【鳴潮】教団の禁忌を調べる俺がフィービーと仲良くなるも研究が教団に嗅ぎつけられ一緒に疑われた時、天性の優しさから庇ってくれる彼女を制して全責任を被って巡礼船送りになりたい   作:でぃーえすちゃん

1 / 4
1話

 おれは敬虔な信徒だった。

 

 それと同時に、知の探求を怠らない敬虔な学徒だった。

 

 リナシータの小さな村で生まれ、歳主(インペラトル)の伝説を浴びながら育ち、公共音骸とともに礼賛の生涯を終える。それが、この国で最も平和に生きていける方法である。フィサリアやモンテリのようなファミリーにも、教団にも関わる必要はない。

 もちろん、あの灯台の島から出発する「巡礼船」にも。

 敬虔さと己の渇望を天秤にかけることさえしなければ。

 

 警告しよう。これを読んでいる者へ。

 決して、逆らわぬことだ。

 

 おれはミケーレ。かつて教団に仕えた侍祭であり、巡礼者として生涯を終える。

 

 ***

 

 ■月■日。両親の強い勧めで神学校を出たおれは、晴れて教団へと入ることになった。白と青のコントラストが印象的な教団の祭服(ローブ)に身を包み、象徴たる帽子を被ったとき、ばからしいことだが、おれはひどく感動した。今日から歳主様の伝道師となり、歳主様をより深く理解する敬虔な信徒となるのだと、誇らしい気持ちだった。

 

 もちろん、おれのような下っ端がいきなり一人前として活動できるということはなかった。最初のうちは、数年前のカルネヴァーレ以降、実質的に閉ざされたラグーナの港を見張ったり、街で聖典のありがたみを布教したり、そういった地道な仕事から始まっていった。中には当然、おれたち教団のことを白い目で見る者も含まれていたが、そういう者はやがておれの前には現れなくなっていった。

 

 ■月■日。そういう地道な積み重ねのおかげか、少し経つと、おれは教会の壇上に立てるようになった。隠海聖典を片手に迷える信徒たちを導く、大切な役割だ。「侍祭さま、母が病気にかかってしまいました。歳主様のご加護を」「侍祭さま、やつが私の店の果物を盗んでいくのです。歳主様の審判を」「侍祭さま、この子の学業の調子が」「侍祭さま、祖父が」「侍祭さま、近海で取れる魚が」。人々の迷いは尽きない。おれはそのどれもに、丁寧に教典の内容を説き、歳主の導きを待つように答えていた。もちろん、それだけでうまくいくということはない。だが、迷いの先に一筋の道標があるだけでも、人々は救われるのだ。そんな言葉を正直に信じ、おれはこの役目に心酔していた。

 

 ある日のことだ。

「歳主の──教団の大ホラ吹きめ!」

 そんな罵声とともに、教会の扉が勢いよく蹴り開けられた。

 転がり込んできたのは、かつておれのもとへと祈りに来た、小柄な老人だった。腕には……小さな子どもを抱えている。老人は今にも枯れそうな細い足で断固としておれの前に立ち、張り裂けんばかりの声でまくし立てた。

 

「お前たちは、わしらのような人間に慈悲を与えるんじゃないのか! わしの子どもは海で死に、残された孫はこのざまだ。わしのような老人には食い扶持もなく、この子にゃ食わせてやれぬ。だというのに教団はカルネヴァーレ(クソッタレの祭り)に回すからと、炊き出しを減らし、わけてもくれぬ。歳主を信じれば救われるのではないのか? わしは片時も疑わなかったが、それがこの仕打ちか! 歳主などくそ喰らえ! わしらの命より、いるかもわからん神のほうが大切か!?」

 

 幸いなことに、その時間の教会にはおれと他の侍祭を除き、誰もいなかった。老人は地面へ膝をつき、その腕からどさりと子どもが転がり落ちる。すでに、子どもは息絶えていた。何日も経ったのだろう。おくるみには汚れが染みつき、異様な匂いを発していた。

 おれはそれを見て、その老人へと駆け寄った。

 

「……お悔やみ申し上げます、ご老人。確かに歳主は、我々に直接の救いをもたらしてくれるものではないのかもしれません。ですが、苦難こそが……」

 

 お決まりの説法をしながら、おれはその言葉に自信を持つことができなかった。何度も読み返した教典が、「大ホラ吹き」の言葉で上書きされていく。

 そうこうしているうちに、見慣れぬ侍祭たちが教会へと駆け込んできた。

 

「懺悔院だ。……この老人か?」

「……ええ、そうです」と、同僚の侍祭が答える。その答えを聞くやいなや、"懺悔院"の侍祭たちは、おれが寄り添っていた老人を羽交い締めにしどこかへと連れて行ってしまった。

「おい、離せ! 教団の犬どもめが!」

 老人は悪態をつきながら暴れたが、栄養の足りていない細い四肢では敵うはずもない。

 

 冷たい目だった。おれよりも長く侍祭を務めている者に、"懺悔院"のことを聞くと、彼は言葉を濁し、こう言った。「ああ……明日、灯台の島へ行くといい。君も……そろそろ知っておくべきだろう」

 

 ■月■日。

 ラグーナの北西に、小さな島がある。灯台と船着き場のみがあるその島は、旅行者たちの一時的な船着き場として使われている。そして、おれが今日見届ける──「巡礼船」が出港する場でもある。

 その「巡礼者」たちは、どれも生気を失った顔をしていた。青のローブを纏う侍祭たちが、彼らの脇に並び、目を光らせている。

 やがて、助祭が低い声で唱え始める。

「巡礼者たちよ。旅立つ時が来た──」

 その声に応じるように、「巡礼船」が港を離れていく。

 その甲板には、あのやせ細った老人が乗っていた。

 

 彼らは、「愚者」、「信仰を持たぬもの」。冒涜への贖いとして、彼らは巡礼へと出立するのだ。

 彼らは、本当に"神"を信じなかったのだろうか。

 そうまでして、歳主インペラトルとは信じられなくてはならないのか。

 

 老人の腕からこぼれ落ちた、うじの湧いた子どもの虚ろな眼窩が、おれにそう問いかけていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。