「神と会話を!」アルはとても信じられたいといった顔で、首を横に振った。「それはさすがに無理があるんじゃないかしら?」
オアはアルの発言の内容には、さほど興味がないように見えた。おそらくこれまでも同じことを仲間などに話しては、似たようなことを言われ続けてきたのだろう。しかし本当に聞こえてるかはともかくとして、自分たちのような聞こえない者には手放しで信じられる話ではなかった。
「その発言は予想済みだ。しかし二人はここに来るまでに、すでに私の言う神の啓示の成果をいくつも見ているんだよ。覚えてないかね?外で退避壕通路口のドアを開けようとしたタイミングで出てきた詰所のヘルメット、あれは私の命令で外に出したんだ。彼女も通信を切るまでは不信な声色だったが、今頃ロッカーの中で自分の間違いを反省しているだろう。オルが退避壕から基地内部へ通じる道を塞いで待ち伏せをしていたのも、私の指示によるものだ。だがなによりの証拠は、この掛け軸だ!一日一悪、良い響きだ。ところで便利屋68のオフィスを一度も訪ねたことのない私が、なぜ全く同じ四文字をかかげているかは説明できるのか?」
アルは隣で冷ややかな目をしたムツキを見た。少し飲みやすい温度になったお茶を一飲みすると、オアに向き直り笑顔を作って話した。
「そこまで知られていたとは思わなかったわ。どうやらあなたは自分が占拠した基地の内部情報に、かなり気を使っているみたいね」
オアはこの褒め文句に何の反応も示さなかった。
「きっとこの山をどうやってここまで来たかもすべて明らかになってるでしょうね。でも、それら全てが神様のおかげと信じさせるには、少し芝居がかかりすぎね。詰所での一幕は、出入口付近に監視カメラをつけてタイミングを見計らえば素人でもできるわ。通路は一本道だったから、部屋に仲間を配置させておけば必ず遭遇することになる。あなたの仲間が道を塞いでいたのも、あらかじめ侵入経路を把握して塞いでおけば済むことよ。私が書いたものと同じ文言の掛け軸に至っては、事前に部下にでも覗きをさせていれば後はそれを書いて飾るだけ。それだけのことでしょう。オア、あなたも人の子よ。だからもうこんな手品は抜きにしましょう。私たちはあなたが使っているヘルメットたちとは違うから、こんなことで驚いたりはしないわよ」
今のは少し言い過ぎたかしら?言い終えてから、自分が言い放った言葉を反省すると慌てて付け加えた。「でも本当に、ここまでの道のりでは驚かされっぱなしだったわ」
オアの固い表情は変わらなかった。グレイの目がわずかに濁ると、軽く詫び言を言う。「悪かった。アル、ムツキ、どうやらこの地下基地には娯楽があまりなくてな。いつの間にかこんなつまらん芝居と手品が身についてしまっていたよ。アルの言う通り、私はこの基地で起こっていることは全て把握するようにしている。だがいやに芝居がかってしまっていたのは、一つはこの基地の中で私に銃を向ける者をなくすためだ。ここに集結したヘルメット団全員の目的はロケットの身代金だよ。私が提案して、基地の占拠を確実にするために金で釣ったんだ。連中は面白いくらい餌にかかって、針とおもりまで飲み込んでくれた。だが金でつながったパイプというのは──先ほどの身の上話でも話した通り、簡単に外れるどころか思わぬところで勝手につながってしまうんだ。すると外には見えないパイプの内側では、金やつまらない野心といった極めて有害な物質が巡り始めるんだよ。それを未然に防ぐためには、全員の顔をこちらに向けて首輪をはめてやるしかない。恐怖という首輪をな。そして自分を恐怖の対象とするために、部下の中での私を神格化させたんだ。例の手品と芝居で霊験あらたかな印象を植え付けることで、基地内での支配をより強固なものにした。正体の分からないものほど、怖いものはないからな」
まるで弁明するような口調で話すと、これで仲良しこよしな対談は終わりだというように付け加えた。「そうだ。詫びといってはなんだが、二人には最後にもう一回だけ神の啓示という名の手品を見てもらいたいんだが構わないな?」
こちらが返事をするより早く、オアが続ける。
「たった今、鬼方カヨコと伊草ハルカの二人を捕らえて、投獄した」
アルははっとしたように立ち上がると、オアに詰め寄ろうとした。しかしアスの収められていた拳銃が再びこちらに向けられると、丸腰の状態では止まらざるを得なかった。一体あの拳銃の威力はどれほどだろう?武器を奪い返す間に集中的に攻撃されれば、不利なことには変わりなかった。オアはあの首を左に傾げる癖を披露すると、先ほど部下を呼ぶのに使ったボタンの辺りを探りながら言った。
「色々言いたいことはあるだろうが、これを見れば分かる」
何度かテレビのチャンネルを変えるようにボタンを連続で押すと、机上の薄いモニターをこちらへ向ける。そこには牢屋の中で床に倒れこんでいる大切な社員二人が映っていた。カメラは天井の一隅から狭い牢獄全体を映している。二人とも気を失っているようだったが、特にカヨコは首の後ろから背中にかけての赤い打ち身と服の損傷が目立った。自分たちがこの部屋で幼馴染と歓談をしている間に、二人があの部屋でずっと戦いながら仲間の無事を信じて、やがて朦朧とする中で意識を手放したことを想像すると、アルは恥ずかしさと情けなさとふがいなさに押しつぶされそうになり、歯を固くくいしばった。なぜ自分ではなく、あの二人がこんな目に合わなければならないんだ!ちくしょう!
アルは一過性の感情から卑語が出そうになるのを何とか堪えると、鋭い目で机の向こうのオアを睨んだ。彼女への認識は、すでに幼馴染から倒すべき敵へと変わっていた。
「謝るつもりはないぞ、アル。ここはお茶をかこんで楽しくお喋りをするような場所ではない。私たちはこの基地を手放すつもりは毛頭ないし、敵が入り込めばためらうことなく銃弾を撃ち込む。相手が誰だろうと変わらん。そんなに仲間が心配なら、すぐに同じ牢屋にいれてやるから安心しろ。この基地をうろつかれては作戦の邪魔だからな、事が済むまで四人で仲良くしていることだ」オアの口調はいたって事務的で、発された言葉の中身は全くの空だった。
アルの手が自然と握りこぶしを作った。「思惑通りに事が進んで金が入って、その後はどうするつもりなの。こんな雪山の地下基地じゃ逃げ場もない。すぐに完全に包囲されて、籠城戦でじりじりと追い詰められていくでしょう」
「そうでもないな。お前たちの侵入でCLGが要求を飲む気がないことは充分に分かった。あまり頭が良いとは言えないな。ロケットと引き換えに莫大な金を手に入れるというのは、あくまで私の計画の一部に過ぎない。基地の占拠も私の輝かしい遍歴の第一章に色をつける程度のものだ」
オアの声はまるでこの時を待っていたかのような凄みを帯びると、また横のボタンを操作して基地全体に命令するように言った。
「これからロケットの発射準備に入る。目標は、奴らが縋るカイザーだ。見せしめに打ち込んでやれば、後ろ盾をなくした奴らは身を守るためにも、私たちに従うしかなくなるだろう。期限より早いが、夜明けと共にロケットを打ちあげる準備を始めろ」
指示が終わると、二人の幼馴染のやり取りを静かに見つめていたムツキが口を開いた。「オアちゃん。オアちゃんの本当の目的は何なの?カイザーの本拠地の周りには他の学園の生徒とかも大勢いるし、これじゃ戦争でも始めるみたいだよ」
オアはゆっくりと椅子から立ち上がると、机を回ってこちらに近づいてくる。「その通りだ、ムツキ。さっきの身の上話で言っただろう、愚者どもに死を与えるとな。このキヴォトスには、あまりにもそれらが増えすぎた。少しでも気に入らなかったりすれ違いが起こるだけで軽々しく銃を抜く生徒たち、その生徒の需要を食い物にしてぼろ儲けをする民間軍事企業。そしてこのいびつな世界に何の疑問も持たずに是とする愚かな大衆。お前らは私たちを、そこら中にいるただのテロリストだと思っていないか?私たちがやろうとしているのは、まさに世界征服だよ。増えすぎた学園をゲヘナに統合して、私が頂点となる。この基地とロケットを押さえたのも、そのための足掛かりに過ぎない。ロケットは巨大な銃弾、この基地は巨大な拳銃だよ。この雪山からキヴォトスの全てを狙い撃ちにできる。これもさっき言ったことだが──愚かな大衆を支配するには、圧倒的な力による恐怖が必要なんだよ」
オアは机の前に立って、壮大な野望を餞別をやるかのように話した。アルには彼女がとんだ誇大妄想狂になってしまったように感じたが、同時に野望を実現するための力と頭脳が両方すでに備わっているようにも感じた。すると後ろの扉がノックもなく開いて、無言で誰かが入ってきた。後ろを振り向くと、これまでアルは見たことがない黒い鎧を纏った女がいた。
「侵入者を牢に入れてきた」
それだけ言うと目が合う。では彼女が二人をやったのか!アルはすぐにでもお返しをしてやりたかったが、丸腰で敵う相手には見えなかった。
「ご苦労だった。ではこの仲間二人も同じ部屋に入れてやれ」
「分かった」
オアとの短いやりとりが済むと、アルに近づいてくる。威圧感に押しつぶされそうになるが、負けじと睨み返すと先に目を逸らしたのは向こうだった。
「来い」それだけ言うと鋼鉄の手をアルの胴に回して、無理やり引き寄せる。
二人の武器を持っているヘルメット二人が後に続くと、アスに言われてムツキもソファを立った。扉をくぐる直前に立ち止まって部屋の中に振り返ると、オアは首を傾げて言った。
「心配することはない。もう仲間と引き離されることはないし、こちらも籠の中の鳥に危害を加えるつもりはない。お前たちの牢には、後でテレビをつけてやろう。そこで私の野望の完成を見届けることだな」
アルは一息ついた。オアの表情は少しも変わらない。アルは静かに、燃え上がる炎のきらめきをちらりと見せるように言った。「必ずまた会いに来るわ。そしてあなたとそのいかれた野望を阻止してあげる」