「私は猫であるが、名前はまだない」
 自由気ままに生きる黒猫は、ある日、窓辺に座る少女と出会う。彼女は毎晩、何かを待つように外を眺めていた。

 気まぐれに訪れる黒猫に、少女はそっと問いかける。「君はどこから来たの?」しかし、猫は答えない。名も、居場所も、彼には必要ないからだ。

 それでも、夜ごと窓辺に通ううちに、猫は少女の言葉に耳を傾けるようになる。彼女は、かつてそばにいた誰かのことを話した。もう戻らないと分かっていても、それでも待ち続けていると。

 黒猫は静かに瞬きをする。戻らないものを待つ――それが人間という生き物なのか。

 その夜、猫はふと立ち止まり、いつもと違う行動を取る。そして――

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私は猫であるが、名前はまだない

 

――カノンとウェディング(猫)の出会い

 

 私は猫である。だが、名前はない。

 

 彼は私を「黒」「ちび」「おまえ」と呼ぶことがあるが、それらはどれも私のものではない。私は名前に意味を感じない。ただ、どこで日向ぼっこをするか、どの屋根の上が一番見晴らしがいいか、それだけを考えて生きている。

 

 私は自由だ。

 

 しかし、最近、一つだけ気になる人間がいる。

 

1. 窓辺に座る少女

 

 この町を歩いていると、不思議な人間を見かけることがある。

 

 いつも窓辺に座り、じっと外を眺めている少女だ。

 

 この町の人間は忙しく歩き回るものだが、彼女だけはまるで時間を止めたように動かない。雨の日も、風の日も、変わらずにそこにいる。

 

 ある夜、私はその窓の外に座ってみた。

 

 彼女は私に気づくと、ほんの少し、口元を緩めた。

 

「……ねえ、君は、どこから来たの?」

 

 私は尻尾を揺らした。おかしなことを聞く。私は私でしかない。

 

「名前、ある?」

 

 私は目を細める。人間というのは、なぜそんなに名前にこだわるのか。私は名など持たないし、必要ともしない。

 

 私が答えないままじっと見ていると、彼女は小さく笑った。

 

「……そう。私も、どこから来たのか分からないのだわ。」

 

 その言葉に、私は耳を少し動かした。

 

2. 気まぐれな訪問者

 

 それから、私は気まぐれに彼女の窓辺へ通うようになった。

 

 昼間は屋根の上で日向ぼっこをし、夜になるとその家の前に座る。窓の向こうで、彼女はいつものように外を眺めていた。

 

「また来たのね。」

 

 彼女は私を見つけると、そう呟くようになった。

 

 ある日、彼女は窓を少しだけ開けて、手を差し出した。

 

「触ってみてもいい?」

 

 私は一歩、後ずさる。

 

 彼女は小さく笑った。

 

「……そっか。気まぐれなのだわ。」

 

 そして、ほんの少し寂しそうな目をした。

 

3. 彼女の過去

 

 「……昔、私にも、ずっとそばにいた人がいたのだわ。」

 

 ある夜、彼女はふとそんなことを言った。

 

 私は耳を傾ける。

 

 「とても強くて、優しくて、でも……少し、冷たくもあったのだわ。」

 

 彼女の指が、窓枠をなぞる。

 

 「いつもそばにいた。でも、ある日いなくなったのだわ。」

 

 私は瞬きをする。

 

 猫は気まぐれに姿を消すものだ。だけど、人間もそうなのだろうか。

 

 「私は待っていたのだわ。ずっと。でも……もう戻らないのかもしれないのだわ。」

 

 そう言った彼女の声は、ほんの少しだけ震えていた。

 

 人間は、時々変なことを言う。

 

 もう戻らないと分かっているのに、待ち続ける?

 

4. しばらくの間、この場所に

 

 私は窓の縁に飛び乗った。

 

 彼女が驚いたように目を見開く。

 

「……入ってくるの?」

 

 私はそのまま、静かに丸くなる。

 

 彼女のそばにいる理由は分からない。でも、ここにいることが、悪いことには思えなかった。

 

「……気まぐれなのだわ。」

 

 彼女はそっと笑い、そばに座った。

 

 私は名前のない猫である。

 

 だが、しばらくの間、この少女のそばにいてやるのも悪くない。


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