藤原とうふ店inコナン世界   作:あんまん太郎

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霧にむせぶ魔女(中編)

 

 

「──ぎゃあああ!!」

 

 キンコンキンコン、と絶えず車内に響き渡る警告音にかぶせるようにして、武内樹は、AE85(ハチゴー)の助手席で情けない悲鳴を上げていた。

 

 もはや唯一の命綱にも等しいグリップに、必死にしがみつく。

 濃霧の中から次々と現れるガードレールと崖。それらが数センチの距離で迫っては離れ、迫っては離れを繰り返していく……ような錯覚さえ覚えるほど、余韻さえも残さず移り変わるフロントガラス越しの景色に、ただただ慄くしかない。

 

「見えてきた! あの車だよ!!」

 

 助手席と運転席の合間から顔を出し、シートベルトもつけずに身を乗り出した小学生ほどの少年。持ち上げる眼鏡のレンズには、何やらモニターのように色々と表示されている。

 小学生だというのにこの状況に対応できる異様な胆力だとか冷静さだとか諸々が目に余るが、イツキには今そんなことを気に掛ける余裕など一切なかった。

 

「あいつら……絶対ぇ捕まえてやる」

 

 この濃霧の冬名峠を駆け抜け、先行する白いFDを追いかけるイツキの車(ハチゴーレビン)

 そのポテンシャルを100%どころか120%以上は引き出している張本人でありイツキの友人でもある藤原拓海もまた、いつもは眠たげに重そうにしている瞳を今日は怒りに鋭くさせながら、3A-U(エンジン)を唸らせる。

 凄まじいコントロールのもと、視界不良の中でもハチゴーが悠々と峠を滑る中、さらにその後ろには()()R()X()-()7() ()F()D()も迫ってきている。

 

(な、なんでこんなことに……)

 

 あまりにも異様な事態と景色も意識もシェイクされる感覚に、そのまま意識を手放しそうになるイツキ。

 

 

 どうしてこんなことになったのか。

 話は数時間前に巻き戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の発端は単純だ。土曜日でお互いにバイトがなかったこともあり、ハチゴーの運転練習にと、イツキが拓海を連れ出したのが始まりである。

 朝の澄み切った空気が流れる秋名峠を下っている最中、イツキが運転席で「そういえば」と思い出したように呟いた。

 

「最近、冬名峠のほうでさ、走り屋や暴走族たちの事故がすげー多発してるみたいだぜ」

 

 助手席に座る拓海は、相変わらずぼけーっとした表情で「ふうん」と相槌を打っている。

 興味関心がないというより普段からこういった雰囲気なので、イツキは特に気にせずに話を続ける。

 

「なんでも、あの銀白の魔女がまた出てきたから、バトルを挑む奴らが多いんだってさ」

「銀白の……なんだって?」

「銀白の魔女! 拓海、まさか知らな……いよなぁ~……お前、自分の車がハチロクってのも知らなかったくらいだし……」

「そこは関係ないだろ……で、そいつがどうしたんだよ」

 

 イツキは、冬名峠の伝説の走り屋(銀白の魔女)の特徴やらエピソード、そして蘇ったとされる銀白の魔女が再び冬名峠に荒らし、霧の上を車で走るという不可思議な噂などを、まるで自分事のように嬉々として語った。

 しかし、一通り話を聞き終えた拓海がどうにも微妙な顔つきで黙っているので、イツキは「どうしたんだよ」と尋ねる。

 

「いや、もしかしたらその車……昔見たことあるかも、と思ってさ」

「ええ!?! マ、マジかよ!?」

「特徴からして、たぶんそうだと思う。今は知らねーけど、4年前くらいだったかな……冬名のほうまで配達に行ってた時に、たまに出くわしたんだよ」

「て、てことは、バトルしたってことだよな!? 勝ったのか!? どうだった!?」

「うーん、千切られたり追い付かれたりはしなかったけど……」

 

 大興奮でまくし立てるイツキに対し、やはり拓海はフラットなままだ。

 

「でも、勝った負けたとか、そんなんじゃねえよ……。たぶんあの車も、別に勝負がしたくて走ってたわけじゃない、と思う」

「どういうことだよ? 理由もなく、そんなすげえスピードで峠を駆けることなんて、普通はないだろ?」

「うーん……うまく説明できねえけどさ、その車、ただ()()()()って感じがしたんだよな。俺みたいに、早く帰りたくてハチロクをぶっ飛ばしてた感じというか……」

「ええ~? なんだよそれ、分かんねえよ」

「俺だって、よく分かんねえよ。でもまあ、実際相当速かったし、ドリフトの度にすごい悲鳴というか気合い入った叫び声上げて後ろから追いかけてくるから……ちょっと怖かったな」

「……実際に遭遇した拓海が言うから間違いないんだろーけどさ……。女性みたいな悲鳴に聞こえる特殊なエンジンを積んでるっていう噂が、まさか単純に運転手が大声を出してただけだったとは……」

「噂って、結局そんなもんだろうな」

 

 伝説と真実の狭間を垣間見てしまい微妙な心地になるイツキだったが、切り替えたように顔を上げる。

 

「よし、せっかくならこのまま冬名まで走ろうぜ!」

「え……今行ったからって、その、銀白の魔女?に会えるとは限らないぞ」

「まあ、その走り屋を見てみたい気持ちはあるけどさ……でも、俺ほとんど秋名しか運転したことないから、せっかくなら新しい場所でもハチゴーの運転に慣れておきたいんだ。冬名に慣れてる拓海もいるしな!」

「分かった分かった、でも最初から飛ばしすぎるなよ」

「任せとけって!」

 

 そうして意気揚々と冬名山に向かった一行。

 今朝もまた濃霧が立ち込めていたが、それでも順調にハチゴーは峠を進む。

 しかし、麓付近に差し掛かったところで、イツキたちは道路に立ち往生しているいくつかの車と人影を見かけた。

 

「うわ……警察だ、事故かなにかかな?」

 

 運転席でステアリングを戻しつつ、イツキが目を細めて呟いた。

 道路脇に停められた車両に混じって存在する特徴的な警察車は、ひどく目立って見える。走り屋にとっては、天敵とも言える相手だ。

 

「でも、変じゃないか? 停まってるの、白い車ばっかりだ」

「確かに……あれ!? ていうか、あれ全部FDだ!!」

 

 銀白の魔女は白いFDに乗っていると聞いてはいたが、どういうことなのか? と二人が顔を見合わせつつも、警察もいる手前なのでスピードを緩くしながら通り過ぎようとした。

 と、その時。難しい顔をして聞き込みらしいことをしていた髪を横に撫で上げたスーツの男がはっとした表情でハチゴーとイツキたちを見て──慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「ちょっと君たち、待った待った!!」

「え、え? 俺なんかした!?」

「わ、わかんねー」

 

 警察手帳を見せられながら停車を促されれば従うしかない。

 サイドブレーキを掛けレバーをニュートラルに入れてハチゴーから降りると、群馬県警の山村と名乗った刑事(当初なぜか警部の肩書きであることを嬉々として強調された)は、じろじろと不躾に二人と車体を見比べていた。車体を見た際に、「ハチロク……?」と訝し気に呟く小さな声が聞こえたような気もする。

 

「まさかとは思うけど、君たち……魔女を追いかけてきた()()()()()じゃないですよね?」

「はあ?」

 

 突拍子もない刑事の質問に、イツキと拓海は揃って怪訝な表情になる。

 イツキは隣にいる友人をチラリと見た。実際、「秋名の幽霊」と評される男はここに()()

 本人はそういった異名で呼ばれていることにあまり関心がないどころか迷惑がっている素振りさえあったが……とはいえ、なぜここで秋名の幽霊(ハチロク)が出てくるのか不思議だった。

 

 理由を聞くと、山村刑事は「詳細は言えないですけど~」ともったいぶりつつも、最近この辺りで起こっている走り屋たちのバトルと事故に関連して、秋名の幽霊(ハチロク)も巷を騒がせている銀白の魔女を放っておかないだろう……ということで、イツキたちを呼び止めたのだという。

 白いFDを中心にここで検問していたのも、先ほど現れたという銀白の魔女を探すためのものらしい。

 と、詳細は言えないと言いつつも、嬉々として説明してくれた。

 

「なあ、イツキ……警察って普通こういうもんなんか?」

「いや、群馬県警だけだと信じてえよ……。それもそれで、アレだけどさ……」

 

 なんとも微妙な理由で呼び止めてきた山村刑事の気が抜けるような言動に、拓海とイツキは地元(群馬)の治安維持に一抹の不安を抱いた。

 

「おいおい、なんで容疑者だけじゃなくて、別の車も停めてんだ」

 

 後ろから駆け寄ってくる声と足音が響く。

 やってきたのは、スーツを着た男。そしてやや後ろから、小学生くらいのメガネをかけた少年が追いかけてくる。

 

「あ、毛利さん! いやあ、タイミングよく()()()()に似た車が現れたものですから、もしや銀白の魔女を追ってきちゃってくれたりして!と思って、停めちゃいました」

「あ、あのなあ……」

 

 刑事とは思えない軽薄さで笑う男に対し、毛利と呼ばれた男は胡乱な表情になっている。

 

「あの、この状況で言うのもなんすけど……この車、ハチロクじゃなくて、ハチゴーですよ」

「え!? そうなの!?」

 

 自分で言うのも恥ずかしいと思いつつイツキがしずしずと挙手をして告げると、山村刑事は目を見張って驚いた。

 

「ええ~!? 僕が聞いたハチロクの特徴と、すごく似てるんだけどなあ~」

 

「僕たちがこの前見た車は、確か窓のフチが黒かったよ。この車は、シルバーだね!」

 

 下から声が響き、イツキたちと刑事が見下ろす。

 そこには、先ほどの小学生が愛想良さげに立っていた。

 

「それに確か、一般的なハチロクってスポーツタイプのシートがついてるんだよね? こっちはよくある標準的なタイプのシートだから、そこも違うと思うよ」

「へえー、そういう違いもあるんか。あんまり気にしたことなかったな……」

「え?」

 

 つらつらと説明してくる妙な小学生だが、自分よりよっぽど車に詳しい様子に、感心したように頷く拓海。

 一方で、拓海の言い方に何かが引っかかったのか、メガネの少年が訝し気に顔を上げる。

 

「いやあ、コナンくんたちが先週冬名山でとんでもないハチロクに出会ったっていうから、今回も現れたのかと思っちゃったりしたんですけどねえ〜」

「え、ハチロクにか?」

「え? あ、う、うん! ……せ、先週の月曜日の朝、たまたま見かけたんだ!!」

 

 山村刑事の言葉にイツキが尋ね、コナンと呼ばれた少年が頷く。一方で、それを聞いていた拓海は「げっ」という表情になっていた。

 月曜日の早朝といえば、ちょうど拓海が冬名山で配達をした帰りだったからだ。どうやらこの少年と拓海は、知らない間に遭遇していたらしい。

 

 そうこうしていると、警察の検問で停められ聞き込みをされていたであろうドライバーたちが、何事かとイツキの車を眺めてきた。

 

「あれ何の車だ? ハチロク?」

「いや、ハチゴーだってさ」

「なぁんだ、時代遅れの車じゃねえか」

 

 ドライバーのうちの一人が、嘲るようにそう言って笑った。

 

 明らかに馬鹿にされ出したのが分かったイツキが「な、なにおう!」と身構えるが、性能の良い車に乗っている自信からなのか、男たちは表情を変えない。

 

「合ってるだろ? 他の車と比べてみろよ、その時代遅れのSOHC! まあ、未成年のガキみてーだし、お子様が乗るにはお似合いかもな」

「はははっ、精々原チャリに煽られねぇよう気をつけるこった」

「なっ……!」

 

 あまりの言い様に、イツキたちだけではなく、傍にいた小学生の少年も驚いている。

 そのあと罵倒を織り交ぜてひとしきり笑い、男たちは「もういいだろ刑事さん!」と山村刑事に向き直った。

 

「その魔女っていうのは知らねえが、俺たちはただ釣りをしにきただけなんだ。もう行くぜ」

「ちょ、ちょっと! 事情聴取は終わってませんよ!」

 

 こんな峠の真ん中で立ち往生させられている苛立ちもあったのか、早々に事情聴取を終わらせようとしている様子だ。停車させられていた他のドライバーや同乗者も、似たような表情を浮かべている。

 

 一方で、買ったばかりの愛車を貶されたイツキは、悔しさと悲しさからわなわなと拳を震わせていた。

 

「ぐっ、なんだよあいつらっ……自分より性能の良い車に乗ってるからって、そんなに馬鹿にしなくたって……──」

 

 しかし、感情に揺さぶられていたのはイツキだけではない。

 

「──ムッカついた」

「え?」

「あいつら勘弁できねぇ! イツキ、俺にちょっとだけこの車運転させてくれ!」

 

 静と動どちらの怒りも強く滲ませながらぐんぐんとハチゴーの運転席側へ向かう拓海に対し、イツキは戸惑いを隠せない。

 そうしている間にも、検問を受けていたドライバーたちはなあなあのまま解散しようとしていて、特にイツキの車を馬鹿にした釣り人らしき二人は既に出発していた。

 山村刑事や毛利は、「助手席に乗っていた3人は魔女と思われる白い腕じゃない」だのと色々話している様子で、こちらの騒動に気が付かない。

 

「ちょ! 拓海! 何する気だよ!」

「あいつらを追いかける。イツキ、お前助手席に乗れ!」

「な、何言ってんだよ! 警察もいるし、それに、これハチゴーだぞ! サスだってスカスカ(ちょっとした段差でも揺れる)タイヤ70(扁平率70%)なのに!! LSDだって……」

「なんだよLSDって、知らねーよそんなの! いいからベルト!」

 

 どうやら拓海は、警察の存在よりも、とにかく友人の車を馬鹿にされたことに怒り心頭らしい。

 普段はぼんやりとしているのに、一度キレると何をやらかすかわからない男だったことを思い出し、イツキは慌てながら助手席に乗る。

 

「ちょっと怖い思いをすると思うけど、俺を信じて我慢してくれ。お前の大事な車、絶対に傷つけたりしねーから」

 

 怒りから一転し、真摯な表情でそう訴えられればもはや断る方法はない。というより、こうなっては誰にも拓海を止められないだろう。

 「う、うん」とイツキは諦めたように頷いて、シートベルトを装着した。

 

 そうして前方で言い合っていた二人は、続いて後部座席のドアがそっと開閉される音には、気が付けなかった。

 

 初めて乗るにも関わらず、拓海は素早い動作でギアを入れる。唸る3A-U(エンジン)の咆哮。

 

 その場で盛大にロールしてターンしたハチゴーは、突然急発進した車に驚く山村刑事や毛利という男を置き去り、フル加速でFDを猛追していく。

 

「どわあああっ!!」

「うわあっ!」

 

 ストレートを走り抜け、一つ目のカーブを曲がる。

 自分の運転ではおおよそ考えられないこのハチゴーの勢いと、襲いかかってくる横Gに耐えながら叫ぶイツキだったが、そこにもう一つ、別の声が重なっているの気づいた。

 

 運転席にいる拓海の声ではない。

 拓海もまた、しっかりと前を見据えつつも、聞こえてきた見知らぬ声に「ん?」と訝しげに眉をひそめ、そしてバックミラーを見た瞬間に「あっ」と声を上げた。

 

「お前、さっきの……」

「え? あ、あー! な、なに勝手に乗ってんだよ! ていうかいつの間に!?」

「えへへ……お兄ちゃんたちがあの二人を追いかけるって聞いて」

 

 よろける体を後部座席に収めながら頭をかいているのは、先ほど見かけた眼鏡の少年だった。確か、山村刑事にコナンと呼ばれていたはず。

 

「何言ってんだよ!? これはドライブじゃないんだぞ! 拓海、車停めろって!」

「嫌だ。今停めたらあいつらに追いつけねえだろ」

「お、お前なあ……!?」

 

 これは一種の誘拐になりはしないだろうか。そして一応警察に停められたにもかかわらず猛スピードで急発進したので、後から警察に何か言われないだろうか。と助手席でイツキがぐるぐる考えていたが、コナンは「大丈夫、停める必要はないよ」と静かに頷いた。

 

「あのドライバー、もしかしたらこの事件の犯人……いや、偽者の銀白の魔女かもしれないんだ」

 

「え?」

「はあ!? え? あ、あいつらが銀白の……え、いや、でも、偽者!?」

 

 突然の告発に不可解そうに声を出す拓海と、怒涛の展開にキャパオーバーを超えてひたすら動揺し、困惑するイツキ。

 

 それに構わず、「まだ完全にトリックが分かったわけじゃねーけど、」と独り言のような呟きを一拍置いて、コナンと言う少年は続けた。

 

「もし本当に犯人なら、あの二人、このまま雲隠れしてもおかしくない。でも……、“秋名の幽霊”が今ここにいるなら、追いつけるよね」

 

 まるで探偵のように、全てを見透かすような視線を拓海に向けながら。

 

 コナンという少年は、冴え冴えとそう言い放ったのだった。

 

 

 




妙に長くなりそうなので持ち越し。

めっちゃ話の潤滑油になってくれるイツキくんを出しましたが、おそらくイニD側からはこれ以上キャラは出ません(あっても文太くらい)
髙橋兄弟とか、コナン世界にいても何ら遜色ないスペック・キャラの濃さ(異様に金持ち・イケメン・医学生と元ヤンの兄弟)なんですけどね…
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