便利屋68 ネオ・チャレンジャー基地占拠事件   作:まーろう

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16 加速する運命の歯車

 カヨコに聞こえたのは誘導爆弾の射出音ではなく、ショットガンの火薬が立てる炸裂音だった。上半身を背中から押されたソウは、掴んでいた髪を離すと後ろを振り向く。カヨコも自由になった頭を音の鳴った方へ向けると、ショットガンを構えたハルカが立っていた。太い銃口は白い息を吐き続けている。

 

「許さない⋯⋯」

 

 襟元はソウに掴まれたおかげで重なるように皺が出来ている。彼女の顔はいつもの何かに怯えるような表情ではなく、瞳孔は開き切り狂気を多分に含んでいる。一瞬目があったが、ハルカの視線はすぐにソウの方を向く。カヨコはようやく自分がどんな酷い姿をしているかに、意識が向き始めた。

 

「カヨコ課長は、アル様にとって大切な人なんです。それを⋯⋯」

 

 ハルカの表情が一層険しくなる。声は震えていたが、怯えからくる震え声ではなく、爆発寸前の怒りをなんとか抑えている時の声だった。長く伸びた前髪の作る影が目元を暗く染めており、草影に潜む毒蛇のような鋭い表情を作っていた。

 

「許さない!!!」

 

 怒り混じりの声を吐き出すと、ショットガンが同時に叫んだ。赤い火と黒煙を纏った散弾は、ソウの胸の辺りを強打すると後方へ押し出す。突然の衝撃でよろけながら二歩下がったソウの右肩を、再び打ち出された火の一撃が殴る。ハルカは呪詛のように恨み辛みを叫びながら、細かい狙いはつけずに乱射した。とっさに頭部を覆ったソウの左腕は、衝撃を受け止めきれずに顔へぶつかる。

 

「死んでください!死んでください!死んでください!」

 

 リズムを取るように一回言い終えると一発撃つ。少しの笑みを顔に含んだソウは、機関銃でハルカの散弾を撃ち落とし、そのままハルカに弾をぶつける。ハルカは歯を食いしばって弾を体で受けながらショットガンの一撃を見舞うと、ソウは足裏を地面に引っ掛けて土俵際のように踏ん張る。

 

 カヨコの視界にソウの姿は見えなくなっていた。ハルカが錯乱したように叫びながらソウへ飛びかかると、カヨコは横たわって壁を通る配管を眺めたまま、視界の外で繰り広げられる銃撃戦の音に耳を澄ませた。加勢しなければと焦る心と反対に、体は動くことを完全に拒否していた。意志の力が固く傷ついた身体に押し込められて、主従が入れ替わったような気持ちだった。

 

 視界の上の方で、ゲッコウがこちらへ走ってくるのが見える。こちらを心配そうに呼びかけながら体を起こそうとしたが、慣れない介護に少々苦戦していた。カヨコはゲッコウにされるがまま起こされると、自分の姿を思い出して手で顔を拭った。

 

「カヨコ、ほら返すよ」そういうとゲッコウは白黒に塗装されたカヨコの拳銃を差し出した。意志の力でなんとか受け取ったカヨコは、予想外の重量に驚いて拳銃を落としそうになる。ソウに中身を抜かれた弾倉には弾が一杯に込められており、ゲッコウの無言のメッセージを伝えているようだった。勝って彼女を止めてくれということだ。

 

 カヨコは急に意欲が湧いてくるのを感じた。まだ終わってはいない。ハルカは戦っている。アルとムツキもサイロで戦っている。ゲッコウも私に託してくれた。先ほどまでの雑念はさっぱり消えて、痛む体は軽やかに立ち上がった。電灯の光が陽光のようにまぶしく、晴れ晴れとした感覚になった。

 

「ゲッコウ。ソウのパワードスーツに弱点はある?」カヨコは隣のゲッコウへ調子の戻った声で尋ねる。

 

 一時は疑ってしまったが、それでもこうして協力をしてくれるのなら、この窮地を切り抜けるまでは不問にしておこうと考えた。ゲッコウは少し迷ったが、やがて吹っ切れたように話し始める。

 

「弱点?あぁ──ある。壁の配管の中に黄色いポリエチレン製のパイプがあるのが分かる?──そう、あの赤のラベルが貼ってあるやつだよ。あのポリパイプの中には高濃度の塩酸が通っている。金属を腐食させる液体だよ。そしてソウのパワードスーツはグラニウム鉱っていうレアメタルで出来てる。重くて光を反射しない、そしてとにかく頑丈な金属。硬度もすごく高くて傷もつきにくいけど、塩酸と反応すると急激に腐食する性質がある。もう分かるね?パイプを破損させて塩酸をかければ、ソウの猛攻を止められるはずだよ」カヨコは天に感謝したい気持ちになった。再び歯車は回り始めて、ぐんぐん速度を上げている。

 

 カヨコは、今もソウを一人で相手にしているハルカを見る。生きる意志が湧いてくると、ゲッコウに聞こえるように「よし」と言った。

 

「何とかなるかもしれない。でもハルカの残弾が残っているかが心配だね。ショットガン用の弾は持ってる?」

 

 ゲッコウは笑みを作ると、ズボンの中からショットガン用の円筒型の銃弾を取り出した。

 

「この通りだよ。さっきの物置からいくらか持ってきたんだ。役立ってよかった」ゲッコウは安心した声色で話した。

 

 カヨコは弾を受け取ると、ゲッコウになるべく離れるように伝えて、ハルカとソウの激闘の渦中に走り出した。

 

 ハルカの攻撃は驚くほどにソウと拮抗していた。全身で弾を受け続けたおかげで、肌は痣が目立ち、服はところどころ切り裂かれていたが、それでも有り余る怒りの力と身体的な強靭さで、人間離れしたパワードスーツの戦士に食らいついていた。しかし一回り図体の大きいソウに、決定打を与えられてはいなかった。ショットガンを鈍器のようにして殴っても、ソウの表情は赤子が手足をじたばたと動かすのを微笑ましく見ているようだった。やはり戦車人間だ。

 

 カヨコは今度こそしくじらないように拳銃に力を込めると、こちらに背を向けるハルカの名を叫んだ。声に反応したハルカはとっさに身をかがめると、ソウの上半身が見えるようになる。ハルカに近距離で注目し続けていたソウは、こちらと目が合ってから右腕が出てくるまでに若干の間があった。

 

 かがみこんだハルカの体を走る勢いで飛び越えると、フライングキックで繰り出されたカヨコの右足は、ソウの首元を狙って迫った。間一髪間に合った右腕で蹴りを防いだソウは、突き出た右足に意識が向いていたことで、カヨコの手に握られた拳銃が眼前に迫っていることに気づかなかった。トリガーを引く直前、ソウの目に初めて焦りの色が見えた。

 

 銃口から発生した紫の閃光と轟音は、サプレッサー装着時とは比較にならないほどの衝撃をソウの顔面に叩き込んだ。混沌をもたらす者(パニックブリンガー)が、目の前五十センチメートルにも満たない距離で炸裂する瞬間は、想像したらカヨコでも身震いしただろう。ましてや初めてその攻撃を受けた者にとって、効果は絶対的だ。この世の物とは思えない光と叫び声──およそ三百万カンデラ以上の閃光と二百五十デシベル以上の轟音──を目の前で食らったソウの反応は自動的だった。目が閉じて、ゆがんだ口から苦悶の叫びが少し出ると、すぐに右手で顔を覆って左腕を闇雲に振り回す。その左腕も、すでにソウの体を踏み台にして飛びのいたカヨコには当たらなかった。

 

 直後に行動の選択を間違えたことに気づいたソウが、ばねのように飛び上がってその場を離脱しようとした時には、すでに全てが遅くなっていた。

 

「ハルカ!」

 

「いきます!」

 

 カヨコが部屋に反響する銃声に負けないようにハルカの名を叫ぶと、ハルカの銃口は錯乱したことで守りが薄くなったソウの腹部を捉えた。

 

 拳銃よりも力のある火薬の炸裂音が響くと、万全の体勢でないソウの体は大きく跳ね飛ばされる。カヨコから追加の弾を受け取ると、慣れた手つきで銃へ込めて、すぐに追撃を加える。ここまでの速度でショットガンを撃つには、相当な訓練と努力が必要だろう。挽回の暇を与えない乱れ打ちは両腕で頭を防御する体勢を作るソウを押し続けて、ついに踵が配管の壁を保護する鉄板にぶつかった。

 

 すぐさまカヨコは、ソウの背後の黄色い配管に狙いを定める。脳裏を基地でのここ数時間のソウに関する記憶が走り過ぎた。退避壕での遭遇、牢で見た姿、ゲッコウへ銃を向けた表情、うずくまるこちらを見る黄色い目⋯⋯。

 

 カヨコはこの基地での短くない因縁に決着をつけろと叫ぶ本能に従い、拳銃の弾を撃ち尽くす。光を反射しない鈍い黄色の管は金属製ではなく、赤いラベルに「濃塩酸 猛毒のため取扱厳重注意」と書かれていた。

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