便利屋68 ネオ・チャレンジャー基地占拠事件   作:まーろう

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9 ゲッコウ

 ぼやけた丸い光が目の前にずっと居座っている。光の範囲が少しずつ広くなってきたかと思うと、やがて横に伸びた一直線にまとまる。やがて少しずつ光が消えていくと、暗い闇の中がじんわりと赤黒くなった。同時にひどい頭痛と首の後ろの脈打つような痛みが、早く目を開けとせかすように等間隔でやってくる。遠くで誰かの話し声が聞こえる。ここはどこだろう?慎重に目を開くと、ぼやけた視界はまだ灰色がにじんだようにしか見えなかった。床に触れている箇所がひんやりと冷たい。体を動かそうとする。しかし動かせなかった。やがて視界がはっきりして、頭もはっきりしてくる。首の裏から肩甲骨にかけてがずきずきと痛んだ。手で地面を探ってみる。ざらざらとしていた。話し声がより鮮明に聞こえてくる。顔を声のする方へ向ける。明かりがまぶしくて、一度目を強くつむった。再び開くと、鉄格子の向こうにいる二人の姿が見えた。

 

「大丈夫か」声の主は天独ソウだった。相変わらず感情の分かりにくい声だった。

 

「くそ!まだ頭が揺れる感覚が残ってる」激しい口調でそう言ったのは、上我オルだ。どうやら私の一撃が相当堪えたらしい。こっちも頭の後ろがひどく痛むからおあいこだね。

 

 話を聞いているのが見つからないように、身動きを最小限にして周りを見た。どうやら基地のどこかの牢獄に入れられてしまったらしい。コンクリートがむき出しの部屋には、パイプの上にくたびれたクッションが敷かれた簡易ベッドと古ぼけた鏡しか置いてなかった。扉の部分だけは間隔が狭い鉄格子になっていて、ここから外の様子が分かった。意識がほとんど完全になってくると、後はハルカのことが気がかりだった。体の周りの感覚を探っていると、足先に人がいるのを感じる。ゆっくりとした動作でそちらを見ると、そこには自分が身を挺して守った妹分のような仲間が倒れていた。理由は分からないが、どうやら別々ではなく同じ部屋に入れられたらしい。この基地では、そんなに牢屋が足りていないのだろうか?

 

 再び目を閉じて、しばらくは取れないであろう痛みを感じながら、話に意識を向ける。「CLGの成金共め!厄介な連中をよこしやがって。交渉は今どうなっているんだ、ソウ?」オルはまだ怒りは収まらないが、少しは落ち着いたようだった。

 

「まだ先方の返事はない。やはりDAだけは意地でも口を割らないつもりだろう。虚しいな」

 

 DAとはなんだろう?スペクトルの要求は金ではなかったのか?カヨコが眠っているように見せながら考えていると、外の無線機から音がし始めた。どうやら何か言われているようだったが、音が荒く内容までは聞こえなかった。半分ばかり目を開けてまつ毛越しに様子を伺うと、二人ともこちらに背を向けており一つの無線機が伝える指令を聞いているようだった。

 

 やがて指令は済んだようで、無線機が耳障りなノイズを立てた。通信が切れると、先に口を開いたのはオルだった。「ボスは何を考えているんだ?本当に発射するなんて、最初と話がまるで違うじゃないか。気温差で頭の病気でもしたのか」まるで興味がないかのように言い放った。

 

「……なんて事だ」ソウが続くように、物も言わぬ無線機に言葉をこぼす。

 

 カヨコは冷静に、聞こえた情報をその場で記憶してパズルピースの組み合わせを探すように整理をしていく。今の言葉が本当なら、少なくとも本気でロケットを打つつもりはなかった?二人の反応からして、無線の内容はボスの発射命令だろうか。ロケットはもう発射されてしまうのか?発射したら金は手に入らなくなるが、それ以上の目的があるのか?スペクトルのボスの狙いはなんだ?どれだけ頭を巡らせても、全貌を明らかにするにはピースが足りなかった。

 

 金属の塊が歩く音が遠ざかる。

 

「どこへ行く?」オルがにべもなく言った。

 

「ボスのところへ。もう話が終わるころだ」扉が開くと、ソウが独り言のようにつぶやいた。「だから私はこの占拠には反対だと言ったんだ」

 

 そして扉が閉まると、空間はひっそりとした。

 

「ま、俺には関係ないね」一人になったオルは、そう言うとスキーブーツの固い足音をわざと立てながら、カヨコとハルカのいる牢の前に立った。「おい。あまりおねんねが過ぎると目覚ましの水をぶっかけるぞ」

 

 先ほどよりも声にどすを効かせて喋っている。どうやら盗み聞きができるのは、ここまでのようだった。少し声を立ててわざとらしく咳をすると、体調が悪く見えるよう顔をしかめながら上体を起こす。ハルカはまだ起きなかった。

 

「ここは?」あたかも初めて自分たちの状況を理解したかのように聞く。

 

「基地に備えられた独房室さ。ソウの攻撃から生き延びるとは幸運な奴らだ」オルはそう言うと、スキーブーツを鉄格子の扉にぶつけて音を立てる。「あの一撃はそうとう堪えたぞ。今もまだ後遺症が少し残ってるんだ。本当なら仲間と別々の部屋にしてじっくりとお返しをしてやりたかったが、あいにく牢屋は二つしかないんだ」

 

 今度は強めに鉄格子を蹴ると、音が聞こえたのかハルカが声をもらす。

 

「もうすぐもう二人もここに合流するだろう。それまで二人で仲良くしてることだな」言い終えると、牢を離れて、扉から独房室の外へ出て行った。

 

 まさかアルとムツキも捕まってしまったのか。カヨコはもう悪い想像はたくさんだった。頭から払いのけると、目の前のハルカの体を揺すって、優しく起こす。目立った傷はなく、怪我もしていないようだった。やがて閉じていた目が少し開くと、まだ朦朧としている意識で私の名前を呼ぶ。自力で起き上がると、ここに至るまでの状況を理解したようで涙目になって喋り始めた。「すみませんすみませんすみません!私が至らなかったばかりにカヨコ課長のお体に傷を」

 

 いつもの調子に戻ると長くなりそうだったので制止する。どこも痛くないことを見せようと腕を回すと、首の付け根が刺すように痛んだが、彼女のためにも表情を変えないようにする。ようやくハルカが落ち着いて話せるようになると、鉄格子の外からこちらに呼びかける声が聞こえてきた。

 

 立ち上がって鉄格子に近づくと、声の主は通路を挟んだもう一つの牢からこちらを見ていた。銀髪は肩にかからない長さで外にはねており、前髪は目元が隠れそうなほどだが分け目の間から水色の目が覗いていた。肌の色は薄いがその分、汚れが白シャツと一緒に目立つ。茶色の薄いズボンに散歩用の楽に履ける靴というなんとも服装に無頓着なことが分かる見た目だった。「カヨコ。あなたはカヨコって名前なの?」鉄格子にしがみつくようにこちらを見る。

 

 カヨコは会ったこともない人にいきなり名前を呼ばれるのは、この状況もあっていい気分ではなかった。「先客がいるとは思わなかったよ。あなたは?」

 

「私はゲッコウって呼んで」

 

 変わった名前だとカヨコは内心考えた。

 

「君たちは何者なの?ソウと戦ったって本当?」

 

「うん。おかげでひどい目にあったけどね」

 

 カヨコは前の質問には答えなかった。会ったばかりの関係でそこまで話す気はなかったし、少しでも早くこの陰気臭い部屋から出たかった。

 

 その様子を見たゲッコウが何かを思いついたように話す。「そこから出る方法なら知ってるよ」

 

 カヨコは思わず牢屋仲間を見た。こちらが餌に食いついたことが分かると、友好的な笑みを作って言った。

 

「その部屋に換気口があるでしょ。金網がはずれるから、通っていけば外の部屋に出られるよ。代わりに出られたら、私の部屋のドアを開けてほしいんだ」

 

 部屋を見回すと確かにベッドの上に金網があった。「どうしてそんなことを知ってるの?」

 

 ゲッコウは乾いたように笑った。「私は最初そっちに入ってたの。今いる部屋には、前にも何人かいれられてたんだけど」

 

 ここでゲッコウは言葉を詰まらせる。カヨコがどうしたのか尋ねると、おずおずと口を開いた。「この牢に入った人は皆、奴らの実験台にされたんだ。こっちに移されたということは、次は私の番かもしれない。そう思うと怖くてたまらないの」

 

 今にも泣きそうな声だった。聞きたいことは多かったが、見張りが来る前にここを出ることが先だと考えると、ハルカと一緒に換気口の下に向かった。

 

 ベッドの上でハルカの足元を持ち上げる。ハルカは遠慮したが、こちらはまだ万全に動けないので自分の代わりに換気口から出て、扉を開けてほしいということにした。ハルカが指をひっかけると、金網は力を入れずとも簡単に抜けた。手が換気口にかかると、顔を上げて中の様子を見る。

 

「すぐ近くにもう一つの金網があります。光も見えます」

 

 ハルカの報告を聞くと、腕に力を入れて彼女の体を押し上げる。首から背中の痛みをこらえてなんとか押しやると、ハルカはよじのぼって換気口に潜り込む。腹ばいになると、換気口から出ている足が動いて穴に吸い込まれていった。少し経つと金網を叩く音が鳴り始める。やがて小さなねじが床に落ちたような音が聞こえると、鉄格子に挟まれた通路に紫のショットガンを抱えたハルカが現れた。

 

 鉄格子の留め具が動いて金属が擦れる嫌な音が響くと、鉄格子はゆっくりと開いた。カヨコが外に出ると、ハルカはゲッコウの牢の扉も同じ手順で開いた。ゲッコウは近くでよく見ると、目の下にうっすらとくまが出来ており、髪も満足に手入れが出来ていない様だった。

 

 大げさな礼を言われると、先ほどスペクトルの二人が居た空間に入る。机にはカヨコの拳銃が置いてあり、隣には飴玉ほどの大きさの黒いマイクが一つあった。角の丸い長方形で、上には一センチメートルほどの先が丸くなっている銀色のアンテナが出ている。

 

 それを見たゲッコウが、口を開いた。「私の無線機だ!まだあったんだ。でももう一つはどこに行ったんだろう?」

 

 周りを少し探るが、どこにも同じものはなかった。カヨコは自分の武器を手に取ると、丸腰のゲッコウに聞いた。「武器はないの?」

 

「五日前からずっとここにいたんだよ。私のはもうどこかに捨てられちゃったかも」ゲッコウは寂しそうに言うと、無線機を手に取った。

 

「それは?」

 

「私の無線機。特別な暗号の周波数を使うから、もう一つの対になっている無線機としか話せないのだけど、片方が見当たらないの」ゲッコウは無線機のボタンを押すと何度か呼びかけたが、無線機からも部屋のどこからも何の返事もなかった。

 

「まいったな、結構いいやつなのに」

 

 しょぼくれているが、それよりもカヨコには聞きたいことが山ほどあった。何と呼ぶべきか迷ったが、向こうに倣って呼び捨てにすることにした。

「ゲッコウ。聞きたいことがあるんだけど」

 

 するとゲッコウは変わらず柔和な声で返した。「なんでも聞いていいよ。ここから助け出してくれたし、護衛もしてくれるんでしょ?なら私は知識を提供する。君たちよりは、この基地やロケット、スペクトルに詳しいはずだからね」

 

 情報を提供してくれるのはありがたいが、なぜか武器を持たない彼女を警護することになっていた。

 

「はぁ……分かった」カヨコはため息をつくと、扉を開けて独房を後にした。

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