桃井タロウは楽園行き 作:トナカイ
時たまコメントを頂けているようで、とてもありがたいです。
暇つぶしにでも書いていただけるととてもやる気が出るので、これからもよろしくお願いいたします。
今節はエピローグでプロローグでございます。
汽水域さん、誤字報告ありがとうございます!
三日後。エルアラド王城の、兵舎訓練場。
シグルドは木刀でしばかれまくっていた。
「ちょっ、待っ、待て! 待ってくれ! 今度こそ本当に死んでしまうッ⁉」
夏日である。カンカン照りの空の下、ノエインを相手に剣を振っている。だが、相手にあたることなどはもちろんなく、かろうじて繰り出した攻撃ははじかれ、それと同時に首筋やらみぞおちやらに攻撃をもらいそうになる。それを何とか防いでいるのだが、いかんせんノエインの一撃の威力は尋常ではなくて、シグルドは息も絶え絶えになりながら食らいついていた。
とはいえそろそろやばいのだ。
「すまんな、何を言ってるか聞こえなくてな。もう少しやってほしいのか? ならやってやるとするか」
「いや、ちが、違うってば! 私が悪かった、悪かったからもう許してくれ!」
ノエインは人の話を聞かなかった。というかわざと聞いてなかった。
まあ理由は明白である。
つい三日前のヴァルカンワーム襲撃の件だ。実行犯はゼノバイドの幹部ルドルフ。召喚されたヴァルカンワームによる暴虐は、その場に居合わせたレオーネやシルヴェール、タロウのおかげで死傷者こそ出なかったものの、小さくはない被害が出た。
シグルド自身は別の場所で、実行犯のルドルフと戦っていた上に、彼が「ヴァルカンワームを召喚した」と自分で言っていたのを聞いていた。なので、同時に行っていた後始末のことは隠しつつ、ノエインやセシリィにそのことを提言。
結果として聖都の防備がより固まる手はずになったとか、その辺りのことはまあ、結果なのであまり関係がないのだが……
『おい、賢者』
『……な、なんでしょうか? グランノーフィス騎士団長様?』
ノエインは、シグルドが隠した”後始末”の件に気づいていた。
『私は何も知らんが。来てもらうぞ。少々灸をすえてやる必要がありそうだからな』
『………………私は……えっと……今日は、休日、なので……』
『おや? 昨日は王城に呼ばれていないのだから、十分に休める時間があったはずだがなぁ?』
とにかく来い、と言わんばかりであった。
そういうわけで連れていかれて、シャット姉妹から「昨日はお疲れさまでした!」とか言われた。
多分この二人から伝わった情報から、ノエインはシグルドの行動を把握したのだろう。あの時、スラムのあの戦場で、彼女らと出会ったことは幸運だったが、しかし同時に不幸でもあったのだ。
「まあ、自分で率先して解決に向かったのは、褒めてやろう」
「…………今、やられても、はんのうできない……」
伸びきったうどんのようになってしまったシグルドに、ノエインは水袋を放った。
ほうほうの体でそれを受け取り、ぐいと飲み干す。気道に詰まってせき込んだ。
「死傷者は無し。けが人は少なからず出たが、皆快方に向かっている。それに、お前のおかげで、病人が一人助かったようだ。だから、まあ……褒めるだけでなく、礼も言っておこう。助かったぞ、シグルド・アスフォディル」
「…………礼を言うならこれをやめてくれ……」
「それは無理な相談だ。私はお前への礼として、そのひょろっこい体を鍛えてやろうとしているんだからな。どうだ、うれしいだろう? 時間はまだまだあるぞさあ立て」
有無を言わせぬ強い語気。すくみ上ってシグルドは立ち上がった。
救いを求めるように見物客どものほうを見るが……
「ご主人さまー、ファイトですー!」
「賢者さまー!」
「つぎはわたしたちもしますからねー!!」
頼りに、ならない!
とか思っている間に、ノエインの木刀はシグルドの眼前にまで迫っていた。
「きゃあぁっ!?」
「さあさあ打ち合いだ! 次は百本行くぞッ!」
ふざけるな受けれるかそんなもん!! そんな悲鳴を上げながら。
シグルドへの稽古……という体の八つ当たりは、日が暮れるまで続いたのだった。
♢ ♢ ♢
「ごめんなさいねぇ、タロウさん。わざわざお詫びの品まで持ってきてくれちゃって」
そういってあらあらと笑うミズナに、タロウは「気にするな」と声をかけた。
「俺の不手際だ。申し訳ないことをした。だから、詫びの品を持ってきた。どうか受け取ってほしい」
「本当にいいのに……でも、ありがとう。今日お客さんに出そうかしら」
それは困る。いいえ、自分で食べるのももったいないし。
そんな会話を続ける二人のちょっと後ろで、具体的にはタロウの陰に隠れて、ミャーマーオはどうにも居心地悪そうにしていた。
「にゃ……え、えとぉ……」
「あら。ミャーちゃん? どうしたの?」
ミズナに見られ、彼女はびくーんと体をはねさせる。そしてまたタロウの後ろの隠れようとするのだが。
「ミャーマーオ」
「はひ! に、なんにゃ、タロウ!」
「親しき仲にも、礼儀あり……と、俺のオトモが言っていた。縁にもいろいろだが、縁を大切にするなら、礼儀は大事だ」
だから、とタロウは続ける。
「きちんと謝る……と、いいと思うぞ」
「みゃ……ミャ! ご、ごめんなさい、ニャ!」
ぺこり、と頭を下げるミャーマーオ。
慣れてないのかちょっと不格好だった。だけれど、心は確かにこもっていて。そんな彼女の姿を見て、ミズナはくすりと笑ってから、言った。
「いいわよ。許してあげる。今度はお酒を取らないで、ちゃんと買いに来てね。ミャーちゃんだったら大歓迎よ」
「にゃ……あ、ありがとニャー!」
それから、ミズナに菓子折りを渡し終え、大通りのほうまで歩いた。
タロウは今日、仕事を休んでいる。理由はもちろん、ミズナのところに菓子折りを持っていくから。「それなら仕事の時に行きなよ」と言う社長に、しかしタロウは首を振り、自分の手で選んだ菓子を手にもって一人でやってきたのだ。
その途中、ミズナの店の前で、そわそわしているミャーマーオを見つけ。丁度いいとばかりに彼女を捕まえて、有無を言わさずミズナの店の戸を叩いたのであった。
ミャーマーオは隣を歩くタロウを見ながら「こいつホント怖いニャ……」と思った。常に仏頂面なので、何を考えてるかわかったもんじゃないから、どんな行動に出るかもわからなくて恐ろしいのだ。
悪い奴じゃないけど。縁のことばっかり言ってるし……
(でも……やっぱり、悪い奴じゃ、なかったニャ)
「ニャ……た、タロウ」
「どうした?」
「助けてくれて、ありがとニャ。あと、こないだはゴメンニャ」
「別にいい。アンタの事情は、院長から聞いている」
「そうなのニャ?」
院長が言うには、つい一週間前から、スラムのほうで奇妙な病が流行ったのだという。
その病については、スラムで活動しているとあるお医者が薬を作ったので、今は蔓延していないが……しかしタロウとレオーネがミャーマーオを追いかけたあの日、まだ最後の患者が残っていた。
その子は孤児院に住んでいて、病状が悪く、薬だけではよくならず。
『栄養を取る必要がありそうだね。栄養剤があればよかったのだが、あいにく持ち合わせがない。経口摂取できる飲料……度数の低いぶどう酒などがあればよいのだけど……』
そう呟かれた医者の言葉に「酒が必要なのニャ⁉」と勘違いしたミャーマーオは、酒を得るべく町を回った。しかし時間が全くなかったので、買うことをせず盗んでしまった。その最初で最後の標的となったのがタロウと、彼の運んでいたぶどう酒だったのだ。
「アレで命が助かったなら、それでよかった。だが、今度から盗むような真似はするな」
「ニャ……でも」
「アンタは、主人公だ。孤児院の子供たちや、スラムの人々のヒーローだ。なら、盗むのは悪党からだけにするといい」
「そ、そーするニャ……え、ていうか盗むのはいいのかニャ?」
タロウは「ダメなものはダメ」という人間だと、ミャーマーオも知っている。
「ダメだ。だが……これもオトモの言ったことだが、時には嘘も方便らしい。なら、必要な悪というものもあるのだろう。アンタは、きっとそれだ」
それを間違ったことに使わなければ、それはある種の正義なのだろう。
だからこそ、ミャーマーオは__
「アンタは、義賊、らしいからな」
「よ、よくわかんないけど……なんとなくわかったニャ!」
「それでいい。百点でわかる必要はない」
タロウは言って「俺はこっちだ」と、ミャーマーオと別れた。
スラム近くの路地裏、そこに身を隠すこともせず、ミャーマーオは大きく手を振って__
「ありがとニャー! タロー!」
そう、大きな声で彼を見送った。
タロウは振り向くことをしなかった。だがその声はしっかり聞こえていたし、口の端を少しだけ挙げてもいた。
「……珍しい。君、笑えるんだ」
ふと、そんな声が聞こえ、振り向くと。
私服姿のレオーネがいた。帯刀もしていない、完全オフな格好だ。
「変身してる時以外、ずっと笑わなかったのに。何かうれしいことでもあったの?」
「ああ。アンタはここで何をしている?」
「ちょうどいま、友達を送り届けてきたとこだよ」
この大通りは、直接大門につながっている。行商の人間が通ることも多いことから、見るだけでよくわかるだろう。
「そうか。この世界でも、良い縁を結べたか。それはなによりだ」
「また来るってさ。次は負けないよ、って言ってたよ」
「面白い。いくらでも相手になってやろう」
「それは今度本人が来た時に伝えてよ。で、君はどこ行くの? ボクに聞いたんだからさ、教えてくれない?」
「特に何も決まってはいない」
「なら、一緒に賢者様のところに行こうよ。今頃、ノエインさんにしばかれてると思うよ」
本人は「自業自得だ」と、そういえば言っていたけど。
少しくらい見に行って、鍛えられてるところを見物するのも楽しそうだから。
そうして誘うと「いいだろう」とタロウは答えた。
「じゃ、行こっか!」
道をタロウとともにてくてくと歩く。特にどちらから話すこともないので、無言のままだ。
すると、突然タロウが言った。
「あの勝負は、アンタの勝ちだ」
「……え?」
どういうこと? と首をかしげるレオーネは、うんうんと唸った後「もしかして」とタロウに問いかけた。
「ミャーマーオを捕まえるアレ? いや、アレは結局キミが捕まえたんじゃ……」
「あの時、アンタは自分の勝利を捨てて指示を出した。俺はミャーマーオを捕らえたが、アレはアンタの指示があったからできたこと。なら、勝負に勝ったのはやはりアンタだ」
「こだわるね。でも、勝ちはやっぱりいらないよ。ボクはそのことのために、君に手伝ってもらったわけじゃないからね」
そうか、とタロウは言った。
「それは、アウローラがアンタに教えたことか?」
「ううん。違うけど……アウローラ様なら、きっと自分のことは顧みないだろうからさ。誰かのために、自分を犠牲にしている、あの姿にボクはあこがれたんだ。だったら、勝ちにこだわってちゃいけないって、改めて思って」
「そうか。すごいな」
……あれ、今何と言った?
「すごいって、アウローラ様が?」
「ああ。アンタもだ、レオーネ」
名前を呼ばれ、レオーネはとても驚いた。
というか、初めて「アンタ」とか「オトモ」じゃなくて、名前で呼ばれたような……
「アンタの勇気は獅子のようだった。俺は、アンタを尊敬している」
「え⁉ ほ、本当⁉ アウローラ様も?」
「ああ。点数をつけるなら、五十点だ」
……それは本当に尊敬しているといえるのか?
ものすごく舞い上がりそうだったのに、そのなんというか微妙な点数というか、赤点間近なそれのせいで、若干気落ちしてしまったレオーネ。彼女は大きなため息をつきながら、言った。
「点数、いらないんだけど」
「なぜだ。俺はちゃんとほめている」
「褒めてるなら点数は厳禁! すごい! とか、かっこいい! とか、そういうのでいいんだよ! 具体的な点数とかいらないの!」
タロウは首をかしげていた。
とても強いのに、なぜわからないのだろうか。こっちのほうがよほど不思議だ。
でも、やはり彼なりに褒めてはいるのだろうと言うのは感じられたから。
「まあ、でも……ありがとね、タロウ」
「そうか。アンタは、素直だ」
「また上からっ……! 君のこと、やっぱりちょっと気に入らないよ!」
ああ……もう、ホンットーに嫌な奴だ。
でも、悪い奴じゃあないのだろうな。素直どころじゃないレベルで、まったく嘘がつけないだけで。
レオーネは思った。ほとんど温情で、今回の勝利はもらってしまった。だけど、結局はタロウと、それにシルヴェールや賢者様がいなければ、今回の事件はどうにもならなかった。
自分にできたことは少なくて、これでは勝利なんて到底喜べない。だから__
「シルヴェールじゃないけど……タロウ。また、ボクと勝負してよ。今度は、自分の力だけで君に勝って見せるから!」
「いいだろう! いつでもかかってこい! どんなことでも、俺はアンタの勝負を受けよう!」
そう言われては燃えないレオーネではない。
ゴウッと燃え上がる炎のように「絶対にタロウに参ったと言わせるぞ!」と決意を新たにした。
しかして、最初の「アウローラ様のことをオトモだなんて言わせないために、タロウをギャフンと言わせてやる!」という決意はどこへ行ったのか。タロウのがアウローラを尊敬しているなら、それでよいのだろうか。
とにもかくにも、すくなくとも見返りを求めずただ「勝ちたい!」と思う心は、タロウにとってはよいものだと感じられるのだろう。舞い上がって燃え上がるレオーネの横で__
「やはり、この世界はいいものだ」
タロウは静かに、笑ってつぶやくのだった。
♢ ♢ ♢
「__セレナ」
賢者の家、その周辺の小さな森。
柔らかな陽光に抱かれ、虫も草木も動物も、皆穏やかに暮らすその場所。
クレセアの護衛で、ここに訪れたアウローラは、ふと、空を見上げてつぶやいた。
三日前に、クレセアを守護していた際に風を感じた。その風は、自分がまだスラフニール魔法王国を守っていたころ、共に戦った相棒の操る、精霊たちの風だった。
主殿が召喚したのだろう。彼女の境界門によって、セレナの魂は救われたのだ。
それは、喜ばしいことだった。
けれどなぜか、アウローラの表情は晴れない。
「……? アウローラさん? どうしたんですか?」
「いや……なんでもない」
そう、なんでもない。
むしろ、レオーネやイーシャに続いて、セレナまでその魂を救われたのは、喜ばしいことだ。
そのはずだ。そのはず、だけれど……
(まるで、
都合がよすぎるように感じてしまう。もしや本当に、これは夢なのではないか……
そんなおぞましい考えを振り切り、改めて空を見る。
いつにもまして輝かしい、太陽が一つ。しかしその輝きを__白い雲が覆い去って行った。
__じか~いじかい
私はすべてを失った。
この世界は、そんな私の見る夢なのでは……そんな疑念が、尽きてくれない。
私の耳に届いた、かつての故郷の事件の知らせ。
夢と現の狭間で、果たして私は何を見る……?
ドン4節「じんせいリトライ」
という、お話ですよ。