【鳴潮】教団の禁忌を調べる俺がフィービーと仲良くなるも研究が教団に嗅ぎつけられ一緒に疑われた時、天性の優しさから庇ってくれる彼女を制して全責任を被って巡礼船送りになりたい 作:でぃーえすちゃん
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歳主インペラトル。天馬の翼を持ち、上半身が馬、下半身が魚という不思議な姿をしていると伝えられる。
かの存在には拭えない違和感があった。歳主はこのリナシータに、恵みと祝福をもたらす存在だったはずだ。だが今はどうだ。教団の陰湿な教義は「祝福」だろうか。とめどなく押し寄せる海霧は「恵み」だろうか。神は、教団への寄付金以上のものをもたらしてはくれまい。
幸いなことに、おれには歴史という味方があった。書庫の奥の奥、ページのほとんどがかびてしまって読めないような文献も掘り返し、ときおり街へ出て、何やら好奇心旺盛な兄弟の末っ子──たしかウォードとかいった──が集めているページを読ませてもらい、
教団の神は偽物である。
おれはそれを突き止めた日、かなり興奮していた。
かびと湿気でじんわりと柔らかくなった紙を破らんばかりの勢いで、おれは研究成果を綴っていた。
だから、その日は彼女の来訪に気づくことができなかったのだ。
「……ミケーレさん?」
その声に、おれは飛び跳ねるように振り返った。古ぼけた机と椅子が、ガタガタと大きな音を立てる。
「誰だっ! ……ああ、フィービーさんですか」
「すっ、すみません! お邪魔してしまったようで……」
おれが突然大声を出したからか、彼女は少し怯えていた。
「こちらこそ、すみません。少し驚いてしまいました。いえね、書庫を整理していたら興味深い文献があったものですから、修復に集中してしまったのですよ」
すらすらと嘘が流れ出る。このことを教団に知られてはいけない。少なくとも今は機ではない。然るべき時──例えば次のカルネヴァーレで旅行者が増えたり、ファミリーが動いて教団が身動きを取りづらくなるまでは。
……しかし、フィービーは?
彼女なら、理解してくれるかもしれない。
信仰の押し付けは、疑念を生む。彼女はそれを分かっている。聡明な彼女なら、おれのこの研究を知ったうえで、黙っていてくれるかもしれない。
おれはこの発見をだれかに話したくてしょうがなかった。
「お茶でも飲んでいかれますか、フィービーさん。ちょうど、作業も一段落したところですから」
「……ありがとうございます」
彼女は怪訝そうな表情を隠さない。おれはいつもどおり湿気た茶葉で紅茶を淹れ、彼女にティーカップを差し出した。
しばらくの間、おれたちは無言だった。先に口を開いたのは、彼女のほうだった。
「どんな、内容だったのですか?」
「なに、面白いといっても……こんなところにある本だ。教団のあなたには、聖典より面白い本はないでしょう」
「そんなことはありません。私だって、劇や小説を楽しみますよ」
それなら、ともすれば面白いかもしれません、と前置きして、俺は話し出そうとし、そこで思いとどまった。
ここで、彼女にこの話をすれば、彼女はどうなる?
信心深い彼女は、もしかすると反発するかもしれない。──いや、彼女は優しい人だ。きっと聞いてくれる。
職務に誠実な彼女は、もしかすると告発するかもしれない。──いや、彼女は聡明な人だ。きっと黙っていてくれる。
だが、彼女にその気がなくても、もしかすると彼女が「知っている」ということを、知られてしまうかもしれない。
──巡礼船に乗る彼女の姿は、おれは見たくない。
「……巡礼者たちの、日記のようなものです」
それからおれは、彼女に語った。虚構そのものの即興劇を。
ひょっとすると、おれはこんな場所にいるべきではなく、劇団かなにかに入るべきだったのかもしれない。おれの作り話を聞いた彼女は、楽しそうに笑っていた。それが本心かどうかなど、おれにはさっぱり分からないが。
そうして彼女は、カップのお茶を飲み終えてから、書庫を出た。
その日の夜、おれはひそかに書き終えた手稿を引き出しへとしまい込み、床に就いた。