便利屋68 ネオ・チャレンジャー基地占拠事件   作:まーろう

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25 アウトローの性質

 数日後、ブラック8通りの便利屋68のオフィスは荷物がすべて運び出されて、もぬけの殻となっていた。数日前に、ここで世界を延命する決定打となったやり取りが行われていたとは、今では当人たち以外には知る由もない。いつものように高層ビルの間から部屋へ差し込む夕日は、遮るもののなくなった部屋を橙色に染めており、もの悲しい印象を放っていた。蚊が羽ばたくようなか細い換気扇の回る音が部屋に満ちている以外、彼女たちのこの部屋での営みを証明するものはなくなっていた。

 

 近くの建物に店を構えていたコーヒー豆専門店の店主は、人がいなくなった部屋を外から眺めると、肩をすくめて自分の店へ振り返り帰っていった。元々人の出入りが激しい立地ではあったため、便利屋の撤退も店主にとっては多くの物言わぬ別れのカウントを一つ増やすだけのものだった。今後もこの通りでは、お古の銃の店とこの専門店の細々とした競合が続いていくだろうと店主は考えた。

 

 ブラック8通りから五百メートルほど離れたところにある三階建ての廃墟は数年前に所有者が姿をくらましたきり、誰の手もつけられていなかった。日中に陽光の当たる壁面は紫陽花のような草の蔓がほとんど覆いつくしており、建物の外観は分からなかった。手入れもされていないことから、壁の表面は劣化が進んでおり、ひび割れたり崩れて鉄骨が見えそうな箇所もあった。隣の建物──周りの建物もほとんどが廃墟でゴーストタウンのようになっていた──との猫しか通れなさそうな隙間には、雑草が生い茂っている。塗装のはげかけた銅色の扉は錆が回っており、すぐ横の郵便口は室内の湿った空気を絶えず外へ吐き出す換気口の役割も兼ねていた。扉から入ると、せまい玄関の目の前は折り返しの階段が幅を利かせており、すぐ左は扉の枠が奥の埃をかぶった部屋の光景を額縁の絵のように飾り立てている。階段を二周して登りきると右側にはやはり扉があった。ペンキの塗装はすっかり落ちているが、きれいな横長の長方形に切られた段ボールには水性ペンで文字が書かれていた。──上は会社名の「便利屋68」、その下には小さく「ご用の方はノックをどうぞ」とあった。

 

「最悪よー!」

 

 柱が交差する形をした折りたたみ式の小さな腰かけ椅子に座りながら、陸八魔アルは頭を抱えていた。電気の通っていない部屋では、真ん中に置かれたアウトドア用のランプが頼りだった。

 

「結局報酬はないし、事務所は出てくしかなかったし、武器弾薬もほとんど使っちゃったし、これからどうすれば良いのよ!」包帯を巻いた頭に響くので大きな声は出せないが、それでもこのやり場のない気持ちをずっと吐き出したかった。

 

 意識が飛びそうな轟音と熱風の嵐の中で、なんとか狙撃を成功させたアルは爆発を見届けると同時に倒れ込み、仲間たちが迎えに来るまでの間に意識を取り戻すことはなかった。暗闇の中では、数時間の目まぐるしい記憶が走馬灯のように思い起こされていた。そして仲間の顔が浮かぶたびに立ち上がろうとする意志が湧き出ては、さらなる暗闇に飲み込まれた。アルは事の顛末から、一時的にでも目を逸らしたかった。自分たちの未来を左右するロケットの行方を見たくなかった。聞きなれた声がして、僅かに意識が戻った時もあったが、現実世界に帰ろうという努力ができなかった。現実から目を逸らしている間は安心できた。だからアルは少しでも長く暗闇に身を任せようとした。

 

 そんな虚しい抵抗を途切れさせたのは、顔にぶち当たってくる雪と冷気だった。アルがうなされながら目を覚ましたのは、カヨコがどこかから調達してきたスノーモービルに乗せられて基地から脱出したすぐ後だった。雪山を滑り降りて麓でソリを乗り捨てした後、命からがらオフィスへ戻ってくる間に、アルは全員の口から少しずつ仕事の結果を聞いた。

 

 武器を置いて、真っ先に社長椅子に座り込んで机に顔からへばりつくと、ムツキの冷たい手が頭の上に乗った。優しく撫でてくれている手を抵抗せずに受け入れていると、カヨコがつけたラジオからは記者のせわしない話が聞こえてきた。臨時ニュースと繰り返し述べられた内容は、今朝未明にトレス山脈で大規模な土砂崩れが発生したというものと、ネオ・チャレンジャー号がCLGの本社に激突したというものだった。今のところ行方不明者は当時CLGにいた百人余りのスタッフ、代表のアックスと秘書のドルとはいずれも連絡がとれておらず、賢明な救出作業が行われているとのことだった。

 

 全てが終わってからの数日で、アルたちは飢えたように急速に日常を取り戻していた。「まー良いんじゃない?あそこで皆死んじゃうより、絶対今の方が良いに決まってるし!」

 

 ランプを囲んでいた四人の中で、一番早く反応したのはムツキだった。肘や膝など火傷していた箇所に軟膏を塗りながら話すと、ランプの明かりが患部を優しく照らしている。特徴的な「クフフ」という笑い声を発しながらも廃墟暮らしを楽しみにしていたような調子は、危うく奪われかけたこともあって重要性を再認識したことによるものだった。

 

「結局こうなるのか。まあ今は生きているだけで感謝だけどね」カヨコは服で見えないが腹部などにはやはり包帯が巻かれており、最近は鎮痛剤をいくらか飲んでいる。

 

「で、では、今からCLGの跡地から金目のものでも拾ってきましょうか」擦り傷が多かったハルカは、あちこちに消毒液を塗りたくられては、たくさんの絆創膏を貼られている。全員が頑丈であるために、普段見ることのない負傷者集団のような光景がおかしく見えた。

 

 あれからかかさず聞いているラジオは午後六時を過ぎたことで、お決まりの安っぽいが耳に残る音楽と共にニュースの報道を始めた。ここ最近の熱い話題はやはりネオ・チャレンジャー号に関するものであり、この日一番最初の話もこれに関する続報だった。墜落地点はクレーターのように削られた地盤の上に、大小さまざまな瓦礫が積みあがっており、復興作業は難航を極めているといったものだった。この調子では、復興が完了するにはまだ時間がかかるだろう。次の話題は、ロケット計画で提携していたカイザーがCLGの事故を受けて哀悼の意を示したといったものだった。

 

「……はい。CLGは卓越した技術を持った会社でした。今回の事故は、関係者のみならず技術者全員が記憶していかなければならない悲劇であり……」

 

 ムツキはここでラジオを切った。「危うく世界はなくなりかけたんだよ?私達にももっと感謝してほしいよねー!」

 

「そうね。でも、ここで名乗りを上げたらそれこそテロリストの仲間入りよ。私たちは今回の件で表舞台には出てはいけないのよ」不満を洩らすムツキを、アルは冷静に諭す。「それに人知れず世界を救ったなんて、これこそアウトローそのものじゃない!決してお金には代えられないわ!」

 

 アルは思い出したように付け加える。カヨコは現実から目を逸らそうとしている本心に気づいていたが、ハルカはアルの姿に目を輝かせていた。

 

 するとアルの調子を後押しするように、短いポップな通知音がアルの携帯から鳴る。待ちかねた報告を見るためにすぐに携帯を手に取ると、中身を確認したアルは満面の笑みになった。ムツキがアルに近寄って中身を見ようとすると、アルは全員の中心に携帯を差し出して届いたメッセージを見せた。

 

 

 

 風紀委員会の面接受かりました!明日から頑張りたいと思います!

 

 

 

 差出人はゲッコウだった。アルは勢いで立ち上がると自分事のように喜び、ムツキとハルカも手を叩いて祝福している。カヨコは静かに胸を撫で下ろした。

 

 基地から帰還した後、ゲッコウはしばらく便利屋のオフィスで匿われていた。生き残りのスタッフであることが分かればそこから芋づる式に便利屋の存在にも繋がりかねないということで、ほとぼりが冷めるまで様子を見ようということだった。しかし世間は歴史的な墜落事件に心を痛めた後は日常へ戻ってしまい、今では少ないマスメディアが事後処理について報じるくらいに下火になっていた。

 

 昨日、ゲッコウは恩人のソウの意思を継いで風紀委員会になりたいと全員に相談していた。事件以来、スペクトルは全員が消息を絶っており今の状況は全く分からない。ゲッコウはソウが自分を見つけやすいように、彼女の意思を継いで風紀委員になりたいとのことだった。便利屋68は風紀委員会とはあまり良い関係ではなく素直に進めずらい面があったが、アルはそんな立場を度外視してゲッコウの背中を押した。ゲッコウのためにも別々の道を行くべきだと説いて、今朝ゲッコウは正式にアルたちの元を去っていったのだった。

 

 まるで長年連れ添ったような仲間の新たな門出にアルたちは湧きたっていた。するとアルの携帯が、ゲッコウからの新たなメッセージを受けとったことを伝える。

 

 

 

 アル社長ありがとうございます!便利屋の皆みたいに、私も風紀委員としてたくさんの人たちを助けていこうと思います!

 

 

 

 メッセージを見たアルの動きが止まった。届いたメッセージをカヨコたちが見ると、全員が考えているであろうことをムツキが声に出した。

 

「これってさー、ゲッコウちゃんって私たちのこと正義の味方だと思ってない?」

 

 先ほどとは打って変わって沈黙が部屋に満ちた。人助け?正義の味方?私達みたいに?アルの携帯を持った手が震え始めると、固くなった声が漏れる。

 

「な──」

 

 全員の注目がアルに向く。アルはショックで白目になると、ヒステリー寸前の声で叫んだ。

 

「何ですって──!?」

 

 ムツキはこらえきれずに腹を抱えて大笑いをし出した。ハルカはアルを精一杯フォローしようとして言葉を濁している。カヨコは口角が上がりながらも笑いを必死にこらえると、少し上機嫌でため息をついた。

 

 キヴォトスは今日も太陽が沈み、柔らかな光を放つ月が顔を出す。騒がしい者たちの廃墟、新たな道を見つけた者の小奇麗な部屋。

 

 一ヶ月に及ぶ戦いの跡をすっかり洗い落とした彼女は、以前と変わらない部屋の窓からキヴォトスの夜景をぼんやりと眺めていた。蛍のように散らばっている明かりの一つ一つに人生の一幕があると考えると、ゲッコウは胸に来る熱いものを感じた。

 

 私はこれまでなんとなく生きてきた。カヨコ、私が学校に行かずにバイトに明け暮れたのも、将来が不安だったから。自分が何者になるのかが分からなくて、漠然とした恐怖を忘れるために逃げてたんだ。誰かから指示を貰って、従って動く。それが当たり前になって、いつか何も考えなくなっていた。

 

 でも皆と会って、私もようやく目が覚めたんだ。便利屋の皆は、自分たちの力で未来を切り開いている。私の我儘にも付き合ってくれて、少しの間だけど仲間として受け入れてくれた。自分の正義に従って、未来を恐れず突き進む姿を見せてくれたね。

 

 スペクトルから学んだこともある。ソウは危険を顧みず、自分の正義に従って助けてくれた。でもソウもオルも、そしてアスも、スペクトルは唯一の居場所だったんだ。オアは確かに悪者だったけど、同時に社会に受け入れられない者たちの居場所を作ろうとしてたんだろうね。

 

 オアが啓示で未来を見ていたのも、本当は道を示してくれる人が欲しかったんだと思う。私達はまだ幼い。私達を絶えず見守ってくれて、挑戦を後押ししてくれて、間違いを正してくれる──そんな人が彼女にも必要だったんだよ。でもそれだけじゃいけないんだ。

 

 仮にこの人物を先を生きる人──先生と呼ぶことにしようかな。先生が私達に道を示したとしても、それは確定した未来じゃない。あくまで、こんな未来もあると示してくれている、としか言えない。大切なのは、自分が選ぶこと。

 

 皆はそれを教えてくれた。誰かに送り込まれて来たのかもしれないけど、皆は最後まで自分の意思で戦い続けてた。ありがとう、便利屋68。私も自分の意思で、人のために生きようと思う。

 

 誰かに流されて、ただ未来を受け入れてはいけない。誰かの言葉に縛られてはいけない。未来はいつだって、私達の手の中にあるのだから。

 

 キヴォトスの空には、今日も星が浮かび始めた。昨日とも、明日とも変わらない夜空だ。いずれロケット基地での一幕も、思い出のように語れる日が来るだろう。これまでと変わらない世界で、少女たちは再び青春の舞台へ帰っていくのだった。

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