便利屋68 ネオ・チャレンジャー基地占拠事件   作:まーろう

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14 非の打ちどころのない女

 カヨコとソウの銃口は、息を合わせたように互いの体へ狙いを定める。カヨコは先手を()()と、ソウを軸に逆時計回りで駆け出した。ソウの右腕から伸びる銃撃が、カヨコのすぐ後を追う。天井から見下ろせば、時計の長針が逆行しているように見えるだろう。

 

 ソウの体がカヨコを追い越して進路を向くと、右腕を薙ぎ払うようにして長針の逆行が加速する。カヨコは兆候が見えると、滑り止めが効いた靴で踏み止まり体を屈める。均等に同じ方向を向いた銃撃が、直後に頭上を通り過ぎると、今度は時計回りで走る。目の前を薙ぎ払ったソウの右腕は、捻られたゼンマイに元に戻ろうとする力が働くように、最初の一振りよりもさらに速く振り払う。再び長針が追ってきていることを感じたカヨコは、ソウの狙いに合わせて全力で飛び上がる。すぐ後には、足を掬おうとする銃弾の隊列がカヨコの真下を通り過ぎた。

 

 カヨコは一度目の戦闘で、正面から撃ち合っては決して敵わないことを分かっていた。人間一人には文字通り荷が重すぎるほどの武装と戦場支配力を持った彼女は、直接的に言えば戦車人間だ。戦車に生身で勝つには、装甲の薄い弱点を突くしかなかった。彼女の場合は頭だ。頭を狙うんだ。しかしどうやって?自分の弱点を把握している勤勉な兵器というのは、どんな破壊兵器よりも戦略的な価値を持っている。カヨコはソウの欠点一つとない動きに敬意に近いものを感じ、どうしたら憎らしいほどに完璧な防御を崩せるかを考えた。一人では無理だ。二人でばらばらに動いて注意を一方へ偏らせるしかない!

 

 まだ着地をしないうちから、拳銃に力を込める。つま先が固い地面を捉えると、膝を折り曲げて着地の衝撃を吸収する。カヨコはとにかくソウのどこにでも当たれば良いとだけ考えると、ソウ目掛けて銃口を吠えさせた。

 

 地下の閉所に再度轟いた悪魔の叫びは、亡霊の動きを鈍くする。紫の軌跡を作る銃弾は、ソウの右肩へ命中した。ソウは再び我が身を襲う衝撃に歯を食いしばるが、今度はしっかりと目を開ききり、こちらの出方にすぐさま対処できるよう体勢を全く崩さなかった。

 

 カヨコは、この隙にハルカの名を呼ぶ。ハルカはゲッコウに肩を貸して部屋の南西の隅まで運び終えた後だった。まだソウの腕がどちらも上がっていないことを横目で確認すると、こちらに走るハルカに近寄る。

 

「カヨコ課長、い、一体どうしたら⋯…」

 

「ハルカ。二人で挟んで注意を逸らそう。隙を見つけたら、すぐにあいつの頭を狙って」年長の参謀らしく、簡潔に指示を出すと、ハルカは勢い良く返事をした。

 

 カヨコが先に走り出すと、ハルカが後に続いて別方向へ走る。ちょうど一時五十分になる向きで二人が走り出すと、ソウの右腕はハルカを、左腕はカヨコを狙う。回復の速さから、前回よりも明確に効き目が悪くなっていることが分かった。

 

 カヨコは自分らしくないと感じながらも、闇雲に銃弾をソウヘぶつけた。ソウは初めから攻撃などなかったように左腕から小型誘導爆弾を射出する。奥で攻撃をしているハルカの弾は、機関銃によって撃ち落とされてしまう。ハルカにさえ当たらなければ良かったので、大して狙いはつけずに銃を撃ち、身をかがめて回避に意識を集中させた。おそらくソウに致命傷を与えられるのは、ハルカのショットガンしかない。ならば、こちらはハルカのために隙を作る。この場の嫌われ者になるのだ!

 

 カヨコは、そこまで正確な誘導ができない爆弾を走りながら回避すると、立ち止まって首元や頭部目掛けて、弾倉に一発を残し全弾を発射した。頭を守った左腕の間から、黄色い満月が二つこちらを向く。カヨコは自分にできる限界まで鋭い目でソウを睨みながら、わざと口元で不敵な笑みを作ると、拳銃に取り付けたサプレッサーに左手をかけて外す動作をゆっくりと見せつけるように行った。

 

 カヨコは単なる挑発のつもりだったが、ソウには悪魔の口枷が外されることが脅威に写ったらしく、右腕を正拳突きのように繰り出して機関銃を放ってきた。カヨコはサプレッサーを外しながら、右に飛んだかと思えば左に飛ぶ。左腕はハルカを見てはいたが、今ソウの注意はこちらに偏っている。いいぞ!ハルカはこちらの意図を汲み取って、誘導爆弾をショットガンで撃ち落としながら着実に距離を詰めていた。

 

 カヨコはサプレッサーを完全に取り外すと親指の方に取付口が来るように左手に握りしめて、右手で拳銃を持つ。ここまでの決死の時間稼ぎで、ハルカはショットガンの射程圏内にソウが入り、カヨコは一発の銃弾に全ての意識と力を集中させ終えていた。あと必要なのは適切なタイミングだけだ。

 

 カヨコが拳銃を天井へゆっくりと上げ始めると、ここに来てソウの目つきが険しいものに変わった。左腕をこちらに向けて小型誘導爆弾を二発発射する。カヨコが右手を上げながら逃げると、先程まで立っていた床が黒煙を上げながら爆発する。ソウは今、ハルカに完全に背を向けるようになっていた。

 

 カヨコは黒煙とソウの姿が重なる位置に立つと、身を小さく屈めた。直後に下から立ち上る煙を、電動ノコギリの音がカヨコが直立していた時の胸の高さで切り裂く。よし今だ!カヨコはバネのように即座に立ち上がると、サプレッサーの外れた拳銃を天井へ向けて、トリガーに指をかける。切り裂かれた煙の間から、ちらりとこちらに右腕を向けたソウの姿が見えた。

 

 部屋に響いたのは、銃口に住まう悪魔の叫びではなく空気の悲鳴だった。エオルス音──空気が物体を通り過ぎるときの流れが起こす音──は、まるで沸騰したやかんのような甲高い音で、カヨコの背後にあった赤い配管から鳴り響いていた。次いでカヨコの上がった右腕が震えると、上半身が浮き上がるほどの勢いで柔らかく弾力のある蒸気の塊が背後から突っ込んできた。自動車に後ろから追突されたような不意の衝撃で、好調だったカヨコの思考が一瞬止められると、蒸気の手はすさまじい勢いで拳銃を奪い取り、ソウの方向に2メートルほど吹き飛ばした。カヨコは蒸気の勢いと熱に耐え切れず、体が前かがみに折れると膝から倒れこむ。反射的に目は固く閉じられて、肺の空気が歯の間から鋭く漏れた。

 

 ソウの一連の流れは、非の打ちどころがないほど洗練されたものだった。こちらの作戦をすべて予測して、それに対する対策を講じていたのだろう。ソウは自分がどのように行動や表情を変えれば、こちらが油断をして隙を作るのかも把握していたようだった。黄色い二つの満月を携えた顔は、今はまた何の思考も読み取らせない寡黙な顔──邪悪な仮面へと戻っている。見誤った。しくじった。カヨコは体を焼いた蒸気に苦しみ、地面へ倒れながら思った。

 

 ハルカは攻撃の手を止めて、こちらを見る。ゲッコウは蒸気の音でようやく正気を取り戻したようだったが、腰が抜けてしまったのか座り込んだままだった。カヨコはゲッコウに責任を押し付けたい気持ちを押さえた。説得が上手くいかないことは最初から予想していた。ゲッコウがソウを説得している間も、一分の隙間がないほどに作戦を詰める時間はあったはずだ。自分が名を騙っていた仲間に疑念の目を向けている間に、こうした最悪の展開の予防策はいくらでも張れたはずだった。敵がいずれ訪れる戦闘の準備を怠っていなかったのに、自分はただ基地を走り回って謎解きごっこをしていたことを思うと、情けなさに押しつぶされそうだった。カヨコは自分の愚策を呪い、順調に運んでいると見えたことで隙を作ってしまった自分を呪った。

 

 ソウは無言のまま、足元に転がった拳銃を拾い上げると、うつぶせに倒れながら自分に向けている白黒の頭に銃口を向けた。

 

 ハルカは唐突に心を決めたように、地面を蹴って飛び出すとソウの後頭部めがけて無言でショットガンを振りかぶった。普段作戦を考える立場でない以上、この窮地を脱する作戦も何もないようだった。ハルカの頭は、仲間に危害を加えようとする敵に出来るだけダメージを負わせてやろうとしか考えていないだろう。

 

 ソウがもう一人の敵の存在を思い出して振り返った時、ハルカのショットガンは頭を狙って飛び掛かった直後だった。

 

 ソウは固い外殻によらず素早い身のこなしで、人混みの間を抜けるように右肩を前に突き出して全身を捻った。ハルカは視線はソウに追いつていたが、振り下ろしかけたショットガンは追いつかず空を切る音を立てて、ソウの左側の髪を揺らした。ハルカの脛に黒い右手が伸びて触れたかと思うと、手は思い切り上に突き上げられ、ハルカの頭が重力に引っ張られると同時に、足が頭より上に持ち上げられた。

 

 空中で体勢を崩されたハルカは、前回りのように一回転すると背中から地面に叩きつけられる。回転の勢いもあって、踵が地面に当たると骨まで衝撃が届いたような重い音がした。体から空気が吐き出されたようで、咳き込むとすぐには動けなかった。ソウはハルカの襟元を、退避壕の時のように掴んで持ち上げると、今度は壁まで運んで配管に体を押し付けた。

 

 ソウはハルカがまだ抵抗を緩めない様子を見ると、こちらに振り向いてハルカの体を地面の金網まで一気に叩きつけた。襟元を掴む腕を握って引きはがそうとしていたが、少しずつ地面へめり込んでいき金網がハルカを包むように折れ曲がっていく。ソウが最後の一押しを加えると、ハルカの体は金網ごと一メートル下を通る配管まで落下して、金属同士がぶつかる音が部屋に響いた。

 

 こちらからハルカの姿が見えなくなると、ソウは太い指の装甲で拳銃の弾倉を抜くと、拳銃に込められていた弾を抜き出して金網の下へ捨てる。今度は小さな金属の落下音が聞こえると、ソウは拳銃を部屋の北西へ放り投げた。

 

「悪くないな」言葉と反対に声は何の興味もなさそうだった。

 

「だが、それだけだ」

 

 ソウは辛めの評価をすると、カヨコに一歩ずつ歩み寄る。少しずつ近くなるパワードスーツの立てる音が、恐怖心を煽った。

 

 カヨコはまたしても自分の無力を呪った。この部屋で自分がしたことは、仲間を疑うことと敵に乗せられて無様な姿を晒したことだけだった。カヨコは訳も分からずに立ち上がると、こちらに向かってくる敵を睨む。カヨコの脳内は、仲間を傷つけられたことへの怒りと自分の油断が招いた結末への後悔、そして自分の命運の全てが彼女に握られてしまっていることへの意識しかなかった。

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