無線機から聞こえてきた、陸八魔アルの声に思わず口元がほほ笑む。急な別れからおそらく一、二時間ほどしか経っていないだろうが、久しく会っていないかのような懐かしさと安心感を覚えた。すると声を聞いたハルカが、ゲッコウの持つ無線機に一気に食いついた。「アル様!アル様ご無事ですか!お怪我はないですか!」
まくしたてるハルカに、この光景を初めて目撃したゲッコウはひどく驚いた様子だった。無線機からアルもハルカと私の安全を確認する。向こうも心配をしてくれていたのだろう。目頭の奥に熱いものがこみ上げるのを感じると、上を向いて深呼吸をする。思わず涙が出そうになるのをこらえると、無線機に顔を近づけて呼びかける。「こっちは二人とも無事だよ、社長。今は物置に隠れてる。まぁ、色々あったけどね。そっちも無事?」
私の声には、ムツキが答えた。「はいはーい、こっちも何とか無事だよー。色々あって疲れたけど、今はリフレッシュルームで休憩中だよ。カヨコっちたちも早く来なよー」
なぜそんなところで連絡をしたのか不思議に思ったが、ともかく全員無事という事実が共有された。
再開の一幕が終わると、アルは初めて声を聞いたゲッコウに優しく語りかけた。「ゲッコウ、でいいかしら?盗み聞きが悪いこととは分かってたのだけど、無線機のスイッチが入りっぱなしだったから、事情は聞かせてもらったわ」
「いきなりアルちゃんのポケットから声が聞こえた時はびっくりしたよねー。アルちゃん、いつの間にこんなもの拾ってたの?」無線機の向こうでムツキが問いかける。
「それが──知らない間にポケットに入っていたのよ。だから私もそっちの話が聞こえてきて、初めて無線機の存在に気が付いたわ。一体どのタイミングで……」
「まぁ、それは良いでしょ。おかげでこうして連絡が取れたんだし」
無線機が一人で歩いていくはずはなかったが、少なくともゲッコウの説明で無線が盗聴されにくいものであることは分かっていた。それならば、ありがたく使わせてもらおう。
アルは真剣な口調になって、自分が知った情報を話し始めた。「カヨコ、ハルカ、そしてゲッコウ。ロケットが発射準備に入ったわ。目の前でオアが、発射命令を出したの。夜明けと共に打ち上げると言っていたから、あと五時間もないわ。私たちはそれまでにスペクトルを倒して、ロケット基地を開放しなきゃいけない」
ゲッコウが後に続いた。「分かった。ソウは私が説得してみせるから、あとの三人──オア、オル、アスは皆に任せる」すでにチームの一員になったように、ゲッコウは信頼を口にした。
「ならゲッコウは、さしずめ便利屋68の臨時社員ということね!期待しているわ」アルも社長として、嬉々とした口調で返す。こういうところが憎いんだよね、社長は。
「さて、ゲッコウ。これからそっちと合流をしたいのだけど、どこか良い地点はないかしら」
ゲッコウは、自分をチームの一員と認めてくれた人物に報いようと張り切った口調で話した。「さっきリフレッシュルームにいるって言ってたよね?そこは基地の区分でいうとC区に該当するの。こっちは独房室や物置があるからD区。基地は北にある地下サイロから、各区にたこ足のように連絡道が伸びてるから、区間の移動にはどうしてもサイロを通る必要があるんだ。逆に言えば、サイロに向かって北に進めば、そこで合流できるはずだよ。それにサイロにはロケットを制御するためのコンピュータ室も併設してあるから、うまくいけば発射を食い止められるかもしれない」ここでゲッコウは一息つくと、次が重要だというように話す。「ただし、ロケットを発射するためにスペクトルもサイロへ向かっているはず。私の読みが当たっていれば、激しい戦いになると思う」
アルはまるで問題ないといったように、小さく鼻でフフッと笑った。「上等じゃない。散々私たちを弄んでくれたお返しをして、一網打尽にしてやるわ!」
カヨコもハルカも頷いた。無線の向こうでは、ムツキも頷いているだろう。ここまでやる気になっている自分自身に、カヨコは内心驚いていた。だが悪い気持ちはしなかった。「よし、やろう」
「必ずアル様に勝利を捧げます!」
「それじゃ、私も頑張っちゃおっかな!」
それぞれ決意を顕わにすると、ゲッコウも答えた。「うん。私も皆と一緒に、行く末を見届けるよ」
今後の動き方も決まると、しばらくはお互いにこの基地で見聞きした情報を共有していた。カヨコは最後にずっと頭の中を巡っていた不可解なピースの話を始めた。「そういえば、社長。DAって言葉に聞き覚えはある?」
「DA?」少し考えて、アルの返事が返ってきた。「ごめんなさい、聞いたこともないわ。それがどうかしたの?」
何か明らかになることを願っていたが、さすがにそこまで都合の良いことはなかった。カヨコは独房室で盗み聞ぎしたことを簡潔に伝えた。
「スペクトルからCLGへの要求のことだけど、お金だけじゃなくてDAについても何か引き出そうとしてたみたいなんだ」
「え?でもCLGの二人は、要求は現金一千億円って言ってたわよね。どういうこと?」
アルは素っ頓狂な声で聞いてきたが、それが知りたいのはこちらも同じだった。
「もしかして伝え忘れというのは……」
「いやいや、まだ何か隠してたんじゃないのー?あの人結構な秘密主義だったし、きっと私たちにも聞かれたくない何かがあるんだよ」ハルカとムツキがそれぞれの予想を口にする。
カヨコから見ると、ムツキの方が当たってそうだった。オフィスでのあの調子なら、きっとまだ話していないことがあっても不思議ではない。
「ゲッコウ、何か心当たりはある?」
ゲッコウは唸りながら考えていた。「実は──これはかなり前のことだから確証はないんだけど、DAは衛星の暗号だったと思う。巡回中にロケットの設計図を偶然見たことがあってね。
なるほど、確かに見当外れではなさそうだった。ではスペクトルはその衛星についての、企業秘密に近い情報を要求していたのか?それが何のためなのかも、まるで見当がつかなかった。
話が行き詰まり、分からず仕舞いかと思っていると、ムツキがいたずらの種明かしをするときの調子で話し始めた。「だいぶ煮詰まってきちゃったね。じゃ、そろそろこれの出番かなー?」
「ちょっと、ムツキ?それって……」ポケットを探る音が止むと、アルはムツキが取り出したものに驚いた様子だった。
「じゃーん!さっきアスから貰ってきたメモ書きでーす!」
どうやらムツキはアスから、メモが書かれた紙をくすねていたようだった。「ぶつかった時に擦ってきたんだよ。本当に大変だったよー?」
声に混じって、紙が揺れる音が聞こえる。
「お手柄だね、ムツキ。それで内容は?」
無線の向こうで紙を広げる音が聞こえる。スペクトルのメモなら、何か有力な情報があるかもしれない!カヨコとハルカ、ゲッコウは息を飲んで、無線機が情報を伝えてくるのを待った。
「おーっと、これはこれは……」
「ムツキ!私にも見せてちょうだい!」
「ちょっと待っててねアルちゃん、順番だからさー」
カヨコはこのような状況でもいつもと変わらぬやり取りに対して、呆れと安堵からため息をついた。
「良いチームだね」ゲッコウは無線機に拾われないよう、私にだけ聞こえる声でそう話した。無言で頷くと、どうやら向こうは目を通したらしく、こちらへ話しかけてきた。
「もしもし?今メモを読んだのだけど──」
「かなーりすごいことが書いてあったよ。知りたい?」
こんなに焦らすほどの情報なのか?カヨコはすぐにでも聞きたかったが、ムツキにからかわれそうだったので、少し間を置いてから返事をした。「それで、どんな内容だったの」
ムツキは文面に合わせて片言な口調で、メモの内容をそのまま読み上げた。
DA二甚大ナ殺傷能力ヲ確認 弾頭へ搭載セヨ オア
カヨコは聞き終えると、拳銃を握る手に力がこもった。ロケット基地の占拠、現金一千億円とDAの情報の要求、人体実験、ヘイローの崩れた被験者、ロケットの発射命令、そしてこのメモ。これでスペクトルの目的ははっきりした。彼女たちはヘイローに作用する兵器をロケットに乗せて、本気でカイザーへ打ち込もうとしている。そしてその目的は──オアの言う世界征服のために、カイザーへ一撃をお見舞いして全学園へ宣戦布告をすることだ。DAロケットによって引き起こされる被害は、他学園の反抗の手を止めるには充分すぎることが容易に想像できる。これにより彼女たちはたった四人で、キヴォトスにおける学校の勢力図を書き換えることになるだろう。
そしてそれはカイザーもCLGも同じだ。スペクトルが狙いをカイザーへ定めているように、ロケットはキヴォトスの全土が射程に入るのだろう。宇宙ロケットというのは偽装で、完成した大量殺人兵器をちらつかせて、勢力図に加わろうとしていたと考えられないか?スペクトルがCLGにDAの情報を要求していたのは、兵器としての能力を知るためだろう。人体実験である程度の情報は手に入ったが、実際に使用するためにより正確な情報を欲したに違いない。
おそらく無線を囲む全員が、同じ結論へ達していた。すると誰よりも早くアルが口を開く。
「皆」
この一声でカヨコは思わず背筋が伸びた。こういう時の社長の声は、とても威厳に満ちたものだった。
「ヘイローを破壊するロケット弾頭。こんな兵器はスペクトルにも、カイザーにも、CLGにも、誰にも渡してはいけないものよ」ゆっくりと決意のこもった声で話す。「これから便利屋68は、依頼人との契約を全面破棄してロケットとDAの破壊を最優先事項とするわ。失敗すればスペクトルの思うつぼになるし、成功してもカイザーやCLGや世間から"テロリスト"として追われることになる。受け入れられない者は、ここから逃げて構わないわ」
こんな時でも、他人を気遣ってしまう。ほんと、お人好しなアウトローだね。
「まー、でも仕方ないんじゃない?すごくアウトローっぽいし、面白そうだしね」ムツキは自分の調子を崩さずに答えた。
「アル様のためならば、私は地獄の果てまでもお供します!」ハルカも覚悟はすでにできていた。
「私もできる限りの協力をするよ。きっと何とかなる!」ゲッコウも持ち前の明るさで答える。
私も答えは一つだった。「はぁ……分かった。私もやるよ」
これで全員の意思が確認された。最後にアルは高らかに、士気を高めるように、有り余るほどの自信を持った声で宣言した。
「行くわよ便利屋68!一世一代の大暴れをしてやりましょう!!」
長い無線が切れると、アルとムツキはリフレッシュルームから動き始める。床には警備をしていたヘルメットたちが三人ほどのびていた。
「私たちも出発するわよ、ムツキ!」
「はーい!」すっかり元気になったアルの呼びかけに、ムツキは元気よく答える。
右手にはアスからくすねたメモが折りたたまれて握られていた。ムツキは右手に持ったメモを用心深くにぎり潰すと、部屋を出る前に自販機の隣にあった備え付けのゴミ箱へメモをつっこんだ。丸まったメモ用紙は箱の中で軽い音を立てる。
ほんと、さすがにこのいたずらは笑えないよ。ムツキは心の中でつぶやくと、アルの後をついてリフレッシュルームを後にした。
ボールペンの走り書きの文字で、便利屋68へ重大なヒントを与えたメモ用紙は、その裏面で別のことを告げていた。
オ前ハ ムツキ