「あんた、大丈夫なのか!」
「まあ、やってみる。うまくいったら村をあげて歓待してくれ」
軽口を叩けばいくらか足の震えも止まるというもの。よし、行くぞ。
一人、気合を入れると駆け出して一メートルほど下にある一段目の畑に飛び降り、モロコン畑の脇を疾走する。そのころには砂煙の先頭にいる馬に乗った二人の男や後ろを走ってくる有象無象が盗賊だという鑑定結果が確認できた。まだ遠目で固まって見えるから盗賊の名前やレベルまで個別に判断できないけど当然馬に乗る二人が頭目級だろう。
ていうか初陣が騎馬相手とか難易度上がって無くない? MP減ってないのにすでにちょっと鬱気味だ。ていうか思っていたよりあいつらの足が速いのは盗賊のジョブ補正のせいか? 俺がいる場所からだと村を少し回り込む形になるから村民が盗賊たちとぶつかる前に着くのは間に合わないかも。
でも原作と違って一応村を守る柵はあるし、早めに警告があったおかげで村民たちが防衛に集まってきているから、なんとか村民たちに被害が出る前に……ん? でもこれって盗賊たちが村民との戦いに夢中になってくれれば盗賊の後ろから奇襲できる?
今のところ各種装備やジョブの恩恵のせいか過去一の速度で走れているし、意外と息も切れていない。確かボーナス装備の効果って基本は戦闘中のみだった気がするけど、これって結局俺の気の持ちようって可能性なくない?
俺の中ではさっき走り出したときには既に戦闘開始したつもりだから実際に斬りあわなくても効果が出ているんじゃないだろうか。いくらこの世界の装備品が自動サイズ変更などの不思議能力持ちだからといっても周囲の状況を自動で把握して機能をON、OFFするまでの能力はないだろう。あるとすれば装備している者が戦闘中だと感じているかどうかを体温とか血圧とか脈拍とかメンタル的な何かを装備が読み取るとか? それならなんとなく納得できる気がする。
って、ああっ、くそ! わかってますよ、そんなことは後で検証すればいいんだってことは。でもこれから人が殺されたり人を殺したりすることの覚悟がががが!
あ、風向きが変わって俺の方が風下に……ていうことはさっきまでの砂煙がこっちに流れてくるってことで、はいはい完全に奇襲の条件が揃いました。やります、やってやりますよ……自分で決めたんだから。
ふんっと気合を入れてモロコン畑の一段目を飛び降り、砂煙に紛れると部下たちに柵を攻めさせて後ろでふんぞり返っている頭目らしき二騎の後ろに大外から回り込む。砂煙に加えて盗賊たちの怒号で足音まで隠せたのは重ねてラッキーだった。そして一応『鑑定』。
バルグ 男 39歳
盗賊Lv43
装備 鋼鉄の剣 硬革の鎧 硬革の帽子 硬革のグローブ 硬革の靴
ビダン 男 33歳
盗賊Lv32
装備 鉄の剣 革の鎧 革の帽子 革のグローブ 革の靴
くそ! 原作よりレベル高いし、装備はいいし、しかも騎上だしマジで難易度高めかよ。ここから一気にこいつらを仕留めるには……ごめん馬。今の俺じゃあ一息にこの二人を何とかする方法がこれしか思い浮かばないんだ、恨まないでくれよ。
立ち止まると躊躇が出るから回り込んだ勢いでそのまま二頭の馬の背後に走りこんで並んでいる馬の後ろ脚をデュランダルで斬り払う。すると拍子抜けするほどに手応えなく馬の後ろ脚が切断される。うぁ、さすがデュランダル斬れすぎる。でも生々しい手応えを感じなかったのは正直有難い。だが俺の無慈悲な一撃で後ろ脚を失った馬たちは痛みに嘶き、自重を支えきれずに崩れ落ちる。
となれば当然騎乗中の二人も馬ごと沈む。優位に戦線を進めていたこの状況で、まさか後方で余裕かましていた自分たちが奇襲に見舞われるとは思っていなかっただろう二人の盗賊は驚愕の表情のまま後ろを振り向こうとするが、それを律儀に待ってやるつもりはない。デュランダルが届く位置まで沈んで来た二人の盗賊を高レベルの方から首をはね、慌てて剣を向けようとするもう一人の首も返すデュランダルではねる。
と、同時に『オーバーホエルミング』脳内でスキル名を叫ぶと周囲を舞っていた砂煙がゆっくりになる。よし、発動した! 無事に《英雄》をゲットした……あぁ、そして予想どおり襲ってきたよ、ネガティブなスーパーテンションダウンが。ああ、俺はとうとう人を殺してしまった! しかも罪のないお馬さんの足まで斬ってしまった! 後ろ足を失ったこの馬二頭はもう殺処分されるしかないというのに……やっぱり俺なんかがこの世界に来ちゃいけなかったんだ!
って、違う違う! こうなるのはわかっていただろう俺! いきなりボスたちが倒されて呆然としていた側近らしき盗賊二人をスキルの効果が切れる前にデュランダルで斬って、斬る。
うぁぁ! きっつぅ。MPの減少ってこんなきついのか。今の二人がレベル二十台だったが、ぱっと見で残った盗賊はレベル十前後。数こそまだ二十人以上残っているけど、主要メンバーは一気に戦闘不能にできたっぽい。これならやれる。
とにかく今はまだスキルの効果時間内だし、ボスたちがすでにやられていることに気が付いてない盗賊たちの背後から一方的に攻撃できる今のうちに少しでも数を減らす。間違えて村民を斬らないように『鑑定』を切らさないようにして次から次へと盗賊たちを斬る。スキルが切れたらすぐに『オーバーホエルミング』を使い、盗賊たちが組織だった反抗をしようと思わないように圧倒的強者感を出しながらただ無心に盗賊を斬り伏せる。
どのくらい時間が経ったのか、ぜぇぜぇとうるさい自分の荒い息を聞きつつ周囲に生きている《盗賊》の鑑定結果が出ないことを確認した俺は全身の力が抜けて地面に尻もちを搗き、そのまま後方に倒れて大の字になる。ああ、空が綺麗だ。ていうか横向いたら絶対死体が目に入るから見たくない。とにかく疲れた。さすがにしんどい。
「お、おい、あんた……大丈夫か? 村を助けてくれたんだよな。それにしてもあんた強いな! この数の盗賊を一人で……あ、今、若いのが村長を呼びに行っているからお礼なんかについては村長から聞いてくれよな。とにかく助かったよ、ありがとう。カードや装備の回収なんかは俺らでやっとくから村長が来るまではゆっくりしていていいぜ」
上から覗き込むように話しかけていた農夫Lv7の人に小さくうなずき返す。だって喉が渇きすぎて声が出なかったのだからしょうがない。
どうせ動けないならと自分のジョブを確認。
長谷 悠太 男 18歳
村人Lv3 農夫Lv3 盗賊Lv3 英雄Lv2
装備 デュランダル 頑硬のジャケット 技巧のグローブ 回避のブーツ
盗賊たちのレベルが想定よりも高かったせいか、思っていたよりもレベルが上がったな。多分原作時より人数も多かった気がする。これって原作知識やら持ち込み品やらのせいで難易度高めの初期設定とかだったらどうしよう。
そういえば原作の主人公とは違って、俺の場合は最初から元ネタがある状態なんだよな。原作を書いた作者はこの世界の設定を当然ゼロから作っただろう。つまり完全創作。それなのにその創作物と同じような世界がここにある。ということは、こういう非常識なことが出来る不可思議な存在が原作を基にこの世界やシステムを新しく構築したということにならないだろうか?
実際転移前に前もってあるだろうなと考察していたとおり、この世界に転移して生きていくにあたって今後の異世界生活において大きな影響がある英雄ジョブ獲得イベントは起きた。もちろんこの世界も現実だから、決してゲームのつもりはないけど脳内考察上はわかりやすくイベントとするが、多分ここから先についても似たようなイベントは起こる可能性はある。でもその場で取る選択は完全に俺の自由。だから決められたストーリーなどはなく、転移者自身が思うように行動を選択して生きていくだけ。変に義務などを強制させられるのはこちらとしてもご免被りたいから、俺にとってそれはプラス要素。だけど逆に言えばそれだけの自由度を与えてしまえば、このシステムを作った何者かが難易度とかに介入できるのもこのあたりまで、ということになるか?
あと事前に気になっていたのは、原作の主人公がこの世界にいるのかどうか。普通ならいない。だって原作はあくまでも架空の創作物語なんだからいるはずがない。だが、俺の考察どおりこの世界とシステムを作った何者かがいるのなら、原作登場人物コミコミで諸々を構築している可能性がある。その場合仮にいたとしても当然、原作登場人物そのままではあり得ない。真の原作登場人物を動かせるのは原作者しかいないのだから当たり前だ。だからもし、原作登場人物と同じ名前や姿の人がいてもそれは似て非なる人だと考えた方がいいのだろうとは思う。ただ、原作の大ファンである俺としてはそれでも彼や彼のパーティメンバーに会ってみたいと思わずにはいられない。あわよくば先回りしてあの子たちを自分のメンバーになんて思っては……いない、多分。
まあ、まずはこの世界でしっかりと生活基盤を整えて自分のパーティメンバー兼ハーレムメンバーを集めつつ余裕があれば彼らの痕跡を探すのを行動指針の一つにしてみるのもいいかも知れない。
「もし、旅のお方」
そんな益体もないことを考えていたら、寝転がったままの俺の顔を覗き込む初老の男性。
ソラータ 男 62歳
村長Lv8
装備 皮のジャケット サンダルブーツ
どうやらこの人がさっきの人が言っていた村長さんらしい。
「ああ、こんな体勢で済まない。さすがに疲れてしまった」
「いえ、とんでもありません! あなた様がいなければこれだけの数の盗賊を防ぎきることはできなかったでしょう。私はこの村の長をしておりますソラータと申します。地面の上では休まらないでしょう、私の家にお部屋を用意させておりますのでどうかそちらでお休みください」
「それは助かる、俺はユータだ。よろしく頼む」
せっかくの申し出だからぜひとも甘えたい。さすがにこれ以上この場にはいたくないし、落ち着けるところでいろいろ考えたい。よっこいせと体を起こして立ち上がると、あんまり周囲を見ないようにしながら村長の後に続く。
「ソラータ村長、ついでで申し訳ないがもう一つ頼んでもよいだろうか」
「はい、なんなりとお申し付けください」
さすがに盗賊を全員斬り伏せただけあって村長の腰が低いこと低いこと、もしかして村の若い娘を伽に求めたら普通に出てきそうな気がする……いや、しないけどね。
「モロコン畑の二段目で働いていた女性に荷物を預けてあってな、届けてもらっていいだろうか」
「二段目というとムンジのところのマルリですな。承知いたしました、後程届けさせましょう」
「よろしく頼む」
村長の後ろを歩いていると戦いを終えた村の人たちが俺の方を向いて深々と頭を下げていく。正直ジョブが欲しくて戦っただけなのでちょっと後ろめたいが、ここまで人に深く感謝されたのは初めてのことでなんだかむず痒いけど、ちょっとだけ気持ちが浮き立ってしまう。が、盗賊とはいえ人を殺して感謝されることが当たり前だとは思わないように心がけよう。それに今の俺はまだ一人、村の中とはいえ警戒も怠らないように。
《村人》《村人》《農《村人》人》夫》《農夫》《村《村人》《商人》《農夫》人》《盗《村人》賊》《村人》《農夫》人》
「ん?」
あつまっていた村の人たちを鑑定しながら眺めていたら嫌な文字が見えた気が……確かあの辺り。
ビーグ 男 22歳 盗賊Lv2
ダナ 女 19歳 盗賊Lv1
くっそ、まだ俺を休ませない気か! といっても放っておくわけにもいかないか。
「ユータ様、どうかなされましたか」
俺が漏らした声が聞こえたらしい村長が不安そうに俺の顔を見る。数十人の盗賊団を一人で倒すような相手の機嫌を損ねないようにしたいのかも知れないが、あんまり卑屈になられても困る。まあいいけど。ひとつ溜息を漏らすと、一応声を落とし、更に念のためブラヒム語に変えておく。
「村長、すまない。あそこの茶色の髪の青年と赤毛の女性と話をしてみたいのだがいいだろうか」
「綺麗なブラヒム語ですね、そしてわざわざ声を落としてブラヒム語に切り替えたということはあまり他の者に聞かれたくないということですね……あそこにいるのはビーグとダナという者です。連れてくるのは構いませんが、どういった用向きでしょう? 二人は婚約しておりますのでダナを伽にという訳にはいきませぬが?」
違う! そんなことは求めとらん!
「村長、もう少し近くに」
「は、はい」
ちょっと頬を赤らめつつにじり寄ってくる村長、お前は何を想像している! ええい、もう無視だ無視。
「今回の襲撃、妙に大掛かりではなかったか?」
「はぁ、そういえばそうでございますな。ユータ様のおかげで村民に被害はありませんでしたが」
「盗賊が襲撃してくるというのはよくあることなのか?」
俺の質問の真意を測りかねているのか、村長は怪訝な表情を浮かべている。
「……いえ、こんな小さな村ですし、近くに盗賊たちが塒にするような山や森もありません。それにこの規模の村にしては周囲を柵で囲うことは珍しいと思いますから盗賊から見れば襲いにくいと思います。……はて、確かにそう考えると今回の襲撃は規模も過剰ですし違和感がありますな」
「もし、村の内部に情報提供者がいたとしたら、その違和感はどうなる?」
「……ま!」
何かを叫ぼうとした村長を即座に手で制すると、村長の気持ちが落ち着くのをゆっくり待つ。
「いいか村長。周りの村の人たちは大規模な襲撃を退けたことに安堵して、心から俺に頭を下げてくれている。だが、あの二人だけ雰囲気が違うような気がした。勘違いならそれでいい、謝罪もしよう。しかし念のためインテリジェンスカードを確認してみてはどうだ」
「なる、ほど……それは、確かにそうでございますな。そういえばあの二人は二季節ほど家出をしていて最近街から出戻ってきています。顔見知りゆえ村に戻った際にもカードの確認はしておりませんでした」
真剣な顔で俺と目を見合わせる村長。お互いに示し合わせたかのように頷きあうと、村長は近くにいた村人Lv22と農夫Lv18の男性二人に何かを告げ、俺を村長宅まで案内してくれた。