「なんじゃこのふわっとした重厚感は。軽く柔らかいのに厚みが感じられて、それでいてこの肌触り……こりゃあ、魂消(たまげ)たな。おいバーティン、これは下手な対応はできねぇぞ、ほら」
「む、お前がそこまで言うほどなのか、どれ……お、おぉこれは! なんという」
しばしタオルを触ったり揉んだりでうめき声をあげるだけの二人を見守る。こちらとしてはいつコルチが、なんだこれなら買うようなもんじゃねぇと言い出さないか冷や冷やものだ。
「ユータ殿、マナー違反は承知で聞くが、これはどこから」
オーナー、バーティンの問いは必ず来ると想定済み。
「旅の途中で出会った他国の商人を盗賊から救う機会があってな。お礼に何枚かもらったものだ。ただ異国出身だったゆえ言葉が通じなかったので詳しい事情はわからない」
「……なるほど、言語が」
「こう見えても俺は、ブラヒム語に加えてヒマニ語とバーナ語でも会話ができる。見た目は人間族のように見えたのだが遠い国では人間族でも他言語なのだろうな」
無意識なのか、タオルをなでなでしつつバーティンは考え込む。その考えの中には俺の話の信憑性ももちろん含まれるだろう。
「そうやって考え込むのは悪い癖だぜバーティン。いいじゃねぇか、この国にはなかった新しいすげぇ生地をうちで再現して売り出す。それで十分だろうが」
「……本当にあなたという人は。何も考えていないくせにここぞという時は核心を外さない」
「けっ、言ってろ。それで今まで儲けてんだろうが」
「ふっ、あなたの言う通りですね。わかりましたこちらを買い取りましょう。ただし、細かい交渉の前に一つだけ確認させてください」
「ああ、構わない」
「今ここでインテリジェンスカードの提示を求めても売ってもらえますか」
つまり犯罪がらみで手に入れたものではないという確信が欲しい、ということか。
「当然の要求だな。いついかなる時も提示を拒否しないと誓おう」
そう言って左手の甲を差し出す俺にバーティンさんは小さな笑みを浮かべて首を左右に振った。
「いいえ、今ので十分です。それでユータ殿。こちらをいくらで私共にお売り頂けると?」
「問題はそこだ。こちらとしては、今後もこの生地を使った手ぬぐいを使用したいという思いがある。だからバーティン殿とコルチ殿にはぜひともこれを再現してもらいたい。一方でこちらにも一時的にまとまった金銭が必要な事情があってな。なるべく高く買ってもらいたいというのが本音だ」
ある程度事情を明かすことで足元を見られる可能性はあるが、この店の人たちの反応と人柄を見る限り悪いようにはならないだろう。
「なるほど、しかし再現できるかもわからないものの見本品にそれほど高額は」
「もちろん承知している。そこで提案なのだが、この見本品に未来の権利を付けて買い取ってもらうというのはどうだろう」
「未来の権利……ですか?」
「ああ、俺としてはこの店の人材ならば再現は遠くないと踏んでいる。だが、この店が技術を再現したときにそこから発生する利益も合わせてそちらに売ろう」
「なるほど……情報提供者としての権利を主張しないと?」
「ああ、あくまでも本分は迷宮探索者なのでな。一時的な取引等で儲けるのはまだしも恒常的に商売をしようとは考えていない。まあ、欲を言えば再現が叶った暁にはほんの少し安く優先的に売ってもらえたら嬉しい。それとこれは当然だからあえて言っていなかったが、この情報を他店に持ち込むこともしないから安心してほしい。ただし、この店が再現不可能と製造を諦めた場合、話は別だが」
ここまで想像以上に思い通りの展開で来ている。あとは店側がいくらを提示してくれるか。なんとか金貨一枚くらいを提示してくれると、最後の一手と合わせて十分な成功になる。この世界の相場がわからない俺から適当に額を提示するのは無謀だから、相手任せになってしまうのが辛いところだ。
そんなことを考えつつ黙考するバーティンの回答を待っていると、バーティンの手からタオルを奪い取ったコルチがそのタオルに顔をうずめた後、大きく頷いてからドンとテーブルを叩く。
「よし! 金貨十枚出す。文句はないなバーティン」
「コルチ!」
「再現すればこれは売れる。売り出す前に製造過程をしっかりうちで確立すれば他店が真似をするまでの間は完全に独占できる。その間に貴族や皇族に噂が届き高評価を得れば元祖の店として国中が認めることになる。あとは真似されたとしてもブランドとして売り上げは維持できる。少なくとも高級店としてのうちの客層は完全に掌握できるはずだ」
うわお、脳筋の職人かと思ったらしっかり商売人だ。これはやっぱり商人レベル三十を経由しているっぽいな。
「できるんですね、コルチ」
「ったりめぇだ。すでにイメージは頭にある」
バーティンはコルチに背中を叩かれ、大きく息を吐く。
「わかりました。金貨十枚で買い取りましょう。ユータ殿の提案をもとに詳細な条件は後程詰めさせていただきますが構いませんね」
「もちろんだ、よろしく頼む」
おおおぉ、やった。金貨十枚! これで双子たちにひもじい思いをさせずにすむ。どうせ一度しか使えない作戦なんだ最後の一手も使ってしまおう。
「おっとそうだ、先ほどコルチ殿のイメージという言葉で思い出したのだが、これをもらった商人に俺がこの布をいたく気に入ったと身振り手振りで伝えたところ、たいそう喜んでくれてな。押し付けるように貰ったメモがある。生地のことなどわからない俺にはただふにゃふにゃと線が書いてあるだけのメモなんだが……金貨一枚で買う気はあるか」
「線が掛かれただけのメモをわざわざ命の恩人に渡す? ……そいつはまさか! バーティン、買え! おそらくそれはこの生地の設計図みてぇなもんだ。そいつがあれば再現までの工程は八割方解決する」
「はぁ、商売はしないという割にユータ殿は商売上手ですね。いいでしょう、今後のお付き合いも鑑みて合わせて十四万三千ナールで諸々買わせていただきましょう」
「いい取引を感謝する。それではコルチ殿、これを」
よし! 三割アップ成功。これで序盤の難所は超えた、後はみんなでこの世界を楽しみつくせばいい。ただ、原作でも盗賊に絡まれたり、変な決闘を申し込まれたりはあったから強くなっておくのは絶対必要だけどな。
え、ちょっと待って。鞄から取り出したメモを見たコルチがプルプルと震えてる。あれ? もしかしてあれ見ても何の役にも立たなかったりする? 無意味な図形に金貨を払わされたと思ってキレてる感じ?
「くくく……なんとまあ、よくこんなことを考えたやつがいたもんだ。そうか、縦糸と横糸の他にもう一本を……それでこう輪を作って……すると織機は……それ用のを追加して……いや、あそこはこうしておけば……いける! バーティン、 商談は終わったな! おれは工房に戻る。これとこれは貰っていくぜ」
タオルとメモを手にしたコルチは、辛抱たまらんといった感じで部屋を飛び出していった。それを呆気に取られて見送った部屋に残された俺たちは三人で肩をすくめて苦笑を交わす。
「騒がしくて申し訳ないユータ殿。イナキ、代金を準備してくれ」
「かしこまりました」
売却代金を準備しに行ってくれたイナキさんが部屋を出ると、部屋にはバーティンと俺の二人だけが残る。
「さて、ユータ殿。条件は情報の秘匿、権利の放棄、個人利用分についてのみ特別価格での優先購入ということにしましょう」
「ああ、問題ない」
「これで契約は成立です。そのうえで一つお聞きしますが、件の商人の話は嘘ですね」
あう、バレテーラ。完璧なストーリーだと思ったのに。何が理由でバレたのか分からないがせっかく想定以上の好条件で商談を成立させてもらったんだからもう少し踏み込んだ回答をするか。
「誤魔化せなかったか。だが、他国のものというのは本当だ。遠くの国というのが元々俺のいた国というだけでな。しかも記憶が定かではないのだが、移動魔法か何かの事故なのか神隠しなのか、いつの間にかこの国にいたのだ。だから母国への帰り方も、その国がどこにあるのかもわからん」
「そうでしたか……いらぬ詮索をしました。お許しを」
「構わない。こちらとしては祖国の技術をなんとかこの国で再現できたらと思っただけなのだ。おっと、後はわずかな手荷物しか持っていなかったから先立つものが必要だったという悲しい事情もあったか」
「そうでございましたか」
バーティンが頷いたタイミングでイナキが戻ってきたので、代金を受け取るといずれ仲間と共に訪れることを約束し店舗を辞した。
ああ、疲れた。結局なんだかんだでもう昼過ぎだし……思いがけず大金に化けてくれたのもあるし、今日は迷宮に行くのは休みでいい。でも、せっかく皇都に来たんだし、お金に余裕もできたから武器と防具の店に行っておきたい。できれば腕に着けるタイプの小楯と魔法の威力が上がるらしいロッドが欲しいからそれだけ見て帰ろう。
一度冒険者ギルドに戻って武器屋と防具屋の場所を聞いて移動。やはりこの二店舗は隣同士で営業しているらしく、移動がまとめて済むのはありがたい。
まずは武器屋に入ってみると、さすがにベリルとは違って店舗の広さも品揃えも豊富だ。カウンターの奥にはスキル付きの武器も数点飾ってある。ただ、どれもランクが低めの武器に属性攻撃系のスキルがついたものであえてここで買う必要はない。
っていうか高いし。水流剣が使えるようになる清流の鉄剣とか六桁超えだ。うちには双子の鍛冶師(予定)が加入するんだし、売りに来ることはあってもスキル付きの装備を買うことはないだろうな。
おっと、今日の目的は魔法攻撃力が上がる杖系の装備だった。あった、ワンド、ケーン、ロッドの順で高い。ロッドなんか一万六千ナールもするし、でもいずれスキルを付けるなならなるべくいい武器を買った方がいいんだよな。店売りではロッドが一番良さそうだし、数もそこそこあるから空きスロットが三つあるロッドもある。それなら、せっかく商談がうまくいって予算に余裕ができたし良い物を買うか。一応三割引きをセットして、鍛冶師取得に必要な棍棒を一緒に買おう。八十ナールね、やっす!
「初めてのお客さんで、お兄さん格好いいから一万一千二百五十六ナールでいいわ」
三割引き、ゴチになります!
で、次は防具屋。ここでは腕に装備するタイプの小楯が欲しい。あ、でももともとは両手剣を使っているときの防御の手段として欲しかったんだが、ロッドまで買って魔法主体で行く感じになっているからもういらない?
でも、使い道はありそうなんだよな。MP回復とかボス戦でデュランダルを使うときとか、とっさの防御に手が出ちゃうときもあるし、全部の攻撃を回避するよりも受け止めたり、流したりする方がいい時もある。えっと、あった。木の小楯から鉄、鋼鉄か。鋼鉄になるとほぼ金貨一枚、しかもちょっと重いか……でもドワーフならあり? でもいきなり鋼鉄である必要もないし、試しに使ってみて今後も使えそうならグレードアップすればいい。
小楯スタイルが俺や双子に合わない可能性もあるしな。そうだ、二人の胴装備がなかったんだ、キープしているのが革系統の帽子や靴だから最初は革のジャケットにするか。よし決めた。鉄の小楯を二つと革のジャケットを二つ。これなら定価計算で金貨一枚以内に収まる。
「おう、四つも買ってくれんのか。じゃあ特別に六千七百二十ナールにまけてやるよ」
またまた三割引き、あざっす!
よし、今日はちょっと早いけど宿に帰ってゆっくりしよう。慣れない商談なんかしたから精神的に疲れている気がするし。期限まであと三日。金策は終わったから、明日からは経験値優先で少し階層も上げていくか。
所持金 784,812
タオル売却 143,000
ロッド、棍棒 △11,526
革ジャ、鉄小盾 △6,720