無人の通路を走り抜けた先は、山肌にせり出したヘリポートのようだった。先程までの戦っていたヘリコプターは、ここから飛び立ったのだろうとアルは考えたが、すぐに余計な思考を全て押し出す。真っ直ぐ伸びた視線の先には、背丈よりも大きな黒い対物ライフルを肩に背負った天唯オアが、置物のように仁王立ちで待ち構えていた。こちらに背を向けて、すぐ向こうの盛り上がった雪山を見ていた。彼女の白い長髪は、吹雪に靡いて雪化粧を帯びたように美しかった。
「待っていたよ、陸八魔アル」そう言うとオアは、こちらへ振り返った。灰色の目は鋭く、声色も真剣なものだった。
「お前は昔から変わらなかったな。二人とも大きなことを成し遂げたいという夢を持っていたが、私とお前では価値基準が違った。お前は法に縛られない悪党の道を、私は全ての学園を征服して頂点となることを望んだ。目指す道は違ったが、お前が自由を求めたように私も自由を求めたんだ。我々は同じなんだよ、アル。だからこそ所属は違っても分かりあえると思ったんだがな」オアはわざと悲しげな表情を作ると肩をすくめた。
「私達が同じですって?私はダークでクールなアウトロー、あなたは世界征服を企むテロリストよ。全く一緒にされては困るわね」
「アル。人の上に立つべき天性の才能を持つものは、常に組織に一人しかいてはいけないんだ。組織のしきたりなどで下に収まった方は、厄介の種に変質するからな。私がお前の前から消えたのも、このためだ。我々は水と油のように同じ入れ物の中で混じり合うことはできないんだよ」
アルは心をすでに決めており、トリガーにも指をかけたままだった。オアは戦いとは無縁のように、心身ともに立ったままくつろいだ様子だった。吹雪は二人を平等に包んでいたが、オアは冷気による体力の消耗を微塵も感じさせなかった。
「だが我々には平等に自由を追求する権利がある。私はこの基地を占拠してロケットを押さえることで、我々キヴォトス人の自由を取り戻したかったんだよ」
アルは心の中で焦った。話している間にロケットが発射されてしまわないか?仲間は無事だろうか?オアは時間稼ぎをしようとしているのか?
「心配するな、アル。発射までまだ時間はあるし、なるべく簡潔に話すつもりだ。そしたら存分に相手をしてやろう。話というのはキヴォトスの歴史の第一章で、私が初めて能力に目覚めた時に聞いたものだ。RAXAが壊滅して死の淵に立った時に、初めて受け取った啓示だ。どんな優れた書物を読むよりも有意義な経験だったよ。この話をするのは、お前が本当に初めてだ」ここでオアは、次の一言を意味ありげに言った。「お前なら誰にもこの事を話したりしないし、理解してくれるはずだからな」
そして自分史を語り聞かせた時よりも、より雄弁な口調で話し始めた。
「幾千年前、地上の支配者は人間だった。我々のようなヘイローもなく、体ももっと脆かった。だが他の生物よりも発達した脳を持つ人間は、科学技術を発展させることで地上を完全に支配しきっていた。そして人間は文明発展の末に、ある時遂に寿命をも克服した。身体を完全に機械に置き換えたんだよ。脳の自我情報をデジタル化して、人工知能のように動くものだ。これは定期的なメンテナンスで何千、何万年も生きることが可能になる技術で、一定の権力を持った者は皆揃ってからくり人形になった。この時すでに少子化は取り返しがつかないほどに進行していたことで、人類は最盛期の1%にも満たない数まで減少していた。種を保存するための戦略としての機械化でもあったんだよ。だがこれが神の不況を買った。神が作った寿命という制限を突破した人間は、同等の存在となり脅威になると考えたんだな。摂理に反した技術は、やがて全てを破壊する"神への冒涜"となった。そこで神は機械となった人間への罰を天使の降臨という形で下した。まだ純粋な肉体と精神を保持していた穢れ無き子ども達に神秘を授けることで、絵に描かれる天使を模した姿へと変えて下僕とした。ちょうど我々の頭にも似たものがあるな」オアは話しながら、頭上のヘイローを指差した。
「心が成熟しても肉体は決して大人にならない。これが我々の最初の姉妹、キヴォトス人の誕生だ。神秘を支える力は一夜にして現れたサンクトゥムバベルと呼ばれる場所から発生していた。これは純粋な肉体と精神を持つ存在全てに影響を与えるもので、今のキヴォトスにいる獣人の誕生もサンクトゥムの力によるものだ。無機質な機械の体となっていた人間は、我々の姉妹へ対抗するすべを持たなかった。まさに八方塞がりだったろうな。神秘の力を持つ姉妹達を危険視した機械人たちは、神に対抗しうる悪魔に魂を売って神秘を打倒する術を手に入れた。その術の一部は、アルも知っているはずだ。DA──ヘイローを破壊する技術だよ。姉妹達と機械人の対立は、この時から始まっていたんだ。人間は駒となって、神と悪魔の代理戦争を引き受けることとなった」オアは今では目を閉じて話をしていた。
アルは今がリモコンとやらを破壊する機会ではないかと考えて、目の前の人物の隠せる場所に目星を付けようとしていた。「つまらなくないか?お前の注意が少し逸れた気がしたんだが」機会は去った。グレイの目の監視の下では、アルも大人しく話が終わるのを待つしかないと考えた。
「手短に済まそう。やがて姉妹達と機械人の間で大規模な闘争が起こった。サンクトゥム防衛戦争だ。双方共に泥沼の戦闘で、多くの犠牲が出た。その後疲弊した双方の合意に基づいて、相互不可侵と共存方針が纏められる。それは
オアは話し終えると満足そうな笑みを浮かべた。「最後まで聞いてくれてありがとう。学校で学んだ内容とは大分違うだろう?もちろん神や悪魔や防衛戦争といったものが、宗教じみた性格を持っているのは承知しているし、いくらか脚色も入っていると思う。だがお前はサンクトゥムタワーがどうやって成立したかを知っているか?我々キヴォトス人の身体の秘密は?我々の姉妹達がのんきに学生生活を謳歌している裏で、絶えず歴史の隠蔽作業が行われていないとは限らない。今のキヴォトスにおける自由は、何者かによって管理された不自由なんだ。すべての真相を知っている私が管理を断ち切り真の自由を作らない限り、我々はこの螺旋から永遠に抜け出すことはできないんだ!」
アルはただ黙って話に耳を傾けていた。オアは無意識に振り上げていた握りこぶしを解くと、いくらか落ち着いた様子だった。「アル。お前のいうアウトローというのも、結局は管理の手の内で行われるごっこ遊びにしかならない。私はこの管理を破壊して、真の自由を取り戻すんだ」
「この基地を占拠したのも、私たちのためだというの?」アルはいつになく真剣な表情で尋ねた。
「そうだ。私が先導して新たな世界秩序を構築し、姉妹達を導いてやる。私にはその責任があるからな」オアは横柄に言うと、今度は静かになりアルの感想を待っていた。
「良いわ。この際だからはっきり言ってあげる」
アルはそう言うと、目の前の人物に言葉をぶつけた。「大きなお世話ね。その上から目線な態度も、夢で聞いた話を事実のように信じ込んでいることも、とにかく全てが気に入らないわ。姉妹達を導くですって?頭に拳銃をつきつけ従わせることしかできないあなたに、誰かを導くなんて到底できっこないわ。あなたは結局上に立ちたいだけ。支配される側の気持ちなんて、これっぽちも考えてないわね!」
「アウトローを自称するはみ出し者が、支配される側の代弁をするのか。お前もお前の仲間も武力で他人を蹴落として生きてきたんだ。分からないとは言わせないぞ」
「とにかくロケットは打たせない。あなたの目論見もここで終わらせる」アルは話しながら、ライフルを片手で構えると、オアの脳天に狙いを定めた。「これが私の答えよ」
言い終えると、発射された弾丸はオアの額に命中して、そのまま後頭部から抜けていく。額に黒い三つ目が出来ていた。
オアは三つ目に手で触れると、口角を上げて嫌な笑みを作った。「では話は終わりだ。親愛なる姉妹よ」
オアの体がわずかに薄くなり、吹雪がオアの体をすり抜ける。鈍く発行した体を砂嵐のような模様が覆い、ホログラムで作られたオアの体は蜘蛛の糸のように細くなると消滅した。