桃井タロウは楽園行き   作:トナカイ

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〈前回のあらすじ〉

 お姉様たちの反攻作戦。その渦中に暗躍するシスターのルクセリアさん。
 タロウさん暗殺のために動くルクセリアさんでしたが、タロウさんとセラヴィスさんにほだされて、めでたく私たちの仲間入りです。

 反攻作戦のほうは失敗しちゃったみたいですけどね。
 それはそうと、どうやら収穫もあったみたいで……?




 ドン3節 あとしまつきょうそうきょく
忘れ散ったメモ


 

 

 

 

 

 いつか、また会いましょうと、ボクは彼女に言った。

 その約束は果たせず、ボクは生を終え眠りについた。

 

 

「境界門ネメシスとの契約に基づき、我が剣となれ__!」

 

 

 次に目覚めたとき、ボクは洞窟の中にいた。戦いの音が響く中にいた。

 そして目の前には、ローブを着た綺麗な女の人がいた。

 眠っているとき、聞こえた声。ボクに剣となれと告げたあの声は、その女の人のものだった。

 彼女は自分のことを賢者だと語り、お前の友人からその名を聞いて呼び出した、と僕に語った。

 

 彼女は、ボクの命を救ってくれた。この世界によみがえらせてくれたのだ。

 それどころか、僕の最愛のあの人や、親友までこの世界に呼んでくれていた。

 何やら大変だったようで、悪い組織にいたりしたようだけど、それでも誠心誠意、仕えようと思った。

 

 そして、彼女の家で暮らし始め、新しい仲間だと紹介された。

 

 淫魔がいたり、彼女が敬愛するあの人の隣にいたりするのがちょっと癪に障ったけど、それはいい。

 慣れないけれど、良い家だと思った。

 

 そう、家は。

 

 家の外に……あの人を毒牙にかけようとする、赤いあいつがいると、聞くまでは。

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 

 その日の朝は朗らかな陽気に包まれ、昼寝でもしたくなるほどに暖かだった。

 

 今日はなんにもない素晴らしい一日になるはずだ。たまには悠々自適に、庭の薬草類の手入れでもしよう。

 そう思っていたシグルドは、起きて早々にイルヴィナとクレセアにつかまった。「薬草の世話はいつも通り私がしますから!」と言うイルヴィナに押され、姿見の前に連れられたシグルドは、二人に裸に剥かれるや一瞬で着替えさせられてしまった。

 

 

「……な、なあ……似合ってないだろ、これ……」

 

 

 今彼女の身を美しく飾っているのは、以前妹と使い魔がに推しに推されて買ったドレスだ。

 スカートの部分がフレアスカートになっているワンピースドレス。見るものに清楚な印象を与える、穢れを知らない純白のドレスだ。それに加えてプリム(つば)が非常に広い、白のピクチャーハットを被っている。サンダルも併せて姿見の前に躍り出れば、現れたるは彫像かと見紛うほどに美しい、金髪の貴族令嬢だ。ブラウンの入り混じる金髪は、純白を形としたその服装と相まって、夏の海の波のように輝いて見えた。

 着ていて、シグルドはハッキリと自覚した。すごく似合う。でもすんごい恥ずかしい。

 

 

「や、やっぱり似合ってないな、よし。いつものローブを返せ二人とも」

「やだ」

「やです! たまにはちゃんと着てくださいね! ご主人様は買ったお洋服を全部戸棚にしまっちゃうんですからっ!」

「そうだよ。たまには着てあげないと、埃かぶって虫に食われちゃうよ」

「……いや、私はこういうの好きじゃないし……似合うって言われるとうれしいが、なあ」

 

 

 自分よりもクレセアとか、セシリィのほうがずっと似合うんじゃないか?

 そんな考えがぬぐえなかった。とはいえ、似合うといわれると、やっぱり悪い気はしなかったりして。二人の目が離れている間に、スカートを振ったりしてみる。そしてほんの少しだけ、真夏の空の下、海辺にいる自分を想像したりした。うん、なるほど、やっぱり似合う。

 でも、自分みたいな目的のために何でもするような汚い女が、こういうのを着るのは、なあ……

 

 

「はあ……二人とも、今日は確かにいい日だけど、不安にならないのか? ゼノバイドが私たちを殺そうと考えてるとか、思わないのか」

「露骨に話をそらさないでよお姉さま」

「そーでそご主人様。いっつもいつも殺されるーっておびえてるのは楽しくないんで、私は考えないようにしてますし」

「うむぅ……でも、まあ、そうだよなぁ。一週間くらい経つけど、動きはほとんどないわけだし」

 

 

 この間の反攻作戦は、失敗したのだけどな……

 

 シグルドはつい数日前のことを思い出した。

 かつての上司たるルドルフの野郎を叩き潰すため、シグルドは聖騎士団をたきつけ、反攻作戦を行った。ノエインとともに、ルドルフのアジトへ乗り込んだのだが……すでに逃げられていた。

 ルクセリアが仲間になった一件もあって、ルドルフは既にエルアラドを離れていたようなのだ。

 奴が追っ手を撒くために置いていた淫魔は掃討し、アジトに残されていた道具は押収したが……結果としてルドルフは取り逃すという、苦い結果に終わった。

 

 ルドルフの手から、ゼノバイドに裏切りが知られた可能性がある。それ故にシグルドは、少々身構えていた。ノエインから託されたいくつかの道具の解析を行いながらも、アジトの守備を固めるために、新たな戦士を二人ほど呼び出したりもした。

 

 そして、今日である。非常に平和である。

 

 

「……てっきり私を殺すために、矢継ぎ早に刺客が送られてくると思ったんだがな……」

 

 

 そんなことはなかった。まったくと言っていいほど、なかった。

 なぜだろう。

 ルドルフに人望がないからだろうか? あれは大幹部の中で最も地位が低い人間だから、可能性は高い。奴は四天王で最弱、というやつだ。

 それとも、レゾフュアが裏で手をまわして、私を守ってくれているのか__

 

 

「それはないんじゃないでしょーか……」

「そうだろうな。見返りもないのに、何かしてくれるやつでもないし……ということは、やはり何かしら策を練っているのだろうな。私を、殺すための」

 

 

 彼はルクセリアを使い、ドンモモタロウやシグルドの内情を探っていた。その彼女がシグルドの使い魔となってしまったこともあり、いったん引く選択をしたのだろう。動きがないだけで、力を蓄えている可能性は十分にあるはずだ。ひとまず今は、妹やイルヴィナへの被害を避けつつ、どうにかこうにか睨み合いを続けるしかないようだった。

 

 

「そのためには……やはりより強力な戦力が欲しいところだな」

 

 

 ついこの間の出来事で、ルクセリアを新しく仲間にできたが、彼女は本来の実力を発揮できずにいる。ルクセリアは魔界の中でも、貴族と呼ばれるほど上位の淫魔だ。その強さは、この世界に本来の力のすべてを召喚しきれていないために、著しく低下している。

 エデンズマテリアルでの一時強化などは可能だが、マテリアルが貴重なためにあまり使いたくない。

 

 三日前に、アウローラの元居た世界からもう二人、エデンズリッターを呼び寄せたのでほぼ底を尽きたのも問題であった。

 貯めたいところだが、最近はクレセアの体調の安定や、戦闘そのものが少ないこともあって、エデンズエナジーが全然たまらない。

 せっかくアウローラから「戦力としてはうってつけのやつがいる」と言われてのだが、間の悪いことに召喚の目途が全く立たない。

 

 

「リッター・イブリース……ロード級のエデンズリッター。それが加わればロード級、最上位のリッターが我が家に二人! 二人もいれば、ゼノバイド相手にも満足に戦えるはずだ」

「イルヴィナちゃんイルヴィナちゃん。お姉さま、完全に逃げ切ったつもりみたいだよ」

「まだおめかししたいのに、ノリが悪いですよぅご主人様!」

「悪かったな。でもいいだろ、これが私の性分なんだから」

「久しぶりのお休みなんでそから、しーっかり休まないとダメです! 今日はそこに座ってください!」

 

 

 イルヴィナに押され、シグルドはよろけながら椅子に座った。少し勢いがついたせいで机が揺れて本が落ちる。パラリと紙が数枚、その本から落ちた。

 それを拾いながら「まあたまには、二人に合わせてやるか。私は休み方もわかんないのだし」と思うシグルドであった。

 しかしこの紙はなんだ? ふと気になって、紙をのぞき込むシグルド。

 地図のようだ。なんだか見覚えがあるような。

 ルクセリアが来る少し前くらいに、これと似たものを焚火で焼いたような……

 

 

「……ん?」

 

 

 そこでシグルドは、頭の中に何かがはじけるような感覚を覚えた。

 思い出した。

 思い出してしまった。

 これは、これは確か__⁉

 ガタンと、椅子をけって立ち上がる。

 

 

「イルヴィナッ!」

「ほえ、なんでそ?」

「こ、これ……心当たり、あるか⁉」

「んえ? ああ、ありますよ、ありますっ! ご主人様が聖都に仕掛けた、淫魔召喚用魔法陣の設置場所のメモですよね! あれ? でもこれはこないだ、ぜーんぶ焼却処分したはずでは?」

 

 

 淫魔召喚用魔法陣。

 その名の通りの代物である。

 シグルドはかつてルドルフの命により、聖都にこの魔法陣を設置したのだ。ゼノバイド謹製のその品は、大侵攻の前に町中を駆けずり回って、そのすべてを撤去したはずだった。

 証拠を残さぬため、設置場所のメモも同時に焼却処分した。

 はず、なのだが……

 

 

「なんで、ここに……」

「んー……はっ、思い出しましたっ!」

「なんだ」

「前にお部屋のお掃除をしてた時に、机にお尻が当たっちゃって。それで、紙が落ちちゃったんですよね。戻す場所がわからなくてお聞きしようと思ったんですけど、その時、ご主人様は寝ていらっさったので! 後で聞けばいいかなと思って、そこのご本に挟んでおいたんですっ!」

 

 

 シグルドは頭を抱えた。

 イルヴィナはすさまじく忘れっぽい性格だ。鳥並みの頭なのだ。

 おそらく、聞こうと思っていたことを、そのあとすぐに忘れてしまったのだろう。ご飯か何か食べて。

 

 シグルドは「え、あれ、イルヴィナちゃん何かやっちゃいました⁉」と慌てるイルヴィナをしり目にメモを数えた。ひい、ふう、みい……うああ、凄まじく多い。

 封印状態なのが幸いだ、こんなものが聖都にアクティブなまま残っていたら、今頃聖都は壊滅している。

 ゼノバイドとの繋がりを示す証拠になりうるものでもあるし、早急にどうにかしなければまずい。

 

 こんなもの、もしノエイン辺りにバレてみろ……

 

 

『ほお、淫魔召喚用魔法陣を残したままにしておいたのか。ゼノバイド時代の責任を取らないとは、仕置きが必要だな』

『ひっ……い、イヤだ、もうお前とタロウのしごきはイヤだ! あんなのについていけるのはゴリラだけだろっ!』

『お前もゴリラにするんだよ』

 

 

 ……ぞわっ

 

 

「ご、ご主人様?」

「行くぞ」

「へ、どこへです?」

「これを、撤去に、だよッ!! ついてこいイルヴィナぁっ!」

 

 

 シグルドのフィンガースナップがパチンと響く。

 

 

「ひぎゃああああああ⁉ ご、ごめんなさあああああああいっ!?」

 

 

 それは使い魔お仕置き用の電撃が、数年ぶりに火を噴く合図であった。

 

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 

 桃井タロウの一日は、日の出とともに始まる。

 機械のような男であるとシグルドが評すように、彼は日の出と同時にベッドから起き上がり、支度を整え、いつものように部屋を出る。

 彼が住んでいるのはクロイヌ宅配便の社長の家である。

 タロウは台所で朝食を作り、パンを焼いている間、社長ともう一人の居候を起こしに行った。

 

 

「社長。クロ。朝だ」

 

 

 布団を引っぺがし、カーテンをがばっと開け、タロウが大声量で叫ぶように言った。

 朝、太陽に向けて叫ぶニワトリよりも大きな声だった。

 それに慣れているのか、社長はむっくりと体を起こし眼をこすり「おはよう」という。

 まだ寝ぼけているらしいクロ__犬耳の少女は、布団から転げるように落ちて、それから立ち上がった。

 

 

「……」

「どうした、クロ」

「声が大きかったんじゃないかしら」

 

 

 クロがうなづく。

 社長はからからと笑った。

 

 

「そうか。なら、今度から声を小さくしよう」

「……!」

 

 

 まだ言葉を知らないので、しゃべることのできないクロは、満面の笑みを浮かべて見せた。

 それからタロウは食堂に戻り、二人が支度をしている間、料理をテーブルに運ぶ。

 支度を整えた二人が席に着いた。タロウもまた座り、ではと手を合わせ__

 

 

「いただきます」

「はい、いただきます」

「い、いたぁきます」

 

 

 そういうわけで、食べ始める。

 焼いた黒パンに牛乳と、オムレツ。昨日作っていたミネストローフのあまり。

 そのどれもがタロウお手製のものだ。オムレツは、クロの好物だ。彼女が昨日食べたいとタロウに伝えたので、タロウが作ってくれたのだ。クロはそれを、柔らかな笑みを浮かべながら食べている。

 

 

「いやぁ、料理上手ねぇタロウくん。シェフをやったほうがいいんじゃない? 貴族様のお屋敷なら、タロウくんきっと一流になれるわよ?」

「俺よりも料理のうまい奴は大勢いる。なら、俺はここで料理をしているほうがいい。社長には恩があるし、クロはまだ育ち盛りだからな」

「恩ねぇ。もうたくさん返してもらっちゃってるけど」

 

 

 社長はくすくす笑い、そんなことをいう。

 タロウと社長が知り合ってから、もう三か月ほどが経つ。

 元々は馬車乗りで、一人で宅配業をやっていた社長が腰を壊したときのことだった。

 仕事もできず、金がどんどんなくなっていき、悩んでいた社長の前に、タロウは見計らったかのように現れた。

 

 

『__ここは、どこだ』

 

 

 タロウはセフィラムの道のど真ん中でそんなことを言った。彼のことが気になった社長は、家に連れて帰った。どうやら、行くところがないようなのだった。彼は泊めてくれた社長に感謝し、何か手伝えないことはないかと問いかけ。

 

 そして、宅配業を手伝い始めた。

 

 以後、社長がまた馬車に乗れるようになっても、仕事を手伝っている。

 いまではクロイヌ宅配便になくてはならない社員だった。宅配便が大きくなるきっかけも、タロウにあった。

 

 

「社員も増えて、言うことなしよ。私にばっかり構わなくてもいいと思うけど」

「いや。俺がただ、ここで働きたいだけだ。気にすることはない」

 

 

 そうかしら? ならお言葉に甘えて。

 社長は笑い、クロは気が気でないのかタロウをじいっと見ている。好物のオムレツにも手を付けていない。

 

 

「大丈夫だ、クロ。俺は勝手に消えたりはしない」

 

 

 タロウがそう言うと、彼女はコクンとうなづいた。

 そんなクロを、社長は静かに見守っていた。

 

 食事を終えて、タロウはすぐに「仕事だ」と部屋を出た。

 社長は「もう荷物は積んであるわよ」と伝えた。

 社長宅は馬小屋も兼ねており、彼女の愛馬二匹がそこで暮らしている。夫婦馬で、仲が非常にいいのだ。

 

 その隣に併設された小屋の中には、エンヤライドンが鎮座していた。

 タロウの駆るスーパーバイクである。銀色の巨大な箱がドーンとくっつけられているが、それでも自在に動き時速四百キロで爆走するのだ。とはいえ仕事の時は、そんな超性能も鳴りを潜めているのだが。

 

 タロウは最初の届け物を届けるために、エンヤライドンを目的地まで走らせる。

 緩やかなスピードのエンヤライドンは、四十か三十そこらで走っていく。馬車道をゆったりと走るエンヤライドンとタロウの姿を認め、通行人が手を振った。

 

 

「お、タロウ!」

「また届け物か?」

「ああ、裏通りのミズナのところだ」

「あそこかー」

「気をつけろよ、最近何かと物騒だからなー」

「武器を持った人も良く見かけるしね。盗まれないとは思うけど、気を付けてね」

 

 

 人々の言葉にうなづいたり「善処しよう」と言葉を返すタロウ。来てから三か月も経てば、自ずと周囲も彼を受け入れるのは当たり前で。タロウが度々ドンモモタロウとなって、淫魔相手に暴れるのを見ている人々からは、彼はヒーローのように扱われていた。

 

 タロウがドンモモタロウだということは、町中の人が知っている。

 横のつながりが広いからというのもあるが、何よりドンモモタロウのトレードマークであるエンヤライドンに、タロウは常日頃から乗っているのだ。そのせいですぐに正体がばれたわけである。タロウ本人は気にしていないし、特に何かを言うわけでもないが、そんな彼を、セフィラムの人々は受け入れているわけだった。特に、クロイヌ宅配便のあるカボチャ商店街の人々は。

 

 大通りに入り、エンヤライドンを降り、裏通りのほうへ。

 そこは一言でいえばスラムであった。孤児や浮浪者が居つき、店もあるが、あまり良い噂は聞かないものばかり。違法な薬の売買も盛んにおこなわれ、悪い貴族が人身売買を行い、女性が道を歩けば純潔でなくなると言われている。

 魔物ハンターを名乗る女がうろついているとか、武装した集団を見たとか、物騒な噂には事欠かない。そんな危険な場所であった。

 

 タロウがクロと出会ったのもここだ。彼女は裏通りで娼婦まがいのことをしていたのだ。貴族につかまり、殺されかけていた。そこをタロウが救ったのだ。

 

 タロウは通りの道沿いに、クロとの出会いを幻視しながら、彼女がきれいになって、笑顔を浮かべていることをうれしく思った。

 クロとタロウに縁があったからこそ、クロは救われたのだった。

 

 

「ここだったか」

 

 

 道を行き、布の天幕が張られた暗がりを歩き、ランプの明かりが輝く店先へ。

 裏通りのスナックミズナ、この通りでは珍しい、普通の居酒屋だ。今日届けに来たのも、いつものお酒。

 タロウは戸をたたき、声を張り上げた。

 

 

「お届け物です。サインか__」

 

 

 ハンコを。と続くはずだった言葉は、途中で遮られた。

 タロウにドン! と何かがぶつかるや、彼の手の中の荷物をかすめ取っていったからだ。

 

 

「ニャーハハハハ!!! これはいただいたニャッ!!!」

 

 

 そう言いながら消えていく女の声。

 聞き覚えのある声だ。タロウは茫然としたように、通りの向こうに消えていく声の主を見た。

 ガラリと扉が開き、スナックの女将、ミズナが顔を出す。

 

 

「タロウさん? あら、お酒は?」

「今しがた盗まれた」

「盗まれた? ……ああ、ミャーちゃんね」

 

 

 ミズナも盗人を知っているらしい。

 タロウはそんな彼女に紙を押し付けると、

 

 

「捕まえて懲らしめてくる。酒は、あとで必ず届ける」

 

 

 そう言って駆け出した。

 あらら……と、まるで他人事のように、ミズナはその背中を見送るのだった。

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 

 休みがぶっ飛んで、家を出ると言ったら、クレセアは頬を膨らませて怒った。

 たいそうご立腹でそれがとても可愛かったのだが、ともかくそんなこと考えてる場合じゃねえ! と我に返り。寝ていた新入り二人を起こし、彼女らと共に聖都に繰り出した。

 

 パカラパカラと響く、蹄が石畳をたたく音。

 それはシグルドが召喚した、新しい仲間の足音であった。

 シグルド、イルヴィナ、そして最後の一人たる青髪の騎士を乗せる彼女は、快活に笑って背中のシグルドに語り掛けた。

 

 

「どお、賢者。ボクの乗り心地!」

「……」

「あれ? 賢者ー? おーい?」

「…………もっと……ゆっくり、走って……」

「あらー、ダウンしてますよご主人様」

「イーシャの走りは荒いからね……」

 

 

 イーシャと呼ばれた馬人(ケンタウロス)の少女は「そう?」と首を傾げた。

 整った茶髪がサラリと揺れる。

 

 シグルドは彼女の背から降りて、道端に顔を近づける。吐きそう。朝食べたものが全部出そう。

 何とか持ち直すまで少々時間がかかった。壁に手をついて立ち上がり、咳払いをして「ありがとう」と、イーシャに告げるシグルドであった。

 

 

「もう少し走るときの揺れを抑えてくれ……」

「うーん、できるかなぁ。考えとくよ!」

 

 

 それは次も同じ事やるやつのセリフだ。

 

 

「イーシャは少し反省。賢者様、本当に大丈夫?」

「大丈夫。気遣ってくれてありがとうな、レオーネ」

「いいよ、こんなことくらいお安い御用だってば」

 

 

 レオーネは「さあさあお仕事!」と腰に携えたレイピアを撫ぜる。

 彼女は青い髪がまぶしい快活な少女だ。アウローラ曰く「私の後輩、頼れる奴だ」とのこと。

 確かに彼女は仕切るのが得意なようで「それじゃ、賢者様も持ち直したことだし、行こうか」と皆に言っている。

 

 四人は裏通りに足を踏み入れた。暗がりが多いためか雰囲気が暗く、昼前だというのに日の光は極端に少ない。シグルドはふと、思い出したようにフードを被り、顔を隠した。

 

 シグルドは今「救国の賢者様」として、多くの国民に顔を知られている。以前の反攻作戦の折、セシリィによって「我々には強い味方がいます」と喧伝されてしまったためだ。

 以前は別に顔など隠さずとも良かったのに、今では道行く人に噂をされたりするので「めんどくさい……」と少なからず思っていた。

 

 

「それで、賢者様。その魔法陣っていうのは、どこに置いたの?」

「この先にある廃屋だ。確かこのあたりに……うん、あった。あれだ」

 

 

 と言って、周囲を探ると、見つけた。

 ボロボロに崩れた廃墟だ。かろうじて屋根があるので、廃屋と呼べる程度の代物だった。

 中は案外広いので、これ幸いとばかりに魔法陣を置いたのが記憶に新しい。そういえば最初のころは、ゼノバイドで使われていた召喚陣があまりにも大きすぎて、場所を探すのに苦労したんだよなぁ……とか、シグルドは思い出していた。

 とにかく、ここにある魔法陣も、ほかの場所の陣も、封印をかけているからすぐには動かないはずだ。

 早いところ片付けるとしよう。

 

 

「よし、それじゃあ早速__」

 

 

 と、廃屋に入ろうとしたところで、廃屋が爆散した。

 

 具体的にはシグルドの目の前で「チュドーン」と音を立てて中から爆散した。瓦礫が周囲に舞い、かろうじてシグルドたちには当たらなかったが、ほかの建物には突き刺さったりしていた。

 メラメラと炎が燃えていて、あれ何で燃えてるんだと疑問を得たところで、シグルドはようやく正気に戻った。

 

 

「ほえええええ⁉ な、なんで爆発したんですかっ⁉」

「わぁ、派手だねー!」

「言ってる場合じゃないよ! 賢者様、大丈夫? ケガは?」

「な、ない……いや、うん、なんで爆発したんだ……」

 

 

 マジでなんで爆発したんだ。

 そんなことを思っていると、炎の中からいくつもの影が現れた。

 その正体に気づき、レオーネが腰からレイピアを引き抜く。

 

 火に巻かれているが、それは確かに、オークの姿をしていた。

 

 

「へっ、へへ……やったぜ、ようやくこっちにこれた!」

「こっちに来れりゃあこっちのものよぉ! まずはそこのガキどもからだ!」

「っ、淫魔⁉ 賢者様、下がって!」

「あ、ああ!」

 

 

 なぜ淫魔が? まさか魔法陣から召喚されたのか? つまり、魔法陣は起動しているのか?

 

 混乱するシグルド。

 その混乱を加速させる様に、奴の笑い声は響き渡った。

 

 

「__ハッハッハッ!」

 

 

「……ん?」

「おや、この声は……⁉︎」

 

 

 それはあまりに小さい声だった。

 炎の燃える音と同じかそれより少し大きい程度。だが、再びその声が響いた時、炎よりも大きな高波が地面から溢れ、炎を押し流した。

 

 

「ハッハッハッハッ! ワーハッハッハッハッ!!

 

 

 炎よりも明るい金色の輝きを伴って、その男は現れた。

 赤いドンまげサングラス、真っ赤な真っ赤な伊達姿。

 真っ赤な神輿の上、これまた真っ赤なエンヤライドンに乗り込み、益荒男に振るわされて彼は豪快に笑っている。周囲を天女が舞い踊り、金ピカの紙吹雪を散らす。

 

 いぶし銀なんて全く古いと笑い飛ばす、和風堂々なるその男こそ__ドンモモタロウ。

 

 

「やあやあやあ! 祭りだ祭りだハーハッハッハッ!!!」

 

 

 彼が天に向けた銃が火を吹けば、呆然と彼を見ていたオークどもが悲鳴をあげた。

 

 

「あ、ぎゃああああああ⁉︎」

「げっ、げあっ、なんだああああ⁉︎」

 

 

 オークたちは火を吹いて倒れ爆散。魔界に強制送還された。

 タロウはこれまた「ワッハッハ!」と笑い、扇子片手に呵呵大笑。その姿を見てシグルドはため息をつき、イルヴィナは手を叩いて喜んだ。イーシャは「おー、これがウワサの!」と歓声をあげ、しかしレオーネはただ一人、呆然と彼の姿を見ていた。

 

 レオーネもイーシャも、すでに賢者の事情は聞いている。彼女がゼノバイドにいたことも、そんな彼女を信頼し、助けた男がいたことも。

 そしてその男は、目の前の神輿男と同じ姿をしていることも、知っていた。

 

 

「__君か。君が……ドンモモタロウかっ!

 

 

 レオーネは言った。

 聞いていた通りの赤い男に。

 

 __並々ならぬ、敵意を抱いて。

 

 

 

 

 

____________________________________________

 

 

 

・いま あなたの めのまえで

 

・ばくはつと ともに あらわれた

 

・その おとこのなは ドン モモタロウ!

 

 

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