コンピュータ室へ飛び込んだカヨコが最初に見たのは、真っ赤な画面の前で呆然とするゲッコウの姿だった。ゲッコウはこちらを見ると、自分にも何がなんだか分からないといったそぶりを見せた。
「カヨコ、変なんだよ。また制御機構がロックされたんだ。確かに一度解除されたのに」自分は何もしていないことを見せるためか、両手を挙げて後ずさりした。
カヨコは拳銃を右手に持ったまま、画面に走りよると触れたり、ボタンを押したりしたが、何も効果がなかった。部屋にもサイレンの音が響いており、先ほどの静寂が噓のようだった。
やめろ。こんな結末はだめだ。やめろ!やめろ!今すぐ止まれ!止まってくれ!カヨコの悲痛な願いが通じたように、赤一色の画面が切り替わる。そこに写っていたのは、コンピュータ室のおびただしい数の計器とゲッコウ、そして自分の後ろ姿だった。写っている角度から方向を割り出して振り向くと、半円状の黒い物体が天井に張り付いていた。そして中からは赤い瞳が絶えずこちらを捉えている。カヨコの右手が上がると、発砲音。カメラが割れると、画面も砂嵐へと切り替わった。
砂嵐が止むと、画面に映ったのは見知った機械人の姿だった。小さなずんぐりとした背丈にチョークストライプのスーツ。自分たちにこんな厄介ごとを持ち込んで、このロケット基地へ送り込んだ張本人。左胸にはCLGのロゴがあしらわれたバッジをつけていた。
「ありがとう便利屋68。おかげでロケットは無事我々の元へ返ってきた。どれほど礼をしても足りないくらいだ」
画面に映ったCLGのトップの顔を、カヨコは鋭く睨みつけた。やはりこいつだった。ロケットとミサイルの違いをあれほど熱弁していたにも関わらず、結局ただの兵器としてしか見ていなかったやつだ。
「やっぱり……」
「CLGの社長?これは一体」ゲッコウは状況を飲み込めていないようだった。アックスはゲッコウの姿を見ると、思い出したように言った。
「おお、君か。まだ生きていたんだな。てっきり行方知れずになったと思ってたよ」どうでもいいといった声色だった。
「さて、どういうことか説明してくれる?」カヨコは厳しい口調で追及した。しかしアックスは檻を挟んで猛獣を見ているような様子で、少しもくつろいだ様子を崩さなかった。
「そうだな、一応話しておいてやろう。私は一年前にカイザー主催の衛星打ち上げ計画のリーダーとして抜擢された。もちろんこれは我が社の技術力があってのものだった。それ以来、我々はキヴォトス初のロケットを打ち上げると宣伝して、あちこちから注目を集めて今に至っているな。だが」アックスはここが重要だというように続けた。「これは表向きの話だ。カイザーと組んで始まったロケット計画は、初めからDA弾頭による混乱を引き起こすことが狙いだった。風紀委員会やその他の監視を潜り抜けるために、ありもしない通信衛星の話をでっちあげたんだよ。すべては我々が動きやすくするための偽装だ」
「目的は何?あなたたちも世界征服でも企んでたの?」
「全く違うな。そんな子供じみた夢は昔に捨てたよ。DA弾頭による混乱は、いずれ新たな戦争の火種を生むことができる。被害受けた学校を中心に勢力の均衡が崩れれば、兵器の需要はより一層高まるだろう。そうなれば我々は一攫千金だ。CLGの陰謀?ロケット実験に失敗はつきものだし、墜落したらそれで我々の仕事は終わり。次はもっと上手くやります。後の混乱は元々くすぶっていた学校間の問題であって、我々は知らぬ存ぜぬだね。兵器を売って儲ける我々には、より大きな争いの火種が必要なんだよ」
アックスは一切悪びれない様子だった。カヨコがちらりと目を上にやると、アルが戻ってきたのが見えた。勝ったんだ。カヨコは少し安心すると、目の前の人物の話に意識を戻した。
「だからこそスペクトルに基地を占拠されたと聞いた時は、本当に焦ったよ。大切な商売道具を壊されたり、あるいはカイザーという大切な提携企業へ打ち込まれでもしたら、私の立場も危ういからね。この事態を解決するのに必要なのは、ロケットに詳しくなくて腕の良い集団だった。加えて外部の組織で金を払えば秘密を守ってくれる。そう、まさに君たちはうってつけだったんだよ。そのはずだったのに」
「カイザーが裏でスペクトルを操ってるとは考えなかったの?」カヨコは思い浮かんだ疑問をぶつけた。
「それはないな。すでにカイザーは我々に大規模な投資をしている。それに計画が成功すればPMCも莫大な利益を得られる。わざわざ我々を貶めても赤字にしかならない」
アックスの顔が厳しいものになった。「全く馬鹿な奴らだ。あれほど秘密に触れるなと言ったのにも関わらず、ロケットの秘密やDAのことを知ってしまったんだからな。それにゲッコウが生きていたというのも想定外だった。何も知らずにただ倒してくれれば良かったものを、お前たちはうっかりパンドラの箱を開けてしまったんだ。こうなった以上は、もうお前たちをただ帰すわけにはいかないな」
「それは追加の仕事?まだ報酬も貰ってないけど」カヨコはわざとらしく聞き返す。幸いこの機械人はそれほど賢くはなさそうだ。うっかり何か情報を洩らしてくれるかもしれない。
「先に契約を破棄したのはどちらだ?ロケットを破壊すると宣言したのはそっちじゃないか」
どういうことだ?なぜ物置での会話を知ってるんだ?ふとカヨコは先ほど破壊した監視カメラの存在を思い出した。「この部屋でしか外部と通信はできないと言ったな。確かにお前たちの方からつながるのはここだけだが、基地内の全ての映像は絶えずこちらの本社に送られているんだよ。お前たちが基地に潜入してからの一挙手一投足を全て監視させてもらってたよ。何か不都合があってはいけないのでね」
「へえ、盗撮とはいい趣味してるね」アックスはカヨコの相槌には答えずに話を続けた。
「とにかくこれでロケットの発射準備は完了した。スペクトルの報復を受ける恐れはなくなったが、君たちという脅威のためにも最短でロケットを発射する必要が出てきたな。あと十分だ。十分でロケットは基地を飛び出して、本来の目標へ最後の仕事をしに向かう」
「本来の目標?」カヨコは怪訝な顔で尋ねた。
アックスはゆっくりと驚いてくれと言わんばかりに勢いよく喋った。
「連邦生徒会だよ」
カヨコとゲッコウの反応はアックスの想像通りだった。カヨコは平静を装っていたが、ゲッコウは感情のまま驚きで、口に手を当てている。アックスは電子音交じりの笑い声を立てた。
「これほどの質量のロケットが突っ込めば、連邦生徒会もおしまいだな。ダメ押しのDA弾頭も加われば、あの辺り一帯で生きている奴はいない。キヴォトスをまとめ上げる機関と人物の喪失は、他のいかなる学園への攻撃よりも大きな衝撃を与えることになるだろう」
「そんな……」ゲッコウは声を洩らした。勢いでカヨコをどけて画面につかみかかると、まくしたてるように話した。「連邦生徒会の人たちも、周りにいる人たちも大勢死ぬことになります!どうしてそんなことができるんですか!」
委員長のような口ぶりだが、言葉はアックスには届いてなかった。
「どうして?もちろん富が目的だよ。だがそれ以外にも、お灸を据えてやる意味もある。お前たちキヴォトス人は特別な力を振るい、自分勝手に振舞っている。躾が必要とは思わないか?生意気な子どもに少し痛い目を見てもらうだけだ」アックスは姿勢を直すと、さらに続けた。「それに我々がやるのではないからな。これはお前たち便利屋68が打つんだ」
「どういうこと」カヨコの声がいくらか低くなった。
「連邦生徒会の崩壊、ロケットの誤作動、基地にいた用心棒スペクトルは全員倒されていて、発射の現場にいたのは我々ではなく便利屋68。もう分かるはずだろう」
カヨコは何度目かのぞっとする感覚を覚えた。
「お前たち便利屋68が基地に乗り込んできて、スペクトルを倒し、ロケットを乗っ取り、連邦生徒会を狙ったということにする」
コンピュータ室の中は静寂に包まれた。その空間を破る一声は、ゲッコウが放った。「そんなでたらめを」
「誰が信じるかって?あいにく我々と便利屋68の関係を証明するものは何もない。紙切れ一つとないんだ。加えて私はテレビで何度も報道される人気者。お前たちは日陰者だ。風紀委員会や世論は、どちらの見方をするかな」アックスはまたもや電子音交じりの声で笑った。
やはり最初からすべて仕組まれていたのか。カヨコは急いでいたとはいえ、書類の一枚もなしに基地へ来てしまったことをひどく後悔した。
「さて、これで君たちに話せることはなくなった。最後に声が聞けて嬉しかったよ。では大規模テロリストになる前の最後のひと時をせいぜい楽しんでくれ」