寝心地の悪さに目を開けると、そこに映ったのは自分を覆うように生えた背の高い植物とその隙間から見える青空だった。
「外……?」
あれ、なんで外に寝ているんだ? 一応未成年だから酒飲んで酔っ払って前後不覚ってわけではないだろうし……ん? これは、あ! そうか。
雲の陰から出た太陽がまぶしくて手をかざそうとしたとき、手に巻き付けるようにして持っていた野外キャンプ用の大きなリュックの紐に気が付いて記憶が蘇る。
「マジかぁ……もしかして本当に来ちゃったのかぁ」
とりあえず『鑑定』と頭で考えて周囲を見回すと周囲のトウモロコシのような作物の実の一つ一つがモロコンだというウィンドウが開く。
おお、出た。本当に原作どおりだ、ただ鑑定結果は頭の中に浮かんでくるのとウィンドウが表示されるのと併用な感じだから原作のWEB版とコミック版のどっちに寄っているのかは分かりにくいけど、この結果にはちょっと感動する。
ただ、どうやらスタート地点は馬小屋じゃなく、このモロコン畑の中ということらしいが、原作ファンとしてはちょっと残念な気もする。とは言っても、いつもまでも寝っ転がっていても仕方ない。まずは体を起こして『鑑定』の範囲を広げてみる……うん、見事に視界はモロコンの文字に埋め尽くされて他には変わった物はなさそうだ。
「モロコンね……どう見てもトウモロコシなんだけど」
寝起きだったせいか特に深く考えずに近くにあったモロコンを一つもぎって、バナナのように緑色の薄皮を剥がしてみるが、やっぱり中身はトウモロコシだ。
「っと、とりあえず自分も確認しなきゃだな」
長谷 悠太 男 18歳
村人Lv1 農夫Lv1 盗賊Lv1
いや、まぁそりゃそうだ。人様の育てた農作物を勝手に収穫したら、そりゃ泥棒か。興味本位でうっかり収穫しちゃっただけで悪気はなかったんです! では通じないってことですね。盗賊のバンダナをすり替えただけで奴隷に落とされるような世界だしな。とりあえず、もいじゃったモロコンはこの場に置いていくとして、後で畑の所有者と話す機会があれば謝罪することにしよう。
ただ、結果としてさくっと最短で《農夫》と《盗賊》のジョブが取得できたのはありがたい。俺の推測が正しければこの後に何らかの形で盗賊と戦いになるはずだからジョブの効果はあればあるほどいい。確か《村人》が【体力微上昇】、《農夫》が【腕力小上昇】、《盗賊》が【敏捷小上昇】だったかな、レベル1では本当に僅かかもしれないけど元の世界で格闘家でもスポーツマンでもなかった自分の身体能力を少しでも上げてくれるのはありがたい。
それに、ここで俺は人を殺すかもしれない。この世界に望んで来た以上は元の世界の価値観を早々に払拭しなければ命を失うのは俺の方だから躊躇うつもりはない。もちろんそれはヤカラのようにすべての価値観をほっぽり出してひゃっはーするという意味じゃなくて、この世界の価値観とすり合わせて自らの価値観を同化させていくってことだ。この世界で盗賊は殺されて当然で殺しても罪にはならない相手。ここで躊躇うことは自分の身を危うくするだけでなく、逃した盗賊が逃げた先で他の人たちを不幸にすることに間接的に手を貸すことになる。だから必要ならばヤる。ただ、気持ちの覚悟があっても体がついてこなかったら意味がない。そういうことだ。
「大丈夫、できる」
ちょっとかすれた声だったが、声に出したらなんとなく覚悟は決まった。よし、まずは自分の設定を確認だ。『キャラクター再設定』と念じる。
そうすると、ちゃんとあの時見たキャラクター設定画面のようなものが脳裏と目の前に浮かぶ。この辺のオンオフは自分の意志で選択できるっぽいから今は表示も有りにしておくが、キャラクター再設定が原作通りでよかった。再設定できるつもりでポイント余らせたままだったから、再設定できなかったらせっかく粘ってゲットした九十九ポイントのほとんどが無駄になるところだった。
えっと、今割り振っているのが……
キャラクター再設定に1、鑑定に1、ジョブ設定に1、サードジョブに3、詠唱省略に3、後は取得経験値三倍に7、必要経験値三分の一に7の合計23ポイント。余り76。
これは、ボーナス装備とかに割り振った場合、原作だと装備が放置された状態で転移させられていたので、自分が目覚める前に放置されていたボーナス装備を誰かに持ち去られたりして紛失するのが怖かったからあえて割り振らなかった。
だけど、もし再設定ができなかった時のことを考えるなら普通に他の部分に振っておいた方がリスクは少なかったなと今になって気が付く。落ち着いて考えれば当たり前のことだけど、あのサイトを見つけた俺はやっぱりちょっと冷静じゃなかったんだろう。
まぁでも、こうして無事に目覚めて再設定ができるなら、ちゃんと盗賊戦を想定してポイントを割り振ろう。一応転移前に考えていたプランはあるからそれを元に……あ、思いがけず《農夫》をゲットしたからフォースジョブまで取らなきゃ。となると、ボーナス装備関係をちょっと修正して……経験値関係を調整。よし、これでいい。
キャラクター再設定1 鑑定1 ジョブ設定1 フォースジョブ7 詠唱省略3
必要経験値二分の一3 獲得経験値五倍15 武器六63 胴装備一1 腕装備一1
足装備二3 合計99
フォースジョブを付けて四つ目を空けてあるのは次に新しいジョブを覚えたら自動的に設定状態にするため。実際サードジョブまでつけた状態で《農夫》、《盗賊》が自動でセットされていた。だからこうしておけば盗賊戦のどのタイミングで《英雄》を取得しても自動的にジョブに加えられるはず。取得した英雄ジョブは何を差し置いても自分のジョブに即設定したいと思えるほどに補正効果は大きいしスキルも優秀。だって【HP、MPとステータス六種の八種類が全部中上昇】で、しかも『オーバーホエルミング』っていう相手が遅く見えるほどの加速効果付きスキルまであるという伝説のジョブだから取りこぼしは避けたい。
あとは出てきた装備を身に着ける。原作では目覚めてすぐ盗賊戦だったから準備は早めに済ませておくに越したことはない。まずは……これだ。あの夢にまでみた聖剣デュランダル!
デュランダル
攻撃力五倍 HP吸収 MP吸収 詠唱中断 レベル補正無視 防御力無視
うん、安定の強武器だな。原作の彼は最初このデュランダルと攻撃力上昇、対人強化の効果があるアクセサリ二のボーナス装備である決意の指輪を装備していたが、元の身体能力に不安がある俺はもっと防御を充実させたい。多分盗賊相手ならデュランダルだけで攻撃力は十分だから決意の指輪はいらない。そしてランクは低くてもいいから一通り防具を揃える。
胴装備一 頑硬のジャケット 体力上昇
腕装備一 技巧のグローブ 器用上昇
足装備二 回避のブーツ 敏捷上昇 回避率上昇
一個ずつ身に着けていくとランクが低くても安心感が半端ない。これでもスキル付きの防具だし防御力もそこそこ期待できる。そしてボーナス効果も全てなにかしらの身体能力を補正してくれる。これだけブーストすればなんとかなると信じたい。
あとはどのタイミングで《英雄》を取得できるか。予想では一人目の盗賊を倒した後だけど、これは最速のパターン。最も遅いタイミングの最悪パターンは完全に盗賊たちを退けた後に取得する場合。これだと戦いながら『オーバーホエルミング』を唱え続けて無双するというプランが成り立たなくなってしまう。
こちらとしてはジョブを覚えてスキルが発動できるようになったタイミングで一気に勝負をつけたい。だが現状全てのジョブがレベル一なのでスキルを一回発動しただけでMPが枯渇しかけるだろうからスキル発動後にどれだけ早くデュランダルでMPを吸収できるかが重要になる。
改めて考えてみても未確定情報が多くてリスクが大きいけど、何度シミュレーションしてもこのスキルなしで多数の盗賊たちを確実に倒しきれそうな気がしなかったのだから仕方ない。だけど、ここさえ凌げば次からは安全マージンを考える余裕もできる、はず。だからここまではリスクを負う。
身に着けた装備を一つずつ確認して……よし、準備はこれでいい。あとは周囲を探索して人を探さないと。
起き上がるとリュックを背負って周囲を見ようとするが、思ったよりもモロコンの背丈が高く身長百八十近くある俺でもかろうじて目がモロコンの上に出るくらい。これではいくら見回しても状況がわからないのでとりあえず畝の間を歩いてモロコン畑を出ると畑から数メートル離れたところにある立木の木陰に中年の男女が座り込んで休憩しているのが見えた。
念のため鑑定してみると、男性の方がムンジさん、42歳農夫Lv9で女性の方がマルリさん33歳村人Lv10だった。ファースト村民が盗賊じゃなくてよかった。
急にモロコン畑から出てきた俺にびっくりしている中年男女に、敵意がないことを示そうと腰のデュランダルから手を離して両手を軽く広げ、にこやかに近づく。
「なんだお前、どうして俺の畑から出てきた」
さすがに警戒心ありありだが、一応こちらに敵意がないことは察してくれたのか会話には応じてくれそうで中年男性が聞いてくる。それにしてもちゃんと言葉が通じるのは助かる。これは原作のあの人がブラヒム語だけを選択したことになっていたのに対して俺の場合は言語を三つまで選択することができたからだ。どの言語がどの種族に対応しているのかは書いてなかったけど、ブラヒム語はマストだし、バーナ語は作中に表記があった獣人系の言語だったから選択しやすかった。最後の一つは言語の隣に表示されていた髭もじゃ、長耳などのキャラアイコンで予測して選んだけど、無事に人間族語を選択できたらしい。ちなみに言語名はヒマニ語。そして会話中は全部日本語に聞こえるのに、自分が何語を話しているのかはなんとなくわかるというのが面白い感覚だった。
「驚かせてすまない。旅の者なのだが、道中で日が暮れてな。モロコン畑の中なら魔物や盗賊に見つかりにくいかと思って一夜の宿に借りてしまった。ついでに言うとうっかりモロコンを一つもいでしまった、申し訳ない。一応畑の中に置いては来たのだが……」
この世界ではあんまり丁寧な言葉遣いは侮られることもあるらしいから、ほんの少し大物感を漂わせる話し方を心掛ける。
「あらまぁ、そりゃあ大変だったねぇ。もう少し頑張れば村まで辿り着けたのに」
「そうだったのか、早く村に着きたくて日が沈んでからも進んではみたのだが、さすがに視界が悪すぎたのと疲れで気力が尽きてしまってな」
マルリさんが首に巻いた手ぬぐいで汗をぬぐいながらそんなことを言ってくれるので話を合わせておく。
「そういうことだったら仕方ねぇ、モロコンの一つぐらいは勘弁してやるさ。俺たちの村はこの段畑の下にあるが、宿もない小さい村だ。それなりの大きさの次の街に行くにも歩いていくには朝から夕方までかかる。この時間からじゃ、また街に着く前に日が暮れちまうから、村長に頼んで村のどっかで寝て、明日の朝に旅立つのがいいだろう」
「なるほど、確かにその方がよさそうだな。頼んでみるとしよう、村はどこにあるか教えてもらっていいか? できれば村長の家まで教えてもらえると助かる」
「ああ。このモロコン畑は段畑だって言ったろ、ここは二段目。村は一段目の下だから、ほれ。そこから見れば村が一望できる」
「お、それは助かる」
ムンジさんの言葉に従って移動してみる。おお、確かに村が一望できる。ぱっと見たところ三十戸ほどの家屋といくつかの厩舎のぽい建物が簡素な木の柵でぐるりと囲われている。この世界では迷宮から吐き出された魔物が外を徘徊していることがあるからそれに対応したものか。見渡した村の全貌から村長の家らしきものを探していると村から少し離れた場所に砂煙のようなものが見えた。
「ん? すまないが聞いていいか。あそこに砂煙が上がっているんだが、あそこには何かあるのか?」
「あ? なんじゃと。ちょっと待て! どこだ!」
「ああ、あそこなんだが……」
俺が見つけた砂煙の方を指さすとムンジさんは手をかざして陽を避け、目を凝らす。
「なんてこった! ありゃおかしい! 急いで警報板を鳴らさにゃ!」
ムンジさんは慌てて踵を返すとさっきまでいた木のところに戻って木の枝にぶら下げてあった木の板を木槌で叩き始める。その木板は叩かれるたびに甲高く大きな音を鳴り響かせる。
「おい、どういうことだ! 何があった」
「あれだけ砂煙があがるということは複数の何かが駆けてなきゃおかしい! だがうちらの村にそんなに急いでこなきゃいけねぇようなもんはねぇ! だとしたら魔物の群れとか、魔物に追われている馬車とか、もしくは盗賊の可能性もある! もちろんほかにもいろいろ考えられなくはねぇが、違ったらそれはそれでいい。まずは村のもんに注意喚起だ」
ああ、なるほど早速来たか……今の状況なら逃げることも簡単だけど、でもこの世界で生き抜くためにはここでの英雄ジョブは逃したくない。《英雄》の取得条件はおそらく初陣での盗賊退治、ならば今ここでやるしかない。
「そういうことなら、ご婦人。すまないが荷物を預かってもらえないだろうか。畑を借りたお礼に微力ながら手伝わせてもらう」
「え、え? あ、はい」
正直荷物を預けるのは怖いが、相手の顔も名前も確認できているし、防衛戦に協力すればさすがに助力した俺の物を盗ろうなんて思わないだろう。多分。