補遺816-Ψ-04
2012年9月██日
キンコンカンコン、と一日の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
環境音と先生の凛とした声に制せられて粛然とした雰囲気だった教室は、終礼後すぐに学生たちのがやがやとした騒めきに呑まれ、休日の街中のような喧噪だ。
超能力者である僕からすると、やれ早く終われだ、やれ眠いだとか、聞いているこちらまで滅入ってしまいそうな鬱々としたテレパシーを休日のデパートの喧噪レベルでされていたのが、今度は実音と合わせて二倍になって聞こえてくるのでうるさいことに変わりない。
クラスメイトが友人と話したり帰りの支度をしているのを尻目に、僕は一人黙々と帰りの支度を済ませて立ち上がった。鞄の紐を肩にかけて、誰かに話しかけられる前にさっさと教室を出る。
普段ならもっとゆっくりと支度するところだが、今日は早々に帰宅したい…いや学校から離れたい理由があった。
理由はもちろん、17時からどうしても見たい番組があるから…ではなく、帰りの会の最中一つの不穏なテレパシーが聴こえてきたからだった。
(この間は時間がなくて斉木とカフェに行けなかったから、きっと斉木はこの私とお茶できなくてひどく落ち込んでいるでしょう。フフ、でも安心して、もう一度私自らお茶に誘ってあげる♡光栄に思いなさい、斉木!)
ご遠慮します。
とまあこのように僕を狙う心の声が聴こえてきてしまったのだ。
声の主は照橋心美。圧倒的美貌で男子から人気を集めている学園の女王だ。彼女は何を血迷ったのかクラスで一番目立たなくて地味な僕に思いを寄せてしまっている。
超能力を隠すためにも目立ちたくない僕からすれば、そこにいるだけで人々から注目を集めてしまう彼女の存在は非常に厄介この上ない。
…うん?不穏なテレパシーは財団のことではないのかだと?何を言っているんだ、そんなわけないだろう。
財団も超常存在も関わるどころか近くにいるだけで面倒ごとに巻き込まれるし、超能力発覚のリスクが高まる。わざわざ彼らに感づかれるようなへまを僕がやらかすわけないだろう。
とにもかくにも、彼女は先日僕と他3人*1とともに秘密基地とジムとラーメンとカフェに行こうとした際に、最後のカフェの時間が遅くなってしまい行くことができなかったことを口実に誘おうとしているようだ。*2
あの出来事から僕は学んだ。長々と学校に残っているから面倒なことになるのだと。
探知できず、時間経過で
ならばどうすればいいか?簡単な話だ、帰りの会が終わったら即座に学校を出ればいい。
同じクラスである以上話しかけられてしまえば避けようがないが…照橋さんに限って言えば、自身の気持ちが周囲にばれないように僕が一人でいる時間を狙うから、この作戦は有効だろう。
そういうことで照橋さん。悪いがカフェは他の人を誘ってくれ。そしてそのまま僕への思いをきれいさっぱり忘れてくれ。
僕は周囲にばれない程度に、気持ち早歩きをしながら1階の靴箱まで歩き始めた。
(あっ、斉木が行ってしまう…私に誘われる前に帰ろうとするなんて運が悪いやつね。でも行かせないわよ、今日こそ絶対にお茶に誘って「おっふ」て言わせてやるんだから!)
そんなテレパシーと同時に、彼女も教室を出たらしい。照橋さんのテレパシーが後ろからついてくる。
誰にも話しかけられない僕と違い、照橋さんは「おっふ!照橋さんさようなら!」とか「お気をつけてお帰りください!!」とか散々話しかけられており、彼女は「うんまた明日。」と笑顔で返事をしているにも関わらず、つかず離れずの距離を保ったまま追ってくる。
(この私から逃げられると思わないことね!斉木くにお!!)
君はハンターか何かか?
…だが、このまま学校から出るのはまずいな。外に出てしまえば照橋さんに注目する人間の数は一気に減り、彼女が僕に話しかける隙を作ってしまう。
いや、そもそも靴箱に着いても靴を履いている間に話しかけられたりしたらエンドだ。
今のうちに彼女をどうにか撒かなければ。
そう思い、向かう方向はそのまま、目的地を1階ではなく人通りの少ない廊下に定めて歩き始める。
照橋さんは1階に行かない僕に疑問を浮かべながらも、ちょうどいいと変わらず追ってくる。
次の曲がり角がくればそこからは完全に周囲の人間がいなくなる。曲がった瞬間にしかけて照橋さんを撒くことにしよう。
彼女も同じことを思ったらしい(その角を曲がったら斉木に話しかけてあげるわ♡)と余裕綽々の笑みを内心浮かべている。
残念だが照橋さん。君の思い通りにはならないぞ。僕は超能力者だからな。
ついに廊下の一番奥、階段に面する曲がり角に到達した。
体を階段の方に向け、彼女の視界から僕の姿が消えたその瞬間。僕は瞬間移動でその場から姿を消した。
*
1階 科学準備室。
電気が消され、黒いカーテンによって日光の遮られている教室は薄暗い。
あらかじめ千里眼で教室内に燃堂含めた人間が誰もいないことを確認してから瞬間移動でやってきた僕は、すぐに照橋さんの方に意識を傾けた。
突如消えてしまった僕に対する驚きで、動揺する彼女の声が聴こえてくる。
(嘘…消えた??まさか、また幻覚だったっていうの?いいえ、そんな筈ない。もしそうなら誰かが斉木の不在を指摘するはずよ。
まさか…まさか私の存在に気付いて逃げた?あの曲がり角を曲がった一瞬で?)
(フフフ、きっと私がすぐ後ろにいることに恥ずかしくなって逃げ出してしまったんでしょう?まったくもう、恥ずかしがりやの困った青春ボーイなんだから。仕方ないから探してあげるわ♡)
そんなテレパシーとともに、照橋さんはフッと自信ありげな笑顔を口元に浮かべると、髪をさらりと横に靡かせながら階段を降りた。
どうやら3階から順番に僕のことを探しに行くらしい。
彼女のテレパシーに意識を傾けるのをやめて、はあとため息を吐く。
やれやれ、やっと撒くことができた。やはり厄介な彼女相手には先手を打つに限る。
3階から2階、1階と捜索していくのはそれなりに時間がかかるだろう。今のうちにこの学校から出て、さっさと帰ってしまえば彼女に誘いをかけられずにやり過ごすことができる。
しかし、油断はできない。靴箱まで近いとはいえ、周囲の男どもはみんな照橋さんの味方だ。時間に比例するかのように配下を増やして僕を追いつめてくる彼女は単体で相手する時でも非常に厄介で危険な存在だ。
それに、彼女は神に愛されているかの如く非常に運がいい。万が一上階捜索中に窓を覗かれでもして、下校するこちらの姿が見えてしまえば、どんな厄介なことが起こるか分からない。
少なくとも学校周辺を離れるまでは決して気を抜いてはいけないだろう。
そう思い、周囲のテレパシーに気を配りながら科学準備室からでようと扉に手をかけたその時、視界の端を何かが走り抜けた。
?なんだ…?
薄暗い視界の中、その正体を探るべく僕は足元を見た。見てしまった。
光に反射してこげ茶色に色づく黒い色。小さく平べったい体躯。六本の足。そして2本の長い触覚。
無感情に触覚をゆらゆらと揺らすそれは…それは、僕の足の、すぐそばにいた。
瞬間的に力が膨れ上がる。暴発した瞬間移動によって、僕は科学準備室から姿を消した。
***
“それで、収容は出来たのですか?”
“いいえ、博士。残念ながら。”
“……セキュリティ映像を見せてくれますか?”
***
アメリカ ████████州 砂漠地帯
四方八方を砂漠に囲まれたその場所に瞬間移動で現れた僕は、そのまま3秒ほど何をするわけでも考えるわけでもなく固まっていた。
それから詰めていた息をゆっくりと吐き出し、空を仰ぎ見た。
ゴキブリガイタ。
ゴキブリ目ゴキブリ科ゴキブリ属、クロゴキブリ。
無数かつ強力な超能力を持ち、基本的に苦手とするものなんて僕が唯一苦手…いや、弱点とするもの。
『斉木楠雄のΨ難』を読んでいる読者ならば知っているだろうが、僕は虫が苦手だ。まず見た目が気持ち悪いし、小さすぎてテレパシーを拾えず行動を予測できないし、本当に見た目が気持ち悪い。
手袋越しどころか超能力越しでも触りたくない。
瞬間移動する際は移動先に千里眼やテレパシーを飛ばして人間やらその他の存在がいないか確認してから飛ぶようにしている僕が、その制御をできず暴発して適当な場所に飛んでしまうぐらいには苦手だ。
それの所為で何度かいろんな団体に観測されかけているので、なんとか制御しようとはしているが…見ての通りうまくいっていない。
本当に僕の前に現れるのをやめてほしい。
空を見つめていた僕は、首を横に振って逃避しようとする意識を現実に向けた。とにかく今は現状をなんとかしなければ。
適当な瞬間移動でここにやってきてしまったわけだが、万が一ここにどこぞの団体やら連合やら財団やらがいたら情報抹消の為にとんでもなく奔走させられる羽目になる。
無意識に人がいる場所は避けて移動できたのだろうか。
見渡す限り荒れた砂漠に覆われた大地には人影一つもない。風だけが少量の砂を巻き上げながらヒュウと音を立てている。
少なくとも周囲200mには何のテレパシーも入ってこないことからも、周辺には本当に誰一人いないことがわかる。
では衛星の映像はどうかというと、先ほど空を見た時に位置を確認したところ、タイミングのよいことに全く別の地点を飛んでいることが分かった。
これなら新聞やテレビで突如人が現れた、だなんて怪奇現象のように取り沙汰されることはないだろう。表社会側は大丈夫そうだ。
次は裏社会側の確認だ。
テレパシーの範囲を半径100㎞まで広げ、一つ一つのテレパシーの位置と内容を細かく拾い上げていく。
足先からは微弱な電撃を波打つように放ち、地中の深いところ、浅いところに機械類がないか確認をする。
更に『千里眼』でG〇ogleマップのごとく高高度から僕のいる辺り周辺を見下ろした。
【千里眼】
視たことのある人、もの、場所をその場にいなくても視ることができる。発動時はより目になる。
どうやら何者にも観測はされていないが…面倒なものがこちらに近づいてきているな。
僕は千里眼を解除すると、9時方向を見た。
今僕が見ている範囲内にはまだ何もいないが…地平線の向こう側、およそ10km先からとんでもない速さでこちらに向かってくる1つの白い人影とそれを上空から追うオスプレイがいることを、僕は超能力で知った。
拡大させたテレパシーが彼らの心の声を拾う。
(現在の移動方向は西、クソ!また車を吹っ飛ばしやがった!!ここで目標を少しでも長く止めなければ…!)
(ああああああ殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)
上から順に、オスプレイを操縦する人間と地上を疾走している白い人影の心の声だ。
どうやら人影は普通の人間ではないらしい。異常に伸びた手足や痩せ細った白い体躯は、千里眼から視ても通常の人間のようには思えない。
そして何より、速度が人間が出せる限界をあまりにも超過していた。僕の正面200m先を通過するように3時方向に向けて時速約250kmで手足を振り乱しながら走っている。
新幹線と並走できる速さだ。そんな速度で走れる人間なんて間違いなく能力者か人外だろう。
そしてそんな超常存在を追いかける奴らもまた普通の人間であるはずがない。お察しの通りオスプレイに乗っているのは財団職員である。
前述の白いやつは彼らが封じ込めを行っていた存在らしい。再び封じ込めを行うためだろう、進行先の3時方向と、12時方向と6時方向から財団と思わしき人間の心の声が聴こえる。
9時方向から超常存在とそれを追う財団、12時には財団、3時にも財団、6時にも財団。
つまり…東西南北を財団に完全に囲まれて、東からやってくる超常存在と財団の追いかけっこの真っただ中に僕はやってきてしまったらしい。
四面楚歌じゃないか。
やれやれ。全く、最悪なタイミングで最悪な場所に移動してきてしまった。
自然と表情が険しくなる。
瞬間移動で今すぐにでもこの場を去りたいが、この超能力には3分間のインターバルが必要だ。移動可能になるまで何もせず待っていれば、あと3分も経たずにここを通る彼らにあっさりと見つかってしまう。
こんな砂漠地帯の中心に日本人が、しかも学生が、上靴のまま一人で立っているのはあまりにも不自然すぎる。
瞬間移動で逃げられないならば物理的にこの場を離れたいが、そういうわけにもいかない。
当然だが上空に逃げるのは駄目だ。いきなり砂漠のど真ん中から何かの存在が跳び上がったとなれば、例え別の存在を追っている最中であっても間違いなく観測される。
東西南北それぞれの財団の距離はまちまちで、最も遠いのは3時方向、西側だが…西は東からくる奴らの行先である。そんなことしたら飛んで火に入る夏の虫だ。
では12時方向、北はどうかというと…こちらはどこかの報道局のレポーターらしき声とそれを引き留める財団職員のテレパシーが聴こえてくる。テレビがいる以上近づけない。
6時方向、南側は、10km先に集落があり、そこで交通制限をしているようだった。車の往来がそれなりにあるようなのでこちらも近づけない。
逃げ場がない以上、ここに留まるくらいしか選択肢がないわけだが…更に悪いことに、遮蔽物がない砂漠地帯であるせいで隠れ場所もない。
走ったりすれば足跡も残ってしまうため、これのせいで僕がとれる穏便な手段は限られてしまう。だいぶ詰んでる状況だな。
となると、やはりこれしかないか。
木を隠すなら森の中。超能力を隠すなら超能力を使うだけだ。
そう思い、僕はここにやってきた直後から密かに発動準備をしていた『透明人間』を発動させた。
【透明人間】
斉木の姿を見えなくする能力。透過するまで1分間かかる。他人に触られると解除される他、透過から10分経つと自動で解除されてしまう。
こうして透明になっていれば誰にも見られることはないだろう。
透明人間化中はサイコキネシスや瞬間移動などのほとんどの能力が使用できなくなるが、見つからない以上、能力が必要になることもない。
僕は逃げることもせず、腕を組みながら彼らがここにやってきて、そのまま過ぎ去るのを待つことにした。
この時の選択を、後悔することになるとも知らずに…。
1分後、地平線の彼方からオスプレイが見え、それから後に何か白いものがこちらにやってくる姿が見えてきた。
ちなみに見る高さによって変わるが、身長170㎝の人間の場合地平線はその人物が立つ場所から約4km地点らしい。存外近い。
することもないため、千里眼では視ていなかった白い奴の顔を何気なく見て、うわ、と密かに眉を顰めた。
白い奴の顔は白目をむきながら『ムンクの叫び』の叫んでる顔をそのまま人間にしたかのように顎が大きく開かれていた。
ふむ、分かりやすいように今後から彼のことは『ムンク』と呼ぶことにしよう。
通常の何倍も開かれた口の下には、どこから流れたのか分からないが血が首から胸部にかけて大量に付着している。
しかも、
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!」
と息継ぎすることもなく、ここに来るまでの間ずっと絶叫しながら走っており、痩せ細りすぎて骨と皮だけになっている肉体と合わさって、ホラーゲームに出てくる敵さながらの雰囲気を醸し出している。
なんとなく、『バイオ〇ザード』とかに出てきそうだ。まあ、有名すぎるホラーゲームのため、テレパシーによるネタバレの関係で僕は一度も遊んだことはないが。
そんなことを考えながらムンクと財団の追いかけっこをボーっと眺めていた、その時だった。
いままで進行方向をまっすぐ見つめるばかりだったムンクの顔の向きが、少し動いて僕の方角を向いた。
??なんだ?
僕は彼の動きに合わせて後ろを振り向いてみたが、特に先ほどと何の変化もない。
再びムンクの方を向くと、彼はついに僕から1km程の距離にやってきていた。
長い手足を振り乱しながら、その真っ白な体躯を正面から僕に晒しながら。
…?なんでこっちにきてるんだ?
いつの間にか、西の遥か彼方に向けられていたムンクの殺意のテレパシーは一直線に僕に向けられている。え?なんで??
僕が困惑している間にも、ムンクは大地を勢いよく蹴りつけながら僕に向かってくる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!」
(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅうううう!!!!!!)
そして、僕の目の前までやってきたムンクは、絶叫と共に鋭く長い爪が生えた右腕を天高く掲げ、僕の顔に向けて伸ばしてきた。
っ!?
左足を引き、半身になって寸でのところでその右腕を躱す。
時速250kmで走り勢いそのままに攻撃したせいで、僕の目の前を通り過ぎそうになっているムンクの顔が、透明なはずの僕の顔を見た。
目と目が合う。
こいつ、僕が見えてるのか!?!?
確信と、次の行動に移るのはほぼ同時だった。
ムンクが右足を前に踏み込み、体の向きを反転させるその直前。
僕は右足を軸にしてくるりと体を後ろに向けると、
ズダン!
素の身体能力をもって人間を遥かに超過した速度で砂漠を駆け出した。
***
(目標の移動方向が変化した、南南西に向けて移動中。この方角の次の街は…クソ!10km先だ!市民を避難させなきゃみんなコイツの顔を見て殺されちまう。)
なるほど、こいつは顔を見たら襲い掛かってくるのか。それもう少し早く聴きたかったな。
オスプレイに乗り込む財団職員のテレパシーが、彼の情報を伝えてくる。
時すでに遅し。完全に目をつけられて追われている僕は、顔だけを後ろに向けて彼の様子を見た。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!」
(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!)
透明化を何らかの方法で無効化しているのか。ムンクは見えないはずの僕の位置を正確に把握しているようで、凄まじい殺気をピンポイントで僕にあてながら先ほど砂漠を走っていた時と同じ速度で追いかけてくる。
ムンクが何故顔を見た人間を追いかけるのかは、彼のテレパシーに含まれている感情からすぐに分かった。
どうやら、顔を見られたのがとんでもなく恥ずかしかったらしい。彼のテレパシーには羞恥と殺意の感情が同じ比率で乗っている。
まあ、確かに特異な顔をしているので恥ずかしがる気持ちも分からんでもないが、それなら走ってる時も顔を隠して欲しいものである。
僕が見てしまったのは不可抗力だ。
僕はムンクとオスプレイを見るために後ろに向けていた顔を正面に向けた。
こうして逃げることになってしまった以上、なるべく痕跡を残さないようにしなければいけない。
その為に僕はいま、つま先立ちになりながら、重心の移動をしやすいように殺人的な鋭角の前傾姿勢でほとんど倒れるように走っている。
走りにくいことこの上ないが、足跡そのまま残して足の大きさから年齢やら人種、果ては学校まで特定されるような事態になるよりはましだ。
(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!)
ムンクの叫びが先ほどよりも近くなってきた。
先ほどまで一切の疲れを見せずに等速で追いかけてきた彼は、ここにきて徐々に速度をあげて、本気で僕を殺しに来ている。
僕もその速度変化に合わせて足を早めながら思考を回した。
既に透明人間になってから3分が過ぎようとしている。残り継続時間は7分。
それまでにこいつらをどうにか撒くか、隙をついてこの砂漠から逃れられなければ。
もうこの際、何かがいたことを気取られる程度なら構わない。僕に繋がるような痕跡がなければいい。
少し本気を出すとしよう。
僕は次の右足が地面につく瞬間、地面が割れてしまわないように力を拡散させながら、砂を蹴って加速した。
ズドン!
という音とともに、今までゆっくりと流れていた景色が視界の端に残像を残しながら急激に後ろへと滑り始める。
現在僕は時速600km。リニア新幹線と同じくらいだ。
いきなり加速し、しかも距離がどんどんと開いていくからだろうか。
殺すと唱える一辺倒だったムンクの心の声が別の言葉で埋まる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!」
(許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない!!!!)
ムンクの絶叫は、心の声を重ねるごとに大きくなっていく。
彼の中の羞恥と殺意が頂点に達した。
まさにその瞬間。
ー!!!?
次の右足で大地を踏みしめた直後、ムンクは恐るべき加速力で一瞬で時速700kmに到達し僕との距離をつめてくる。
な!!?この速度についてこれるのか!!!
さっきまで250km/hで走っていたのはなんだったのか。長い脚を駆使して飛ぶように砂漠を駆ける白いムンクに、こめかみから冷や汗がたらりと流れる。
言い忘れていたが…別に僕はこいつのことを怖がって逃げたわけじゃない。ムンクの攻撃を食らったところで僕は傷一つつかないだろうし、なんなら超能力など使わなくても素の身体能力でねじ伏せれる自信がある。
さすがに時速700kmで追ってくることには驚いたが、それだけだ。
こいつに攻撃されることの問題はただ一つ、『透明人間』の超能力が解除されてしまうことだ。
まあ、解除されたとしても財団の電子機器を超能力で改ざんすることも記憶を消すこともわけないことだが、そういった乱暴な手段は極力とりたくない。
まして彼らが封じている超常存在達に関わってその特性を書き換えてしまったり、僕の改ざん行為によって勘違いや間違いが発生するような事態はなるべく避けたい。
僕は彼らに『不干渉』でいたいだけで、『邪魔』をしたいわけじゃないのだ。
…いまこの状況が邪魔をしていると言われたら、全くもってその通りである。返す言葉もない。
とにかく、これ以上被害を拡大させないためにも、絶対に捕まるわけにはいかない!
再び加速するために、右足に力をこめようとしたその時。
(っ!目標が加速、このままじゃ街についちまう…!ロケット弾を2発使用する!!)
上空から攻撃を示唆するテレパシーが聞こえてきた。
爆弾はまずい。
別に僕に当たったところで何ともないが、僕と違って僕が身に纏っている服には耐性がない。いくら超能力で強化していようとも、さすがに爆弾の直撃を食らって破れないほどの耐久性は持たせていない。そこまで強いと逆に不自然だからな。
万が一当たった場合、僕は全裸で学校に戻る羽目になる。それは嫌だ。
ムンクに追いつかれないよう、速度を700km/hにあげつつ、攻撃のタイミングを窺う。
(3,2,1,ファイア)
そのテレパシーが聞こえてきた瞬間、僕は進路を90度曲げて横方向に走り出した。
横向きになったことでオスプレイとムンクの動きがよく見える。
ムンクは突然の僕の方向転換に合わせて足を若干滑らせながらも円を描くようにして僕を追う。
オスプレイから発射されたロケット弾は進路変更を終えたムンクのちょうど後ろを通過し、ドン!という大きな爆発音を立てながら周囲の砂を巻き上げ、小さな積乱雲のような雲を作った。
爆風のすぐそばにいたムンクは勢いよく地面に体を叩きつけ時速700kmから減速しながら2,3度前転し、再び両足を大地につけたかと思うと、先ほどの減速を取り戻すかのように更に加速し始めた。
「ア゛ッア゛ツア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!」
前転によって途切れ途切れになった声も再び元のように羞恥と怒りをにじませた声音に戻る。
(!目標が着弾の直前に右横方向に回避した!!アレにはそんなことをする特性があったのか?)
上空からの驚愕を含んだテレパシーが聞こえてくる。
それは僕が回避したからこその行動なのだが、姿が見えないせいで勘違いさせてしまったようだ。本当に申し訳ない。
だが姿を現すわけにもいかない。
そうこうしている間に透明人間の残り継続時間は5分間。
そろそろ本気で彼らを振り切らなければ面倒なことになる。
僕は正面をまっすぐ向いたまま、視線と意識を後方に向けた。
ムンクの方は変わらず僕とほとんど同じ速度で、片方が加速すれば片方も加速することでつかず離れずの距離を保っている。
オスプレイの方は最高速である565km/hでは僕たちに追いつくことができず、引き離され、ずいぶん離れた上空にいる。
上空にいる彼らの視界は僕たちよりも遥かに広いが、このまま速度をあげていけばそのうち彼らの視界から離れられるかもしれない。
そう考え、僕が更に足の回転を早めようとした、その時だった。
(うわ、なんだあの白いやつ??)
テレパシーに含まれる感情からして明らかに財団とは雰囲気の異なる、緊張感のないテレパシーが前方から聞こえてきた。
いつの間にここまで近くに来ていたのだろう、白い軽トラを道路端にとめながら運転席から僕たちの方を見ている一人の男がいた。
しまった!後ろに意識を集中しすぎて前の方の状況を見ていなかった!
せめて巻き込まないようにと、進路を斜めにとり、軽トラから大きく離れた横を通り過ぎようとする。
焦る僕の脳内に、財団職員の話していたムンクの特性の言葉が思い起こされる。
『(市民を避難させなきゃみんなコイツの顔を見て殺されちまう。)』
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!」
(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!)
軽トラの男は、ムンクの顔を見てしまったらしい。
ムンクはクルリと進路を男の方に変更すると、大きく開いていた距離を砂埃をあげながら猛然と駆け、男に飛びかかった。
まずい!!
かかとから足先まで、足全体で地面を踏みしめる。足跡のことを気にしている余裕はない。
踏み込んだ足を軸に体をクルリと回転させ、一息に軽トラとの距離を詰める。
0.01秒
ムンクと軽トラが衝突し、車体の右側が大きく破損しながら浮き上がる。割れた窓ガラスをものともせず、ムンクは軽トラを引き裂かんと両手を伸ばした。
させるか!
僕は浮いた車体の下に体を縮こませながらスライディングで滑り込んだ。
ザザザ、と制服の背を砂で汚しながら、大地と車の間に生まれた僅か20cmにも満たない隙間にもぐりこむ。
あらゆる財団の観測機器の死角に入った瞬間、
『透明人間、解除』
フッと自身の周囲を覆っていた超能力の幕が消え、僕は現実に実体を現した。
0.02秒
左手をそっと地面に添える。極限まで引き延ばされた意識の中、指先にこすられた砂原の一部が大地から離れる前に、力を開放する。
『サイコキネシス』
指先から地面の奥深くに一瞬で染み込んだ力が、半径2m範囲の土を掘り起こすように掬いあげる。
ゆっくりと巻き上がる砂塵の中、僕は死角に自身の体を入れ続けるように位置を調整しながらその時を待った。
0.1秒
ムンクが伸ばした両手は、車のフロントピラーとBピラー*3をガシリとつかみ、車のフロント部分と側面を別けるかのように引き裂いた。
「ぅ う ぁ あ ぁ あ ぁ あ ぁ あ ぁ あ ぁ あ ! ! ! !」
条理を超えた恐ろしい光景に運転手は徐々に、眉を顰め、青ざめ、口を開き、身を縮こませ、悲鳴をあげ始めた。
超能力で巻き上げられた砂は勢力を拡大しながら膨れ上がり、ムンクや運転手を半分まで覆い隠している。
まだ、あと少し。
0.2秒
「ぁ あ ぁ あ ぁ あ ぁ あ ぁ あ ぁ あ ぁ あ ! ! ! !」
ピラーを握り潰さんばかりにもっていたムンクは、手を開き、その鋭く細長い腕を運転手に向けて伸ばした。
自身の死を予感したらしい。運転手の人生の走馬灯がテレパシーを通して僕の脳内を駆け巡る。
幼少期、青年期、そして今の思い出。彼の家族や友人たちの顔が、彼が抱いた暖かな親愛と幸福な感情とともに流れ込んでくる。
0.3秒
「ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ア゛! ! ! ! !」
ムンクの指先が、運転手の顔に届く、その刹那。
ついに砂塵は僕とムンクと裂けた車の全てを覆い、隠した。
この時を待っていた。
『アポート!』*4
運転手に狙いを定めて力を解放する。近くの集落から生命を有している有機物・無機物以外の物を適当に引き寄せた。
ムンクの手が鼻先数cmまで迫り、人生を後悔するばかりだった運転手は、次の瞬間金髪と鮮やかな口紅が目を引くマリ〇ンモン〇ーのブリキ看板に姿を変え、
バキッ!!
とムンクによって顔のすぐ横を打ちぬかれた。
0.4秒
財団の視界からはずれた今が、この場から離れる最後のチャンスだ。
地面にこすり砂を巻き上げたままだった左手に、再び超能力を込める。
ムンクが邪魔な車体を蹴り飛ばさんと片足を後ろに振りかぶっているのを透視ごしに視ながら、僕たちが走ってきた半径数kmを指定して力を発動させる。
『復元』
辺りを覆い隠し、衝撃とともに膨らむばかりだった砂の粒子達は、一瞬ピタリと動きをとめ、一日前の自身の居場所に戻らんと動き始めた。
僕はその様子を見ることなく、1フレームも置かずにすぐさま次の超能力を使った。
『瞬間移動』
ムンクの叫びを耳にしながら、僕は非日常がひしめく砂漠地帯から姿を消した。
***
高度40000m 宇宙
緑の大地と雲の白が、美しい瑠璃色の海にまるで絵具によって垂らされたかのようなまだら模様を描いている。
物理的にもテレパシーでも騒がしかった砂漠とは打って変わって、宇宙空間は静寂に包まれており、乱れた精神を落ち着かせてくれる。
輪郭を青く輝かせている地球の外縁を眺めながら、僕は詰めていた息を吐きながら体にこもっていた力をゆっくりと抜いた。
やれやれ、やっと撒くことができた。
短いようで長い追いかけっこだった。普段常人に合わせて時速25km*5程度で走ることが多い僕にとっては、ここまでスピードを出したのは久しぶりだった為、全く本気ではないとはいえ少々気疲れしてしまった。
それに、今日はこの数分間だけでも瞬間移動、透明人間、サイコキネシスなど複数の超能力を連続して使用したこともあって余計に疲れている気がする。
僕の超能力はほとんど無限に近いほど力があるが、人である以上、どんなに小さな力でも使えば疲れる。
僕は砂ぼこりで汚れてしまった眼鏡を一度外すと、超能力で砂を動かして汚れを落とした。
眼鏡をかけたあと目を閉じて、そのまま2,3度深呼吸をしてから、再び目を開ける。
高ぶっていた精神がだいぶ落ち着いてきた。
さて。気持ちも落ち着いたし、ムンクも財団も撒いたし、正直今すぐにでも家に帰って休みたいところだが、そういう訳にもいかない。
先ほどまで僕を追いかけていたムンクをどうにかしなければ。
何度でも言うが、僕の財団に対する基本的なスタンスは『不干渉』。彼らが僕を捕えようとするならもちろん抵抗させてもらうが、彼らが超常存在を捕まえようとすることを邪魔することはなるべくしない。
邪魔はしないようにしたいのだが…今回の場合、僕は既にあのムンクに完全に命を狙われている。
このまま放置して戻ったところで、財団が僕の日常を担保してくれるのかというと、最初の様子を見る限り、はっきり言って無理だろう。
それに、僕が来る前からムンクが砂漠を走っていたことから、僕よりも前に彼の顔を見てしまった人物があの砂漠の向こう側にいるんだろう。
誰かが死ぬと分かってて放置するのは目覚めが悪い。
財団には悪いが、今回は手を出させてもらおう。
ひとまずムンクの様子を見るためにも、千里眼を発動させる。
青い地球を映していた視界が、一瞬で先ほどの砂漠に切り替わった。
ムンクは真っ二つに引きちぎれた車の前に変わらず立っていた。片手にはマリ〇ンモン〇ーの看板をまるで壁ドンのように突き刺したまま、首を90度曲げ雲がまだらに浮かぶ青い空を見上げている。
何を見ているのだろうか?テレパシーを聴いている限り今まで理性と呼ばれるような意思を感じることが一度もなかったムンクのことだ。
本能に即した行動なのだろうが…ん?
いや…これは…僕の方を見ているのか?
ムンクの見上げる直線状、雲も大気圏も突き抜けて辿っていくと、僕の居場所にたどり着く。
こんなに離れていても把握することができるとは…驚くべき察知能力だ。
数瞬の間僕を見ていたムンクは、絶叫しながら膝を曲げ、腰を深く深く、徐々に落としていく。何をするつもりだろうか?
まるで力士が立ち合いをするときのような、何か大きく力をためこむような…
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!」
瞬間、
ズドン!!
という破壊音とともに、ムンクは砂塵を巻き上げながら大地を勢いよく蹴りだして、空に向かって大きく跳び上がった。
なっ!?
頭からつま先にまで真っすぐ伸ばし、空気抵抗を最小限に抑えながら空に向かって昇る姿は、さながらロケットようだ。
自身の顔を見た人物を殺すために宇宙まで跳び上がろうとするなんて、どれだけ自分の顔を見られないことに執着しているんだ!?
そんなことする前に、本当に、自分で自分の顔を隠してくれ。
1000m、2000m、3000m、とムンクは見る間に高度をあげていく。
(!?も、目標が…目標が跳んでる!繰り返す!目標が跳んだ!!)
(とん…?ビッグ・ブラザー、もう少し詳細に状況を説明しろ。)
(そのままだ!目標が空に向かって跳び上がった!いま、オスプレイの横を通り過ぎた!どこに行くつもりなんだ!?)
オスプレイの財団職員と通信しているらしい財団職員のテレパシーが聴こえる。
彼らが混乱している間にも、ムンクはどんどんと高度をあげていき、ついに大気圏を突破して、この宇宙空間にやってきた。
僕を追って。
千里眼をやめると、青い地球の模様の中でムンクの顔だけが小さいながらもはっきりと僕の視認できる距離に浮かんでいる。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
鳴り響いていたムンクの叫びは真空によって阻まれて、音の形をなしていない。
ムンクはそれでも片手にブリキ看板の美女を侍らせながらひたすらに手足を振り回して僕を殺さんと向かおうとする。
手足を振ることで生まれる行き場のない運動エネルギーが彼の体を縦横様々な方向に振り回して、彼は走り続ける動作のまま前転し、僕の方向とは全く違う方に向かって宇宙を泳ぎながら、それでも僕を殺さんと走る。
ー…………。
ムンクは走る。
僕に殺意を向けて。
僕の方を向いて。
くるくる前転しながら。
全く逆側の火星の方向に向かいながら。
ーー…………。
ムンクが徐々に小さくなっていく。
声にならない叫びをあげながら。
僕の方を向いて。
宇宙を滑りながら。
3分後。
小さくなるムンクの顔を暫くの間見ていた僕は、うんと頷いた。
…帰るか。
手の出しようがない。
確認するのも面倒で、最低限千里眼で教室に誰もいないことだけ確認すると、僕は瞬間移動で学校に戻った。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
ムンクの叫びだけが、この広い宇宙に音もなく響き渡った。
***
私立PK学園 1階 廊下
(もう、斉木ったらちょっと逃げすぎよ!いくら私が優しくてかわいい完璧な美少女だからって、いくらなんでもそこまで逃げなくてもいいじゃない!)
ここ数分、学校中を3階から2階まで一つ一つの教室を隅から隅まで探し回っていた照橋心美は、ずいぶんと生徒の少なくなった構内で誰の目も気にすることなく、ぷくりと顔を膨らませた。おっふ、すごくかわいい。
360度どこから見ても誰から見ても宇宙一美しいと称される計算つくされたにも関わらず自然の美しさ神々しさ輝かしさを放つかわいいだけじゃなく優しい完璧な美少女の怒った顔である。
それなりに長い時間探しているが…その間どこの店に行こうか、どんな店の雰囲気が自身をより美しく完璧に引き出せるか考えていたので、精神的には対して疲れてはいない。
しかし肉体的な疲労は別で、疲れによって引き出されるストレスが、隠れた斉木へのいらだちと、いつまでたっても斉木を隠し続ける神に対する怒りに変わるのを感じる。
(こうなったらぜっっったい斉木と一緒にお茶をして、入店までに30おっふ、お茶の間に50おっふ、帰り道で100おっふさせるんだから!)
決意を新たに1階の廊下に足を踏み入れる。タン、タン、タンと規則正しい足音が廊下に響き渡った。歩く姿も美しい。
360度どこから見ても誰から見ても宇宙一美しいと称される計算つくされたにも関わらず自然の美しさ神々しさ輝かしさを放つかわいいだけじゃなく優しい完璧な美少女の歩く姿である。
そして、一番手前にある教室…科学室の前にやってきた。
科学室は誰もいないらしく、しまっている扉越しに見える景色は薄暗い。
でも斉木楠雄は照橋心美からすると地味で暗くて何考えてるかちょっと分からない人物なので、こういう意味わかんない場所に潜んでてもおかしくなさそうだった。
照橋心美は桜色の艶やかな美しい爪が生え揃った、色白で柔らかであらゆる黄金比が整った手をそっと扉に添えると…ちなみにこの手も360度どこから見ても誰から見ても宇宙一美しいと称される計算つくされたにも関わらず自然の(以下略)…がらりと横に引いた。
廊下から入る光源によって僅かに教室内が照らされ、中の様子が見える。
果たして探し人は、その中にいた。
「あっ!斉木君いた~!」
ようやく見つかった斉木楠雄の姿に、照橋心美は喜色を隠さず笑顔で彼に駆け寄った。
360度どこから見ても(以下略)
「もう、すっごく探したんだよ!この間結局お茶に行けなかったから、よかったらなんだけど、今日一緒に行けたらいいな~って思って。」
先手必勝。
逃げられてたまるかと照橋心美はここまで一息に言ってから、ふと、あれ?と首を傾げた。
360度(以下略)
「斉木君…どうしてそんなに砂まみれなの?」
斉木楠雄は、どこか疲れ果てたような…死んだ目で照橋心美を見た後、そのままゆっくりと首を横に振った。
*****
事案096-1-A
〈記録開始〉
ビデオインタビュー記録 096-1-B
ダン博士:SCP-096が途中で移動方向を変え…更に攻撃を回避した後、地球の大気圏外に移動しただって??
質問者:ええ、博士。機動部隊タウ-1とER-Aが確認しています。その後の観測によってSCP-096の現在地も判明しました。[データ削除済み]の[データ削除済み]に時速[データ削除済み]で太陽系の外側に向かって移動しています。
ダン博士:少し待ってくれ。
[ダン博士は額に手を当てる。数分後、再び顔をあげる。]
ダン博士:何があったんだ。なぜSCP-096はそんな行動をした。
質問者:それは我々が貴方に質問したいことの一つでした。
〈記録終了〉
ーーー
〈記録開始〉
████観測 SCRAMBLEギア越しのカメラ映像
[天体望遠鏡の映像はSCP-096が地球に向かって走る動作を行っている様子をはっきり映している。]
█████博士:方角[データ削除済み]、距離[データ削除済み]m…この距離じゃ民間の望遠鏡でも見えてしまうんじゃないか。
██博士:SCP-096の向きからSCP-096-1の居場所を少しでも割り出せないか?
█████博士:計測器を…
[数分間、映像を解析する機械音が聞こえる。]
██博士:SCP-096の正面は平均して5秒ごとに別の場所を示している。ほとんど地球全域に向かってSCP-096は移動し続けている。
█████博士:SCP-096-1は…現在複数いる…。
〈記録終了〉
ーーー
報道番組”CNN”から没収した096-1-Dの映像記録
・・・
・・
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ビデオインタビュー記録096-1-A
・・・
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O5聴聞会の音声記録
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SCP-096の早期確保、収容の為、プロジェクト096”ハイドアンドシーク”が結成されました。
SCP-096終了処分申請はプロジェクト完了まで停止されます。
“……酷い話だ博士。君の計画は何一つ上手くいかなかった。”
*****
「あなた。倉庫の整理は終わったの?」
赤ん坊を抱いて優しくゆすりながら、妻は愛しい夫に声をかけた。
「ああ、少し時間がかかったけど。ずいぶんと綺麗になったよ。」
倉庫から出てきた夫は眩しいものを見るかのように目を細めて、それから微笑んだ。
右手に倉庫から取り出した一枚の写真を手に、ゆっくりと妻の元に向かった。
「あら、何の写真かしら。」
「これは、10年以上も前に雪山で登山をした時に撮った写真さ。ほら、前に話しただろう?」
「ああ、あの時の。こんな景色だったのね、きっととても楽しかったのでしょう。」
夫が話してくれた雪山の話を思い出し…その時の話を語ってくれた夫のまるで子どものような純粋なキラキラとした目を思い出して、妻はクスリと微笑んだ。
そして夫から写真を受け取ると、わが子にも見えるように写真の角度を調整した。
写真には、白く標高の高い雪山を背景に、中央左側で夫が満面の笑みで映っている。
夫は妻の肩を抱き寄せながら、ともに写真を見て、それからわが子の頬を撫でた。
「いつか、この子が大きくなったら、みんなで山登りに行こう。」
「ああ素敵、約束よ。貴方の登った、あの山に登るの。」
「ああ、約束だ。」
夫婦はそういって微笑みあうと、唇を重ね合わせた。
それから二人してわが子に目を向けると、同時にチュッと音を立てながらその頬にキスを送った。
父と母の無償の愛に身を包まれながら、赤子はおしゃぶりを片手に二人に手をのばして、キャアと嬉しそうに笑った。