その場にいた全員が動き出した。ムツキとハルカは手榴弾を設置するために、壁につながった梯子と足場を伝って下へ降りていく。アルは最後の一撃に備えて、発射の衝撃を受けにくい位置へ陣取るために再びヘリポートへ向かった。そしてカヨコはコンピュータ室の機構をなんとか動かせないかダメ元で試しに行こうとした所を、ゲッコウに呼び止められていた。
「カヨコ、ちょっといい?」何か思いついたことを話そうとしているようだった。
「何?手短にお願い」その気はないのだが、こういう場面で話し方が怖くなってしまうのは自分の悪い癖だ、とカヨコは内心反省していた。ゲッコウは慣れたようで特に気にしてないようだった。
「DA弾頭と同じ高さの足場に操作盤があるのが見える?」ゲッコウの指さした方向には、確かに他より少しせり出した足場が見えた。そしてその下には別の足場が畳まれて格納されているようにも見える。「前にあそこから足場が伸びて、作業員が弾頭の中へ入っていくのを見たことがあるんだ。そこで考えたんだけど、たぶんロケットの中には安全装置みたいなのがあるんじゃないかな。DAは特に危険な兵器だから、扱うにも厳重な管理が必要なはず。安全装置を作動できれば、例え弾頭が破壊できなくてもDAの被害を防ぐことができるはずだよ。ただ足場の操作とロケットに乗り込むために二人必要なんだ」
カヨコにとっては願ってもない仕事だった。どうせコンピュータ室での操作は、あの部屋より外では何の効果もないものになっており、ただの頑丈なシェルターの役割にしかならない。
「弾頭の中は見たことは?」カヨコは短く尋ねた。
「実際に見たことはない」ゲッコウはきっぱりと言う。「でもコンピュータ室より望みはあると思うよ」
「よし。私が中に入って見てみるから、足場の操作はお願い」カヨコはそう言うと、ロケットを中心にサイロを回って、足場が格納されている場所へ急いだ。
ネオ・チャレンジャー号は光をよく反射しており、カヨコの移動に合わせて夜空のように青黒くなったかと思うと、まぶしいほどに白んでカヨコとゲッコウの走る姿を写しだしたりした。こうすると巨大な美術品のようにも見えて、改めてその美しさに息を飲んだ。
やがて足場へたどり着くと、ゲッコウが記憶を頼りにすぐさまレバーを下す。「何かの拍子に畳まれるといけないから、ここで押さえてるよ。さあ行って!」
そう言うと格納されていた足場が、ロケットの濃い銀色の部分に向けてまっすぐに伸び始めた。足場から本体までは二、三メートルほどあり、さすがに飛び越えるのは無理だなとカヨコは思った。
カヨコは足場が伸び切らないうちから姿勢を低くして静かに渡り始めた。やがて足場が完全にロケットとつながると、届いた地点の少し横に硬貨ほどのボタンがあった。押すとカチンとなってスプリング式の丸いドアがパッと開いた。様子を確認しながら穴の淵を掴んで、足から中へ入りこむ。何かにぶつからないように、そっと、ゆっくり。中はすでに明かりがついており、操作盤がはっきりと分かった。あった。安全装置と書かれた手のひらの大きさのハンドルはオフにかかっている。ねじって、まわして、これでよし。ロケット本体での操作は驚くほどすんなりと終わった。もう一度動かないか点検して。しっかり止まっている。外にいるゲッコウがあと三分と叫んできた。慌てるなよ。そっと、静かに、後ずさりで出ると、足場をしっかり踏んでいることを確認する。体を出し切ると、ドアを押し込む。カチンと安心を知らせる音がなって、ドアは閉まった。落ちないように振り返って、はやる気持ちを押さえて渡る。下を見てはいけない。ゲッコウが手を伸ばす。手を取った。レバーが上がると、足場が再び縮み始めた。さあ、見ている時間はない。急いで輪状連絡道に登って、コンピュータ室を目指す。
カヨコはちらりと下を見た。ムツキとハルカは梯子を登ってすぐそこまで来ている。きっと間に合うだろう。水族館の大水槽で使われるような分厚いガラスの部屋に着くと、扉を開ける。すぐにゲッコウは中へ入っていった。早く、早くするんだ。ムツキとハルカが飛び込むように扉の中へ入る。最後にサイロを見渡すと、右に振り向いて扉を閉める。もう一つの扉を抜けると、ゲッコウが扉を閉めるガチャンという音。
中のコンピュータの画面たちは、今では一人の機械人の姿を映していた。やたら良い展望の社長室で、窓から見える空は淡く明るくなり始めていた。遠くの地平線には高層ビルがちらほらと見えて、特徴的な連邦生徒会のある建物も見えた。他の報道陣が見当たらない辺り、こちらにロケットの威力を見せつけるためにわざわざ映像を流しているのだろうか。
「便利屋68の諸君」アックスの声だった。「この映像が見えているなら、おそらく君たちはコンピュータ室にいるだろう。あそこはネオ・チャレンジャー基地でも唯一安全な場所だからね。そう──唯一だよ。スペクトルも気づいていたのかは分からんが、その基地は発射の衝撃で地盤が崩れる設計になっている。元々必要だったのは一機だけだったからね。地下に隠していたミサイルも、万が一作戦が漏洩した時のために配備していたが無事使わずにすみそうで良かったよ。後はネオ・チャレンジャー号がこの基地とDAや企みの全てを無に帰してくれるんだ」一息つく。「君たち以外の全てをな。最後に教えてやろう。DAの正式名称は
数人からのまばらな拍手が済むと、秘書の調子の良い声が聞こえてきた。
「以上がアックス社長によるネオ・チャレンジャー号の打ち上げ前の最後の演説になります。本当は多くのマスメディアを呼び込んで、世界に向けて発信したかったのですが、こんな朝早くでは仕方がないでしょう。ではこのCLG社長室からネオ・チャレンジャー号がどのように見えるかを実況していきたいと思います。実況はCLGの各施設にリアルタイムでつながっており……」
カヨコは時計を見た。あと一分もない。ムツキが引き出しから見つけた耳栓を全員へ手渡す。「きっとすごい音なんだろうね。アルちゃんにも渡したかったけど、もう仕方ないね。まあ熱とか風とかはきっと部屋が耐えてくれると思うよー」
全員で耳栓を詰め終わると、光が届かないであろう部屋の隅に全員で身を寄せ合って固まる。カヨコは無意識のうちに円陣を組むように隣のハルカとゲッコウの肩に手をやると、頭を下げて目をつむった。すると全員の感覚が近くなって、カヨコの両肩──片方は大分遠慮がちだったが──に手がかかる。
「今、アックス社長がスイッチに手をかけました」
「十」始まった。ここまで秒読みが聞こえるということは耳栓がきちんと詰まってないのか?カヨコは急いで耳栓を気持ち強めに詰めた。
「九」
聞こえるのは秒読みと身を寄せ合う仲間たちの呼吸だけになった。
「八」
ふとDAの安全装置が気になった。きちんと作動してるだろうか。
「七」
今更考えても仕方なかった。犠牲がでないことを祈ろう。
「六」
やれることはやった。基地の連中も突然のことで戸惑って逃げているだろう。
「五」
残してきたソウはどうなるんだ?基地の崩壊に巻き込まれないだろうか。
「四」
本当にこの部屋だけは安全なんだろうか。ガラスが割れてしまったりしないか?
「三」
全員蒸し焼きになったりしないか?今身を寄せ合う仲間は数分後も生きているか?
「二」
やめろ!暗い考えはもうやめろ!やれることはやった。絶対に生きて帰るんだ。
「一」
社長。後は任せた。
「発射!」
ついにやってきた瞬間、カヨコは誇張なしに心臓が喉から出そうだった。全員の体が強張ったのが分かった。
「……アックス社長はすぐに窓の方へ向かいました。ロケットはこれから奥に見えるトレス山脈の中からゆっくりと姿を見せるでしょう。そろそろ噴き出し始めた蒸気が見えてくるはずです。ここからはかなり遠いですが、ネオ・チャレンジャー号のたくましい巨体であれば……」
猛獣が歯を食いしばって喉を鳴らしているような、または落ち続ける雷鳴のような音が聞こえてきた。音がどんどん大きくなる。さらに大きく。ぐんぐん大きくなる!床が大きく震え始めた。吹雪が静かに思えるほどの大きな音。壁が揺れる。目がまぶしい!もっと体を寄せて。まだ音が大きくなる。
この部屋は耐えきれるのか?耐えてくれ!崩れる基地に飲み込まないよう食いしばって耐えてくれ!社長は?無事なのか?うるさい!うるさい!早く行ってくれ!空へ消えて、この世からも消えてなくなれ!
気が遠くなってきた!皆は大丈夫か?部屋がぶんぶん振り回されている。呼吸がしづらくなってきた。おかしな臭いがする。ペンキみたいな鼻の曲がる嫌な臭い。空気は熱い蒸気が混ざったみたいに喉にこもる。蒸気?ガラスか扉が壊れてしまったのか?
危険だ。早く逃げろ!皆で逃げるんだ!
ここでようやく静かになった。耳鳴りがひどい。体の中身の全てを揺さぶられている感覚が残っている。ゆっくりと目を開くと、先に周りを確認したムツキが円陣を解いた。次いで全員の手が離れると、壁に寄りかかって少しずつ立つ。何の音も聞こえなかった。ふと耳栓をしていたことを思い出して、耳から取り出す。ガラスは中心から広がる焦げと傷で、外がほとんど見えなかった。扉は空気に押されて、部屋の中へ向かってひしゃげているが、ぎりぎり枠に収まっていた。まだ地面は小刻みに揺れていた。山が崩れているのだろうか。
社長は大丈夫だろうか。あれほどの衝撃を外で受けては無事かどうか怪しかった。全員に声をかけて動かない扉を破壊しようとしている間、ほとんど動かなくなったコンピュータのうちの一つは通信が生きているようで、盛んにロケットの様子を伝えていた。
「……ここからでもはっきりと基地の位置が分かります。遠くの薄く見える山脈の谷のようになっている間から、すさまじい火と煙の海が噴き上がってきました。そして、今ロケットの先端がゆっくりと出てきました。ぐんぐん高度を上げていきます。素晴らしい光景で──ああっ。ロケットのブースター部分が光りました。あれは何でしょう?ええ!技術班はロケットが爆発したと言っています!大丈夫でしょうか?今黒煙のてっぺんからロケットの頭が──」
扉を取り外し終えた四人は、CLGからの実況に食いついていた。発射の衝撃でまだ耳鳴りのひどい耳と頭で、なんとかドルの言っていることを聞き取ろうと必死だった。空中で爆発した。ではアルの狙撃は成功したのか!しかし喜ぶのはまだ早かった。実況はまだロケットの状況を伝えている。便利屋の命運も乗せたロケットの行方を、全員祈るように聞いていた。
「……ロケットは黒煙から抜け出しました。あれは何の爆発だったんでしょうか。技術班もここから見ただけでは分からないとのことです。さあ高度がどんどん上がります。空に白い虹を描いているように、ロケットは少しずつ傾き始めました。すごい眺めです。今、ロケットの先端はちょうど二時になろうというところです。遠くに見えるキヴォトス中心街の凸凹とした景色は、もう少しでなだらかな地平線になるでしょう。ちょっとお待ちください」ここでしばらく実況が止み、マイクが周りのざわざわ言う音だけを拾っているのが聞こえる。「えー、技術班が言うには、下降が始まるには設定したよりも高度が低いとのことです。現在の軌道ですと目標地点が大幅に変わる可能性があります。今ロケットは三時の角度になりました。進みが遅くなってきましたね。やはり燃料系になんらかのトラブルがあったのでしょうか。レーダー班は猛スピードで空を飛ぶロケットを必死に追跡中です。ふむふむ──なんと!皆様、外をご覧ください。ネオ・チャレンジャー号は進路が変わり、ちょうど我が社の上空を凱旋飛行するように飛ぶとのことです。きっと神のいたずらのようなものでしょう。ロケットの頭がこちらを向きました。皆窓にしがみついて見ております。我々も窓の近くに向かいましょうか。──レーダー班の最新の解析では、我が社を大きく飛び越えた後、ネオ・チャレンジャー号はキヴォトスの中心からは離れた位置へ落ちるとのことです。中心街ほどの影響力は見込めませんが、こちらにも一風変わった学園などが……なんでしょう?さらに高度が低くなっているとのことです。今ロケットは四時の傾度になっています。そろそろ降りてくる頃です。千五百キロ上空です。時速一万キロの速度です。技術班が騒がしいですね。──なんですって?大変だ!技術班はロケットがここに落ちてくると言ってます!すぐに皆を安全な場所へ──走らないで、出口がつっかえてます!ああ落ちてきます、もうあんなところに!頭が見えました!ロケットが来る!こっちへ来る──」