ライフル弾から噴き出した炎は、瞬く間にヘリコプターのキャノピーを覆うほどの爆発を起こす。しかしその炎も、同時に発生する黒煙も、主回転翼の鋭い刃に切り刻まれると、すぐさま不格好な顔がこちらを平然と覗いてくる。するとお返しと言わんばかりに、ヘリコプターの横穴からは実に多彩な投擲弾が降り注いできた。
爆弾の雨を躱して、撃ち返し続けてどれ程経っただろう?陸八魔アルはヘリコプターから距離をとって、ライフルに弾を込めなおしながら経過時間を考えた。すでに空は星の主張が薄くなり、若干だが白み始めている。オアの元へ向かう扉は、何度解凍しようと試みても、すぐさま新しい冷凍ガスで道を塞がれてしまい、ヘリコプターとの対決を余儀なくされていた。
ムツキの機関銃は正確に目標を捉えているが分厚い装甲を撃ち抜くには至らず、アルのライフルによる狙撃も決定打を与えられずにいた。サイロにはヘリコプターの羽ばたく音とオルの笑い声が常に響いており、ずっとこの空間にいると気がおかしくなりそうだ。
「どうだ、楽しんでるかね諸君!」
やめろ!うるさい音はやめろ!あまりの騒音じみた声で、アルの苦悶の表情は先ほどから変わっておらず、外気温の冷えもあってこのままの形で保存されてしまいそうだった。さらに一か所に留まり続けると、ヘリコプターの股下に取り付けられた機関銃が走ることを強要するかのようにこちらを見てくる。
ムツキは再びボストンバッグから持ち手がマラカスのようについた爆弾を取り出すと、右手のスナップを利かせて振り投げる。爆弾はキャノピーまで届いて火花を散らすが、爆発による影響は微塵も見えなかった。
あのヘリコプターはどんな装甲をしてるのよ!アルですら匙を投げたくなるのだから、投げたムツキもそう思っているだろう。空中に固まる黒煙からヘリコプターの顔が飛び出してくる。きっとオルから見た景色は、煙突から煙を吐く蒸気機関車のようなものだろう。空飛ぶ蒸気機関車だ。車窓を通り過ぎる煙の奥の景色を眺めているようなものだ。
オルは右手の擲弾発射機にさらなる一撃を込めると、銃口をムツキへ向ける。
「生き返ったぞ。さぁ、爆弾の時間だ!」
すぐさまトリガーを引くと、ポップコーンが膨らむような軽い音を立てて弾が射出される。吹雪では大きな弾も視認しにくく、ムツキは逃げるより他はなかった。
赤い爆発がムツキの姿を覆い隠す。ムツキは無事だろうか?頭でちらりと考えたが、展開の速い戦闘ではそれ以上考える時間はなかった。
鉄塊の中から何かがこちらに放り出されて、アルはライフル弾で撃ち抜く。すると一気に周囲に広がった白煙は、勢いを落とさずアルの頭上に滝のように流れ落ちてきた。肌がひりつく感覚を感じて、すぐに煙幕の中から飛び出す。今度は冷凍ガスだ!転がるように脱出すると、羽ばたく音にすぐさま狙いを定める。そしてトリガーを引いた後で、アルは銃の異変に気づいた。
嫌な冷気を纏ったライフルは、トリガーを引いても弾が込められていないように虚しい空打ちの音を立てた。直後にアルは悪寒を感じた。まさかそんな事が?しかし何度トリガーを引いても、ただ指を曲げている感触だけで、かちかちと軽い音を立てていた。
出し抜けに姿を現したオルは、困惑するこちらを見て乾いた笑い声を上げた。「素晴らしい武器だろう?少しの間、冷やし銃でも楽しんでくれ」
アルはライフルを抱えると、何とか体温で溶かそうとした。凍傷になるかもしれないが、これより他に仕方はなかった。多彩な武器を扱うムツキと違い、ライフルしか扱わないアルは唯一の武器を封じられて丸腰同然だった。脅威でないと判断したヘリコプターは、機関銃を放つムツキを正面に据える。
「もー!そっちばっかり空飛んでずるーい!私も乗せてよー!」上空からの爆撃という不利極まる状況で、ムツキも思わず非難の言葉を口にする。
「生憎だが、このヘリは二人乗りなんだ」ヘリコプターがムツキに近づくと、オルは肩をすくめた。
「そっかー。なら引きずり下ろすしかないね!」
言い終えると、ムツキは素早くヘリコプターへ右手に握った鈎を投げつける。鈎は反り曲がった針が四方向について、錨をずらして重ねたような形をしていた。鈎には黄色と黒の縄が括り付けられており、投げられた鈎の後を追いかけるように伸びると、ヘリコプターの片足に食らいついて固く引っかかる。ムツキは両手で掴んで全体重をかけると、縄を通路の端に刺さっている巨大な釘のような物体に回し、もう一端の鈎を縄へ引っ掛けて固定する。
ムツキが縄を縛り上げると、ピンと張った縄は首輪のようにヘリコプターを捕まえて、地上五メートル程の高度から逃がさない。車に置き換えると急停止した時のような衝撃で、オルは左手で内側を掴んでバランスを保った。キャノピー内のアスは、急に上がらなくなったヘリコプターをなんとか操作しようとしており、機体はキャノピーが段々と上を向き、蟷螂の威嚇のような体勢になる。
ムツキは向けられた機体の腹へこれでもかと機関銃を撃ち込むが、金属が弾ける音が連続で響くだけだった。効果がないと分かると、ムツキは速攻で機関銃を爆弾に持ち替えて放り投げる。しかしこれも、ヘリコプターの腹を僅かに黒く焦がすだけだった。
ヘリコプターを隠すほどの黒煙から、手榴弾が不意を突くように飛び込んできた。危険を察知したムツキがその場を飛び退くが、今までよりも強力な轟音と熱風がムツキをドームの壁まで吹き飛ばす。打ち付けられた衝撃で空気を吐き出したムツキがそのまま倒れ込むと、反対にヘリコプターは首輪が取れたように夜空へ飛び出した。縄を固定していた巨大な釘は根本から粉々に破壊されており、焼き切れた縄は機体の足に引っかかったまま山風に靡いている。
「狙いは悪くなかったな。だがそれだけでは、このデカい鉄の鴉は落とせないぞ」再び身を乗り出したオルは、手をついて立ち上がろうとするムツキを見下ろすと、給弾を終えた武器の銃口をムツキに定める。
アルはライフルを抱えたままムツキの元へ走ると、銃口の先へ立ちはだかる。地面に転がったムツキの機関銃を手に取ると、ヘリコプターを見上げた。やはりこちらの弾は弾かれてしまうだろうか?アルはふとそんなことを考えた。
「良い覚悟だ。では二人仲良くフライにしてやろう!」オルの声が野生のような凄みを帯びると、トリガーに指がかけられる。
アルも負けじと機関銃を放とうとした瞬間、視界の右から銃声が飛び込むとオルの姿が機内へ消えた。二人が発射元を見ると、サプレッサーのついた拳銃を構える見知った人物が立っていた。そして後ろには紫と銀色の髪の二人もいる。
「カヨコ!」
アルは仲間と再開できた安堵から満面の笑みを浮かべると、三人はこちらに走り寄ってきた。
「アル様!アル様、ご無事でしたか!」
「ハルカちゃん大丈夫、すっごいケガしちゃってるんじゃん!」
ハルカとムツキも土壇場での再開に、嬉しそうな顔をしている。カヨコも笑みをこちらに向けると、銀髪の人物がカヨコの後ろからこちらを覗いた。
「社長。この子がゲッコウだよ」
カヨコが仲介をすると、ゲッコウは牢で見せた友好的な笑みをこちらに向け、改めて名乗った。全員集合したことが分かると、アルは傷だらけのカヨコとハルカを見た。ここまでになるには、相当な修羅場を潜ってきたに違いない。
「カヨコ、ハルカ。辛い思いをさせたわね、ごめんなさい」
「心配ないよ。まだ戦えるし、スペクトルも一人倒した」カヨコの声は優しかった。
ほんの数時間ぶりの再開のはずなのに、アルには何千年も時間が過ぎていたように感じた。何よりも大切な社員たちが集合したのを見回すと、アルは内から力が湧き上がってくるような感覚になった。精神が高揚してくると、アルは全員に話した。
「皆、ロケットの発射までもう時間がないわ。発射を止めるには、この先にいるオアを倒すしかない。それで」ここでアルは言葉に詰まった。
ようやく再開できた仲間とすぐに離れることは少し心細かったのもあるし、負傷している仲間にこの場を託すとは言いづらかった。
「アルちゃんはオアちゃんを倒しにいくから、私達にはヘリコプターを頼みたい、ってことだよね!」ムツキがいつもの調子で代弁してくれる。
「良いんじゃない。もう時間もないなら、オアは社長に任せる」
「ヘリコプターなんかにアル様の邪魔はさせません!私にお任せください!」
「私も一緒にやるよ。四人でやれば、きっと勝てる!」
カヨコ、ハルカ、ゲッコウも次々に頷いた。アルは目頭が熱くなるのを押さえると、組織の長として全員を鼓舞した。
「皆ありがとう。必ず勝つから安心して待ってなさい!」
全員がヘリコプターを向くと、順番を待っていたようにオルが話す。「感動の再開は済んだか?なら続きといこうか!」
すぐに右手の銃口から爆弾が撃ち出される。全員がその場を飛んで回避すると、アルは温かくなったライフルの狙いをまだ解凍されていない扉へ向けた。トリガーを一度引くと、無事に飛び出した弾は炎を纏って扉にぶつかり、覆い尽くすほどの爆発を起こす。オルが冷凍ガス弾を再び打ち込もうとすると、カヨコの拳銃が何度めかの咆哮を上げた。
オルの手が止まると、ムツキが叫ぶ。「アルちゃん!いけいけーっ!」
最後まで助けてくれた仲間に感謝すると、アルは扉の先で待ち構える幼馴染の元へ走った。