「ご、ご主人様。今、こちらから音がしませんでしたか?」
何度かニードルウッドとの対戦を繰り返し、ファンナの動きからも完全に固さが取れてきたので鋼鉄の剣に持ち替えて三人でニードルウッドと戦ってみたりもしたが、ニードルウッドレベル一相手では俺たちの敵ではなかった。まあ、レベル差もあるし落ち着いて戦えさえすれば問題ないとは思っていた。これならと思ってそろそろボス戦に向かって舵を切ろうと思ったときにファンナがくいくいっと袖を引いた。
「ん? ……特に聞こえないが、通路の先にニードルウッドがいそうか?」
これまでの探索でもファンナが曲がり角の先を覗く前にニードルウッドの動く音を聞き取って教えてくれたことがあった。おそらくずっと視界に制限を受けていたせいで、聴力が俺たちよりも発達しているのかも知れない。あまり詳しく聞いてはいないが、それでもさすがに索敵として頼れるほどではなさそうだけど、出合い頭の接敵を避けられるだけでも十分助かる。
「い、いえ……そうではなく」
ファンナのとがった耳がぴくぴくと動く。確かに今いるのは一本道の通路で次の曲がり角までは少し距離がある。
「え、えっと……なんかこの辺で……この壁の」
目を閉じたファンナがふらふらと歩きながら通路の壁に寄っていく。周囲に魔物の姿はないので、ファンナの行動をのんびりと眺めていたが、ふと背筋に冷たいものが走る。
ちょっと待て……確か。できたばかりの迷宮で、壁の向こうといえば…………原作でもあった!
「ファンナ! 待て! 壁に触るな」
「え? あ、きゃあぁぁぁ!」
それに気が付いた俺が声を上げたときには既にファンナが手を付いた壁が音を立てて崩れ落ち、その崩れた壁と一緒にファンナが壁の向こうへと転がり込んだ後だった。
「セリナ! 魔物部屋だ! 俺が突入して魔法を撃つ。中にいる数によっては魔力が尽きる。そうしたら無理やりにでも強壮丸を俺に飲ませてくれ!」
セリナに対する指示もそこそこ、返事すら待たずに魔物部屋の中に駆け込むと部屋の中はまるでニードルウッドの密林状態。そんな中、今まさに、ニードルウッドの波がファンナに襲い掛かろうとしているところだった。
「させるか!『オーバーホエルミング』」
遅くなった世界の中、事態についていけず硬直しているファンナを見つけるが、一気に駆け寄りたい気持ちとは裏腹に、ファンナが思ったよりも奥まで入り込んでいて、直行するには数体のニードルウッドが邪魔だ。
倒している暇はないと判断した俺は、左手の小楯を構えて体当たりでニードルウッドを二体ほど押しのけると、やっとのことで彼女のもとへと辿り着く。すぐさま彼女を抱きかかえ入口方向へ戻ろうとしたところで『オーバーホエルミング』が切れた。と、同時に無数の枝が降り注ぐのが視界に入った俺は、とっさにファンナを懐に強く抱きしめると枝に背中を向けた。
ガツ、ガツと鎧の背中を叩く音がするが、衝撃や痛みは装備とレベル差でなんとか耐えられる。それに一階層のニードルさんは魔法二発で落ちる。ならばやられる前にやればいい!
「『ファイヤーストーム』」
念じた瞬間、一気に体中の力が抜ける。あぁ、やってしまった! これだけの数にストームを使えばMPが枯渇する可能性があることを分かっていたのになんてバカなんだ俺は! こんなクズは死んでしまえばいい、このままこいつらの密林に埋もれてしまえばいいのだ。
「ご、ご主人様! ご主人様、私を離してください! 私、私がご主人様を守るんです! 私が……私がご主人様を……だから私を離して逃げて、逃げてくださいぃ」
ば、ばっかやろう! どんなにしんどくても離してやるもんか! しっかりしろ、俺! 二人を守るって決めたんだろうが、ファンナを泣かせてどうする! この子たちを鳴かせていいのはベッド上だけだ!
半ばやけくそのつもりで足を動かしてストームに混乱するニードル林を抜ける。だがまだやつらは一体も減ってないってのにどうすんだ馬鹿野郎。
「ユータ様!」
混乱する俺の口が柔らかいもので塞がれなにかが送り込まれ、内心で猛っていた俺はうっかりとそれを呑み込んでしまう。
「姉さん、すぐにユータ様にこの強壮丸を追加で! それまでは私が防ぎます! 嫌がるようならさっきみたいに口移しで強引に飲ませてあげて!」
「わ、わかった! ご主人様、飲んで!」
俺の傍を駆け抜けていく誰かの気配と、再度口を塞いだ柔らかな感触。縋りつくように抱きしめ吸い取るようにむさぼり、艶めかしく動く軟体物を絡めとるように自分の舌で舐っていると何かが喉を通っていく。
「う、く、ぷはぁ! ありがとう二人とも、もう一回魔法を撃つ! またケアを頼む!」
棍棒を振り回して殿を務めているセリナの後ろからロッドを伸ばそうとしたら、いつの間にか手には持っていなかったので、ファンナに抱かれながら右手だけを伸ばして必要ないのに思わず叫ぶ。
「『ファイヤーストーム』!」
あっかんて、まじきっつい。マジで死んだろか、ええねん、わいなんて死んでしもても……てかナニコレ、なんでエセ関西弁やねん、混乱しすぎやろ……あぁ死にたい。いや、死のう。
「セリちゃん! 私が押さえてるから私のポーチから追加の強壮丸を!」
「わかった!……ユータ様、飲んでください!」
んむちゅ……うん、ちゅむ、むふ、うむ、ちゅる、ちゅむ、ゴクン、ぺろむちゅ……
く……今だけ獲得経験値二十倍をそのままMP回復速度二十倍に変……更。
ふ、ん、むちゅむちゅ……ゴクン。
ああ、やっとこ落ち着いてきた。緊急事態だったとはいえ、情熱的なキスをくれた二人が本当に愛おしい。昨晩と今朝のはまだぎこちなさがあったからな。
なんていう馬鹿なことを考える余裕も戻ってきたか。
「ご主人様、ご主人様、ごめんなさい、ごめんなさい!」
おっと、ファンナのおっぱい布団(ただし革のジャケット付き)とセリナの熱烈キスが気持ちいいからって、いつまでも介護されている訳にはいかなかった。ファンナを安心させてやらなくては。俺を抱きかかえるファンナと覆いかぶさるように口を塞いでいるセリナを同時にぽんぽんと叩いてもう大丈夫だと伝える。
「ご主人様!」
「ユータ様!」
顔を上げた二人は双子らしくよく似た顔で涙ぐんでいた。ちくりと罪悪感が胸を刺す。もっと格好よく颯爽と助けられたらよかったのに。
「心配かけたな……もう大丈夫だ。二人ともよく頑張ってくれた」
「で、でも私のせいでご主人様が!」
「違う違う、魔物部屋に気が付かなかっただけでなく、こういう部屋があるということも伝えていなかった俺のミスだ。それにMPこそ枯渇したが、戦闘としては魔法を二回撃っただけのことで怪我もない」
本当はニードルウッドにガンガン叩かれたせいでちょっと体の節々が痛んでいるが、MPが回復してからこっそり『手当て』すれば嘘ではなくなる。
「わ、私がお守りするって……」
「ファンナ、君はまだ探索初日だぞ。そんな相手に守られているようじゃ主人として情けないだろう? 守ってもらうのはもっとファンナが強くなってからだ。それまでは俺に二人を守らせてくれ。それくらいはいいだろう?」
「……わ、私、頑張って強くなります。だからそれまで、ですよ」
「ああ、ありがとう。セリナも冷静に対処してくれて助かった。ありがとう」
ファンナと話している間もセリナは俺の上に乗っかるようにして顔を胸に押し付けていた。硬革の鎧の肌触りは決して良くないと思うのだが、それを言ったら殴られそうなので言わない。
「怖かったです」
「ああ、怖かったな」
「私だけ置いていかれたみたいで」
「よく我慢してくれた。信じてくれてありがとう」
「でも……ちゃんと私たちを守ってくれるって、口だけじゃなくて行動で示してくれて……物凄く、嬉しかったです」
「動けるかどうかは自分でもその場にならないと分からなかったんだが、どうやら俺は嘘つきではなかったらしい」
「……ユータ様は馬鹿です」
「主人に対してそれは酷いな」
「知りません!」
どうやら大分二人を心配させてしまったらしい。MP枯渇のメンタルダウン以外は何ら問題ない出来事だったんだが……メンタルダウンだけはマジでなんとかしてほしい。本当にしんどい。
「さあ、せっかく倒したんだからドロップを拾いに行こう」
二人に抱き着かれているのは嬉しいがここは迷宮、そうも言っていられない。まあ、装備越しで感触が物足りないっていうのもあるけどね。
「は、はい。でも私たちが拾ってきますからご主人様はここにいてください」
「他の人や魔物が近づいてきたら、絶対すぐに声をかけてください」
「わかった、言われた通りにしよう。よろしく頼む」
ファンナとセリナは俺の返事に嬉しそうに頷くと、アイテムボックスを開きながら回るらしく呪文を詠唱して部屋の中に戻っていった。
部屋の入口に座って寄りかかりながら休憩しているとMPが安定域に回復してきた感じがするので、今のうちに『手当て』を二度ほどかけておく。放っておいてもすぐに治るほどのダメージしか受けていないと思うが念のためだ。
ついでにジョブの確認をしておくか。
探索者Lv26 英雄Lv21 魔法使いLv25 戦士Lv26 僧侶Lv25
レベル1のニードルウッドとはいえ、経験値実質百倍であれだけ倒せばレベルは上がるか。双子の方はどうだ?
ファンナ 探索者Lv17
取得ジョブ 村人Lv5 農夫Lv1 薬草採取士Lv1 戦士Lv1 剣士Lv1 商人Lv1 鍛冶師Lv1
セリナ 探索者Lv17
取得ジョブ 村人Lv5 農夫Lv1 薬草採取士Lv1 戦士Lv1 剣士Lv1 商人Lv1 鍛冶師Lv1
おお! 《鍛冶師》を取得しているじゃないか!
鍛冶師 Lv1
効果 腕力中上昇 体力小上昇 器用小上昇
スキル アイテムボックス操作(10) 武器製造 防具製造 スキル結晶融合
あぁ、そっか、俺が二回目の魔法を撃つまでの間魔物を止めてくれていたセリナは棍棒を力一杯振り回してけん制をし続けてくれていた。きっとその時に複数のニードルウッドを弾き飛ばしたんだ。そしてやっぱり経験を共有しているらしいファンナも同時にジョブを取得したということか。
それになんとも嬉しいのは、このジョブ取得は俺の原作知識を使った訳じゃない。セリナが自分の想いと力で手に入れたジョブだということだ。
俺たちを守るために必死に戦ったからこそ取得できたジョブ。きっと言われるがままに行動して与えられるようにゲットしたジョブよりも誇りを持ってもらえるような気がする。
別にだからといって原作のドワーフさんがどうこうという話ではない。気持ちの上でテンションがプラス100か101かくらいの違いだ。
「ユータ様、ドロップ拾い終わりました。それとこれを」
「お、そういえばロッドを落としていたんだったな。ありがとう」
いつの間にか落としていたロッドをセリナから受け取る。これをなくしたら勿体ない。
「ご、ご主人様。ブランチがたくさんありました。それとこれがありました!」
そう言ってにこにこしたファンナが差し出してきたのは小さくキラキラと輝く半透明の結晶石……スキル結晶だ!
『スキル結晶 立木』
たちき? これは原作でも見たことがないスキル結晶だ。どうやら頑張った俺たち三人に対するご褒美ということらしい。