桃井タロウは楽園行き 作:トナカイ
「さてさてタロウさん! ぜひぜひ、お聞きしたいことがあるのですがっ!」
真っ赤な太陽が沈みつつある夕飯時。
ルクセリアとのデートの後、イルヴィナに捕まったタロウはあれよあれよという内に、シグルドのアジトに連れてこられていた。
客間代わりの居間に運ばれた大き目の丸テーブルを、タロウのほかシグルド、イルヴィナ、クレセア、新しい住人のアウローラと
「ど、どうもこんにちは、です。タロウさん」
「セラヴィス、こんなところで縁があるとはな」
__なぜかいる、セラヴィスが囲んでいる。
なぜ彼女がここにいるのかといえば……
「ノエイン様から、賢者様との連絡係を仰せつかりまして……私、賢者様のご自宅の場所がわからなかったんですけど、ちょうど賢者様の使い魔様をお見かけしたんです。なので、こっそりついてきたんですよ」
「そうだったんですねー! あ、私はイルヴィナちゃんでお願いします」
「は、はい。い、イルヴィナちゃん!」
と、そんな感じらしい。
シグルドとセラヴィスが話している間、タロウはお茶を出されて飲みつつ、手伝いをしていた。そんな折に、セラヴィスがふとタロウに「そういえばルクセリアちゃんとは、昨日どうでした?」と聞き。
それにイルヴィナが食いつき、お茶の時間ついでに話してくれないかとタロウにせがんで、結果客間のテーブルをみんなで囲んでいる、というわけである。
「しかしなぜ、俺がルクセリアの護衛をしていたことを知っている」
「実は昨日、お前がシスターとそんな話をしているのを、聞いてな。ちょっと話題に出していたんだよ」
「なるほど」
「それでそれで! どうだったんですかっ!」
タロウはお茶菓子をもらいつつ、昨日あったことを淡々と話した。
ルクセリアとセラヴィスから、ストーカーへの牽制をお願いされ、ルクセリアと一緒に行動していたこと。
その間、ルクセリアのお願いで、商店街のお店を回ったこと。
デート相手の彼女からは、楽しかったという感想をもらったこと。
タロウはいつものように、ずっと仏頂面で話すだけなのだが、しかしイルヴィナはその話を聞いて「いいですねぇ……」と恍惚の表情で語った。
「シスターさんとの、おデート……! ああ、やっぱり良い響きです!」
「ただの護衛だ。デートなどというものではない」
「タロウさん、今度誘われたときのために、ベッドインまでの作法を学びましょうっ! うへへへ、手取り足取り腰取り、ねっとり教えて差し上げますようぇへへへ」
バキャッ。
頭をたたいたとは思えない音が響いた。
「だから妄想が過ぎるぞ、イルヴィナ」
「あ、あた、頭が震える……嫉妬ですか、アウローラちゃんっ! 心配しなくても、今日の夜はお楽しみのつもりですから、そのつもりで待っていてくださ」
ボグシャア。
床がバキッと陥没し、セラヴィスが驚いて肩をはねさせた。
「え、えっ、えっ⁉」
「……めり込んじゃいましたよ、床に」
「動かなくなったぞ。アウローラ、お前流石にこれは……」
「生きているだろう、大丈夫だ」
「そ、そーでそ……イルヴィナちゃんはこんなことでは死なないのですっ……!」
言いながらフラフラとしているイルヴィナは、頭をぶんぶんと振って気を取り直し「それで、デートのご感想はいかに⁉」と、タロウに聞いた。
本人にとってはいつものことらしい。
セラヴィスがおたおたと「え、大丈夫ですか⁉ 本当に大丈夫なんですかっ⁉」なんて言っている横で、クレセアが「大丈夫ですよ、イルヴィナちゃんですから」と謎の信頼を見せ、シグルドに至っては「それで__」とタロウに話を聞き出そうとする始末だ。
こんなのが日常茶飯事で果たしてよいのだろうか。セラヴィスは不安を覚えた。
そんな彼女の思いも知らぬまま、タロウは淡々と問いかけにこたえる。
「悪くはなかった。誰かと街をめぐるのは、楽しいものだ」
「おお、好感触っ!」
「点数をつけるなら__」
「あ、それはいいです、無しでお願いします、めっちゃしらけますんで」
「そうか」
「……タロウさんなら、嘘はないんですよね。フフッ、よかったぁ」
セラヴィスは心の底から嬉しそうに、そう言った。
「ルクセリアちゃんは男の人と良い思い出がなかったみたいなので……お友達として、タロウさんをお勧めできてよかったです。タロウさん、これからもよかったら、ルクセリアちゃんのことをお願いします」
セラヴィスの言葉に、タロウは「わかった」とうなづいた。
頭を下げたセラヴィスにほほえましいものを覚えながら「そうだ」とシグルドはあることを思い出した。
「タロウ。デートのことはいったん置いておいて……一つ頼みがあるんだ」
「なんだ?」
「私とアウローラは、今度ゼノバイドへの反攻作戦で家を空ける。その間、お前にここを守っていてほしいんだ」
ハイと言ってくれるよな……と、そこはかとない不安をにじませてシグルドが聞くと。
「もちろんだ。護衛ぐらいなら簡単にできる」
とまあ、あっさりと良い返事があった。
心配する必要なんてなかったなと思いつつ、シグルドは微かに笑みを浮かべ「ありがとう」とだけ言った。
「それだけか?」
「それだけだ。他には特にないさ。イルヴィナにお前を呼んでもらったのも、本当はデートのことを聞くためじゃなくて、この話をするためだったんだからな」
「わ、私も、ノエイン様にタロウさんの協力は取り付けられたか、賢者様に聞くように言われてきたんです。今日はよい報告ができそうです」
「セラヴィス、そういえば報告は全て終わったのか?」
ふと、タロウがそんなことを聞いた。そういえば、セラヴィスはシグルドに、ノエインからの報告をするために、アジトに来ているのだ。
「あ、まだです! すみません、お話に割って入っていいのか、迷ってしまって……それで、ええと。ノエイン様から、二日後の午後に遠征を行う、と伝えてほしいと言われていました……すみません、伝え忘れるところでした」
「いや、いい。二日後か……アウローラ、行けるか?」
「無論問題ない。イルヴィナ、お前はどうだ?」
「安心ご無用ですよアウローラちゃんっ! イルヴィナちゃんは、並みの淫魔よりずうっとつんよいですからっ!」
ムンッ! と力こぶを作って見せるイルヴィナ。細腕なのでそんなに筋肉はなかった。
「……大丈夫なのか、主」
「正直なところ、無理はさせたくない。だが、怪我をしていても、クレセアの身の回りの世話くらいならできると言っていたしな」
シグルドは境界門を取り出す。
煌々と輝きを保つ境界門は、アウローラを召喚して以来、その力を正しく発揮するようになっていた。エデンズマテリアルを複数用いて行う、境界門召喚によって、世界の理に眠る戦士たちを呼び寄せる。
この技法を確立させてから、シグルドは幾度か召喚を試み、まだ完全に実体化できてはいないが、何人かの戦士と交流できるようになっている。実体化にはまだ時間がかかるため、正直なところ、今すぐに戦力にできるかは怪しい。
「だが、イルヴィナ一人だと不安があるのも事実だ。だからタロウにここを守ってほしいんだ。タロウ、改めて頼めないか?」
「二言はない。すでに俺は、任せろと言った」
「よし。頼んだぞ」
ひとまず、話はそれで決まった。
セラヴィスはほうと息を吐き、ようやく腰を落ち着けた。
「ところで、タロウさん。ルクセリアちゃんと、またお出かけをしたりするんでしょうか?」
「いや、決まっていない。だが、また出かけたいとは思う」
そのタロウの発言に、その場の全員が固まった。
カップにお茶を注いで「今日は私もご飯を作りたいな」と考えていたクレセアは思わずタロウを凝視し。
シグルドはお茶を噴き出してタロウを見て。
イルヴィナは「ま、マジですか⁉ アウローラちゃんっ、タロウさんに春が来ましたよ!」まで言って、アウローラに「うるさい」と鉄拳制裁を受けた。
聞いた張本人のセラヴィスがおずおずと聞き返す。
「ほ、本当ですか? タロウさん、もしかしてルクセリアちゃんに気がある、とか……」
「気があるかどうかはわからない。俺はそういうことには疎い。だが、彼女と行動しているとき、妙な視線を感じた。まだ、守ってやる必要があるらしい」
うん? あれ、それって別にデートしたいとかではなく……
「タロウさん……まさか、まだ本当に、ストーカーされてるって思ってたりしないですよね?」
「何を言っている? ストーカーの被害は終わっていないだろう」
そういうことだった。
聞いたイルヴィナは「やっぱりタロウさんだ」と、春が過ぎ去るのを肌で感じた。
♢ ♢ ♢
「結局、タロウさんはタロウさんだったね……」
タロウとセラヴィスが帰った後、片付いた部屋の中で、クレセアは苦笑いとともにそう言った。
女心がわかってないのかなぁ、なんて思ったりする。
クレセアにとって彼はよい兄貴分というか、近所の優しいお兄さんという感じで、なかなか感謝もしたりしているのだが、それはそれとしてもう少し、周りに気遣えたりしないかな、と思うのだった。
「……ねえ、お姉様もそう思うよね……って、どうしたの?」
クレセアはシグルドに同意を求めようとして、彼女が何か考え事をしているのに気が付いた。
シグルドはクレセアの問いかけに「いや」と前置きして、
「ルクセリア、という名前……やはりどこかで聞いた気がして……何かこう、頭の奥で引っかかっている気がするんだ」
と、やはり悩んだまま言った。
そうだったかな? とクレセアも思い出してみる。
エルアラドに居着くまで、シグルドとクレセア、それにイルヴィナの三人は、放浪生活を送っていた。ルドルフから、セシリィ篭絡のためにエルアラドに居を構えろと言われるまで、ずいぶんと多くの場所をたらい回しにされたのだ。
そうしたのは、シグルドを愛弟子だなんて呼ぶとあるネクロマンサーと、あのルドルフのせいなのだが。
その放浪生活の中で出会った人は少ないし、エルアラドに居着いて以降出会った人でなければ、きっとクレセアにも記憶はあるはずだった。しかし幾らたどってみても、ルクセリアという名前の人物は出てこない。
「うーん、私は記憶にないけどなぁ」
「私もないですよ!」
「イルヴィナちゃんはすぐ忘れちゃうからでしょ」
「うぇへへ、でもご主人様やクレセアちゃんのことは、忘れてませんよ!」
クレセアに抱き着くイルヴィナ。それを快く受けるクレセアだが、親友の淫魔はそんな愛情にかこつけて尻と胸に手を伸ばし始めた。クレセアが顔を赤らめるや、イルヴィナの頭に強烈な一撃が……
「あいたぁ⁉」
「やめろ馬鹿者」
アウローラが言うのだが、イルヴィナはすぐに嫌だ! と応じる。
「やめません! 淫魔の性ですからっ!」
「やめろよ」
「あいだだだだだ私はリョナ趣味はないですよあがががが⁉」
見事なヘッドロックであった。
騎士っていろんな技があるんだな、とクレセアは思った。
シグルドはそんな面々に目もくれず、思い出そうと必死になるが、やはり出てはこない。
どこかで聞いた気がするのだ。どこかで__
そうして悩んでいる時だった。
部屋を照らしている蠟燭が、ゆらりと炎を揺らしたかと思うと。
パッ__と消え去った。
「わっ、な、なに⁉」
「ッ!」
暗闇の到来と同時、それに抗うかのように、アウローラが叫んだ。
「エデンズフォース・オーバーロォーードッ!」
光が爆裂し、アウローラの姿が変わった。白いドレス鎧にルビーをあしらった髪飾りがまぶしい、蒼髪の騎士__エデンズリッター・アルシエルへと。彼女はシグルドたちの前に立ち、至聖槍ロンギヌスを構える。
「三人とも、私の後ろへ!」
「な、なんですかっ⁉」
そうイルヴィナが叫ぶと同時に、台所への扉が吹き飛んで、何者かが現れた。
青い泡だったような肌を持つ人型の怪物ども。人間をそのままおぞましい化け物へと変形させたかのような亡者の群れ。
クレセアが息を吞む横で、イルヴィナが悲鳴を上げた。
「ひ、ひゃああああああっ⁉ ぞ、ゾンビ、ゾンビですぅ!」
「見ればわかる! あまり動くな!」
「い、イルヴィナちゃん基本雑食ですけど、アレはダメですっ! 死んじゃったおじいちゃんを思い出しちゃうのでぇ!」
うずくまるイルヴィナ。
それを見てか、先頭のゾンビが「キシャアアアアアッ!」と声を上げ、四人に襲い掛かる。
が、アウローラが槍を横薙ぎに振るった。ゾンビの上半身が消し飛び、肉塊が床を転がった。
続いて襲い来るゾンビにも槍を突き、三匹まとめて肉塊に変える。
同時、彼女は火の消えた燭台を掴んで、イルヴィナに放った。
「それで主殿を守れ!」
「わ、わっかりましたっ! もちろん、私たちのお家で好き勝手させるとか、有り得ないですから!」
言うやイルヴィナも燭台を振り回し、襲い掛かるゾンビどもの目玉に突き刺した。次いで乱暴に振り回し、二匹ほどの頭にかち当てる。ゾンビの頭は、面白いようにポーンと飛んだ。
二人の戦いを見つめつつ、シグルドは周囲に残る魔力の残滓を読み取る。
そしてあることに気が付いた。
(……この魔力は、まさかっ!)
シグルドは声の限りをかけて叫んだ。
「イルヴィナ、アウローラッ! できるだけ早く、その亡者どもを片付けろ!」
「承知したッ!」
「安心ご無用ッ、すぐに片付けてしまいまそーっ!」
シグルドの言葉にそれぞれ応じ、二人はゾンビどもに切りかかる。
切っては返し、突いては吹き飛ばして、二人は亡者を駆逐していった。
ゾンビとは、生命を失った生物を魔術によって動かした魔道生物だ。その思考は生きとし生けるものから命を食らいつくすことに支配されている。その脅威の最たるものは、すでに死したものであるが故の不死性。
が、やはり強度などは低く、雑な攻撃でもすぐに崩れる。一定のダメージを受けて魔力を完全に消耗すれば、塵のように消えてしまう。
「そおりゃあっ!」
目の前の亡者の最後の一匹を、イルヴィナの燭台ぶんまわしがぶっ飛ばした。かっとんだゾンビは床に激突し、やはり塵と化して消えていく。風もないのに風に吹かれ、消えていくそれを見送っていると__
「__クス♪ クスクスクスっ……♪」
笑い声が聞こえた。
アウローラは油断なく槍を構えたまま、まだ見ぬ敵を警戒する。
「今度は笑い声か……どこからだ」
「あの、あのう、ご主人様」
「どうした、イルヴィナ」
「私すんごく嫌な予感がするんですけどっ……」
同感だった。
イルヴィナは脱力気味にうつむいている。
やけに弱い亡者どもだな、とシグルドは思っていたのだが、ここにきて聞き覚えのある笑い声だ。その少女のような笑い声が、イルヴィナに囁きかける。
「あん……つれないなぁ。イルヴィナちゃんってば、久しぶりだっていうのに、すごく嫌そうな顔をするんだから……」
「分からないなら自分の胸に手を当ててみろ」
イルヴィナを守るようにシグルドは立ち、声の主を見て、告げた。
「__ともかく。久しぶりだな、レゾフュア」
そこには、幽鬼のようにボウッ……と立つ、人影が一つあった。
それは幼い少女の姿をしていた。シグルドよりも一回りほど若い、町娘といっても差し支えない少女。細い手足は死人のように白いのに、腿や胸は柔らかく肉付いて、若干の赤みがさしている。青い扇情的なローブに身を包んでいる彼女は、フードをとって顔を表し、端正な顔に授けられた真っ赤な瞳でシグルドを捉え__ニタリ、と。
「__フッ……ヒヒッ、ヒヒヒヒヒッ……! うむうむ、ずいぶんと吠えるようになったのう、我が弟子よ」
口の端から端まで裂けるが如き、愛らしく醜悪な笑みを、浮かべた。
その時、誰よりも早く動いたのはアウローラだった。レゾフュアの姿を認めるやシグルドが何事かを言うよりも早く、彼女に槍を突き付けた。ロンギヌスの先端がギラリと輝き、三人は思わず息をのむ。レゾフュアだけが笑みを崩さず、自らに刃を向ける女騎士に色香の混じる吐息を漏らした。
「あれ、そういえばあなたははじめましてだね。挨拶を忘れちゃうなんて、あたしってばうっかりさん♪」
「っ……何者だ、お前は。どこから入り込んだ!」
「あたしはね、レゾフュアっていうの♪ 天使さんのお名前は?」
アウローラはそんな彼女に動揺する様子を見せ、困惑のままにシグルドに目を向けた。
槍の切っ先は喉笛から動いていない。動かせないのだろう。レゾフュアが漂わせている底知れぬ邪気に、絡めとられてしまっている。
「主よ、こいつは……何者なんだ? 敵意は感じないが……禍々しい、人ならざる気配が……」
「フゥン? アウローラ、っていうんだ……」
アウローラの目が驚愕に見開かれる。
震える彼女の頬に、レゾフュアはその冷たい手を這わせた。
「夜明けの、太陽__お顔と同じで、綺麗なお名前だね……クスクス、あたし、欲しくなっちゃったかも♪」
間合いに入られたアウローラは、無防備なままにレゾフュアに指を這わされた。レゾフュアの椿のように赤い舌が、騎士の首筋をチロリとなめとる。アウローラは我に返るが、レゾフュアの邪気によって動けず、やはり状況は変わらない。
「やめろっ! なにを、この……」
「レゾフュア」
その均衡を破ったのは、シグルドだった。彼女は白い少女の隣へ行くや、その肩を叩く。
「やめろ。私の騎士をからかうな。こんな人形どもをけしかけて、どういうつもりだ」
レゾフュア。
ゼノバイドの大幹部の一人である、世界有数の
レゾフュアはあらゆる屍の術に精通した、死人占い師の一人。
今の姿ですら、仮初のものである可能性が高い。なにせ彼女は数百年の間を、肉体を入れ替えて生き続けてきたのだ。手にした死霊術の技術とその能力、そしておぞましさは、ゼノバイド教団の中でもトップクラス。
そんな彼女は、クレセアやイルヴィナにも目を向け、親しげに話しかけている。
「クレセア、今日は起きていて大丈夫なのかのぅ?」
「いつもご心配いただき、ありがとうございます、レゾフュア様。最近は調子が良くて、夜もしっかり眠れています」
「ほほ、そうかそうか。それは良い。どういたしまして……と言いたいところじゃが、そこは違うのう。ワシはシグルドに聖痕の存在を伝え、ゼノバイドに引き入れただけ__聖痕からエデンズエナジーを吸収する技法を開発したのは、お主の姉じゃからな」
そう言われた途端、シグルドは全身に怖気が走るのを感じた。
よりにもよって、今、そのことをバラすのか……! アウローラが視線を向けたのを感じた。
彼女は困惑のままに、シグルドに問いかけようとするが口を紡ぐ。それを見て心底意外だとでもいうように、レゾフュアが言った。
「まだ伝えておらんかったのかの? フヒヒ……アウローラちゃん♪ このお姉ちゃんはねぇ、ゼノバイドの幹部だったんだよ♪」
「な……どういうことなんだ、主!」
「……すまない、時間を見て話そうとは、思っていたんだが」
レゾフュアの言葉に背中を押されてしまい、アウローラは激情のままにシグルドに問いかけた。
シグルドはレゾフュアを一瞬睨むや、なんとか弁解しようとするが、
「ゼノバイドの幹部だと……! 主殿、何を考えてそんなことを!」
「待て、アウローラ……私には、理由があって」
「フヒ、ヒヒッ……面白いことになったのぉ。大丈夫だよ、アウローラお姉ちゃんっ♪ もうその人は、ゼノバイドに反旗を翻しちゃったからね♪」
「な、なに? 反旗を、だと?」
「ああ……今はもう、私はゼノバイドの幹部じゃないんだ」
シグルドは「もう隠し事はできないな」と告げるや、アウローラに事情を説明した。
妹を救うため、ゼノバイドに入ったこと。境界門の研究や聖痕にまつわる研究をそこで行っていたこと。
ゼノバイドの教義そのものは知っていたが、協力する気はさらさらなかったこと。
確かに幹部にこそなったが、境界門の起動と先日の裏切りを経て、すでにゼノバイドとは袂をわかったこと。
「その日に、お前を召喚したんだ。すでにこのことを話している人間も数人いる」
「それにお姉さまは、犠牲が出ないよう、いつも頑張っていたんです! 召喚した淫魔も昔仲が良かった人たちだけで、その人たちの力を借りて人の少ない日に攻撃を起こしたりしていて……」
「そうです! 私も毎日監視に行って襲撃を動かしてたんですよ! 人のいないところに! ほんっとうにめんどゲフンゴフン、大変だったんですから!」
イルヴィナとクレセアの弁解も重なるが、アウローラは黙したままだ。
これはどうあがいても契約破棄される流れだろう。
アウローラは正義感が強い。契約そのものは魔術的なものなので切ることはできないだろうが、シグルドのもとを去ることはできてしまう。シグルドは半ば諦めながら、この事態を引き起こしたレゾフュアを睨んだ。
彼女は飄々とした態度でクスクスと笑っている。
どうしてくれるんだ、本当に。
シグルドがそう思っていると、ずっと黙っていたアウローラが、ようやく口を開いた。
「……そうか、わかった」
「っ……な、なにがだ?」
「何、主がたびたび、私に後ろめたいような目を向けていた理由がだ。なるほど、本当に隠していたわけではないようだな。だが、そういうことは早く言ってくれ」
シグルドは目を瞬かせ、アウローラをジッと見た。
ほとんど隠していたようなものじゃないか。なのに、何も言わないのか? シグルドはあまりの驚きに言葉すら出せず、アウローラをただ見つめてしまった。
アウローラは「私が納得した理由がわからないのか?」と首を傾げ、改めて言った。
「クレセアを助けたい一心で、ゼノバイドに入ったのだろう。それはわかった。今でもゼノバイドに与しているのなら私も悩みはしたが、既に奴らと手を切っているのなら、話は別だ。私は、お前の騎士だからな。主の考えを聞いて、我を示すのは、騎士の在り方ではない」
だから、お前の意思を尊重する。そしてそのうえで、お前の力となろうじゃないか。
そうアウローラは告げた。
拍子抜けしたと同時に、なんだか顔が熱くなってしまう。シグルドは思わず、ローブの袖で顔を覆った。
え、そうなるのか? 嘘をついて、利用しようとしただけには見えないのか? やっぱりこいつもセシリィ同様、底抜けのお人好しなのか? ゼノバイドにいたという事実と、人を傷つけるきっかけを作ったというのは、決して変わらないはずなのに。それでも力を貸してくれるっていうのか?
よくわからず、アウローラの言葉に首を上下に動かして「あ、ああ」とだけ言うのが精一杯で。
クレセア以外に、初めてこんな表情にさせられた気がするなぁ、とシグルドは思った。
「……ふむ、ただのお堅い騎士ではない、か。クスクスッ……良い拾い物をしたのう、我が照れ屋な弟子よ」
「あんたのせいだろうがッ! ……と、とにかくだ。あんたも目的があって来たんじゃないのか? 普段、来るときは連絡を……よこさないな、あんたは」
「よくわかっておるのう。まあ、来た理由など一つしかあるまい。お前と違って、ワシは今でもゼノバイドの大幹部じゃからな」
その言葉を聞いた途端、アウローラはシグルドたちを守るように、前に立った。
邪気に気圧されていようと、彼女は極光の騎士を冠する聖騎士。その勇気は、目の前に何百年の年月を生きたネクロマンサーが居ようと、衰えはしない。
「主殿たちを消しに来た、というところか? ……だが、あの亡者ども、やけに手ごたえがなかった。貴様の目的は別にあるのだろう?」
「そうとも。そも、ワシはゼノバイドの目的になどさして興味はない。我が研究理念は人の枠組みを超えること。そのための死霊術、そのためのネクロマンシーじゃ。ゼノバイドの崇拝する神のもたらす世界などは、むしろ邪道よな」
「なら、なぜここに現れた?」
「それはもちろん、我が愛弟子を守るためよ」
「……お前が愛しているのは、私の頭脳だけだろうが」
シグルドのぼやきに、これまたレゾフュアはクスクス笑う。
彼女とシグルドは、ゼノバイドに入る以前から親交があったが、それはお互いに研究者であるためだった。どちらも目指すところは違うが、人体にまつわる術も多く扱う死霊術と錬金術には、応用できる箇所もあったのである。
「ともかく、ワシとしても愛弟子が無残に死に絶えるのは堪えるでな。故に、わざとこうして亡者をけしかけ、お主たちに倒させ……襲撃の体をとった、というわけよ」
「……亡者どもの手ごたえがなかったのは、そのためか。なるほど、貴様はゼノバイドの人間だが、主の敵ではないというわけだな?」
「うむ。じゃから、その槍を下ろしてはくれぬかのう?」
その言葉にアウローラは首を振った。それどころか彼女の首筋近くに、槍を押し当てる。
鋭く光る槍の切っ先が、乙女の白い肌を映した。
「そうはいかない。私は貴様を、完璧には信用できない」
「……融通が利かないのう♪」
「……確かに、信用はできないな」
しかし、シグルドが一歩前に出て、アウローラに槍を下げさせた。
アウローラが目線で訴えてくる中、シグルドは「大丈夫だ」と彼女に告げ、レゾフュアに問う。
「レゾフュア。お前にとって、私が死ぬのは困ること。それで間違いはないな」
「うむ。お主には天与の才があるからのう。殺してしまうのは惜しい。お主の知識は吸収を重ね、試行錯誤を繰り返すことでより洗練されてゆく……なればこそ雑に殺してしまうよりは、骨の髄まで利用することこそが最善手じゃ」
「明け透けもなく言うな」
「お主もそのつもりじゃろう?」
「まあ、そうだが……」
「知識を対価に差し出せば、ワシはお主になんでもしてやろう。ワシの手、ワシの力。お主の目があれば、世界の在り方も見方も変わる……そのための力も何もかも、ワシが提供してやるぞ。かわいいかわいい愛弟子のためにのぉ♪」
この女のすべてが信頼できるわけではないと、シグルドは理解していた。
彼女のすべてを理解することなど、百年あっても足りないのは明白だから。
だが、ただ一つ、今の彼女は味方であるということはわかっている。ならば彼女を利用しない手など、シグルドにはなかった。
「なら、さっそく手を貸してもらうぞ、レゾフュア。まさか舌の根も乾かないうちに、かわいいかわいい愛弟子を裏切ったりはしないだろうな」
「ひひっ……もちろんじゃよ、愛弟子よ」
レゾフュアは妖しく笑う。
おぞましくおそろしい笑みだったが……今だけはそれが頼もしく見えるのだった。
____________________________________________
☆ステータス №4☆
なまえ :クレセア
ジョブ :いもうと
せいべつ:おんな
レベル :18
タイプ :スタッフ
ぞくせい:しんき
レア :☆☆☆
*そうび*
あたま :おきにいりのリボン
どうたい:おさがりのドレス
あし :くるまイス
せいこん:はんしんふずい
*しょうごう*
おおいなるいもうと
なぞおおきせいこん
*かいせつ*
・かみさまほとけさまにあいされた おおいなるわがいもうと。
シグルドさんの さいごのかぞく。 たったひとりの さいあいのにくしん。