なんだったんだろ、あれ。
ぼんやりとバスタブに浸かってバス停で遭遇したバケモノ。あと死神を名乗る男の子について考える。すぐに忘れなくちゃいけないのに、ズッシリと身体に重石を乗せられたように気が滅入る。
もう、お風呂を出て寝る…!
きっとアレは夢だったんだ。そう思うことにした私は浴室を出て、脱衣所で身体を拭いて着替える。そもそもバケモノとか死神が見えるわけがない。
「落とし物の反応は此所なんだが、どうすれば良いんだ?」
「ハルヒコ様が入って取ってくれば良いじゃないですか。なんで入らないんです?」
「馬鹿者。人様のご家庭に侵入するなど。ましてや浴室に入るなんて出来るか、あとオレのライセンスを拾ってくれた人は女の子だと思う」
「何故、女の子だと?」
「フッ、良い匂いがした」
ヒソヒソと話す声が脱衣所の外から聴こえる。
しかも一人じゃなくて二人分の声だ。引き吊りそうになる口許を触り、なんとか平静を保って少しだけドアをずらす。すると、そこには黒猫に向かって正座しながら説教を受ける死神の男の子がいた。
「なんで
「あ、見えるひとなんですね」
「夜分にすまない。だが、君が拾ったと思わしきオレのライセンスを返してくれないだろうか?」
「ライセンス?あっ、あの免許証みたいな」
「そう、免許証みたいな」
彼の言うライセンスを取るために後ろに振り返った、そのときだった。私は、うっかりスカートのポケットに仕舞っていたライセンスごと洗濯機を稼働させていた。
「おい。どうしたんだ?」
「えっと、ライセンスって防水性だったり…」
「ハルヒコ様はいつも金欠なので防水プランも防火プランにも加入しておりません。まあ、多少の傷は残りますが洗濯機程度では壊れませんね」
「そ、そっか、良かった」
黒猫の言葉にホッと安堵の息を吐く私をよそにハルヒコ……くん?は背中を向けて、なにも見ないし聞かないように目と耳を塞いでいる。
しゃがみ込んで黒猫に聞いてみる。
「なにしてるの?」
「ある種の防衛本能です。ライセンスの再発行はお金が掛かりますし、私のエサ代や契約金もあるのでハルヒコ様は余計な事にお金を使いたくないのです」
やっぱり、ハルヒコ……くんは金欠なんだ。
「こんばんは」
「────ッ!?」
ゾワリと背筋の凍りつく声に私の身体は跳ね上がり、私の太股に乗っている黒猫は黄色い目を見開き、ジーーーッと私の背中を見つめている。
「ハルヒコ様、1000円クラスの悪霊ですよ」
「なにっ、1000円クラスだと!?」
ああ、それで目は覚めるんだ。
「ふむ、俗名『鏡越し語り掛け男』だな。度々ご家庭の安心安全を騒がす厄介な悪霊……だが、どうにもおれの知る『鏡越し語り掛け男』とは似てないな?」
「ハルヒコ様、そういうのは後ほど考えれば良いんです。今はお姉さんのためにも早く浄霊しましょう」
「それもそうだな」
スパッ!とハルヒコ……くんは私の後ろに立っていたという『鏡越し語り掛け男』と命名されたバケモノを大きな鎌で斬ってしまった。
「では、また後日にライセンス回収に来る」
「それまでお気を付けて」
「……消えちゃった……」
その日の夜は、安全に眠れた。