桃井タロウは楽園行き   作:トナカイ

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ドン1章 らくえんのももたろう
序文:謎の宅配人


 

 

 

 

 

 つまり今日まで、彼女は不幸の只中で生きてきたということだ。

 

 

 

 

 生まれた時から親はおらず、天涯孤独。獣人であるために、教会に入ることもできない。

 ずっと一人で生きてきた彼女には、得意なことも好きなことも、何もない。そもそも考えることだってできなかった。

 体を売って日銭を稼いで、そのお金で生きるための食糧を得て暮らしていた。

 

 世の中をくそくらえと罵ることさえ彼女にはできなかった。生まれたその時からツキはなく、そんな言葉をまともに学べる状況にさえいなかった。

 だから、死の危機に直面するほどの……普通の人間なら泣き叫ぶような状況にあっても、彼女は動じることさえしなかった。

 いや、動じることが、できなかった。

 

 

「貴様っ!」

「っ……!」

「もう逃げられないぞ! 薄汚い獣人め!」

 

 

 頬の痛みに驚き、彼女はじっと目の前の男たちを見た。

 始まりは、夜の褥で彼女が男たちの乱暴に抵抗したことだった。

 獣人だからと殴り、蹴り、最後に残った尊厳さえ犯されそうになった。その時になって、錆び付いた恐怖の感情が初めて動いた。男の一人の顔面を蹴り上げ、爪で目をつぶして、逃げてしまった。

 朝になるまで逃げて、もう元の場所に戻れず、途方に暮れるように空を見上げていたところ、男たちに捕まった。

 

 彼らは、あまりに執念深かった。

 

 貴族である。

 エルアラドの国会に席を持つほどの貴族の、三男坊である。それ故に彼とその仲間たちにとって、薄汚い獣人ごときに傷をつけられあまつさえ逃げられたことなど、恥以外の何物でもなかったのだ。

 だから始末する必要があった。この獣人の少女を。

 彼らは用心棒の男を一人連れて、彼女を探し当てた。そして今、拷問している。

 用心棒は棍棒を振りかざし、少女を打ち据えた。

 悲鳴は響かなかった。何度も言うが、彼女にとってはその仕打ちこそが、普通であったからだ。

 

 ただ、死への恐怖に泣き叫びたくはなった。それは初めてのことだった。

 何のために生きているのかわからないのに。何のために生まれたかさえわからないのに。

 なんでここで殺されるのか。こいつらに何の権利があるのか。

 少女には全く分からなかった。ただ怖かった。男たちに、路傍の石のように気まぐれで砕かれることが。

 

 喘ぐように声を漏らし、それがようやく悲鳴となった。

 男たちがいやらしい笑みを浮かべて、彼女の髪をつかむ。

 

 

「いい顔になったじゃないか。だがまだだ。お前は私に背いた。この、ポット・デール家の次期当主に! そのことを悔いながら、あの世に行ってしまえッ!」

 

 

 棍棒が上がる。お日様の見えない路地裏の空に、それが雲のような影を作った。

 死を覚悟した。生きる意味なんて、結局わからなかったなぁ、と思った。

 それが悲しいとすら、思えなかった。

 

 そして、彼女の顔面はひしゃげて、血をまき散らして破裂する__

 

 

 

 はず、だった。

 

 

 

 ……いつまでたっても、死が来ない。死んでしまうと目も開けられなくなって、体も動かなくなる。そのはずなのに、未だに地面の冷たさを肌で感じている。

 死んでいない? どうして……?

 

 

「なにをしている」

 

 

 つぶさな疑問とともに、目を開く。聞いたことのない声に、耳を澄ませた。

 暗闇が明けて、腕が見え。それが、男の振るおうとした棍棒を押しとどめているのを、見た。

 何が起きたのか、少女にはわからなかった。

 棍棒を止めた人を__声の主を、少女は見やる。

 男たちも思わず彼を見た。

 

 それは、一見すればただの男だった。

 黒いどこかの会社の制服。頭にかぶった「クロイヌ宅配便」の文字。最近話題の配達会社のもので、彼はそこの社員のようだった。

 ただ、彼の放つ圧力は、明らかにただの社員が放っていいものではなかった。

 

 男の仲間の一人、青い髪の男はその時のことを「虎と出食わした時のことを思い出した」と語った。

 またもう一人のハゲ頭は彼を「人の形をした化け物だ」と語った。

 貴族の三男坊は「格が違う」と直感した。

 

 そして用心棒の男は__「おおおおおおおっ!」

 

 

 咆哮。

 

 

 棍棒を振りかぶるや大砲のような勢いで、宅配人を叩き潰そうとした。

 それは彼に対して底知れぬ恐怖を感じたが故に、突発的に行われた暴力の嵐だった。

 だが宅配人が静かに動いた途端、用心棒の体は彼を通り抜け……路地裏の壁に激突した。

 そのまま昏倒。あまりの光景に、三男坊どもは呆気にとられていた。

 

 

「き、貴様っ! 何をしにここに来た! 私はポット・デールが三男、ゼンザ__」

「そんなことはどうでもいい。質問をしたのは俺だ。ここで、なにをしている?」

「ぬ、ぐっ……なんという言葉使いか! 私は貴族だぞ! 貴様、ただの宅配人がただで済むと」

「なにを、していた? その少女に対してだ」

 

 

 三度目。次はない、と男の目が告げていた。

 

 頭に血が上った三男坊には、彼の怒りを理解していなかった。この下賤な貧民に、無礼な口を聞いた事を後悔させてやると、そう息巻いていた。

 貴族だと言えば、この国の民草は面白いように震え上がる。それは自分が、そして自身の家が偉いという証拠だ。

 国のトップであるあの姫は、そんなことはやめるように言い、あまつさえ騎士団などに横暴貴族の取り締まりと称して衛視の真似事をさせているが。あんな無能な姫など、いずれ自分が兄どもを蹴落とし、家のトップにさえなれば、いつでもどうとでもできる。

 父上だって、兄たちよりも自分を見てくださっている。今だってあの方は、姫を一塊の奴隷に蹴落とすべく、かの秘密結社と手を組み、作戦を実行しようとしている。

 私もそのたくらみに手を貸し、この国を乗っ取るのだ。そうすれば、兄どもを蹴落とすより早く、この国のトップになることができる! そうなればこんな下品な宅配人の命も、この薄汚い獣人の命もゴミ同然__!

 

 それなのに、目の前の男は、そんなこともわかっていないのか。三男坊は腰に帯びた長剣を引き抜いた。

 

 

「首を垂れろ! ここで見たことを忘れるといえば、見逃してやる! そうでなければ殺してやるっ!」

「そうか」

 

 

 宅配人の男は、向けられた切っ先をじっと見た。

 貴族の三男坊、剣の腕は他のものよりもずっと優れている。ましてや相手は丸腰。彼の傍らに侍るほかの男たちも、目の前の男が首を垂れる様を幻視した。

 だが。

 

 

「なら、遠慮はしない」

 

 

 そんな言葉を聞いた。

 剣が宙を舞うのを、男は見た。

 それが、彼が獄中で目覚めたときに、覚えていた最後の記憶だった。

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 

「__ハアアァッ!!」

 

 

 裂帛の気合を涼やかな声に乗せ、セシリィ・エルアラドの放つ槍がゼノアーマーを貫いた。

 返す刀で槍が風を薙ぎ、周囲のオークどもを真っ二つに切り裂いて捨てる。

 そのたびに真っ白な翼が羽を舞い散らせ、天使の装いを纏いし救国の姫を彩った。

 

 真白い閃光に彩られし乙女こそ、天使と崇められる乙女、エデンズリッター・ロード・ルシフェルに他ならない。

 彼女のその姿、与えられし字名こそが、セシリィ・エルアラドの力の象徴だった。

 一見すると娼婦と見紛ってしまうほど露出の多い姿で、防御力など皆無に見えるが、人ならざる力をその身に宿した存在__エデンズリッターであるがために、彼女の皮膚が悪魔に食い破られることは決してない。その艶やかで豊満な立ち姿こそ、リッター・ルシフェルの強さの象徴なのだ。

 

 長くは戦えない……だがそれでも、兵たちの代わりに強大な淫魔と戦い、その負担を軽減する役割くらいは持つことができる。

 セシリィは雑兵たるオークやアーマーどもを蹴散らすや、大将首めがけ跳んだ。リッターとなったことで得られたその跳躍力に身を任せ、大上段から敵めがけて槍を抜く。

 がしかし、突如として響いた不快音に、セシリィは耳をふさぎ、体勢を崩した。

 

 

「もらったぁっ!」

 

 

 その瞬間を待っていたというように、大将__ゼノバットが尾の毒針を伸ばす。空を悠々と飛ぶ彼の淫魔は、今まで未確認の種類。その身に宿るのは尾や牙に蓄積された媚毒。これを対象に突き刺し注入することで、身動きのできない淫熱に身を焼かせるのだ。

 

 淫魔の持つ毒の威力は、セシリィも身をもって知っている。だからこそ接近戦は避けたいところだった。

 だが、目の前の針は今にも、セシリィの胸を穿たんと迫っていて__しかしその時、一陣の風が刃となって、敵の尾をはじいた。

 裂傷が刻まれるとともに血が舞い散り、ゼノバットは悲鳴を上げる。

 

 

「うぐっ、クソッ……誰だっ!」

「私だ。忘れてもらっては困るぞ、デール伯爵……いや、ゼノバットよ!」

 

 

 血を弾きながら、その乙女はゼノバットをにらみつける。剣のごとき眼光を持つ彼女こそ、ノエイン・グランノーフィス。その変身体、エデンズリッター・ナイト・アシュタロス。

 セシリィとともに戦う中で愛する彼女に力を分け与えられ、君主を守る騎士天使として覚醒したのだ。

 その実力はナイト級でありながら、通常のロード級と遜色がないほど。

 ゼノバットもこの二人のコンビネーションを前に、呻きを漏らした。

 

 

「ええい、リッター・ルシフェル、リッター・アシュタロス……! 貴様ら如きに、純粋な淫魔となったこの私が負けるはずはないッ!」

 

 

 言うやゼノバットは咆哮。その叫びが凄まじい大音響に変わり、石畳ごとすべてを吹き飛ばす超音波攻撃となって二人に迫った。

 だが、セシリィもノエインも間一髪でその攻撃を避け、返す刀で槍の穂先と剣の切っ先をゼノバットに向けた。閃光がほとばしる。

 

 

ノーブル・イグニスッ!

「ジャギュレイターよ、疾風を巻き起こせッ!

 

 

 その炎、天をも焦がす獄炎なり。変身したアシュタロスの操る魔聖剣ジャギュレイターより巻き起こる破魔の風は、主の炎の勢いを増し、ゼノバットを一気に飲み込むや焼き尽くした。

 吹き飛んだゼノバットが公園の噴水に叩きつけられ、瓦礫と水しぶきをまき散らす。

 翼をはためかせ飛び上がり、叫び声をあげながら威圧を放った。空気を震わす淫魔の力は、二人のリッターをもたじろがせるほどだ。

 

 

「私は負けない、淫魔王様を復活させ、私こそが新たな幹部となるまでッ! 貴様らリッター如きに、この身に宿る淫魔の力があれば負けはしない!」

 

 

 叫び声とともに尾をふるえば、それは烈風となって二人のリッターに襲い掛かる。

 セシリィは刃をもって攻撃を弾き、ノエインはジャギュレイターの刃を分割。蛇の如き長刃の剣となったジャギュレイターは、ゼノバットの尾とぶつかり合い、空中に火花を散らした。

 拮抗する両者の攻撃は、嵐のような疾風を伴った。

 

 

「強いな……! だが!」

 

 

 ノエインの振り下ろす必殺の刃。しかしゼノバットは超音波にてそれを弾き、隙を見出す。

 すぐさま第二射、大気を震わすその一撃をノエイン目がけて叩きつける。

 

 

「そこですッ!」

 

 

 しかしその行動をこそ、セシリィは待っていたのだ。

 ゼノバットの咆哮が決まるかと思われたその時、大上段から聖槍が振り下ろされ、ゼノバットの顔面を砕いた。悲鳴が上がる中、セシリィはすぐさま敵の腹に槍の刃を突き立てる。

 穂先が深々とその腹をえぐるや血の飛沫が舞い散り、ゼノバットから悲鳴が漏れる。刃は敵の体の中枢にまで突き刺さった、巨大な杭のような物体にガチリと突き立った。

 

 

「__⁉ ま、待てっ、それは!」

 

 

 それこそが淫魔の弱点。人間を中心に、受肉召喚術によって降臨する、ゼノモンスという種の弱点だった。これはマズいと逃れようとするゼノバット。

 しかしセシリィは、敵よりも強く力を籠めるや、その身に宿るエデンズエナジーを輝かせた。

 

 

「__人に仇なす、邪悪な魂よ」

 

 

 その刃に。

 

 魔聖槍ルミナークの刃に、輝ける光が宿る。太陽の如き閃光が、町全体を照らしつくした。

 それこそはリッターとなったことによって彼女のもとに舞い降りた、光り輝く貫きの王の、その真の輝きだ。

 

 

「その許されざる罪を……悔い改めなさいッ!」

 

 

 輝きが臨界点に達するや、セシリィは槍ごと敵を天空に掲げた。

 

 爆裂するかの如き閃光が今、蒼空に光の花を咲き誇らせる!

 

 

「マジェスティ……ルミナスッ! ジャッジメントォォォーーッッ!!!!!」

 

 

 天に、光が炸裂した。

 太陽が現れたとしか思えないような大爆発とともに、ゼノバットの体内にあった、受肉召喚の核たる杭が打ち砕かれた。

 光が闇に帰るとき、その合間を縫うようにして一つの影が地面に落下した。

 閃光にのまれたゼノバットであった。

 焼けただれ、もはや動けぬゼノバットに背を向けるや、セシリィは__リッター・ルシフェルは槍を立て。

 

 

「……邪悪、成敗です!」

 

 

 同時に、ゼノバットから闇が抜けていく。突き立っていた杭がバラバラに崩れた。

 市街地で起きた戦いは、エデンズリッターの勝利に終わったのだ……

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 

 __と、いうところまでを水晶玉で確認し終えて。

 

 

「……よし、今日も無事、終わったな」

 

 

 そう、少女は呟いた。黒い絹のローブを身にまとう、まさしく魔法使いといったいでたちの乙女だ。長いブロンドの髪の下に、微笑を含んだ顔がのぞいている。

 これからの予定を確認し、戦いを終えた彼女らをねぎらわなければ……

 そう、思っていた時だった。

 

 

「シグルド・アスフォディル。連絡だ」

 

 

 強引に通信がつながり、先ほどまでセシリィたちを映していた水晶から、老齢の男性の姿が浮かび上がった。司祭服に身を包んだ彼の姿を見て、少女__シグルドは思い切り顔をしかめたくなった。しかし務めて表情を変えず「なんでしょうか」と男に問いかける。

 すると。

 

 

「お前には失望した」

 

 

 水晶に映った男は、苦々しい顔でそんなことを言った。

 それを見たシグルドは、ああそうか、程度の感情しかわかなかったのだが、一応うなづいておくことにした。

 金色の髪がふわりと揺れて、目の前にかかった。うっとおしいので払った。

 

 

「……はい」

「未だにあのガラクタが何なのかわかっていないとは……貴様の才能は飾りだったようだな。その才能を買ってやり、我がゼノバイドの幹部に推薦したのがだれか、忘れてはいまいな?」

「はい。御恩は忘れておりません」

「ならば次は良い報告をせよ。あと、いつまでセシリィ・エルアラドの篭絡に時間がかかっている。愚鈍な貴様は、あんな小娘一人手籠めにすることもできんのか。これでは我らゼノバイドの、淫魔王様の復活も、いつになることやら」

「……」

「それにどうやら、もう一匹邪魔者が増えているようではないか。そちらの報告を貴様から聞いていないぞ。これはどういうことだ」

「そちらのほうについては情報が少なく、まだ報告できる段階ではなかったと判断しました」

「そうか。聞くところによれば、奴は男だそうじゃないか。貴様のそのだらしのない体で誘惑することもかなうのではないか?」

 

 

 ローブの中の顔が、羞恥と嫌悪にゆがんだ。水晶に映る男が、にわかに笑みを浮かべる。

 女は努めて平静を装い、口を開いた。

 

 

「おっしゃっている意味がよくわからないのですが、ルドルフ様」

「……フン、まあいい。再三言うが、次はいい報告を期待しているぞ。シグルド・アスフォディル」

 

 

 水晶玉通信が終わった。シグルドは、水晶をおもむろにつかむや、思いっきりテーブルにたたきつけた。

 ゴン! と鈍い音が響いた、と続きそうなものなのだが、あいにく彼女の筋力は並以下なので、そんなことにはならなかった。

 トスン、と気の抜ける音が響いただけだった。

 

 

「はあぁぁ~……」

 

 

 ……まあ、どうせ後でやらないといけない通信では、あったのだけど。

 それはそれとしても、いつもいつもよくあんな、小言が思いつくものだ。

 

 シグルド・アスフォディルはゼノバイド教団の幹部である。

 ゼノバイドとは、いわゆるところの悪の組織だ。

 淫魔王、そう呼ばれる魔界の神を蘇らせ、現代に混沌と淫蕩の時代をもたらそうと暗躍している。先のルドルフもその淫魔王を信奉する人間で、ゼノバイドの中では大幹部の位置に立ち、また司祭としても活動している。

 シグルドはそんな彼の下につき、一応幹部として活動しているのだ。

 

 幹部といっても格は低く、会議に出席などできない。しかしそれでも幹部であり、作戦指揮の担当を任されたりする。シグルド本人には対してやる気はなく、むしろ町に被害が出たりすると食料を買いに行くのも面倒になるので、極力被害を出さないような作戦指揮を行っているのだが。

 

 悪の組織の幹部なんて、望んでやるものではないとシグルドは常々思うのだが、やっている以上報告連絡相談は必須である。

 それを行う相手が、どれほど高慢ちきなクソジジイであってもそれは変わらない。

 変わらない。

 そう、変わらないのだが。

 

 __ゴンッ

 

 

「……むかつく」

 

 

 むかつくものは、むかつくのである。

 

 何せついこの間、あのルドルフのクソジジイは、シグルドの考案した淫魔受肉システムを自分の手柄にしたのだ。

 

 なんやかんやあれやこれやと試行錯誤を繰り返し、度々「お父様から教えていただいた錬金術を、こんなことに使っていいのか……?」とか思いながら出来上がったのが、そのシステムの核となる杭であった。

 できちまったものは仕方ない、これがあってもセシリィ様たちが負けることはないだろう。

 むしろ、これでゼノバイド内での自分の地位が固くなり、行動がしやすくなる__もとい後で切り捨てやすくなると考えていたシグルドは、後にその事実を知らされ、久方ぶりに怒り狂った。

 

 必ずあの邪知暴虐のクソジジイの頭をハゲさせてやると誓ったものだ。が、人の手柄をとるような男なのに、スペックはシグルドよりも高いルドルフに、いまだに反撃はできていない。せっかく作ったハゲ促進薬もお払い箱。シグルドの鬱憤はたまるばかりであった。

 

 

「くそっ……用さえ済めばお前たちなど……」

 

 

 ゼノバイドの野望など、シグルドにはさして興味のない事柄であった。世界征服、淫魔の王とうたわれた神の復活。それによって来る退廃と淫蕩の世界は、むしろ自分の望みのために、必ず邪魔になるだろう。だが今の自分の地位、それが危うくなれば、その望みもかなわなくなる。ならばなるべく、この鬱憤を表に出すべきではない。

 

 シグルドは背もたれに体重をかけ、さあこれからどうするかと思考する。

 目的のために、やはり手段は選んでいられない。

 ゼノバイドはいずれどうにかするとして、まずはもっとも簡単な対象を篭絡してしまうか__

 

 

「あの~、ご主人様?」

 

 

 と、思考の波が防波堤にぶち当たったのは、そんな時だった。

 ふと声の聞こえたほうを見れば、桃色の髪の少女がいる。エプロン姿の彼女は頭に角、背に尻尾と蝙蝠のような翼をのぞかせる、夢魔だった。使い魔のイルヴィナだ。彼女は上目遣いで、シグルドの様子をうかがっている。

 

 

「うん……うん? なんだ、イルヴィナ」

「通信、終わりました? 終わったならお茶でもと思ったんですけど!」

 

 

 と、言う彼女の手にはお盆が一つ。上にはお茶が三つと、お菓子がいくつか皿の上に乗せられていた。以前セシリィから、南方からのいただきものだと、分けてもらったものだった。チョコレートである。このエルアラドで食べられるものよりもずっと甘いのだ。

 そのことを思い出して、シグルドは急に糖分が欲しくなった。

 

 

「……終わってる。もらおう」

「はいはい! かしこまでそ!」

 

 

 イルヴィナはお盆を置いてテーブルを片付けると、ササッと皿とカップを並べた。それから。

 

 

「クレセアちゃんを呼んできますね!」

 

 

 と言って、奥の部屋にパタパタと走って行ってしまった。

 その後ろの姿に愛らしさを覚えつつ、シグルドはふうとため息をつく。

 イルヴィナは三年前から、シグルドの家に居候している夢魔だ。シグルドが術法を用いて召喚し、以後身の回りの世話を任せている。魔界にいたころは強い魔族の城に住んでいたらしく、そこで覚えた家事能力は、シグルドをはるかに凌駕するものがあった。料理もうまく、淹れてくれたお茶は基本絶品。夢魔という最弱の種族のために、戦闘能力が低いということは欠点だが、シグルドとしてはあまり気になっていなかった。

 

 

「よくやってくれているほうだ」

 

 

 戦闘要員はほかにもいるのだし。

 大丈夫だ、うん。

 クレセアも来るようだし、あとで今後のことを相談しよう……そう考えていたシグルドが、ゆっくりとくつろごうと肩の力を抜いた、

 

 

 __ドンドンドンッ

 

 

「お届け物です」

 

 

 その時に、その声は聞こえた。

 聞かなかったことにしたかった。

 シグルドは一度、幻聴だな、と決め込むやもう一度くつろぎの体勢をとり、

 

 

 __ドンドンドンッ!!

 

 

「お届け物です! サインかハンコを!」

 

 

 ……二度目のそれで、幻聴でないことを理解してしまった。

 はっきり言って対応したくない。あの男はすごく苦手なのだ。

 しかしイルヴィナは奥にいる。もう一人の家族は、たぶんそっちと一緒だ。そして一番玄関に近いのはシグルドだった。

 熟考。主に行きたくない、会いたくない、私しかいない……の、三つの狭間でうんうん唸った。

 時間にして十秒ほど、たっぷりとっぷり考えた後、シグルドは三度目の声が来る前に「今行く」と口にした。

 ペンを取り、それからしばし時間をかけて、玄関へ行く。

 

 戸を開く。

 

 見慣れた姿がそこにあった。

 

 黒い制服。「クロイヌ宅配便」の文字が印刷された、これまた黒い帽子。

 それを着る、少年のような顔立ちの青年。国の首都の郊外にあり、結界によって秘匿されている秘密のアジトに、唯一入ることのできる宅配人。

 

 彼の、名前は__

 

 

「桃井、タロウ……」

「そうだ。一週間ぶりだな、シグルド!」

 

 

 そう言ってニカっと笑う姿は、いつもの、謎の宅配人そのもの。

 桃井タロウとの再会を、シグルドはこの世の地獄がやってきたとでもいいたげなほどの、苦い顔で迎えるのであった。

 

 

 

 

 

____________________________________________

 

 

 

・ももいタロウが あらわれた!

 

・シグルドは どうする?

 

*コマンド*

 たたかう

 れんきんじゅつ

 どうぐ

 にげる    

 

 

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