【鳴潮】教団の禁忌を調べる俺がフィービーと仲良くなるも研究が教団に嗅ぎつけられ一緒に疑われた時、天性の優しさから庇ってくれる彼女を制して全責任を被って巡礼船送りになりたい   作:でぃーえすちゃん

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2話

 ***

 

「歳主」とは何なのか。巡礼船を見たあの日から、おれは深く考えるようになった。おれたちに救いをもたらすはずの神が、その代弁者たる主座とその教団が、その救いを実践できていないとするなら。

 仕事が手につかなくなったおれは、やがてラグーナの教会にはいられなくなった。

「今日から、ここがお前の仕事場だ」じめっとしたかびくさい空気が、そこには充満していた。聖堂のあるそよ風のヘイブンから少し外れた、古い書庫。その()()()というのが、今日からおれの仕事になるらしい。

 

 好都合だった。おれは知りたい。歳主とは何なのか。教団とは、何なのか。そして、このリナシータという土地が何なのか。

 それを知ることは禁忌であると知りながら、好奇心と義憤を、おれは止めることができなかった。

 

 家に帰ることも忘れ、書庫での生活に没頭していた、ある日のこと。

「ごめんください」

 という柔らかい声とともに、書庫の扉が開いた。

 入ってきたのは、腰ほどまである流れるような金髪の、小柄な女性だった。つば広の教団帽を被り、レースのついたローブを羽織っている。

 机に向かい文献を読み漁っていたおれは、その光のような髪に思わず目を惹かれた。

 

「……どちら様でしょうか?」

「ああ、ごめんなさい。私はフィービー。その……少し、このあたりに用事があったものですから。最近、ここの担当者の方が変わったと聞きまして、様子を見ておこうかと……」

「それはそれは。……特に面白いものはありませんが、せっかく来ていただいたんです、お茶でも飲んでいかれます?」

 

 久しぶりの来客に、心做しかおれは高揚していた。こんな可愛らしい女性なら、なおさらだ。

 湿気た茶葉で紅茶を入れ、ティーカップを差し出す。彼女…フィービーは、それを受け取ると上品に口に運んだ。

 

「美味しいです。お上手なんですね……えっと……」

「ミケーレと申します。少し前から、ここの管理人を。とはいっても、ここには古い文献しか残っていませんから、掃除と除湿だけがおれの仕事です」

「ミケーレさんですね。よろしくお願いします」

 

 教団の人間とは、もはや話したくないと思っていたおれだったが、なぜだかその日は饒舌だった。我ながらわかりやすいものだ。

 それから、彼女はよくこの書庫を訪れるようになった。

 

 ***

 

 ■月■日。

 彼女は純粋な人だった。

 

「どうして、こんな辺鄙な書庫に?」

「その……私、昔はよくそよ風のヘイヴンに遊びに来ていたんです。……教団のことが忙しくなってからは、あまり来られていませんが、ここには私の『友達』もいますから、はじめは、彼らに会うついでのつもりでした。でも……ここは、思いのほか過ごしやすくて、心地いいですね」

「あまり、サボりすぎないようにしてくださいね」

「す、すみません! ご迷惑でしたか……?」

「冗談ですよ、フィービーさん。おれは暇ですから、いつでもいらしてください」

 

 彼女は嬉しそうに笑い、カップのお茶を飲み終えてから、書庫を出た。

 

 ■月■日。

 彼女は優しい人だった。おれのようなつまらない人間の話でも、よく聞いてくれた。

 

「フィービーさんは、音骸がお好きなんですか?」

「えっ……わ、わかりますか……?」

「それはもう。書庫に来るたび、そこの音骸のことを物珍しそうな目で見ているでしょう?」

 

 おれがそういうと、彼女は照れ笑いを浮かべ、

 

「このことは、教団にはナイショにしておいてくださいね……?」

「侍祭たるもの、神の使いには『感情』を抱くべきではありませんからね」

 

 乾いた笑いとともに、恒例となった湿気た茶葉で淹れた紅茶を口に運ぶ。これが思ったよりもうまいのだ。

 

「ミケーレさんは、音骸は好きではないのですか?」

「好きか嫌いかで言われたら、嫌いではないですが。リナシータで、ましてや教団で彼らと関わらないということはできませんし、それなら嫌いになるのは得策ではない」

「そうですか……」

「ああ、いえ、可愛らしいとは思います」

「ふふ、無理に合わせていただかなくても大丈夫ですよ?」

 

 その後も、彼女と音骸(ゆうじん)の話をいくつか聞かせてもらった。

 昔なじみの友人は、いまでも彼女にオルガンを聞かせてくれたり、花冠を送ってくれるそうだ。

 彼女の身の上は決して幸福というわけではないだろうが、それでも彼女は楽しそうだった。

 

 そうして彼女は、カップのお茶を飲み終えてから、書庫を出た。

 

 ■月■日。

 彼女は慈悲深い人だった。

 彼女はどこまでいっても聖職者なのだ。

 

「最近、教団に助けを求める方が増えている気がします。私としては、できる限り助けになりたいのですが……よければ、ミケーレさんも手伝ってもらえませんか?」

「おれですか。大したことはできないと思いますよ」

「そう仰らず。……失礼かもしれませんが、お時間はあるのでしょう?」

「ああ、いえいえお気になさらず。事実ですから。……ですがね、フィービーさん。おれは何も、忙しいと言い訳をして、面倒だから人助けをしないというわけではないのですよ」

「……そうなのですか?」

「おれはね、フィービーさん。何を信じればいいか分からんのです」

 

 おれがそうぽつりと呟くと、彼女は信じられないといった顔でおれの方を見つめた。少しの驚愕と怯えが入り混じった表情は、とてもではないが、彼女には似つかわしくない。

 おれは茶を一口飲んでから話しはじめた。

 

「ある、1人の老人がいました。彼は海で子を失い、陸で孫を失いました。それ以前も、彼にはなにかよいことがあったということもありません。ただ慎ましく暮らしているだけのリナシータの民だったのです」

 

 そこで、また一口。いい加減、湿気た茶葉を使うのはやめよう。最近、えぐみが目立つようになってきた。

 

「彼は、二度歳主に裏切られました。一度目は、加護があるはずの海で。そして、二度目は、救済があるはずの陸で。教典には、苦難が救済へつながる、なんてことが書かれていますがね。フィービーさんは、よくご存知でしょう」

「……ええ」

「彼は、歳主の恩赦を受けるため、巡礼船に乗りました。……それから、おれは彼の姿を見ていません。彼は、そうまでして歳主に仕える必要があったのでしょうか?」

 

 彼女は、押し黙ったままだった。

 彼女のカップにはまだ温かいお茶が、なみなみと残っている。

 

「すみませんね。せっかく来ていただいたのに、くだらない話をしてしまって」

 

 本来なら、教団の人間にはこんなことを話すべきではなかったのだろう。いつ、どこで誰が聞き耳を立てているとも分からないのに。

 

「……いいえ。ミケーレさんの考えていることは……最もなことだと思います。一方的な信仰の押しつけは、疑念を生むだけです。」

「はは、ラグーナの侍祭のほとんどは、そうは思っていないようですが。お優しいですね、あなたは本当に」

「そんな……すみません、今日はこちらで失礼いたします」

「……ええ」

 

 彼女は、書庫を出た。

 今日は、カップの中身は残したまま。

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