ダンガンロンパトライフェス 〜我々は“才能”のみにて生くる者にあらず!〜 作:じゃん@論破
希望ヶ峰学園の学園祭を舞台にした群像劇的なストーリーはかなり前から構想があったんですが、そのために新しくキャラクターを卸しても入っていきにくいよなあと書きあぐねていました。この企画も、3作品読んでないと(かつキャラを覚えてないと)キツくはありますが、まあ新キャラはいないし許されるでしょう。物語の続きは、また明日。
3-2
ワッショーーーイッ!! 祭だ! 祭だ! 『神座祭』だーーーぃっ!!
私、
「まだ始まったばっかりなのに楽しそうだね、
「そりゃそうでしょ! 一年に一度のお祭りなんだよ? 楽しまなきゃ損々そんそん
「う、うん? 楽しいならいいか」
自分でもテンション上がりすぎて意味分かんないノリになってるのが分かる。でも込み上げるワクワクを込み上げた側から発散させないともう、おかしくなっちゃいそう! 心臓が破裂しそう! なくらいなんだもん!
こんな私にも、引きそうで引かない少し引き気味で付き合ってくれる優しい友達がいてくれてよかった! 奉ちゃんやっぱサイコーだよ!
「というわけで、今日は奉ちゃんといっぱい楽しんで思い出作ろうと思います! それじゃあどこから回ろっか。取りあえず腹ごしらえでもする? “超高校級の美食家”が作る肉まんが目玉なんだって! おいしそ〜!」
「あぁ……あの、風海ちゃん。その、本当にごめんなんだけど」
「へぇん?」
「実は、私が参加してる出展で急遽欠員が出ちゃって……シフト的に私しか手伝える人がいなくて、今日はちょっと、そっちが忙しくなっちゃうかも」
「……ふぇぁ? ソッチガイソガシクナッチャウカモ?」
「つまり朝から一緒には回れないってこと。午後は普通にシフト入れてるし、最後の舞台なら一緒に見られると思うけど」
「あがががが……」
「大丈夫? 欠員が出たから、シフトの都合で、今日は一緒お祭り楽しめないってこと」
「つ、都合が欠員してシフトと一緒にお祭りは今日楽しめない……?」
「ちがうちがう。整理して」
「一緒に奉ちゃんが午後からシフトの楽しめないお祭りに欠員して舞台なら朝?」
「もっと違うしなんか増えてるよ」
い、一週間前から授業そっちのけでリサーチしてたのに、当日の朝に根本から崩壊するなんて……。ああ、NTRの脳破壊って言語野からクるんだなあ。
「って言ってる場合か! そりゃ欠員出るのは仕方ないし奉ちゃんが悪いわけでもないけど、こんなのあんまりだ! この世に神はいないのか!」
「大袈裟だよ。ごめんだけど、今日は他の人と楽しんで。舞台の前には連絡するからね」
「隗」隱ュ縺碑協蜉エ縺輔s」
ショックすぎて文字化けした。奉ちゃんは困り顔のまま、小さく手を振って行ってしまった。欠員が出たってことは予定より人が少ないから、その分忙しくなるのは仕方ないんだろうけど、それでもやっぱり悲しいなあ。なにより奉ちゃんが可哀想……いや、案外そうでもないのかも。“超高校級の介護士”で人に尽くすことが何より好きな奉ちゃんなら、むしろこのトラブルはプラマイプラ……?
「じゃあ私だけプラマイマイじゃん! き゚っしょー!」
そりゃひとりで回っても『神座祭』は楽しいだろうけど、
「おなかすいたなぁ」
混む前にご飯でも食べるかあ。
3-3
まだ始まったばっかりってこともあって、飲食店ブースはそこまで混んではいない。混んではいないけど、なんだかやたら人集りができているところがある。ちょうどウワサの肉まんを出してるところだ。やっぱり人気なんだなあ、と思って覗いてみると、客席はいっぱいだった。開店30分もしないうちから大盛況だなんて、やっぱりホンモノは違うなあ。
「ハァイ、『美食ダイニング Shiny』へようこそ。ワタシはドリンクとホール担当ね。アニーって呼んでちょうだい。ウェルカムコーヒーはいかが?」
「接客の情報量〜! でも“超高校級のバリスタ”のコーヒーはもらいます! 今って満席ですか?」
「そうね。だけどテーブルシェアでもよければ空いてるわ。ジャパニーズ、アイセキね」
「いいですよ! 私もうおなかペコペコなんです! あ、肉まんとコーンポタージュください!」
「オーケー。ちょっと待っててね」
くるくる巻いた髪に艶のある黒い肌とかっこいいバリスタスーツを着たアニーさんが、スタイリッシュな所作で接客してくれる。指先まで行き届いた洗練し尽くした仕草が、アニーさんの格みたいなものをよく表している。希望ヶ峰学園に数少ない人格者助かる。
アニーさんは教室の真ん中にある、二人がけの席に近付いていって、そこに座っている銀髪の女の子に声をかけた。にこやかに会話した後、こっちに向けてウインクして案内してくれた。向かい合わせに座ると、黄色くて深みのある瞳と目が合った。
「紹介するわ。こちら、“超高校級の脱出者”宿楽 風海よ。こちらは、“超高校級の幸運”
「どうも」
「あ、はい、どうも。研前さん、“幸運”なんだ! 毎年ひとり、くじ引きで入ってくるっていう……あっ、変な意味で言ってないから気を悪くしたらごめんね。その、なんか“幸運”の人ってプレミア感あるなって思ってて」
「う、うん。たまに言われる。でも、実際は大したことないよ。“幸運”なんて」
「えー、私よりずっといいよ。私、“脱出者”だよ?」
「“脱出者”……? な、なんかすごそうな“才能”だね。そういう感じには見えないけど」
「ただ体験型謎解きゲームが好きってだけだよ。あーあ、私ももっと立派な“才能”があったらなあ」
自分でも自分の“才能”はなんじゃそれって思ってるけど、研前さんは眉尻を下げつつ、そんなことないと言ってくれる。優しい人だなあ。私にしてみれば、“幸運”な上に人にも優しいってだけで、研前さんの方が私より人としてのランクが上って感じがしちゃう。このお店には人格者しか集まらないのか。
相席になった偶然からぺちゃくちゃおしゃべりしていたら、アニーさんがお盆を持って来た。
「うふふ。もうなかよくなったみたいで良かったわ。はい、フウに肉まんとコーンポタージュね」
「わあ! すごい美味しそう!」
ほかほかの肉まんとコーンポタージュが差し出された。むっちりと張りのある、それでいてシルクみたいにきめ細かな生地が、一個の作品みたいにキレイな宝珠型に整えられている。湯気が筋になって立ち昇る中に漂う、ジューシーな油の香りが食欲をそそる。これが“超高校級の美食家”が作る至上の肉まんか!
付け合わせに頼んだコーンポタージュも、オレンジ色に見えるくらい濃厚なとろとろスープにたっぷりコーンの粒とじんわり染みたクルトンが浮いていて、散らしたパセリの葉っぱが全体の色味を引き締めている。絵みたいだ。
美味しい食べ物は美味しく食べてあげないと失礼だからね。ひとまずお冷で口直ししてから――。
「あれ、そういえば研前さんのは? 私より先に来てたのにまだ来てないけど」
「ああ、私は……」
「おらぁっ! 特製肉まんブッシュお待ちィ!!」
「ブフーーーっ!!?」
視界の外から突然の大声と得体の知れない立体物が現れて、思わず水を吹き出した。真っ白なクリスマスツリーとでも言おうか、なんとも名状しがたい見た目をしてる。でもテーブルに置かれた時にむせ返るほど薫ってきた匂いで分かった。肉まんだこれ! 肉まんをツリーの形にくっつけた……何かだ!
「わあすごい! 美味しそう!」
「第一印象がそれ!? もっとこう……驚くとこない!?」
こんな訳のわかんないものなのに、研前さんは見た目よりも匂いよりも食べ物としての感想が最初に出たみたいだ。いやそりゃ食べ物ではあるんだけど……た、た――。
「食べ物で遊ぶなあ!」
「なんだと! 誰に向かってそんなこと言うやつぁ誰だ! オレが食べ物で遊ぶ訳ねえだろ!」
「いや遊んでるでしょ! なにこれ!?」
「これは肉まんブッシュだ! 肉まんブッシュってのはオレ特製の肉まんをシュークリームに見立ててクロカンブッシュの要領で積み上げたもんだな。美味さ保証済み! インパクト抜群! そのままでも十分美味えけど、味変はからし醤油、溶かしバター、胡椒だれを用意してあるぜ」
「何言ってるか分からん! でも美味しそうなことだけは分かる! やっぱ遊んでない?」
「遊びと遊び心は全然ちげえんだよ!」
叫ぶたびに、後ろで縛った鮮やかなオレンジの髪が歌舞伎みたいにぐわんぐわん暴れる。黒Tシャツに真っ赤なジャージを腰に巻いて、見た目はラーメン屋のバイトみたいなのに、料理にかける情熱をいやでも感じてしまう勢いがある。特製肉まんって言ってるし、もしかしてこの人が“超高校級の美食家”?
「あ、宿楽さん。この人が“超高校級の美食家”の
「肉まんブッシュな?」
「いやでも、これ明らかに一人分じゃないよ」
「そう? これくらいは朝飯前だよ」
「そりゃこれ食べるつもりなら朝ごはんは抜かないと無理だよね」
「二人ともかみ合ってないわよ」
アニーさんが冷ややかに見ていた。こんなタワーをどうやって研前さんひとりで食べるのか。いつの間にか教室中の注目を集めてしまっている。そんな視線なんかないみたいに、研前さんは銀色のナイフを肉まんブッシュに差し込んだ。
弾力のある生地にぷつっと刃が通ると、切り口からたちまち肉汁が溢れてくる。これは下に敷かれた千切りキャベツが吸収するから無駄にはならない。具沢山でジューシーな餡がこぼれそうな勢いで切り口から飛び出しそうになるのを、研前さんは器用にナイフとフォークで押さえながら切り出していく。ちょうど肉まん半個くらいの大きさを手前に取り分けた。
「じゃ、いただきます」
何から何まできれいな所作だ。髪が長くて少し影のある、深窓の令嬢って言葉を具体化したような
「もぁぐ」
「わあ」
一口でいった。肉まん半個を。1回じゃ状況を理解できなかったけど、次から次に肉まんブッシュを切り分けては食べ、切り分けては食べ、と進めていくうちに、自分の目の前にいる人が何をしているのかを理解していった。深窓の令嬢どころか、とんだフードファイターだ。研前さんに抱いていた印象が、この数秒で丸っきり変わった。
「はふっ、はふっ。おいしい……! とっても美味しいよ下越君。椎茸、タケノコ、玉ねぎのオーソドックスな具材に、しょうが、紹興酒、黒胡椒、その他色んな味が絶妙なバランスで絡み合って、その全部がお肉の味を邪魔してない。粗めに挽いたお肉の食感と溶けた脂の旨みが抜群に食べ応えあるのに、ほのかに甘い生地が最後に口の中をきれいにして、芳醇なのに後味さっぱりだよ。肉汁を吸ったキャベツも元の瑞々しさを失わずにいて、肉まんの熱で蒸らされたおかげで素材の味が引き出されてて、もう全部のバランスがちょうどいい!」
「おうともよ!」
すごい。なにがすごいってこの量の感想を、手と口を一切休ませずハイペースできれいに食べ進めながらしっかり伝えてるところがすごい。ベロ3枚くらいある? 周囲の視線はいつの間にかオーディエンスに変わって、研前さんが一口運ぶごとにどよめきが起きている。私も自分の肉まんをなるべく頑張って一口で食べようとしてみたけど、そもそも大きくて量が多いから、どんだけ頑張っても五口は必要だ。研前さんの小さな口でどうやってこれを二口でいくんだ。
研前さんが手を止めたのは、垂れて来た髪を後ろで縛るときだけだった。そのあとは、見るだけで胸焼けをしそうだった肉まんブッシュを、涼しい顔して平らげてしまった。最後の一口を口に運んで、お水でリフレッシュしてから、軽く口元を拭く。
「ごちそうさまでした」
わっ、と歓声があがった。ここ普通の飲食出展のはずなのに、なんかイベントスペースみたいになってる? 私は呆気に取られて研前さんを見ていた。下越さんは満足そうに頷いている。
「お粗末さん! やっぱ研前は食べさせ甲斐あるなあ! 気持ちいい食べっぷりだぜ!」
「言い過ぎだよ。これくらい普通だよ」
「コナタ、食後のコーヒーはいかが?」
「まだ胃袋に何か入れさせようとしてる!?」
私だけおかしいのか?
でも……面白い! この人、めっちゃくちゃ面白そう! もっともっと研前さんのこと知りたい! おしゃべりしてみたい!
「ねえ研前さん! 今日このあと時間ある?」
「えっ、う、うん。気ままにお祭り回ろうかと思ってた」
「じゃあさ、私と一緒に回らない? 私、本当は今日一緒に遊ぶ予定だった友達が急に遊べなくなっちゃって暇なんだ。研前さんの行きたいところついて行くからさ!」
「いいよ」
「いいのかよ! 判断が早え!」
「わーいやったー! よろしくね研前さん!」
「うん。じゃあ何食べに行く?」
「…………え?」
ということで、私は研前さんと一緒に『神座祭』を回ることにした。保ってくれよ……! 私の胃袋……!
3-4
研前さんの胃袋は
「ふう。お腹いっぱい。ごめんね宿楽さん、こんなに付き合ってもらって」
「ううん……見応えあったよ」
「?」
「じゃあこの後どうしようか。少し休憩する? 苦しくない?」
「全然? 八分目にしたから大丈夫だよ」
「ハチッ……だ、だったら私の行きたいところ行ってもいい?」
「うん。楽しみだなあ」
ほんの小一時間前まで、ミステリアスでお淑やかなイメージだった研前さんが、いまはバケモノに見えるから、人の印象ってやっぱ変わるもんなんだなあ。で、なんだっけ? 研前さんって“超高校級のフードファイター”だっけ?
もうこの件に触れるのはよそう。食べ物には満足したみたいだから、後は『神座祭』ならではの出展をたくさん楽しんでやろう。うん、私たちの『神座祭』はここからだ! 私は意気揚々と歩き出した。
「じゃあまずは“超高校級の仲人”がやってる恋愛占いとか……」
「あっ、宿楽さんあぶなっ――」
「え――ほぎゃっ!?」
「うあっ!!」
出足を挫かれた。前を見てなかったせいで、横から来た人と思いっきりぶつかった。私はバランスを崩して地面に頬擦りし、相手も尻餅をつくのをなんとなく感じ取った。
「おべべべ」
「うわあ……あの、大丈夫ですか? ごめんなさい」
「い、いや……私の方こそすまない。急いでいたもので」
「いたた……あれっ。
研前さんが私の代わりに謝ってくれてる。いい人だなあ。のっそり起き上がってぶつかった相手の顔を見ると、よく見知ったクール美人の顔だった。転んだ拍子に銀色の髪が少し乱れてしまっているけど、腰に巻いた緑のエプロンは見間違いようもない。
「知り合いだったんだ。なら……外部の人とかじゃなくてよかった」
「うん。この人、“超高校級のトリマー”の
「宿楽、怪我をしている。ちょうど絆創膏を持っているから、消毒して貼るといい」
自分でも気付かなかったけど、転んだときに肘を擦ったみたい。毛利さんがポケットから絆創膏を取って渡してくれた。用意がいいなあ。
「ありがとう。毛利さんは今日ひとり?」
「あ、ああ……そうだな。色々見て回ろうと思って、急いでいた」
「何か目当てのものがあるの?」
「そういうわけではないんだが……とにかく多くを経験して、見聞を広めなくては。『神座祭』はそれが一気にできるチャンスだからな」
「ふーんそうなんだ。じゃあさ、一緒に回らない? 実は奉ちゃんが急に遊べなくなって、研前さんに付き合ってもらってたんだ。1人より3人で回った方がきっと楽しいよ」
「ん……そ、そう、だろうか……?」
「宿楽さん。毛利さん困ってるんじゃない? 急いでるのに引き留めちゃ悪いよ」
「でも、目的があるわけじゃないんでしょ? たくさん遊びたいのは私たちも同じだよ! ね、一緒に行こう!」
「……う、うむ。そう、だな。分かった」
「ははあ、押しに弱いんだ」
そう、毛利さんは押しに弱いんだ。少し強引でも誘えばきっと頷いてくれる。ふふん、“超高校級の脱出者”をナメてもらっちゃ困るなあ。クラスの女子の攻略法は全部頭に入ってるんだからね。恋愛ゲームで言うところの絶対にフラグが立たない親友ポジ、そういう人に私はなりたい。結局ああいうのが一番いいんだから。
それに何より、毛利さんが何か焦ってるように見えたのが、なんだか放っておけなかった。毛利さんが焦って走ってるところなんて見たことなかったし、その理由もなんだか言い方が引っかかる。私が知ってる毛利さんの性質に近いけど、なんだか違和感がある。このままひとりにしておくのは、なんだか良くない気がした。
「水道からお水汲んできたよ。これで洗って」
「ありがとう。ああ……美人な女の子二人に介抱されて、こりゃ転ぶのも悪くないな」
「何をバカなことを」
「それじゃあ早速遊びに行こうか。毛利さんはどこ行く予定だったの?」
「走って小腹が空いたから、焼きそばでも買いに行こうと思っていたところだ」
「オ゛ォエ゛ッ!!」
3-5
焼きそば屋台の人に「なんだよ、また来たよ」って顔をされたものの、毛利さんが美味しくご飯を食べられたのでよかった。お腹を満たせば毛利さんも少しは落ち着くかなと思ったけど、時間をかけたせいか却って気持ちが逸ってしまったみたいだ。
「次はどこに行く? 急がないと」
「まあまあ待ちなって。急がなくても出展は逃げないよ。えっと、取りあえず私が行きたかったやつでいいかな? 体験型謎解きゲームなんだけど」
「おお、宿楽さんの本領発揮だね」
「人気だろう。この時間から行くと並ばないか」
「大丈夫。私、超高校級コースだから」
体験型謎解きゲームは、今時の学園祭ではかなりポピュラーになった人気の出し物だ。希望ヶ峰学園でももちろんそれを出展しているクラスがある。私にも監修の声掛けがあったけど、むしろ解きたい側だってことを伝えたら、じゃあ逆にエゲツない難易度の用意するから挑戦しに来いと言われた。どうやらそのためにOBの先輩にも声をかけたらしい。そこまで言われたらやらないわけにいかない。万障排して行ったろうじゃないの。
「というわけで、私は顔パスで専用コースがあるから待たないってワケ。どやあ」
「宿楽さんが監修したゲームもやってみたいけどな。ね、毛利さん」
「ああ、そうだな。それこそ宿楽なら適切な難易度調整もしやすいだろう。見たところ子どもも挑戦に来ているようだ」
「うーん分かる! めっちゃ分かるよその気持ち! でも自分で作ったゲームって自分で解けないじゃん!? 記憶を消す技術でもあれば別だけどさあ!」
「ゲーム好き故の悩みだな」
ゲーム会場前にできた長い行列の横をすり抜けて、私たちは受付まで来た。たくさん人が並んだ列をにこやかにさばく方の受付と違って、目立たないよう暗幕が張られた入口の前の受付は、無愛想――というかなんかイライラしてそうな人がちょこなんと座っているだけの簡単なものだった。
「あ、あの〜、すみません。私、宿楽風海って言うんですけど」
「あ?」
「ヒエッ」
「顔パスはどうした」
私が声をかけると受付の人はガラ悪く返した。研前さんとおそろいのアンテナがこっちに向く。追跡砲台? レーザーでも出そうだ。
「すくら? ああ、お前がか。確かに変なメガネかけてやがる」
「へえ、すんません」
「そっちは誰だ。すくらってヤツしか知らされてねえぞ」
「友達ですけど……一緒に入っていいですか?」
「……ッチ、ンドクセェ」
めっちゃ態度悪い。なにこの人。
「おい
「おらあっ!!
「ほぶっ!?」
受付の人が乱暴に呼びかけると、同じくらい乱暴に中から
そのまま器用に着地して、芭串さんは私たちの顔を順番に見回した。うん、取りあえずさっきのことは忘れよう。
「おう宿楽!
「芭串さんも大変だね……でも、私もいつ何人で行くか言ってなかったし」
「決められた通りに動けってのが無理な相談だ。『神座祭』だぜ? まあ取りあえずツレ2人も――おう、毛利じゃんか――一緒に入りな。何人で挑戦してもいいぜ。どっちみち難易度:宿楽だからよ」
「人の名前を難易度にしないでよ!? 烏滸がましいでしょ!」
「烏滸がましい?」
芭串さんに案内されて、ひっくり返った元受付を踏まないように気を付けながら、私たちは教室の中に入った。範囲は黒板の前にある一段高くなったスペースだけだ。あるのは教卓、小机とその上の黒板消しクリーナー、黒板消しとチョーク、放送用スピーカー、スクリーンといくつかの機材……そんなところだ。教室の他の部分とは暗幕で仕切られている。
細身の研前さんと毛利さんが横に並んでギリギリなくらい狭いスペースで、一見しただけでは普通の教室と変わらない。スクリーンの裏から投射された映像が映し出される。
「“超高校級の脱出者”宿楽 風海だな。オレは元“超高校級のハッカー”
「うわーっ! 雰囲気すごー!」
「現役生が用意したのにOBが出張ってくるのはどうなんだ」
「ゲームマスター役にって頼まれたんだよ! 自分でイタいの分かってんだからみなまで言うな!」
「あ、中継だこれ」
スクリーンで喋ってる人のことはよく分からないけど、“超高校級”のみんなが作った体験型謎解きゲーム……心躍らないワケがない!
「ステージ内に設置した謎は5つ。制限時間10分のうちに正しい合言葉を見つけられたらクリアだ」
「10分で5問? 結構厳しいよ」
「甘いよ研前さん。設置した謎が5問だからって解くべき謎が5問とは限らない。体験型謎解きゲームなら最後の大謎も含めて、最低6問はあると考えるべきだ」
「なんか宿楽の雰囲気がいつもと違うな」
「教卓の上にあるバインダーは、解答をメモするのに使うといい。それ以外に必要な道具はないから準備はいらないぞ」
「やった。親切だなあ」
「それでは、今から10分スタートだ!」
「しゃっ!」
スクリーンに10分間のタイマーが表示された。それが動き出したことを確認して、私はすぐに散らばった謎をかき集めに動く。研前さんと毛利さんと調べる場所を分担し、解ける謎から解いて難問を考える時間を稼ぐ。
さすがは難易度:宿楽なだけある。普通最初に解く謎は難易度を下げて、ある程度までは進めるような造りになってるものなのに、1つ目からかなり厄介だ。解き方が分かっても答えを出すのに時間がかかるものや、物理的な制限があるせいで謎を解くのに苦労するタイプの謎もある。でもどれも無理難題というほどじゃなく、知識として要求されるのは小学生レベルのものばかりだ。
どんな謎が出されて、結局どんな風に解いたのか。それはこれから『神座祭』に挑戦する人たちのために、敢えて伏せておく。とにかく私たちは3人で協力して謎をかき集め、正しい合言葉をスクリーンに叩きつけてやった。
「おめでとう。さすがだ。クリアタイムは7分45秒。まさか2分以上残してクリアされるとは」
「む、難しかった……脳が熱い……」
「傍から見ている分には、さくさく解いていたようにしか見えないが……苦戦していたのか」
「私はひとつも分からなかったなあ」
要求する知識はやさしいものばかりなのに、こんなにレベルが高いだなんて。脱出ゲームそのものをひとつ上のステージに進化させたような、そんな内容だった。すごい謎ばかりだった。
「でも2人が逆立ちしてくれたおかげでヒントになったよ。ひとりじゃきっとK点越えできなくて、多牌したまま解脱するところだったよ」
「研前のひらめきもなかなかのものだった。エレキギターと靴下の関係性に気付けたのは、氷属性の定期券を持っていた研前だからこそだ。でなければ私がガムテープを消費して君が代を歌うところだった」
「私は見てるだけでいっぱいいっぱいだったよ。まさか黒板の裏のはらぺこあおむしが最後にマトリックスエボリューションするための布石になってるなんて、網戸でプリンを漉してるときには想像もしてなかった」
すごい謎ばかりだった。
3-6
脱出ゲームをクリアした私たちは、近くの出展を見て回ることにした。疲れた脳を癒すには何がいいかとぶらぶらしていたら、プラネタリウムなんてあった。あのタランチュラみたいな投影機ではないけれど、手作りの暗幕に穴を開けて星を再現した展示だ。ご丁寧に、“超高校級の天文部”の解説までついている。
「――したがって、春と夏と冬には大三角形を成す星々があるが、秋に大三角形はない。代わりに、ペガスス座のマルカブ、シェアト、アルゲニブ、それにアンドロメダ座のアルフェラッツを加えた、秋の大四辺形と呼ばれるものがある。星座や天球上に示す図形に必然性はなく、秋のみが四辺形であることは偶然としか説明のしようがない。ただ、この時期に北半球から見える方角が、地球が存する天の川銀河の中でも明るい星が少ない方角であることは一因であるだろうと考える。
しかし日本の秋といえばやはり中秋の名月が有名だろう。中国やベトナムなどアジア圏一般において月を眺め愛でる風習は見られ、現在の月見の形態の源流となる文化は、日本には平安時代に唐から伝わったとされている。月にまつわる童話や言葉は世界各地に見られ――」
「――ぐう……ふがっ、むにゃ……」
「おい宿楽。寝に来たのではないだろう。起きろ。くっ、ダメだ。研前からもなにか――」
「( ˘ω˘ ) スヤァ…」
「お前もか!」
「――月の満ち欠けと睡眠時間には一定の相関関係があるとする者もおり――」
「そらみろ! アナウンスを使って遠回しに嫌味を言われているぞ。起きろお前たち!」
「ほがっ! うぅ……あれ、寝てた?」
「むにゃむにゃ」
なんかすごい星空がキレイだったことだけはなんとなく覚えてる。それだけだ。他のことはなぜかあんまり記憶にない。寝てたからかな。でも、
「私の解説は眠たかったか」
「いや違うんだ。さっきまでとびきり難しい脱出ゲームに参加していて、疲れていた。望月の解説が悪いワケじゃない」
「そうか。なるほど。ただでさえプラネタリウムは適度な暗さ、安楽姿勢、室内故の快適な温度のため眠気を誘いやすい。『神座祭』ともなれば、参加者が一定の疲労状態にあることも考慮に入れるべきだったか」
「となると……エアコンを切って椅子を撤去すれば、睡眠阻害は可能だな」
「え?」
「解説の音量も上げよう。BGMを調整して警戒音に似せれば、覚醒状態を維持する機能を刺激できる可能性がある」
「え? え?」
なんか私たちのせいで、心地よいプラネタリウムが天文学者の拷問に変わっていってるような。
「い、いや望月さん。そこまでしなくても、きっとみんな寝ないよ」
「現状、サンプルの66.6%が入眠してしまっている。なんらか対策を講じるべきだ」
「ひええ」
まだ色々ととんでもないアイデアを考えている望月さんを尻目に、私たちはその場を逃げるように去った。どんなことになってるか……知りたいような知りたくないような。
このまま他のところに遊びに行ってもまた寝ちゃうだけだと反省した私たちは、疲れをほぐすためにマッサージ屋に行くことにした。実際はそういう口実で、私が奉ちゃんに会いたいだけなんだけど。
「“超高校級の按摩”
「それだけじゃないよ! “超高校級の介護士”の奉ちゃんもいるんだよ! もう
「ん?」
「それを言うなら、
「それだった!」
「なんか既視感のあるやり取り……」
本館の隅にある奉ちゃんの教室まで行くと、マッサージ屋さんの看板が見えた。白を基調とした清潔感のあるデザインに、かわいいイラストを散りばめた、ザ・学園祭って感じの見た目だ。中は普通の教室にベッドを並べただけの簡単な設備なんだけど、出入口にやたらラグジュアリーな分厚いカーテンの目隠しがあるのが、なんだかこう……いいの? って感じがする。
出入口前にある受付席に、ナース帽を被った奉ちゃんが座っていた。
「あっ、奉ちゃーん。来たよー」
「風海ちゃん。わざわざ来てくれたの。ありがとう。あ、毛利さんと……えっと」
「あ、私、研前っていいます。宿楽さんに誘われて――」
「今朝友達になったんだよねー」
「うぐっ、“陽”のオーラがすごい……」
「そうなんだ。ちょうどいま施術中だけど、もうそろそろ終わると思うよ」
そう言って奉ちゃんがカーテンをめくって中を覗くと、隙間から声が漏れてきた。
「ぐわああああっ!! いぎぎぎっ……お゛お゛っ!? ががあっ――だあっ!!」
「ああすごい! すごいわ! こんなに大きくて硬くて立派なの初めて! 運動部だから!? 運動部だからなの!? もっと強くしていい!? いいわよね!?」
「ひいいいっ!! ぐげえええっ!!」
「ここイイわよね!? すっごくたまってるもの! こんなにぶりんぶりんなの久し振り! もうたまんない! やっぱり男の人のって違うわあ!」
「もう終わるみたい」
「弁明とかないのか!?」
どう聞いてもアカンやつなのに奉ちゃんはけろっとしてる。マッサージ屋だって言うし、正地さんのことだから中で何が起きてるかはだいたい分かるけど……施術されてる人の悲鳴に全部濁点ついてたし、大丈夫かな。
妙な緊張感に包まれたまま順番を待っていたら、出口のカーテンが揺れた。さっき悲鳴をあげてた人みたいで、やけにさっぱりつやつやした顔をしている。
「お疲れ様でしたー」
「うすっ! ありがとうございました! 自分、こんなに体が軽く感じたのは初めて走ったとき以来っすよ! やっぱり正地さんの腕はピカイチっすね!」
「ありがとう。
「はい! おや、研前さん! こんちわっす! 正地さんのマッサージは最高っすよ! 疲れが取れたら自分の出し物にもぜひ来て欲しいっす!」
「皆桐君の出し物って?」
「それは来てのお楽しみっすよ。でも走る系ってことだけ言っておくっす。まあ研前さんだったらきっとクリアできるっすから、楽しみに来て欲しいっす。グラウンドの一番広いとこでやってるっすから」
「うん。分かった。じゃあ後でね」
「っす!」
研前さんと会話しながら軽いストレッチをし、そのまま小さく敬礼すると、廊下を駆けていった。元気いっぱいで忙しない人だ。順番が来たので、私たちは一緒に教室の中に入る。中では、汗を拭う正地さんが待っていた。
「いらっしゃい。3人ともマッサージを希望ね。どのコースにするか選んでちょうだいね」
「お茶どうぞ」
「ありがと、奉ちゃん。コースってどんなのがあるの?」
「女の子や子ども向けの“やわらかコース”、男性向けの“ハードコース”、その他玄人向けの“バキボキコース”とあるわね。ちなみに皆桐君はバキボキコースをしたわ」
「「「やわらかコースでお願いします」」」
「やわ3ちょーう! よろこんでー!」
「ラーメン屋?」
あんなの聞いたらそりゃやわらかコースにするよね。3人いっぺんに施術するっていうからどうするのかと思ったら、まず3人とも顔の部分だけくり抜かれたベッドに寝かせられて、上から温かい毛布を被せられた。この時点でもう眠たい。それにこの教室、なんだかいい匂いがする。アロマキャンドルを焚いてるんだ。極め付けはうっすらと流れる心地よいセラピー音楽。なるほど、あの分厚いカーテンは外の音を遮断する役目もあったのか。
教室の中は快適なだけでなく、さっきまで感じていた『神座祭』の喧騒もどこか遠くのことのように思えて、まるで別世界に来たような感覚さえする。
「それじゃあ、宿楽さんから始めていくわね」
「おねがいしまアッ!」
「は〜い、力抜いてちょうだいね」
リラックスしていたつもりでも、いきなりあんなところを触られたらそりゃ緊張もする。優しい撫で方と優しい言い方で、ゆっくり意識的に力を抜いていくと、正地さんが体に指を沈めていくのを感じた。自分の体なのにどういう構造になっているのか不思議なくらい、奥の奥まで指が入っていくのを感じる。
「えっ、そこ骨……」
「骨じゃないわよ。筋肉が凝って固くなってるの。組織の隙間に力を加えないとなかなか入っていかないから、じっとしてるのよ」
「ほぐわっ!? そ、そこ効くゥ!」
「宿楽さん、少し首周りと肩から先が張ってるわね。スマホの使いすぎよ」
「そ、そんなことまで分かるんですか!? エスパー!?」
「あと座る姿勢が悪いわね。だから腰のこういうところが――」
「んねびるっ! あだだだっ! つ、強すぎ強すぎ!」
「ちょっと触っただけよ。う〜ん、これは“電気”かしら。甲斐さん」
「はーいただいま」
「なに!? “電気”ってなに!? ちょっと待って“電気”だけ教えて!」
「なんか隣がすごいことになってる」
「見えないのが却っておそろしい」
何をしてるのか見えない状況で、着々と準備が進められていく。なんかひやっとしたものが背中に貼り付けられて、肩の特に凝ってる部分にも冷たいものがあてがわれた。これが“電気”? まじこわいまじこわい。
「じゃあ痛いか痛くないかくらいのときに教えてちょうだいね。いきまーす」
「アバダケダブラアッ!!」
3-7
スゲーッ爽やかな気分だぜ。“超高校級の按摩”の丁寧な施術を受けた後のようによぉ。ってな感じで、私たちは3人とも、正地さんにみっちり施術してもらった。結果は、大満足。途中はすごく痛かったりちょっと記憶飛んだりした気もするけど、終わってみれば体は軽いし痛いところもないし、まるで羽が生えたみたいだ。
私だけじゃなく、少しうつむき加減だった研前さんは背筋とアホ毛がピンと伸びて、疲れが顔に出てこわばっていた毛利さんも、気持ち表情が柔らかくなったみたいだ(当社比)。
「お疲れ様。3人ともこれからも姿勢とか気をつけてみてね。習慣はなかなか変えづらいけど、長く続ければ大きく変わるわよ」
「うん! ありがとうございました!」
「腕が軽い……足も、疲れが吹き飛んだようだ」
「施術したては揉み返しとかもあるから、何かあったらすぐ教えてちょうだいね。それじゃ、次のお客さんがいるから私はこれで」
「ありがとう正地さん。甲斐さんもありがとう」
「うん、みんなこの後の『神座祭』も楽しんでね」
美少女二人に挟まれて美少女二人に見送られるって、なんかもうこのお祭り、勝ち確だわ。すっかり疲れも取れたから、ここから第二幕スタートって感じ。よっしゃ! こっからまた遊ぶぞ!
「じゃあ次はどこ行こうか!」
「うーん、ちょっとお腹減ったかも」
「え」
「研前、さっき皆桐から何かに誘われていなかったか? そこに行くのはどうだ」
「……ああ。そうだった。うん、そうしよう。ご飯はいっぱいお腹すかせてから食べた方が美味しいもんね」
「そういうことじゃないが……まあいいか」
「毛利さんありがとっ!」
研前さんがまたとんでもないことを言いかけたところに、私の表情を察してか毛利さんがナイスパスをしてくれた。感謝のウインク! でも見えないからグラサンに表示! これで伝わるかどうかは知らん。
グラウンドに向かう道すがら、私たちは他愛ない話をしていた。別に何も話さないのが気まずいとか、聞いておきたいことがあるとかじゃなくて、ただなんとなく、話したいことを話していただけだ。
「研前さんって結構顔が広いんだね。そういえば、肉まん屋の下越さんも知り合いみたいだったし」
「同じクラスだからだよ。私、人付き合いが苦手なんだ。前の高校の友達もいないし」
「そうなの? そんな感じしないけど。今日だって私に付き合ってくれてるじゃん」
「それは宿楽が強引に誘ったからだと思うぞ。私がそうだからな」
「ああ、そっか」
「あ、今日誘ってくれたのは嬉しかったよ。自分から人を誘うことってあんまりしてこなかったから」
「――苦労しているんだな、研前も」
研前さんの横顔を見て、毛利さんが優しくつぶやいた。苦労、という言葉がなんとなく引っかかった。いまの話に苦労の要素なんてあったかな。
「人付き合いが苦手って言ったら毛利さんもそうだよね。新入生同士で自己紹介するとき、ガチガチに緊張しててさ」
「やめろ! 右も左も“超高校級”だらけだったら緊張もするわ!」
「自分もそうなのに」
「あはは……毛利さんは照れ屋さんなんだね。でも、私の場合は、ちょっと事情が違うっていうか……クラスのみんなは、私に優しくしてくれるけど、前の高校では色々あったし」
「へー。なんかあったの」
「よくそんなテンションで訊けるな」
希望ヶ峰学園は、一般的な高校と入学時期を半年ほどズラしている。なぜなら希望ヶ峰学園に入学するためにはスカウトが必要で、スカウトの条件のひとつが『現役の高校生であること』だからだ。だから、よっぽど特殊な場合を除いて、みんなここに来る前に通っていた高校がある。
研前さんは前の学校のことをぼんやり思い出していたみたいだけど、あんまり話したくないみたいで、それ以上は話さなかった。
「あんまりいい思い出じゃないからね。私のせいなんだけど」
「おい宿楽、あまり詮索してやるな」
「なんでよ」
「“幸運”は同じだけの“不運”を抱えている。知らないのか」
「なにそれ。誰の言葉?」
「学園ではよく言われることだ。“超高校級の幸運”で入学してくる生徒は、入学より前に相応の苦労をしているということだ」
へえ、そんなの初めて聞いた。それはつまり、人生山あり谷あり的なことで、希望ヶ峰学園に入学できるくらいの嬉しいことがあったから、同じだけ悲しいこともあるはずだっていう……でも迷信みたいなものじゃないかな。
「研前、すまない。宿楽は基本的にはいいやつなんだが……少しこういうところがある」
「ううん。よくあることだから気にしてないよ」
「むむむ……人には人の事情があるんだなあ。私なんて、入学通知書が来たときは能天気に喜んで、みんなに宴会開いてもらったのに。なんかバカに思えてきた」
「宿楽さんの周りは、温かい人たちが多かったんだね」
「ていうか、それこそ一発逆転だったんだよね。私にもこんな“才能”があったんだ! って嬉しくて。私、勉強も運動も苦手だからさ。将来のこと考えたくね〜って毎日もやもやしてたんだけど、あの通知のおかげでぜ〜んぶ吹き飛んだから!」
あのときのことは、今だって鮮明に思い出せる。希望ヶ峰学園から届いた入学通知書。希望ヶ峰学園に電話して、それが本物だってことが確定したときの興奮。みんなで集まって送り出してくれた宴会の楽しさ。なんとなく息が詰まっていた生活が、一気に華々しく爽快になったような気がした。あの通知書は、私の“才能”は、この学園は、私にとってはまさに人生の希望だった。
「普通はそうだと思うぞ。入学したいと思ってもできない人の方が圧倒的に多いのだからな」
「そりゃ……あ、そっか。毛利さん家って」
「え?」
「……別に隠すことでもない。私の両親は、どちらも希望ヶ峰学園に声をかけられたが、いまいっぽ届かなかった、いわゆる“予備軍”だ」
「そうなんだ……でも、“予備軍”なんていうとアレだけど、十分すごい能力がある人たちってことでしょ」
「そうだ。本人たちもはじめは残念がったそうだが、すぐに考えを切り替えた。それだけ能力が認められている証拠だと。だがそれから20年以上経った今も、希望ヶ峰学園へのコンプレックスは心のどこかに残り続けている。近くで見ていた私にも分かる。そしてそれが……あの入学通知で爆発した」
「……」
いつか、毛利さんが私や甲斐さんに話してくれたことがある。自分の両親のことと、“超高校級”の“才能”が認められてから入学するまでのこと。自分たちに果たせなかった悲願を、娘が叶えた。それは親としてこの上なく誇らしいことでもあるし、過去の悔しさへの復讐でもあった。それを自覚していたからこそ、本当に毛利さんが希望ヶ峰学園に行くべきなのか、家族みんなで悩んだらしい。
「二人とも、私には私の行きたい道を歩んでほしいと思っている。“超高校級のトリマー”として入学すれば、トリマー以外の道はほぼ閉ざされることと同義だ。一方で、自分たちにできなかった悲願を果たしたことの嬉しさから、希望ヶ峰学園に入学してほしいという気持ちも同じくらいにあった。私はそのどちらも理解できたからこそ……こうして入学した。私が希望ヶ峰学園で多くを学び、“超高校級のトリマー”として大成することこそ、私が両親のためにできることだから」
「……毛利さん自身は、どうしたいと思ったの?」
「私はどちらでもよかった。幼い頃から両親に希望ヶ峰学園の話は聞かされていたから、当然嬉しい気持ちはあった。だがあのときの私は、両親ほど学園に執着していなかったらしい。親の顔色を窺ったつもりはないが、両親の気持ちを慮ったのは事実だ」
「毛利さんは親孝行者だね」
「孝行、のようにも見えるか。だがこれは責任なんだ。あの二人の下に、この“才能”を持って生まれた私のな」
毛利さんの顔に、最初に会ったときの焦りが少し戻ってきた気がする。なるほど。だから毛利さんは焦ってたのか。両親の思いを背負って入学した希望ヶ峰学園で、その年に一度の祭典で、少しでも多くのことを学びたい・知りたいと思ったから、急いでいたんだ。毛利さんが言う責任にせっつかれて、一分一秒を惜しんでたんだ。でもそこまでのことを、たぶん親御さんも望んではいないと思う。
「毛利さんは毛利さんのしたいように、自由に楽しめばいいと思うな。親御さんだって、希望ヶ峰学園に入ったからにはそりゃ最高のトリマーになってほしいと思ってるだろうけど、毛利さんが親御さんの無念の責任まで負うこたぁないんじゃないの」
「ん……甲斐にもそう言われた。だがなかなかな……これは私の性分なんだ」
「奉ちゃん、だけ?」
「……あと
「めっちゃ言われてるじゃん! あと後ろ二人に相談事なんかしちゃダメだよ!?」
いつか毛利さん、訳のわかんないことに巻き込まれてしまうんじゃなかろうか。心配になってきた。
でもこうして考えると、私たち3人とも、自分の“才能”に対する考え方が全然違って、なんだか面白い。研前さんのことを考えるとそう言ってしまうのは少しデリカシーがないかなって思うけど、みんなが自分の“才能”をなんだと思ってるのか、どう考えているのかには少し興味が湧いてきた。またみんなに聞いてみようかな。
「でもきっと今回の出展物を出してる人たちは、みんな自分の“才能”に誇りを持って、誰かの役に立てたい、誰かを楽しませたいって思ってる人たちばっかりだね! それって、とってもすごいことじゃない?」
「宿楽さんはポジティブなんだね。えらいなあ」
「ただの能天気だと思うが」
「だから、毛利さんも見るんだったらそこを見たらいいんじゃない? 自分の“才能”との向き合い方! 責任も大事だけど、“才能”だって自分の一部だし、良いものだって思った方が絶対良いじゃん!」
「……“才能”との向き合い方、か」
毛利さんは、また難しい顔をして考え込み始めてしまった。この学園にいる人はとにかく考えることが好きみたいだ。私なんてちょっとでも難しいことを考えようとしたらすぐに脳がパンクしちゃうのに。今日はお祭りなんだから、何も考えず楽しいことは楽しい! ってはっちゃけちゃえばいいんだよ!
「というわけで、今から私が2人に、何も考えず楽しいことは楽しいとはっちゃける極意を教えてあげましょう」
「なんだ唐突だな。そんなものに極意があるのか?」
「何事にも極め方はあるのです。何も考えず楽しいことは楽しいとはっちゃける極意は、とにかく何も考えず楽しそうな気配を感じたら即行動することです!」
「情報量1倍の極意だ」
「というわけでちょっと寄り道しよう! この1個上の教室に楽しそうなものがある気配! GO!」
「すごいなお前!」
ちょうど通りかかった階段の上から賑やかな声が聞こえてきたのが気になって、私はグラウンドに行こうとする足をひるがえして階段を登り始めた。なんだかんだ言いつつ研前さんも毛利さんもついて来てくれるから優しい。あとは私の勘が正しく働いてくれてることを祈るだけ! 頼むぞ!
1つ上の教室でやっていたのは、“超高校級の弁士”
「ところがどっこい痩せ牛の枝の様に細い腹にゃあちいと革帯が緩すぎる! これじゃいかんと取り出したるは藁の束! これを熊手で牛の腹までスーっと差し込むとォ! ご覧のとおりぴったりはまる! これで船に乗せられるって寸法! あいやお見事お見事!」
「ちょうど途中だ。あれ?」
「スーッと差し込むとお。ご覧のとおりぴったりはまる……」
緑の和服を着た相模さんが、ポニーテールを揺らしながら張扇をバンバン鳴らしながら熱く弁を振るう。それをかぶり付きで見ている姿に見覚えがあると思ったら、望月さんだった。相模さんの言葉を一字一句間違えないようにメモして、自分でもぶつぶつ繰り返している。何やってるんだろう。
「望月さん。なにやってるの」
「む。宿楽風海か。なに、先ほどお前が私の解説が眠たくなると言ったからな。似たような出し物で到底睡眠導入に向かないだろうものを倣うため研究していた」
「ごめんて。いやでも、このしゃべりは望月さんには無理じゃない?」
「何事も試さないことには可否を判断できない」
「授乳中の母豚から子豚を引き剥がしてェ! なんと
「鍵盤代わりに乳首をチョン」
「変なところを真似するな」
「そして何この映像」
いや名作なのはなんとなく知ってるけど言葉にして解説されると意味のわからなさがすごいな。およそ8分間、相模さんは休まず弁を振るい続け、最後に映像が終わると呼吸一つ荒げずにお辞儀をした。ここから次の回まで少し休憩みたいだ。
「すごいね相模さん。相模さんが弁を振るうの初めて見たけど、なんか圧倒されちゃった」
「いよーっ! 研前さん! これはこれは有難う御座います! 何分いよの弁は未熟なれば人前で披露する許しを得た演目も僅かばかり……それでも今日はと新たに許しを得た卸したての新ネタを引っ提げて来た次第! どうか楽しんで頂ければいよは本望です!」
「相模いよ。お前が弁を披露している間、観客に寝られたことはあるか」
「いよっ? なんですかあなたは。失敬な! 如何に未熟と言えど寝られるような弁を振るったことなど、このいよは一度もありません!」
「そうか。それは都合が良い」
「どういうことでしょうか」
「あのね相模さん、この人、望月さんって言って、実は――」
研前さんが相模さんに事情を説明する。望月さんがあまりにもド直球で、しかも説明の足りない聞き方をするから、相模さんが訝しんでる。でも研前さんの説明を聞いて、徐々に顔色が変わって、最後には自分から望月さんの手を握ってきた。
「左様な次第で有りましたか! いやはや心を込めた喋りが満足に伝わらないばかりか寝られてしまうとは、その胸の痛みたるや……先ほどは失礼な言葉を申し訳ありません! いよにできるのはせいぜい喋り方の改善を助言する程度ですが、望月さんの為に出来ることは精一杯させて頂く所存! このいよにお任せあれ!」
「よろしく頼む。今度は寝かせないつもりだ」
「ではまず腹から声を出しましょう! いよーっ!」
「いよーっ」
なんかすごい人とすごい人が悪魔合体しちゃったような気がする。この2人を引き合わせてよかったのかな。
「元はと言えばお前たちが望月のプログラムで寝るからだろう」
「ううん……い、行こうか」
「そうだね」
まあ、2人とも――少なくとも相模さんは楽しそうだからいいか。
3-8
というわけで、私たちは次にグラウンドにやってきた。奉ちゃんと正地さんのマッサージ屋で出会った皆桐さんに誘われていた出展に顔を出すためだ。
一番校舎から離れた広いグラウンドには、これまたどうやって作ったのか、フィールドを埋め尽くすほどたくさんのアスレチックや障害物が設置されていた。そこに向かう通路の正面に、机と椅子を置いただけの簡易的な受付があった。何やら赤い服を着た女の子と黒い服を着た大男が揉めている。
「あんまり聞き分けがないと、
「そう言われましても、分からないものは分からないのでして……困りましたね」
「あれー? 三沢さん、どうしたのこんなところで」
「あら。宿楽さんに毛利さん……それと、そちらは研前 こなたさんね。うふふ、お祭り楽しんでちょうだいね」
「何してるの?」
「ちょうどよかった。お三方、虚戈さんを見かけていませんか?」
「虚戈さん?」
白いモコモコのついた赤い服に、鞭と巾着をお腰に提げた、独自のサンタクローススタイルなのは、“超高校級のサンタクロース”
そしてそんな三沢さんに詰め寄られているのは、全身を黒い服に包んだ禿頭の大男、“超高校級の宣教師”
「虚戈さんがハレンチな格好で学園内を練り歩いているって通報があったの。うふふ、しっかり罰してあげないといけないんだけど、目撃情報が少ないの。だからこうして情報収集をね」
「ハレンチ……? 虚戈さんが……?」
「どうして庵野さんに?」
「彼女、この出し物に参加してるのよ。シフト制だし、連絡手段を持っているはずでしょう? だから教えてほしいと言ってるのだけれど……教えてくれないの」
「虚戈さんは携帯を持たないので連絡手段がないんです。シフトはしっかり伝えてあるので、時間になれば来られると思いますが」
「次の彼女のシフトはいつ?」
「2時間ほど後ですね」
「それならその間に学内を探し回った方が効率いいわね。残念だけど……手掛かりを提供してくれたから、庵野さんは誉めてあげます。パイ食べる?」
「手裏剣みたいで刺さりそうなので結構です」
「なにそのパイおもしろー! 1個ちょうだい!」
「どうぞ」
「やったー! うん、うめえ」
「それじゃあまた来るわね。みんなも虚戈さんを見かけたら情報提供よろしくね」
「はーい。三沢さんもがんばって」
「あの状態の三沢に全く物怖じしないとは……」
「宿楽さんって実は大物なのかも……」
パイうめえパイ! サクサクで甘酸っぱくて何個でもいけそう!
「やれやれ。危うく罰されてしまうところを助けていただきありがとうございます。皆様こちらのアトラクションにご参加ですか?」
「皆桐君に誘われてきたんだけど、どういうアトラクションなのかは聞いてないんだ。押してくれる?」
「ああ、皆桐君の紹介で。ではご説明します。皆さんにしていただくのは“鬼ごっこ”です。今から皆さんはこのフィールドの中に入って、フィールド内を逃げ回る皆桐君を追いかけていただきます。皆さんの中のひとりでも彼にタッチできればクリア。豪華景品を差し上げます。時間内にタッチできない、もしくは鬼が全員脱落した場合はゲームオーバー。その場合も粗品を差し上げます」
「鬼が脱落か。なにか特別なルールがあるようだな。当然と言えば当然だが」
「その通り。皆さんにはこちらの装備一式を装着していただきます」
そう言って庵野君が見せてくれたのは、いわゆる一般的なサポーターやヘルメット、肘や膝を守るプロテクターなどだ。でも、たぶん私以外の二人も、真っ先に目が留まったのは、お腹と背中を守る装備の真っ白さだ。別に装備が白くて何か問題があるわけじゃないけど、その白さはなんだか不自然だ。まるで、これから色を塗ることを想定してあるような――。
庵野君は、ラミネートしたイラスト付きリーフレットを見せてさらに説明してくれた。
「装備するとこのように、お腹と背中に白い面ができます。皆さんは、ここを撃たれないように気をつけながら皆桐君を追いかけてください」
「う、撃たれる? 撃たれるとは……?」
「本館の屋上に
「長島さんの腕は疑ってないけどそれとこれとは別じゃない!?」
「フィールド内は障害物も多いです。それらを駆使して長嶋さんの狙撃を掻い潜り、皆桐君にタッチできるか、というアトラクションになっております」
「皆桐はスプリンターだろう? こんな凹凸の多い場所では奴の全力が出せないのではないか」
「彼は真面目な人です。このアトラクションへの参加が決まってから、パルクールの動画を見て勉強したそうです。そうでなくても素の身体能力の高い彼です。これくらいのハンデがなくてはゲームとして成立しないでしょう」
「それもそっか」
う〜ん、まるでデスゲームだ。つまり、私たちは鬼として皆桐さんを追いかけつつ、長島さんに撃たれないように気をつける必要があると。できる気はしないけど面白そうだ! こんなチャンスないしやろう!
「やるやる! 2人ももちろんやるよね!?」
「わ、私もか!?」
「私は……ちょっと体力的に厳しいかな」
「ところで豪華景品ってなんなの?」
「長島さんがアルバイトをしている中華料理店のコース料理招待券です。ちなみに粗品はポケットティッシュ」
「よし、絶対勝とうねみんな」
「研前ぇ!? どうしたお前!」
研前さんは景品が分かるや否や率先して装備をつけ始めた。こういうところが面白くて好きなんだよなあ。困惑してる毛利さんにも着々と装備をつけていき、3人とも準備が完了した時点で作戦会議をした。
「皆桐君はどこにいるか分からないけど、取りあえず3人でフィールドの両端と真ん中を分担しよう。見つけたらすぐに声を出してアピール。長島さんの狙撃は自分たちで時間を測るしかないから、なんとか頑張って」
「肝心なところがアバウトだな」
「それではゲームスタートです!」
庵野さんがホイッスルを吹く。私たちはすぐにフィールドのあちこちに散らばって皆桐さんを探し始めた。というか、いくらフィールドが広くて複雑に障害物があるとはいえ、縦横無尽に動き回る皆桐さんは割と早い段階で見つかった。見つかりはしたけど、やっぱりそこは“超高校級のスプリンター”、あっという間に見失って、予想だにしない場所とタイミングで再び現れる。
「いたいたいた! 毛利さんそっち行った! 下!」
「下と言われても……むっ! そこか!」
「おっと残念! さすがにまだ捕まるわけにはいかないっす!」
「うわーっ! 跳んだ!」
高いところに登れば障害物の隙間を縫うように駆け抜け、地面に降りて探せば高台から高台へ飛び移って逃れる。フィールド中央の広いスペースじゃ単純に足の速さで敵わないし、狭いところに潜り込めば簡単に見失ってしまう。でもさすがに3対1だからか、何度か惜しい場面はある。それがまたこのゲームをクリアできそうと思わせる絶妙な要因だ。悔しくてあきらめられない。
――と、私と毛利さんが鉢合わせたその真ん中に、皆桐さんが飛び出して来た。これは挟み撃ちだ。
「チャアンス!!」
「いけ宿楽! タッ――」
指先が触れようとした瞬間、その距離は強烈な力に引き離された。
「うっ!?」
お腹を貫くはちゃめちゃな衝撃。顔に飛び散る生暖かい液体の感触。視界が一気に真っ赤になる。お腹が、薔薇が咲いたみたいに真っ赤になっていた。
〈宿楽さん、長島さんの狙撃により脱落です!〉
「ヒューっ! 危機一髪っす!」
「あっ、しまった逃した!」
私の横を皆桐さんが駆け抜けていく。毛利さんは追いかけず、倒れた私に駆け寄ってくれた。ダミーの着色料ってこんな鮮やかな赤だったんかい。っていうか血糊だこれ。怖いよ。
「大丈夫か宿楽! 吹き飛んだぞ!」
「ぐふっ……ゆ、油断した……! わ、私はもう……助からない……! あとを、まか……」
「普通に喋れ」
「はいすんません」
「しかし長島め。背を向けていた私ではなく、敢えて奥にいる宿楽を正面から撃ち抜くとは……挑発のつもりか?」
「くそう、おちょくられてる〜! ゆるさーん!」
「許さんもなにもお前はゲームオーバーだ。早く庵野のところに戻れ」
「うう……毛利さんが優しくない……」
ゲームの邪魔にならないよう、私はさっさとフィールドから退場して庵野さんの元に戻った。庵野さんの手元にはフィールドの上を俯瞰するドローンカメラの映像が映し出されたタブレット端末があって、どこに誰がいるか一目瞭然だ。
「お疲れ様でした。残念でしたね」
「惜しかったんだから! 長島さんの邪魔さえなければいけてたのに!」
「そうですね。手前も思わず見入ってしまいました。宿楽さんと毛利さんでかなり皆桐君の逃走経路を押さえていましたから。ここからは、より厳しい戦いになるでしょう」
「そういえば、研前さんは?」
「彼女はゲーム開始からあまり動いていないですね。未だ皆桐君とも出会ってませんし、迷っているのでしょうか」
「運動得意じゃなさそうだもんね。かわいそうに」
タブレット端末を見ると、フィールドの右半分で皆桐さんと毛利さんが追いかけっこをしている一方。研前さんはフィールドの真ん中より少し左のあたりをうろうろしているのが見えた。長島さんの狙撃を警戒しているのか、常に校舎からは直接見えないような位置どりをしている。慎重になりすぎて上手く動けてないみたいだ。
「いけー毛利さん! やれー! そこだ!」
「そろそろ3分です」
「――ッ!」
手元の時計を見て庵野さんがつぶやく。その瞬間、画面の中にまた赤い華が咲いた。フィールドの右側だ。皆桐さんを探して狙撃への警戒がおろそかになった毛利さんの背中に、鮮やかな赤色が広がっていた。
「毛利さんも脱落ですね。なかなか頑張りましたが、いまいっぽ届かずといったところですか」
「難易度鬼畜すぎない!? こんなのクリアできる人いるの!?」
「皆桐君が逃げ役のときはまだマシな方です。虚戈さんが逃げ役のときは、文字通り縦横無尽に逃げ回りますから。手前も目で追うだけで精一杯です」
「無理ゲーがすぎる……」
しばらくその場に固まっていた毛利さんだけど、ゆっくり動き出して私がいる受付まで戻って来た。撃たれたときって何が起きたか理解するのに時間かかるんだよね。これで残るは研前さんだけだ。狙撃でやられることはないかも知れないけど、でもこのままじゃ時間切れを待つばかりだ。
一方の皆桐さんは、研前さんをまだ見ていないことに気付いたのか、少しさっきより動きが鈍くなった。どこにいるか分からない追手は逃げる側にもプレッシャーがかかる。ここからは、先に相手の姿を捉えた方が有利になる戦いだ。
「すまん宿楽。やられた」
「ナイスファイト! 毛利さんもよく頑張った! あとは研前さんに託そう」
「研前ひとりで皆桐を捕まえられるとは思えないが」
「果たしてそうでしょうか」
「え」
画面の中で動きがあった。研前さんが物陰に身を潜めて一点を見つめている。その視線の先には、まだ研前さんの姿を見つけられずにいる皆桐さんがいた。どうやら研前さんに有利な盤面らしい。気付かれないように、少しずつ距離を詰めていく。まだ皆桐さんは気付かない。
「今は長島との間に遮蔽物があるが、この先は丸見えだ。まずは3分経過するのを待って長島の狙撃をかわすのが優先だろうか」
「しかしそうすると、研前さんの居場所が皆桐君にバレてしまいますね。長島さんは3分経過した時点で引き金を引きます。たとえ弾が何かに阻まれようと、その狙いの先には必ず
「でも遮蔽物の陰にいる研前さんの位置をどうやって……あ、まさか」
そうか。少し不思議だったんだ。いくら長島さんの腕が確かだからって、スコープ越しにこのフィールド上の全てを見ることはできない。狙撃するためには、狙撃する相手がどこにいるかおおよその位置をまず知らなくちゃいけない。遮蔽物が多くて、下手したら全員姿が見えないかも知れない。それなのに正確に撃ち抜けるってことは、鬼の位置を教えてる人がいるんだ。このフィールドの全部を見渡せる
その正体に気付くと、庵野さんは懐からいかついトランシーバーを取り出した。
「ご存知でなかったので? スナイパーにはスポッターという相棒がつきものなのですよ」
「きったねー! それじゃあ最初っから私たちの居場所は全部筒抜けじゃん! 隠れる意味な!」
「高価な景品がかかっているのです。これくらいのことはしてもいいでしょう。さて、そろそろ3分です」
まずい、とタブレット端末を見た。まだ研前さんは機会をうかがっている。早くしないとその位置が、流れ弾で教えられちゃう。庵野さんがトランシーバーで長島さんに呼びかけた。
「長島さん。次のターゲットはポイントF2の岩陰に潜んでいます。どうぞ」
トランシーバーの応答を待つ。研前さんは動かない。皆桐さんが少しずつ前進して、研前さんに近付いていく。応答がない。
「長島さん? 聞こえていますか? どうぞ」
皆桐さんと研前さんの距離がどんどん近付く。あと5メートルくらい。まだ皆桐さんは気付かない。
「長島さん! 3分経過しました! どうしましたか!」
〈うるさいヨ
「なんですって?」
よく分かんないけど、庵野君の様子とトランシーバーから聞こえる甲高い声で、どうやらとんでもないトラブルが起きてるらしいことは分かった。気付かないうちに研前さんと皆桐さんの距離はもう1メートルもない。弾が飛んでこないことを不思議に思っているのか、皆桐さんの注意が本館の方に向いた。研前さんはその一瞬を見逃さなかった。
「あっ――!」
3-9
「うおおおおおおおおおおんっ!! すいません庵野さん! 長島さん! 自分が不甲斐ないばかりに!!」
「
「事故ならば仕方ありません。元からクリアできようもない難易度設定にしていたのですから、神からの『愛』ある罰なのでしょう。いやはや、悪いことはできないものですね」
「無理ゲーな自覚あったんじゃないの」
なんと、研前さんは今日このゲーム初めてのクリア者だった。みんな惜しいところまでは行っても、長島さんの妨害によってあっさり脱落していってしまうのがこのゲームだそうだが、その長島さんが不慮の事故により狙撃不可能になってしまったことで、ゲームの難易度は大きく下がった。加えて研前さんは、ゲーム開始から徹底して存在感を消していたのも見事だった。
「なんかごめんね。でも景品はありがたく受け取るよ」
「うむむ……ま、いっぱい儲けられたから別にいいヨ。またこの後も荒稼ぎさせてもらうからネ」
「懲りないなあ」
「もう『神座祭』も終盤だぞ。あとはステージイベントがいくつかと中庭の売店くらいで、それ以外の出し物が徐々に撤収を始める頃だ。ここも本館から遠い。もう撤収準備を始める頃合いじゃないか?」
「ギリギリまで続けるヨ。それに同じシステムなら普段の学園でもできるアル。そうそう、
「ぞ〜っ」
長島さんが言うとシャレにならないんだよなあ。でも無事にゲームクリアできて、研前さんは満足そうだ。私も毛利さんも結局脱落しちゃったけど、ゲームを楽しむことはできた。それだけでも十分だ。
日が西の空に傾き始めて、なんとなく昼の熟したような頃になってきた。私たちは本館の方に戻って、中庭で軽くおやつを食べながら、ステージイベントを眺めていた。今やってるのは“Mr.Tricky”こと“超高校級のマジシャン”
「このステージが無料で観られるのが、『神座祭』って感じだよね〜。普通だったらチケ代だけで何万するんだろう」
「こういうときに金なんて野暮なことを言うな」
「でも気になるじゃん。映画だっていま2千円くらい出さないと観られないんだよ? このステージでこんな近い席だったら、3万はかたいね」
「鳥木君はともかく、穂谷さんはもっと取りそうだね。プライド高いから」
「『神座祭』では無料で観せてくれるとは、なかなかに懐も深いじゃないか」
「そりゃ鳥木さんと一緒にステージに立てるからだよ」
「なにそれ。関係あるの?」
「え〜? あの2人、付き合ってるってウワサなんだよ。知らないの?」
「そ、そうなの!?」
ステージの上では、次から次に目を疑うようなイリュージョンが繰り広げられている。それと交代して、穂谷さんが伸びやかに高らかに歌を披露する。イリュージョンの間に歌があるのか、歌の間にイリュージョンがあるのか、その2つがあって初めて成り立つステージなんだろう。
そんな贅沢な舞台を前にして、私たちはジュースを飲みながらごく普通の女子高生みたいな会話に花を咲かせている。それがなんだかとても幸せなことのように思えて、この時間がこのまま続けばいいなんて、ありきたりな希望を感じたりして。きっとこの『神座祭』のあちこちで、同じ思いを抱えた人たちがたくさんいるんだろう。
「でもやっぱり、卒業生の人たちを見てても、“超高校級”の人って“超高校級”の人と結婚すること多いよね。やっぱり、ここでの出会いって一生ものになるのかな」
「う、うん……そう、かもしれないね」
「高校生カップルがそのまま成就するというのはなかなかレアケースな気がするがな。希望ヶ峰学園の場合、明確な共通項があるから紐帯がより強いのだろうか……」
「“才能”は“才能”と惹かれ合う、ってこと?」
「そうだぜ! “才能”を持ってる奴はそれだけで他の人間とは少し違う! 希望ヶ峰学園生ともなればなおさらな!」
突然、男の人が私たちの会話に無理やり入って来た。どっかと私の隣に座って、手にはジュースを持っている。大きなリュックサックに逆立った髪の毛、暑苦しい目力が熱気を帯びている。
「え、だれ」
「天まで届く霊峰も七つの海も幻の遺跡も、世界中のありとあらゆる場所を踏破する“超高校級の冒険家”
「なんだお前は。ナンパならよそでやれ」
「つれねえこと言うなって。俺は今日テンション上がってんだ! ちょっとくらい付き合ったっていいじゃねえか!」
「ちょ、ちょっと怖いよこの人……」
「いや話を聞いてほしいんだ。さっき惚れた腫れたの話をしてただろ? 実は俺の惚れた女が、今日はコスプレして練り歩いてるらしくてよ。見てねえか」
「知らないですよそんなの。コスプレしてる人なんて今日はたくさんいるんだから、見つからないんじゃしょうがないでしょ」
「だからよぉ、この年に一度の祭を一人寂しく終えるってのはどうなんだ。可哀想だと思わねえか?」
「しつこいな。人を呼ぶぞ」
「だったら誰でもいいからそばにいてほしいと思うのが人の心ってもんだろ! 人の温もりを恵んでくれよなあ!」
「知らないよ! なんで見ず知らずの人のために私たちが我慢しなきゃいけないんですか! ちょっ……だれかー!」
なんか暑苦しいだけじゃなくて目がガン決まってる感じもする。私たちがその場を離れようとすると、強い力で私の腕を掴んできた。びっくりして振り払おうとしたけど、冒険家? なだけあって全然解けない。すぐに毛利さんがその人を叩いて追い払おうとしたけど、なんだか痛みを感じてないみたいに一心不乱だ。
「なんなんだこいつは! どうなってる!」
「頼むよなあ! これじゃ俺の『神座祭』の思い出が『キモいって言われ続ける一日』で終わっちまうじゃねえか!」
「知るか! 言われてろ!」
「いたたたたっ! 離してよ!」
「こっちです! 早く来て!」
「何してるのあなた!」
一目散にどこかへ行ってしまったと思っていた研前さんが、人を連れて来てくれた。警備員の腕章をつけ、紫色のローブと角帽で全身を覆っている。鋭い形のメガネの奥から見える鋭い眼光を見ると、私が睨まれたわけじゃないのにピッと背筋が伸びた気がする。
「手を離しなさい! あなたの行為は
「なんだお前は! ってそっちも女か! じゃあお前が代わりに俺を慰めてくれんのか? それでもいいぞ!」
「
「おぐっ!?」
迷わず手に持っていた分厚い本の角で頭を殴った。目玉が飛び出るくらいの衝撃で、私を掴んでいた腕はすっぽり外れた。ていうか気絶した。実力行使するときってもうちょっと警告するもんじゃないのかな。
かなり興奮したのか、殴った当人は呼吸を浅くして、しばらく倒れたその人を見ていた。その後、落ち着いたのか、ふうと一呼吸おいて、私たちに向き直った。
「大丈夫、怪我はないかしら」
「うん、ありがとう
「お前がここまでするのは初めて見た。いや、相当危険な奴だったが、まさか気絶させるとは」
「私だってこんなつもりなかったわよ。でもつい……キモすぎて」
「お祭りのテンションに浮かれてナンパをする奴も多いのよ。あなたたちも気をつけなさい。今年は特に多いんだから」
「気をつけろって言われてもねえ。いきなり話しかけて来たんだから」
「まったくもう。みんなもう少し希望ヶ峰学園の生徒っていう自覚を持つべきよ。ナンパだの乱痴気騒ぎだの、今年は特に風紀が乱れてるの。許せないわ」
「なんだか大変そうだな」
「正直、ここでこの人を気絶させちゃったのは悪手だったわ。保健室まで運ばなくちゃいけないもの」
「なんなら手伝うが」
「いいの。こんなときのために生徒会で雇っている人がいるから」
そう言うと、理刈さんは指笛をピュ〜と吹いた。その音を聞きつけたのか、校舎の屋根を伝って何かが飛び移ってくる。なんだなんだと身構えていると、その影は私たちの目の前に飛び降りて来た。
人だ。ボロボロの服にボサボサの髪、そしてなぜかにこにこの笑顔で理刈さんに抱きつこうとして避けられている。腕に巻き付けた警備員の腕章だけが妙に綺麗で目立つ。
「よんだかりかるー?」
「
「な、なんなのこの人……理刈さんの友達?」
「私が警備員の手伝いとして雇った、
「きょうちゃんとやることやったら、さいごにまた食わせてくれるんだ!」
「そ、そう……心強いね」
「んじゃ、さき行ってるぜ。ひょい、と」
「力も強いね」
倒れた男の人を片手で軽々持ち上げて肩に担いだ。そのまま滝山さんは、来た時と同じように建物伝いにぴょんぴょん跳んで保健室の方に消えていった。もう人も少なくなって来たから普通に走っても同じようなものなのに。
「ありがとう理刈さん。助かったよ」
「いいのよ。これが仕事だから。また困ったことがあったらすぐ周りを頼るのよ。もっとも、今日はもう終わりになるけれど」
「手間をかけさせた。理刈もがんばれよ」
理刈さんもまた、保健室の方に去っていった。突然ちょっとしたトラブルが起きてびっくりしたけど、理刈さんたちのおかげですぐに落ち着いた。私たちは、今度は誰かに邪魔されないように、ステージの正面から外れた渡り廊下の陰に移動した。ここからでもステージはちゃんと見えるし、まだ人通りがあるから変な人が来てもすぐに助けを呼べる。
「あ〜、びっくりした。でもよかったよ、研前さんがすぐに理刈さんを呼んできてくれて」
「ひとりだけ逃げちゃったみたいになってなかった?」
「そんなこと気にしてる場合じゃなかったから大丈夫だよ」
ステージは鳥木さんと穂谷さんのショーが終わって、最後の舞台演劇の準備に取り掛かっている。“超高校級の文豪”と“超高校級の語り部”が作る、今年の『神座祭』随一の注目イベントだ。
「やっぱり『神座祭』は濃いね。どうだった? 毛利さん」
「……色々な経験ができた。私が思っていた以上に、やはり希望ヶ峰学園にはたくさんの“才能”が集まっているんだなと感じた」
「そうだねえ」
「色々な出し物も、ああいったステージイベントも、その裏で『神座祭』を運営するために活動している誰かも……みんなが自分にできることを精一杯に発揮して、この大きな祭りを作っているのだと知ることができた。私自身の経験にもなったし、新たなことを知ることもできた。だから――」
ふと横を見た。毛利さんは自分の爪先を眺めていた視線をあげて、私と研前さんを見た。もうその顔に焦りの色はない。晴れやかで清々しくて、少し照れくさそうな、とても毛利さんらしい顔になっていた。
「――楽しかった。2人のおかげだ。ありがとう」
「こちらこそだよ。私だって、宿楽さんに誘われてなかったらきっと途中で自分の部屋に戻ってた。楽しい出展もたくさんあるけど、いつまでもひとりだと、やっぱり寂しいからね」
「う〜ん、そう思うとさっきの人もちょっと可哀想になってきたかも」
研前さんにも感謝されちゃって、照れちゃうなあ。研前さんは研前さんでなんだかんだ楽しんでそうな気はするけど、やっぱり誰かと回った方が楽しいに決まってるよね。
「私だって2人が一緒に来てくれて、すごく楽しかったよ。本当は奉ちゃんと一緒に回る予定だったけど、急なアクシデントのおかげでこんな出会いがあったんだと思ったら、案外悪くないのかもね」
「ふふふ……そうかもしれないな」
日はどんどん暮れて来て、中庭に照明が灯る。舞台演劇は中盤を迎える。よく見ると客席の後ろにカメラのレンズがたくさん並んでいる。ああ、あれが『神座祭』を取材に来たメディアか。テレビカメラがあそこにあると思うとなんだか写り込みを気にしてしまう。どうせ舞台以外はカットされるんだろうから関係ないんだけど……。
「ん?」
そそくさ、とそのカメラの後ろで影が動いたのを見た。あれはなんだ? どうも人目を避けているような気がする。この『神座祭』最後の出し物を前にして、あるいはそれをデコイ代わりにして、暗くなった希望ヶ峰学園を音もなく滑っていくナニかがいる。ここにきて、私はそれに強烈な興味を惹かれた。
このお祭りは、まだ終わりじゃない。そう思って、思わず影を追って飛び出した。研前さんと毛利さんの困惑する声も置き去りにして、校舎の中へ走っていく。