桃井タロウは楽園行き 作:トナカイ
戦いも終わり、すべての淫魔は聖騎士団に掃討された。どうやら、タロウと姫たちが倒したあのゼノオーガは、あの軍団の中で一番強力な個体だったようだ。指揮担当の淫魔は、ノエイン=リッター・アシュタロスによって打ち砕かれた。
そうして、その日を最後まで生き延びて、夜が明けたとき。
シグルドは小さなため息が漏れたのを実感した。何もかもが無事に終わったことを、ようやく悟った。
(ゼノバイドは、エルアラドを滅ぼすつもりだった)
だがそれは失敗した。
リッター・ルシフェルを筆頭とする、この国のリッターたち。
それに加えドンモモタロウ。
新たなエデンズリッター、アルシエル。
彼女らと騎士団の活躍によって、ゼノバイド教団がエルアラド聖王国内部にはびこらせた淫魔は一掃された。
シグルドは、リッター・アルシエルを召喚し、全ての淫魔を倒すまで国に尽力した功績が認められた。
そして今日、彼女は王城の会議の間に招かれている。
あれから一週間が経ち、今日ようやく、セシリィから勲章を受け取るのだ。
時間がかかったのは、大侵攻が終わった後、セシリィが各地の教会に赴き、怪我人の傷を治すことに尽力していたのが理由だった。
本当に、生粋のお人好しだ。
シグルドはそんな彼女のことを好ましく思いつつも、一つ、懸念を抱いていた。
(私は、ゼノバイドの幹部だった。セシリィに淫魔の襲撃に備えるよう、進言することだってできた。そんな相手に、勲章を与えると分かれば、彼女はどんな顔をするだろうか)
非難され、拘束され、処刑され。
と、いうのが妥当な判断だろうか。
妹のためにゼノバイドに入り、この手を血で染める覚悟はしたつもりだった。その反応が返ってきても文句は言えない。
だが、彼女はセシリィ・エルアラドだ。
(怒るよりも、困った顔をされるだろうな……そういう人だ)
それならそれでいい。そんな彼女のために、ノエインもいる。
優しく気高い天使のような聖女。だからこそこの国で、国王の代わりに政治を請け負えるのだ。
ただ、既に袂を分かったとはいえ、ゼノバイドの幹部であったことは、隠し通さねばならない。すべては妹のため。クレセアのために、全てを隠し通さねばならない。いつまでも隠し事をしておけるとは思えないが……
謁見の時間だ。身なりを整えたシグルドは、ルンシャットとシャンシャットに導かれ、会議の間に足を踏み入れる。
「遅ればせながら……シグルド・アスフォディル、この通り、姫様の命により馳せ参じました」
♢ ♢ ♢
一週間が経って、タロウはいつも通りの宅配便業に戻っていた。
居候先のクロイヌ宅配便の社長から「今日はお城のほうに頼むわ」と言われ、エンヤライドンを安全運転。後ろにはまだ研修中の、犬耳の獣人少女がいた。つい十日ほど前、タロウが助けた女の子だ。
名前は、クロという。
路地裏にいていじめられていたのを助け、連れて帰り、傷を治して仕事を与えた。といっても仕事をできるように説明や言葉を教えたのは、タロウではなく社長なのだが。
タロウに任されたのは彼女に、仕事に行く場所を覚えさせることと、慣れるように導いてあげること。
タロウは王城へと向かう道すがら、いつもよりも遠回りして、よく行く場所を見せていた。
市場、路地裏の家、いろんな人の住む住宅街。
それらを通って、最後に王城にたどり着いた。
「クロ、ここで待っていろ」
タロウは言って、荷物を下ろし、城へ入ろうとする。
だがそんな彼のそでを、少女はくいとつかんだ。
「どうした」
「……」
少女はじっと、タロウに目を向ける。一人になりたくないようだ。
タロウは微かに笑みを浮かべて「わかった」と言うと、彼女を肩車し、それから王城に入っていった。
一度、警備の騎士に「その子誰ですか?」ととがめられたが、後輩だというと通してもらえた。
視線がいくつもタロウと少女に刺さる。
そのうち、王城の会議の間へとたどり着く。ルンシャットとシャンシャットが、門の前に立っていた。
「あ、タロウさん!」
「届け物に来た。セシリィ……様にだ」
「取次ですか? 今は難しいので、少し待ってもらえます?」
シャンシャットが門越しに耳を澄ませてそう言った。
そういえば今日は確か、シグルドが勲章を与えられるのだったかと、タロウは記憶していた。
少し待つくらいなら全然大丈夫だった。
タロウは犬耳少女を肩から降ろす。
「わ、かわいい。その子、どうしたんですか?」
「まさかタロウさんの子供⁉」
「違う。うちの新しい社員だ。今は研修中で、色々と見て回っている」
「へぇ、後輩なんですね! 私はルンシャット、こっちはシャンシャット。よろしくね!」
自分よりもずっときれいな二人にそう言われて、犬耳少女はコクンとうなづいた。
それから少し待って、話し声がいったん止んだあたりで、ルンシャットが扉をコンコンとたたく。
「お客様です」
向こうから入るよう声が聞こえ、シャット姉妹が扉を開ける。
タロウは開ききる前に、少女に「ちゃんと見ているんだ」と言っておくと、いつも通りの完璧な声と抑揚で告げた。
「お届け物です、サインかハンコを」
「……なんでお前がここにいるんだ」
唐突に何の前触れもなく表れた縁結びの狂人に、思わずシグルドは素で声を出していた。
タロウはそんな彼女を認めると「やはり縁があるな!」とこれまたいつものように言い、じろりと会議の席を見回す。そしてこれまた、
「皆の衆、あんたたちとも、縁があるな!」
「……桃井タロウよ、お前は本来、ここには入れないはずなのだがな」
そう頭を掻きながら、タロウを睨んだのは禿頭の男、ブンドゥス猊下だった。エルアラド聖教の最高司祭だ。
一応国の中ではかなりの高位に立つ男なのだが……タロウは思いっきり彼の言い分を無視し、席をもう一度見まわした。届け物を届ける相手を見つけたようだ。
セシリィは「いつも通りの不躾な視線だなぁ」と思いながら、立ち上がり、用意していた羽ペンをそちらにもっていく。
「では、これで」
「ありがとうございます。では荷物を」
「ええ、いつもありがとうございます、タロウさん。賢者様」
今度はセシリィがシグルドを呼んだ。
シグルドはなぜ呼ばれたんだと聞くようにノエインを見るが「知らない」と彼女は首を振ってこたえる。
ひとまず立ち上がり、そちらへ。丁度会議の間の長テーブルに座る、全員が見ることのできる位置に、シグルドは立った。
セシリィは彼女に向き直り、タロウから受け取った荷物を__ただの荷物とは思えないような、豪華なその箱を、ゆっくりと開いた。
「実は、少しサプライズを、と言いますか。昨日、タロウさんにこれを持ってきていただけるよう、お願いしていたんです」
言って、セシリィは箱の中から、きらびやかな装飾に彩られた__勲章を取り出した。
若干のどよめきが会議の間に広がった。ノエインもシグルドも驚いていた。よくわかっていないのはシャット姉妹と、彼女らのそばにいる犬耳少女だけ。三人とも首をかしげている。
どよめきの原因は単純で、なぜ素性もわからぬ男に国の重要な勲章を託していたのだというやっかみのようなものだった。
「懇意にさせていただいている、お礼のようなものです。それにタロウさんに持ってきていただいたほうが、賢者様にも受け取っていただけるかと思ったのです」
(……いくらなんでもこれはやりすぎだろ)
どうなってるんだ、こいつへの信頼は。
いや、それを言ったら自分も、ほとんど顔パスで王城に入れるからアレだが……
「それでは……賢者様」
「……は、はい、セシリィ様」
二人は向き直る。
イレギュラーこそあったが、ここからは純粋な、賢者の偉業をたたえる時間だ。
セシリィはその手に、勲章を携え。シグルドはかしづき、王女の言葉を待つ。
「先の大侵攻においての活躍、改めてここでお礼を申し上げます。ありがとうございました」
「……いえ、私は、自分のために、ただ行動を起こしただけです」
そう告げると、セシリィがくすりと、面白そうに笑みを浮かべた。
彼女はシグルドを立たせ、その胸に勲章を取り付ける。
「そのお力を。これからも、我が国のために、使っていただけると……約束していただけますか?」
「……全てとは、参りませんが。それでも、できる限りの、ことは」
正直にそう答える。
セシリィは笑みを浮かべ「ありがとうございます」と再三の礼をし。
それから一泊の間をおいて。
会議の間に、一人の男の、喝采の拍手が巻き起こった。
♢ ♢ ♢
「それで!」
「なんだ?」
「これは、なんだ! というか、さっきのも、どういうことだ! タロウッ!」
叙勲から少し時間がたって、シグルドは、なぜだか知らないが王城の訓練場で、模擬戦用の木刀を握らされていた。
なぜ? と考える暇もなく、持たされた次の瞬間にはタロウの攻撃が飛んできていた。思わず攻撃を受け止めると、タロウは感心したように笑みを浮かべ、より苛烈な攻撃を繰り出してきた。
シグルドは何とか攻撃を受け止めている、いや受け止めさせられているのだが、あまりに体力がないので息切れ寸前だ。そもそも日が照っているのに分厚いローブなんてものを着ているせいで、汗だくだく、体力もほぼなくなっていた。
どうしてこんなことをしているのか。
元はといえば、ゼノバイド教団の存在を伝え、彼らに反撃するための軍議を終えたあとの、ノエインからの誘いが発端だった。彼女はシグルドがゼノバイドとつながりがあると睨んでいた。
そのうえで、しかし彼女に、セシリィに危害を加える気がないことも分かっていたのだ。なのでどんな人間かをより深く知るために、訓練場に誘い、そして今のタロウがしているように、木刀でシグルドを打ち据えまくった。
「ほう、一度私と打ち合ったから、なかなか耐えられているな」
「た、助けろ! 私はこういうのは、苦手だって、ひゃああ⁉」
「はっはっは! まだまだ行くぞ!」
……で、ひとまずノエインにだけは、妹を助けるためにゼノバイドに与したことを伝えたのだ。ノエインはその時、すさまじい形相でシグルドを見た。睨み殺されるかと思うほどの圧をかけられた。
どういうことかと聞かれもした。しかしそこでタロウが、
『__だが、シグルドは町に、一切の被害を出さなかった』
と、ノエインに伝えた。
タロウはそこからさらに事細かに、シグルドの事情を話したのだ。
ノエインは彼の言ったことを聞き「信じられないが、お前が言うなら本当らしいな」とだけ告げた。
再三言うが、タロウは嘘がつけないのだ。そのことはノエインも知っている。
シグルドはゼノバイドに与してなお、人を傷つけはしなかったし、セシリィを万全の状態にするための行為も全力を出して行っていた。
つまるところ、与してはいても、エルアラドに被害は出していないし、受肉召喚術の杭を作ったこと以外には、特に協力といえる協力もしていない。
タロウの発言によるところと、その情報が事実であるというのが、やはり大きかったのだろう。ノエインはこれまでの様々なことにいったん目をつぶったうえで、少なくとも彼女のこれまでの、セシリィへの行動には嘘はなかったと考えることにしたようだった。
そんなことがあって、シグルドはタロウに素直に礼を言った。
助けてもらったことへ、素直に頭を下げたのだ。
それで。
『__助けられっぱなしは性に合わない。タロウ、何か困っていることがあれば、私が手伝うが』
と言った。
タロウはすぐさま「困ってはいない」と言ったが、しかしすぐに考えて。
『__お前は少し鍛えたほうがいい。この際だ、一人前になるまでお前を鍛えてやろう』
なんて言い出した。
それで、まあ、そういうことになって。
今、この状況である。
「ちょっ、タロウ! やめ、おい、普通にきついぞ! 何が一人前にするだ、その前に殺される!」
「はーっはっはっは! シグルド、お前はそもそもの体力がなさすぎる! 点数すら付けられん! これを受けて少しは体力をつけろ!」
だから体力がつく前に死んでしまうわ!
叫ぶシグルドだが、助けてくれる奴は誰もいない。
ノエインは笑いながら見てるし、騎士団の連中は見世物だと思っているし、シャット姉妹は「タロウさん!」「次は私たちですよ!」なんて言ってる。
ふと上を見上げると、窓を開けてセシリィがこちらを見ていた。口を動かしているのを見ると「がんばれ」なんて言ってたりするのだろうか。
がんばってるけど死んじゃいますよ、これは。
ああ、イルヴィナか、それともアウローラにでもついてきてもらうべきだったか。なんでアウローラは「すまないが、私はいけない」なんて言ったんだろうか。
その間にもタロウの攻撃はより苛烈に__
「おい、待て。なんだその銃は!」
「アバターチェンジ!」
「話を聞けっ!」
アバターチェンジしたタロウはドンモモタロウの姿になった。
木刀の切れ味が格段に増した。
「さぁラストスパートだ、シグルド!」
「ラスト? 私の命が終わるのか⁉」
「はっはっは! 大丈夫だ!」
何がだ、何が!
叫びたかったけどできやしない。
本当、こいつは何なんだ!
神様みたいだと思ったあの時の思いを返してほしいんだが!
シグルドの魂の叫びは、澄んだ空にどこまでも響き渡った。
__今日もエルアラドの空は、気を失ってしまいそうなほどに、晴れ渡っている。
__じか~い じかい
どもども、イルヴィナちゃんでっす!
さて次回登場いたすのは、ウソをつくシスターさん。
相対するは、ウソをつけないタロウさん!
タロウさんの命を狙うシスターさんの、その願いとは!
ドン二節「ヘビめ、ウソのめ」
という、お話です!