「さて、最後にお前たちが知っている事を全て聞いたら、私は向こうに合流するとしよう」
ソウは至って無関心な様子で話した。カヨコは今の言葉で、微かだが希望を見出した。どういうわけか、彼女はまだ私たちを片付けるつもりはないらしい。一時は死を覚悟したが、運命の神はまだカヨコを見捨ててはいなかった。
この状況から何ができる?どうやったら目の前の化け物に一撃を加えられるだろう。私の武器は遠くに捨てられている。ハルカの姿はまだ見えない。ゲッコウは、少しずつだが壁を支えにして立ち上がろうというところだった。
「お前たちの雇い主──CLGが要求を飲む気がないことは分かっている。これからのお前たちの生死は、お前の返答で決まる。質問はDAに関することだ」
「あまり愉快な話題じゃないね」
ソウはこの返事を無視した。「DAについて知っている事を教えろ」
ソウはカヨコのすぐ傍で、逃げられないように立ちはだかっていた。カヨコはぐずぐず返事を渋ることで、どれだけ相手の時間を浪費させられるかを考えた。何も知らないことを悟ったら、彼女は容赦なくとどめを刺すだろう。カヨコはハルカかゲッコウが──あわよくばアルやムツキが──この窮地から救い上げてくれるという奇跡が起こることをただ祈った。
ソウの右手が少し上がると、飛び出した二発の銃弾がカヨコの脛に激しくぶつかった。カヨコはしゃがみ込んで膝を床につき、赤くなった患部を撫でた。ソウは邪悪な仮面のまま見ている。カヨコはソウの目をじっと見つめながら、痛む足で立ち上がった。白い肌のあちこちに赤い打ち身や火傷の跡がある。すでに過度の疲労で頭の働きも鈍くなっていたが、それでもこの後の展開は簡単に読むことができ、自分がどんな恐ろしい目に遭うかを考えてしまったことで、顔は血色が悪くなっていた。丸腰で身を守る術もなく、完全に生殺与奪の権を握られてしまっていた。
ソウはさらに距離を詰めてきて、今はカヨコの真横で退避壕で出来た痣の辺りに冷たい左手を添えている。大して何も考えずに口を結んだまま顔を見ると、黄色い目はこちらを憐れむように見ていた。それから、視界の外にあった右腕が一気に突き出されると同時に腹部で火を吹いた。
一瞬だけ、視界中に真っ白の閃光が走った。
覚悟していた以上の何かによって、カヨコの全身が押さえきれない痙攣を起こした。食いしばっていた歯が衝撃で開くと、声にならない呻きと共に空気が洩れた。呼吸がままならないのに体は自然に折れ曲がり、全身が強張って動かせず立っていられなかった。首元を通る血が冷えるのを感じると、頭が俯いて血管が浮き出る。迫る地面が見えたが、反射的に出るはずの手が動かず、前髪を挟んで額から崩れ落ちた。やがて全身の筋肉が弛緩すると、全身が汗ばみ、額に食い込むコンクリートの凹凸を感じ始めた。必死に口で呼吸をして、酸素を肺ではなく巨大な手で握り潰されようとしている腹部へ送ろうとした。
ソウはカヨコが自分の意思で動き始めるのを待った。
「これで自分の立場が分かったはずだ」
カヨコは横目でソウの鉄に覆われた爪先を見た。
「子供じみたじゃれあいは終わりだ。お前はうっかり餌が入った鉄の箱を持って、猛獣たちの住処へ迷い込んだ鼠だよ。おとなしく箱の中の餌をこちらへくれれば我々はお前たちに用はないし、もし抵抗をするようなら出来るだけ苦しませて餌を引きずり出す」
ソウは鉄に包まれた足先を少し浮かせて、うずくまるカヨコの腹部を撫でる。「DAは誰の発案だ?」
カヨコは首だけの力で垂れた頭を持ち上げていた。乱れた髪の間から、赤い目でソウを無言で見つめる。カヨコの腹部に会った鉄の足が離れると、スナップを効かせた振り子のように下から突き上げられ、カヨコの全身が浮き上がり苦痛で尺取虫のようにうねった。
ソウは横向きに倒れたカヨコを見下ろしながら、つらそうな表情を眺めた。固く閉じた瞼が少しずつ開くまで、ソウは動かずに待っていた。
「お前は我々が情報を聞き出せるまでは始末されないと思っているかもしれないが、それは大きな誤りだ。お前たちから聞き出せる情報など、たかが知れている。ロケットをカイザーへ打ち込まれれば、CLGは必ず我々と合流するだろうし、そうなれば結局情報は手に入る。早いか遅いかの違いなんだ。ここでお前が苦しみながら死んでいくのは勝手だが、それで我々に一矢報いたと考えるのはお門違いだ。お前は全く価値のない最期を迎える。そうなる前にすべてを話せば、今サイロで戦っているお前の仲間も全員助かるかもしれない。私からオアたちへ掛け合ってやることもできる。情報を話さないなら、私は肩をすくめてさっさと全員を始末するだけだ」
ソウは口を閉じると、再び右足の爪先を腹部に触れさせた。ひんやりした鉄の感触が少ししただけで、カヨコの全身が震えた。
「DAの開発者は誰だ?」
カヨコには答えられるはずのない質問だった。何も知らないのだから当然のことだ。ソウは尋問をしているつもりだろうが、カヨコからすればただの滑稽な八つ当たりにしか思えなかった。
カヨコの目が少し開いた。ソウはその瞬間を逃さず、右足をサッカーボールを蹴るように振り切った。カヨコは空気を吐き切ったことで、他には聞こえない声にならない叫びをあげながら体を痙攣させた。
ソウが蹴るのをやめたのは、カヨコの反応が少し鈍くなった辺りだった。粘度のある唾が口の横を伝い落ちて、目元が涙の熱を感じた。全身どころか指一本にも力が入らず、カヨコの全身はぐったりとしていた。ソウは動かないカヨコの全身を見下ろしたまま、患者を気難しい顔で見る医者のように、ゆっくりと周りを歩いた。
カヨコの瞼が震えながら開くと、朦朧とした表情でソウの顔の辺りを見た。口を小さく動かして、何かを言おうとするが声になっていなかった。ソウは片膝を立てるようにしゃがみ込むと、カヨコの顔に耳を傾ける。
「ロケットは……」カヨコは小さく枯れた声で話す。
ソウは無表情のまま──ただしこの時には顔は若干汗ばんでいた──カヨコに言葉の続きを促す。この時ばかりはソウも追及の手を止めた。やがて呼吸が少しはましになると、カヨコは聞き取りにくくなった口調で続けた。
「一機しかないはず。打ったら抑止力にならないんじゃ」カヨコは疑問を絞り出すと、首の力を緩めて頭を重力に任せて垂れた。カヨコは限界が近いという演技を含めながら、体の回復を待った。ソウの攻撃の手を止められるなら、なんでもする腹積もりだった。
「そうとも言えない。この基地がある山脈には、地下資源が豊富に埋まっている。それに見たかどうかは知らないが、地下深くにはネオ・チャレンジャー号に近いロケットを量産できるラインがある。カイザーの資本を受け継いだCLGが合流すれば、ロケットなんて何機でも作れるだろう。しかも今度は宇宙ロケットなんて偽装をする必要はない。正々堂々とミサイルを作ればいい話だからな。オアはそこまで考慮している。恐ろしい話だが、こちらの気遣いは無用だ」ソウは事務的な口調で言うと立ち上がった。
カヨコはこの土壇場で、改めて敵の用意周到さに感心した。すべて計算づくだったのか、それとも予知能力というやつか?もし全てが話の通りにいけば、この基地は文字通りの要塞になるだろう。険しい自然と強大な軍事力が作る二重の要塞だ。この基地とキヴォトスの全土を狙い撃ちできるDA弾頭があれば、世界征服も現実味を帯びてくる。
「もういい」ソウの声で考えは中断された。「もう一度だけ聞く。最後通牒だ。これで良い返事が聞けなければ、片を付けさせてもらう。それから変わり果てたお前の姿をサイロにいる仲間に見せて、情報をできる限り搾りとってやる」そう言うと横向きのカヨコの体を足で仰向けにすると、髪を掴み頭を持ち上げた。
「DAは誰の発明だ?」その声はカヨコには死刑宣告にしか聞こえなかった。汗ばんで鈍く光るソウの顔を見ると、黄色い目は変わっていなかったが、表情に微かな苛立ちが覗いている。カヨコはなるべく目線をソウへ向けると、静かな口調で言った。
「嫌だ」
額から鼻の横を通って口元に垂れる血の味を感じながら、カヨコはソウの顔から少しも目を離さなかった。ソウは目を一度つむってため息をつくと、息がかかりそうなほど近くに左手を突き出した。左前腕の暗い穴からは、小型誘導爆弾のとがった鼻先だけが見える。
「分かった、話は終わりだ」
そういうとソウはこちらに向けた左手を握りしめた。
「さあ、大切な仲間にさよならを言うんだ」