桃井タロウは楽園行き   作:トナカイ

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〈前回のあらすじ〉

 私はシグルド・アスフォディル。
 全てを失い妹を救うため暗躍する私の前に現れたのは、謎の宅配人桃井タロウ。
 奴にはずいぶん振り回されたが、命を救ってもくれた。

 礼を言うのは苦手なんだが、いつかは言わないとな。
 それはそうと、ドンモモタロウはずいぶんと派手だ。
 本当、あれはいったいなんなんだろうな……?




 ドン2節 ヘビめ、ウソのめ
おこめとパン


 

 

 

 

 聖なる王国、エルアラド。その首都セフィラムは今、草木も眠る丑三つ時。

 空は暗闇に閉ざされ、大きく欠けた白い月が、空をゆっくりと横切って行く。

 多くの人間が眠りにつき、繁華街の明かりもそろそろと消えゆくような、そんな時間帯。聖王国の首都といえど、近頃は淫魔の出現もあって治安も悪い。この時間帯に外をうろつくような人間はやはりいなくて、首都の大通りも路地裏にも、人影は全く見えなかった。

 

 

「……遅れてしまったわ」

 

 

 しかし、ただ一人。大通りに現れた彼女だけは、違うようだった。

 

 シスターである。エルアラド聖教会の修道服とは異なる、ボディラインを余すことなく映し出すような黒衣の修道服に身を包み、首には金色のロザリオを下げている。ウェーブの紫髪を隠すようにヴェールを被っているのだが、それだけはなぜか聖教会のものを着用していた。

 彼女は路地裏に入り、そこから裏通りのスラムへと向かう。

 

 聖なる王国とはいえど、二千年続くその巨大さゆえに、国には多くの膿がたまっているのだ。

 ここだけは表や路地とは異なり、様々な人間が行き交っている。カタギの人間ではない。どれもこれも、悪人ぞろいだ。道のすぐ端で毛布にくるまり、眠っている子供ぐらいしか、まともな人間はいないだろう。

 道を通るたび、シスターの肢体にはぶしつけな視線が寄せられる。それを鬱陶(うっとう)しいとは思いつつも、彼女は特段気にはせず、道を進んだ。

 

 大切な会議に遅れてしまうのだ。早く行かなければ。

 そう思っていると__

 

 

「おいおい、シスター様がこんなところで何やってんだよ?」

 

 

 彼女の行く手に、ゴロツキたちが立ちふさがった。

 シスターは三人組をチラリと見ると、これ見よがしにため息をついた。

 

 

「邪魔よ。どいて欲しいのだけど」

「ああん? 誰に向かって口聞いてんだ!」

「俺たちはなぁ、自慢じゃあねえがよ、このスラムじゃあ一番強いんだぁ!」

「名前を聞けば泣く子も黙る。俺たち三兄弟のこと、知らねえとは言わせねぇ!」

 

 

 よく吠えるものだ。

 

 錆びた剣や棍棒で武装し、皮鎧などの安価な防具を身にまとっているところを見るに、彼らは冒険者のようだが。しかし、ギルドに認可されているような正規の冒険者とは、到底思えない言葉を発している。

 それもそのはず、彼らは冒険者の証を剝奪(はくだつ)された冒険者崩れである。依頼人から金をむしり取り、依頼された問題を解決せず事態を悪化させ、挙句の果てに裏で盗みや山賊紛いの悪事を働いていたのだ。

 場末のスラムに彼らがいるのは、そうした行為が明るみに出てしまったから。手に入れた金品も没収され、何とか戦える装備を身に着けている状況なのだろう。

 

 彼らが何かごちゃごちゃ言っているのを、ある程度まで聞き終え「ああ、その程度ならかかわる必要なんてないわね」と考えたシスターは、彼らの真横を通り抜けた。

 

 

「おい、待てっ!」

 

 

 男の一人、モヒカン頭が彼女の手をつかみ、強引に引っ張ろうとする。

 モヒカン頭は力を込め、彼女を引き倒そうとする。だが、引っ張ろうとも、彼女は動かない。まさか、力は入れている。こんな小娘程度簡単に倒せるはずだ。

 そう思い、何度も引っ張っていると、

 

 

「あなた、邪魔よ」

 

 

 そう、彼女の声が響いた。

 その途端、モヒカン頭が言葉にもならない悲鳴を上げ、うずくまった。頭を抱え、髪を搔きむしり、ガタガタと震えながらうわごとのように何か言葉を発している。

 残る二人はそんな彼の変わりように、あからさまな動揺を見せた。

 

 

「な、なにしやがった⁉」

「教えると思うの? その男を連れて、早く消えなさい。次はどちらにしてあげようかしら」

 

 

 シスターが浮かべた笑みは、醜悪そのものだった。口の端を頬まで吊り上げ、目には光さえともらない。恐ろしさと妖艶さが巧みに入り混じった、そんな笑みだ。

 そこから発せられる圧倒的な圧を前に、二人は完全におじけづいた。もはやうわごとしか発しないモヒカン頭の服の袖を引っ張るや、一目散に逃げてゆく。それを見届け、シスターはふうとため息を吐いた。

 

 これは完全に遅刻だ。あんなのにばかり絡まれたせいで、あの人の元に行くのに一時間も時間を食ってしまった。

 人間という生き物のことは好きだが、こうもジロジロと見られたり声をかけられたりすると、嫌気がさしてくる。あの人くらいだ、私のことを見ても何も言わないのは。少々傲慢で、勘違いが多いのは鼻につくが、それでも彼だけは、心から愛していると言える。

 

 

「ようやく着いたわ……もういらっしゃるみたいね」

 

 

 当たり前ではあるが、それでも確認せずにはいられない。

 彼女がたどり着いたのはスラムの奥の奥、広大な草原に繋がる墓地を持つ、古びた大教会。

 ここのステンドグラスに手を触れると、そこを中心として歪んでいる空間から、別の空間に入り込むことができる。すでに王国の管理からも外れたこの廃教会を門として、彼女はエルアラドに潜入していた。

 ステンドグラスを通り、辿り着いたのは暗がりに閉ざされた広間。

 エルアラド王城の内装もかくやという豪奢(ごうしゃ)な装飾が施された空間の奥に、男が一人立っている。ロザリオを杖代わりに立つその老人こそ、シスターの愛する唯一の男。

 彼女は彼の姿を認めるや恭しく頭を垂れ、そして告げた。

 

 

「大司教、ルドルフ様。シスター・ルクセリア、ここに参上いたしました」

 

 

 呼ばれた男が振り返る。

 ゼノバイド教団、引いては淫魔王アブラクサスに仕えし、大司教の司祭服。

 手にしたロザリオはあらゆる異教徒の頭蓋を砕き、血をすすってきた彼の愛武器。

 

 

「__遅かったな、ルクセリアよ」

 

 

 その男こそは、シグルド・アスフォディルのかつての上司__魔司教ルドルフに他ならなかった。

 ルクセリアは彼を見上げ、どこか恍惚とした表情で「申し訳ございません」と謝罪し、再び首を垂れる。

 

 

「申し開きのしようもありません。いかようにも処分を」

「フン、こんなことで処分などせんわ。ルクセリア、今回呼ばれた理由は、わかっているな?」

「はい。シグルド・アスフォディルが離反した件についてですね」

 

 

 ルドルフはうなづく。

 

 

「奴め、エルアラドに与して我らの侵略を阻止しおった。これは大きな失態だ……私のゼノバイドでの評価も揺らいでしまう。私がいなければ、淫魔王様の復活は立ち行かなくなるというのに……。それに、奴は今まで扱えていなかった境界門を起動してしまった。挙句に、異世界からエデンズリッターを呼び寄せた! 奴を排除せねば、我らの未来はあまりに危うい……!」

「その通りです。彼女を排除し、淫魔王様復活に安寧の兆しをもたらしましょう」

 

 

 シグルドを殺す。

 そして境界門を奪い取る。そうすれば、大量の淫魔をこの地に呼び出せる。どころか、淫魔王をこの世界に召喚することさえできるかもしれない。その生贄には大量のエデンズエナジーが必要になるが、それもエデンズリッターから奪ってしまえばよかった。

 ルドルフはそう考えながら、まずは邪魔者たるシグルドの殺害を実行に移すつもりのようだった。ルクセリアは、その任に自分がつくものだと考えていた。

 しかしルドルフは、彼女に言った。

 

 

「うむ……だがルクセリアよ。貴様にはもう一つ、別の任を与えようと思っている」

「……? それはいったい?」

「ドンモモタロウの討伐だ」

 

 

 ドンモモタロウ。このエルアラドに突如として現れ、エデンズリッターに与する謎の男。

 第三勢力か、はたまた純粋なエデンズリッターの一人なのか。彼の戦力は過剰の一言に尽き、ルシフェル、アシュタロス、更に未発見ながら報告に上がった他のエデンズリッターとも、ほぼ同格。どころか純粋な技ならば、ほかの戦士を凌駕するほどだ。

 そんな彼の存在に、ルドルフは常々頭を悩ませていた。唯一、あの男に良い点があるとすれば。

 

 

「正体は割れている。奴に取り入り、隙を見つけ次第殺せ」

 

 

 そう。あんなド派手なバイクを変身前も変身後でも乗り回しているせいで、正体は国中の人間にバレているのだ。本人も全く隠すつもりがないようだが。

 今はそれが好都合だった。つまり、ルクセリアのすべきことは__

 

 

「__桃井タロウの暗殺ですね……かしこまりました。必ずや、成し遂げて見せましょう」

 

 

 妖艶に笑い、乙女は告げる。

 

 ルドルフの右腕たる女淫魔__ルクセリア。彼女はその毒牙を、ドンモモタロウに向けようとしていた。

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 

 エルアラド聖王国はこのヴィ・ラ・エデンにおいて、最も長く、古い歴史を持つ宗教国家である。

 彼の国はエルアラド聖教の発生と同時にこの世界に存在するとされ、その最古の歴史は二千年前にさかのぼるという。

 この国に生まれた人々は子守歌代わりに聖歌を聞き、読み物代わりに歴史書と聖書を読み漁り、親への挨拶代わりに聖セフィロトへ礼拝する……というのはまあ、流石に冗談であるが。

 しかしこの国が聖神セフィロトとその写し見たる神樹セフィロトに守られているということと、それ故に多くの国民がセフィロトを敬愛しているというのは、純然たる事実である。

 

 そのためか聖都セフィラムのあちこちには教会が点在し、昼時には炊き出しの美味しそうな匂いと白い煙が、町中から立ち上った。

 聖神セフィロトはこの楽園を生み出した六柱の神の一つ。その中でも豊穣を司るとされる。事実、神樹セフィロトのお膝元たるセフィラムは、他国に輸出してしまえるほど農作物と畜産物が大量にとれる。質もよい。

 エルアラド聖教の教会群で行われる炊き出しは絶品である。

 

 さてもそんなエルアラドであるが、歴史が長いということは少々厄介な点もある。

 エルアラド聖教は、その教えの解釈が多岐にわたる。聖王国は一応その解釈すべてに中立のスタンスをとっているのだが、教会同士だとそうはいかない。

 場末の教会同士では、時折解釈をめぐって論争が起きるのだ。

 

 そして今。セフィラムの路地裏、そのすぐそばの商店街に建てられた掘っ立て小屋じみた教会、馬小屋通り教会と、その真ん前に建てられたばかりの新品、カボチャ商店街教会のシスターたちは、真っ向から対立していた。道を挟んでバッチバチに睨み合っている。

 

 

「聖セフィロト様のお恵みといえば小麦よ! そこから作られるパンやいろんな料理は私たちの血肉になる! これは聖書にもしっかり書かれていることだわ! それをあなたたち、お米だなんてそんなどこの何とも知れないようなものをふるまうなんて、どうかしているんじゃないの⁉」

 

 

 と、いうのが馬小屋通り教会の若手シスター、コムギさんの弁。

 

 

「何をおっしゃるのかしら? 聖セフィロトが遺した聖遺物、神樹セフィロトはこの地に恵みを与えてくださる存在。そのセフィロト樹によってはぐくまれたこの土地に根付いた、お米を子供たちにふるまうのは至極当然のこと!」

 

 

 というのは、コムギさんのライバル、商店街協会のシスター、イネアさんの弁。

 

 二人は他の若いシスターを取り巻きに、激しい言い争いを繰り広げていた。合いの手代わりに飛ぶは各陣営のシスターズ&野次馬根性丸出しの男どものヤジである。なだめようとしている司祭たちも、あまりに馬鹿な光景に頭を抱えていた。

 

 そう、ここ馬小屋通り__もとい、カボチャ商店街では、これこそがいつもの炊き出し前の風景なのである。コムギもイネアも周囲の熱に押され、言い合いの言葉をエスカレートさせていた。そろそろ取っ組み合いの喧嘩が始まりそうだ。

 

 と、そこに、爆音が響いた。

 皆がそちらを見ると、真っ赤なバイクが道の向こうに鎮座している。そんなものに乗るのは、エルアラド広しといえどただ一人。

 

 

「タロウ!」

「来ましたわね!」

 

 

 そう、桃井タロウである。と、彼の愛機、エンヤライドンにもう一人、だれか乗っている。

 

 

「ついたぞ、セラヴィス」

「……え、あ、つきました……? 本当です……? ここ、地獄じゃないですよね……?」

「俺は冗談は言わない。お前に言われた通りの場所だ」

 

 

 セラヴィスと呼ばれた銀髪のシスターは、フラフラとバイクから降りる。どうやら乗り物酔いしているらしく、ほかのシスターとはかなり様子の異なる真っ赤な衣装が、これまたフリフリと揺れていた。露出が激しいのだ。男どもは思わず見て見ぬフリをした。タロウだけが話しかけるときにまっすぐとみている。

 そんな彼もまたエンヤライドンから降りる。

 期待のまなざしを向けるのは、商店街の客、店主、店員、通行人。

 果たして何が始まるかといえば__

 

 

「では、タロウも来たことだし!」

「ええ、コムギさん。今日こそ白黒はっきりつけるとしましょう!」

 

 

「私たちの作るパン料理と米料理……」

 

 

「どちらのほうが!」

 

 

『おいしいかということを!』

 

 

 声が重なった。

 

 つまりまあ、そういうことであった。

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 

 シグルド・アスフォディルは目の前の”ソレ”を見て、注文を間違ったかと空目した。

 

 目の前にはカレーの皿。炊き立ての大盛りご飯にカレールーをぶっかけ、そこに赤い漬物(福神漬けと言うらしい)を乗っけたものがある。山のように盛り付けられたそれは香辛料からくる良い匂いをこれでもかと放っていて食欲をそそる。だがその圧倒的な量だけは、小食少女であるシグルドには殺人級のものに見えた。

 これを食べきらなければならないのだろうか。周りを見ても、シグルドほど大きいものは一つの席にしかない。皆一心不乱にカレーにありついている。中には米ではなく、特徴的な形のパンをカレーにつけて食べている人もいた。

 いくらなんでも多い……と思いながらも、お腹は空いていたのでスプーンをとる。

 

 ……いや、食べる前に話を通しておくべきか。食べながら話すのは行儀が悪いし。

 シグルドはスプーンを持つ手を席において、隣に座る友人を見た。

 彼はその視線に気づいてか食べるのをやめ、シグルドを見る。

 

 

「どうした、カレーが冷めるぞ、シグルド」

「……この量を食えっていうのか。私が少食なのは知っているだろ?」

「知っている。だが、まずはお前が栄養のあるものを食べ、体力をつけるべきだ!」

 

 

 シグルドは長テーブルから顔を上げ、またばくばくカレーを食い始めた友人を睨んだ。

 食欲とか全くないのに、お前は察してもくれないのか……!

 上から目線、傲岸不遜、ただそれなりに心配はしてくれるのは、真っ黒な「クロイヌ宅配便」の制服に身を包んだ桃井タロウ。

 

 シグルドは彼に話があり、彼を探してここまで歩いてきた。だがようやくたどり着いたここで、彼は一心不乱にカレーを食べていて、話しかけられる雰囲気ではなかった。

 

 見てみると、タロウが同じような大盛りのカレールーに焼き立てのパンを突っ込んで食べ、そのあと米皿にルーを流し、それを食べて__と、機械的なスピードで食べ続けている。

 恐るべきは常に、食べる量が一定なこと。こいつまさか魔法生物じゃないよな? とシグルドは思った。

 

 このままじゃ話せそうにないし、自分も一口食べよう。食べてから、()()()を切り出そう。匙ですくったカレーを口に運ぶ。途端、まろやかな味わいとともに、口先が少々ピリリとした。辛さ控えめ、子供でも食べられる甘口カレーだ。

 

 

「……おいしい」

「そうだろう。ここのカレーは絶品だ。点をつけるなら」

「つけなくていい」

 

 

 その癖どうにかしたほうがいいぞ、と言いつつ、しかし確かに絶品だとシグルドは独り言つ。

 イルヴィナが来て、彼女が初めてカレーライスというものをふるまってくれたその日から、シグルドは「カレーといえばお米だろう」と心に決めている。

 イルヴィナ以外が作ったカレーを食べるのは初めてで、これほど甘いのも初めてなのだが……子いうのもいいな、と思えるおいしさだった。

 そういえば、いつだったかイルヴィナは「カレーはどう作ってもおいしいんですよ!」と言っていた。うむ、その言葉は真実なのだろう。また一つ賢くなった。

 

 

「食べ終わったかしら、タロウ」

 

 

 さてもそんなカレーに舌鼓を打っていると、これを作った人の声が。

 商店街教会のイネアである。彼女は馬小屋通り教会のコムギを伴い、タロウの前に来ていた。

 

 

(ああ、そういえばタロウは、カレーライスとナン、どっちがおいしいか点数をつけさせるために、連れてこられたんだったか)

 

 

 忘れていた。ここにはシャット姉妹に聞いて駆けつけたのだが、タロウのことにばかり集中していて、頭からすっぽり抜けていた。

 

 しかし、ライスかパンか、か。個人的にカレーはライス一択だけど、あのナンというカレー用のパンも、おいしそうだ。今度イルヴィナに頼んでみよう。

 

 

「さて、タロウ。そろそろ言ってもらいますわよ」

「どっちのほうがおいしかったか! 白黒はっきりつけてよね!」

 

 

 タロウはうなづきも了承もしなかった。

 すべてをつつがなく食べ終え、口を拭く。そして、点数を書くためにある二つのボード(年季が入っている)に、サラサラと尖筆で文字を書いた。

 ボードをそれぞれ両手で持ち、

 

 

「では、言うぞ」

 

 

 と告げた。緊迫の瞬間。

 緊張の空気が、周囲に満ち満ちる。

 タロウは満を持してボードを掲げた。

 

 そこには__!

 

 

「……は?」

 

 

 両者ともに、”50点”の文字が。

 タロウはその点数を、高らかと告げる。

 

 

「ライスもパンも、五十て「ちょい待ち! てか普通に待て、タロウ!」なんだ?」

 

 

 コムギが徐にタロウに待ったをかけた。

 タロウの顔に不機嫌の色が浮かぶ。しかしコムギと、彼女の隣のイネアのほうがよっぽど不機嫌そうだ。

 

 

「白黒つけてって言ったじゃん! 何が同点だよ、しらけるじゃんか!」

「そうですわ。今日こそはと、私たちはカレーという、パンにもライスにも合う料理を、イルヴィナちゃん様から教えていただいたのです!」

 

 

 あ、そうなのか。これイルヴィナ印のレシピだったんだな。どうりでおいしかったわけだ、と、シグルドは勝手に納得していた。

 二人の剣幕はタロウすらも凌駕しそうな勢いだった。

 しかしタロウはいつものように涼しい顔で。

 

 

「何を言う。以前からまた一段と旨くなっていた! これはイルヴィナのカレーのおかげだけじゃない、あんたたちの米を炊く腕前と、パンを焼く腕前が上がっている証だ!」

「そ、そう? えへへ、腕前上がってるって、やったねイネア」

「そうですわね……じゃありませんわよ! 白黒つけるって話はどうなったんですの!」

「白黒つけられないほど、どちらもよいものだった。それだけの話だ! だからこその同点。お互い、ライバルを抜くために、もっと精進しろ!」

 

 

 ……やっぱり上から目線だな、こいつ。名も知らぬシスターのこめかみがピクついている。

 シグルドはため息をつきつつ、まだ食べ終えていないカレーに目線を落とし、

 

 

「しかしどうしてもというなら、俺以外のやつに意見を仰げばいい。意見は一つだけでなく、大勢から取るべきだ! そこのシグルドも、カレーには一家言あるだろう」

「ブッ⁉」

 

 

 おい、待て! 名前を出すな!

 とか何とか言おうとする間に、シグルドの前にコムギとイネアが。

 

 

「シグルド……というのはまさか、淫魔の侵攻から国を救った救国の賢者様⁉」

「え、マジ? この人なの⁉ わー、聞いてたよりきれい! ねね、賢者様、カレーおいしい? 米ばっかりじゃなくてパンも食べてよ、それでどっちが上か教えて!」

「いや、ちょ、私は……」

「フフフ、タロウのような腑抜けとは違って、賢者様ともあろう方なら、きっとどちらが上かと見極める、審美眼をお持ちのはずですわ。さあさ、ライスをどんどんお食べになってくださいね」

 

 

 ふざけるなぁっ!! 恨むぞタロウ!

 

 シグルドは人ごみにもまれながらタロウを睨んだ。

 この間の叙勲のことを、セシリィらが大々的に報じたせいで、シグルドの名前はエルアラド全域に広まってしまっていたのだ。だというのにあの真っ赤な縁結び男は普通な顔してるし。

 あいつのほうが活躍していただろう! とシグルドは叫びたくなった。

 

 そんなタロウをにらんでいると、彼に話しかけようとする二人のシスターが目についた。

 一人はずいぶんと目立つ真っ赤な修道服を着た、セラヴィス。扇情的にスリットが開いたあの服は、聖女の傍付きのための服だったか。

 そしてもう一人は、真っ黒な修道服をその肢体に張り付けた、妖艶な美女だった。一見すると修道女とは思えないような、そんな雰囲気の女。

 

 

「あなたが、桃井タロウ様ね?」

「俺のことを知っているのか? 縁ができたな! あんた、名前は?」

 

 

 タロウに話しかける黒衣のシスター。シグルドはその姿をどこかで見たことがあった気がした。どこで見たのかは思い出せない……もっとよく見よう、と体を伸ばす。が、しかし、

 

 

「賢者様、早く食べてくださいよ!」

「ほら、お手が止まっていますわ!」

「きゃっ、ちょっ、ひゃあっ⁉」

 

 

 そんなシスター二人に押され、カレーを押し付けられ。

 結果として、三人の様子を確認することはできなくなってしまったのだった。

 

 

 

 

____________________________________________

 

 

 

・ここは エルアラド

 

・しんじゅ セフィロトの おひざもと

 

 

 

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