Fate/R.D.   作:鴨田屋 町人

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☆荒野の真ん中で遭難する日本の高校生・近江冬子。彼女を助けたのは自らを「ランサー」と名乗る怪しげな青年だった――。


Ready Day / lost one

オーストラリア。晴天。人気の無い荒野。たった一人の、少女。

 体力も尽き、朦朧とする意識の中、彼女は傍らに立つ男の姿を見た。

 

————問う。君が、俺のマスターか。

 

 風の音だけが聞こえていた荒野に突然現れる人の声。

 

————問う。君が、俺を呼び出したマスターか。

 

 意味がわからない。だが、少女は助かりたくて微かに頷く。声は続けた。

 

————重ねて問う。君の叶えたい願いはなんだ。

 

 それは、考えるまでもないこと。

 身を捩る。頭上から聞こえる声に、訴えかけるように言葉を絞り出す。

 

「……生きたい」

 

————生きること。それが君の願いか。

 

 幻聴はしばらく押し黙り、こう続けた。

 

————聞き入れよう。そして、いまここに契約は結ばれた。今日から俺が、君のサーヴァントだ。

 

「さー、ばん……」

 

 意識が遠のく。体中から力が抜ける。微睡の中に落ちる寸前、少女の耳はその声を拾っていた。

 

————マスターの願いは俺が叶えよう。俺はランサー。真名は————。

 

 そして視界は暗転する。

 

 

 

   ◯

 

 機械の音が聞こえて、私は目を覚ました。

 知らない天井がある。顔を横に倒せば、機械があって、そこから伸びる管が腕につながっていた。

 右手側に窓があって、そこから外が伺える。寝ている今は、何らかの木の緑しか見えない。

 すぐに自分がベッドに寝かされているのがわかった。アルコールと薬品の匂いがする。着ていたはずの制服は脱がされ、代わりにゆったりとしたピンクのパジャマのようなものを着せられていた。

 

「病院……?」

 

 口にして、身体を起こす。頭痛に顔をしかめた。

 周囲を見回す。ベッドが六台並んだ広い部屋に、人の影は私一人だけのようだった。

 

「なんで、こんなところに……。確か、荒野で気を失ったはず」

 

 頭が混乱して前後の状況を思い出せない。記憶を辿るも、ノイズがかかってしまう。

 

「ここの人なら、何か知ってるかな」

 

 ここが病院なら、看護師や医師がいるはずだ。何か知っているかもしれない。

 私は無理矢理ベッドから降りて、出口に向かった。こっそりと廊下を覗く。そこには病室がずらりと並んでいて、看護師のような人が忙しそうに行ったり来たりを繰り返していた。

 ゆっくりと近くにいた恰幅の良い女性に寄る。そして、

 

「あの、すいません……」

 

 声をかければ、彼女は振り返り私を見て、そして顔を真っ青に染め上げた。

 

「Hey! What're you doing!?」

 

 ここで失敗に気がつく。彼女が話しているのは英語だったのだ。

 いやまぁ、ここは日本じゃなくてオーストラリアなんだから、公用語である英語を用いるのは当たり前なんだけど。

 落ち着け私。英語なら話せる。

 頭を英語モードに切り替えて、彼女に向き合えば、彼女が何を言っているのか容易にわかった。

 

「ちょっと! あなた、何してるんですか!?」

 

 よく聞いてみれば、彼女は絶叫と共に私に質問しているらしかった。

 勝手に立ち歩いたことに怒っているのだろうか。だとすれば、謝らなくては。

 

「すみません、勝手に立ち歩いてしまって。それよりも、聞きたいことが」

「何言ってるのよ! そんなどうでもいいことよりも、あなた、その血、どうしたのよ!!!!」

 

 血? なんのことだろうか。

 そういえば、彼女は私の左腕を指さしている。なんだろうと見て驚いた。

 

「げ、血だらけじゃんか!!!!」

 

 なんと、私の左腕から血がだらだらと滴っていたのである。看護師が私の腕を取る。

 

「ともかく、止血するわ。あなた、こっちへいらっしゃい!」

「え、あの、ちょっと」

「いいから! 黙っていらっしゃい!!」

 

 私は看護師さんに引かれるままに、お医者さんの元まで連れて行かれたのだった。

 

 

 

   〇

 

「あなたは、大変な栄養失調と水分不足、それに貧血だったのだからあまりウロウロせずにしっかり休んでいなさい」

「はい、ありがとうございました」

 

 止血後、医者の先生に怒られて、私は肩を落としながら謝った。

 今、小さな診察室に私はいて、医者の先生と向き合っている。

 幸い、傷は深い物ではなく、体内に針も残っていなかったので、簡単に処置は済んだ。先生は頭をポリポリと掻きながら私の目を見つめる。

 

「それにしても、どうして無理矢理立ち歩いたりしたんだね。君は入院しているんだよ」

「その……、私、荒野で気絶しちゃってそこからの記憶があんまりなくって、どうして入院しているのかとんと覚えていないんです。ここがどこなのかも。だから、誰かに聞こうと思って」

「記憶の混濁……、か」

 

 先生は、看護師の人が持って来たカルテと私を見比べている。そして訊ねた。

 

「君、自分の名前は言える?」

 

 カルテの情報と私の記憶を比べたいのだろう。私物を見れば、学生証もあるのだ。きっとそこから私のことは調べていて、ある程度のことは把握しているのだ。なら、嘘はつくまい。

 

「名前……近江冬子(おうみとうこ)です」

「生年月日は?」

「2007年9月15日」

「出身は」

「日本の静岡です。って、そんなことまでカルテに書いてあるんですか?」

「まぁね。ふむ、パーソナリティに関しては覚えているんだ。なるほどなるほど」

 

 頷きながら、先生はカルテに目を落とす。続けて訊ねられる。

 

「で、さっき荒野で倒れてたって言ってたけど、それはどうしてかわかる?」

「……いえ、覚えてません。遭難して、お腹が減ってて、それで倒れたってことしか」

「なんで日本からオーストラリアに来たのかは?」

「……すみません、それも覚えてないです」

「この病院にどうやって来たのか」

「それも、覚えてない、というか、気がついたら病院にいたので」

 

 私の答えに困ったのか、先生は大きなため息をついた。

 

「まったく覚えとらんのか。となると、最後の記憶は荒野かい?」

 

 覚えていないのは悔しいが、真実だから仕方がない。私は黙って頷いた。

 

「はぁ。こりゃ、重症だ。今はどう? 体調は、変なところないかい?」

「身体は、元気ですね。ちょっと頭にモヤがかかった感じはありますけど。元気です」

 

 ほら、と言いグルグルと腕を回して見せた。先生は眉根を寄せる。

 

「君、その腕はさっき出血してたんだ。考え無しに動かすのは止めなさい。……ま、知らぬ土地で記憶の混濁、色々不安だろうから、説明をしてあげなくちゃあならんのだろうけどね」

 

 先生は椅子の背もたれに体重を預ける。ギッと軋む音がした。

 

「で、どこから知りたいのかな? 知りたいことが多すぎて、一つずつ説明した方が良いと思うんだが」

「ああ、じゃあ、まずここはどこなんですか?」

 

 先生は少し目を見開いた後、おもむろに口を開く。

 

「ここは大陸南西部にある街ウィントウッド。そこに唯一ある総合病院だよ」

 

 ウィントウッド。聞き覚えのない地名だ。

 

「私は、そこに運びこまれたんですか?」

「そういうことだ。君は、重度の栄養不足と水分不足でね。すぐ処置はしたが……、来て次の日に元気になるような症例じゃない。君は昨日の夕方にここへ来たんだ。そして今は次の日の昼過ぎ。つまりたった一日しか経ってないの。だからね、正直私としては、もうちょっと大人しくしててもらいたいもんなんだけどね。なんで君元気そうなの?」

「…………そんなに酷い状況だったんですか?」

「酷いなんてもんじゃないよ。死にかけだったんだから」

 

 先生は呆れた視線を私に送ってきた。そんな目で見られても、元気なのだからしょうがない。

 

「本当に身体の調子はいいのね?」

「ええ、すみません」

「謝る事じゃぁない。不思議だけど、良くなる方には歓迎だから。一応、後で検査させてね」

 

 先生に頭を下げた。

 先生の反応を見る限り、私はそうとう大変な状態でこの病院に運ばれたらしい。処置がなければ死んでてもおかしくなかっただろう。当然、そんな私が無意識のうちに病院へやってくるはずもない。

 

「誰かが……私をここまで連れてきてくれたんだ」

 

 通りすがりの誰かのおかげで、私は命を救われたんだ。感謝してもしきれない。

 私は顔を上げて先生に訊ねた。

 

「それじゃあ、私をここまで連れてきたのは、運んできてくれたのは、いったい誰なんですか?」

 

 先生は、そうだったと微笑みながら私にこう言った。

 

「君を病院まで連れてきてくれたのは、()()()()()()()

「え?」

 

 私は、自分の耳を疑った。私の()だって?

 

「覚えていないんだ、仕方ないけれどね。あの弟さんはすっかり大人びていて良く出来た人だ。彼がいなかったら、君は大変な事になっていただろうからね。しっかり感謝するんだよ」

 

 うんうんと頷く先生。だが、私は待ったをかける。

 

「ちょちょちょ、先生。なんておっしゃいました? 私の()ですか?」

「ああ、そうだとも。…………そうじゃないか。弟さんがいるんだ、彼に事情を聞けばいい。詳しい状況を教えてくれるだろうとも」

「すみません、先生。失礼なことを言うようですが、寝ぼけてらっしゃるんじゃないんですか?」

「寝ぼけてなんかいないよ、失礼だな」

「だったらボケていらっしゃるんで? 私の弟だなんて、そんなわけないじゃないですか。だって私の弟は、()()()()()()()()()()!?」

 

 私は混乱しながらも先生に訊ねた。そう、弟がオーストラリアにいるはずがない。いくらなんでも、弟に助けられたのなら私は覚えているはずだ。

 しかし先生は「覚えていないだけだろう」と同じ文言を繰り返す。

 どうなっているんだ? 何が起こっているんだ?

 

 私の混乱が頂点に達しかけた時、

 

()()()()! ()()()!?」

 

 診察室の扉が乱暴に開けられ、一人の男が駆け込んできた。

 黒と茶色の間の色をした透きとおった短髪。服はレイザージャケットにジーンズで、身長は私より顔一つ分高い、大柄な男だ。

 見知らぬ乱入者に私は目を白黒とさせたが、先生は彼を知っているようで、朗らかな顔で私にこう言ってきた。

 

「おお、噂をすれば()()()だよ」

「はい――!?」

 

 弟、これが!? 私よりも10才は年上に見える、一度だって見た覚えのない、この大柄な他人が、弟だって!?

 

「いやぁ、君のお姉さん、お転婆で困るね。勝手に病室抜け出しちゃって」

「え、どうもすみませんでした先生。それで、容態はどうなんですか?」

「うん。まぁ、概ね大丈夫みたいだね。一応、検査はするけど、無事なら明日にでも退院してくれて構わないよ」

 

 狼狽える私を他所に、二人は勝手に話を進めていく。

 男は私に視線を向けると、ゴツゴツした手を両肩に乱暴に置いてきた。

 

「よかったな、マスター! 心配したんだぜ!」

 

 ガハハと笑う男、微笑む先生に囲まれて、どうしようもない私はただことのなりゆきを見守ることしか出来なかった。

 

 

 

   〇

 

 検査は本当にすぐ終わった。CTとレントゲン血液をとったのだが、どれも異常なしとされ、先生に明日で退院と太鼓判を押されてしまった。

 病室に戻り、横になる。

 しばらく黙って目を瞑っていたが、我慢出来なくて布団を頭から被った。

 

 ああ、落ち着かない、落ち着きやしない! 我慢しようにもどうにも出来ない。理由は明白だった。それは――。

 

「なぁマスター、いい加減機嫌直してくれよ。どうして怒ってるんだよ」

 

 私をマスターと呼ぶ、この謎の男の存在だ。

 

「まったく。年頃の女の子の気持ちは、全然わからないもんだがな、せめて理由くらいは教えて欲しいもんだぜ。俺だって、何も言わずに無視されちゃあ、傷つくってもんだ」

 

 男はやれやれと肩をすくめながら、傍らにある椅子に腰掛ける。私は恐る恐るベッドから顔を出した。

 

「お、なんだマスター。カタツムリみてぇだな」

 

 呑気にそんなことを言う男を観察する。服の上からもうかがえる通り体つきが良い。顔つきはアジア系だが、生憎知り合いの中に覚えはない。やはり、知らない男だ。

 こうして黙っていても、きっと男は私につきまとってくるだろう。その目的を探らなければならない。

 私は勇気を出して、自称・弟に話しかけた。

 

「……あんた、誰」

「なんだ、やっと話が出来ると思いきやそれかよ。誰も何も、俺だよ。おーれ」

「私は、アンタみたいな筋肉モリモリの弟を持った覚えはないんだけど」

「あー、アレね。アレはまぁ、仕方のない方便ってやつだ。弟って言わなけりゃあ、病院の入り口で門前払いになっちまうしよ。…………あ、もしかして、勝手に鞄の中身を見たことを怒ってんのか? 勘弁してくれよ。入院するのに必要だって言われたからしょうがねぇだろ。それに、俺は戦うことは出来ても、癒やすことはからきしなんだ。病院に入れずマスターにおだぶつされちゃたまったもんじゃねぇ」

 

 口をへの字に曲げながら、男は声を荒げた。

 だが、私が言いたいのは――いや、まぁ、それも後々訊ねなければならないところなのだけれど、今の最優先事項は――そんなことではない。

 

「あんた、どこの誰よ。いったいどうして私につきまとうの。どうして私を助けてくれたの」

 

 私が一番聞きたいことを聞くと、彼は一瞬目を点にして、そしてすぐに優しく笑った。

 

「そんなの、マスターの願いを叶えるのが、サーヴァントとしての俺の願いだからだよ」

使い魔(サーヴァント)……?」

 

 口にして、ふと記憶が蘇る。

 

————聞き入れよう。そして、いまここに契約は結ばれた。今日から俺が、君のサーヴァントだ。

 

 あの時、聞こえた声。それは、この男の声とそっくりではなかったか。

 

「ちょっと待って、じゃあ、あのやりとりって幻覚じゃなかったってこと……?」

「あん? なに言ってんだよ。どの話だ?」

「最初のことよ。ああ、あの後だ、あの後、なんて言ってたっけ?」

 

 思い出せ。あの後、まだ彼の言葉は続いていたはずだ。ええっと、確か、そう。

 

————マスターの願いは俺が叶えよう。俺はランサー。

 

「あなたの名前は、ランサー?」

 

 恐る恐る彼の顔を仰ぎ見た私に、男は怪訝な表情で返す。

 

「名前……、まぁ、便宜上はそれだな。ランサーだ」

「ランサー……。じゃあ、あの時、私が倒れた時、私の傍に立って、私を助けてくれたのが、ランサー、あなただったってこと?」

「おう。そうさ。なんせ、君は」

「それは私が、あなたの」

 

 そうだ。彼の言葉。彼は自分を使い魔(サーヴァント)と呼び、私をこう呼んでいた。

 

「「マスターだから」」

 

 思い返せば、この事件が始まりだった。

 私と、ランサーと、まだ見ぬ魔術師達との生き残りをかけた殺しあいの、始まりだったのだ。




更新記録:2/17 11:50 改稿前の状態を投稿していたので、改稿後に直しました。
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