The Witch Of Wish   作:びーびー

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「着いたー」

 

 ゆっくりと街を覆うゲートをくぐる不知火のコックピットブロックの中でたまった疲れを吹き飛ばすように体を伸ばしながらリンが叫ぶ。

 とはいえ陸上戦艦不知火の居住性は、そこまで悪いものではない。

 艦の制御の大半をハルが担うことにより、人員を削減しており、通常よりも一人一人の居住スペースが広くとられている。

 ただいつ魔物に襲われてもおかしくない外と比べてやはり街の中の方が精神的には気が楽になるのだろう。

 

「当機はエンカラに到着しました。これよりAstroErectronicsエンカラ工場に向かいます。よろしいですか、ユート」

 

 「・・・あぁ」

 

 ソフィアと出会ってから3日が経過しており、一行はあの場所から最寄りの街、エンカラに到着していた。

 ナージャのあの意味深な言葉は何だったんだろうかというほどあっさりとエンカラについて拍子抜けなのは間違いないが、それでも無事にエンカラについたことにほっと息をつく。

 エンカラは南ユーロン地域に位置する工業地域であり、軌道エレベーターも設置されており各企業の工場が多数存在している。

 もちろんAstroErectronicsも工場が開設されており、ユートたちもエンカラを拠点として新兵器のテストやAstroErectronicsから落ちてくる依頼をこなす日々を過ごしていた。

 ゲートをくぐりしばらくすると街で広大な敷地を持つAstroErectronicsのエンカラ工場が見えてくる。

 軌道エレベーターの直近に位置し、エンカラでも一番広い敷地を持つそれは  AstroErectronicsの力というものを周囲に示すように存在していた。

 

 「入場申請、社員コードTP1096。ユート・ナルカミ」

 

 「了解、少々お待ちください。・・・確認しました。お疲れさまでした、ユート様。第三ドックへどうぞ」

 

 「わかった。リン、いいな」

 

 「おっけー、ちなみにソフィアちゃんはどうするの?」

 

 「いったん保留だな。ここでもう一度ナージャに確認する」

 

 AIの指示に従いドッグに向かいながらリンとユートはソフィアの処遇について話し合う。。

 以前通信した時のナージャの最後の態度から街についたからハイさよならというわけにもいかずエンカラ工場まで連れてきてはいるが、彼女の処遇についてはいまだ未定となっていた。

 

 「どうやらすぐに相談できそうですよ」

 

 「ん・・・?」

 

 ハルの声にメインモニターに目を向けると、三番ドッグに見知った顔が笑顔で手を振っていた。

 

 「あれー?ナージャじゃーん。久しぶりだねー」

 

 「久しぶりにあなたたちの顔を見ようと思ってね」

 

 外部マイク越しのリンの声に笑顔で答えるナージャ。

 しかし彼女は腐ってもAstroErectronics本部開発局のチーフエンジニア。

 のこのこ地球に降りてくるほど暇なわけがない。

 

 「ハル、どう思う」

 

 「ソフィア、ですか」

 

 「だろうな。しかしナージャが地球に降りてくるレベルか」

 

 ユートに対する普段の言動等から誤解されがちではあるが、ナージャは地球圏でもトップクラスの大企業AstroErectronicsの本社の中でも重要なクラスにある開発部のトップである。

 正直な話、権力といった面ではそんじょそこらの政治家連中よりよっぽど強い力を持つ彼女が、呼ぶのではなく、わざわざ彼女に会いに地球に降りてきたと考えれば、ソフィアはユートが考える以上に重要人物なのだろう。

 

 「そういうことだからお客様を応接室までご案内してね、ユート」

 

 「了解したよ、ナージャ」

 

 ハルとの話が聞こえていたのか、笑顔をより深くしているナージャに呻くように返すユートを尻目にリンはソフィアを呼んでくるとコックピットブロックを出ていく。

 

 「ドッグ、入渠完了。エンジン停止。タラップ接続まで5秒。4、3、2、1……タ

ラップ接続完了。ハッチロック、解除」

 

 疲れたように椅子にもたれかかるユートの代わりにハルは入渠プロセスを淡々とこなしていく。

 

 「お兄ちゃん、ソフィアちゃん準備できてるよ」

 

 「あぁ、今行く。ハル、あとは任せる」

 

 「わかりました。ご武運を」

 

 「いや、戦いに行くわけじゃないんだけどな」

 

 そう言いながらユートは傍らのヘッドセットを手に取り、耳にかけるように装着する。

これは片耳に着けるイヤホン型でモノクル型のディスプレイでハルのサポートを受けることもできる優れものだった。

 ハルと強度の高い秘匿回線でつながっており、不知火を離れるときは基本ハルはこの ヘッドセットを通してユートたちをサポートしていた。

 そんなヘッドセットがハルとつながっていることを確認してユートは重い足取りでコックピットを後にする。

 出入口ハッチの前ではリンとソフィアが今か今かと待ち構えていた。

 

 「お兄ちゃん早く!ナージャが待ってるよ」

 

 「説明が先だろうが……」

 

 先走るリンにため息をこぼし、ソフィアに向き直る。

 3日ほどほぼ部屋から出られない軟禁状態であったはずだが、ソフィアは疲れの色も、不満も見せずにユートに笑みを浮かべる。

 

 「ソフィア嬢、俺の上司が会いたいと言ってるんだが、一緒に来てもらえるか」

 

 「ありがとうございます、ユートさん。お礼も言いたいですし、私からもお願いします。ぜひ会わせてください」

 

 「そういってくれると助かるよ」

 

 そういってソフィアに背を向け、ハッチを操作し、開放する。

 ハッチが解放されると、入渠ドッグ特有の工業用オイルなどが入り混じった臭いと作業員たちが怒鳴り会うように指示を出す声が飛び込んでくる。

 ユートたちにとっては慣れ親しんだ、しかし普通の人間にとっては五月蠅いと感じるであろうそれをソフィアは楽しむかのようにユートに続いて不知火の外に歩き出す。

 

 「五月蠅くて済まないが、ついてきてくれ」

 

 「はい。よろしくお願いいたします」

 

 タラップを渡り、応接室までの道すがら、ここ数日でずいぶん仲良くなったリンがソフィアにじゃれつくように話しかける。

 

 「ナージャはソフィアちゃんに何の用なんだろうね?ソフィアちゃんわかる?」

 

 「まぁ、おおむねは」

 

 「本当に!?なになに、なんなの?」

 

 「リン、あまりソフィア嬢を困らせるな。……ついたぞ」

 

 リンをたしなめるように注意をしたところで三人は応接室まで到着する。

先ほどまでいた工場ブロックまでとは違い、応接室付近は静寂に包まれている。

 

 「入るぞ」

 

 「どうぞ」

 

 ユートが声をかけて、応接室に入るとそこには普段見ないようなスーツをかっちりと着こなしたナージャが待っていた。

 

 「ナージャ、お客様をお連れしたぞ」

 

 「ありがとうユート」

 

 そう言ってナージャはソフィアににこりと笑いかける。

 

 「初めまして。AstroErectronics本部開発局チーフエンジニアを務めています、ナージャ・テイラーと申します。どうぞナージャとお呼びください」

 

 そう言いながらソフィアに握手を求めるナージャ。

 そんなナージャに答えるように、一歩応接室内に入ってソフィアは握手に応じる。

 

 「初めまして、ナージャさん。ソフィアと言います。今日はお招きいただきありがとうございます」

 

 「とんでもありません。私どもの方こそあなたに会えて大変うれしく思っています」

 

 普段のユートたちに対する態度とは異なり、企業人ナージャの皮をかぶった彼女の姿に目を丸くするリン。

 彼女はナージャの弟子に近い存在だが、あくまで技術屋としての弟子であったので、こういった姿を見ることがなかったのだ。

 

 「お兄ちゃん、あれ、本当にナージャ?」

 

 「あぁ。まぁナージャも真面目にやるときはちゃんとするのさ」

 

 「は~。なるほどね~」

 

 ユートとリンがそんな会話をしているうちにナージャはソフィアに席を進め、自分はその対面の席に腰を下ろす。

 

 「失礼します」

 

 そう言って綺麗な所作で腰を下ろすソフィア。

 そしてなぜか彼女の隣に腰を下ろすリン。

 

 「リン……」

 

 当のリンはよくわからない顔をしているが、上司の客の隣に座るという明らかなマナー違反にユートはあたまを抱えたくなるも客の前だからと自制する。

 そもそも彼女は俗にいう天才であるが、そのせいなのか自身の興味があること以外の知識が致命的に抜けており、社会人としてのマナーといったことはその最たるものであった。

 

 「このままで構いませんよ」

 

 あきれるユートを尻目にソフィアはリンに微笑む。

 エンカラまでの数日間で何かとソフィアのもとに通っていたこともあり、リンとソフィアはかなり仲良くなっていた。

 とはいえ普通ならソフィアがいいといってもそのままでいいということもないのだが、この場の責任者であるナージャもソフィアがいいのならばと簡単に許可を出す。

 

 「あら、ソフィアさんとだいぶ仲良くなったのね、リン」

 

 「うん。同年代の子と仲良くなるなんて初めてだよ!」

 

 普通の子供なら学校に通って、友達を作ってというものなのだろうが、リンはそうでなかった。

 とある理由により両親を失った彼女は学校には行かず、ナージャの下で働く兄の近くにいることを望んだ。

 その過程で彼女はナージャに弟子入りをして、その有り余る才能を発揮し、若干10歳でAstroErectronicsの技術者として働き始めていた。

 リンの境遇に責任の一端を感じるユートはそれ以上何も言わず黙ってナージャの背後に立つ。

 それぞれが配置についたことを確認してナージャは話始める。

 

 「改めて、ようこそいらっしゃいましたソフィアさん。大まかな話はこちらのユートから聞きました。大変だったようですね」

 

 「いえ。ユートさんたちに助けていただいたのでそこまで大変というわけではありませんでした」

 

 「それは……ユートたちが役に立ったようで何よりです」

 

 話は和やかな雰囲気から始まった。

 会談の主役二人は慣れた様子で会話を続けているが、リンは早々に飽きたらしく暇そうに足をぶらつかせている。

 

 「さて……」

 

 しばらくすると前置きは終わったらしく、ナージャは話を本題へと進めていく。

 

 「行先はポイントゼロと聞きましたが……」

 

 「はい」

 

 「そこに何があるかわかっているのですか?」

 

 「……はい」

 

 ポイントゼロ。

 そこはマナ発祥の地とされている。

 あらゆる観測データがそこに隕石が落ちたとしていて、実際マナの発生源とされているWISHが繁殖したが、それを運んできたとされている隕石はかけらの一つも見つからなかった。

 何かがあるとされていて、何も見つからなかった場所。

 ソフィアはそこに何かあるという。

 

 「あなたが何を知っているのか。それはわかりませんが、もしあなたが我々の想像して

 いる通りの方なら我々はあなたの行動に干渉すべきではないと考えています」

 

 意味ありげに語るナージャの言葉に、ソフィアはあからさまにほっとした様子を見せる。

 我々、とはAstroErectronicsのことだろうか。

 それならばAstroErectronicsが干渉を控えるというソフィアはいったい何者なのだろうか。

 そんなことをナージャの後ろでつらつらと考えている間に話は進んでいく。

 

 「しかし、全員がそう思っているわけではないのもまた事実です」

 

 そう言いながらナージャは足を組みなおし、背もたれにもたれるようにしながら両手を広げる。

 

 「囲い込みたがっているところもあり、早くいなくなってほしいところもある」

 

 「……はい」

 

 ナージャの言葉に神妙に頷くソフィア。

 普通ならば一人の少女に対する言葉としては大げさなほどのそれは、しかしナージャの表情が嘘ではないと語っていた。

 普通の少女ならばナージャの語る内容、彼女の表情で委縮してしまうだろうが、そんな中でも背筋を伸ばし、胸を張りナージャの言葉に答えるソフィアという少女は華奢な外見 とは裏腹にやはりナージャにそこまで言わせる存在なのだろう。

 そんなソフィアを測るように見ながらナージャはさらに口を開く。

 

 「……以前マークスという国が調査のためポイントゼロを占領しようとした際に、彼の

国の軍は魔物により大損害を受けたことがありました」

 

 それはこの世界の歴史の話。

 今から50年ほど前の人類史に残る惨劇の歴史。

 

 「被害はそれだけではなく、なぜかその事件を機に世界中の魔物が人類に敵対的になり、我々人類は多くの居住地を失い……多くの人類が地球から追い出されました」

 この時、都市部以外の辺境に住んでいた人類はその多くが命を落とした。

 人類は魔物を止めることができず居住可能地域の多くを失いながらも都市部などに防備 を集中させ最後の一線は守り切った。

 そしてその後、都市部に押し寄せた難民を当時実験的だった宇宙に居住空間アイランドへと移住させることにより危機的状況を乗り切ったのだった。

 人類はこの一連の騒動で人口の5分の1を失うこととなり、人々はこの忌まわしき記憶にビーストショックと名をつけ、二度と同じことが起きないようにポイントゼロの周囲に 封鎖線を作り、監視を行っていた。

 

 「我々にとってポイントゼロは、一種の禁忌なのです。あそこに近づけばまた同じようなことが起きるのではないかと我々は恐れている」

 

 「……ポイントゼロにあなた方の考えるような危険はありません」

 

 「何か確信があるのですね?」

 

 ナージャの確認に頷くことでソフィアは答える。

 ソフィアだけが知る何かが、彼女に確信を抱かせているのだろう。

 それだけの強さを瞳に宿しソフィアはまっすぐとナージャを見据えていた。

 

 「……」

 

 沈黙が室内を支配する。

 それからどれくらい経っただろうか。

 少なくない時間が流れたがその沈黙を破ってナージャがゆっくりと話し始める。

 

 「……お話は分かりました。ソフィアさんのお話が真実かどうかは今この場ではわかり ませんが私はあなたのことを信じたいと考えています」

 

 ナージャの言葉にソフィアの隣に座っていたリンは顔を輝かせる。

対してソフィアはナージャの言葉の続きを待って表情を硬くしたままだった。

 

 「ただ先ほども言いましたが、わが社だけでもあなたを囲い込みたがったり、出て行って欲しがっている者たちもいます。もちろんわが社以外もまたしかり、でしょう」

 

 淡々とソフィアに諭すように話しかけていたナージャはそこで一度言葉を区切る。彼女の言う通りソフィアの旅には多くの困難が待ち受けていることだろう。

 AstroErectronicsの別派閥。他社の人間。軍の人間。魔物。

 軽く考えただけでもこれだけ挙げることができる。

 ポイントゼロへの道のりは距離以上に遠く、険しくなることは間違いない。

 それでも、どれだけナージャから諭されようとソフィアの瞳から強い光が失われることはなかった。

 

 「お考えは変わりませんか?」

 

 「はい。私がやらなければならないことなんです」

 

 短いながらに強い意志がこもった言葉を聞きナージャは軽くため息をつく。

 そのため息はナージャの降参の証だったのかもしれない。

 再度の沈黙の後、ナージャは気分を切り替えるように胸の前で一つ手を打ち鳴らす。

 

「お話は、わかりました」

 

 そして一拍おいて、ナージャは先ほどまでの室内の空気をぶち壊すように軽妙なトーンで話始める。

 

 「そんなあなたに今!我がAstroElectronics社が自信を持ってオススメできるのがこの二人!」

 

 そんな言葉と友に後ろに立つユートを指さす。

 

 「要人警護から各種調査。危険の排除までなんでもござれ。我が社のトップエース、ユート・ナルカミ!」

 

 そして、とソフィアの隣に座るリンに人差し指を突き付ける。

 

 「天は人に二物を与えたのかと言われるAstroErectronicsの天才科学者ナージャ!の一番弟子として天才の名を欲しいままにするスーパーメカニック、リン・ナルカミ!」

 

 突然のトーンチェンジにあっけにとられるソフィアたちを尻目にナージャのプレゼンは続く。

 

 「さらにさらにさらに、道中の快適な移動手段としてAstroErectronicsの技術の粋を詰め込んだ傑作機、不知火型水陸両用機動空母ネームシップである不知火までついてくる!こんなお得なプランは10年、いや100年に一度あるかないか!いかがでしょうかお客様!」

 

 そんな言葉とともにどこから用意したのかわからない契約書を差し出すナージャ。

 なんだかんだ言ってはいたが、こんなものを用意しているということは結局ナージャとしては初めから契約を交わすつもりだったのだろう。

 そこに思い至ったユートの視線は自然とジト目となり、反比例するかのようにリンの瞳は輝きを増していく。

 ソフィアもそこに思い至ったのか苦笑いしながら契約書に目を通す。

そこに書かれているのは、ユートとリンが護衛としてポイントゼロまで同道するということ。

 AstroErectronicsは補給などの面で全面的に協力するということ。

 などを筆頭に細かいところではルート選定などの決定権はユートにあるといった指揮権の所在なども書かれているが、基本的に常識的なことしか書かれておらず、ソフィアに十分配慮されたものになっていた。

 

 「わかりました。ちなみにお代はいくらになりますか?」

 

 「お高いんでしょ?という声もありますが!このプランに今ならなんと歴史に名を残すこと間違いないナージャお手製の、家計簿からクルーの体調管理、車体制御から果ては射撃管制までこなすPerfectAIハルをお付けして!」

 

 ここまで一息で言い切り、ナージャはソフィアの傍らにあるツインビーにちらりと目を向ける。

 そして今までにまして大根役者と言えるレベルの棒読みでの三流芝居が始まる。

 

 「技術提供とかなー、お得だよなー」

 

 そう言いながらソフィアの席の横に置かれたツインビーにわざとらしくちらちらと視線を送る。

 あまりの棒演技にリンとユートはそろって目を覆う。

 天は二物を与えたかもしれないが、三物は与えなかったらしい。

 当事者のソフィアはあまりのわざとらしさに苦笑いを浮かべながらペンを手に取る。

 あきれ返る二人を尻目に室内にペンを走らせる音が響き、しばらくしてナージャとリンの歓声が響くことになるのはすぐのことだった。

 

 

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