覚悟を決めて黒い壁に飛び込む…………と、洞窟のような通路のような作りの小部屋にでる。ここが迷宮か……なんだか不思議な気分だが、感傷に浸っている暇はない。まずはジョブの《農夫》を迷宮に入ったことで取得した《探索者》のジョブと入れ替える。
探索者 Lv1
効果 体力小上昇
スキル アイテムボックス操作 パーティー編成 ダンジョンウォーク
《農夫》の【腕力小上昇】はデュランダルがあれば今は不要、これからやることを考えたら《探索者》の【体力小上昇】の方がありがたい。
「よし、走るか」
今からが戦闘開始だと集中することで足装備一の効果が発動するのを感じる。さすがに全力疾走するつもりはないが、壁や天井がうっすらと光っているせいか通路自体はあまり暗くないし、足元もそこまで悪い訳でもないみたいだから走り回っても問題はない。残念ながら俺には索敵する能力なんてないから、稼ぐためには文字通り足で稼ぐしかない。幸い『ワープ』があれば道に迷うことはない。
軽いジョギングくらいのペースで迷宮内を適当に走りだして最初の角を曲がると、いましたよ。木の枝を振り回して攻撃してくるニードルウッドが。顔らしいものがないので魔物がこっちを見ているかどうかはわからないが、下手に立ち止まってしまうと相手の攻撃に躊躇してしまうかもしれない。だったら最初のうちはデュランダルを信じて特攻だ、多少攻撃を受けてもHP吸収の効果ですぐに回復できるはず。
相手が枝をしならせ始めたタイミングで一気に速度を上げて懐? に入り込み下段から魔物を斬り上げると、盗賊を斬ったときのようにほとんど手応えがないままデュランダルは魔物を通過し、ニードルウッドは悲鳴をあげることなく白い煙へと変わって消えた。口とかもないので声がだせるかどうかも不明だけどね。
「これがブランチか……」
落ちていた小枝を拾うとリュックに入れる。ジョブ取得の検証は魔物相手に不慮の何かが起こっても困るのである程度レベルを上げた後に挑戦することにして、今は少しでも多く魔物を倒すことに専念するか。
「よし、どんどんいこう」
声に出して自分に活を入れると再び走る。適当に走ってニードルウッドを見つけたら斬る。そしてブランチを拾う。あとはひたすらそれを繰り返す。
走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う、走る、斬る、拾う……
どのぐらいそうして走り回っていたかジョギングレベルの速度とはいえ、ずっと走って止まってを繰り返していたからさすがに息が切れる。多分体感では一分、遅くても五分走るごとくらいにはニードルウッドに遭遇していたと思う。時計を見ると針は九時を回ったところだから、二時間近く動き回っていたことになる。一区切りつけるにはいいタイミングだろう。
安全を考えて『ワープ』で迷宮の外の木へと出ると周囲に人影がないのを確認してリュックから水を取り出し……くっ、大量のブランチが邪魔で手が入りにくい……よし、取れた、そして飲む! ……あぁ、うまい! 迷宮に入るまではあんまり持ち込み品を使わないようにしようという謎の自分縛りだったけど、最低限の自衛ができるようになるまで人の目を避けるという意味では正解だったな。
さて、休憩がてらいろいろ確認しよう。まず時間だけど、ここに来てからの体感だと太陽が一日で一周しているのは間違いない、昨日馬車に揺られている間にリッドルにもさりげなく確認したし、お昼に太陽が一番上に来るということも言っていた。
そのうえで今の太陽の位置はまだ頂点を超えていないが、九時だとちょっと早いか。この木から太陽があの位置に見える時間をとりあえず十時ということにして時計を調整。明日もう一度同じ位置の太陽を確認すれば大体一日が何時間なのかがわかるだろう。この世界で時間を気にすることに何の意味があるのか、とは思うけど何となく時間がわからないのは一日の計画を立てたりするうえでもなんか気持ち悪いから大体でも確認はしておきたい。
次は自分の鑑定。
長谷 悠太 男 18歳
村人Lv3 探索者Lv2 盗賊Lv3 英雄Lv2
装備 デュランダル 硬革の帽子 硬革の鎧 硬革のグローブ 俊敏のブーツ
ブランチを数えてみたらなんと四十七個あった。それだけ倒しても《探索者》のレベルが一つしか上がっていない。やっぱり獲得経験値が実質四倍程度では効率が悪い。とは言ってもこの世界の人たちと違って戦闘時間がほぼゼロだからこその討伐数。普通は一階層でも一戦ごとに数人掛かりで十分かかることもあるらしい。それだけ戦う時間が長いと数をこなすのも大変だ。その点俺は装備で楽をさせてもらっているが……だったら最初のうちは高倍率にして自己強化を優先した方がいいか?
リュックに入れていた黒魔結晶は一つだけが百匹以上の紫魔結晶に変化している。結晶化促進は十六倍にしていたから正確には七百五十二匹分が蓄積されているはずだから、あと十六匹倒せば青魔結晶に変わる。その次の一万匹分はちょっと大変な気がするから当初考えていたとおり青魔結晶で止めて青魔結晶を集めていくか。
とするとポイント割り振りは……ひとまず《魔法使い》の取得を夕方に回すならMPはさほど使わない。だったら武器はランクを一つ落としてMP吸収だけがない武器五のフラガラッハでいい。それでもレベル一のニードルウッドなら一撃でいけるかも知れないしな。
キャラクター再設定1 鑑定1 ジョブ設定1 フォースジョブ7 詠唱省略3
武器五31 足装備一1 ワープ1 MP全解放1 必要経験値三分の一7
獲得経験値十倍31 結晶化促進十六倍15 合計100
フラガラッハにした分を経験値系に割り振ってもう少しレベルアップに力を入れる。《村人》はとりあえずレベル五で外すから、もうファーストジョブは《探索者》でいいだろう。これから先は《探索者》がファーストジョブにいることになるだろうし。これでまず十六匹倒してみて、魔結晶を入れ替えるときにまた考える。
迷宮に戻り、今度は一匹倒すごとに自分と魔結晶を確認することにする。小走りに探索を進め見つけた一匹目をフラガラッハで一閃。あれ? なんか手応えが固い? でも一応ニードルウッドは煙へと変わった。これは意外と武器五と六の差は大きいかも知れない。確か原作では雑魚敵なら四階層まではデュランダルで一撃だった気がするが、フラガラッハだと二階層も一撃は厳しいかも知れない。それでも現状は一撃なのでジョブを確認しつつ戦い続けるとさっきの一匹を倒したところで《英雄》が、追加で二匹倒したところで《村人》と《盗賊》が、そして更にもう一匹倒したところで《探索者》が上がる。魔結晶は変わらず。
探索者Lv3 村人Lv4 盗賊Lv4 英雄Lv3
さすがに通算三十倍。といってもさっきまでの分でほとんど上がる寸前だったんだと思うけどな。よし、次だ。
倒すのに慣れてきたのもあり問題なく戦えているが、だんだん魔物を見つけるまでの時間が延びてきている。さっきの一匹などは見つけるまで、今までで最長の十分近くかかってしまった。多分、早朝の時とは違って時間が経ったことで、迷宮内に他のパーティが増えてきたせいで魔物の湧きが追い付かなくなってきた?
加えて他の人間に今はかかわりたくないから接触を避けているせいで自由に走り回れなくなったのも時間効率が下がった理由か。やっぱり索敵のできる仲間を探さないと先々厳しくなってきそうだな。
探索を再開し、次にジョブが上がったのはニードルウッドを更に十匹倒したときだった。魔結晶は変わらず、ジョブは。
探索者Lv4 村人Lv4 盗賊Lv4 英雄Lv3
《探索者》が上がったか。魔結晶も計算上はあと二匹。索敵に時間がかかるようになった分、確認作業はジョブだけでもいい。というわけで、索敵に苦労しつつも二匹追加で倒したところで青魔結晶が完成。さらに《村人》と《盗賊》がレベル五になった。そしてこの段階でいくつかのジョブが解放。
戦士 Lv1
効果 体力小上昇 HP微上昇
スキル ラッシュ
剣士 Lv1
効果 腕力小上昇 HP微上昇
スキル スラッシュ
商人 Lv1
効果 知力小上昇 精神微上昇
スキル カルク
ここで、ひとまず《村人》さんはお疲れ様ということで補欠に下がってもらう。代わりの選手はその後の派生ジョブにもいろいろ影響する《戦士》を選択する。
探索者Lv4 盗賊Lv5 英雄Lv3 戦士Lv1
ここまで来て時計を見ると、二時間以上が経過していて多分外はお昼を回っている。さすがに早朝から走り通しで体力的にもきつい。青魔結晶には到達したのでアイテムボックスに青魔結晶を入れる。ボックス内の魔結晶には貯まらないので、これで次の黒魔結晶に魔力? が蓄積されていく。
きりもいいし休憩がてら外に出て、アレク氏のところへ行こう。そこで双子を購入する旨を伝えたら、今度はジョブ取得に挑戦して今日のところはそこまでかな。『ワープ』で出てもいいけど、自分の位置感覚の確認も兼ねて歩きで出口を目指してみる。歩きながらファーストジョブの《探索者》がレベル四になって増えたボーナスポイント三の使い道を考えたけど今は有効な割り振り先がない。とりあえず疲労対策で体力に振っておけばいいか。
結局自分の位置感覚は頼れるものではなかった。ほどほどに迷った結果、出口にたどり着いて外に出たときには魔物と四回エンカウントし、無駄に一時間を消費してしまった。本当にこの効率の悪さはなんとかしたい。ボーナス装備とジョブ補正で無理やり動き回っているだけだから一日、二日はなんとかなるだろうけど毎日となると体力は勿論だけどメンタルも辛くなってくる。
ただ、現状が驚くほどに苦じゃないのは魔物を倒せば倒すほどレベルアップという形で努力がすぐ目に見えるのが理由だ。今日の探索をこれほどまでに集中的に頑張れたのは間違いなくそれが大きい。まあレベルがぽこぽこ上がるのもレベルが低いうちだけのはずだからなぁ。それでも双子を買うまではモチベーションを保てる自信はあるけどね。
で、前半戦の結果としては、予定通り青魔結晶は作れたし、四つのジョブも《戦士》と《英雄》がさらにレベルアップできたので初迷宮探索としては上々だろう。
探索者Lv4 盗賊Lv5 英雄Lv4 戦士Lv2
よし、一度ベリルへ帰ろう。『ワープ』で東門の外の木でいいか。もっと一気に近くに行きたいが、探索者ギルドの壁とか、ベリル街壁とか出口として使っていいのかはどうか分からない。だったら冒険者ギルドを『ワープ』に登録しておいた方がよかった。帰りを考えずに横着した朝の俺に文句をいいたい。
《探索者》は迷宮内の決まった場所同士だけで移動できる『ダンジョンウォーク』が使えて、《探索者》の中級職である《冒険者》は『フィールドウォーク』という迷宮以外で使える移動魔法があるからギルド内に出入りができる場所を設けてあるという設定だったはず。探索者ギルドは冒険者ギルドに転職で人を取られるという関係上、あまり仲がよくないらしいので『フィールドウォーク』で探索者ギルドに出る《冒険者》はいないだろう。
「ま、仕方ないか。いったん街の外に戻って歩いて冒険者ギルドに行こう」
というわけで『ワープ』。うん、すっげぇ便利! このくらいの距離ならMPも大丈夫そうだし、楽できるところは楽させてもらおう。空を見上げるとやはり太陽は頂点を超えていた。今、設定してある腕時計の時間はそんなにずれていないと思われる。一日が二十四時間かどうか問題もあるから、もうしばらく確認の必要はあるが。
『ワープ』のゲートから出た後はベリルの東門を通って、以前聞いておいた冒険者ギルドを探しだして中に入る。すると右側の壁に出入り口用の布が掛けられていたのでこれをしっかりと記憶しておく。と言っても一度見ておけばベリルの冒険者ギルドって念じればここに出てこられる。
冒険者ギルドの中も朝に行った探索者ギルドとほとんど変わらない、壁の一面がフィールドウォーク用の布に占領されていることくらいか。時間的にまだ冒険者達が帰ってくるには早いらしく窓口もすいているので、ささっと午前の分のアイテムを売ってしまおう。獲得経験値十倍とフラガラッハを外して三割アップを付ける。
「アイテムの買取を頼む」
「はい、ではこちらのトレイにのせてください」
「わかった」
まずは出来立ての青魔結晶を置き、背負っていたリュックを開いてブランチをがさごそと乗せていく。今回の討伐数は六十七だったはずだからブランチも六十七個だ。
「これで全部ですね。では少々お待ちください」
ギルドでは物を買う時はだいたい《村人》の受付が計算するから三割引きは効かないが、売却はギルド神殿を介して行われ、ギルド神殿には三割アップが効く。
ギルド神殿自体は魔道具的なものみたいだけどジョブを変えたり、道具を鑑定したり、買取までするというのだから道具のくせに多忙だ。しかも計算スキルである『カルク』に作用する三割アップが効くということは『カルク』も備えているってことで、さすがに迷宮を殺したときに手に入ると言われているレアアイテムなだけはある。
「お待たせしました。こちらになります」
受付の人が持ってきたトレイを確認して銀貨二十六枚と銅貨六枚。受付の人に「確かに」と答えて銀貨と銅貨をポーチの財布袋に入れたら今度はフィールドウォーク用の布に向かって、『ワープ』を使う。呪文詠唱してるようにぶつぶつ呟くことも忘れない。
そのまま開いたゲートにアレクの商館の路地裏の壁を指定して『ワープ』。
う……距離は短くても立て続けはちょっときついか。急いで再設定画面を呼び出して三割アップを外してMP回復速度を二十倍にしておく。
まだ時間はあるし、慌てることもない。しばしその場で息を整えているうちにみるみるMPが回復していくのが実感できるのはさすが回復速度二十倍だ。
所持金 654,740
青魔結晶売 1,300
ドロップ売 1,306