商館を辞去して外に出ると、外は薄暗くなっていた。明日以降の行動はあとで宿の部屋で考えるとして、今はとりあえず腹が減った。飽食の日本人にとっては一日二食の粗食はちょっと物足りない、ここは宿の夕食に期待だな。
さて、これから宿に戻りたいが……歩くのはめんどくさい。使ってみるか? まず三割ダウンを外して、『ワープ』をセット。人の目がないのを確認して路地裏に入って壁に向かって海猫亭の裏路地の壁をイメージして『ワープ』。
おお、出た、出たよ黒い壁が。これに入るのはちょっと怖いけど……いったれ。
おっとと、勢いつけすぎた上に思わず目を閉じてしまったから着地? に失敗しかけた。でも、どうやら無事に海猫亭に着けたらしい。幸いMPの方もこの程度の距離で一人ならちょっと気分が落ち込んだ気がするがそれだけだ。その気分もMP回復速度二倍を付けていたしすぐに解消されたので問題はないな。いやあ、それにしてもマジで便利だな移動魔法。『ダンジョンウォーク』や『フィールドウォーク』が重宝されるのも納得だ。さて、まずは腹ごしらえをしてしまおう。
海猫亭に入って受付で鍵を受け取ると食堂に移動し、鍵を見せて夕食を受け取る。どうやら原作と違ってメニューの選択権はないらしい。今日のメニューはスープとパン、そして肉と野菜が入った炒め物だった。
まだ食事の時間が始まったばかりということもあるのか席は空いているので適当に座って木のスプーンを使って食べ進める。スープはクズ野菜と塩で味付けされたもので不味くはないがソラータ村のコーンスープの方が美味かった。逆にパンに関しては海猫亭の方が柔らかくて香ばしさがあって美味い。この世界に来て初めて食べるなんの野菜かわからない野菜や何の肉かわからない肉の炒め物もほぼほぼ塩のみの味付けなのに旨味が強くて結構美味。もしかするとダンジョン食材だったりするんだろうか。確か原作ではダンジョンで出てくる食材はみんな美味しい的な位置づけだった気がする。
宿での食事がこのレベルなら食生活がそこまで苦になることはなさそうだ。
食事を終えると受付にお湯をお願いして十ナールを支払う。カンテラと一緒に頼んで三割引きも考えたが、明かりは日本から持ち込んだ物を使った方が明るいだろう。部屋に戻るとしっかりと鍵を閉めて装備を外し、ベッドへと寝転がる。あぁ、疲れた……とりあえずお湯が来るまではこのままぐったりしよう。
「お客さ~ん、寝てんのかい! お湯持ってきたよ!」
ドンドンと強めに叩かれる扉の音と昼間は受付にいたパーラさんの呼びかける声で目が覚める。いかんいかん、完全に寝落ちしていた。
「今開ける!」
慌ててベッドから飛び降りると扉を開ける。
「すまない、ついうとうとしてしまったようだ」
「なぁんも! よくあることさ、構やしないよ。で、これが頼まれたお湯だよ。桶は受付に返却、残った水は桶と一緒に受付に返却するか、共同トイレを流すのに使ってくれればいいからね」
「わかった」
「そいじゃ、ゆっくり休んでおくれよ」
「ああ、ありがとう」
お湯を持ってくるまでの間だから時間にしてほんの数分程度のはずなのに、本当に転がり落ちるように寝落ちしたな。だけどちょっとだけとはいえ眠ったことで大分すっきりした。今のうちに体を拭いてしまおう。
という訳でしっかりと鍵を閉めなおしてベッドの脇にお湯を置く。で、リュックの中から携帯型のランプと、某ランキング番組で肌触りが良いタオルランキング一位になったこともあるメーカーのタオルを一枚取り出し、ランプを点灯してからタオルをお湯に漬ける。タオルがじんわりとお湯を吸っている間に着ていた服を、どうせ一人なんだからと思い切りよく全部脱ぎ放って全裸になってやった。後はタオルを軽く絞ってまずは顔を……うあ、気持ちいい。っと、お湯がぬるくなる前に全部拭いてしまおう。いつか、俺も自力で風呂が入れられるように頑張らないとな。
さっぱりしたところで肌着と下着は新しいものに替えて、着ていた方の肌着と下着は使用したタオルと一緒に残り湯で揉み洗いしてクローゼットにかけておく。この手の物はそのうち少しずつこの世界の物に変更していくものだけどお金に余裕ができるまでは手持ちで回して節約しておく。もし、問題なくドワーフ姉妹を購入出来たら、二人の分と一緒に俺の分も揃えるのもいいな。
そのためには明日からの金策。購入代金として必要な額は六十六万五千ナール。さっき数えた俺の全財産が六十五万二千七百八十四ナール。足りないのは一万二千二百十六ナール。つまり最低限金貨一枚と銀貨二十三枚あればいい。これは最悪何もしなくても今装備している鋼鉄の剣と硬革シリーズを売却するだけで到達できるだろう金額なので購入自体は確定している。ただ、今後の生活費のことも考えればぎりぎりを攻める訳にはいかない。できればあと三万ナールくらいは確保しておきたい。
五日間も待ってもらう理由は仲間になった二人にお金でひもじい思いはさせたくないし、少しは自分だけの力で彼女たちのために努力をしておきたかったから。まあ、各種ジョブの取得についても一通り自分で先に試しておきたかったというのもある。《僧侶》だけでも先に取得しておけば二人を仲間に入れたときに安全性が段違いに高まる。
ちなみに資金の確保に問題がないのにわざわざ一日買うという判断を遅らせた理由は……実は大した理由じゃない。獲得する経験値の有効活用のためにちょっとしたフライングをしようと思っただけだ。そのためには一度迷宮に入る必要がある。
明日は一番近い東の迷宮に入ろう。設定はどうしようか。
最初はぶっちゃけ怖いのでデュランダルはマスト。金策がメインだから結晶化促進十六倍、経験値関係は控えめに必要経験値二分の一と獲得経験値二倍、索敵ができないと移動距離が増えそうだから足装備一で俊敏を上げて、あとは魔法使い狙いのMP全解放と緊急脱出用の『ワープ』か……で設定すると
キャラクター再設定1 鑑定1 ジョブ設定1 フォースジョブ7 詠唱省略3
武器六63 足装備一1 ワープ1 MP全解放1 MP回復速度上昇1
必要経験値二分の一3 獲得経験値二倍3 結晶化促進十六倍15
合計101
こんな感じにしておいてレベルが上がってポイントに余裕が出来たら調整していけばいい。あとは一日にどのくらい魔物を倒せるか。明日行くベリル近郊迷宮の魔物が稼げる魔物かどうか。結局のところまだ一度も魔物と戦ってないし、やってみなければわからない。でもファンナやセリナに格好悪いところ見せないためにも魔物との戦いにも慣れておかないとな。
「……意外とよく寝たな」
部屋の木窓の隙間から光が入ってきているから夜は明けているか。時間的には多分まだ早朝だろうけど、寝たのも早い時間だったろうし今から動き出してもいいか。
Tシャツとボクサーパンツで寝ていたので、靴下、ジーパンを履き、トレーナーを着たらまずボーナス足装備一の俊敏のブーツを履く。そして硬革の鎧を装備、それから硬革の帽子を被ったあとに硬革のグローブを装備したらデュランダルを腰に下げて完了。あとは太陽光充電式の腕時計の時間をひとまず七時に設定しウエストポーチのベルトに目立たないように装着。
原作では地球の一時間とほぼ同等ということになっていたが、一日が二十四時間かどうかはわからないし、今が何時なのかは確認できないので、自分基準になるが生活していく中で調整していきたい。
後は空だったリュックに日本から持ち込んだ五百の水ペットボトルとタオルを入れて背負えば準備オッケー……宿を信じないわけじゃないけど、やっぱりお金を置いていくのは怖い。財布は二つともウエストポーチにしまっておこう。ちょっと腰回りが重いけど動きに支障がでるほどじゃないだろう。
「おはよう、早いね。朝食はもう始まってるよ」
部屋の鍵を閉めて、桶を持ってトイレに寄り、用をたしてから桶の水で流して一階に下りると眠らないと噂のエマーロ族の受付が気さくに声をかけてくる。
「ありがとう、さっそくいただくよ。それと桶の返却を頼む」
「あいよ」
桶を返したら食堂に入り、鍵を見せてトレイを受け取る。今日の朝食はパンとスープ、それとウズラぐらいのサイズの小さなゆで卵が一個か。まあ贅沢は言うまい。若干の物足りなさを感じつつも食事を済ませると、一度鍵を預け探索者ギルドと冒険者ギルドの大まかな位置を受付に確認してから海猫亭を出る。
外は早朝の冷えた空気がむしろ気持ちいいくらいで、まだ通りを歩いている人もいない。ギルドは基本的に日の出から日没までは通常営業らしいのでより東門近くにあるという探索者ギルドを目指す。そこで迷宮の場所を確認しつつ、必要なアイテムを購入したい。
探索者ギルドは東門のすぐそばにあった。冒険者ギルドは通りをもう一本奥に入ったところらしいが、今のところ街を移動するとかの用事がなければ近いから探索者ギルドで用は足りるか。
中に入ってみると、この時間帯はまだ人が少なく閑散としている。ギルド内は特に見るものはなく、横に並んだいくつかの窓口と壁に貼られた依頼の数々、残念ながら原作同様俺もまだ文字は読めない。ただ主人公と違って一応俺は文字も読み書きできるように教えてもらおうとは思っている。
「強壮丸を十個と黒魔結晶を五つ売ってくれ」
「かしこまりました……えっと六百ナールと五十ナールになります」
窓口の一つでMP回復用の薬である強壮丸と金策の要と考えている黒魔結晶を買う。窓口の女性はジョブが《村人》でスキルの『カルク』がないため三割ダウンは効かないので定価で購入するしかない。
カウンターに銀貨六枚と銅貨十枚の山を五つ並べながらついでに情報収集もしておく。
「この先の迷宮の場所と低階層の魔物を教えてもらえるか」
「えっと、に……し……ろ……門を出て道なりです。ぱ……と……魔物は一階層がニードルウッドで二階層がスローラビット、次がナイーブオリーブです」
一階層は原作と同じだけど、二階層からは違うのか……でもニードルウッドのブランチは低階層に出てくる魔物のなかではちょっとだけ高く売れたはず。二階層のウサギだって皮は安いが肉が落ちれば皮よりは高く売れる。あれ、肉はボスだけだったか? その辺はWEB版かそうじゃないかで分かれるか。あとはやってみてかな。
「はい、確かに。品物はこちらになります」
小さな飴玉くらいのサイズの丸薬をポーチのポケットに入れ、黒魔結晶をリュックに入れるとギルドを出て迷宮へと向かう。すると本当にちょっと歩いたらすぐに洞窟の入口みたいなものが森の中にあるのが見えてきた。多分あれが迷宮だ。出来たばかりだと言っていたからなのか入口でショートカットを担当する探索者もまだいないらしい。
とうとう迷宮か……ここからは魔物との戦いになる。ふぅ、やっぱり怖いな……でも一階層は木の魔物だしデュランダルで一撃のはず。俺でも戦えるはずだ、行くぞ。
所持金 652,134
お湯 △10
強壮丸×10 △600
黒魔結晶×5 △50