アニメドラゴンボールZ85話のカニが最強だったとする。 作:鵺崎ミル
「油断したなぁ!! 俺は弟とは違うと言ったろう!! この星ごと、消えてなくなれえええええ!!!」
「だああああああああああ!!!」
ある日の事。地球では、
超サイヤ人に弟のフリーザを殺されたと思い込み、一族の最強を証明する為に地球へ飛来したクウラ*1。宇宙最強を自負する彼は、理不尽なことにあの場では観客だったはずの悟空達を散々に甚振った。そして別に覚醒してなかった悟空を追い詰めた結果、彼は本当に超サイヤ人になってしまった。
「うぐおおおおおおおおおおおおっっ!!!!?」
やがて戦いは決着する。
クウラが星ごと消し去るつもりで放った必殺の超エネルギー弾、スーパーノヴァ。悟空はそれを伝家の宝刀かめはめ波で押し返し、クウラごと太陽まで届かせる偉業を成し遂げる。結果クウラは己の甘さを呪いながら焼却される末路を迎えたのだった。
しかし、彼等は幸運だった。
彼等が戦っていたのは自然地帯であり、湖があった。
そこに、あのカニさんは住んでいなかったのである。
◇
フリーザを半ば一方的に仕留めた恐るべきカニは、ナメック星のドラゴンボールが叶えし
この星はパラダイスだ。
いや、実際のところカニに人間的思考回路も知性も備わっていない為、このカニに人間的感性と知識を当て嵌めるならばという擬人化解釈に過ぎない。だが、カニに高い知性があれば狂喜乱舞していたことに間違いはないだろう。
豊富な栄養、快適な環境、無数にいる同族らしき存在*2……地球はカニにとって理想の住処だった。
とりあえず繁殖期なのもあり、近縁種たちでカニは動物的本能に従った。ナメック星では異性に会うことすら無かった事を思えば喜ばしい話だ。
不思議なことに、地球のカニ達と混ざり生まれた子孫は、稚ガニまで育った段階でそこそこの戦闘力を有していた。最強の血が地球の血により幾許か受け継がれた証明であり、ヤバすぎる交雑種が誕生した瞬間である。
大きい捕食者に狙われると色を金色に変え、シュインシュインと音を立てて威嚇するカニの子孫達は、やがて漁師の間で『黄金ガニ』*3と呼ばれるようになるのだった。
カニが子孫繁栄と生物環境破壊を満喫している間にも時は駆け足で過ぎ去っていく。
クウラが焼け残った脳だけで太陽の重力圏脱出という奇跡を成し遂げている頃、メカフリーザとコルド大王が地球侵略を開始した。いくら探しても怨敵がいなかった旧ナメック星をヤケクソ気味に消滅させ、八つ当たりのように地球へ降り立ったメカフリーザ。粛清という名の鬱憤晴らしに来た彼は、未来から来た
ともかく、好ましい願いを受け取った神龍は機嫌良く願いを叶えた。ヤードラット星で修行するという道筋と、星まで1往復分のワープがサービスで用意されたのだ*4。
運命の軌道修正に忙しいが、これによりカニがやらかした結末は無事近い正史へ帰ってきた。
一部地域にて機関銃も通じないカニが大量発生する問題が表面化しつつある頃、悟空達は新たな戦いに身を投じる事となった。エイジ767の頃である。
何度目かの繁殖期を終え、新たな生息域を探すべく再び単独大移動を開始したカニは、海水になんなく適応して大洋へ躍り出ていた。魚を喰らい、魚竜を喰らい、海底にいる同族と戯れたりしつつ、ある群島海域に辿り着くと、そこを縄張りとして安穏と過ごしていた。
今、その住処はない。何故か急に島が次々と爆破消滅していったのである。完全体になりたいセルが18号欲しさに絶賛破壊活動を行っているからだが、そんなのカニが知るわけもない。それなりに苦労して整えた岩盤の家は塵となり、海水と混ざって消えてしまった。
嘆く間もなく*5、カニは激しい海流に飲まれていく。島が次々と消え去る異常事態、余波で荒れ狂って当然だった。
だが、カニは最強である。遊泳に適さぬ構造だろうと、ゴリ押せるだけのパワーがあった。海流に揉まれ、時間こそかかったが、やがて唯一残った島へと辿り着く。地殻変動のような地響きや衝撃音こそしているが、少なくともこの島は爆散していなかった。カニに感情があればほっと一息ついていたことだろう。
また荒波に呑まれてはたまらない。そういった生物的本能で岸壁をよじ登る。
そしてカニは見たのだ。艶々した複眼で。
「さあ、これで終わりだ。ベジータ」
地面にめり込み倒れ伏すベジータと、それを見下ろし右手を向ける完全体セルの姿を。
サイデリックな風景が甲羅を走り抜けたような衝撃だった。
一般的にカニは、動物の脳にあたる部分は容量として小さい。しかし学習や記憶能力がないわけではなく、学習訓練を積んだカニは意外と学習成果を発揮した研究結果が出てきている。このカニも知性自体はそこらのカニと大差ない。だが、このカニは学習と記憶は優れていた。『最強』に繋がるからである。
そう、カニはナメック星での戦いを覚えていた。あの食べ損ねた餌を。食事の妨害どころか縄張りごと破壊してきて命すら狙ってきた敵を。
かつての餌が目の前に転がり、加えて
生物の本能が許せるはずもなかった。
少しずつ速度を上げながらカニは走る。邪魔な石を跳ね除け、段差を飛び越え、間合に入る。
セルの視界の端に映った時はもう遅かった。
結果、トランクスが動く前にセルの右腕は弾け飛んだのである。
◇
「は?」
今まさにトドメを刺そうとした右腕が紫の血を撒き散らしながら飛んでいく様子を、セルは茫然とした表情で追っていた。そして気づく、上空にいる存在が凄まじい気を宿していることに。
「なんだあれは……! トランクス……!!?」
印象が違い過ぎて一瞬わからなかったが、上空にいる超サイヤ人はトランクスだ。
父の危機を前に、強大な力を発揮させ、まだ気も入れてないのに己の腕を千切ったのだろう。セルの優秀な頭脳は現状の答えを導き出す。
理解できないのはトランクスの顔だ。
何故、己より困惑した表情を浮かべているのか。
(そういえば腕が千切れる直前、何かが近づいていた。赤い閃光にみえたあれはトランクスの気弾ではなかった?)
結論を撤回し、真実を導き出そうとするセルだが、それはあまりにも致命的な隙だった。
「ぐあっ!?」
顔面を砕かれそうな勢いで何かがぶつかり、セルの身体は大きく吹き飛ばされる。再生できる肉体故だろうか。フリーザであればもっと早く気が付き肉体が動いたであろう。
吹き飛ばされるというのは無防備を晒すに等しい。追撃を受ければまずいとセルは吹き飛びながらも再生を急ぐ。今の一撃で視界を奪われていた為、まず頭を。続いて右腕をずるりと戻す。強引に身体を空に留め、真の敵へと全意識を優先した。
再生した視界は今度こそ犯人を捉えていた。
己の拳より一回り程大きい、カニである*7。ベジータの前に立ち、怒りを示すように両鋏を掲げて威嚇していた。
「……!!?」
セルは強い困惑を覚えていた。
信じられない、ありえない、あってはならないと理性が訴えかけると同時に本能が叫んでいる。
あれだ。あいつだ。許さない。奴こそオレに殺されなければならない存在だ。
発信源は己の根源だ。自身を構成する
「ぎっ!!」
セルは本能に従った。いまだ理性は困惑と疑問の処理に追われているのだが、カニが襲ってくる以上、それを優先していい状況ではないのだから。
カニへ振るわれる剛腕。今やフリーザなど歯牙にもかけぬ程強くなったはずのベジータを一撃で昏倒せしめた攻撃だ。完璧な頭脳はカニの回避も読んでいる。直撃した。大地が割れ、島が大きく揺らぐ。
「ちっ!?」
セルの拳から鮮血が舞う。カニはセルの認識を上回るほどに頑強だった。拳の衝撃は大地へ流し、カウンター気味に切り裂いたのだ。いくら再生できるとはいえセルにも痛覚はある。
それ故に生じる僅かな硬直と反射。カニは決して見逃さない。
「!!」
足を溜め、セルの拳が反射的に引かれるのに合わせて跳ねる。
セルからすればたまったものではない。引いた拳からカニが顔面目掛けて襲いかかってきたのだから。
「うおっ!?」
必死に首を曲げ、ギリギリ回避する。もし当たっていれば首を落とされていたかもしれない一撃だった。カニのサイズからしてあり得ないはずだが、実際先程は右腕が弾け飛び、顔面も打たれ視界を奪われているのだ。カニの実績が、セルの認識は正しい事を証明している。
再び飛びかかってきたカニの鋏と、気を纏わせたセルの左拳がぶつかり合う。
再度、拳が出血するが流石に織り込み済みだ。ぶつかった衝撃で一瞬静止したカニの肉体を、右足で思い切り蹴りあげる。多少強引な連撃だが、セルからすれば造作もない技だ。
「消えてろ下等生物!!!」
上空に舞うカニ目掛け、気弾を叩き込む。直撃の爆炎があがるが、セルは続けて気弾を撃ち続けた。爆発はどんどん空へ高く高くあがっていく。セルは気づいた。ただの1つも突き抜け宇宙へ消えていない。すべて
「!!!!」
やがて1発が弾かれ、赤い閃光と化したカニがセル目掛けて突進する。セルは気づいていた。だから助かったと言える。回避行動がギリギリ間に合い、カニの一撃はセルの両足と島の地盤が砕かれるだけに終わった。
「ぐっ……おのれぇ……!!」
我が身に喝を入れて再生し、立ち上がるも表情は険しいものだ。あれだけの攻撃を受け、あれだけの攻撃をしたカニの甲殻は煤1つついていないのだから。なんかぶくぶく泡出してるが、威嚇のポーズに衰えはみられない。
「良い気になるなよカニめ……」
睨むセルに対して返答はない。泡が弾ける音がするだけだ。
あまりに虚しい返しにセルもため息をつきたくなったが、最強の意地で抑え込む。ため息の代わりに、地球全体が震えるほどの力を解放する。カニ相手に。
「ではみせてやるぞ……! このセルの恐ろしい真のパワーを……!!」
天空の神殿から監視していたピッコロが膝をつきそうになる絶対的パワーを前にしても、カニは動じない。本能が生存逃走を主張しないならば、縄張りと餌を奪う敵は殺すという己の習性に従うのみである。
「くっくっく……ずあっ!!!」
紅き甲殻類と緑の甲殻をつけた人造人間が衝突した。
◇
「? ……???」
一方、上空ではトランクスが完全に置いてけぼりのまま固まっていた。彼からすれば訳がわからない事態である。父の代わりに戦おうとしたら甲殻類に出番を奪われているのだから。
「ああ……あいつは……!!」
クリリンはガタガタと震えていた。あのカニを知っているようだった。なんでいるんだよ、とか、地球終わるかも、とかぶつぶつ呟いていたが、はっとしたようにトランクスへ顔を向けた。
「トランクス」
「あっはい」
「すぐベジータ連れて逃げよう。急がないとベジータの奴今度こそ食われちまうぞ」
「えぇ……?」
どういうことだと聞きたいトランクス。
今度こそってなに? あんなのがいたって母さんから聞いたことないんですけど? というかクリリンさんは今のセルよりカニの方を怖がっているのはなんで?
次々疑問が生まれ積みあがっていくが、激しい打撃音と気のぶつかり合いで我に返る。確かにこれは逃げるべきだろう。トランクスは全てを呑み込み、父の身体を抱えて離れることにした。カニに目視されてなかったのは幸いだった。見られていればセルより優先して襲われていたかもしれない。
◇
セルとカニがぶつかり合うたび、世界が揺れるように大気が弾ける。凄まじい打撃音のバトゥカーダは、空を裂き、島を砕き、海を抉り割っていく。戦いながらセルはふと思った。理性が本能をようやく上回り、思考力が返ってきた彼の思うことはただ1つ。
私はこんなのと戦う為に作られたわけじゃないはずだ。
最強である証明を示すのは良い。恐怖に歪む人類を楽しむのも良い。孫悟空抹殺指令も生きる理由としては無駄ではない。
しかし無駄に強い甲殻類と殺し合っている現状はまるで納得がいかなかった。今からでもトランクスと選手交代してほしい。切実に。
「なんでカニごときが私の攻撃をこうも防げる! お前はいったい何なんだ!」
何せ相手はカニである。
セルがいくら話しかけても、カニは何も答えてくれない。結果、カニに襲われながら、カニに話しかけてる人造人間とかいう悲しい構図が完成する。石川啄木も詩に残さぬだろう悪夢的ジョークであった。
あの天才ドクターゲロが発想し、業務を引き継いだコンピュータが素材を集め研究を進め、長い年月を重ねてようやく誕生した最強の人造人間。数十万の人類を吸い殺し、17号と18号を吸収してついに至った完全体が今のセルだ。
それがこの有様だ。意味不明に空を蹴り、意味不明に切断能力が極めて高い鋏を振り回し、理不尽な程に硬いカニ1匹と互角!
パワー、スピード、技、頭脳、精神力……全てにおいて完全な存在になると教えてくれたじゃないかコンピュータ!! そう嘆くも、この時代のコンピュータはとっくに破壊されて回答はない。
「ずあっ!!」
超連続の打撃で撹乱、回避の選択肢を奪ってからの渾身のダブルスレッジハンマー。直撃し、カニは大地へ叩きつけられる。空中戦はセルが制したと言って良いだろう。カニ相手に空中で勝つなど何の自慢にもならないが。
「ぐぅっ!?」
そんなセルの身体を気弾が撃ち抜く。
犯人はカニだ。憎らしい事に全くダメージを受けた様子を見せず、あの小さな鋏から巨大な気弾を次々と放っている。最初の意趣返しとでも言わんばかりに構図が逆転していた。だがセルとてそんな無様は許容できない。コンピュータが言ってくれた高い精神力という名の意地と気合で気弾をいなし、躱し、弾き、受け流し続ける。
「ええい、しつこいぞ!!」
だが一向にカニの攻撃は止まない。少しずつ、だが決して無視できないダメージが蓄積されていくことをセルは自覚した。地上にいるアレをまるで大砲や機関銃のように錯覚したが、カニは別に変形などしていない。むしろ変形して見た目に説得力を持たせてほしいまであったが、セルの願いなど聞いてくれるはずもなかった。
ともかくこのままではまずい。カニのグミ撃ちはまったく終わりが見えないのだ。冷静に、あの驚異的下等生物を攻略しなければ。
歯を食いしばり余裕のない表情を晒す中で、ふと気づく。カニは強さこそ異常の極みであり、今も無法行為に勤しんでいるが、それでもあれはカニなのだ。達人向けのフェイントこそ知能の差で意味をなさないが、単純な連撃やカウンターが直撃という形で通用することはわかっている。
「……太陽拳!! *8」
セルを起点に激しい光量が放たれ、戦場を白く染め上げる。
カニの動体視力は極めて高いが、視力は悪い。上空にいる此方を的確に攻撃している事からそこらのカニよりはずっと視力は高いのだろうし、何かしら気を察知している節はある。が、重要なのは基本視覚情報に頼っているということと、武道家ではないということだ。
「やはりな!!」
セルの期待通り、カニは硬直していた。カニは瞼を持たない。そしてただの動物だ。視覚そのものを焼き尽くす光への対処などすぐに取れるはずもない。光が消えてなお動かないという最高のチャンスを手にしたセルは、カニを消し去るべく最大の攻撃をぶつけることを選択する。
全身の気を昂らせ、チャージしながらも地上へ高速移動。呆けたカニを爪先で蹴りあげる。衝撃を受け宙を舞った事でカニは活動意識を取り戻すが、すでに遅かった。
「お遊びはもうせんぞ……消えてなくなれ!!」
そのまま放てば地球はおろか月も一緒に消し飛びかねない程高まった気を、空に舞うカニへ向け解き放つ。遠慮も容赦もない、今のセルが繰り出せる最高の一撃だ。
「くたばれ────────っ!!!!!」
セルから放たれた極大のかめはめ波がカニを呑み込む。全てを焼き尽くし、消し去る光線は成層圏を突き抜け、宇宙の彼方へと消えていった。
「は……はっはっは。はーはっはっはっは!!」
勝った。
セルは確信し、ついに笑顔を取り戻す。喉から零れる笑い声が止まらない。自身の
「……は?」
ぽとん、とセルの前に何かが落ちる。黒焦げになったカニだった。動きはない。だがセルの口から笑いが、表情から笑みが消えた。セルは優秀な頭脳を有していた。優秀ゆえに気づいてしまった。
ふと、脳裏に言葉が浮かぶ。
それはファイナルフラッシュを受け、半身が消し飛び苦しむ演技を見せる己に対し、高笑いしていたベジータへ放ったもの。
『バカ笑いしおって。カニは脱皮できることも忘れたのか?』
いや、そんな超速脱皮できるカニとか知らんし。二重殻にも見えなかったし。てかあれで消滅してない外殻ってなんなんだこの野郎。
思わず自分の言葉に自分でツッコミを入れるが、それ以上に脳内で危険信号が鳴り響いている。
あのカニは、無理矢理脱皮することであれを回避した。
種類にもよるが、カニは脱皮する度に成長する。ただのカニなら問題ない。だが、最強のカニが成長するということはすなわち。恐怖の結論が弾き出されると同時、セルの背後で突風が発生する。
「な、なんだ!? が……がはっ!?」
無意識に振り向いたセル。その胸部に大きな穴が空く。遅れて空気が焼ける音と肉体が貫かれる音が響き渡り、セルは仰向けに倒れ込んだ。貫通力の優れた光線だった。知る人が見れば、フリーザのデスビームを彷彿としたことだろう。
「あ……あぁ……!」
突風によって舞い上がった砂煙から、現れたのはカニだった。なんかバチバチと電光のようなものを纏っているが、何分小さなカニなので迫力に欠ける。それでもセルにとって、絶望的再来だった。胸部の穴は再生して塞いだが、最高のチャンスを逃がした事を理解してしまった。
「ち……ちくしょう……ちくしょう!! ちくしょおおおおお……!!!」
立ち上がれないまま吠える。今更ながら、
「ぬおおおおおお!!!!」
セルの肉体が膨れ上がり、より筋肉質に、ゴツく変貌する。その勢いで立ち上がり。
「ぐぎゃうっ!?」
もはや反撃も許さないと言った様子でカニの4連脚*9がその脳天を撃ち抜いた。スピードを捨てたことが完全に仇となっている。そもそもこのカニ無駄に素早いのだから、絶対にとってはいけない方法だったと気づくが全てが遅い。
「あ……がう……」
頭部の甲殻が無残に砕け、昏倒したようにふらつくセル。なんとか踏ん張ろうと耐えるも、今度は激しい嘔気に襲われた。
「ぐぼぉっ!?」
嘔気に耐えられず、吐き出してしまったのは吸収したばかりの人造人間18号。やっとの思いで完全体になれたと思えば、カニに襲われ逆戻りである。自称甘いマスクな第二形態だ。茫然とした様子で、吐き出した18号を見つめるが、隙だらけと言うほかない。そんな隙を許すのはサイヤ人ぐらいである。
「ぎゃああああ!?」
カニが容赦ない追撃を行う。鋏で殴り、倒れたところを只管抉り、刻み、千切るという残虐ファイトが開始された。これが知性ある者であれば、怒りの報復と表現できるだろうが、実情は違う。カニは単に余裕がないだけだ。
脱皮直後だからである。
カニに人間的感性があるとして、当て嵌めるならば恐慌状態が近いだろう。ただでさえかつての敵を思い出し、敵対心が荒ぶっているカニなのだ。『こうなれば急いで殺して餌にして栄養を確保する』という極端な行動をカニに取らせてしまっている。セルの不幸はどこまでも自身の構成細胞にあった。他の相手であれば、脱皮した以上は逃げるという生物として正しい選択肢を取っていたに違いない。
「ぎええええええええ……!!?」
完全体時に互角だった相手がパワーアップして、一方此方は超ベジータ未満にパワーダウン。完全なる詰みであり、自棄になって自爆しようにも形態変化する前に肉体が千切られる。かろうじて再生しても即座に破壊されていく最強だったはずの身体。悲惨の一言だが、未来でトランクスを殺してタイムマシンを奪い、数十万人を犠牲にして強化し、完全体となる為に群島を島民ごと消滅させた極悪人の末路としては妥当なのかもしれない。
「あの、すんません、本当もう許し、あの、聞いて、おい」
八つ裂きにされながら、フリーザでもしなかった命乞いをするも、当然カニが理解するわけもない。それどころか、セルの眼前に、意味不明なレベルで気を昂らせた鋏が向けられる。いくら千切ってもキリがないので、餌の確保という方針を変えたカニの選択肢は、かつての敵を葬った方法と同じものだった。
鋏が光り輝く。プラズマの如く。死を悟ったセルが吼える。
「ち、ちくしょ……!!」
ベジータのファイナルフラッシュを超える馬鹿げた光線が小さな鋏から解き放たれた。断末魔を言い切る事なく極光と共に消し飛んでいくセル。脱皮脱出などという器用な真似ができるはずもなく、宇宙の彼方へ向かう光線によってすべてが消えていく。
核を構成していた最後の細胞、その遺伝子が焼き切れる瞬間に人造人間が学んだのは、生物界の無慈悲であった。
◇
ところ変わって、天空に浮かぶ神殿。
ピッコロは全てを見ていた。荒廃した島で勝利のダンスらしきものを踊るカニから目を逸らし、大きなため息を零す。
ベジータがセルを完全体にしてしまった時は、どうなることかと思ったが、納まるべくして納まった形だ。神と融合したからか、ナメック星の頃より頭痛が酷いが。
「ねー、さっきから黙っちゃって、どうなったの? 教えなさいよ」
ブルマの呑気な声がするが、まともに答える気力はない。そもそもどうやって説明しろというのか。ナメック星にいたあのカニが地球にいてセルを八つ裂きにしたあげく消し飛ばしたなどと口で説明するのはなんか嫌だ。プライド以前に全てがばかばかしく感じてしまう。間違いなく感じ、確信していた絶望的脅威が雑に陳腐化された気分だ。
「……安心しろ、セルは滅んだ。……ベジータの相手は任せたぞ。間違いなく不機嫌だろうからな」
「へ?」
ピッコロの予想通り、全てが終わってから復活したベジータは怒りのあまり吠え猛った。カニに2度も命を救われた*10という字面の情けなさは彼のプライドを粉微塵にした。まぁ必ずまた高く聳え立つから問題はない。
父の涙が見えた気がしたトランクスは、ただただ気まずい。切り札とばかり思っていた新形態もセルのあのざまを見る限り失敗である。本当、色んな意味で気まずかった。クリリンは八つ当たりを避けるべく、努めて空気と一体化していた。
翌日、精神と時の部屋から出てきた悟空と悟飯。セルの気が消えているのに、いまだに不機嫌なベジータと気まずいトランクス、そして頭を抱える面々に、2人はきょとんと首を傾げるのだった。
今日もカニは地球を泳いでいる。
なんで一発ネタで1万字越えてるんですか?
カニのその後と時系列描写入れないと流石に不親切に思ったのと、ギャグ調強くし過ぎるとギャグマンガ補正でセル瞬殺オチになりそうなんで、『戦闘』を意識したらこうなりました。
描写こそカニさんに苛められているセルの図ですが、セル編(原作、Z)やスーパーヒーロー等のオマージュが多分に含まれています。偉大な正史との落差を楽しんでください。某MADネタ?知らんな……
セル:今回の被害者。ごめん。アニメで酷いトラウマ植え付けられた私怨があったと言われると否定できない。クウラ分、生命力追加して再生開始速度上げたから許して。
最強のカニ相手に頑張った方だと思う。『どんだけトンチキなことしていても根底は甲殻類』という点から太陽拳コンボに繋げたのは偉い。避けられたけど。カニが空蝉使えるのはずるい。自爆すら許されず、弱体化からの逆転一切許されない末路を辿ったが、そもそも原作だとピッコロ、ベジータ、悟空、悟飯がそれぞれ要所で慢心しなければさっくり消滅していた大変運のいい章ボス。なので慢心がない強敵と戦えばこうもなるだろう。
どうでもいいことだがこいつがいた未来で17号18号を破壊したのは縄張り荒されて襲撃したカニさんである。
原作ルート:悟空が死んでない、サタンが世界の救世主となっていない等、放っておくとブウ編で詰みかねない状況。また運命の軌道修正が忙しくなるので劇場版ボスとかゲーム版ボス達が頑張って原作ルートへ戻す作業に勤しむ事になりそう。ボージャック辺りでなんとかならないかな……無理かな……。ただカニが地球にいるとわかったのだから悟空とベジータは修行密度跳ねあがると思われる。特にベジータ。
ベジータ:隠れた被害者。本作はカニさんと相対する敵以外は観客枠なのだが、ベジータだけカニさんの行動理由にされてしまっている為、またもやられ場面で登場する羽目になってしまった。申し訳ない。流石に餌扱いされたとは言えないが、完全な嘘も言えない皆から『やたら強いカニが助けた』とだけ聞かされており、今回それがつまらないジョークではなくマジだったとわかってしまった。ちょっと修行すれば2になれる気がする。
トランクス:絶望の未来でアレが生息している事実に恐怖するが、悟空から「あいつは結局のところカニだかんよ、生き物のルールってのを頭に入れておけば大丈夫だ」と助言を受けて海洋生物学と動物行動学を学び出す。トランクス1人で対処困難な時はカニの縄張りに誘い込んで敵を殺すというヤバい怪獣はゴジラにぶつけるみたいな作戦が芽吹いた瞬間である。
悟空:どうせベジータのことだから完全体にして倒すか倒されるかしてるだろうと予想をしていた(原作の台詞的に)。だが、実際はカニが討伐したと知り、拍子抜けした一方で、良くない兆候だと更なる修行を意識する。当然、妻であるチチに怒られた。多分働くことになる。超サイヤ人3間に合うんだろうか。
カニの子孫たち(黄金ガニ):最強のカニさんと地球の近縁種によって生まれた交雑種にして侵略的外来種。威嚇目的でシュインシュイン変身するが、実はこのDB地球、アリにも似たようなのがいる。どうなってんだこの星は。滅茶苦茶硬いわ強いわで僅か数年で生息域にいる水生生物勢力圏を塗り替えた。『最強』はカニさんだけであり、カニさんの最強性質までは有していない(そのせいか群れる)。厄介極まる甲羅の処理さえ成功すれば濃厚な旨味と合わさる甘味、程よく強い弾力ある食感が嬉しい絶品食材と化す。焼いて良し、塩茹でして良し、揚げて良し。脚の長いタイプは鍋にすると大変美味しい模様。多分捕獲レベルとかついてる。悟空が駆除業者として大成する未来があるかもしれない。
カニさん:『別惑星転移したらハーレム築いて今日も縄張り広げて餌が上手い』みたいなタイトルつけられる生活してる。今回某殺せんせーよろしく脱皮脱出という新技を披露した。カニに宿る『最強』が選んだ行動選択肢の結果であり、実は本来そういう脱皮はしない。なんで最強なのか、という背景こそ雑だが、どういう理屈で最強となっているかの設定はDB超由来で用意はされている。子孫と人類の争いは認識すらしていない。子孫繁栄の本能こそあれ、卵時代ならともかく、生まれた後は場合によっては共食い対象な我が子を守る道理は有していない。その為、新たな縄張りを作りに移動する習性を持っており、執着は縄張りと餌に向けられている。
余談だが地球のカニには最終脱皮があり、メスは産卵期以後は脱皮しない。しかしこのカニはナメック星(多分)出身であり、最終脱皮という性質はない。