便利屋68 ネオ・チャレンジャー基地占拠事件   作:まーろう

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2 CLGから来た依頼人

 四時間前、便利屋68はキヴォトス市内のブラック8通りに面した建物のオフィスにいた。ブラックマーケットと言われるコミュニティでの事業を生業とする者たちの間で、この通りは比較的実入りが少ないことで知られている。これは例えば違法銃器の密売が横行するナイト4や腕っぷしが売りのごろつきが集うシャドウ6といった裏社会のあれこれが盛んに行き交う中心地から、かなり外れた位置に敷かれているためである。さらにキヴォトス市内まで徒歩二十五分という立地から、日の出ている時間は学生や車などの行き来があることも後ろ暗い人間には不都合だった。現在この通りには便利屋がオフィスを構える建物のほかに、店主が一人で経営しているコーヒー豆の専門店と安いお古の銃を売っている店があるだけで、あとはシャッターを一日中下ろしている建物だけである。このように裏社会に生きる人間には暮らしにくいにも関わらずこの通りにオフィスを構えたのも、ひとえに賃料が安く彼女たちに借りられる部屋がここしかなかったためである。

 

 時刻はすでに夕方の五時を過ぎておりいつもなら晩飯をどうするか考え始める時間であるが、この日の便利屋68の考えは別にあった。遠くのキヴォトス市内に建つ高層ビルに隠れようとしている太陽を背にして、通りに面した窓の前にある革製の社長椅子に座っている陸八魔アルは顎下で両手を組み、顔を支えたまま動かないでいた。やがて小さく口を開くと、同じ部屋にいる社員たちに聞かせるような声でつぶやいた。

 

「……事態は切迫しているわ」

 

 もう何度も見た光景のためか、ため息をついて応接用のソファに座るカヨコが鋭く言う。

 

「知ってる、もう月末だよね。次の家賃どうやって支払うか思いついたの?」

 

「もう少し待っててちょうだいカヨコ課長。今この電話が依頼を伝えてくるから……」

 

 まるで神にでもすがるように話すアルの左手前には昔懐かしい据え置き型の黒電話が堂々と鎮座していた。夕日を反射しててらてらと橙色の光を纏う受話器はまめに手入れされていることが分かるが、無数に開いた小さな口からは何の声も聞こえなかった。

 

「そう言ってもう五日経ってるよ?いい加減諦めて仕事探そうよー」

 

 カヨコの座るソファと向き合うように置かれたもう一つのソファでムツキがじれったそうにしながら言う。小さな会社とはいえ猫探しやもの探しといった依頼は細々とだが届いており、ここまで全く仕事がやってこないことはほぼなかった。一時は別企業の参入が原因と考えたが、常識的に考えて猫探しで競合する会社が二つもあるはずはないのだ。ここ二週間ほどの冷え込みで猫の活動が減ってるのかしら。もの探しの依頼がないのも外を出歩く人が減ったから?原因を考えていると部屋の奥で立っていたハルカが口を開いた。

 

「あ、あの……それならどこかのブリーダーを襲撃して動物たちを逃がしてきましょうか」

 

 それでは本末転倒よハルカ!自分で逃がした動物を捕まえて飼い主に返して手数料をせびるなんて、マッチポンプもいいところよ!心の中で突っ込みをいれると、先ほどまでの考えが途切れてもう頭が動かなくなった。アルは空腹だった。昼に社員たちとコンビニの明太子おにぎりを分け合ったが、その貯蓄エネルギーももう枯渇寸前だった。おそらく皆も口には出さないが、あまりその場を動かずにエネルギーを温存しているところを見るに限界が近いのだろう。社員を飢えさせるなんて社長失格だ、と心の中で反省しながらも念願のオフィスを手放す決心はつかず、さらに空腹なのもあり心身ともに進退窮まれりといった時だった。

 

 突然木製の扉がノックされる音が響いた。この部屋の静寂を破る音を合図に、全員の注意が玄関の方向へ向けられる。この状況で物音を立てられるとすれば、この場にいる者以外の第三者しか考えられないことだった。もう一度扉がノックされる。今度の音で聞き間違えではないことが分かると、途端に背筋に力がみなぎり勢いよく椅子から立ち上がった。続いてカヨコとムツキも立ち上がり、次の使用者のためにソファから退く。ハルカはさらに背筋を伸ばし、迷惑とならないよう腐心していた。音のした玄関へ向かう間に、装いを直して髪を整えて仕事用と決めた顔を作る。アウトローを名乗る会社の長らしい風貌になると、玄関の扉を気持ち重めに開けて仕事を運んできた者の顔を見た。

 

 半分ほど開けた扉の外にいたのはやけに背丈が高く、顔が液晶画面の機械人だった。ダークネイビーでシングル二つボタンのスーツに同系色のズボン、シャツはシンプルな白で、細めのネクタイはやはりダークネイビーに近い色だった。長身の機械人はこちらを一目見ると、用心深そうに聞いてきた。

 

「ここが便利屋68様の事務所で違いないでしょうか」

 

 明瞭な声の問いはここには世間話をしにきたのではなく、確かな事実だけを求めているようだった。

 

「ええ、ようこそ便利屋68へ。あなたが今回の依頼人かしら」

 

 相手の求めるものをくみ取り、短く確かな口調で答えると長身の男の後ろからもう一人の機械人が出てきた。長身の方より頭一つ小さい彼は、装いはほとんど同じだがスーツだけはチョークストライプ柄になっており、自分に関するものへのこだわりが強いように感じられる。おそらくこちらが上の立場で、長身の方は使用人か秘書のような関係なのだろう。二人以外に人は見当たらず、送迎の車もすでに見えなかった。用心深さから考えて電話などの回線は誰かに盗聴されていると信用しないタチだろう。連絡先は会社のプロフィールに載せているが、事前の連絡もなく来る当たりよほど人に知られたくない依頼に見える。来客二人が席に着き、アルが向かいの席に座ったところで小さい方の男が口を開き、電子音交じりの声で話した。

 

「便利屋68……君たちは金のために依頼を受けるのだろう。なら後で金を積まれてこれから話す秘密を喋ってしまうといったことはないのか?ここでの秘密を漏らしたりしないかね?」

 

 男の声には何かへの恐怖心が混じっていた。それほどに情報漏洩が危険に直結する内容なのだろうか。アルはなんとしても男が抱える秘密を知りたくなってきた。もちろん報酬を頂けるのなら力になるし、秘密も守ってあげましょう。アウトローな私たちはより大きな利益と危険を求めているのよ!

 

「もちろん適切な報酬を頂ければ秘密は守ります。会社の信用は大切ですからね」

 

「それなら良いんだが……」

 

 男はまだ言おうか言うまいか決めかねた様子だった。ハルカが出したお茶にも手をつけず、ずっと一人で考え込んでいる。考えている間に長身の秘書の方が話し始めた。

 

「申し遅れました。私たちはカイザーコーポレーションの子会社CLGの者です。私はアックス社長の秘書のドルと申します。以後お見知りおきを」

 

 言いながら名刺を差し出してくる。こちらも忍ばせて置いた名刺を出して交換すると、後ろから名刺を確認したムツキが反応した。

 

「CLGって最近よくニュースに出てるよね。確かロケットを作ってる会社だったっけ?」

 

「おや、ご存じならば話は早いですね。おっしゃる通り、我々は親会社のカイザーと提携してキヴォトス初の宇宙ロケットを打ち上げるプロジェクトを進めております。もともと私たちはアックス社長も含めて全員が技術者なのです。正確にはロケットに使用するエンジン系が専門なのですが、その技術を買ってくださったカイザーから話を持ち掛けられて子会社となり研究・開発をしているんです」ここで一呼吸入れて、また話し始める。「今回のプロジェクトでは、来月の頭に衛星を打ち上げるんです。宇宙の先まで見通せる望遠カメラや様々な計器が搭載されて、地上と常にリンクしたものでして。この衛星を起点にして、今後わが社とカイザーは宇宙開発にも力をいれる予定です」言い終えると、お茶をどこにあるかわからない口から少し飲んだ。

 

 ドルの話を聞いてようやく思い出した。CLGといえば、近頃ネットニュースなどのマスメディアでは名を見ない日はない会社だ。市内の街頭テレビで二人が記者団のインタビューを受けているのを見たことがある。大した会社ね!彼らからの依頼を華麗にこなせば、きっと便利屋68の名も一挙に広まるに違いないわ!するとまだ沈黙して考えを巡らせているこの子会社長の悩みの種とはこのロケットに関することだろう。しかしこの技術者集団にできなくて私たちにできることが果たしてあるだろうか。ロケットの細かい機構やら飛ぶ原理やらについてはちんぷんかんぷんだし、開発現場に招かれてもせいぜい半田ごてを持ってやるくらいしかできないだろう。するとようやくアックス社長と呼ばれる男が重い口を動かした。

 

「そう、我々にとってロケットは衛星を乗せるだけのものじゃない。会社の命運も一緒に乗っているんだ。もし失敗しようものなら会社の信用も真っ逆さまなのだよ。爆発、炎上。それだけでなく、我々の首も切られかねないのだよ」

 

 ここまでのプレッシャーがあるとさぞ大変だろう。アルは依頼人の深刻な様子をまるで他人事のように感じていた。次の一言で、自分がこの爆発に危うく巻き込まれるとは思ってもいなかっただろう。アックスの口から語られたのは、にわかには信じがたい現実だった。

 

「こんなに大切なロケットとその発射場が、武装集団に占拠されているとしたら君はどうするかね?」

 

 言い終えると、部屋全体が静まり返った。男の抱える秘密の衝撃は、アルの思考を止めるには充分すぎた。動揺を見せてはいけないと、顔が崩れないよう強張らせる。体の深部が嫌な冷えに襲われ、血液のめぐりが鈍くなったように感じた。やがて止まった思考が動き始めて事態が切迫していることが分かると、これからわが身に降りかかるであろう災難に思わず心の中で白目になるのだった。

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