独房室からつながる階段を登りながら、ゲッコウはこの基地での出来事を話し始めた。
「私はもともとカイザーで警備のアルバイトをしていたんだ。大きな会社だから給料も良いし、変なことをたくらむやつもいなかったから楽な仕事だった。そしたらひと月前にカイザーから声がかかったんだ。ロケットの打ち上げ日まで基地に住み込みで警備をしてみないかってね。たくさん勤務してたから評価されていたんだと思う。仕事の内容はいつもと変わらなかった。不審な人がいないかどうか、各施設と入口を回って巡回記録に印をするんだ。日に三回、同じところを警備して印をする単純な仕事だったんだ」ゲッコウは独房室も回っていたと話した。「気が付いたらあと一週間で契約は満了ってところだった。そこで事件さ。夜間警備をしていた時に、突然侵入者に遭遇したの。暗くて分からなかったけど、こっちに気づくと前を走り抜けていったんだ。すぐに銃を構えて追いかけたんだけど、向こうの一撃が頭に命中して気を失ってしまった。で、気が付いた時にはさっきの牢屋に入れられてたってわけ」
ゲッコウは思い出しながら語っていたが、カヨコにとって彼女の来歴は大して重要ではなかった。
「さっき言っていた実験台っていうのは、どういうこと?ここはロケット基地じゃないの?」
聞きたかったことの一つを尋ねると、ゲッコウは思い出したくない出来事のように少しずつ話し出した。
「二人がいた牢屋に私が入っていたことは話したよね。その──ええと──捕まって少ししたら何人かが入れ替わるように入ってきたんだ。全員顔を見たことがある警備仲間だった。その人たちは牢に入れられたかと思うと、少ししたらどこかに連れていかれて戻ってくるを繰り返していたんだけど」
話はここで途切れた。階段を登りきると、基地につながっているであろう扉に着く。カヨコが後続の二人に向けて口に立てた人差し指をつけるしぐさをすると、ゲッコウは話を止めた。ゆっくりと扉を開いて、隙間から様子を伺う。青い床の廊下には誰の人影もなかった。安全を確認すると、カヨコは銃を構えたまま足音を殺して歩く。それに倣うように、二人もできる限り音を立てずに廊下を進んだ。
少し進むと物置と書かれた扉が目に入った。やはりここでも中を慎重に確認してから入る。物置には床に無造作に段ボールが詰まれており、簡易的な棚にもぎっしりと段ボールがしまわれていた。部屋の奥には横に移動する仕切りがあり、その中にもやはり箱に入った細かい部品などがぎっしり詰まれていた。中に身を隠して鍵をかけると、ゲッコウに話の続きを促す。
「……だけど牢に帰ってきた人は皆ひどいありさまだった。怪我をしている人もいたんだけど、全員に共通していたのはヘイローだった」ここで一呼吸置くと、ゲッコウはまるで見てはいけないものを見たかのように話した。
「ヘイローが"崩れていた"んだよ」
カヨコとハルカの目つきが変わった。キヴォトス人にとって、ヘイローの光は生命活動が正しく行われているという印であり、それが崩れているということは重篤な状態で死が近いことを意味する。
ゲッコウは二人をまっすぐに見て続けた。「完全に崩れていたわけではないけども、皆半分ほどは崩れてしまっていて、動くことすら難しそうだった。とても痛々しかったよ。そうなると牢屋を出されて、また別の誰かが入ってくるんだ。その人も一度連れていかれたら、同じ目にあっていた。そのうちにスペクトルがこの基地へ配属されてきたんだ」
ゲッコウは自分が見た恐ろしい現場のことを話終えると、不安そうな表情でカヨコとハルカを見た。信じられないかもしれないが、これは本当のことなんだと目で訴えていた。しかし情報が不足している以上、カヨコには信じるしかなかった。
「その実験に何か心当たりはない?」
「何もないよ。ここはロケット基地だよ?人体実験なんてする必要はどこにもないじゃない」
ゲッコウの言ったことは間違っていなかった。ロケット基地で人体実験なんて、手術室で機械いじりをするくらいには場所と目的が合わないのだった。
実験の話を区切ると、カヨコは次に知りたかったことをゲッコウに投げかけた。「それじゃ、スペクトルについて詳しく教えてくれる?カイザーPMCの技術支援を受けた精鋭集団っていうのは知ってるけど、それ以外が分からないからさ」
ゲッコウは暗い話題から得意分野に話が移ったことで、顔にいくらか笑顔が戻った。「スペクトルは、カヨコの言う通りカイザーが抱える精鋭集団のことだよ。カイザーは大企業だから自分たちの軍隊を持っているけど、中にはカイザーの名前が出ちゃうとまずい仕事もあるわけさ。それを解決するために組織されたのが、神秘とテクノロジーの融合特殊機関スペクトル。少数精鋭で、ゲヘナ生徒だけなのもカイザーの差し金と気づかれにくくするためだろうね。現在のスペクトルのメンバーは四人。毒ガス兵器や手榴弾などを打ち込むグレネードランチャーを使う上我オル。鋼鉄のパワードスーツを身に纏って戦う武装重戦士の天独ソウ。二丁拳銃の使い手であり大型兵器の扱いにも長けた下尊アス。そしてリーダーは予知能力と対物ライフルを使う天才狙撃手の天唯オアだ」
まるでコミックのヒーローを紹介するように生き生きと話すゲッコウと反対に、カヨコは頭を抱えた。事の重大さは、実際に相対したからこそ分かった。あんなのがあと二人もいるのか!
先を思いやられていると、静かに話を聞いていたハルカがつぶやいた。「では、先ほど牢屋の外にいたのは……」
「オルとソウだね。二人はこの基地ではよく一緒にいるみたいなんだ。独房室にも二人でよく出入りしてたよ」
カヨコは二人との死闘を思い出した。密室では二人とも脅威には違いないが、特にソウのことが気になった。あの独房室で彼女が占拠に反対だと言っていたことを思い出す。
「パワードスーツを着てるのがソウだっけ?道理で強いわけだね」カヨコとしては、二度と彼女の相手をするのはごめんだった。
「当たり前だよ!なんたって彼女は」ゲッコウはここまで言うと、再び口の動きを止めてしまった。
少しだけ私を見る目が不安にならなかったか?するとゲッコウは言いにくいようにしながら、こちらに問いかけた。「もしかして、彼女とも戦うの?」
カヨコは不安な声に、にべもなく返す。「できれば二度と戦いたくはないね。でも私たちは仕事だから」
いたって真面目に、真実だけを口にする。それ以上でも、それ以下でもなかった。
「スペクトルを倒すことが仕事なの?」
「そうだよ、私たちはそのために来た。スペクトルを倒して、この基地を開放する。だからまた会ったら、次は必ず勝つ」
ゲッコウは悲しそうな顔をした。まるで親友が医者から余命宣告をされたようだった。「カヨコ。その──これはできればのお願いなんだけど」うつむいていた顔から上目遣いで言った。「彼女は、ソウだけは倒さないでほしい」
彼女は何を言ってるんだろう?カヨコが返事に困っていると、ゲッコウは今度は訴えるようにこちらを見る。
「お願いだよ。ソウは二人をひどい目に合わせてしまったかもしれないけど、それなら代わりに私が謝る。彼女は、本当は良い人なんだ」
話しながら頭を下げる。声は震えていた。
突然の話に、ハルカはあわあわとしている。返事に困っていたのは私も一緒だが、それでも言葉を選んで返事をする。「急にそんなこと言われてもな。スペクトルがこの基地で何をしているか分かってて言ってる?」
多分向こうからは私が険しい顔をしているように見えるだろう。薄暗い物置という環境も相まって、威圧感を与えてしまっているかもしれない。それでもカヨコは彼女の本心が知りたかった。
「分かってるよ、ずっと牢屋で話を聞いていたんだ。基地を占拠していることも、ロケットと引き換えにお金とかを要求していることも、人体実験をしていることも全部知ってる。でも彼女は」
「占拠に反対している。そう言いたいんでしょ?」
先を読んで言葉を被せると、驚いたようだった。「ああ、そうだよ。彼女が本気でこんなことをしているとは思えない。オルも一緒だと思うけど──きっと──そう、何か弱みを握られて無理やり協力させられてるんだよ!」
自分のことでもないのに弁明するように話す。なぜ彼女はここまでソウのことをかばうんだろう?
「どうしてそう言いきれるのさ。ソウのこと、何か知ってるの?」
怪訝そうな声で問いかける。おそらくハルカには、私とゲッコウの目線の間で火花が散っているのが見えるだろう。ゲッコウは私に負けないように視線をこちらから離さずに話した。
「私は、彼女に二度助けられているんだ。一度目は私がゲヘナ学園の一年生の時だった。まだ世間の怖さを知らなかった私は、高額の報酬につられて悪いバイトに手を出してしまったんだ。品物を指定された場所まで運ぶ仕事だった。私はある人から荷物を受け取って、別の地点にいる受取人に荷物を渡しに行った。でも途中で不良グループに絡まれて──後で知ったんだけど、このグループと荷物に関係する人はグルだったんだ。襲わせて、荷物を壊して難癖をつけて慰謝料を請求する、古典的なやつだよ」
カヨコは会社の長が幾度となく、そういった依頼を持ってきたことを思い出した。反撃できる力があればいいが、彼女を見る限りそれは無理だろう。
「不良グループに襲われて、暴力も振るわれた。そしてもうだめかと思った時に、彼女が助けてくれたんだ」
「ソウが?」
ゲッコウはこれに無言で頷いた。「彼女はその時風紀委員会だったんだ。腕章と制服を着ていたよ。風紀委員会の仲間と一緒に不良グループを打ち倒してくれた。そして怪我をしていた私を医務室まで運んでくれたんだ。お礼を言ったんだけど、そのまま次の現場に行っちゃって。結局風紀委員会は、その後一ヶ月くらいでやめて学校にも来なくなっちゃったんだ。次に会った時、彼女はスペクトルだった。カイザーの中でたまに会うことはあったんだけど、長いこと話してなかったし、立場の違いもあって話せなかった。そのうちに私はこの基地に送られて、少し前に彼女たちも来た。私は牢屋に閉じ込められて、武器も奪われて心細かったんだけど、ソウは時間を見つけては会いに来てくれていたんだ。食料も持ってきてくれたし、オルもそのうちに独房室に来るようになって、いる間は話もしてくれていたんだよ。一度出してくれないか頼んだこともあるけど、そしたらソウは悲しい顔をして謝った。悪いけど今はまだ出せないって。でも仕事が終わったら、必ず出すとも言ってくれた。だからこの五日間、あの牢屋でも私は命をつなげることができた。これが二度目だよ。彼女は敵じゃない、二人を襲ったのもきっと──何かわけがあるんだ。話せば分かってくれるよ。この私が保証する」話すうちに、ゲッコウの目からは不安の色が消えて、決意めいた色に染まっていた。
カヨコはしばらく黙っていたが、やがてため息をつくとゆっくりとお互いの認識に齟齬が起きないように言った。「なら、ソウがまた私たちを襲ってきたらどうするの」
「私が説得してみせるよ。武器もないし戦えない以上、話で何とかするしかないけど、必ず説得する」
ゲッコウの目は、まだカヨコの顔から視線を外していなかった。カヨコは降参したように目をつむってうつむくと、立ち上がりながら話した。「そっか。ならソウはあなたに任せる」
一緒に話を聞いていたハルカに確認をすると、彼女も異論はないようだった。「そうですね。それに、助けられた人をお守りしたいというのは、私も分かります。出しゃばりだと思いますし、迷惑と分かればすぐにやめますが、それでも許して頂けるなら、一生この身を捧げたいと思っています」
ハルカはアルに、ゲッコウはソウに、助けられた者同士通じるものがあるのだろう。カヨコは緊張を解いて、口元がゆるんだ。するとゲッコウのポケットの中に入った無線機がつながる音が鳴り、もう一つの無線機とつながると声が聞こえてきた。
「あーあー、聞こえる?聞こえてるわよね?」
待ち望んだ声の主は、わざとらしく咳ばらいをすると高らかに続けた。「今の話は聞かせてもらったわ。私たち便利屋68の出番のようね!」