藤原とうふ店inコナン世界   作:あんまん太郎

3 / 5
霧にむせぶ魔女(後編)

 

 

「え、ええっ!?」

 

 小学生にしては妙に落ち着きを加えた雰囲気とその言葉に驚いたのは、イツキであった。

 

「なんで拓海が秋名の幽霊(ハチロクのドライバー)だって分かったんだよ?」

 

 右へ左へ身体をシェイクさせながらほとんど叫ぶような形で尋ねると、コナンという少年は朗らかに笑みを浮かべた。

 

「だってさっき、拓海のお兄ちゃん、ハチロクを持ってるような言動してたでしょ?」

「え? 俺?」

「うん。僕が一般的なハチロクとハチゴーの内装の違いを話した時に、あんまり車に興味がなさそうなのに、知ってるし、見たことがあるような反応が気になってさ」

「あーそうだっけ……」

「もちろんそれだけじゃないよ。二人とも、秋名山の方向から来てたよね? 二人ともわざわざこんな早朝に車に乗ってるわりには、さっき事情聴取されてた他のドライバーと比べて軽装だし、後ろに荷物も載せてなかった。単なるドライブにしても時間が早すぎるし、車の練習なら秋名山でもできるよね? だからもしかして、そっちのお兄ちゃんは地元の走り屋で、走る練習をしにきたのかなって思ったんだ。走り屋の人たちって、交通量の少ない時間帯をよく狙うらしいし、特に今、冬名山は銀白の魔女の噂で持ち切りだしね」

(こいつ怖えー……! 今時の小学生って、みんなこんな感じなのか?)

 

 断片的な情報と視覚的な事実を繋げて織り交ぜ、そうして淀みなくすらすらと言葉を重ねるコナンに、イツキは若干引いていた。

 

「で、でも……それで、秋名の幽霊イコール()拓海ってことにはならなくないか?」

 

 車が旋回するたびの加速に大きく揺さぶられながら、なんとかイツキが応えると、コナンは大きく頷いて、人差し指と中指を持ち上げた。

 

「気づいたのはさっきなんだ。一つ目は、拓海のお兄ちゃんがすっごく慣れた様子で運転したこともあるけど……もう一つは、拓海お兄ちゃんとすれ違ったとき、()()()()()がしたんだよね」

「大豆……」

 

 拓海がぼそりと呟く。

 

「うん。僕たち、先週の日曜日に、小五郎のおじさん……あ、さっきのスーツの人で、探偵をやってるんだけど……その依頼人に招待されて、冬名峠にあるホテルにいたんだ。そこで出されたご飯に、豆腐があったんだよ」

 

 曰く、毛利たちを招待したお客様(依頼人)は、冬名峠のホテルの支配人であった。

 毛利小五郎のファンでもある支配人は、その際に説明してくれたのだが、ホテルで使用している食材や酒はすべて地元のものを使っていて、一部は朝早くから卸しているものもあるのだとか。

 

「特にその中で、朝食にも出している豆腐は、造りたての新鮮なものを()()()()()()届けてくれるって言ってたのを思い出したんだ」

 

 豆腐販売というのはハードな仕事だ。前日の仕込みはもちろんだが、朝食の時間に合わせて早朝から配達する必要がある。

 

「繊細な豆腐が痛まないように届けることを考えても、それでもかなり早く届けてくれるっていうのは、それくらい運転技術もスピードもすごいってことでしょ? 拓海のお兄ちゃんは()走ってるこの道もすごく()()()()みたいだし、大豆の匂いがしたのもあって、その豆腐の配達屋で、その手伝いをしているのかなって思ったんだ。あんまり車に興味がなさそうなのも、その車をただ配達で使っているから……とかなら辻褄が合うしね」

 

 だいたい合ってると言わんばかりに、拓海はちょっとだけ眉をひそめた。

 

「……お前、何者なんだ?」

 

 バックミラー越しに、小さな子供に視線を投げかける。

 不快だとかそういう感情は一切なく、観察力や洞察力含めて、この少年が不思議でならないといった表情だった。

 

「──江戸川コナン。探偵さ」

 

 眼鏡のレンズを光らせ、コナンが不敵に応えて見せる。

 

「ふうん……? よく分かんねえけど、小学生から探偵ってできるんだな……」

「いやいや、なにわけわかんねー納得してんだよ拓海!?」

 

 よく分からない調子で頷く拓海に、イツキは思わずそうツッコんだ。

 中学一年生から無免許運転による配達をさせられている拓海は、もはや独特の感性と価値観が染みついているので、コナンの答えにも「そんなもんか」というような緩いリアクションになったのだった。

 眼鏡のブリッヂを持ち上げ、決め台詞のように言い放ったコナンすらも、思わぬリアクションに「ええ……」と目を点にさせてずっこけた。

 しかし、「そ、そんなことより!」と気を取り直したコナンが表情を真剣なものへと変える。

 

「例の車には気を付けて。奴ら、()()()()()()()()()()()()()()()()()、ドライバーを危険な目にあわせるつもりだよ!」

 

 銀白の魔女の正体は、イツキの車を馬鹿にした、二人の釣り人……江頭頼人と間船昭ではないかということ。その理由として、わざわざ「助手席に座っていた」という嘘をついていたこと、そして、持っている釣竿を使用したトリックを用いることで、霧の上で走っているように見せかけて相手を危険な目に合わせる手法を簡単に説明した。

 

 とはいえ、既に走り去ってしまった白いFDたち。

 拓海が出発させたハチゴーは一番最後。その合間にも車の順番が前後しているかもしれないことを考えても、どれが犯人の車か、この濃霧の中でははっきりとは分からない。

 もし犯人が自分たちを追いかけてきていることを察していれば、例の釣竿トリックを用いてこちらを攪乱してくる可能性は十分にあった。

 

「──ああ、なんかさっきから、前の車がわけわかんねーことしてるぜ」

「えっ!?」

 

 横Gになんとか耐えつつ、コナンが驚いた様子で運転席と助手席の間から身を乗り出す。

 フロントガラス越し。霧の奥に見える赤いテールランプと空転するタイヤの音が()に曲がったが、拓海はその音と光を追走することはなく、ステアを逆側に切り返す。赤いテールランプが曲がった方角に道はなく、ただただ、崖に向けて白いガードレールがあるばかりだ。

 

 巧みなテクニック(溝落としを使ってインベタに入って横切る)で他の白いFDをとっくに追い越し、ハチゴーは、あっというまに目的の「銀白の魔女」に追いついてきていたらしい。

 しかも、コナンがトリックの説明をする前から、拓海はその車が不可思議な挙動をしていることを察していたようだった。

 

「し、知ってたの?」

「いや……秋名ぐらい何度もこの峠来てるから……道覚えてるっていうか……」

 

 拓海は、目の前でゆらゆらと揺れるテールランプやタイヤの音に釣られるのではなく、ただ自分の感覚と記憶に従って運転していたようだ。

 

「ちょっと前に冬名に配達した時も、変な車がいるなーって思ったんだよな。あれ、こいつらだったのか。まさか、そんな手の込んだことしてたとは思わなかったけど」

(おいおい、マジかよ……)

 

 実のところ、数回コースを見ただけでレイアウトを完璧に覚えてしまう拓海の記憶力は、ある種の特別な感覚(センス)であった。

 とはいえ、視界ゼロともいえる濃霧の中。そこに凄まじいスピードを出しながら、トリックを知らない状態で「偽者の銀白の魔女」に遭遇してもなお自分の勘に従って普通に運転していた事実と、それを「変な車」で終わらせる拓海の淡泊すぎる反応に、コナンは内心で慄いていた。

 一方拓海は拓海で、(何これ……下りなのにちっとも加速していかねー)と、直線で踏み込んでも加速せず、タイヤもうまく食いつかず滑り出しで止まることもないハチゴーに拍子抜けしていたが。

 

「トリックが効いていないから向こうも焦ってるみたいだね。なりふり構わず、逃げる気だ!」

 

 テールランプはライトを消せば消えるし、サイドブレーキ使ってドリフトで曲がればブレーキランプも点くことはない。

 霧の奥で、本当の車と思わしき赤いライトが改めて点灯し、赤い尾を伸ばしてスピードを上げていく。

 

 さらに──。

 

「お、おい拓海ぃ! 後ろからっ、なんかもう一台、来てないか!?」

 

 衝撃と恐怖と混乱と困惑で、唇を噛まないよう震わせながらイツキが叫ぶ。

 イツキの声に、拓海はサイドミラーとバックミラーにちらりと視線を寄越し、「……ほんとだ。結構速いな」と呟いた。

 コナンは顔だけで振り返り、リアガラス越し──その奥に光るライトとボディに目を見張った。

 

「あれってまさか……」

 

 そこに、女性の悲鳴のような甲高い音が重なる。

 遠目からの確認ではあるものの……それが、後ろから迫ってきている()()()から聞こえてきたものだと理解するのに、そう時間はかからなかった。

 

「うわあ!! なんだよ今の!? 女の人の悲鳴!?」

「ん? あれ……? あの音、どっかで……」

「あの車、見覚えがあるよ! たぶん、僕の知り合いの刑事さんの車だ!」

「け、刑事ィ!? さっきの山村って警部か!?」

 

 車越しでも分かるほどに凄まじい気迫を滾らせ、ハチゴーと白いFDを追走する赤い車(RX-7 FD3S)。それをサイドミラーから確認し、イツキが全身を震わせた。

 

「いや、別の人だよ! なんでここにいるかは、僕も分かんないけど……!」

「刑事か……だったらちょうどいいな」

 

 背後から警察が迫るとあっても、拓海はいたって落ち着いていた。

 しかし、その瞳には変わらず怒りといった激情が絶えず滲んでおり、真っすぐと前方の車を睨みつけたままだ。

 

「た、拓海、何する気なんだよ!?」

 

 いつもはぼんやりしているが、キレると何をするか分からない──それを改めて思い出したイツキは、冴え冴えとした目つきの親友を見て、助手席から涙声で叫んだ。

 コナンも、事態の展開を見守るように固唾を飲んで拓海を見つめている。

 

「心配するなよイツキ。この車を傷つけたりはしねーよ。……でも、カスみてえなやり方で他人をコケにする奴らは、絶対に許さねえ……だから、ちょっと脅かしてやる」

 

 一オクターブ低くそう呟いた拓海は、チラリとコナンを振り返った。

 

「あとで色々言われたくねーし……ベルト、つけとけよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 江頭頼人と間船昭は、焦っていた。

 

「な、なんなんだよあのハチゴー! 全然引っかからねえぞ」

 

 チョウチンアンコウのごとく、釣り針の先につけていた赤いテールランプ。ゆらゆらと巧く動かし、振動によって点灯のオンオフさえ可能な高性能な釣り餌に引っ掛からない背後のハチゴーに、二人は恐怖さえ覚えていた。と同時に、ある別の恐怖を思い出す。

 

「くそっ……この感じ、前にここで出会ったあのやべえ()()()()を思い出すぜ!!」

「そうだ! あいつ、本当にハチゴーなのかよ?」

 

 晴れていれば見晴らしがいいであろう広々としたポイントを抜け、辺りは鬱蒼と木立ちが生い茂り、霧も深まった薄暗い林道へ突入する。

 ほとんど暗闇のような状況だが、ここは突き出す枝木に釣り糸が引っかかる可能性もある上に、生い茂る木々と濃霧のせいで、ヘッドライトを点灯しないのは逆に間船たちに命の危険が生じる。ある意味このポイントは、二人にとっては小細工も何もできない場面であった。

 

「あいつ、実はハチロク……それも、()()()()()なんじゃねえのか!?」

「そんなわけねえだろ!! お前だって見たし、聞いてんだろうが! フルノーマルで、車外のマフラーなんかどこにもねえような、情けねえマフラー音!! あいつはハチゴーだ!」

「でも、現に俺たちに追いかけてきて……あ、あれ!?」

 

 そんな最中、助手席側のサイドミラーから様子を確認した江頭が、不意に声を上げた。

 

「ハ、ハチゴーの姿がねえ!!」

「何ッ!? ま、撒けたのか……!?」

「でも、音は聞こえてくる! ミラーに映ってねえが、確かにいる!!」

「こ、こんな暗くて霧もやべえ峠道、まさかヘッドライトもつけず、あの速度で追いかけてきてるっていうのかよ!? 頭おかしいんじゃねえのか!?」

 

 理解できないといったように、二人が叫ぶ。

 二人の考えに反し、ぐわんぐわんとロールするようなハチゴーのタイヤの音と圧迫してくるような気配は、やはりすぐ後ろから感じられる。

 見えないのにそこにいる。

 まるで背後霊がぴったりとくっついているような感覚と、常軌を逸したパフォーマンス走行に、二人はただただ怯えた。

 そこに相まって遠くから()()()()()すらも聞こえてくるように感じるので、間船たちの集中力はもはや疎かになっているというレベルではなかった。

 

 ……例えばこれが、それほど走り慣れていない峠ならば、運転手側(藤原拓海)もこの走行に対して危機感を持っていただろう。

 しかし、怒りを原動力にしながら恐ろしく集中力を高めて研ぎ澄ました()にとっては、たとえ乗り慣れていない車であっても、走る道を自分のモノにさえしていれば、ブラインド走行も苦にならないのだ。

 

 そうして、恐怖と困惑が臨界点をとっくに超えた二人のRX-7・FDは、冬名山の五連ヘアピン(五つ目のきついカーブ)に差し掛かる。

 

「うわっ!?」

 

 すっかり集中力を切らし、大きく隙の出た白いFD──そのインに潜り込むようにして、ハチゴーがレールに沿って急旋回し、間船と江頭の車を抜き去った!

 

 それは、ハチゴーを運転している主(藤原拓海)が得意とする「溝落とし」。排水用の溝などにタイヤを飛び込ませて引っ掛け、遠心力に対抗してコーナリング速度を引き上げるテクニックだ。

 ほとんど奇襲にも近いハチゴーの出現。

 白い闇の中から現れ、疾風のように横を過ぎ去っていったそれに、二人は何が起こったのか分からなかった。そしてその余所見が命取りとなり、間船がステアリングを大きくこじらせた。

 

「うおおっ!?」

「うわああっ!!」

 

 その場で姿勢を崩した白いFDはオーバーステア(後輪のグリップが遠心力に負けて横滑る)し、そこから立ち直らせることができずにその場で大きくスピンさせてしまう。

 後輪が空転して流れ、慌ててブレーキングしながらステアリングを回す。スキール音を掻き鳴らしながら1回転半したところで、ようやく間船たちの車はその場に収まった。

 

 やや広い直線に入ったところでの挙動だったため、崖下に落ちる危険はなかったものの……それでも味わった恐怖感は言葉にできない。

 とある理由で走り屋から足を洗い、「()()()」のために付近の走り屋たちを恐怖に陥れていた立場が、今は逆転している。そこに加え、元・走り屋の立場としても下に見ていたハチゴーレビンが自分たちの車を悠々と追いかけ、追い越していった事実に、間船と江頭はショックを受けていた。

 もはや当初の目的(逃走)も忘れたように、二人は慌てて車から降りる。

 

「な、なんだよあのハチゴーは……!!」

「ちくしょうっ、ありゃあ、ぜってーハチゴーなんかじゃねぇ! ガッツリチューンされた、ハチロクに決まってらぁ……!!」

 

 テールランプの赤い軌跡を残し、峠の向こうへ悠々と去って行くハチゴー。

 その後ろ姿に顔を引き攣らせ、江頭と間船が恐ろしいものを見たように声を震わせるものの、その車体が自身を盛大にロールさせながら再びコーナーへ消えていく不安定な姿に、今度は困惑気に瞠目した。

 

「めちゃくちゃロールしてらぁ……」

「ありゃ、ハチゴーだ……」

 

『そこの車!! 待ちなさい!』

 

 呆然とする二人に、しかし、追撃がかかる。

 間船と江頭の背後からライトが照射されたかと思えば、女性のような凄まじい悲鳴が響き──赤い車(RX-7 FD3S)が二人のFDをすれすれに過ぎ、進行方向を防ぐようにして回り込んだ。

 

「ひええっ!?」

 

 急ブレーキをかけつつ、加速と急停止をバランスよく噛み合わせて華麗に停まった赤い車(RX-7 FD3S)

 怒涛の展開にすっかり腰が抜け、その場に尻もちをついてしまった間船と江頭。

 赤い車から人影が降りてきて、ヒールをコツコツと鳴らしながら駆け寄ってきた。

 

「たまたま毛利さんたちに出くわして、コナンくんたちのことを聞いて急いで追いかけてきたけど……タイミング、よかったみたいね」

「はあ……まさかプライベートの途中で事件に巻き込まれるなんて……。美和子のいつもの奴も出たし、何もしてないのに疲れちゃったわよ……その()()、やめてよね〜」

「仕方ないじゃない、()()()()()()気合いが入るんだから」

 

 警視庁捜査一課の刑事であり、赤い車(RX-7 FD3S)の運転手でもある佐藤美和子。

 そして、疲れた表情で彼女を追ってきたのは、交通課の宮本由美だ。

 プライベートらしくラフな服装ではあったものの、二人はしっかりと警察手帳を持っており、それを印籠のごとく二人に示しながら、そう話し合う。

 

「それにしても、あなたたち……スピード違反はもとよりだけど、この暗い道で()()()()()()()()()()()()()()()()()。夜じゃないとしても、暗がりでの無灯火も立派な違反よ!」

 

 もはや戦意も喪失していた間船と江頭は、「それは俺らじゃない」という言い訳をする気力もなく、その場でがっくりと項垂れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてハチゴーはといえば、峠を下り、麓にある駐車場に停車したところだった。

 

「ふう……良い感じで警察に捕まってくれたぽいな。──大丈夫か?」

 

 一仕事やり終えたような表情の拓海は運転席で静かに息を吐き、ようやく助手席と後部座席を見回した。

 

「う、うん……僕はなんとか大丈夫だけど……」

 

 後部座席。拓海の言われた通りしっかりとシートベルトを装着していたコナンは、少し疲れた表情を浮かべていたものの、しっかりと返事を寄越した。

 一方で、コナンがちらりと助手席に目を向ける。

 釣られるようにして拓海もその視線を追うと──

 

「…………」

「イツキ──? 死んでる……」

「いやいや!! 生きてるよイツキのお兄ちゃん! 気絶してるんだよ」

 

 顔面蒼白で白目を剥き、ほとんど座席から滑り落ちているような状態で気絶しているイツキ。

 拓海が車のライトを消した段階から助手席から悲鳴が聞こえなくなっていたので、結構長い時間、イツキが意識を失っているのをコナンは知っている。

 むしろ、彼にとってはそのほうが不幸中の幸いだろう。

 さまざまな事態にことごとく遭遇してきたコナンであっても、白い闇の中、凄まじい加速といつ来るか分からないカーブでの重力加速度は、あまりにも心臓に悪かった。今までに乗ったどんなジェットコースターよりも恐ろしいとさえ感じる。

 

「そんなに怖かったかな、悪いことしちまったな……」

「そんなことないと思うよ。僕、車のことは詳しいわけじゃないけれど、ものすごく衝撃だったし、すごい異次元な体験をしたと思ったよ。僕でこれなんだから、きっとイツキのお兄ちゃんはもっと衝撃的だと思う。だからこそ、()()()()()()()()って気づけたと思うんだ」

「……」

「……え、えっと。なんか変なこと言っちゃったかな」

 

 妙な間が空き、コナンがどことなく不安げに頬をかくと、拓海はゆるゆると首を横に振った。

 

「いや、なんつーか……小学生にしてはお前、変わってると思ってさ……。すげー度胸あるというか、怖いくらい落ち着いてて……なんていうんだろうなぁ……中身は小学生じゃない、みたいな……」

「──そそそ、そんなことないよ!!? ぼ、僕、ジェットコースターとか全然平気なタイプだし、よくおじさんの車にも乗ってるから、そういうのに慣れてるんだ!!」

 

 ぶんぶんと音が聞こえてきそうなほど、勢いよく首を横に振って否定するコナン。

 声を上ずらせ、汗すらかいているようだが、時間差で恐怖が来たのだろうか。拓海は「ふーん」と気の抜けた返事をし、「小学生で探偵やってるくらいだもんな……そりゃ度胸はあるか」と、追及することもなかった。

 

 「アハハ~……」と苦笑いをしていたコナンは、さまざまな衝撃からいつの間にか足元にまで滑り落ちていたらしいイツキのCDの束を見下ろし、「あれ?」と表情を変えた。

 それは、超人気アイドル歌手であり女優でもある沖野ヨーコのシングル曲だった。

 

「ん? ああ、イツキのCDか……。ぶっ壊れてないよな……?」

 

 世俗的なトレンドに興味がない拓海も、沖野ヨーコが好きだというイツキに付き合わされて、車の中で何度も聞かされていたので見覚えがあった。

 ジャケットには愛らしい笑みを浮かべた沖野ヨーコがこちらに向かって手を広げており、その隣には曲のタイトルが添えられている。

 

一方でコナンは顎に手を添えて、それこそ「探偵」のような鋭い視線でジャケットを睨みつけている。

 

「『真夜中の蜃気楼』……。『蜃気楼』……そうか! 最後のトリックは、そういうことだったのか!」

「は?」

 

 ぽかんとした拓海を置き去りに、コナンは携帯を手にハチゴーから飛び降りていく。

 そのまま真剣な表情でどこかに電話をかけ始めたコナンの後姿をやはり呆気にとられた様子で見送った拓海は、もう一度静かに息を吐いて、シートに深く背中を沈めた。

 

「今時の小学生って、変わってんなー……」

 

 輪郭がはっきりとしてきた陽の光が、山の端から上がってきている。

 拓海の心の中には、まだ、一種のバトルを終えた充実感と高揚感が残滓のように胸に灯されていた。

 

「赤い車だったけど、あの悲鳴……あんときの白い車の運転手だったんかな」

 

 差し込んでくる太陽をぼんやりと見つめながら、拓海はそう独り言ちる。

 そして、顔を合わせずに済んだ顔も名前も知らない()()に対し、あの時ちゃんと逃げ切っててよかった……。と心から安堵していたのであった。

 

 

 





車描写が色々間違っていたら本当にごめんなさいとしか言えない。

扉絵かなんかで、拓海くんが俺の悩みは豆腐くさくなってしまうことさ…と言っているのを見かけたので、コナンの嗅覚なら気づくやろなーと思い…。
あとコナンのこの話を見直したんですが、犯人が竿を振って戻ってくる時、釣り竿につけたライト?ランプ?って、点灯したままでは?どうなんだ?と思ったものの、そこは誰もツッコんでなかったので、きっと高性能な自動オンオフランプなんでしょう。

次にどう拓海くんをコナンの話に巻き込ませるか…まさか東京に豆腐配達にくるわけにもいかんし。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告