この回もまた、私が特に書きたかった回の一つです。不安は拭えませんが、自分なりに一生懸命頑張ろうと思います。
それでは、どうぞ!
初めてあの人を見た時、私は『変な人』だと思った。急に天井から降ってきたんだから、仕方ないと思う。
けれどあの人は、私に知らない事をたくさん教えてくれた。今まで聞いても、いつもいる人達は何も答えてくれなかったから、すごく嬉しかったのをよく覚えてる。
彼に付いていって、私は生きてきた中で一番幸せな時間を味わった。
私を可愛がってくれる人、めんどくさそうにしていても決して見捨てずにいてくれる人、食べ物がすごく好きで、私にもこっそり分けてくれた人、そして
私を、この世界に連れ出してくれた人。
多分あの時初めて、『秤アツコ』が生まれたんだと思う。
皆で一緒に、笑い合いながら寝た時。手料理を初めて食べて、その美味しさに感動して涙を流したり、あれもこれも全部珍しくて、興味を引かれたものに向かっていったあの時。
その全てが、今の秤アツコを作っている。
本当に、本当に大切な、私の一番の宝物。
でもその、まるで夢みたいな時間は、永遠には続かなかった。
夢はいつか覚めるものって知ってたけど、それでもやっぱり、悲しかった。
あの時あの赤い人から感じた視線は、私がまだ『ロイヤルブラッド』だった時に一定数の人に向けられていた目だった。それは物凄く嫌なもので、自然と『自分はロイヤルブラッドである』ことを思い出してしまった。
特別な血筋であり、生まれながらにして選ばれた高貴な存在…‥だったかな?そうであることを思い出したと同時に、私は永遠に『ただの秤アツコ』になることはできないんだって思い知らされた気分だった。
私がいたから、皆がベアトリーチェに連れられてしまった。
私がいたからユウジは…‥家族は、こんなに苦しんでる。
…‥私が、望んでしまったから。
わたしがいなかったら、みんなはへいわにくらせていた。
わたしが、わたしが、わたしが
「…‥っ!」
暗闇が全てを支配した瞬間、自身の体は飛び起きた。
(…‥汗がすごい。それに、今見ていたのは…‥昔の、夢。)
初めてユウジと会った時から始まって、それから幸せな思い出が紙芝居のように流れていく。けれど最後には必ず、暗闇で終わる。
そんな夢を、私は何十回も見た。
何度見たって慣れはしない。この出来事が起こるたびに私は、本当に苦しくなる。
(…‥…‥)
今回は何かが違ったのか、いつもよりも気分が悪かった。
気づけば私の足は、扉を開けて廊下に出ていた。
「…‥」
「…‥」
「あ、アツコ?その…‥ち、近い…‥」
夜。星明かりがこの世界を包み、眩い宝石が気まぐれに姿を表すほどの時間。すでに待機命令はでていて、明日を待つだけとなっている。俺は勿論、修行をするけど。
そんな中、急にアツコが訪ねて来た。
それからずっと、馬乗りで見つめられている。
「…‥ゆ、ゆう、ゆうじ。」
「!?」
数年前によく聞いていた声から、少し大人らしさがある声に変わっていたが、確かにアツコの声。長い間発声していなかったせいで掠れているその声からでさえ、彼女の成長を感じられた。
けれど口から出たのは、俺にとって衝撃的な一言だった。
「わ、わたし、いないほうが、よかった?」
「…‥なに、言ってるんだ?」
理解ができなかった。
「わたしがいなかったら、みんなはこんなことにならなかった。」
「べあとりーちぇがきたのは、ぜんぶわたしが、わるい。」
「あのときわたしが、そとにいきたいなんていったか「アツコ!」」
これ以上は見ていられなくて、これ以上は聞いていられなくて、アツコの肩を掴む。
そのまま、感情のままに叫ぶ。
「急に…‥急になんなんだ!そんなことあるわけない!アツコがいない方がよかった?外に行きたいなんて言って悪かった?そんこと、この世界がひっくり返ってもありえない!」
「それにあの時、
「悪いなんて言うなら…‥俺が全部悪かったんだ!」
「俺があの時、ベアトリーチェに負けたから!守りきるって、幸せにするって決めたくせに、それができなかったのが!」
「俺が…‥俺が…‥」
「そんなこと、ない。」
「!」
「ゆうじはずっと、がんばってた。」
「わたしたちがすこしでもかいてきにくらせるように、いろいろどりょくしてくれたよね?」
「わたしがきくことに、ぜんぶちゃんとこたえてくれた。」
「さっちゃんがおきにいりだったものをなくしちゃって、めずらしくないていたとき。ひとばんじゅうさがしまわって、朝にそれを持って帰ってきてくれた。」
「ミサキが落ちてたざっしを読んで、くまのぬいぐるみに目が止まったとき。いっしょうけんめいがんばって、木でそれに似た物を作ってくれた。」
「ヒヨリが『たまには別の物が食べたい』言って、皆を困らせてた時。ユウジは危険をしょうちで遠くまで行って、家の回りにはない植物を持って来てくれた。」
「ここまで優しい人が『悪い』なんてこと、ぜったいにない。」
「でも、アツコが悪いわけじゃない。」
「…‥」
「…‥ちょっと、落ち着こうか。」
「…‥うん。」
「それでさ…‥本当、急にどうしたんだ?」
「怖い夢を、ずっと見てて。それで不安になっちゃって…‥気づいたら、ユウジに覆い被さってた。」
「そっか…‥ずっと怖かったのに、こんなになるまで気づけなくてごめんな。」
優しく、花を愛でるようにアツコの頭を撫でる。
「…‥あったかい。あの時みた、い…‥」
すると、アツコはポロポロと泣き出してしまった。
少しの間沈黙が流れた後、ポツリポツリと口を開く。
「…‥なぁ、アツコ。これはさ、今聞くことじゃないと思うんだけど…‥」
「なぁに?」
「アツコは外の世界に出て、楽しかったか?こんなことになっちゃったけど、それでも幸せな時はあったって、思えるか?」
「もし、だよ?」
「うん。」
「あの時、貴方が私をここから連れ出してくれなかったら、『秤アツコ』はいなかった。」
「サッちゃんに『かわいい~』って言ってもらえて、ミサキに面倒見てもらえて、ヒヨリに食事を分けてもらえて、貴方に『寂しい思いはさせない』って言ってもらえた『秤アツコ』は、全部貴方のおかげで出来たもの。」
「…‥ユウジはさ、自分の一番大切な宝物を作ってくれた人を恨む?」
「…‥いや、感謝さえすれど、恨むなんてことは絶対にないな。」
「だから安心して?私はちゃんと、今も幸せだよ。」
「!…‥あれ?俺、泣いてるのか?」
「ひどい顔だね、ユウジ。」
「アツコだって、目が真っ赤じゃないか。」
声を殺しながら、二人は泣いた。
片方は昔に思い馳せながら、それでいて数年間の不安が解消されたが故に。
もう片方は
ずっと思い続けていた疑問の答えが、分かったが故に。
雲は晴れ、月明かりはまるで二人を祝福するように、一際強い光を放った。
同時刻、アリウス大聖堂にて。ベアトリーチェからの命により、このアリウスにいる全ての教官が集められていた。
「なぁ、今回はなんで召集されたんだ?私まだ銃のメンテナンス終わってないんだけど。」
「私に聞かれてもな…‥新しい命令でも下るんじゃないか?」
「皆さん、よく集まってくれました。遅い時間ですので、手短に終わらせましょう。」
「!整列!」
教官達が今回の召集について話し合っていると、その命を下した張本人が現れた。
一人の教官がそれを認識した瞬間、その人物を中心に列が形成される。そのスピードは並みではなく、僅か数秒で一ミリのズレもない列が作られた。
「素晴らしい速さですね、感心です。」
「勿体無きお言葉でございます!」
「では早速、要件を話しましょう。」
その言葉に教官全員が息を飲み、緊張が走る。
その場にいる全員は戦地でのベアトリーチェの恐ろしさを十二分に知っていて、自分達など彼女にとっては取るに足りない存在であることを重々承知しているからだ。
そんな中、ベアトリーチェが口を開く。
「簡潔に言いましょう。あなた達は、もう用済みとなりました。」
それは、彼女たちが最も恐れていた言葉。
「よって…‥処分といたします。」
強者からの宣告。それに抗う術を、弱者は持たない。
「ま、待ってください!いったい何がご不満だったのですか!?」
「用済みと言ったではありませんか。今更そんなことを聞いてなんになるのです?…まぁ強いて言うなら、存在が邪魔になったといったところですか。」
「理不尽じゃないですか!これまで私達がどれだけ貴女に尽くしてきたと」
その言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
「これですよ。あなた達は、この私に反乱を起こす余地がある。…‥私の王国の建造、ご苦労様でした。下地は充分ですので、もう休みなさい。…‥あの世でゆっくりと、ね。」
それから行われたのは、文字通りの虐殺。悲鳴、嘆き、慟哭。その全てが入り雑じった、まさに地獄のような空間。
そこから発せられた音は、少し離れているアリウスの子らに届くことはなく、そして
「…‥今日は、ここで寝たい。」
「…‥分かった。じゃ、おいで。」
「うん!」
彼が、そのことに気づくこともなかった。
アツコはこの頃から、これくらい繊細な子だったと思います。それと彼女なら、不安分子の彼女達を放ってはおかないでしょう。
次回は久しぶりの短編集です。お楽しみに!