桃井タロウは楽園行き 作:トナカイ
一方、そのころ。
「……これ、で……よし。撤去完了だ」
スラム街の誰も通らぬ行き止まりの小道。仄かに灯っていた魔力の光が消え去って、シグルドはようやく額の汗をぬぐった。
そこに設置されていた魔法陣は、宿っていた魔力を空気の奥に散らしながら、まるで灰が散るように消えてゆく。
息を吐き、シグルドはローブのポケットから地図のメモを取り出した。そして今しがた、消し去った陣をメモしたものに、チェックマークをつけた。
「これで五つ目、残りは三つか……終わりが見えてきたな。よし、イルヴィナ、イーシャ! こっちは終わったぞ!」
彼女は自分の背後にいる仲間たちに声をかけた。
そちらの方向、シグルドたちが入ってきた道の先には、オークの死体が積み重なっていた。
首を落とされ、胸を貫かれて倒れているそれらの中心、小さな戦場となっているこの場所で、残る最後の敵と戦うのは__
「合わせて、イルヴィナ!」
「はいさー! いっきますよイーシャちゃんっ!」
イーシャとイルヴィナ。二人の持つ槍は、イーシャのほうが一泊遅れて敵へと迫る。
他方、二人と戦う対象首たるゼノモンス、ゼノトロルはうなり声をあげて武器を上段から振りかぶり、イルヴィナを狙った。いかに肉体を強化しているとはいえ、それを食らえば何者であろうとただの肉塊に成り果てることだろう。
だが、そうはならなかった。
イルヴィナがゼノトロルのこん棒に槍の柄をあてがい、攻撃を弾いたからだ。イルヴィナを狙ったこん棒は見事彼女から横にそれ、石畳を砕く。敵の腕は衝撃に襲われ、一瞬動きが止まって。そこを、イルヴィナは槍を突き出し、ゼノトロルの手を切り裂いた。武器が離れ、ゼノトロルはおぞましい悲鳴を上げる。
「ア、ギギギギィ⁉」
「今ですよっ!」
「うん!」
その瞬間をこそ、イーシャは狙っていたのだ。イルヴィナの合図によって素早く、そして力強く蹄を鳴らした彼女は、その巨体に似合わぬスピードで一気に跳躍。そしてそのまま、自身の体重と細槍の貫通力を合わせ、絶殺の一撃としてゼノトロルを狙い打ったのだ!
「テエェェヤアアアァァァッ!!!」
ゼノトロルは岩人ともうたわれる、精霊の亜種たる妖魔である。二人と戦う彼が、種族に違わぬ岩のような頑強さを持ち、水によって穿たれることすらないとしても……ケンタウロスたるイーシャのその膂力は、水などとは比べることもできない。ゼノトロルはただただ、空より降りたる星のような、イーシャの一撃を見ていることしかできず__
「ウギアアアアアッ!?!?」
そしてその攻撃が、彼の頭にぶつかり、そしてその顔面に幾重ものひびを入れたとき。
ゼノトロルはすさまじい悲鳴を上げて、頭から砕け散って倒れ伏した。岩のごとき肉体はひび割れた頭から、いくつものパーツに分かれて地面に転がった。もはや物言わぬ岩塊と化し、ゼノトロルの死骸はゴロリと地面に倒れ伏した。
悲鳴に耳をふさぎつつ、戦いが終わったことを確認して、シグルドは二人に改めて声をかけた。「終わったみたいだな」
「うん! 楽勝だったよ!」
「えっへへ~、イルヴィナちゃんとイーシャちゃんのコンビにかかれば、この程度楽勝ですよぉ!」
そう言って「たくさんほめてください!」と笑うイルヴィナは、ところどころ肌が擦り剝けていた。
楽勝とは言いつつ、転がっているオークの死体はかなり多い。変身能力のないナイト級リッターと使い魔一人に対し、その数は二十体強。幾ら二人そこいらの兵士よりは強いといえ、時間はかかるし、その分だけ疲労も多い。それに今回は、ゼノトロルという指揮官格もいたのだ。
二人とも、強がってはいるが、その額には玉のような汗も多く見えていて……疲労が蓄積されているのは明らかだった。
シグルドはそのことに気が付きつつも、ひとまずイルヴィナのことを褒めてやることにした。
「ああ、頑張ったな。だが、消耗しているのを隠すのは感心しないな」
「え~? でも、まだまだ頑張れます?」
「僕もまだまだ戦えるよ! ほら、早く次に行こうよ!」
「……ダメだ。少し休むぞ」
言いながら、シグルドは二人をすぐそこの道の端に座らせた。それから腰の袋をまさぐってビンを二つ取り出し、それをイーシャとイルヴィナに放り投げた。二人はそれを慌てて受け取る。
それは回復薬だった。アジトの庭先で育てている薬草と、魔力を閉じ込めた封魔水を組み合わせて作った、シグルドオリジナルの魔法薬の一種だ。雫のような形のビンには、草木のような緑色の液体が入っている。栄養満点のスーパードリンクである。ちなみに特許出願中。
尚、それを見たイルヴィナの顔は露骨にしかめられていた。
「……これ、やです。飲みたくないです。美味しくないです」
「え、そうなの? じゃあ僕もいらない!」
「ダメだ、飲め。傷の治りが早くなるし、疲労も回復するぞ」
「こんなの飲んだらむしろ気持ちがドン下がりますよぅ!」
「良薬は口に苦しだ。むしろ、悪い面が苦いことしかないのは、良いことだと思うぞ」
言いながらシグルドはそれを飲んだ。すさまじく不味かった。なんというか、青臭い。青汁というのがあるが、あれに生臭いにおいと味を追加したようなものであった。吐きたくなったが、二人に得意顔で講釈垂れた手前、そんなこともできず飲み干す。のど元過ぎれば苦さは忘れる……と思いたかったが、口には苦みがこびりついていた。
「うええええええ……まじゅいですぅぅぅ……」
「おいしくないぃ……」
うむ、超不評だ。やっぱり効果そのままに、苦みを抑えて味を良くするべきだな、とシグルドは思った。思いつつ、シグルドはイーシャとイルヴィナの傷に水をかけ血と汚れを洗い落とし、それから短い詠唱を行った。すると、二人の傷口がみるみるうちに塞がっていく。
二人の負った傷は小さく、問題にはならないように思えたが、一応回復しておくシグルドであった。あまり大きな傷を負われては、自分には手が負えない。虚弱体質のせいか魔力保有量が少ないシグルドは、覚えている呪文のほとんどを効果的には使用できないのだった。触媒を作って効果の強化を行うなどはできるが、それも金がかかるし、盾呪文以外のものは当分作れそうにもない。
(……ルクセリアがいてくれたらよかったんだが、あいにく今日は別件があるようだからな)
ここに来る前。タロウたちと別れ、魔法陣を二つほど処理した後のこと。戦いが二度も続いたことから、回復薬が欲しいと考えたシグルドは、ルクセリアのいるガーランド大教会を訪ねた。だが、そこに彼女の姿はなく。
『シスター・ルクセリア、ですか? 彼女なら、今日は騎士団の任務で王城に赴いていますが……』
代わりに出迎えてくれたシスター・リリーはそのように言っていた。
『騎士団の任務? 奴は騎士団の所属じゃなかったはずだが……』
『えっと、ノエイン様の聖騎士団ではなく、
『白翼……ブンドゥスのか』
以前の会議の席で会って以来だな、とシグルドは彼の顔を想像した。鼻が太く唇の厚い、若干愛嬌のある彼の老人顔がポワポワと浮かぶ。エルアラド聖教の大司教、実質的なトップに当たる人物であるブンドゥス。彼は十数年前に大司教となって以降、聖騎士団とはまた別に「聖セフィロトの加護ぞ受けし戦士たち」を集めたものとして、白翼騎士団を設立した。
件のそれはブンドゥスの私設騎士団として、現在では教会に仇なすものを処罰し、国を守る任についている。その頭の固さは、恐らく聖騎士団以上。ノエインたち以上に、事情を知られたくない相手であった。
そういう理由もあって、ルクセリアを連れることはあきらめ、結局三人で回っている。
(それはともかく。しかし……やはりおかしいな。ここまで消耗するにしても……なぜ魔法陣が、
魔法陣は残り三つ、これまでにタロウと出会った廃屋の陣を含めすでに破壊したのは五つ。
そのすべてが起動しており、淫魔の出現が見られた。
現れた個体はもれなく討滅しており、危なげなく勝利している。だが、先ほどのゼノトロルや、ここに来る前に遭遇したゼノアラクネ……彼女らがオークを指揮していたのを見るに、どうやらこの異常事態は、偶発的な事故によるものではないようだった。
(誰かが起動しているのか……なら、誰が?)
自分の魔法陣の所在を知るものは、ゼノバイドの外にはいないはず。ということはゼノバイド内部の、それもルドルフ直轄の人間である可能性が高い。しかしルドルフに仕えていた人間は、自分とルクセリア以外には知らないし……
(奴らにこちらから攻め入ることはできない。今の私たちにできるのは、早く魔法陣を粉砕して証拠を隠滅することだな)
今のところは被害が最小限(あの廃屋の爆発以外は特に何もなかった)だ。シグルドはよしとうなづき、立ち上がった。
ほかの二人は、もう立ち上がっていて「ようし行きましょ!」と元気に言っている。
「よし、行くか」
「はーい! じゃあ早く乗ってよ、賢者!」
「あー、いや、すぐ近くだから乗らなくていい。うん、大丈夫だ」
「じゃあ競争だ! 走っていくよー!」
もうやだこの走り屋! 走り去ろうとするイーシャを、シグルドとイルヴィナは慌てて追いかけようとして__
「……ここにいたか」
そしてその声を聴いて。
三人は足を止め、思わずそちらに振り向いた。
イーシャはその声の主を知らなかった。しかしシグルドとイルヴィナは知っていた。
暗がりの惑う路地裏の小道、そこに突然現れた、その陰。彼の姿を三人が見止めた瞬間、暗闇がギラリと閃いた。
「危ないッ!」
「きゃっ……⁉」
シグルドを狙ったその紫電の閃光を、イーシャが咄嗟にかばった。その手に据えた細槍が稲妻を切り開くが、彼女の腕に一筋、雷が走ったかと思えば「うあああああッ⁉」
「イーシャ⁉」
「だ、大丈夫ですか⁉」
電撃はイーシャの全身を、瞬間的に蝕んだのだ。彼女は痛みに耐えきれず、膝をつき、しかしそれでもシグルドたちを守らんと、目の前の敵をにらみつける。
「フン、無様だな。たかが獣人如きが、私の攻撃を受けきれると思ったか?」
あざけるように笑う声。
……ああ、本当に気に入らない声だ、と。シグルドは思い、そして静かに沸いた激情のままに、声の主をにらんだ。
「……そうか、そやつもエデンズリッターか……クク、順調に味方を増やしておるようだな……シグルド・アスフォディル」
彼のその声を聴くのも……久しぶりだった。ルクセリアとセラヴィスを助けに行った時も、あの男はそこにいたというが……
やはりそう簡単に、この男との悪縁は切れないらしい。
「__随分だな、ルドルフ」
「ああ、貴様とも縁があるなぁ? 裏切り者の、救国の賢者よ」
彼をあざけるような言葉と共に。
かつての上司が__魔司教ルドルフが、そこに悠然と立っていた。
♢ ♢ ♢
弾ける。
白い煙に包まれた空間を、打ち破るかのように、青い光が。
「うわっ……とと、とぉ⁉」
それはまさしく、電子の力を宿す電子鬼の電撃であった。
その攻撃を何とか避け、レオーネは刺突を繰り出す。危なげない動きであるが、しかしそれは確実に、電子鬼の鎧の隙間を狙う。が、攻撃は結晶状の鎧によって瞬く間にはじかれ、彼女のレイピアは先端で弧を描き彼女の腕を後方に伴った。
その隙をついて、電子鬼が「デンジ・スパァーーークゥッ!!!!」
バジジジィ!!!
電撃のエネルギーが、レオーネに迫った! 彼女の細身は一瞬にして貫かれ、見るも無残な肉塊に__成り果てはしなかった。
「何をやっている、レオーネ!」
「いったぁ⁉」
電撃が迫る直前、タロウが彼女を蹴り飛ばしたからだ。タロウを射線にとらえた電撃は、しかしザングラソードに断ち切られ、近くの家屋に電撃痕を走らせる。家屋が音を立てて焼けきれた。
もしもアレを、まともに食らっていたら……
(ッ……!)
降ってわく恐怖を断ち切るようにレオーネは首を振る。
アレを食らう前に、勝てばいいんだ、勝てば!
「タロウ、ありがと。でも、もうちょっと丁寧に扱ってほしいかな!」
「ハッハッハッ! そうか、だがそれはできそうもないな!」
「なんでさ!」
「また、アレが来るからだ!」
レオーネが「なにが!」と問いかけるよりも早く、ドンモモタロウはまたもレオーネを蹴っ飛ばした。「いっだああ⁉」
マジでレディに対する扱いがなっていないが、そのおかげでか、レオーネは再び降り注いだ電撃をかろうじてよけたのだ。
それを確認することもせず、タロウは跳躍。山なりに飛び、矢のように電子鬼に向かう。電子鬼はタロウめがけ、再び電撃を放とうとするが__
「甘いよ」
「ギ、ギニャッ⁉」
どこからともなく伸びた蛇腹剣が、電子鬼の手甲に巻き付いた。ギリギリと締め付けるそれは、一気にしなるや腕から離れ、勢いそのままに敵の体を四方八方からたたき伏せる。電撃を放とうとした電子鬼は思わぬ攻撃にひるんだ。
「今だよ、赤色くん!」
シルヴェールが叫ぶ。タロウはうなづくことはせず、ただその言葉を信じて敵に接近。
そして、大上段から、一閃!
火花が虹色にひらめくや、結晶鎧に巨大な亀裂が生じる。
「ニャッ、ガアアアアアアアアッ!?!?」
電子鬼の体が吹き飛んで、地面を転がった。撃破まではできなかったが、しかし確かなダメージを与えた。
「よし! 効いてるよ、コイツ!」
元となったミャーマーオが盗賊で、攻撃を受けて耐えるのが苦手なためか、思ったよりも応えているようだ。あの電気の走る結晶鎧も、脅威ではない!
もがいている敵の前で、タロウの隣にレオーネ、シルヴェールが並ぶ。
「このまま、一気にトドメを刺すとしようか」
「いいだろう! ならばオトモたち」
「だからオトモじゃないって!」
「__必殺奥義だッ!!」
……聞いてない、コイツ!
タロウはザングラソードのギアディスクを回転させる。と同時、世界が波にのまれるような錯覚が見えて__
気づいた時には、周囲は金色の屏風のような空に包まれた、広大な空間に変わっていた。その中心に立つのは真っ赤な真っ赤な矢倉。その四方には、四つのギアが見える。
これも確か、アウローラ様から聞いたやつだ、とレオーネは思い出した。
「あーもう……シルヴェール! あっちのギアを回して! 向こうはボクがやるから!」
「わかったよ。しかし、なかなか面白いね、コレ」
ギアをグルグルと回し「まるで祭りのようだね」と笑うシルヴェール。
戦いの最中なのに緊張感なさすぎるよ、とレオーネは思うが、確かに楽しい技だとも思った。
そんな二人によって、矢倉は遥か天井まで回っていく。
同時に__
「桃代無敵__」
『__DON!
DON!
DON__!』
「__アバター乱舞ッ!」
暗闇が到来する。その最中に輝くは、レインボーフラッシュの閃き。
ザングラソードの仄かな輝きは、お立ち台を飛び出して__
その、下方。立ち上がった電子鬼目掛け、二振りの刃が光を放った!
うち一つは赤黒い、血のごとき__竜巻。
「切り裂け__サウザンド・サーペント!」
降り注ぐ赤き刃の連撃をまともに受け、再び倒れそうになる電子鬼に、今度は幾百もの超連続斬撃が襲い来る。
ザングラソードの虹色の刃が刻み込む赤き斬撃痕、それが幾つも連なる中、もうそこまで迫っていた青き刃が__
「__穿てッ! ジャスティス・ペネトレェーーションッ!!」
『必殺奥義ィ__』
赤き刃と今、混じりあう!
二つの刃の同時攻撃、もはや避けられるわけもなし!
眼前に迫る破滅の刃に、電子鬼は何もできずに見とれていて__
♢ ♢ ♢
だから、その輝きを、突然地面から現れた巨大な影がかき消した時。
ミャーマーオ……電子鬼は、目を見開いて、その影を見た。同じように驚いていたのは、レオーネとシルヴェールも同じで。ただ一人、タロウだけが声を上げて叫んだ。
「なんだ、これは?」
突然現れたそれは、巨大な円筒のように見えた。肉によって構成され、高熱を放ち脈動する巨大な肉の棒だ。それが、グタリと鎌首をもたげた。目のない頭部、巨大な赤い口があらわになり__
「UGAOOOOOOMM!!!」
それは、誰もが思わず身をすくませるほどの咆哮。それを聞いて、我に返った電子鬼は、タロウたちに背を向けて道の向こうに消えてしまった。
「に、にゃ……! ニャアー!」
「あ、ちょっと!」
止める暇もなく、電子鬼はそのままどこかへ行ってしまった。追いかけようとするが、そこに立ちはだかるのは円筒型の化け物の巨体。再び吠えたそれは、ここを通さないつもりらしい。
「どけ、邪魔だ!」
言うが早いか、タロウはドンブラスターを連射。敵は怯みこそするが……まったく応えた様子はない。
どころか、ダメージを受けて怒りを露わにし、三人へと突撃した。丸太のような体による突進撃を、三人はなんとか避ける。その余波、嵐のように進む怪物の突進は、近くの家屋を瞬く間に三つ倒壊させた。
「ほう、凄まじいパワーだな! なんだあいつは?」
「……ヴァルカンワームだよ」
その問いに答えたのはシルヴェールだった。
彼女は再び迫った攻撃にサーペントファングの刃をあてがって返し、敵の攻撃を空中に逸らした。
「火山帯に生息する、ゼノワーム系のモンスターの亜種……その中でも最上位の強さを誇る種類だ! でも、この街中に、なぜ……? って、
「誰かが召喚した……? でも、一体誰が?」
このエルアラドで、召喚術にたけているのは賢者様のほかにはいないはずなのに……
レオーネは考える。少なくともシグルドは、こんな怪物を召喚して町を破壊する、なんてことはしないはずだ。そもそもの動機がない。国の中にシグルド以上の魔術の使い手がいない以上、外部の手によるものだということはわかる。
やはり、ゼノバイドか。そういえば、怪しい影がどうのとか、シルヴェールは言っていたが……
「十中八九、その怪しい影ってやつの仕業だろうね……!」
♢ ♢ ♢
「そう、私だ!」
言うや、ルドルフの全身から魔力があふれ出た。強大なるその力の奔流によって時空間が捻じ曲がる。
「開け、魔界の門! そして来たれ、魔の眷属よ! かくして淫魔王の世を築く、尖兵となれ!」
全身に幾度となく改造を施し、もはや人ならざる力を手にした魔司教、ルドルフ。彼の持つ魔力による時空断裂は、その場をほんの一瞬だけ、魔界とつなぎ合わせたのだ。そこから這い出てくるのは幾体ものゼノモンス。
オーク、アーマー、トロル、そして__
「……なんだぁ? 見たことある面がいやがるなぁ?」
「……ひっ」
__ゼノオーガ。
その姿を見て、イルヴィナがすくみ上った。シグルドも、そのゼノオーガが何者かを直感的に理解した。
あれは以前、イルヴィナを瀕死にまで追い込んだゼノオーガだ!
「魔界にいる、ゼノモンスの本体か。それを直接召喚するとは……」
ゼノモンスは、シグルドの作り上げた受肉召喚術__その媒介となる受肉の杭によって、人間やそのほかの生物を媒介に誕生する存在だ。杭には契約済みの淫魔の契約陣が刻まれている。杭が突き刺さったものに、歯車状となっているそれから情報が流し込まれ、ゼノモンスとなるのだ。これは、一部の上級魔族を召喚するのに莫大なコストがかかるために生み出された手法である。
ゼノオーガも、一個体の直接召喚には生贄が百人は必要となる。それを、自らの魔力で直接召喚できるのは、やはり全身改造によって人を超えた能力を手にした、ルドルフの技の賜物か。
それもまた、部下の手柄から奪ったものの可能性は否めないが……
「クク、クククッ……どうだ? ガラクタいじりで自らの鍛錬を怠った惰性の部下よ。恐怖に声も出ないか?」
「ああ。まさか部下じゃなく、あんたが直々に私たちを殺しに来るとは思わなかったのでな。呆れて声も出ない」
シグルドのその言葉に、クツクツと笑ってルドルフは返す。
「私自ら、出向いてやったのだ。貴様を殺すためにな。先ほども言ったが……貴様の敷いた魔方陣を起動したのも、この私だ」
彼は淫魔たちに攻撃をさせず、その圧倒的に優位な状況のままに……シグルドたちに告げた。
今はまだ、イーシャが動けない。先ほどの攻撃のダメージは思いのほか、大きいようだった。
「貴様は私が考えていたよりも、素晴らしい成果を残してくれたようだからな。異世界のエデンズリッターを召喚する境界門ネメシスの力……それを解読し、あまつさえ操って見せるとはな。見抜けなかったわ、この私の眼をもってしても。だが、その力は貴様には、この国には手に余る力だ……故に、私が存分に使ってやろう。貴様のような体しか能のない人間には、境界門は勿体のない代物だ」
「……それをわざわざ言うために、自分から出向いたのか? お前のような、玉座でふんぞり返るだけが能の男が? 偉くなったものだな、何もかも失敗続きだというのに」
吐き捨てるシグルド。彼女は境界門を見せつけるようにかざしながら、続ける。
「これは私の妹を救うために必要なものだ。お前たちに渡しはしないぞ」
ヒリついた空気感に、イルヴィナは思わず吐きそうになってしまった。
かつての上司と、かつての部下。二人の間にたたずむ絶対的な歪は、火山のように炎を噴き上げている。
シグルドたち三人の周囲を囲む淫魔たちはその中にあっても下卑た笑みを浮かべている。そのうちの、ゼノオーガが言った。
「おい、旦那。めんどくせえ話はあとにしろよ。こっちは早くヤリたくて、うずうずしてんだからよぉ」
「む。すまんな、こちらも積もる話があるのだ……だがよかろう」
言うや、ルドルフの杖が屋根をたたいた。
「では存分に暴れるがいい! 魔界侯爵ギガロスよ、境界門ネメシスを奪い取れ!」
その言葉によって、彼らは一瞬にして戦闘態勢に入った。ギガロス、と呼ばれたゼノオーガが、猪の一番に三人に攻撃を繰り出す。
一瞬、シグルドはイーシャを見た。彼女はすぐには動けそうもない。
ならば__
「……ッ! イルヴィナ、どけ!」
「え、ちょっ、ご主人様⁉」
自分の主人が自分たちよりも前に出たことに、思わずイルヴィナは目をむき、声を上げた。しかしシグルドはその声に応えることはなく、境界門を持つ手を敵に向けた。その手から溢れる輝きが光の壁となって、振り下ろされたギガロスの棍棒を受け止めて見せた。
シグルドが得意とする術式の一つである、強力無比な防御結界。たとえ相手が魔界侯爵と謡われる相手であろうと、ほんの数秒なら攻撃を受け止められる。
その間に、シグルドは片方の手からあるものを地面に投げた。
瞬間「カッ!!」と光が路地裏を包み込む!
「ぬおおおっ⁉」
「イーシャッ!」
「う、うん……!」
シグルドお手製の閃光玉。すさまじい威力のそれは、一塊になっている淫魔たちの目をくらますには十分すぎるほどだった。そしてシグルドたちは、敵がひるんだすきにイーシャの背に乗り、やみくもに走らせる。いくら体力が尽きていようと、さすがにこの状況ならば逃げること自体はできる。
そうして逃げ去った三人は、スラムの道を通り抜け、なんとか商業区の大通りのほうへ繰り出そうとした。シグルドたちのいるスラム街のあたりには、表の人間はまず踏み込まない。なぜなら、エルアラドのスラムは非常に治安が悪く、道もまた、網の目を巡らすかのようにいくつも連なっているからだ。走っていても先など見えそうにないほどだ、
ここに入ってくる時に通った商業区、そのすぐ近くには、このあたりで一番大きい騎士団の詰所があるはずだった。それを頼りに走るシグルドたちは、いつしかスラムの中で最も広い場所にたどり着いた。イルヴィナはそこを通るとき「そういえばここには孤児院があるんですよね……」と、ふと思った。
その時だった。
「ニ、ニャ__ガアアアアアア!!!??」
そこに現れた青鎧。電光とともに孤児院前に降り立ったその化け物の姿。
思わずそちらを見てしまったのが、きっと運のつき。そこに現れたやつは、青い電光をいくつも放ちながら、自らを見たシグルドたちを睨みつけた。
そして、鎧の奥の牙を__ギラリと輝かせたのだ。
「__マモ……ルニャアァァ……!! ミャーガァ……ガキンチョドモヲォッ!!!」
電子鬼は、シグルドたち目掛け突進。そのまま、その電撃をまとった拳を叩きつけようとした。しかしその時、その寸前で、電子鬼の攻撃は何者かに受け止められた。
「……させ、ないっ!」
「賢者様には、指一本触れさせませんよっ!」
そう叫ぶ二人の騎士。
ルンシャット・ヌヴォール、そしてシャンシャット・ヌヴォールによって__
____________________________________________
☆ステータス №7☆
なまえ :イーシャ
ジョブ :はんじんはんば
せいべつ:おんな
レベル :18
タイプ :スピア
ぞくせい:まどう
レア :☆☆☆☆
*そうび*
あたま :うまみみ
どうたい :きへいのけいそうよろい
ぶき :きへいよういくさやり
かはんしん:うまのからだ
とくちょう:じんばいったい
*しょうごう*
にんじんおいしい
はしれかぜのように
*かいせつ*
・じんばいったい うまむすめ。 はしるのだいすき げんきなかぜっこ。
のりごこちは じゃっかんちょっと あやしいらしい。