付きだよ⭐︎」

「なになになに? これ受け取ったらダメなやつ?」

「じゃ、ワタル♡ ヤイチロー♣︎ またねー⭐︎」

 わけのわからない格好とカードを押し付けて、虚戈サンはまたスーパーボールみたいに跳ねて、あっという間に視界から消えた。なんなんだいったい。がんばれってどういう意味だ。

 ていうか、ボク名乗ったっけ?

 


 

 2-5

 

 ボクたちは飲食ブースにやってきた。希望ヶ峰学園には毎年、飲食系の“才能”に長けた生徒がひとりは入ってくるというジンクスがある。まあなるべくたくさんの分野から“才能”を募ろうとすれば必然的にそうなるんだろう。とにかくそういうことだから、『神座祭』の飲食ブースは毎年、プロ顔負けのハイレベルな料理が提供される。それを表すように、今年もここはとても良い匂いが漂っていた。

 ところでここに来る途中、ボクたちは色んな人に声をかけられたり写真を撮られたりした。ボクはともかく、雷堂クンは学外でも有名だから、お祭り気分で仮装してるのが珍しがられてるのかも。ものの数分で、あちこちのSNSに雷堂クンの写真がアップロードされまくってる。全部の写真にものすごく不本意そうな顔で写ってて草。

「うへー、見て見て雷堂クン。SNSで雷堂クンの写真めちゃくちゃ上がってるよ? これ肖像権の侵害だよね。(ネット的に)処す? (ネット的に)処す?」

「今さら消せないんだろ。もういいよ」

「ふーん。優しいんだ」

 それじゃあボクが雷堂クンに約束したことと違っちゃうんだけど、まあ本人が言うならいいか。この程度なら雷堂クン本人に飛び火することはないだろうし。

「で、この果てしなく広い飲食ブースで、何を宛にヤミ出展を探すんだ?」

「そりゃもちろん、流行りのお店に行くのさ。そういうところこそ紛れやすいからね」

「他の飲食店の中で飲食をするのか? 普通すぐにバレるだろ」

「飲食なんかしないさ。さすがにヤミでやったら保健所案件だから」

「じゃあなにするんだ?」

「取りあえずその辺のお店に入ってみようか。ボク下越(しもごえ)クンの肉まん食べたーい!」

 “超高校級の美食家”謹製の肉まんが出るって、『神座祭』が始まる前からずっと話題だった。試作品を食べた同じクラスの人が、聞くだけでよだれが溢れて止まらなくなるような食レポを聞かせてくれたから、実はボクもこれを楽しみにしていた。ちょうど肉まんのコスプレしてるし、これは食べない手はない!

 そう思ってウワサのお店までやって来たら、何やら忙しそうにしている。ボクたちがやってくるのとほぼ同時に、教室からボードを持ったオレンジの髪の人が飛び出して来た。

「うわ、下越じゃんか」

「あ? おお雷堂! 来てくれたのか!」

 下越、この人が“超高校級の美食家”か。オレンジの髪を後ろで縛って長いしっぽみたいにして、腰に巻いたジャージがエプロン代わりになっている。手に持ったボードには、『肉まん完売』の文字が。え、うそ。

「悪いな。思ったより肉まんが早くハケちまってよ。今日はもう完売だ」

「そんな! あんなに大量に食材を仕込んでたのに、もう売り切れだなんて! ボク楽しみにしてたんだよ!」

「仕方ないだろ。でも、お前が量を見誤ることなんてあるんだな」

「いやあ、研前(とぎまえ)に頼まれて肉まんブッシュを作って出したら、それがウワサになっちまってよ。意外とみんな頼むんだなあ、あれ」

「肉まん……なんて?」

「肉まんブッシュ。クロカンブッシュの肉まん版」

 ググってみた。は〜、バカみたいなことするねえ。それで売り切れちゃってりゃ世話ないや。

「他のメニューだったらあるのか?」

「おう。入ってくか? ちょうどいま席が1つ空いてるぜ」

 せっかく来たのに肉まんが食べられないんじゃ意味がない。と思ったけど、話題のお店ならヤミがある可能性は高いし、何より下越クンの料理だったら肉まんじゃなくても正直期待はできる。お腹も減ったし、ボクは誘惑に負けてお店に入った。

 教室の中にはテーブルがいくつかあって、他の席ではいろんな人たちが銘々に楽しい時間を過ごしているみたいだ。友達同士、親子同士、保護者同士、それ以外の妙な組み合わせも、ボクにかかれば一目で分かった。

「ご覧よ。あそこにいる人、誰だか分かる?」

 ボクがこっそりペンで指した先を、雷堂クンが横目でうかがう。黒い外套に臙脂の袴と下駄、帽子は室内だから外してるけどおかげで顔がよく見える。あれは雷堂クンに匹敵する――あるいは雷堂クン以上の――有名人だ。

「“超高校級の文豪”菊島(きくしま) 太石(たいし)クンだ。同じ席にいるのはファンの人かな」

「あれがなんだよ」

 人が多いせいで何を話しているかは聞こえない。だけど人が多いおかげで目立たずに様子を窺うことができる。しばらく観察していると、菊島クンは運ばれてきた飲み物をあおり、料理を平らげ、それからファンの人から謎のお金を受け取り、最後に写真を撮って席を立った。

「あれが『神座祭』の代表的なヤミ出展、“超高校級活動”――略して“チョコ活”だよ」

「なんだそのキモい略称は。てかなんだって? “超高校級活動”?」

「簡単に言えば、“超高校級”とお茶やおしゃべりする時間をお金で買うのさ。菊島クンは学外でも有名人だから、この機会にお話ししたいって人もいるんだよ。お客さんは滅多にない経験ができる、生徒はお金をもらえる、まさにwin-winさ。ま、未承認の営利活動だからばっちりルール違反なんだけど」

「ふーん、物好きなやつもいるもんだな」

「なに言ってんの。雷堂クンだって今日たくさん写真撮らせてあげたでしょ。あれの延長だよ」

「ルール違反なんだろ? 逆に印象悪くならないか?」

「口外禁止の約束をしたり、逆に開き直ったり、それは人によって色々かな。菊島クンは後者だろうね」

 お金のやり取りは露骨にリスクがあるから、それを避ける人もいる。代わりにご飯を奢ってもらうこともよくあるから、飲食スペースを軽く観察するだけで“チョコ活”らしきテーブルはいくつか見つかる。ご飯を奢ってるくらいなら、とタカを括っていると、“チョコ活”の弊害にも出くわす。

「あ、ちょうどいいのがいるね」

「ん?」

「あそこの大テーブルの隅にいる人、見える?」

 お店の中央にある大テーブルの端っこに、真っ白な西洋人形みたいな人がいる。これでもかとフリルのついたドレスに、ありったけのリボンを結んだヘッドドレス、親の仇のようにレースがあしらわれたロングソックスとシューズ。着ているというより埋もれているみたいだ。床から浮いた足をパタパタさせて、幸せそうにスイーツを頬張っている。

 普段の格好と違い過ぎて顔が見えるまで気付かなかったけど、あれは“超高校級の陰陽師”晴柳院(せいりゅういん) (みこと)サンだ。

「すごい格好だな――ん?」

 すぐに雷堂クンも気付いた。大きなテーブルの空席を無視して、まっすぐ晴柳院サンに向かっていく人影に。明らかに希望ヶ峰学園の生徒じゃない、そしてお腹を空かせてるわけでもなさそうだ。その人影が晴柳院サンに話しかけると、晴柳院サンは明らかに戸惑っていた。

「――ふえっ? えっ、えっ……あの。うちはそんな……」

「どうしたんだあれ」

「ひとりで飲食ブースにいるから、“チョコ活”待ちだと間違われたんだろうね。ああいうことが起こるから“チョコ活”は売る方も買う方も禁止されてるんだけど、まあそれでなくなれば苦労しないよね。じゃ、行こうか」

「お、おう……お?」

 人並みをすり抜けて、ボクはテーブルの隅まで音を殺して近づいて行く。ここまで来れば晴柳院サンの戸惑う声も、相手の人の低い声もよく聞こえる。会話の内容を聞く限り、やっぱりボクの考え通りのことが起きていた。

「こ、困ります、そんな……」

「あっ! 晴柳院サンじゃーん! やっほー、『神座祭』楽しんでるう?」

「ひゃっ!?」

 少し大きめに、そしてオーバーに声をかけると、相手側も晴柳院サンもびっくりして叫んだ。

「あ、もしかしてお話し中だった? ごめんなさいね、ボク広報委員会なんですけど、よかったらお客さんとしてインタビュー答えてもらえません? お礼になんだかよく分かんないスタンプカードあげちゃう」

「知らないものを知らない人に押し付けようとするな」

 雷堂クンがなんか言ってるけど構わず捲し立てる。大きな声で周りに存在をアピール、広報委員会という立場を明かして牽制、そして流れるようにインタビューをして相手の個人情報にアクセス! 厄介な奴の天敵はもっと厄介な奴ってね。ここまですれば、相手はこのようにスタコラと逃げて行くのだ。

「行っちゃった。残念」

「うそつけ。俺はてっきり別の場所行くのかと思ったのに、まっすぐこっち来たじゃんか」

「薄情だなあ雷堂クンは」

「あ、あの、曽根崎さん。ありがとうございましたわぁ」

 ぺこりと頭を下げると、ヘッドドレスの重さで頭から倒れそうになった。とっさに雷堂クンが支えてあげる。変な絵面だなあ。

「す、すみません。普段こんなフリフリの着いひんから、全然慣れへんのです」

「似合ってるよ。それ有栖川(ありすがわ)サンに仕立ててもらったの?」

「へあっ!? あ、あ、あ、有栖川さんは……へ、へぇ。そうです」

 なにその過剰反応。そりゃ分かるよ。こんな服を晴柳院サンのサイズぴったりに仕立てられるのなんて、“超高校級の裁縫師”有栖川(ありすがわ) 薔薇(ローズ)サンしかいないじゃん。

「えへへ……おふたりもコスプレですか。ようお似合いですね」

「そうかあ? さっき虚戈にやられたんだけど……意味分からなさすぎるだろ」

「雷堂クン、京言葉で“似合ってる”は“汚ねえ服着て話しかけてくんな、このアンポンタンが”って意味だよ」

「ちゃいますよ!? 言葉通りの意味ですよお!」

「それはそれで……ねえ? ボク肉まんマンなんだけど」

「はわわ」

 晴柳院サンをからかうのは愉快だなあ。それにしても、いくらお祭りだからって普段は有栖川サンや笹戸クンと一緒にいる晴柳院サンがひとりでいるなんて珍しいこともあるもんだ。それこそさっきみたいなことがあるんだから、ひとりにしておくと放って置けない。

「小さい子にはちゃんと保護者がついていてあげないと」

「高校生ですけど? それに、うちひとりとちゃいますよ。うちは席を取ってるんです」

「確かに、この格好じゃひとりで席に座れないもんな」

「そうなんです。あ、戻ってきました」

 晴柳院サンがボクらの背後に向けて手を振る。振り返ると、晴柳院サンとはまた違ったドレスを着た淑やかな女性がいた。

 丈の長いロングドレスは慎ましく気品のあるデザインで、肘まである白の手袋が清潔感と高貴さを表している。いつもは結ってある髪を解いてその艶を惜しげもなく見せつけ、てっぺんにあるおもちゃのティアラも本物みたいに輝かせている。

 こちらもいつもの和装とはガラリと雰囲気が変わって、どこぞの国のプリンセスみたいだ。洗練された嫋やかで丁寧な所作も、今日は優雅と言う方が相応しい。

「まあ、晴柳院さん。少し目を離した隙におふたりも殿方を侍らせて。お祭りとはいえ羽目を外し過ぎではありませんか」

「ちゃいますよ!? 助けてもうたんです」

「助けて……しまった?」

「“チョコ活”させられそうになってたのを雷堂クンが助けてあげたの。かっこよかったよね、晴柳院サン」

「え? は、はあ」

「まあまあ。そうだったのですか。危ないところをありがとうございました。保護者の私がしっかり目を光らせておかなければならないところを」

「高校生ですけど?」

 恭しく頭を下げられるとこっちの方が恐縮してしまう。頭を上げて軽く微笑まれるだけで、その場にいる大勢を魅了してしまうのは、きれいなお召し物の力だけじゃないだろう。“超高校級の華道家”袴田(はかまだ) 千恵(ちえ)サンでなければこうはならない。

「二人とも素敵な服だね。和服美人がドレスを着てるってだけで特別感がすごいよ」

「ありがとうございます。有栖川さんが特別に仕立ててくださったんですよ。人目を引くのは少し気恥ずかしいですが……なんというか、クセになりそうです」

「袴田さん。すみませんけど、また椅子にあげてください」

「はいはい。仕方ないですね。まるで小さい妹ができたようです」

「同級生ですけど?」

「ペンダントも面白い形してるね。それも有栖川サンの趣味?」

「これは判子です。あら、ちょうどスタンプカードをお持ちですね。私と晴柳院さんの分を押して差し上げます」

「やったあ。何の意味があるのか分かんないけどやったあ」

「おい曽根崎、なんでこの二人に構うんだよ。目的が違うだろ」

「目的? なにか……ご予定があるのでしょうか。すみません、引き留めてしまって」

 袴田さんと楽しくおしゃべりしてたのに、雷堂クンが横槍を入れてきたせいで中断してしまった。袴田さんも完全に会話終了モードに入ってる。仕方ない、無理に食い下がれば今度はボクが追い払われる側になっちゃう。

「ううん、こちらこそごめんね。最後にひとつ教えてよ」

「なんなりと」

「有栖川サンは今日一緒じゃないの?」

「ええ。クラスの展示があるので、一緒には過ごせないとおっしゃっていました」

「そっか。ありがと!」

 雷堂クンに急かされて、ボクは二人と別れた。なんでそんなに急ぐのか雷堂クンに聞いたら、ドレスを着た二人が目立つせいで自分まで余計に気付かれるからだって。なんなんだよ、目立てばいいじゃんかこの有名人が!

 


 

 2-6

 

 代表的なヤミ出展は、“チョコ活”以外にもいくつかある。たとえば自作のアクセサリーを売る怪しげや商売人とか、簡単な芸を見せる芸人とか、恋愛相談なんかもある。人の迷惑になるものからならないものまで様々だ。とはいえ、そのどれもボクの追い求めるほどのものじゃない。やらせておけばいい程度のものだ。ボクが探してるのは、もっと規模が大きいものだ。この『神座祭』の理念をひっくり返すような何かが、こうしている今も水面下で蠢いていると、ボクは確信している。

「……なあ、曽根崎。本当にそんな大それたことする奴がいるのか?」

「いるね。その気になれば学園全体――いや、世界全体を巻き込んだ大災害だって起こせるのが“超高校級”だ。『神座祭』をひっくり返すのなんてかわいいもんさ」

「何言ってんだか」

 雷堂クンはやれやれとため息を吐いている。そんなものだ。たとえ希望ヶ峰学園だって、歴史の授業全てが正しいとは限らない。教えない歴史、嘘の歴史、未だ知られない歴史……そんなものはごまんとある。それらが陽の目を見るかどうかは、その存在を信じて知ろうとする人にかかっている。死人に口はきけないんだから。

「ところで、ボクらはいつまでこのコスプレをしてればいいんだろうね。脱いじゃっていいかな」

「別にとってもいいんだが……また虚戈に見つかったらもっとヘンテコな仮装させられる危険がある」

「あ〜、なるほど。虚戈サンのことよく分かってるね」

「絡まれてるだけだよ」

 ただ仲が良いって以上の何かを感じずにはいられないけど、今はやっぱりどうでもいい。さっきからじろじろ見られるし、やたらと小さい子にサインを求められるからいい加減にしたいんだけど。それに雷堂クンならまだしも、どうやらボクの方が小さい子には人気みたいだ。誰と間違われてるんだろう。

「あらら〜? そこの二人、ちょっとよろしいかしら? そこの肉まんさんと平安貴族さん」

「へっ? ボクら?」

「そうよ。他にいるかしら。あのね、少しだけお話聞きたいのだけど、いいかしら? カ・ク・ゴ♫」

「……は?」

「んふふ、今日の私はなんだか……悪い子を罰してあげたい気分なの〜」

 ヤバい、と本能が告げるや、ボクは雷堂クンの陰に隠れた。肉まんのほっぺがはみ出るから全然意味ないんだけど、少なくともこれで直接何かされることは――。

「なぜ隠れるのかしら〜?」

「おぎゃん!?」

「うおおおっ!? な、なんだあ!?」

 鋭い痛みがお尻を襲った。痛みが熱に変わって体の芯までじわじわと苛む。空気が破裂する音と完全な背後からの攻撃――これは鞭だ。そして鞭を携帯するようなヤバい人は、この学園でもひとりしかいない。“超高校級のサンタクロース”三沢(みさわ) 露子(つゆこ)サンだ。今日も、キワドいサンタのコスチュームと愛鞭を振るう姿がメリークリスマスって感じだ。

「曽根崎さん、何かやましいことでもあるのかしら? 隠し事をするような悪い子は、罰して良くしてあげないとね」

「い、いやいやいや三沢サン! 隠し事なんてとんでもない! ボクがするのはせいぜい()()()()くらいだしやましいどころか()()()()()ところしかなくて……」

「割と余裕あるな」

「そう? 悪いことをしてない子を罰しちゃいけないわねえ」

「あの……俺らになんか話があったんじゃないのか?」

「そうそう。忘れてたわ。ありがとう雷堂さん。良い子は褒めてあげないとね。パイ食べる?」

「手裏剣みたいで刺さりそうだからいい」

 両手を挙げて完全に降伏のポーズをとった雷堂クンは、警戒を保ったまま手を下ろした。三沢サンは器用に鞭を振るって巻き取ると、腰の専用ホルスターに収納した。そして携帯を取り出すと、ボクたちの姿をカメラに映した。

「今日は私、生徒会のお手伝いで学内の見回りをしてるの。ほら、『神座祭』って外部の方もたくさんいらっしゃるから、トラブルが起きやすいでしょう? 私、悪い子を罰してあげるの得意だから、スカウトされちゃったのね」

「得意っていうかそういう癖なだ――やっぱウソなんでもないでゃあったあ! ウソって言ったのに!」

「こうなるの分かりきってるんだからはじめから言うなよ」

 お尻が熱い。ひどいや。

「それでね、さっき生徒会の六浜さんから連絡があったの。虚戈さんのコスプレが風紀を乱すから捕まえて罰してあげなさいって」

「ヒユッ」

「『神座祭』では学園生のコスプレが恒例だし、普通のコスプレなら目くじらを立てることもないんだけど……話を聞く限りだと虚戈さんはちょっとやり過ぎなのよね。二人とも、虚戈さん見てない?」

「やっ……な、なんで俺らに聞くんだ? コスプレする奴なんて他にもたくさんいるだろ」

「だって雷堂さんも曽根崎さんも、そんな雑なコスプレするタイプじゃないでしょう? ()()()()()()()()()()()

 うーん、三沢さん、おっとりしてるように見えて意外と鋭い。これ以上叩かれたらボクのお尻の右と左が入れ替わっちゃいそうだから、ここは正直に答えておくとしよう。

「さっき会ったよ! あのね、別棟から下越クンのお店に向かう間。でもすぐにどっか行っちゃったからもう場所は分かんないや。確かにあの格好は六浜サンじゃなくてもスケベ過ぎると思うね。隠さなきゃいけないところなんかほとんど露わでアララって感じ……おびゃあ!?」

「びっくりした!」

「虚戈さんの格好がハレンチなことは分かりました。虚戈さんは罰してあげますが、彼女のためにもご自分のためにもその痴態はすぐに忘れましょうね。さもなくば……」

「あばばばっ!! やめてやめて!! 打たれ過ぎて右と左が入れ替わっちゃう!! 逆転しちゃううう!!」

「お前もう鞭振いたいだけだろ! さすがにやめろ!」

「……ふぅ」

 散々人のお尻を叩いて、三沢サンはなんだか肌艶が良くなったような気がする。おかげでボクのお尻は二倍くらいになってると思う。鞭の疼きを発散するために弄ばれちゃったよ……。

「まさかコスプレしてるだけでこんなことになるとは」

「雷堂さんは虚戈さんと親しいですよね? お呼び出しいただけません?」

「無理だ。あいつ連絡手段ないんだよ。親しいっつっても、あいつが一方的に絡んでくるだけだし」

「そうですか。困りました。闇雲に探して見つかる相手でもないでしょうし」

「それなら、屋上から探してみるよ」

 三沢サンはなかなかボクたちを見逃してはくれないみたいだ。ここは一旦協力するフリをして、できるだけ物理的に離れる作戦でいこう。屋上まで行ってしまえばさすがの三沢サンの鞭も届かない。

「屋上からなら中庭やグラウンドの様子が丸見えだし、虚戈サンの派手な格好と派手な動きなら大目立ちするに違いないでしょ」

「それで見つかるでしょうか? 建物の中に入られたら見えないでしょう」

「逆だよ。外に監視の目があるってことは、建物の中に追い込めるってこと。三沢サン以外にもお手伝いの人がいるんでしょ? 連携して探せばすぐ見つかるよ」

「ははあ。なるほど」

「よく舌と頭が回る奴だな。適当言って逃げようってンだろ」

「雷堂クンも分かってきたじゃない。鞭食らいたくなかったら協力してよ」

「なにか?」

「「なんでもないです!」」

 逃げる口実とはいえ、屋上には行って三沢サンの信頼を得なくちゃいけない。屋上から外が見渡せるということは、逆に学園の建物外ならどこからでも屋上が見えるってことだ。ひとまず三沢サンを納得させ、ボクらは急いで一番高い本館の屋上に向かった。歩くたびにお尻がヒリヒリして涙が出てくる。

「面倒なことに巻き込まれたな。ヤミ出展調べるどころじゃないぞこれ」

「なんのなんの。学園中どこにでもヤミ出展の可能性はあるんだ。これくらいじゃボクは挫けないよ」

「早く挫けて俺を解放してくれ……」

『神座祭』の間、屋上は一般開放されている。特にベンチなどがあるわけでもないから、休憩するにも準備が必要になるんだけど、地上と比べて人が少ないし見晴らしがいいから人気のスポットではある。つまり、人目につきにくく一定の集客が見込める――そう、ヤミ出展チャンスだね!

 


 

 2-7

 

 屋上への扉を開くと、見晴らしのいい平らなスペースが広がっていた。本館のひとフロア分くらいの面積で柱も壁もないんだから、その開放感はとんでもない。買ってきた食べ物を楽しみながら休憩してる人たちもたくさんいるけれど、特に目を引くのは屋上の隅にある小さな人集りだ。きゃいきゃいと甲高い声が聞こえてくる。

「なんだありゃ?」

「予想通り、ヤミ出展みたいだね。行ってみよう」

 近付いてみると、どうやら甲高い声の正体は小さい子供たちだったみたいだ。みんなブルーシートの上で体育座りして同じ方向を見ている。みんなの注目を集めるのは、柵に引っ掛けた大きなホワイトボードに簡単なイラストを描いている怪しげな白衣の科学者――“超高校級の錬金術師”荒川(あらかわ) 絵留莉(えるり)サンだ。

「フフフ……いいだろう。キミたちは私が思うより遥かに優秀だったようだ。では優秀なキミたちよ! その叡智を振り絞りこの神秘を見極めたまえ! この、今にもはち切れんばかりに空気が詰まったペットボトルの蓋を一息に開放したとき、何が起きるだろうか!」

「ハイハイハイ! ボクわかります!」

「キミは知識で答えるからダメだ。自重したまえよ少年」

「boo!」

「何やってんだありゃ」

「青空実験教室じゃない? 荒川サンにしては爽やかなことするね」

 見たところ小学生くらいの子たちがほとんどだろうか。荒川サンは怪しげで根暗な見た目とは裏腹に、大仰な語り口と見た目に分かりやすい実験の数々で、みんなのハートをガッチリ掴んでるようだ。蓋を開けたペットボトルの中には雲ができて、みんなワーキャー言ってる。

 その実験教室のお客の中に、明らかにコスプレをしている子がいる。大きなバイコーンに赤い布を巻いて垂らし、くたびれて煤けた紺色のコートと革製のロングブーツ、ついでに片手が鉤爪になっている。振り返った顔には眼帯がつけられているけど、もう片方のまんまる碧眼でそれが誰かバッチリ分かる。

「こんなところでなにやってんだ、スニフ?」

「あっ! ワタルさん! それなんのコスプレですか? にあってますね!」

「これは……虚戈にやられたんだよ」

「ねえきいてください! エルリサンがひどいんです! ボクに答えさせてくんない!」

「そりゃスニフは賢いからな。子ども相手に無双して楽しいか?」

「ぐぬぬ……」

「スニフクン。カッコいい服着てるね。それどうしたの?」

「えへへ、ありがとうございます! これ、ボクらの今日のUniform(制服)です! みんなでこれ着ていろんなところ行くんです!」

「みんな? スニフ以外にもコスプレしてるやつが……まあ、いたな」

「スニフクン、もしかしてそのみんなの中に、虚戈サンもいたりする?」

「はい! あっ……ううん! 分かんないです。それ言っちゃいけないですから。Secret(内緒)です」

「……そっかあ。内緒なら仕方ないね」

「し()()ないです」

 さすがにこれくらいの年の子をいじめるのは気が引けるから、素直に受け取っておこう。どうやら虚戈サンとスニフクンは同じ目的でコスプレをしてるみたいだ。普段とは違う、明らかにコスプレだと分かる格好。一緒に行動するわけでもなく、それぞれが好きに『神座祭』を楽しんでる。

「ねえねえ荒川サン! 屋上は出展不可だったと思うんだけどいいのかなー? ボクら、ちょうど三沢サンからヤミ出展の摘発に協力するよう言われててさ」

「む、生徒会の手先か。面倒な奴らに見つかった……しかし待て。私の話を聞いてくれるか」

「面白い話だったらいいよー」

 ボクらを生徒会の手先(の手先)と分かった上で、荒川サンは冷静だった。何より優先すべきは目の前の子どもたちの学びだ、とでも言いたげにボクらを制して、授業の続きを始めた。まあ、この子たちに罪はないしね。

 でも授業が終わるまで退屈だなあ、もうしばらくかかりそうだし――なんてぼんやりしようとしたのを、突然の銃声が邪魔してきた。びっくりして辺りを見回してみたら、どうやら音がしたのは屋上に出る階段を覆う建物の上、この建物で一番高いところからだったみたいだ。

 見ると、対物ライフルの銃口がグラウンドの方に飛び出していた。いや、なに?

「な、なんだあれ?」

「あれは……おーい長島サン! なにしてんのびっくりしたよ!」

「むっ。オーッ! 弥弥(ミーミー)カ! こんなところで奇遇ネ。ワタシはお仕事アル」

 ひょっこり顔を出したのは、頭をお団子結びにして三つ編みを下げ、チーパオを着た女の子だった。彼女は“超高校級のスナイパー”長島(ながしま) (もえ)サン。本人は誤魔化せてると思ってるみたいだけど、マジガチのスナイパーだ。人当たりはいいけど言動の節々にその道のプロな部分が出ている。

 ボクが声をかけると、長島サンはわざわざ降りてきてくれた。軽い身のこなしで2メートルはある高さからひょいと飛ぶ。雷堂クンはずっとびっくりして目を丸くしっぱなしだ。

「お仕事か。誰を殺ったの」

「物騒なこと言わないヨ! ダミー弾アル! グラウンドでやってるアトラクションの仕事アル!」

「グラウンドって……こっから何メートル離れてるんだよ」

「今日は晴れてて風もない、いい狙撃日和ネ」

「そんな日和はない」

「あとひとり始末したらゲームオーバーアル。今回も楽な仕事ネ」

「ふーん。じゃあ銃は大事にしないとだね」

「そりゃそうアル。大事な商売道具ヨ」

「その商売道具、止まり木にされてるけど」

「へ。哎呀(アイヤー)!?」

 長島さんが構えていた対物ライフルには、ちょっと目を離した隙に夥しい数の鳥が留まっていた。カラスにスズメにハトにセキレイもいる。カアカアチュンチュンポッポチピチピ、大合唱だ。長島サンは慌てて建物をよじ登り、留まった鳥たちを追い払う。たくさんの鳥が一斉に飛び立って、屋上は一時騒然となった。

「しっしっ! マナーの悪い鳥たちアル! お前たちなんかワタシが一個石を投げたら全員落としてやるアル!」

「ことわざの記録更新しようとしてるよ」

「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

「ど、どうしたの」

「フンされてるヨ!! あの烏カ! やろう、ぶっ殺してやるヨ! ああどうするカ……! これじゃ使えないヨ!」

 どうやら大切な商売道具を止まり木にされたばかりか、逃げた拍子にフンを引っ掛けられたらしい。しかもかなり重要な部分を汚されたみたいで、慌てて装填を外して分解している。手も服も鳥のフンまみれになっちゃってるけど、それどころじゃないくらい取り乱している。

該死(くそったれ)! 我永遠不會原諒那只鳥(あの鳥ぜってえ許さねえ)! 我要殺了它、拿去餵豬(ぶっ殺して豚の餌にしてやる)!」

「なんか中国語で言ってるな。とにかくめちゃくちゃキレてることだけはわかる」

「2つの意味でフンガイだね」

 飛び散ってきたフンを避けて、ボクたちは荒川サンの方に戻った。あんなに激昂してる長島サン珍しいけど、怖いから関わらんとこ。少しの間中断していたけど、荒川サンはきっちりプログラムを終えて解散してから、ボクたちに正面から向き合った。

「待たせた」

「いいよ。荒川サンの授業おもしろったから」

「見え透いた世辞はいい。なぜ私がここで“真理と禁忌の学会(ヴェリタス・タブー・アカデミア)”を開いているか、という話だろう」

「そんな恥ずかしい名前の会だったのかよ」

「全然恥ずかしくない」

「すごいや」

 こんな正面きって断言されたら何も言えないよ。

「屋上での出展が認められていないことは重々承知だ。生徒会に突き出すつもりなら好きにするがいい。だが私にも、ここで出展せざるを得ない理由がある。せめてそれを聞いてくれ」

「わけがあるみたいですね。きいてあげてください! エルリサン、かわいそうです!」

「まあ聞けって言われたら聞くけど」

 荒川サンが言うには、そもそも自分の出展はヤミじゃなくて、ちゃんと生徒会の承認を受けたものだそうだ。そういえば、と思ってボクは『神座祭』のパンフレットを開いてみた。荒川サンが出展するタブアカは、しっかりと出展物一覧に載っている。ただ、場所が屋上じゃなくて科学実験室になっていることだけが違う点だ。あとやたら厨二臭い言い回しの誘い文句で文字の圧がすごい。

「承認があるなら、なんで承認受けた場所でやってないんだよ」

「追い出された。場所を奪われたのだ」

「奪われた?」

「前日に声をかけられてな。出展場所を賭けてしまった。せっかく“真理と禁忌の学会(ヴェリタス・タブー・アカデミア)”に相応しい場所を確保したというのに……前夜祭の熱に浮かされて、つい奴の誘いに乗ってしまった。不覚だ」

Gamble(賭け事)なんかダメですよ! どんなGamble(賭け事)もソンするようになってるんです! ボクならぜったいやんないです!」

「フフフ……まだ子どもだな少年。賭け事には数式では表せないイレギュラーがあるものなのだ」

 その特別なキャンディーみたいな名前ってフルネームで言わなきゃダメなのかな。

「その賭けを持ちかけてきた奴って誰だよ」

「……まあ、行けば分かることだからいいだろう。私から場所を奪ったのは――」

 なるほど。名前を聞いてだいたい察した。つまり、荒川サンは賭けに負けて出展場所を奪われたから、仕方なく屋上に出展してたってわけだ。生徒会の承認を受けてるからヤミ出展ではないと言うけど、承認内容と違うんだからヤミ出展と同じじゃないか。まあこれを三沢サンに突き出すのはさすがに可哀想だ。それより、荒川サンから場所を奪った人の方がよっぽど悪質だ。

「じゃあ荒川サン、ボクらがそこ行って実験室を奪い返してあげるよ」

「ホントですか!? よかったですねエルリサン!」

「おい、そんな約束していいのかよ。できるかも分からないこと言うもんじゃないぞ」

「大丈夫だよ。こっちには三沢サンがついてるんだから」

 あの鞭があれば大抵のことはなんとかなる、はずだ。まあ彼のことだから備えくらいしてるだろうけど、そのときはそのときだ。

「そうだ。スニフクン、もしかしてスタンプ持ってない? このカードに押して欲しいな」

Yes, of course(もちろんです)! ワタルサンにもおしてあげます」

「ああ……ありがとうな」

 荒川サンは次のプログラムがあるから屋上に残り、スニフクンもそのお手伝いで一緒に残るそうだ。無事に取り戻せたら連絡してあげよう。それから、三沢サンにも通報しておこう。これで虚戈サンのことは有耶無耶にしちゃえ。

「こんなことしてていいのか? 実験室のやつもヤミはヤミだろうけど、お前が追いかけてるものじゃないだろ」

「今は三沢サンを振り切ることの方が優先だよ。彼女、本当に執念深いんだから」

 雷堂クンは少し背筋を伸ばしてお尻を押さえた。あの鞭の餌食になりたくなければ、他の餌を与えてあげないとね。

 


 

 2-8

 

 科学実験室は、特別教室棟の2階にある大きな部屋だ。なんだか分からない計測器や得体の知れない薬品棚や正体不明の骨格標本なんかが並ぶ中に、ホワイトボードと学習用の机が並ぶ異様な部屋だ。特別教室棟にも出展しているクラスがあるからそれなりに人はいるけれど、科学実験室はいつもの様子と変わりない。荒川サンを追い出してまで何かをしているという感じじゃない。

「どうなってんだ? 何もやってないぞ」

「ヤミ出展なんだから大々的にできるわけないじゃない。わざわざ科学実験室を奪ったってことは、()()が必要だったんだと思うよ。何か手掛かりでもあればなあ」

 普段は開放されない希望ヶ峰学園の科学実験室ってだけで興味を持って、見学に訪れる人は多い。人が多いとそれだけ怪しい人の動きは目立つけど、見たところそういう人もいない。知り合いでもいれば話を聞けるんだけど。

「知り合いなら、あそこにいるぞ」

「え、ホント?」

「あそこの、日焼けした派手な服の女子」

「おー。さすが雷堂クン、女の子に顔が広いんだね」

「ただのクラスメイトだよ。で、話なら聞けるけど、何を聞くんだ」

「この教室で変な人の動きや妙なやり取りがないか……いや、彼女が関係者の可能性もあるから、まずはカマをかけてみるべきか」

 雷堂クンが指差す先には、うねうねの茶髪と浅黒い肌に派手な色のパーカーにジャージのズボンを履いた女の子がいる。じっと海洋生物の標本を興味深そうに眺めていて、その場から全く動かない。ちょっと、変だ。

「取りあえず、荒川サンの展示を見に来た体で偶然ここで会った感じ出しつつ、教室の何もなさに言及して、何か知ってそうな素振りを見せたらさりげなく“チョコ活”の話からヤミ出展の話につなげて適当にカマかけてみて。何も知らなさそうだったらそれとなく情報引き出してね」

「よし、もっかい言ってくれ」

 その後3回同じ指示をして、雷堂クンは自信なさそうに歩いて行った。頼りになる人だよホント。

 そう言えば、雷堂クンはいつも誰かから声をかけられてたけど、彼から誰かに声をかけることはほとんどなかった。虚戈サン以外にも仲の良い人はいるだろうけど、なんだか雷堂クンが能動的に動くことがすごく珍しいことに感じて、途端にどんな会話になるのか気になってきた。

 雷堂クンは、気安い感じでその女子に声をかけた。

「よう、茅ヶ崎(ちがさき)。こんなとこでなにしてんだ」

「ひぇっ!? ら、雷堂!? びっくりした……」

「なんかすまん。たまたま見つけたから、何してんだろうなって思っただけなんだけど」

「たまたまって……こんなとこに何しに来たの」

「荒川の展示がここでやるってパンフレットに書いてあったから、覗いてみようかなって思ったんだよ」

「……ふーん、荒川ちゃんのね。そういうの興味あるんだ」

「えっ……ま、まあ、子ども向けだったけどな。結構面白いもんだぞ」

 うーん、このグズグズ感。どっちもどっちだけど、心の内がダダ漏れ過ぎて情報量多いなあもう。

 雷堂クンが名前を呼んで思い出した。彼女は“超高校級のサーファー”の茅ヶ崎(ちがさき) 真波(まなみ)サンだ。特にヤバいところはない、貴重なまとも枠だから逆にノーマークだった。でも会話を聞く限り彼女は雷堂クンのこと好きみたいだ。ボクでなくても丸わかりだと思うけど、気付いてないのは当人たちばかりなりってね。一方の雷堂クンも荒川サンの展示を見に来たことが方便だってモロバレな言い方しちゃってるし。

 この状態でお互いに何も察さずに会話を続けていられることが奇跡だ。口を挟まずにいられないけどもう少し我慢しよう。雷堂クンと茅ヶ崎サン、どちらかが致命的なボロを出すまでは。

「ヒトデもナマコも体が放射状に発達してんの。ヒトデは星形だし、ナマコも縦に割ったら似た構造になってんだよ」

「へえ」

 ちょっと地の文喋(モノローグ)ってる間に何の話してんの? ヤミ出展の話しろよ!

「星と言えばさ……ここって本当は荒川が展示してるはずだろ? なんで何もないんだろうな」

「は? 星……関係なくない?」

「お前もこんなとこでひとりで……なんか隠してないか?」

「別に、隠してるとかじゃないけど」

 もう会話ボロボロ、ボロもボロボロだけどそのままいけ! 押せえっ!! 押せっ!! 押せーっ!! 押せーっ!!

「うるさいな! なんだアンタは!」

「やっべ、声出てた」

「何やってんだお前……」

「え? は? なに? からかってんの?」

「いやそういうわけじゃないんだ。なんというか……ああもう、始めっから全部説明すりゃ早いだろ」

「駆け引きを面倒がらないでよ」

 口を出すまいと思ってたのについ声に出しちゃってたみたいだ。そのせいで雷堂クンは何もかもが面倒くさくなって、茅ヶ崎サンに一から十まで全部話しちゃった。茅ヶ崎サンがヤミ出展に関わってたら警戒されちゃうだけなのに。

「――っていうわけだ。だから、なんか知ってたら教えてほしい」

「……そうなんだ。だったらあたしも別に隠すことないね。そうやって荒川ちゃんからここ奪ったなんて知らなかったし」

「へっ」

「いいよ。案内してあげる。あたし、ここで受付係やってたんだ。()()したい人を暗室に連れて行くの」

「暗室、でなにかやってるのか?」

「来なよ」

 もう完全に心を閉ざされるかと思ってたのに、むしろ茅ヶ崎サンの方も自分の秘密を打ち明けて、なんなら本丸まで案内してくれるとまで言い出した。これって、雷堂クンが先にぶっちゃけたおかげってこと? 駆け引きって分かんないなー。

 茅ヶ崎サンが暗室の扉を数回、リズミカルに叩いた。この叩き方が合図になってるみたいで、少し間を置いた後、扉がゆっくり開く。部屋の照明が暗室の中を薄く照らす――かと思いきや、暗室の中は何やら怪しげな色の照明が焚かれている。扉の前に立っているのは、暗室の闇に溶けるような黒ずくめの服に、逆にはっきり浮かび上がる白い髪の人だった。

「ご苦労だ茅ヶ崎(水着)。さて次の客は……ほう! 雷堂(勲章)か! よく来た。どこでここの噂を聞いたかは尋ねないでおいてやる。そっちの緑色は誰だ?」

 彼はボクを知らないみたいだけど、ボクは彼を少しだけ知ってる。“超高校級の神童”星砂(ほしずな) 這渡(はいど)クンだ。希望ヶ峰学園への入学前後に世間でも学園内でも一番話題になったのを覚えてるけど、入学してからは良い話も悪い話もあんまり聞かないから、それほど詳しくない。取りあえず雷堂クンとは知り合いみたいだから、一旦コバンザメになっとこう。

「どーもー。雷堂クンの一日パートナーでーす」

「なんだそれ」

「ふむ、いいだろう。子が多いに越したことはない。まあ入れ。ちょうど始まったところだ」

「始まったってなにが?」

「はっ! 惚けるな。ここに来たということは分かっているだろう」

 星砂クンが手で示す先には、変な色の明かりに照らされたテーブルとそこに並んだトランプ、そして山積みになったチップがあった。どうみても、そうにしか見えない。

「賭場だ。いかんせん場所が狭いのでな、ゲームはブラックジャックのみ。レートは100円=1SC(スターチップ)だ。シンプルなものだろう」

「現金賭けてんのかよ。モロに違法じゃんか」

「違法だろうとなんだろうと“絶望”以外を受け入れるのが希望ヶ峰学園だ! まずはチップの購入からだ。まずは100SCほどで様子見をオススメする」

「賭けないで見ててもいい?」

「テーブルにつきたければまずはチップを買うことだ」

「仕方ないなあ。じゃあ今は手持ちがないから10枚だけね。雷堂クンと合資で」

「おいおい……」

 お金を見せると、星砂クンは訝しい態度を隠しもせずにボクを見た。そりゃそうだ。オススメの10分の1しかないんだから。仕方ないと思ったのか、それともよっぽど雷堂クンに信頼があるのか、キザな仕草でお札を受け取ると、10枚のコインと交換してくれた。さっそくそれを持ってテーブルに着く。

 ディーラーはパーカーのフードを目深に被ったひょろ長の男の人。よく顔が見えないけど、たぶん尾田(おだ) 劉平(りゅうへい)クンかな。こういう陰鬱な場所がよく似合う人だ。客は派手なダウンとバンダナが目立つ長髪の男の人――っていうか屋良井(やらい) 照矢(てるや)クンだ。

「やあ屋良井クン、奇遇だね」

「おいバカ、こういうアングラなとこで本名呼ぶなよ。アウトローの常識だぜ」

「アウトローじゃないもん」

「へへっ、見ろよこのチップ。100枚からたった3ゲームで800枚だぜ。今日はツいてら」

「うわあ」

 ヤバい賭け方してるなあ。様子見のための100枚じゃないの。

「お二人も参加されますか」

「お、俺は様子見だ」

「ボクは賭けてみようかな。1チップ」

「なんだよシケてんな。100枚くらい貸してやるよ。利率1ゲーム5割でどうだ」

「ううん。エグいからやめとく」

「んだよ。ケチ臭え賭け方されるとシラけるからさっさと勝てよな。オレはこの勢いでオールベットだ!」

「では」

 素早い手つきでカードが配られて行く。ボクと屋良井クンの前に2枚ずつ、ディーラーの前に2枚――うち1枚は伏せられている。ボクは15、屋良井クンは20だ。

「うひょーっ! キタキタキタ! スタンドスタンド!」

「そちらの方は」

「うーん、まあ賭け金も少ないし、ヒットかな」

 ディーラーがカードシューからカードを取り出す――ように見せてその陰から取り出した。視線もやらず、片手だけで、自然なスピードで。新しく与えられたカードは6だ。

「おおおい! ブラックジャックじゃねえか! だから貸すって言っただろうが! せめてオールベットしときゃあな。こういうとこで勝負に出られねえ奴は一生負け組なんだよ」

 結果論おじさんがうるさいなあ。

「ではカードオープンです」

 ディーラーがめくる。合計は16だ。今度はカードシューから取り出してめくる。カードは、5だ。

「21です」

「はあああああっ!? なんだそりゃ!?」

「うあー、せっかくブラックジャックなのにドローじゃん。勿体無いなあ」

「ベットを回収します」

「ちょ、ちょっと待てオイ! そりゃねえだろ! いきなりブラックジャックだと!? てか曽根崎ィ! テメェがヒットしてなきゃこいつバーストしてたじゃねえか! 何してくれてんだ!」

「そんなの結果論だし分かりっこないじゃないか。あと名前呼ばないのがアウトローの常識なんじゃなかったの」

「お客さん、あまり騒がしくしないでください」

「そうか! てめえらグルだな! オレをハメやがって! おい星砂ァ! 汚ねえぞてめえ!」

「こりゃダメですね。すみませーん、古部来(こぶらい)サン。お仕事ですよ」

「へ」

 負けた途端に因縁をつけてくる屋良井クンに呆れて、尾田クンが暗がりに声をかけた。パチン、と何かが割れる音がしたかと思うと、闇の向こうから和装の大男がのっそりと現れた。うつらうつらしてる古部来(こぶらい) 竜馬(りょうま)クンだ。寝てたな。

「うおおっ!? こ、古部来! いたのかよ!」

「騒ぐな馬鹿め。睡眠の邪魔だ」

「聞いてくれ古部来! こいつらよォ!」

「報酬分の仕事は果たす」

「んえ、ほぎゃあ!?」

「うおおっ!? あぶねっ!」

 古部来クンはあくびまじりに屋良井クンに近付くと、重いゴミ袋でも担ぐように一本背負した。こんな雑なことある? 屋良井クンはその場でノびちゃって、そのまま星砂クンの方に放り投げられた。

「静かにさせておけ」

「ご苦労、古部来()。良い働きだ」

「鬼って呼ばれてんのキミ」

 特に何のリアクションもせず、古部来クンは部屋の奥に戻って行った。

 なるほど、これが星砂クンの賭場か。つまり、茅ヶ崎サンがお客さんを連れてきて、尾田クンがイカサマディーラーとして賭け金を吊り上げオケラにさせ、古部来クンが用心棒として控えてると。3人ともお金のために星砂クンに協力するとは思えないけど、よく集めたもんだなあ。

「少々場が荒れたが問題ない。続けるがいい」

「すごいもの見ちゃった。ところで星砂クン。もし屋良井クンがさっきの勝負の前に帰ろうとしてたらどうするの。お金は用意してあるの?」

「ん? 金? なぜ俺様が金を用意する必要がある」

「いや、賭場ってそうだろ。いくら胴元有利っつったって、確率的に損することだってあり得るじゃんか」

「100%勝つギャンブルで負債のことを考えるのか? 凡俗の言うことは分からんな」

「イカサマ宣言してるようなもんじゃんかそれ……」

 こりゃひどいや。内部ならまだしも、外部の人が被害に遭ったら一気に大問題になっちゃうよ。そりゃ普通の出展じゃあ、お金を稼ごうと思うと合理的じゃない部分はたくさんある。本気で稼ぐならヤミ出展するしかないのは理解できる。

 ま、普通に通報するんだけどね。そろそろかな。

「失礼します〜」

 お尻がゾワっとした。来た来た。

「新規の客か。よくここが分かったな」

「星砂這渡さん、この賭場の支配人ですね」

「ん? いかにもそうだが」

「あなたを罰してあげちゃいます」

 空気を切る音、すかさず響く風船が割れるような衝撃音。文字化不可能な悲鳴。あっという間に暗室の中はパニックに陥った。ボクと雷堂クンはとっさに身を屈める。頭上を三沢サンのムチがビュンビュン飛ぶ音が聞こえてものすごく怖い。自分で呼んどいてなんだけど、こんな狭くて暗い室内でムチなんて振り回すもんじゃない。

「ご安心なさって。罰すべき出ない人に当てたりしないわ。茅ヶ崎さん、曽根崎さん、協力ありがとうね」

「なっ……茅ヶ崎(水着)! 貴様、裏切ったのか!」

「いやそこまで義理立てる筋合いないでしょ。ムチ持ってるし」

尾田(サンダル)! 古部来()! た、助けろ! こいつを止めろ!」

「イヤです。ボクは負債のカタに働かされていただけなので完全な被害者です(嘘ですが)」

「俺はただ寝場所を提供されていただけだ。こいつのしていたことなど知らん」

 すごい、一瞬で3人から裏切られてら。よっぽど人望ないんだなあ、星砂クンって。尾田クンは声だけを響かせて、暗室の外に駆けていく後ろ姿が一瞬だけ見えた。古部来クンも古部来クンで騒がしくなった暗室を見限ったのか、不機嫌そうにムチをかわしながら悠々と出て行ってしまった。なんだよ強キャラしかいないよここ。

「あらあら、かわいそうですね星砂サン。あっという間に一人ぼっちなんて」

「そ、そう思うか? なら、情状酌量というものをだな――」

「ええ、もちろんです。ムチ打ち100回のところ、50回に減罰してあげます。1」

「ほぎゃあああっ!!」

 流石にそこまでの悪さはしてないだろうに、星砂クンもかわいそうだ。お尻取れちゃうよあれ。

 どさくさに紛れてボクらは暗室を脱出し、そのまま本館の方まで逃げた。三沢サンはしばらく星砂クンが引きつけててくれるだろうから、ボクらは本来の目的のために動けそうだ。

「ふう、悪いことはするもんじゃないね」

「あんなのが生徒会の手伝いでいいのかよ」

「さあね。さ、ボクらも探すべき人を探そう」

 スタンプカードは、あとひとつ空いている。

 


 

 2-9

 

 この広い学園で、最後のひとつのスタンプを探して闇雲に歩くのは悪手だ。だけど手掛かりをもらおうと思っても、スニフクンは何も教えてはくれなかった。どうやら他の人の動向は本当に何も知らないらしい。みんながそれぞれ自由にこの『神座祭』を楽しむことで生まれる不確実性とハプニング感、それこそが肝だ。

 ふと考えた。このスタンプカードは今まで、精巧なコスプレをした人たちがひとつずつ押していた。おそらくそういうルールなんだろう。スタンプカードが貯まれば景品と交換、なんてのはよくある形式だ。

「なあ、それが本当にお前の求めるヤミなのか?」

 雷堂クンの問いかけを、ボクは敢えて無視した。これまでのことでだいたい何が起きているかは理解できた。あとは、ほぼ運だけだ。確かに他のヤミ出展とは違うし、その背景になんらかの面白そうな気配は感じている。だけど、これがあったからといって『神座祭』の根底は覆らない。規模は大きくあるけれど、悪質性はない。それを考えると、何か自分は道を間違えているような気になってくる。求めるものの姿は見えているのに、いつまで経ってもそこにたどり着けず、遠くをぐるぐる回っているだけのような気がしてくる。

「ま、見るほうが早いよ」

 パンフレットを開く。こういうとき、最後のスタンプを持っていそうな人、そしてその人たちが行きそうなところを考えてみると……ここかな。

 


 

 2-10

 

 アミューズメントパーク、という名前で一般開放されているグラウンドでは、色んなクラスや個人によるスポーツ系の催し物がたくさん開かれている。ボクの予想が正しければ、最後のひとピースを埋める人たちはここにいると思うんだけど。ちょっとその辺の人に聞き込みでも、雷堂クンにしてもらおう。

「俺がやるのかよ」

「はやくはやく」

「仕方ないな……あの、ちょっと聞きたいんだけど、いいか?」

 雷堂クンは本当に適当に、その辺の出展受付に座っている人に声をかけた。ここは小規模な打ちっぱなしとパターゴルフが楽しめるようで、どうやら子どもならレクチャーもしてもらえるらしい。

「うん? 僕か。まあいいよ。ちょうどいまは手が空いてるからね」

 答えたのは、見た目も声も服装も態度も、全てが爽やかでさっぱりとした、好印象を絵に描いたような好青年――“超高校級のゴルファー”虎ノ森(とらのもり) (りょう)クンだ。外でも有名だから、この2人が会話してるってだけでいいネタになりそうだなあ。

「もしかして雷堂君か? すごいな、君みたいな有名人に声をかけてもらえるなんて」

「いやいや、俺は別に……そんな話はいいんだ。人を探してるんだけど、こう、背が小さくて子供っぽくて、とにかくよく動くやつを見てないか?」

「ここは子どものお客が多いから、それだと分からないな。子どもを探してるのか?」

「いや、学園生らしいんだけど」

「学園生で子どもに混じる……本当の子どもの学園生もいたと思うけど、違うのか?」

「そいつでもないんだよな」

 お互いに猫を被ったまま息苦しそうに会話を続けてる。なんて無意味な緊張感なんだ。あとシンプルに虎ノ森クンは雷堂クンに顔と名前を知られてないことを若干気にしてるっぽい。明らかに機嫌が少し悪くなった。

「そうか。すまないけど、僕じゃ力になれなさそうだ。他の人に聞いてみてくれ」

「そうか……ああ、ところで――」

「……なにかな」

「さっき手が空いてるって言ってたけど、あいつらは客じゃないのか?」

「えっ……あ゛あっ!?」

 雷堂クンが虎ノ森クンの背後を指す。振り返った虎ノ森クンは思わず素の声が出てた。

「わーい! ホールインワン出しちゃうぞー! 見ててちぐ!」

「がんばれー、はぐ」

「何やってんだお前ら! パターを振り回すな! どこから入った! 素人が簡単にホールインワンとか言うな!」

「言いたいこと全部言ってる」

 周りはボールが飛んで行かないようにネットで保護されてるのに、本当にどこからいつの間に入ったんだろう。

 グリーンの隅っこで声援を飛ばしているスーツの彼は、“超高校級のプロデューサー”月浦(つきうら) ちぐクンだ。前髪で目元が半分隠れてる暗い印象を受けるけど、今はなんだか楽しそうだ。そして月浦クンがいるということは、一緒にいるパターをバットみたいに振りかぶってはしゃいでるのは、“超高校級のマスコット”陽面(ひおもて) はぐサンだ。いつもは猫の着ぐるみを着てるはずだけど、今日は猫耳カチューシャに肉球グローブ、三毛猫柄のポンチョに同じ柄の尻尾付きカーゴパンツと、猫っぽくまとまりつつ雰囲気が違う。

「ドンピシャ! 来てよかったね雷堂クン!」

「あ、ああ……本当にいるとは」

 ボクが探していた最後のスタンプを持っている人は、やっぱり陽面サンだ。いつもと違うあの格好を月浦クンがさせるはずない。着ぐるみとコスプレでは陽面サンのマスコットとしての魅力が全然違うとかなんとか言いそうだし。

「返せ! お前が気安く触って良いものじゃないんだ!」

「えー、なにリョーさんのケチ! いいじゃんちょっとくらい! はぐだってゴルフやってみたい!」

「おい。はぐがやりたいって言ってるんだ。やらせない理由なんてないだろ」

「君らに付き合ってると損しかしないんだよ。さっさと出て行ってくれ。やりたいならきちんと受付をして、安全講習を受けてから僕の監督のもとで――」

「はぐは忙しいんだ。お前のチャチな出し物に興味を持ってもらえただけ――いや、同じ空間に存在できることをはぐに感謝しろ」

「暴論を暴論に訂正するな」

「ねえねえ虎ノ森クン。そこの2人、ボクらが引き取ろうか」

「望むところだよ。とにかくどっかに連れて行ってくれ」

「よしきた。というわけだから雷堂クン、月浦クンを押さえといて」

「えっ、お、おい」

 ボクは虎ノ森クンの隣をすり抜けて、デタラメなフォームでゴルフボールをかっ飛ばそうとする陽面サンに近付いた。普通ならボクみたいなのが半径50メートルに近付いただけで月浦クンがすっ飛んでくるけど、雷堂クンが壁になってくれているおかげですぐ側まで近付ける。

「おいなんだお前! はぐに近寄るな!」

「ん? だれ?」

「こんにちは。ボク曽根崎っていうの。陽面サンだよね。このスタンプカード、知ってる?」

「あ! うん! はぐ知ってるよ! 見つかっちゃったからスタンプあげないと。んと、んと、ちょっと待ってね」

「ほらほら、押さないといけないんでしょ。ひらひら逃げちゃうよ〜」

「待て待て〜!」

「こら! クラブを置いてけ!」

 目の前にスタンプカードをちらつかせると、陽面サンは夢中になって追いかけてきた。やっぱり、それなりに責任感があって、しかも一度にひとつのことしか考えられないタイプだ。付かず離れずの距離で徐々に虎ノ森クンの出展から離れて、グラウンドの隅っこの方まで誘導できた。なるほど、こりゃ月浦クンみたいな人が付いてないと危なっかしいや。

「はぐー! 大丈夫かー!」

「暴れるなって。なんもしないって言ってるだろ」

「じゃあここにスタンプくださいな」

「はーい! スタンプ、ポーンっ!」

「よくできましたー」

「わーい! これで全部だね。ソネザキさんおめでとー!」

「全部スタンプを集めたらどうしたらいいの?」

「うんとね、えっとね、ローズさんに渡したらいいんだよ。そしたらおいしい景品と交換してもらえるから」

「ローズさんはどこにいるの?」

「ええっと……本館だっけ? 別館だっけ?」

「大丈夫かよ」

「ゆっくりでいいからね」

「はぐに近寄るなあああっ!!」

 ものすごい声とともに月浦クンが飛びかかってきた。それを認識するより先に横っ面を思いっきり殴られてることに気付いて、ボクはそのまま横様にぶっ飛んだ。月浦クンの小さい体のどこにこんなパワーが。

有栖川(ありすがわ)なら本館3階のアクアリウムだ! さっさと行け! そして二度とはぐに近寄るな変態ども!」

「おい待て。いま俺も含めただろ」

 僕は雷堂クンに引きずられながらその場から退散した。でも一番欲しかった情報はしっかり手に入った。このスタンプラリーの仕掛人である、有栖川サンの居場所だ。

「おい大丈夫か曽根崎。なんだってあんな無茶したんだ」

「陽面サンが最後のピースだったからさ……ただボクらが突撃するよりも、向こうのルールに則って行った方がいいでしょ。ボクらが相手のルールの上で追い詰めている以上、逃げられるわけないんだから」

「大したやつだよホント」

「お褒めに預かりまして」

 


 

 2-11

 

 ボクらはパンフレットを頼りに本館に向かう。外履から生徒用玄関で上履きに履き替え――ようと思ったところで、思わぬ妨害に見舞われた。

「ういーっ! ひっく……待ちやがれ!」

 玄関の真ん中で真横になったまま、明らかに悪い酔い方をしてる小男がいた。なにこれ、誰これ。

「おうおうおめェら、いってェぜんてェここをどこだと思ってんでィ。こかァ天下の希望ヶ峰学園! そしておいらァ日の本一(ひのもといち)の酒蔵ァ、王村酒造が第八代当主王村(きみむら) 上善(じょうぜん)(せがれ)、次代当主王村(きみむら) (かわうそ)の倅、人呼んで“超高校級の蔵人”王村(きみむら) 伊蔵(いぞう)たァ、ァおいらのことよォ!」

「酔っ払ってるにしては饒舌にしゃべるね」

「倅のくだりが特にダルいな」

「うるせェ! おめェら分かってんなァ! ここ通るにゃァ酒のアテ持って来いってんだ!」

「酒臭えし酒癖悪いし最悪だな」

「もしかしてその辺にあるやつ、全部そうやって巻き上げたの?」

「そうだぜ。特に子どもからな」

「最悪の重ね塗りだ! それでよくあんな大音声あげられるなあ」

「なんか食べ物だけじゃなく棒切れとかも面白がってよこすんだよな。孫の手代わりに使ってんだ」

「野良犬かなんかだと思われてる……!?」

 タチ悪いんだか可哀想なんだかよく分かんないや。どっちにしろこんなところで邪魔されちゃたまんない。とはいえ玄関はここしかないから、通るには何かあげないといけないのかな。

「参ったなあ」

「何も渡せるもんがねェなら()ェんな。おいらァここで好きなだけ酒盛りして面白おかしく過ごすんでェ」

「おい曽根崎」

「もしもし三沢メン?」

 ボクも雷堂クンとツーカーの仲になってきたなあ。すかさず三沢サンに電話をかけて事情を話すと、「あら……あらあらまあまあ。うふふふふ」って言って切られた。超コワい。

 


 

 2-12

 

 アクアリウム、科学実験室で飼育されていた観察用のものとは違う、純粋に人に見せるための水槽施設。確かどこかのクラスに“超高校級のアクアリスト”なんてのがいたっけ。パンフレットには、教室いっぱいに設置されたアクリル板の向こう側を泳ぐ色とりどりの魚や海洋生物の写真が掲載されていた。シンプルな内容なだけに、注目度も高い。ここまで分かりやすい出展は『神座祭』では珍しい。

「なんでそんな神妙な顔してるんだ? 何もおかしくないだろ」

 教室いっぱいに広がる小さな大海原を観て、素直にため息が漏れた。光を受けて煌めく水も、その中を踊るように行き交う生き物たちも、フェイクと分かっていつつ大自然の営みを感じずにいられないレイアウトも、とても綺麗だ。件のアクアリストが丹精を込めて造ったんだろうことがよく分かる。良い展示だ。

「おかしくないよ。おかしくなんてない。少し……可哀想だなって思ったんだ」

「かわいそう?」

「ここはアクアリウムだ。それ以上でもそれ以下でもない。どこまでもアクアリウムとして完成された空間だ。他の何者も入り込めないほどに」

「何言ってんだ? どういうことだよ」

「あそこに、いるね」

 ボクは教室の隅にいる彼女を見つけた。ぼんやりアクアリウムを眺めながら、教室から出る人たちに記念品として簡単なしおりを手渡している。ときどき、何かを期待するように教室の中を見回したり、廊下を通る人を見たりしている。退屈そうに髪の毛をいじったり、小脇に抱いたぬいぐるみを弄んだりしている。

 彼女こそ、今日ボクが探し求めていた人、“超高校級の裁縫師”有栖川(ありすがわ) 薔薇(ローズ)サンだ。ボクはまっすぐ彼女に近付いていき、声をかけた。

「やあ、有栖川サン」

「ん。曽根崎じゃん……なにその被り物。かわいくな」

「むりやり被せられたんだ。これと引き換えにね」

「……っ!」

 ボクが見せたスタンプカードに、有栖川サンはあからさまに驚いた。どうやらこれをボクみたいな人が持ってることは想定してなかったようだ。

「なんでアンタがこれ持ってんの。学園生には渡してないんだけど」

「虚戈サンにもらったの。ダメだよ有栖川サン。虚戈サンの前で油断しちゃあ」

 とても苦々しい顔、だけど焦りはない。できることならバレたくなかったけど、いつかこうなることは覚悟していた。そんな表情だ。あるいは反省はしてるけど後悔はしてない、って感じかな。どっちにしても、有栖川サンが半端な気持ちでやったんじゃないことは分かる。

「“チョコ活”とか星砂クンのヤミに比べたら全然良いと思うけど。あまり大っぴらに言えないのが辛いところだね」

「いいんだよ、それで。これはアタシがみんなに付き合ってもらってやってることだから。悪いとは思ってるけど、間違ってるとは思ってないから」

「うんうん。ボクはキミを責めないよ。ただ興味があるだけ」

「アンタの絡み方、ねちっこいからヤなんだよ」

「なあおい、曽根崎。どういうことなんだよ。そのスタンプカードはなんなんだ?」

「雷堂クン、分かってないの?」

「わ、雷堂航だ」

 ボクらの会話を後ろで聞いていた雷堂クンが、たまらず口を挟んできた。今までのこととボクらの会話を合わせれば、だいたい何があったか分かりそうなものなのに……。まあいいや、説明してあげよう。

「ボクが探してたのは彼女だよ。今日、この学園で一番規模が大きいヤミ出展をしてるのは、彼女だ」

「このアクアリウムか?」

「違うよ? ボクらが今まで会った、豪華なコスプレした人たち――虚戈サン、晴柳院サン、袴田サン、スニフクン、陽面サン――この5人と会ってスタンプカードを埋めれば、ここに来て景品と交換できる。そういう出展だ」

「それだけ? それがお前の探してたヤミ出展? いや、だってお前、もっとこう……ヤバそうな雰囲気出してたじゃんか。なんなら『神座祭』ごとひっくり返すくらいのこと言ってただろ」

「は? なんの話?」

「うーん……そうなんだけどね。ボクの勘も鈍ったかなあ」

「なんだそりゃ……そんなんでいいのかよ」

 いいか悪いかで言われたら、全然良くない。ボクが期待してたのはもっとこう、予想だにしない思惑があって、二重三重に張り巡らされたトラップを掻い潜って、今までにないほどの一大スペクタクルが巻き起こるような、そんな真相だ。有栖川サンのヤミは、そのどれも満たしていない。

 それでも、退屈そうに机に座っている彼女の姿には、どこか知らなくちゃいけない何かがあるような気がして、ついまた質問してしまう。

「単純に聞きたいんだけどさ……どうやってみんなに協力してもらったの?」

「ん?」

「悪質じゃないとはいえ、コスプレをしてるみんなもヤミに協力してるわけだからさ。少なからずリスクを背負ってるわけじゃない? 晴柳院サンと袴田サンはともかく、スニフクンや陽面サン(実質は月浦クン)をどうやって説得したのかなって」

「説得なんてしてないよ。ただ、正直に話しただけ」

「なにを?」

「悔しいって話」

 悔しい、か。それだけでなんとなく言いたいことは分かった。そりゃそうだよね。ここまでされたら悔しいよね。と共感もしつつ、後ろの雷堂クンが全然ピンときてないみたいだから、続きを黙って促した。

「このアクアリウム、キレイっしょ。たぶん、今日の出展の中で一番気合入ってるよ。よそが何してるかなんて知らないけど、アタシはそう思う。このアクアリウムを作るために、みんなすごく頑張ってた。レイアウトの設計とか、生き物の管理やお客さんの動線考えたりとか、看板とか宣伝用のプラカード作るのも、みんなでワイワイ楽しくやってさ。アタシも楽しかった。みんなで何かひとつのものを作るのって、ひとりでやるより難しいけど、ひとりのときにはない楽しさみたいなのがあるって分かった。だから、うん、楽しかった。でも……同じくらい、悔しかった」

 ゆっくり、本当にそのときのことを思い出しながら、有栖川サンが話してくれる。楽しいと悔しい。きっと、その2つはお互いを邪魔せず、矛盾もせず、天秤の両皿が吊り合うように同じだけ存在してるんだろう。

「本当はやりたいことがあったんだ。アクアリウムじゃなくて、もっと、アタシがやりたいこと……アタシ()()がやりたいことがさ」

「だけ、ってどういうことだ?」

「ぶっちゃけさ、このアクアリウムって、“超高校級のアクアリスト”がひとりいれば、後は誰がいても成り立つんだよね。ここにそれ以外の“才能”はいらない。“裁縫師”にできることなんて、なにもない。この『神座祭』で“裁縫師”としてのアタシが活躍できる場所はない……って思ったら、なんか――」

 そこから先は滲んでしまっていたけどよく分かった。なぜ有栖川サンがヤミをせざるを得なかったか。なぜみんなが彼女に協力してくれたか。『神座祭』――むしろ世にある学園祭というもの一般が抱える、どうしようもなくどうしようもない問題が。

「分かってんだ。アタシがやりたいことがみんなのやりたいことじゃなかった。みんながアクアリウムの方をやりたがったからこうなったんだって。分かってんだ。でも、みんなの本気と同じくらい、アタシだって本気だったんだけどな」

「仕方ないだろ。1クラスで出し物は1つだけってルールなんだ。誰かがやりたいことやるには、誰かは我慢するもんだ」

「うん。そうだよ。でも、その我慢する誰かがアタシだっていうことをさ……自分で自分に納得させるしかないからさ……なんか、ツラいんだよね」

「だからコスプレ衣装作って、路上ファッションショーをしたってわけか。有栖川サン、服もあんなに縫えたんだね」

「裁縫してる間は、そういうの忘れてただ楽しかったから、なんか勢いで一晩で仕上げちゃったんだ。でもなんか余計に、100%じゃない感じが悔しくってさ」

「だからって――」

「まあまあ。有栖川サン、このカード、景品と交換してくれるよね」

「え……ま、まあそりゃ……」

 ボクは共感できるけど、どうやら雷堂クン的に有栖川サンのことは上手く理解できないみたいだ。このままじゃ雷堂クンが悪意なく悪者になっちゃうから、ほどほどで止めて話題を変えた。

 スタンプカードを差し出すと、有栖川サンはきょとんとして、机の下からお菓子袋を取り出して交換してくれた。近所のお菓子の卸屋で売ってる安くてボリュームたっぷりの駄菓子セットだ。予算がキツかったんだなあ。

「わあい駄菓子だ。へへ、こんなにたくさんもらっちゃあ、ボクも六浜サンに言えないや」

「いいよ、無理しなくて。悪いことは悪いことだもん」

「無理なんかしてないよ。どっちにしろ、有栖川サンのしたことにニュースバリューはないし」

「は? いやおい、それはお前……ええ?」

 じゃあ今までのなんだったんだ、て言いたげだね。ボクもそう思う。だったら今日してきたことは何の意味があったんだって。でも仕方ないじゃない、そういうものなんだから。

「キミの気持ちは、きっとこの『神座祭』に参加してる人たちの8割は感じてることだ。希望ヶ峰学園だもん。みんな自分の“才能”を振るう機会があるなら張り切るさ。それが叶わない悔しさも、もちろんたくさんの人が抱えることになる。1クラスで1つしか出展できないルールだからね。分かる? みんなが感じて、思ってて、考えてることなんだから、今さらニュースにすることなんてないの。そういう意味では、有栖川サンはひとりじゃないって言えるけどね」

「むりやり良いこと言おうとしてる?」

「そう思うなら指摘しないでよ。野暮だなあ」

「ははっ……うん、まあ、気持ちだけ受け取っとくよ。ちゃんとみんなにはお礼するし、後でどーるんには謝りに行く。逆にアンタらにバレたおかげで、きっちり後始末しなきゃって気分になれたよ」

「そりゃよかった」

 なんてことのない、ちょっとしたことだった。やりたいことをやれる力があるのにできなかった。そんな感情の力学が発散する方向に働いて、派手でささやかな抵抗に昇華された。ただそれだけだった。有栖川サンのしたことを、良いとか悪いとかで評するのはナンセンスだ。ここは“超高校級”が集まる希望ヶ峰学園、なんでもアリなんだから。

「ところで有栖川サンさ。あのコスプレ衣装、一晩で仕上げたっていうけど、なんで取り掛かりがそんな遅くなったの?」

「え、なにその先輩みたいな質問」

「別に他意はないけど」

 ホントは他意しかないけど。

「うーん、なんか、気持ちが爆発したっていうか……悔しい気持ちはずっとあったんだけど、それが前の日になってすごくこう……堪らなくなった? なんかちがうな。やってやろうって気になった、の方がいいかも。なんか、背中を押されたっていうか」

「背中を? 誰にだよ」

「実際にそうされたわけじゃなくて、なんとなくそんな気になったのかな。やっぱよく覚えてないわ」

「そっか。ありがとう。じゃあ、『神座祭』楽しんでね」

「え、もういいのか?」

「うん」

 有栖川サンに挨拶して、ボクらは教室を後にした。終始戸惑っていた雷堂クンは、その後も不満そうな顔をしてボクについてきた。気持ち悪いよね。きっと、雷堂クンにはなかなか難しい感覚だよね。分かるよ。

 中庭に降りて空いてるテーブルに座り、一息ついたところで、雷堂クンが口を開いた。

「なあ曽根崎。お前、本当にこれでいいのか? 俺が言うのもなんだけど、こんなので満足するのかよ」

「どうしたの雷堂クン、ジャーナリズムに興味出てきちゃった? 報道の自由謳歌してみる?」

「真面目に聞いてンだよ。今日丸々無駄にしてこの結末じゃあ、さすがに割に合わないだろ。あの有栖川ってやつの動機も、俺にはよく分からなかったし」

「だろうね。雷堂クンはたぶん、“重荷タイプ”だろうから」

「なんだそれ」

「自分の“才能”をどう捉えているか、ボクはこの学園や卒業した生徒たちを観察してきて、3つのタイプに分けられると分析したのさ。“責任タイプ”、“重荷タイプ”、“ギフトタイプ”の3つ。ちなみに厳密に言うと、雷堂クンは“責任タイプ”混じりの“重荷タイプ”とみた」

「なんでもいいよ」

「でも大事なことだよ。有栖川サンは“ギフトタイプ”だからね」

 これもボクの見立てだけど、ボクが作った基準だからいいよね。

「関係あるのか?」

「もちろんさ。“重荷タイプ”と“ギフトタイプ”の大きな違いは、“才能”をポジティブに捉えるかネガティブに捉えるかだ。力があるのに自分の“才能”が発揮できないもどかしさ、少しは分かるんじゃないかな?」

「まあ……気持ちはな。でも諦めるしかないんじゃないか? 仕方ないだろ」

「ほとんどの人はそうだろうね。だけど、ボクが思うに、純粋な“ギフトタイプ”であればあるほど、アイデンティティを“才能”に求める傾向が強いんだ。救いと言い換えても良い」

「救い、か……俺には一生分からなさそうだ」

「だよね。何事も表裏一体ってワケさ。“重荷タイプ”は“才能”に絡むプレッシャーや周囲の視線、理想とのギャップに苦しみやすいタイプな一方、個人の考え方や判断が“才能”に縛られない柔軟さがあると思うよ」

 少し雑に話したけれど、雷堂クンはさっきまでより有栖川サンのことを考えることができるようになったようだ。自分とは違う誰かの、誰にも知られない気持ち。そんな雲を掴むような問題を、若きパイロットが掻き分けて進んでいく。その向こうにある晴れ渡る空を目指して思考という操縦桿を握る。

「うーん、今のは我ながら詩人だったかも」

「何言ってんだか。少し考えたけど、やっぱり俺には分からない。有栖川のことも、お前のことも」

「ボクも? 悲しいなあ、今日一日ずっと一緒だったのに」

「なら、まだ答えてない質問に答えろよ」

 覚えてたか。ボクがよく知る、雷堂クンよりもっともっと浅くて根深い“重荷タイプ”の彼なら、適当にはぐらかせば忘れちゃうのに。

「この結末でお前は満足なのか?」

 雷堂クンが尋ねる。ボクは答える。

「結末にはまだ早いよ。むしろここからなんだから」

 吊り上がる口角をこらえもせず、訝しげに眉を顰めた雷堂クンに手を差し伸べた。

「尻尾は掴んだ。今年の『神座祭』の本当のヤミを暴いてやるさ。キミも見届けてよね」

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