陸八魔アル…………………便利屋68社長
浅黄ムツキ…………………便利屋68室長
鬼方カヨコ…………………便利屋68課長
伊草ハルカ…………………便利屋68平社員
天唯オア……………………スペクトルのリーダー
上我オル……………………スペクトルのメンバー
天独ソウ……………………スペクトルのメンバー
下尊アス……………………スペクトルのメンバー
ドル…………………………CLGの社長
アックス……………………ドルの秘書
大隅ゲッコウ(ルナ)……雇われ警備員
午後九時を過ぎた雪山は、見渡す限り白一色の世界だった。視界の上に居座る夜空を背景にして、白い雪の粒がちらちらと舞い降りているのがかろうじて分かるほどに地上は積雪の独壇場となっている。地面から針のように伸びる針葉樹には深緑の上に白く厚いコーティングがされており、うかつに下を通ろうものならその全体重で圧殺しようという気概を感じるほどである。周り一面の山肌を覆う雪の絨毯に意識を移すたびに、数時間前までいたオフィスとは全く違う異世界に来たように感じた。昼頃の自分たちに今の状況を教えてもきっと信じないだろう。
周りの雪に負けないほど白い息を口から吐きながら、血流が悪くなって感覚が鈍り始めた足を前へ進めていくと、やがて夜更けには似合わない光が目の前の雪の輪郭を映し始めた。注意深く歩を進めてようやく雪の輪郭にたどり着くと、そこから先は三メートル下まで一気に下る壁となっており、壁は左右に伸びて眼下の資材搬入車用駐車場をぐるりと囲んでいた。過酷な自然環境の中に突然現れた人工の舞台は、ここ以外の人間の営みの跡がすべて雪に埋もれてしまったかのような冷たい雰囲気を帯びている。道路の夜間工事で使われるような高出力のライトが、山下との連絡通路口と停車している二台の中型トラック、そして壁から山の中へ続いているであろう道を固く閉ざした門をまるで昼間のように照らしていた。門は半径十メートルほどの半円型の入口をさらに巨大な左右二枚の鋼鉄の歯が閉ざしており、加えて何名かの歩哨も見える。装備はまばらだが市販の軽機関銃に、街中でもたびたび目にする黒のフルフェイスヘルメットをそろって被っている。しかし化繊の白いジャンパーとカーキ色の防寒用ズボン──裾はスノーブーツを上から包んで雪の侵入を防いでいる──はとても戦闘に適しているとは言い難い。この場を制圧するのにさほど苦労はしないだろうが、それでは契約違反になってしまう。やはり依頼人の言っていたもう一つの入口を使うことにしましょう。陸八魔アルは他のメンバーに引き返す合図をして、今回の自分たちの仕事を心の中で復唱ながら深い雪の中へ戻っていった。
地図と方位磁石を確認して教わった座標へ向かいながら後に続く三人を気にかけて振り返ると、すぐ後ろにいる白黒の髪と黒い二本の角が目に入る。彼女──わが社の優秀な課長である鬼方カヨコ──は絶えず磁石を確認して自分たちが迷わないように気を配ってくれているようだった。全員で同じ防寒服を着ているため人物の判別は髪と武器でするように決めたことを思い出し、列の左側に頭を傾けて後続を確認する。後ろの二人──前からずっと視線が右往左往している紫髪の平社員伊草ハルカと列の後ろを守りながら大量の雪に興奮している白髪の室長浅黄ムツキ──もはぐれずに着いてきていることを確認して前に目をやると、先ほどと比べて弱い赤色の光が吹雪に混じって見えてきた。必要最小限しか電気が通っていないであろう赤い光は、最初に見た搬入口ほどよく使われるものではないことと有事には重要となることを同時に物語っている。だからこそ自分たちにはうってつけなのだ。目印の光に近づくと、光は雪の壁のくぼんだ中から出ており、赤い電灯に照らされている鉄製の扉が見えた。扉の前は雪かきがされており、ちょうど開けやすくなっている。一人ずつ出入りできる大きさで、扉の上には「第三退避壕出入口」と書かれている。ここが聞いていた入口で間違いない。
やっとこの吹雪から逃れられるわ!アルがはやる気持ちに流されて扉に手をかけようとすると、突然右側から古い丁番のきしむ音が聞こえて次に雪壁が時が動き出したように崩れた。その方を見ると開かれた扉から漏れた光の中に、縦に引き伸ばされた人影が映る。一瞬出てきた黒いヘルメットと向き合うと、お互いに時が止まった。搬入口にいた歩哨と同じ服装だが、一つ違うのは手に大きな鈍い金色のスコップを持っていることだろうか。おそらくここの入口の番で、扉が雪で埋もれないよう定期的に雪をどけるように命じられているのだろう。
ここまで考えが至ると同時にヘルメットがスコップを大きく右へ振りかぶり、出てきた場所から飛ぶように向かってきた。すかさず武器を向けようとして、装備しているスナイパーライフルでは銃口を向けるより早くスコップが襲ってくると考え、持ち手の方を上にして防御の体制に移る。赤い光でかすかにヘルメットの中の目が見えたかと思うと、次の瞬間ヘルメットに野球ボール程の雪玉がぶつけられる。ぶつけられたヘルメットは勢いでのけぞり、振りかざしたスコップは空を切った。遠心力に耐え切れずバランスを崩したところをハルカが背中にまたがって取り押さえる。そのままショットガンを打ち込もうとする直前でカヨコが制止して事なきを得た。このわずか十秒にも満たない一部始終で激しくなった鼓動を落ち着けているとムツキが心配した様子で近づいてきた。
「大丈夫だったアルちゃん?雪玉がなかったら危なかったね」
「ええ、助かったわムツキ」
アルの無事を確認すると、ムツキの顔はいつもの笑みを浮かべた。さて、このヘルメットの子はどうしようかしら。この吹雪の中に捨てるのは、犯罪者みたいだし今後の寝つきに関わりそうなのよね。
アルが考えを巡らせていると、先に出てきた部屋の中を確認していたカヨコが扉から体を出して言った。「ここの番はその一人だけみたい。暖房が効いてるから中で縛って、ロッカーの中とかに隠しておこう」
三人とも異論はなかった。何よりこの寒さから早く逃れたいという思いとカヨコの提案に従って、ヘルメットを取り押さえながら部屋へ入った。
詰所は全体がコンクリートの壁になっており、極めて簡素な作りだ。扉のすぐ隣と入って左側の退避豪通路に面した壁には窓が取り付けられており外が見えるのはここだけで、後者の窓の近くには通信用のマイクがある。奥には人が隠れられそうな大きさのロッカー、部屋の真ん中は並んで三人は座れる長いパイプ机が二つ長辺でつなげて置かれており、紺の薄い背もたれと座面がついたパイプ椅子がちょうど四つ並べられている。机の上には部屋の隅からコンセントでつなげられた湯沸かし器と紙コップに市販の茶葉やコーヒースティック、読んでいる紙面を机に伏せた漫画雑誌が置かれていた。
湯沸かし器の電源を入れて物色していると、ムツキがロッカーから工事用の細いロープを見つけてきた。ひとまずヘルメットを簀巻きにし、それが終わると防寒着を脱いで椅子にかける。外では分からなかったが、ここに来るまでにずいぶん汗ばんでいるのが分かった。お湯が沸くのを待ちながら、ここまでほとんど開かなかった口から簀巻きのヘルメットに尋ねる。
「あなたたちのボスはどこにいるのかしら?」
「知らんね。私のような下っ端が知っていることなんて、せいぜいここがロケット発射場ってことだけさ」
ヘルメットはこの状況でも、どこかぶっきらぼうな返事だった。
「この退避壕通路の先はどこへつながってるの?」
「非常食や不要な部品を置いておく倉庫と退避壕を兼ねた空間になっていたはずだ。私に話せるのはこのくらいだね」
諦めたような声色からは自分が知っていることを悟らせまいという意図が読み取れる。あるいは何も知らないが、命令で時間を稼ぐよう言われているのかもしれない。考えていると隣で見ていたカヨコが口を挟んだ。
「社長。これ以上話しても無駄だと思う、それよりこの後の段取りを話そう」
すでにヘルメットへの興味はないような口ぶりだった。他人の腹の内を推察することに長けたカヨコが言うのだから間違いないだろう。
「そうね、ならこの子は」
後を言うより早く、ヘルメットにショットガンの底部が叩きつけられた。ヘルメットは地面に衝突、そしてうめき声をあげると、垂れた頭は魂が抜かれたように動かなくなる。彼女の上にまたがるようにいたハルカが、ショットガンのストックとバレルを鈍器のように握っている。部屋の乾燥から目を守るための瞬きすら忘れたように大きく開かれた両目の視線はヘルメットから動かない。やがて小声でつぶやいた。
「アル様がお疲れのところをスコップで襲うなんて許せません……」
大切な人が傷つけられそうになったことがよほど頭に来たのだろう。社長思いの良い社員だけどこのままだといつものように白目をむく展開になりそうね、とアルは考えた。急いでハルカを落ち着かせて、伸びてしまったヘルメットをロッカーへ放り込むと、ちょうどお湯が沸いたことを知らせる電子音が鳴った。コーヒーを作り、それぞれ椅子に腰かける。かじかんだ手元を温めながら少しずつ体が熱を取り戻していくと、部屋にいる全員の緊張もほどけて普段のオフィスのような雰囲気となった。
時計は午後九時四十分を指している。何かが違えば、自分たちは今頃オフィスで寝ている頃だろう。そう考えると今の状況が急に現実離れしたもののように感じられた。私は夢を見ているのかしら。夢の中で意識を取り戻すと念じたことが具現化できると本で読んだことがある。それならこれは無意識にアウトローを目指す私の念がこの状況を作り出したということね!ここまで考えが至ったところで、自分の名を呼ぶ声で現実に引き戻される。
「アルちゃん大丈夫?普段寝てる時間だから眠くなっちゃった?」
ちょうどいい室温とホットコーヒー、そして緊張からの解放で居眠りをしてしまったらしい。叩きつけられる雪で窓枠が揺らされる音が、ここが現実だと激しく主張している。眠気に負けかけたことを謝罪して、次に太陽を見るまでは決して寝ないわよと気合をいれて残ったコーヒーを一気に流し込む。舌に残る苦みも勢いで誤魔化して飲み切ると、コーヒーの苦み成分──カフェインやクロロゲン酸などが含まれる──によって自然に顔は強張り口元も歪む。しかし苦みが過ぎるにつれて徐々に目は細く開き、寄っていたしわは解けて、口元は不敵な笑みを浮かべる仕事用の顔、アウトローの様に見える顔へ変化する。そして自分も含めた全員へ喝を入れるようなハッキリした口調で言った。
「準備は良いかしら?念のため依頼内容をもう一度確認したら突入するわよ!!」